1-14(クレア).
アデレイドは、ガルディア帝国白騎士団の中でも天才と呼ばれていた。
生まれつき、魔力が高く、その身体能力強化もずば抜けていた。自身の身長近くもあろうかという大剣を軽々と操る彼女より強い者は、帝国黒騎士団はともかく帝国白騎士団の同年代にはいなかった。
彼女の生まれが良ければ将来帝国白騎士団の幹部になることは間違いない人材であった。しかし彼女は孤児であった。
両親はアデレイドが5才のときに、魔物に襲われて死亡した。
その村はガルディア帝国の南東のはずれにあり、魔物による被害の多い地域であった。冒険者だったアデレイドの両親は、アデレイドが生まれたことで、冒険者をやめ、定住できる場所を探していた。その村は、魔物から守ってくれる人材を探していた。両者の利害は一致し、両親はその村に用心棒兼何でも屋として迎えられた。普段は農作業や狩などを手伝うほか、子供たちに読み書きや剣術を教えるなど、何でもした。
村の近郊に魔物が出れば討伐した。村の近くに現れる魔物で、アデレイドの両親に対処できないようなものはいなかった。アデレイド自身はあまり覚えていないが、両親は村人に歓迎され満足のいく生活を送っていた。あの日、森林から、ブッラクハウンドの群れが現れるまでは・・・。
ブラックハウンドは中級の魔物であり人の住む地域にはあまり現れない強力な魔物だ。それでも、一匹や二匹ならアデレイドの両親の実力であれば十分対処できた。しかし、そのとき、どんな理由があったのか、村を襲ってきたのは10匹以上ものブッラクハウンドの群れであった。
村人が、近くの街の冒険者ギルドに助けを呼びにいく間、村を守って時間稼ぎをしていたアデレイドの両親は生き残ることができなかった。ブラックハウンドの牙に無残に噛み砕かれ原型を留めない両親の死体を見たときから、アデレイドの心は凍りついている。
両親を亡くした彼女は孤児院に預けられた。この世界では別にめずらしくないよくあることだ。
孤児院での彼女は必要以外のことは話さず、いつも一人だった。彼女が成長するにつれ、天才的な身体能力強化を持っていることが判ってきた。おまけに聖属性を含む複数属性の魔法が使えた。これは本当に稀なことだ。そして、その彼女の能力は、すぐに帝国の知るところとなった。
9才の時に帝国の貴族が彼女を孤児院から引き取り騎士養成所に入れた。養成所では来る日も来る日も厳しい訓練が続いた。養成所でも才能を発揮したアデレイドは13才のときには帝国白騎士団に入団した。13才での入団は異例のことだった。養成所出身者の多くが帝国黒騎士団に入るが、アデレイドが入団したのは帝国白騎士団だ。最初に彼女を見つけて養成所に入れたのが帝国白騎士団の幹部を多く排出する名門貴族だったからだ。
アデレイドの才能を嫉妬する者も多く、帝国白騎士団に入団しても相変わらず彼女は一人だった。古くからの貴族家出身者が多い帝国白騎士団だったのも良くなかったのだろう。
ただ、一人だけアデレイドのことをかまってくる男がいた。その男は彼女を引き取った帝国白騎士団幹部の息子だった。幹部候補といわれていたその男だけはアデレイドがいくら無視しても彼女に話かけてきた。両親が死んでから、自分で考えることを止めていたアデレイドはその男に依存し、いつしかその男の言う通りに行動するようになっていた。
その男は、彼女をルヴェリウス王国へ潜入するスパイとして推薦した。そしてその案は帝国に受け入れられた。彼女が女で若かったから見破られ難いと考えられたのかもしれない。
その男は任務を無事達成して帝国に帰ってきたら妻にすると約束し彼女を送り出した。アデレイドが15才の時だ。
帝国とルヴェリウス王国は、魔族を除けば、いわば仮想敵国同士だ。そして現状は帝国の方に勢いがある。それでもルヴェリウス王国が大国であることは間違いない。それに帝国はルヴェリウス王国の持つ異世界召喚魔法を警戒していた。
アデレイドは、偽りの経歴とクレアという名を与えられルヴェリウス王国に潜入し冒険者として活動していた。冒険者としてもその才能を遺憾なく発揮したアデレイドは程なくして王国の騎士団に採用された。あと少しで16才になるという頃だった。15才にしてCランクの冒険者になり、AランクやBランクの冒険者でも複数で対応するバジリスクに一人で立ち向かい討伐して噂になった。これに王国が目を付けた。
帝国の勢いに押されて国力を増強しようと躍起になっているルヴェリウス王国なら、こうなると予想してのことであった。もちろん確実な方法ではなく、うまくいかない可能性もあった。しかし、アデレイドは成功した。ほかにも潜入している者はいるようだが、アデレイドには詳しいことは知らされていない。
アデレイドに与えられた任務は主に情報収集だがそれ以外にもう一つ大事な任務があった。それがルヴェリウス王国が異世界召喚に成功した場合、可能であれば召喚された者たちが力をつける前に殺すことである。
異世界召喚は100年単位で行われるかどうかの秘術だ。アデレイドがスパイである間に何も起こらない可能性の方が高かった。その場合は通常の情報収集を行い10年経てば帝国に帰還することになっていた。
潜入して2年間は、何も起こらなかった。しかし、最近になって異世界召喚魔法は実行され9人が異世界から召喚された。2年間で王国から大いなる信頼を得ていたアデレイドは、異世界人たちの訓練を手伝う騎士の一人に選ばれた。やはりこれは運命だったのだろう。
9人のうち1人は出ていった。このことは帝国には伝えている。ユウトのことはアデレイドがいくらギルバートたちに探りを入れても冒険者になったという以外分からなかった。王国はものわかりの良い態度で送り出したようだが、実際にはもう生きていないのではと、アデレイドは想像している。まあ、帝国にとっては、勝手に9人が8人になったのなら良いことなのだろう。
アデレイドとしても、そろそろ任務を遂行しなければと思う。
異世界人たちは、確実に力をつけている。ギルバートは彼らを自分以上の強者にすべく鍛えている。彼以上の強者、すなわち剣神に匹敵またはそれ以上の者。果たして彼らがそうなれるのか? アデレイドには分からない。しかし、もしそれが実現したら・・・そんな強者が8人も1国に集中したら。他国の特に帝国の脅威となることは間違いない。
今なら、彼らは、まだアデレイドの敵ではない。アデレイドに勝てるようになるには、まだ相当時間がかかるだろう。なれるとしたらだが・・・。できるだけ弱いうちに始末してしまうに越したことはない。
彼らのそばに近づけるのは限られた者だけだ。彼らを始末すれば、その経歴からアデレイドが疑われることは間違いない。もちろんアデレイドに全員を始末することが期待されているわけではない。
アデレイドは冷静に考える。
一人二人始末して彼の元に帰ろう。それでも十分な成果だ。きっと褒めてもらえるだろう。
次話からは他のクラスメイト視点の話を3話ぐらい書く予定です。
三人称は難しいので一人称で書く予定です。




