4-43(ユウト).
第4章もこれで終わりです。
「あの女の人、なんか動きがおかしくない? それに」
「はい。バジリスクは目を見てはダメですから盾役といえども正面には立たずに動きながら対応するのが普通です。なのに正面に立ったままです」
僕たちは、もっとよく観察しようと岩に隠れながら近づいた。その結果、僕たちは岩陰から見下ろすような位置に陣取った。
そして女の人とバジリスクを観察する。
「あ、あれは」
盾を持った大柄な女の人はバジリスクの正面に立っている。そしてその目はバンダナをずらしたような目隠しをしている。目隠しをしているから正面に立っているのか。
どん!
バジリスクが女の人が構えた盾に激突して、女の人がゴロゴロと転がる。
「何してるんだ。バジリスクくらい止めろよ」
「気配だよ。気配で対応すんだよ」
体格のいい男が女の人を馬鹿にしたように言う。それにローブを着た男が追随する。3人目の男は剣士だろうか、それを酷薄そうな表情で黙って見ている。
気分が悪い。吐きそうだ。
女の人は立ち上がってすぐに盾を構える。でも目が見えないためか盾を構えた方向はバジリスクがいる方向からちょっとずれている。
「危ない! 右だ!」
僕は思わず叫んでいた。女の人は僕の声に反応してバジリスクの突進を盾で受け、今度はその場に踏み止まった。
凄い!
目隠しをした状態で上級魔物の突進を止めた。
「そこにいるやつら、余計なことすんなよ。これは訓練なんだよ」
体格のいい男がこっちを向いて怒鳴る。
僕たちは岩陰から出る。
「訓練・・・ですか」
僕は体格のいい男を睨みつける。
「お前ら何だ?」
ローブの男が軽薄そうな口調で訊いてきた。3人目の男はその残忍そうな視線をこっちに向けている。3人目の剣士と思われる男は僕と同じくらいの体格だ。だが、体格のいい男やローブ男よりこの男のほうが強いと僕の直観が告げていた。
そのとき、バジリスクが僕たちの声に狙いを変えたのか男たちの方へ突進してきた。
ズサッ!
「ユウ様・・・」
剣士の男はこちらを見たままバジリスクを斬った。尋常じゃない。
「お前ら止めを刺しとけ」
見るとまだバジリスクは死んではいない。だが額から目にかけて大きな傷がある。まさか、あの状態で狙って目を斬ったのか。
「分かりました」
「岩弾!」
体格のいい男とローブの男が剣士の男の指示に従って、バジリスクに止めを刺した。ローブの男は見かけ通り魔術師だったようだ。この二人も十分に強い。
「もうちょっと盾役としての役目を果たせよ」
体格のいい男と魔術師の男が女の人の腹や尻を交互に蹴る。ドスドスという音からして手加減なしだ。
その音と女の人の低いうめき声が僕の耳に入り一層気分が悪くなる。
「止めてください!」
「俺たちのやることにケチをつけるのか。殺すぞ」
「それ以上やったらその人死んじゃいますよ」
「これくらいで死ぬようなら黒騎士団にはいらないんだよ」
僕と体格のいい男が言い争う。この人たちはやっぱり黒騎士団員だったようだ。女の人や体格のいい男がいかにも騎士といった黒い鎧を身に着けていたので黒騎士団だとは思っていた。よく見ると魔術師の男が着ているローブにも肩にワイバーンがデザインされた帝国のマークがある。しかも色は黒だ。それに対して剣士の男はまるで冒険者のような格好をしている。
「黒騎士団が一般人に殺すって、正気ですか?」
「おい、クルス、さすがに冒険者相手はまずいぞ」と魔術師が体格のいい男を諫める。
この世界の冒険者ギルドはラノベやアニメで描かれるものよりも大きな権力を持っている。冒険者は誰でもなれるわけじゃないし国家を跨る独立した組織だ。その意味は国でさえ迂闊には手を出せないということだ。人より圧倒的に魔物の数が多いこの世界で冒険者ギルドや冒険者は必要とされている。その上層部は貴族や王族と同等の扱いを受けるというS級やSS級の冒険者で構成されているという噂だ。
「ザギさん、どうしますか?」
「見られたらまずかったのなら、殺す?」
ザギと呼ばれたのはさっきバジリスクを一刀両断した剣士だ。体格のいい男と違い殺すという言葉をなんの感情込めず当たり前のように口にした。
僕とザギと呼ばれた男は睨み合った。
「ユウ様」
ルルが僕の腕を掴む。僕は少し震えていたようだ。分かっている。この人たちは僕よりも強い。僕だってB級冒険者なのに。中でもさっきバジリスクを斬ったザギと呼ばれている男。決して大柄でも筋骨隆々というわけでもないその男に底しれない強さを感じた僕は無意識に震えていたのだ。
黒騎士団、それは帝国最強の戦力として周辺国から恐れられている。クーシーも態勢を低くして警戒している。
「ほうー、そいつは従魔か。その犬っころを嗾けてみたらどうだ」
ザギが僕たちを挑発する。
そのとき、「私に構わず行け!」と蹴られていた女の人が目隠しを取って叫んだ。その目からは強い意志が感じられた。少し浅黒い肌に色にキリっとした顔立ち。こんな場面にもかかわらず、その女の人はとても凛々しくて美しかった。
そのあと、結局僕たちは何もできなかった。集団暴行にあっていた本人から言われたのを言い訳にその場を離れることしかできなかった。ザギたちもこれ以上冒険者と揉めるのは不味いと思ったのか、何もしてこなかった。
「これはあくまで訓練だからな」
僕たちの背中にザギが嘲るように声をかけた。
僕は自由に生きたくてルヴェリウス王国を出たが自由に生きるにはまだまだ力が足りないようだ。今の僕には、あの大柄な女の人の無事を祈る以外に何もできない。
「ユウ様、騎士団のような組織ではよくあることです」
「ああ」
あれは僕もよく知っている行為、いじめだ。おそらく大した理由なんかない。あの女の人は大柄なだけじゃなくて肌の色も濃かった。この世界にも多くの民族がいるからこの辺りの出身じゃないのかもしれない。そんなちょっとした人との違いを含めなんだっていじめの理由になる。
「この世界も同じかー」
「ユウ様・・・」
★★★
帝都ガディスに来て2ヶ月が経った。
僕たちは冒険者ギルドで依頼票を眺めていた。
あれから何か気勢をそがれた僕たちは上級魔物には挑戦していない。実際に見たバジリスクが思った以上に手強そうだったのもある。それを黒騎士団員たちは簡単に仕留めていた。いくら黒騎士団が強いといっても、たぶんあれは精鋭部隊だ。特にあのザギと呼ばれていた男。正直ザギのことを思い出すと今でも寒気がする。
「あれは」
「黒騎士団の女の人ですね」
ジャール砂漠でザギたちから暴行を受けていた女の人だ。大柄で少し濃い肌の色をしているから目立つ。騎士っぽい恰好ではあるが黒騎士団のではない。どうやら冒険者になったようだ。
「黒騎士団、辞めたのかな」
「みたいですね」
黒騎士団は超エリートだ。どうやら少数民族らしいあの女の人にとっては黒騎士団に入れたことはかなりの名誉だったのではないだろうか。しかも、僕の想像が正しければ精鋭部隊に所属していたはずだ。
その日から僕たちはあの女の人に注目していた。その結果分かったのは、あの女の人の名前がシャルカでありソロで冒険者活動をしているということだ。シャルカさんは元黒騎士団員であり目隠しをしたまま上級魔物の突進を受け止めたほどの腕だ。だがその割には冒険者としてそこまで名を上げてはいないようだ。
「盾役みたいですから、仲間がいないと真価が発揮できないのではないでしょうか」
「なるほど」
僕はシャルカさんのことが気にかかっていた。日本でボッチだった僕はいじめには敏感だ。それで同情しているのだろうか。だとしたらシャルカさんには余計なお世話だろう。
「仲間に誘いますか?」
「いいの?」
「そろそろ盾役が欲しいと言っていたのはユウ様ですよ。それに大柄ですけど可愛らしい顔をしてます。ユウ様の好みなのでは?」
「いや、そんなことは・・・」あるかもしれない。
ルルに背中をされた僕は、ある日の夕方、冒険者ギルドでシャルカさんに声を掛けた。
「シャルカさんでいいんですよね」
「何だ、お前ら、あっ」
シャルカさんは僕たちのことを思い出したようだ。
「僕はユウジロウといいます。こっちはルルとクーシー。僕たち盾役をしてくれる仲間を探してまして、それでシャルカさんに声を掛けさせて貰いました。黒騎士団辞めたんですよね?」
「お前たちはあのときの冒険者だな。同情ならゴメンだ」
「違いますよ。私たち上級魔物に挑戦したいんです。そのためには盾役が欲しいって思ってたんです。冒険者は命がけの職業です。同情なんかで声を掛けたりしません」
心外だというようにルルが言い返した。
「そ、そうか、お前らは、こんな肌の色をした大女が気にならないのか?」
ルルの言葉にシャルカさんはちょっと気圧されたように訊いてきた。
「別に。とっても頼りになりそうな盾役だとは思いますけど」
「そうか・・・」
体格とは反対にルルのほうが押している。
シャルカさんは黙って暫らく考えていた。そして僕のほうを見ると「いいだろう。お前たちのパーティーに入ろう」とあっさり了承してくれた。
「え?」
僕はシャルカさんの言葉に驚いた。こういう場合って仲間になるのにもっと、こう・・なんかあるもんじゃないだろうか? 一度は断られて何か感動的なイベントみたいなものがあって仲間になるとかだ。
もしかして、それだけ僕が魅力的だったのだろうか?
「なんだ、自分で誘っておいて不満なのか?」
「いや、そうじゃなくて、こんなにあっさりOKしてもらえると思ってなくて・・・」
「お前、えっと」
「ユウジロウです」
「ユウジロウは、あのとき、私を初めて見たとき、いい女だと思っただろう?」
確かに僕は、あんな状況にもかかわらずシャルカさんのことを凛々しくて美しいと思った。
「それが、どうして・・・」
「私の肌の色を見て、初対面でそう思う奴は少ない。お前にはタタロア人に対する偏見がなかった。それが理由だ」
言われてみれば、この世界は中世ヨーロッパ風なので、色の白い人が多い。でもそれだけで・・・。肌の色に関係なくシャルカさんはこんなに格好良くてきれいなのに。もしかしてシャルカさんが、あれほどの腕なのにもかかわらずソロで活動しているのはそれが理由なのか?
後から分かったことだが、シャルカさんは中央諸国の小国タタロニアの出身だ。タタロニアはタタロア人とタタニア人の国家だ。
「そうですか。分かりました。これからよろしくお願いします。シャルカさん」
「ああ、よろしく。それと呼び捨てでいい、ユウジロウ」
「やっぱり。ユウ様は女を引き付ける固有魔法を持っているのかも・・・。クーシーも雌だったし」とルルが呟いているのが、しっかり聞こえた。そして僕自身もそうかもなーとまんざらでもなかった。
「ルルだったか。ルルはユウジロウが好きなのか?」
「え、いや、そ、それは」
「それなら心配ないぞ。ユウジロウは全く私の好みではない」
なんだって! しかも全くってそこまで否定しなくても。
「私の好みはもっと可愛らし感じの男だ。ユウジロウのような男らしいタイプは好みじゃない」
え! 僕が男らしい?
嘘でしょう!?
僕は日本でもボッチでオタク的ポジションに収まっていた。可愛いかどうかは別としても絶対に男らしいと言われるタイプではない。
「え? ユウ様は確かに意外と男らしいとこもありますけど、可愛いとこもありますよ」
「がうっ」
うん、ルルとクーシーは分かっている。
「そうか? ルルは男に対して変わった見方をするようだな。まあ、とにかくそう言うことだから、ルルは何も心配することはない。あくまでパーティーの一員としてよろしく頼む。だが、お互いに合わないと思ったらそれまでだ」
「当然です。とりあえずお試しってことで」
僕はシャルカに右手を差し出す。僕たちはがっちりと握手をした。シャルカが少し恥ずかしそうにしていたのを僕は見逃さなかった。だが、これは後から分かったのだが、このときシャルカはルルを見ていたのだ。
実は、シャルカは見かけによらず可愛いものや動物が大好きでルルやクーシーを撫でまわしたい誘惑に勝てなかったことが僕たちの誘いを受入れた理由の一つだったのだ。
このときはそんなことは分からず「なんか、ユウ様の思い通りになった気がしますね」とルルが言い、それにクーシーが「がう」と返事をした。
「そうそう、シャルカさん、このパーティーにはルールがあります。女性だけのルールです」
ルル、何を言い出すつもりなんだ?
「このパーティーの女性には私と同じような服装をしてもらいます」
「なんだって! その使用人のような恰好をか? しかもスカートがやけに短い。あえて私がふれないようにしていたのに。もしそれが条件ならこの話はなかった・・・」
「いえ、大丈夫です。シャルカさんはそのままで結構です」
「ユ、ユウ様、なぜ・・・。私にはあれほど」
「とにかく、いいんだ」
シャルカには騎士の格好が似合っている。だからこれでいい。だが鎧のデザインはおいおい僕の希望を聞いてもらおう。
こうして僕は3番目の仲間を得た。
第4章もなんとか完結できました。ここまで読んでいただきありがとうございました。
この後、ミステリー仕立ての閑話(9話くらいで完結の予定)とクレア視点の閑話を挟んで第5章に入ります。第5章はクレアの故郷である帝国が舞台となります。第5章は第4章と違ってストレスの少ないエンターテイメントよりの章になる予定です。引き続き楽しんでいただければ幸いです。
しつこく宣伝していた通りで、第4章のプロットにはちょっと自信があったのですが、どうだったでしょうか? ファンタジーとしてのできは? ミステリーとしては? 名作文学のオマージュとしては?
第4章最後のお願いです(政治家みたい・・・)。是非ここまでの評価を下記の「☆☆☆☆☆」から教えて頂けるとうれしいです。ブックマークがまだの方はブックマークもお願いします。もちろん期待外れだったなどの忌憚のないご意見、感想もお待ちしています。よろしくお願いします。




