4-42(ユウト).
「やっぱり帝都って言うだけあって活気があるね」
「そうですね。今年は武闘祭の年っていうのも関係あるんでしょうか?」
「どうかなー。まだ半年くらい先でしょ」
「はい」
「ぐぅー」
分かっているのか、分かってないのか、クーシーも隣で小さな唸り声を上げた。
ここはガルディア帝国の帝都ガディスだ。
今の皇帝はネロア・バルトラウトっていうらしい。200年くらい前にバルトラウト家が皇位を簒奪したんだとか。そのためもあってバルトラウト家に対しては毀誉褒貶がある。でも、この帝都の賑を見れば国の運営はまず上手くいっているのではないだろうか。この世界の3大国であるルヴェリウス王国、ドロテア共和国、ガルディア帝国の中で、今一番勢いがあるのはガルディア帝国だというのが大方の見方だ。
「それでユウ様は武闘祭に出場するのですか?」
「いやー、無理でしょ」
「ユウ様なら優勝はともかく、いいとこまで行くと思います。冒険者の人が優勝するとS級になれるそうですよ。まあ、すでにS級の人が挑戦することのほうが多いみたいですけど。優勝した後SS級になった人もいますよ」
「そうみたいだね」
SS級冒険者はこの世界では英雄と謳われる存在である。
クーシーが仲間に加わって僕とルルはB級になった。こないだB級になる試験を受けて見事に合格することができたのだ。B級の目安はパーティーで中級上位くらいの魔物を倒せることだ。C級になってあまり時間も経ってなかったので、これは凄いことだ。ただし、ルルは余裕だったが僕は危なかった。最後に使った水属性中級魔法の氷槍が良かったのだと思う。試験管の冒険者もちょっと驚いていた。僕を主にクーシーを使って戦う使役魔術師と思っていたのだろう。まあ、間違いでもないけど。
ここガルディア帝国では4年に一度武闘祭が開催される。優勝者からはSS級冒険者も出ている。現在知られている限りSS級冒険者は二人いる。1人は僕がルルと出会ったエラス大迷宮を探索しているイネス・ウィンなんとかって人だ。イネスは迷宮に取り憑かれた男として有名だ。もう一人は確か南の方の国にいて優勝したのはその人だ。確か12年前だったか。
僕とルルとクーシーが帝都ガディスに来たのには3つの理由がある。
一つはさっきから話題になっている武闘祭だ。4年に1回開かれ、今年は開催年だ。ここガディスで武闘祭が開かれるのには理由がある。カラディア闘技場の存在だ。帝都ガディスにあるカラディア闘技場は闘技場は全体が失われた文明の遺物だ。すなわち巨大な魔道具なのだ。その機能は闘技場で致命傷を受けても致命傷を受ける前の状態で復活できるというものだ。まるでゲームのようだ。ただあくまで致命傷を受ける前の状態なので、その前にすでに手足を失うような大怪我をしている場合、もとに戻るわけではない。実際に武闘祭での怪我が原因で騎士や冒険者を引退した人はいる。ただ復活地点には回復魔法が使える魔術師が待機しているし、致命傷を受ける前に審判が試合を止める権利を持っている。事故を防ぐ対策はされているというわけだ。ちなみに帝国では魔導士のことを魔術師と呼んでいる。
「私はSS級冒険者もですけど、それより勇者様を見てみたいです」
ルルは少しうっとりしたような表情だ。
今年の武闘祭には過去の優勝者であるSS級冒険者に加えてルヴェリウス王国から勇者一行が招かれている。ルヴェリウス王国は最近まで勇者召喚を行ったことを秘密にしていた。でも、この世界にも国家間の情報戦はある。そのためなのか勇者召喚のことはかなり広く噂が広まっていた。コウキたちはだいぶ前から実践訓練のため王宮の外に出ていたようで、これ以上秘密にするのは難しくなっていたようだ。そんな状況からルヴェリウス王国は勇者召喚と魔王が現れたことを公表した。それを受けてガルディア帝国は勇者たちを武闘祭に招待し、ルヴェリウス王国がそれに応じたという構図だ。おそらく水面下ではいろいろ駆け引きがあったのだろう。
あれからすでに1年半が経っている。みんなの顔が見たい。みんなどのくらい強くなっているのだろうか。毎日専門的な訓練を受けているコウキたちは、僕なんか比べものにならないくらい成長しているんだろうなー。
「ユウ様は勇者様を知っているのですよね」
「まあね」
僕は、僕が異世界人であることをルルには伝えている。僕を信頼してくれるルルに秘密にしておくことはできなかった。みんなには会いたいけどルルをみんなに会わせるのは不安だ。とくにコウキには。コウキは会って数分いや数秒でクラネス王女を落としていた気がする。ルルをコウキに会わせるのは危険だ。
「もしかしたら武闘祭にも参加するかもしれないね」
僕は別にルヴェリウス王国と喧嘩別れをして出てきたわけじゃないから、もしかしたら会えるかもしれない。でも、コウキはルヴェリウス王国には注意しろとしつこいくらいに言っていた。とりあえず遠くからでもみんなの顔を見ることができればいい。これが帝都ガディスを訪れた1番の理由だ。
ガディスを訪れた2番目の理由は、帝国獣騎士団の存在だ。重ではなく獣だ。帝国には白騎士団と黒騎士団の二つの騎士団がある。黒騎士団の第三大隊は獣騎士団と呼ばれている。黒騎士団はバルトラウト家が皇位を簒奪する原動力となった騎士団で白騎士団はその前からある伝統的な帝国の騎士団だ。黒騎士団の第三大隊である獣騎士団はたった10人ほどの使役魔術師で構成された部隊だ。とても大隊と呼べるような人数ではない。しかし各国からとても恐れられている。それはそうだ、人族の使役魔術士は、そのほとんどが下級の魔物を使役するのが精一杯だ。使役できる魔物の数も1体か2体が普通だ。それなのに獣騎士団が使役している魔物の中にはなんと上級の魔物がいる。しかも複数だ。それ以外にもかなりの数の魔物を使役しているという話だ。
「伝説級がいるって噂もあるらしいね。本当かな?」
「さすがにそれはないと思います。伝説級の魔物を使役するなんておとぎ話の中だけですよ」
バルトラウト家が皇位を簒奪した際には伝説級の魔物フェンリルが大暴れしたという話がある。だが、それはルルが言うようにあくまでおとぎ話だ。
「でも、上級魔物は確実にいます」
僕はルルの視線を追って空を見上げる。皇宮の上空を中心に今日も帝都の空をワイバーンが飛んでいる。獣騎士団に所属しており皇宮や帝都を守っているのだという。エニマ王国でも見かけたことのあるワイバーンは上級でも上位の魔物だ。僕には帝都を守っていると言うより帝国の力を見せつけているように見える。クーシを使役している僕としては獣騎士団に興味を持たざる得ない。
3番目の理由は帝国魔法学院の存在だ。帝国魔法学院だ。大事なことなので2度言った。ラノベやアニメなら絶対にある学院編。それを言うのなら武闘祭もそうだ。武闘祭と魔法学院と聞いて帝都を訪れない選択肢はないだろう。悪役令嬢に聖女、モブだと思われていた男が逆に最強でモテモテになったり、そんなイベントにこと欠かないのが魔法学院だ。
「ユウ様、ユウ様は今年で19歳ですよね?」
「そうだけど?」
16歳でこの世界に召喚された僕は今18歳だ。あと半年で19歳になる。ルルと出会ってからすでに1年半が経つのだ。
「私は17歳です」
「うん?」
「魔法学院に入れるのは15歳から18歳ですよ」
なんで僕が魔法学院のことを考えてるって分かったんだろう?
「それは知ってるけど・・・」
「それに魔法学院の生徒の8割以上が男性です」
それは・・・知らなかった。
★★★
「ユウ様、岩トカゲです」
「おう!」
ここは帝都ガディスから徒歩で半日ほどの岩と砂で構成された地域だ。ジャール砂漠と呼ばれていてかなり広い。多くの魔物が生息しているので冒険者がよく訪れる場所だ。なぜ帝都から比較的近いこの場所がこんなに広い砂漠地帯になっているのかは分からない。伝説では昔大魔術師が炎のドラゴンと戦った結果こうなったというのがある。
この辺りには町はおろか村もない。ただ冒険者たちのための野営スポットがいくつかあり僕たちも今夜はその一つを利用する予定だ。その野営スポットは崩れかけた壁などがある遺跡を利用して設置されている。もともと帝都ガディスは失われた文明の遺跡の上に作られている。カラディア闘技場はもともとあの場所にあったのだ。そして、ここジャール砂漠にも朽ち果てた遺跡がいくつかある。それは迷宮ですらなく、もうなんの機能もしていない。上級の魔物が出現する場所なので観光地にもならないから、冒険者の野営スポットとして利用されるくらいしか役に立っていない。
ブシュ!
ルルが動きの鈍い岩トカゲを斬りつけるがその皮膚は硬い。
と、そのときまるでクルリという音が聞こえたかのように突然向きを変えた岩トカゲが僕に飛び掛かってきた。速い!
「うわっ!」
僕は慌ててその場を飛び退いた。
「ガウーッ!」
クーシーがまるで闘牛の牛のように頭を振って大きな角で岩トカゲを跳ね上がるように攻撃する。クーシーの力は強く、岩トカゲの腹が見える。
「氷弾!」
ズサッ!
僕の氷弾は僅かに覗いた岩トカゲの腹に見事に命中した。思った通り腹の皮膚はそれほど硬くなかったようでかなりのダメージを与えた。
そのあとは弱った岩トカゲをルルとクーシーが攻撃して止めを刺した。僕たちの連携もずいぶんよくなった。岩トカゲはその硬さから防御力の高い魔物で中級に分類されている。だけど、今の僕たち3人ならこんなもんだ。いやいや、油断は禁物だ。僕はどうも調子に乗りやすい。岩トカゲは思ったより素早かったし危ない場面もあった。
「ユウ様、魔法の精度がまた上がりましたね。ちょっとだけ覗いた岩トカゲのお腹に見事命中しました」
「いやー、それほどでもないよ」
ルルがまた僕を持ち上げてくれる。まあ、実際魔法のコントロールや発動の速さとかは以前とは段違いだ。そういえばハルはどうしているだろうか。魔法の精度の話を聞くとハルのことを思い出す。ハルは、僕と同じで1つの属性の魔法を中級までしか使えなかったけど、最初から精度を上げることでそれを補いコウキたちに追いつこうとしていた努力家だ。
僕たちは最初の戦闘のあと、岩トカゲのほかに、蜘蛛のような魔物、砂の中から現れたアリクイのような魔物など、これまであまり見たことのなかった魔物を相手にした。この辺りの出る魔物は下級上位から中級までの魔物が多い。稀に上級も出現する。帝都から比較的近いにもかかわらず町や村がない理由の一つだ。
「そろそろ終わりにしようか」
「はい」
僕たちはあらかじめ決めていた野営スポットに向かうことにする。野営スポットは遺跡の残骸である壁に囲まれていた。石でできた料理をするための釜のようなものもある。井戸があるスポットもあるようだが僕たちが到着した野営スポットにはなかった。僕が水属性の生活魔法を使えるので問題はない。
その日は二人と一匹で固まって寝た。クーシーの毛皮はいつものように暖かった。
次の日も僕たちは朝から魔物狩りに向かった。
「この辺には上級魔物もいるんだよね」
「はい。バジリスクとサラマンダーが稀に出ることがあると聞いています」
「えっと、バジリスクは目を見ないで戦う。サラマンダーは炎のブレスに注意だね」
「そうです。クーシーもバジリスクの目を見ちゃだめよ」
「がう」
分かってるのだろうか? 不安だ。
僕たちは、そろそろ上級魔物を相手にしてみようと思っている。だが、焦りは禁物だ。上級魔物をパーティーで相手にできれば目安としてはA級なのだ。
バジリスクもサラマンダーも危険な魔物だ。バジリスクは目を見ると石化・・・はしないが動けなくなる。動けなくなるだけなので魔法は使えるようだが、動けなくなれば当然危険だ。サラマンダーのほうは見かけは岩トカゲの大きい奴で岩トカゲと同じく硬い。そして最大の武器は炎のブレスだ。サラマンダーは炎属性の魔物だ。
僕たちは上級魔物を探しつつ魔物狩りを続けた。
「クーシー今だ!」
「がぅぅぅー!」
「よし。ルルもお疲れ」
「でも、今日は岩トカゲばっかりだねー」
すでに3匹の岩トカゲを倒した。岩トカゲの鱗のような皮膚は硬くて装備や魔道具の素材になるので、丁寧に剥ぐ。剥ぐのはとても力がいるがこの作業にもだいぶ慣れてきた。
「さて、そろそろ野営スポットに戻りながら進もうか」
「明日はどうしますか? まだ上級魔物には遭遇していませんし、もう一泊くらいはいけそうですけど」
「いや、予定通り明日朝一番に帝都に帰ろう。無理は禁物だ」
「そうですね。コツコツとですよね」
ルルは笑って僕に同意した。とすぐその足を止めた。
「ルル?」
「何か音がします」
ルルは耳がいい。その直後、僕の魔法探知でも魔物の気配を感じた。それに人の気配もだ。
「誰かが戦っている。相手は上級魔物かな」
僕たちはゆっくりと気配に近づいた。暫く進むと岩陰から、一匹の魔物と4人の人影が見えた。
「バジリスクですね」
大きな盾を持った大柄な女の人がバジリスクと対峙している。周辺に男が3人立っている。
何かおかしい。男3人は戦わずに見守っているだけだ。いや、見守っているというより見物しているように緊張感がない。




