4-41(僕はダメなやつだ…).
僕はユイに、僕とクレアがイデラ大樹海最深部に転移したこと、クレアと協力関係になったこと、僕がクレアがガルディア帝国のスパイだったことを聞いて涙したことを話した。そしてクレアが僕の奴隷になると宣言したこと、半年で心が折れそうになった僕をクレアが立ち直らせてくれたことを話した。
ユイは黙って聞いてくれたが、ときどきクレアのことを見つめていた。それはそうだ、クレアは僕とユイを殺そうとしたんだから。
「ユイ様、私のことは心配ありません」
突然クレアが口を挟んだ。
「そうだよユイ。クレアは僕たちを殺そうとしたけど、それは・・・」
「ハル様、そういう意味ではありません。たぶんユイ様は私とハル様の・・・その、関係というか・・・仲を気にされているのです。でもユイ様、全く心配する必要はありません。私はハル様に騎士の誓いを立てています。私とハル様の関係は主人と騎士それだけです」
「え?」
僕は、思わず、間の抜けた声を上げてしまった。
それはユイが僕とクレアの仲を気にしていると言われたからじゃない。クレアに全く心配はなく主人と騎士の関係だけだと言われたからだ。ラノベの鈍感系主人公ではない僕は、一緒に冒険しているうちにクレアが僕に好意を持ってくれているのではと感じていたからだ。
「ハル様との冒険、何度も死にかけましたけど、今思い返すと不思議と楽しかったことばかりだったような気がします。ハル様にはとても感謝していますし大好きです。でもそれは、あくまで仕えるべき主人としてです。ですからユイ様が心配するようなことを何もありません」
そうだったのか・・・。心の片隅でハーレム展開なんてのものを考えなかったかといえば嘘になる。
「クレアさん、それは本当なの? イデラ大樹海で二人は何度も死にかけるような経験をしたんでしょう。それなのに男としては好かれてないって、ちょっと私としては複雑な気持ちかも。まるで私が男を見る目がないみたいで」
「そ、そんなことはありません。ハル様は素晴らしい人です。私がハル様を大好きなのは本当です」
「でも、それは男としてじゃないんでしょう?」
「そうなんですけど・・・。やっぱり、ハル様の奥様になるユイ様に嘘はいけませんね。私は最初は奴隷のつもりでしたからハル様が望めば何でもしてあげようと思ってました。私のしたことを考えればそのくらいは当然だと思ったのです。でもそれがそんなに嫌だとは思っていませんでした。ということはハル様のことを男の人としても好きなのかもしれません。正直に言えば、私はそういうことがよく分らないのです。実は側室にでもしてもらおうかと思ったことはあります。ハル様はS級以上の冒険者になることは間違いないと思ってました。貴族であれば側室の一人や二人いてもおかしくありません。そして事実そうなりました」
「じゃあ、やっぱり」
「でも、ハル様やユイ様のいた世界には側室とかはないのですよね。奥様は一人なんですよね。ハル様と話していてそのことを知りました。それを知って少し残念には思いましたけど。うーん、自分の気持ちを説明するのは恥ずかしいです」
クレアは少し俯いて次の言葉を考えている。
クレアは僕やユイより少しだけ年上だけど、むしろ男女のことにはとても初心で、その上寂しがりやなことを僕は知っている。
「私は奴隷じゃなければ騎士ならと思って、ハル様をお仕えすべき素晴らしい主人だと認めて騎士の誓いを立てました。側室になれないからといってこの気持ちに変わりはありません。ですからユイ様が心配する必要は全然ありません」
「うーん、奴隷とか騎士とかよく分からないけど、男としても嫌いじゃないけど、奥さんにならなくてもいいってことなの?」
「はい」
僕は、ぼーっとして二人の会話を聞いていた。やっぱり僕にはラノベやアニメの主人公のような展開は訪れないらしい。
「うーん、全然心配ないって言われるのもなんかねー。やっぱり私って男を見る目がないのかも。昔から情けないハルを庇ってばかりだったし、ジークの4番目の奥さんになったほうがよかったのかなー」
ユイが何か小声でつぶやいている。
「ところでハル、ジークには3人の奥さんがいるの。ハルも知ってるよね?」
「そ、それはもちろん知ってるけど・・・」
「自分もなんて考えてなかったよね?」
「ま、まさか、そんなことあるわけないだろう」
「ふーん。でもハル、クレアさんのことが好きだよね」
「え!?」
な、なんで僕はユイに問い詰められているんだろう?
「見てれば分かるよ」
確かに僕はクレアのことを・・・。
「いや、それはもちろん僕だってクレアには感謝しているし」
「女としても好きでしょう?」
「いや、僕はユイの」
「ハルが私のことを好きなのは知ってるから、よけないなことは言わなくていいよ」
「はい」
僕は椅子に座っているのになんだか正座でもしている気分だ。
ユイはクレアの方を向いて優しく語りかけた。
「クレアさん、こんなハルを助けてくれて、私のところまで届けてくれてありがとうね」
「いえ、私はハル様とユイ様を殺そうとしたのです。そんな私をハル様は許してくれました。私の境遇に涙さえ見せてくれたのです。そんなハル様がユイ様と会えて私もうれしいです」
クレア・・・なんて健気なんだ。
「それで、クレアさんこれからどうするの? ハルと離れ離れになってクレアさんのことを恨んでいたのは確かだけど、こうしてハルに会えたし、それも今日で終わりにするよ。クレアさんは自由に生きていいんだよ」
「ユイ様、私はハル様を一生守ると騎士の誓いを立てています。ユイ様はハル様の奥様になる方ですから、ユイ様さえ嫌でなければ、これからはハル様とユイ様にお仕えしたいと思っています」
クレアの言葉にユイは少し考えてから「私は別に嫌じゃないけど、ハルは大丈夫なんでしょうね?」と訊いてきた。なんで僕の股間を見ているんだ・・・。
僕は一体どうしたいのだろう。まあ、ハーレム展開なんてガラじゃないのは分かってはいた。
でもクレアとここで分かれるのは、やっぱり心が痛い。だって男女の関係を抜きにしても僕とクレアはあのイデラ大樹海深層から手を取り合って脱出してきた同志なのだ。
僕はクレアとのこれまでのことを思い出す。
最初に目を覚ましてハクタクと戦っているクレアを見たときのこと、心の折れそうな僕をクレアが叱咤してくれたこと、クレアがスパイになったことを聞いて涙を流したこと、ヒュドラ、火龍、フェンリル、たくさんの魔物と戦って何度も死にかけたこと、クレアが僕の騎士になるって宣言して赤龍剣を渡したときのこと・・・。
やっぱり、クレアとここで離れたくはない。それに僕は知っている。クレアが早くに両親を亡くしとても寂しがりやなことを。
「僕もユイが許してくれるのなら、もう少しクレアと一緒に冒険したい」
「分かったわ。クレアさん、私たちはみんな冒険者だし、同じパーティーの仲間ってことで」
「いえ、私はパーティーの一員にはなりますが、あくまでお二人にお仕えする騎士です。それに、お二人が許してくれたとしても、お二人を殺そうとした事実は消えません。まだそれを償えてはいません。それと私のことはクレアと呼び捨てにしてください」
「え、でも」
「お願いします」
「わ、分かったわ」
その後、クレアはトドスで僕にしたのと同じようにユイに対しても騎士の誓いを立てた。この世界では複数の人に騎士の誓いを立てても大丈夫なのだろうか? クレアが納得しているのならいいか。
「クレア」
「ハル様、なんですか?」
「クレアが僕とユイの騎士だとしても・・・それでも僕にとってはクレアは家族のようなものだ。そう姉と弟でもなんでもいいんだ」
「ハル様・・・」
「ハルの言う通りだよ。私もこの世界で家族ができたらうれしいよ」
「ハル様、ユイ様・・・。あ、ありがとうございます」
クレアの目には涙が光っている。とても綺麗だ。早くに両親を亡くして孤独だったクレアにとって家族ができるということは、うれしいことなのだろう。
「ハル、騎士や使用人と違って姉弟なら手を出すなんてことはできないよね」とユイが釘をさしてきた。そう言いながらユイは少し笑っていた。
姉弟っていっても義理なら・・・。
「ハル、どうかしたの?」
「な、なんでもないよ」
この世界はラノベやアニメにそっくりなのに・・・。
「ああー、なんだかんだで私ってハルに甘いような気が・・・」
ユイが何か小声で呟いているけどよく聞こえない。
「ユイ、クレアのことありがとう」
「だってハル、ここで私がクレアさ、クレアを追い出したら、なんか私が悪者みたいじゃない。そうはさせないよ」と言って僕を睨んだユイは笑っていた。
話が一段落したときクレアが僕の袖を引っ張ると小声で言った。
「ハル様、エリル様のことはいつ伝えるのですか?」
そうだ、まだお互いのことを話している途中でエリルのことも話していなかった。なんかこのタイミングで言いずらい。でも・・・ユイに隠し事はできない。
「ユイ、話しておかないといけないことが、まだあるんだ」
「どうしたのハル、クレアさ、クレアも神妙な顔をして、まだなんかあるの?」
僕は「と、とりあえず、さっきの続き、半年で心が折れそうになった僕をクレアが立ち直らせてくれたところから話すよ」とユイに言うと、クレアの方を見て「クレアも、何か付け加えることがあったら言ってほしい。僕は、ユイには隠し事はしたくない。できるだけ正確に話したいんだ」と頼んだ。
まだ、恰好を付けている自分が嫌になる。
そして僕は話し始めた。大樹海からの脱出を決心した僕たちの前にヒュドラが現れエリルに助けられたことを。エリルは僕たちの命を助けてくれてた上に、ユイの気配のことを教えてくれて大樹海から脱出することに協力してくれたこと、エリルが魔族と人族が争わない世界を望んでいること、でもまだ魔族の中にはエリルの意見に反対のものもいること、その筆頭がメイヴィスであること、エリルと一緒に修行したこと、とにかく思い出せる限り正確に話した。
ユイはエリルが魔王だと聞いて驚いていたが、暫らくしたら落ち着いてきたのか「えっと、エリルっていうのは魔王で、いろいろハルとクレアに協力してくれた。今回の事件の黒幕である四天王メイヴィスのこともその魔王エリルから聞いた。これでいいんだよね?」と確認した。
「うん」
「それに魔王エリルは人族と魔族の融和を目指していて、ハルも協力したいって思ってる」
「うん」
「魔王っていうのはさすがに驚いた。でもその様子だとまだ何かあるんだよね」
「それが・・・」
そして・・・エリルが魔法陣で魔王城に帰ったあの日のこと、僕が魔王の加護を授けられたあの日のことを話し始めると、ユイの顔がみるみる険しくなった。はっきり言って、とても怖い。
僕が、あの日のことを話終わると、ユイは不気味なほど静かにゆっくりと話し始めた。
「ハル」
僕は思わず居住まいを正した。
「はい」
怖い、本当に怖い・・・。ヒュドラや火龍より威圧感がある。
「その、エリルとかいう魔王と・・・やっちゃたってこと?」
ユイ、やったとか・・・その言い方は・・・。
「いや、やったというか・・・無理やりキスしてきて、そのあとは意識がなくなって」
「要するに、やったのね?」
「いや、やってはないと・・・思う」
「ハル様は、エリル様のことを可愛いとか、ずっと好きでいるとか言ってました」
クレア! なんてことを言うんだ!
そこは正確に伝えなくてもいいとこだろ!
「私が、なんとか、ハルに見つけてもらおうと、冒険者になって頑張ってたときに、ハルは魔王をやっちゃうのに頑張ってたのね?」
不気味なほど静かで冷静だったユイの声がどんどん大きくなる。
「いや、だから無理やりキスされただけで・・・。ごめんなさい!」
「それで、魔王の加護かなんかもらって、魔王に旦那様とか呼ばれて喜んで、私とクレアを側室にしようとしてたってことだよね?」
「いや、決してそんな、側室ならむしろエリルのほうで・・・。そういえばクレアも側室にしてやるって言われてお礼を言ってたよね?」
「はい。私はハル様の奴隷のつもりでしたから、さっきも言ったように、ハル様が望めばなんでもするつもりでしたので」
「そ、そうだったんだ」
「もういいです。ハルが浮気したっていうのは、よく分かりました!」
いや、僕のほうからは何もやましことはしてない・・・してないはずなのに、なぜか何も言えなかった。
結局、ユイはクレアから、僕がエリルに「僕にはすでに心に決めた女がいる」って言ってたことや、僕が、常にユイを見つけることを最優先にして行動していたと聞いて、やっと納得してくれた。
クレア、ナイスフォローだ。
まあ、今エリルはここにいないし次に会うのもいつのことか分からない。エリルの問題は、後回しにすることにしたというのが正しいだろう。
「あー、もう、ハルって、女の人には奥手だと思ってたのに・・・。クレアといいエリルとかいう魔王といい・・・。まあ、クレアのほうはとりあえずは大丈夫みたいだけど」
ユイは、一人でぶつぶつ言いっている。
僕はそんなユイも可愛いなーと思いながら眺めてた。
そんな僕とユイを見て首を傾げているクレアも可愛い。
あー、僕はダメなやつだ・・・。
ハル、ユイ、クレアの関係には悩んで、この話は何度も書き直しました。今手元に完成しているだけでも3つのバージョンがあります。今回採用したのは最もマイルドなバージョンです。
もしかしたヒロインのユイがちょっと嫉妬深過ぎるんじゃないかとか、自分だってジークフリートに引かれていたんじゃないのとか思う読者の方もいるかもしれません。作者としては主人公がどんな行動をしても常に主人公を許してくれる都合の良すぎるヒロインより、もう少し人として弱い部分や時には我儘な部分もある人間的なヒロインを描こうと思ってこうなりました。ハルは大変な苦労をしてユイに再会しました。だからといってハルの話を聞いてすぐにハーレムを許してくれるなんてことになるのでしょうか。本当にハルを愛していたら嫉妬だって心配だってするんじゃないか、少なくとも作者はそう考えました。転生ものでそんなに深く考えるなよと言われそうな気もしますが、難しいですね。
とりあえず、時間とともにエリルも含めた4人の関係がどう進展していくのか今後の展開を楽しみにして頂けると幸いです。
さて、4章も後はユウト編を残すのみとなりました。
作者としては、ちょっと自信のあった第4章ですが、どうだったでしょうか? ファンタジーとしての評価は? ミステリーとしてのできは? 名作文学作品のオマージュとしては?
是非その評価を下記の「☆☆☆☆☆」で教えて頂けるとうれしいです。何度もお願いして申し訳ありません。それだけ、この第4章は作者としても力を入れて書いたということでご容赦願います。
また忌憚のないご意見や感想をお待ちしています。今後の創作に生かしたいと思っています。
よろしくお願いします。




