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閑話1ー2.

 帝都レドムに入って以来、話題となっている怪盗デュパンの脱獄に興味を持った僕は、デグラムさん以外のデュパンの目撃者にも話を聞いて回ることにした。目撃者の話を聞くに当たってS級冒険者の肩書は想像以上に役に立った。


「あれは・・・あっしが店を閉めて家に帰る途中のことでさあ」


 今日、話を聞いているデュパンの目撃者は酒場の店主であるゼッツさんだ。酒場といっても、昼はこうして食堂として営業している。

 ゼッツさんがデュパンを目撃したのは店を閉めて家に帰る途中だという。この世界では庶民の夜は早い。魔道具による灯りがあるとはいえ、魔道具を使うには魔力が必要だ。電池のような役割をしている魔石は庶民が一晩中無駄にするようなものではない。店を閉めて家に帰る途中といえば夜の8時頃だろうか。


「俺の家は店から東にちょっと行ったとこにあるんです。通りから南の方、王宮がある方角を見ると奴がいたんでさあ。屋根の上を歩いてたんです。通りから南は大きなお屋敷が多いんです。そういった立派なお屋敷の屋根を伝ってゆうゆうと歩いてましたぜ」

「それがデュパンだと」

「ええ、あっしにはすぐ分かりました。15年前に捕まったとはいえ、この街で奴のことを知らない者はいませんぜ。15年前そのままの姿でした。黒いブーツのような靴に黒い手袋をしてました。なにより赤いマントを纏ってました」

「赤いマント?」

「ええ、奴のトレードマークみたいなもんです。あっしは屋根の上で赤いマントが翻るの唖然として見上げてたんでさあ」

「でも店を閉めた後だったら、辺りは暗いでしょう」

「あの日は、大の月と中の月が出てて、大の月は満月に近かった。それによく晴れていて星だってたくさん見えましたぜ。奴の姿は満月を背にはっきりと確認できましたよ」

「そうですか」

「ブーツや手袋、それにマントはともかく、顔をはっきりと確認できたのですか?」

「うーん、そう言われると、なんせそこそこ距離もあったんで。でも間違いない。俺は昔奴を一度だけだが見たことがあるんでさあ」

「デュパンがアルデハイルに護送される前ですか?」

「いや、違う。あのときは人込みで俺は奴をよく見れなかった」

「じゃあ、それ以外で見たことが?」

「ええ、しかもすぐそばで見たんでさあ。もっともそれが奴だって気がついたのは次の日に事件のことを知った後だったんですけどね」

「それはどこで見たんですか?」

「奴は勇者フンメルの像の台座に腰掛けてたんですよ」

「勇者フンメルの像っていうと中央広場にある」

「ええ、それでさあ」


 レドムに着いて最初の日に中央広場にも行った。たしか観光者向けの説明文には、勇者フンメルは1000年くらい前の勇者で、僧侶、魔法使い、戦士と一緒に魔王を討伐したと書かれていた。もちろんフンメルは異世界人であり、おそらくは日本人だろう。この国でもルヴェリウス王国の勇者召喚のことはよく知られている。でもその像のフンメルは日本人らしくない。なかなかのイケメンだ。しかもフンメルの仲間の3人は異世界人ではなくこの世界の人らしい。特にエルフだという魔法使いには会ってみたかった。そのときの異世界召喚ではフンメルしか召喚されなかったんだろうか? でも勇者とセットで賢者は召喚されたはずだ。賢者はどうなったのだろう? とにかくその説明文を読んだとき、それならこの世界の人たちだけで魔王を討伐できるのではと思ったものだ。


「そういえば、兄ちゃんって黒髪だな。それにS級冒険者だって」

「ええ、まあ・・・。それで・・そのとき、はっきり顔を見たんですね」

「そうでさあ。次の日に、前の晩貴族の屋敷から星の涙が盗まれたって聞いて、あれが奴だったって気がついたんです。中央公園のあたりは奴の逃走経路だと目されていて騎士団が目撃者を探していて、当時は騎士団からもいろいろ聞かれたりして大変だったんですぜ。だからあっしは奴の顔を知っている。そのあっしが言うんだから間違いありません」

「そうですか」


 結局、酒場の店主であるゼッツさんからそれ以上のことを聞き出すことはできなかった。


「ハル、顔をはっきり見たって言ってたけど」

「うん。夜、満月を背にしていたのなら黒っぽい影のようにしか見えない気がするね。距離も結構離れてたみたいだしね」

「でもハル、宿の食堂で話を聞いたデグラムさんは、はっきり顔を見たって言ってたよね」

「うん」


 デグラムさんは街灯に照らされた顔をはっきりと見たと証言していた。そしてその顔は、少し年は取っていたが15年前にアルデハイルに護送される前に見たデュパンに間違いないと証言した。話した感じデグラムさんは信用できるし顔を見たのは間違いなさそうに思える。一方、今日話しを聞いたゼッツさんがデュパンの顔を見たというのは疑わしい。ゼッツさんが信用ならないというわけではなく、昔フンメルの像のそばで見たデュパンの印象に引きずられているような気がするのだ。状況的にはっきり顔を確認するのは難しかったのではないだろうか。


「ハル様、明日も他の目撃者に話を聞きますか?」

「そうしよう」


 ますます興味が沸いてきた。もう少し調べてみよう。





★★★






「俺は、はっきりと奴の顔を見た」


 ベテラン騎士であるロデリコさんは断言した。ここは騎士の詰め所でロデリコさんは休息時間だ。ここでもS級冒険者の肩書は威力を発揮し、騎士の詰所に突然現れたにもかかわらず、僕たちはロデリコさんの話を聞けることになった。

 ロデリコさんがデュパンを目撃したのは、話からするとゼッツさんが屋根の上を歩くデュパンを目撃したすぐ後のことだと思われる。ゼッツさんと同じく屋根の上を歩く怪しい人影を見つけたロデリコさんはあとを追った。そして・・・。


「ダークグレイラット卿の屋敷の屋根に座っていた」


 ダークグレイラット卿、この国の魔導技術の発展の大いに貢献したという大魔導士の血を引く貴族だ。その大魔導士には3人の妻がいて愛妻家だったことでも有名だ。


「それで顔は確認できたのですか?」

「ああ、奴は俺が近づいても屋根に座ったままだったかならな。奴は近づいた俺をじっと見下ろしていた。まあ、屋敷の塀を乗り越えて侵入するわけにもいかなかったから、ある程度の距離はあった。それでも顔ははっきり確認できたよ」


 その夜、ロデリコさんは貴族の屋敷が多い南地区の見回り当番だった。見回りは二人一組なので同僚のイーツさんも一緒だっと言う。


「ダークグレイラット卿の屋敷の敷地に勝手に入り込むわけにもいかず、俺たちはしばらく奴を見ていたんだ。そうしたら奴は突然屋根の後ろに仰け反るようにして消えた。我に返った俺とイーツは屋敷の門の方に回って門番に事情を話し中に入れてもらって急いで裏手に回ってみたが奴の姿はなかった」

「そうですか」

「すまないが、俺にそれ以上話すことはない。なんだったらダークグレイラット卿の屋敷の門番に聞いてもらってもいい」

「いえ、ロデリコさんの話を信用しています。それよりかなり夜遅くだと思われますけど、どうして顔が確認できたのでしょうか? 月明りですか? その日は大の月が満月だったようですが」


 ゼッツさんの話を聞いたときにも思ったのだが、時間的にも屋根の上にいるという状況的にも月明かりだけで顔を確認するのは難しいような気がするのだが。


「いや、たしかに大の月は満月だったがそうじゃない。あの屋根のそばには尖塔があって、尖塔の窓からの灯りが屋根を照らしていた」

「なるほど」

「だから顔をはっきり見た。屋敷の敷地の中からではないし屋根の上だからそれなりに距離があった。だが、奴が座っていたのは塀から近い建物の屋根だった。それで尖塔からの灯りではっきり顔が見えたんだ。奴はこっちを見下ろすような向きで座っていた」


 近くの尖塔からの灯りがデュパンを照らしていた。しかも顔をロデリコさんの方に向けていた。距離からするとよく似た人とかの可能性がゼロとは言えないが、ゼッツさんとは違ってちゃんと顔を見たのは間違いなさそうだ。デグラムさんの話と合わせれば、やはりデュパンはアルデハイルを脱獄して帝都レドムに姿を現したと考えるのが妥当なのだろうか。


「それとロデリコさんはデュパンの顔を知っているんですよね」

「俺は15年前、アルデハイルに奴を護送した騎士の一人だ」


 なるほど、それなら間違いない。

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