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閑話1ー1.

 第5章の前に短編ミステリーのような閑話9話と第5章へのつなぎともなるクレア視点の閑話を一つ挟みます。本編に関係のある記述も含んでいますので、できれば飛ばさずに読んで頂けると嬉しいです。

 

 僕たちがいるのは中央諸国の一つであるブリガンド帝国の帝都レドムだ。ブリガンド帝国は領土は狭いが国内に失われた文明の遺跡や迷宮があり魔導技術先進国だ。中央諸国の中では最も力のある国でもある。この世界随一の大国であるガルディア帝国に対して小さな大帝国などと呼ばれたりすることもある。


「なんだか、背の高い建物が多いね」


 この世界には元いた世界の高層ビルのように高い建物はない。街のほとんどの建物は王宮や貴族の屋敷などを除けば2階建てか3階建てくらいまでだ。この世界で僕たちの知っているもっとも大きな街であるルヴェリウス王国の王都ルヴェンでもそうだった。

 だが、帝都レドムはルヴェン以上に洗練されかつ大都会の雰囲気がある。通りは広く人通りも多い。両側の建物はどれも3階建て以上に見える。しかもなんとなく近代的だ。


「人口密度が高いんだろうね」

「小さな大帝国と呼ばれるのも分かりますね」


 クレアの言う通りで、小さな大帝国の帝都だけあってレドムはこの世界の街の中では近代的でその上活気がある。徒歩一日圏内にはバセスカ迷宮もあり、迷宮目当ての冒険者も多い。バセスカ迷宮はすでに最下層まで攻略されているが魔物は定期的に再生するのでブリガンド帝国は魔石を自給できているのみならず一部を輸出している。要するにブリガンド帝国は豊かなのだ。ブリガンド帝国を脅かすような大国と国境線を接していないし魔石も自給できる。

 僕たちもよく知っているイデラ大樹海に面している国々も魔石は自給できる。イデラ大樹海には魔鉱石の鉱山が点在しており魔鉱石の鉱山からも魔石は産出されるからだ。その最大のものがギネリア王国のベツレム鉱山だ。

 魔鉱石の鉱山から産出される魔石より迷宮の魔物を倒して得られる魔石のほうが質は高い。しかも迷宮の魔物は基本的に迷宮の外には出てこない。それに比べてイデラ大樹海は資源の宝庫ではあるがとても危険な場所でもある。とにかくバセスカ迷宮のおかげでブリガンド帝国は豊かなのである。小国であることもむしろ有利に働いているのではないかと思う。


 帝都レドムに入った僕たちは、現在帝都レドムが一つの噂で持ちきりなことにすぐ気がついた。冒険者ギルドでも聞いたし昼食を取った食堂でも聞いた。

 その噂とは、15年前に捕まった大怪盗デュパンが脱獄したという噂だ。しかも脱獄したアルデハイル監獄は絶対に脱獄が不可能と言われている監獄であり、失われた文明の遺物でもある施設だ。

 オーガスト・デュパンは希代の盗人である。彼は盗人に向いた固有魔法を持っているらしく。貴族の屋敷から貴重なお宝を盗みまくっていた。やれドラゴンの牙だの、グリフォンのたてがみだの、エラス大迷宮5階層のお宝である血吸の短剣だの、そういうやつだ。そしてそれらのお宝を換金する手段も持ち合わせているらしく・・・どうやらそれは秘密裡に別の貴族、ときには元の持ち主に買い取ってもらうというものだったらしいが・・・それで得た金品を貧しい人へ施して民衆から拍手喝采を得ていた。だが、それも15年前までのことだった。15年前、オーガスト・デュパンはとうとうお縄になったのだ。捕まえたのはこれも希代の名探偵の名をほしいままにしていたシャイロック・ホメロスだ。ホメロスを称える者、デュパンが捕まったことを嘆く者、それぞれであったが、どちらかといえばデュパンの逮捕を嘆く者のほうが多かったと聞く。

 この街に住むものでデュパンの世話になった者は多い。冒険者にだっている。冒険者ギルドで聞いた話ではA級冒険者の一人は子供の頃デュパンに施しを受け、そのあと努力してA級冒険者になったのだそうだ。

 そんなデュパンがアルデハイルを脱獄したというのだから話題にならないはずがない。帝都レドムには複数の目撃者がいるらしい。


「デュパンにホメロスかー」


 僕とユイは顔を見合わせる。この世界は何かと元いた世界と似ているというかシンクロしているところがある。それはこの世界に召喚されたときから不思議に思っていることだ。シンクロしているのは現実の地球や日本とだけではなくラノベやアニメなどのフィクションの世界に対してもそうなのだ。だから今更驚きはしないが、それにしても・・・。


 僕たちは帝都レドムに到着した後、スレイプニルのプニプニと僕が乗ってきた馬を預かり所に預けると、冒険者ギルドに向かった。僕たちは一応S級冒険者なので挨拶のためだ。

 僕たち3人は、聖都シズカディアを出た後に寄ったギネリア王国との国境付近の街の冒険者ギルドでS級になったと伝えられた。聖都シズカディアでの一件が評価されたのだ。どうやらボルガートさんやジークフリートさんの口添えもあったらしい。僕はともかくクレアの実力、ユイの伝説の聖女にも匹敵する能力から見れば全くおかしなことではない。

 僕たちが冒険者ギルドを訪れると、この国にはS級冒険者はいないらしくちょっとした騒ぎになってギルドマスターまで出てきた。S級になって以来、毎回似たようなことが起こるがなかなか慣れない。それだけS級冒険者が貴重だということだ。まして僕たちは若いのでその驚きも一層なのだろう。

 冒険者ギルドでの騒ぎにちょっと疲れた僕たちは宿を取ると夕食のため食堂へ向かった。ちなみに部屋は二部屋で僕が一人部屋だ。3人で旅をはじめて最初クレアは、僕とユイが同じ部屋に泊まるべきだと主張したが、ユイがまだ正式に結婚しているわけではないからと言って今の形に落ち着いた。僕としては残念な気持ちが無いと言えば嘘になるが、今の関係が居心地がいいのも確かなのでそれほど不満はない。それにいつも同じ部屋に泊まっているからというわけでもないだろうが、ユイとクレアはずいぶん仲良くなった。これは僕にとってもうれしいことだ。


 夕食を食べながらリラックスしていると、隣のテーブルの二人の男が例の噂を話題にしているのが聞こえてきた。どうやら一人はデュパンの目撃者のようだ。


「いや、間違いなくあれはデュパンの奴だ。俺が奴を見間違えるなんてありえねえ」

「疑うわけじゃないが、どうやってあのアルデハイルから脱出できたんだ」

「でもアルデハイルでも奴が脱獄したってことは認めてるって聞いたぜ。それに奴を目撃したのは俺だけじゃねえ。俺は奴がホメロスに捕まったとき、はっきりと奴の顔を見たんだ。絶対に見間違いじゃねえ」


 そのまま話を聞いていると、どうやらデュパンはホメロスに捕まってアルデハイル監獄に護送される前に街の住民に素顔を晒されたらしい。被害を受けた貴族たちの意趣返しだ。このデュパンを目撃した男もそのときデュパンの顔を見ており、目撃したのはデュパンで間違いないと主張している。


「でもよ。お前が奴の顔を見たのは15年も前のことだろう。そのときとは容姿だって変わってるだろう」

「でもそれでも十分だろう。他にも目撃者は大勢いるんだ。全員が見間違えるなんてことはないと思うぜ。相手は有名人だ」

「確かになー。アルデハイルも認めてるって噂だし」


 さらに話を聞いていると、どうやらデュパンを収監していたアルデハイル監獄がデュパンの姿が消えたことを認めているらしい。

 冒険者ギルドで聞いた話だと、アルデハイル監獄は失われた文明の遺物で、もともと失われた文明でも監獄として利用されていた施設ではないかと考えられている。失われた文明は魔導技術が現在とは比べものにならないくらい進んだぶっちゃけなんでもありの超古代文明だ。そんな失われた文明の遺物である監獄から脱獄できるとは考えられない。思い出したくないがユイに使われた隷属の首輪のことを考えても失われた文明の遺物の凄さは分かる。事実アルデハイルが監獄として利用され始めて300年間誰も脱獄した者はいないと聞く。


「でもよー。そうするとどうやってアルデハイルを脱獄できたのかっていう謎が残るな。堂々巡りだ」

「デュパンの奴は、認識阻害だっけ、そんな固有魔法を使ってあちこちに盗みに入ってたんだろう。それを使ったんじゃないのか?」

「いや、アルデハイルは囚人を登録する機能を持っていて囚人として登録された者を決して外に出さないんだ」

「それは俺も知っている。でもよ、現にデュパンの奴が脱獄したんだからデュパンの魔法のほうが上だったんだろう」

「それはありえない。失われた文明の魔導技術が破られるなんてありえないんだよ」


 うーん、ちょっと興味をそそる話だ。少し調べてみるか・・・。


「ちょっといいですか」


 僕は気がついたらデュパンの噂をしている二人に声を掛けていた。後ろで、もうハルったらいきなりー、というユイの声が聞こえた。


「あ、突然すみまん。僕は冒険者のハルというものです。こっちはパーティーメンバーのユイとクレアです」

「冒険者かー。ずいぶん若いな。まあ、若い冒険者は珍しくないが。だけどハルといったか。連れの二人はたいそうな美人だな。苦労が多そうだ」


 声をかけた男の人は人懐っこい笑顔を浮かべた。


「え、いや、まあ」

「それで俺になんの用だい」

「デュパンを目撃したって話が聞こえてきたので、すみません盗み聴きしたみたいで、ちょっと興味があって」

「なるほど、それで話を聞きたいって」

「はい」


 そのときユイが「すみませんー」と店員に声を掛けて「こちらに今飲んでいるものと同じものを追加で」と追加の酒を注文した。


「同じもので良かったですか?」

「ああー、嬢ちゃんは分かってるねー」

「ハハ、デグラム、これは話してやらないわけにはいかないな」


 話を聞いてみると二人はレドムの物流に大きな貢献をしているテモス川の港で働いている同僚同士だ。デュパンを目撃したのはデグラムという名前で痩身だけど港湾労働者らしく筋肉質な男の人だ。


「あれは仕事を終えて家に帰る途中だった。その日はめずらしく一人でな」


 そこまで話してデグラムさんは頭をかく。


「こいつはね。ほとんど毎日仕事が終わると同僚の誰かと夕食がてら酒を飲みに行ってるんだよ」

「いやあ、あの日はいつもより仕事が遅くなって・・・それに亡くなった女房の命日だったんだ。あいつ酒はいい加減にしろって煩かったんだよ。それが一滴も飲まないあいつのほうがずいぶん早く逝ってしまって・・・。ああ、こんな話を聞きたいわけじゃなかったな」

「いえ」

「とにかく、俺はあの日一人でテモス川に沿って家に向かう道を歩いていた」

「そこでデュパンを目撃したんですね」


 デグラムさんがデュパンを目撃したのは仕事が終わり家に帰る途中だ。仕事がいつもより長引き辺りはもう暗かった。そしてデグラムさんはテモス川の川縁のベンチに座っているデュパンを見たと言う。


「辺りはもう暗くなっていたのにデュパンだと分かったのですか?」

「ベンチは街灯に照らされていた。だから俺には奴の顔がはっきりと見えた」

「ベンチのそばに街灯が」


 この世界の街でよく見る魔道具だ。


「ああ、少し年は取っていたが15年前にアルデハイルに護送される前に見たデュパンで間違いない」


 デグラムさんは15年前、アルデハイルへ護送される前に晒されたデュパンの顔を見たと言っていた。


「すぐにデュパンだと分かったんですか?」

「黒い手袋、黒いブーツ、それに赤いマント、昔と変わらぬ姿だった」

「なるほど、それがデュパンの、なんというかトレードマークみたいな格好なんですね」

「そうだ」

「失礼な質問かもしれませんが、その特徴的な姿に気を取られて実際には本人じゃない可能性はありませんか?」

「まあ、そう言うのも無理はない。だけど顔を何度も確認した。間違いない。あれはデュパンだ」

「そうですか。それで、その後どうしたのですか?」と尋ねると、「俺は、驚きのあまりその場を動けなかった。それでその場で何度もデュパンの顔を確認したり辺りを見回したりしてたんだ。ずいぶん長い時間にも感じたが実際にはそうでもなかったのかもしれない。そしたら・・・気がついたらデュパンの姿は消えていたんだ」

「気がついたら消えていた・・・」

「ああ、最初から誰も座ってなかったようにベンチだけが街灯に照らされていた。ああ、そばの街路樹が風で揺れていたな」


 デグラムさんは、しばらくデュパンの姿を探して辺りをうろついたが、二度とその姿を見ることはできなかった。散歩をしている人や家路についている何人かの人に尋ねたが、デグラムさん以外にデュパンらしき男を見た者はいなかったそうだ。


「ハル、不思議な話だね」

「うん」


 でもデグラムさんが嘘をついているようには見えない。デグラムさん自身、デュパンが消えたときの話をしながら、納得がいかないような表情を浮かべて真剣に思い出しながら話してくれているのがよく分かった。


 その後、しばらくテモス川の港の賑や帝都レドムのことなどを二人と話をした。二人とも美人なユイやクレアと話ができてうれしそうだった。二人は話の途中で何度もユイとクレアの二人と僕を見比べていた。 


「突然声を掛けたのに話を聞かせていただいてありがとうございました」

「いいってことよ」


 デグラムさんは木製のジョッキを持ち上げてニッコリした。やっぱりデグラムさんは信用できそうな人だ。でもだとするとデュパンは失われた文明の遺物であるアルデハイル監獄から脱獄した上、デグラムさんの眼の前から煙のように消えたことになる。


 おもしろい・・・。


「ハル様、何か気になることが」

「いや、なんでもないよ」


 ユイとクレアは顔を見合わせた後、疑わしそうな顔で僕を見た。

 作者はミステリーを読むことが大好きなのでそれを生かして短編ミステリーのような閑話を書いてみました。この話を入れて9話くらいの予定です。読者の方も完結の前に真相を推理してみて下さいね。ミステリーじゃなくてファンタジーを読みに来てるんだっていう読者の方も多いと思います。そういった方は、閑話の後の第5章は第4章と比べてもエンターテイメント要素の強い異世界ファンタジーらしい話になる予定なので、見捨てないで待っていてくださいね。それに作者的にはこの閑話も結構面白いんじゃないかと思っていますし、本編に関係のある描写もあるので是非読んでみて下さい。

 作者渾身の第4章が終わりましたが、作者の期待に反して残念ながら評価ポイントが大幅に増えることもなく平常運転が続いています。少し凹んでいますが、少しでも読んで下さる方や応援してくれる方がいる限り頑張ろうと思いますので、これからもよろしくお願いします。

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マークで評価するのを忘れてました。 ミステリーも好きなので楽しんでいます。
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