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4-39(タツヤ).

「今回は残念でしたね」

「もともと人間同士の争いにちょっと手を貸しただけだし、それなりに混乱はさせたからいいのよ」


 実際、メイヴィスそれほど悔しそうでもない。こんなゴアギールから離れている場所の人族の国にちょっかいを出したのは、ただの気まぐれだから当然だ。


「そうね。運良く眷属にできた火龍を試しに人族の街で暴れさせてみたら、なんと王子が死んで眷属にすることができた。最後まで守ろうとしていた護衛が殿下、殿下って叫んでいたからすぐ分かったわよ」


 あのとき、メイヴィスは「ロタリア帝国のときもその前も・・・。ヨシネのせいで・・・」とかブツブツ言っていたのを俺は聞き逃さなかった。どうやらメイヴィスはこれまでも眷属を使って何度か同じようなことをしたことがあるらしい。


「それにしても、アリウスが聖女を操っていたのは予想外でしたよね」

「そうね。アリウスを眷属にした後、聖女のことを聞かされたときは、さすがの私もちょっと驚いたわ」

「この国に来て聖女の話を聞いたときには、まあ変な話だとは思ってましたけどね」


 変な話どころか俺はすぐユイちゃ・・・ユイのことを思い出した。ハルと一緒に消えたユイのことを・・・。


 実際、その後アリウスから聞いた話では聖女はハルというの名の婚約者を探しているというのだから、聖女がユイなのは間違いなかった。最初に火龍でシズカディアを襲わせたときハルとクレアがいたのも腑に落ちた。あのときはさすがの俺も驚いた。まさか、こんなところでハルと再会するとは・・・。どうやらハルとユイ、それにクレアも転移魔法陣でこの辺りに飛ばされていたらしい。


「私はすぐにこれは面白くなったと思ったけどね。偽聖女がタツヤと同じ異世界人だっていうのも想像できたしね」


 メイヴィスがタツヤと呼んでいるのはもちろん俺のことだ。俺はヤスヒコの名を捨てた。今ではタツヤだ。


「私としては、私の眷属となったアリウスが王になりこの国を支配するには、むしろ教会なんて邪魔だったんだけど、アリウスは教会を・・・いえゾーマとゾーマが所属する教会を大切に思っていた。まあ、私としては偽聖女の件でこの国が混乱するのを見るのもいいかなって思ったから、アリウスの好きにさせてたんだけどね」


 そう、メイヴィスはアリウスを使ってこの国の支配することを思いついた後も、基本的にアリウスを好きにさせていた。俺もそうだがメイヴィスの眷属になったからといって無理に言うことを聞かされている感じはあまりしない。 


 アリウスがシズカイ教を大切に思っていたのは事実だが、それはむしろゾーマ神父のためだ。それとも案外兄であるドミトリウスに対する嫉妬もあったのだろうか? フィデリウス王を暗殺しドミトリウスを拘束したときもアリウスは何の感情も見せなかった。


 メイヴィスは人族同士の争いを面白がっていた。だが、俺にとっては面白いどころの話じゃなかった。火龍から街や人々を守ろうとしてたのはハルとクレアで聖女はユイだったのだから・・・。 この世界の中でハルとユイの二人は大切な仲間だ。特にハルは親友なのだ。


 だが、アカネの復讐のためには多くのものを切り捨てなければならない!


 アカネが死んだ、いや殺された以上、すべてが以前のままというわけにはいかない。 


「ところで使役魔法では知性のあるものは操れないんですよね?」

「ええ、使役魔法は魔物に使うものよ。聖都を襲わせたときワイバーンたちに使ったようにね。知性が高い魔族や人族を使役することはできないわ」

「メイヴィスの魔法ならそれができる。でも俺はあなたの眷属になった後も自分の意志で行動しているような気がします」


 メイヴィスの眷属になっても人族の味方ではるはずのハルやユイに対する気持が変わらないのは、ある意味不思議だ。


「そう? 私には眷属になった者の気持ちは分からない。でも眷属になればみんな私の命令には従ってくれるわ。タツヤ、私はあなたを信頼している。でもタツヤが自分の考え持っていることも分かるし、できるだけそれを尊重したいとも思っているの」


 メイヴィスと話すといつも感じるのだが、皮肉なことにルヴェリウス王国の奴らよりメイヴィスのほうがずっと人間的だ。だからこそ俺はメイヴィスに従う気持ちを持っている。自分の意志でそうしているつもりなのだが、これはメイヴィスの眷属になったせいなのだろうか?


「やっぱり俺は、眷属になったからじゃなく、自分の意志であなたに従っている気がします」


 俺の答えを聞いたメイヴィスは「本物のタツヤも同じようなことを言っていたわ」と言って、少し悲しそうな、それでいてちょっと照れたような顔をした。


 やっぱりメイヴィスはとても人間的だ。


 俺は最初に会ったときのメイヴィスのこの世のすべてを飲み込むような暗い目を思い出した。あのときのメイヴィスは本物のタツヤである島津達也をアカネと同じ病気で失ったばかりだった。


 島津達也は2度目の死を迎え塵となって消えたのだ。


 島津が死んだ後、ほどなくしてメイヴィスは俺の死体を見つけた。メイヴィスは別に島津の代わりを探していたわけではない。魔物を嗾けて人族に嫌がらせをしようとしていただけだ。ただ、メイヴィスには俺が島津と同じ異世界人だとすぐに分かったらしい。そして、ほんとうにただの気まぐれで、メイヴィスは俺を蘇生した。


 こうしてアカネを失った俺は、島津達也を失ったメイヴィスと出会った!


 メイヴィスは俺の部屋に島津の日記を置いたが、それだって、ただの気まぐれだろう。だがそれは俺に劇的な変化をもたらした。その日記を読んだ俺は、俺と同じく愛するヒトを亡くした島津達也に感情移入した。島津達也のこの世界の人族に対する怒り、恋人の死に対する悲しみ、それはまさに俺自身のことのようだった。 


 そして気付いたら、俺はコウキと同じ光属性魔法が使えるようになっていた。俺は島津達也の怒りや悲しみだけでなくその能力も継承したのだ。


 そう、島津達也は勇者だったのだ!


 勇者と賢者はセットで現われる。賢者だけが二人だったのではない。最初から勇者も二人いたのだ。メイヴィスはもちろん島津が勇者であることに気がついていた。


 メイヴィスは島津が二度目の死を迎えたことをひどく悲しんでいた。その反動なのか俺が島津を引き継いで勇者になったこと伝えると、今よりもずっと暗い目をして、それでも喜んでくれた。

 その日から俺は・・・ヤスヒコという名を捨ててタツヤとなった。アカネと島津達也は同じ頃同じ病気で死んだ。これも運命だったのだろう。


「アリウスも俺と同じで自身の考えを持っているように見えました。実際、眷属になった後も自身の考えで偽聖女計画を進めた。俺の目的はあなたに協力してこの世界の人族に復讐することですけど、アリウスは・・・あいつはどうだったんですかね? あなたからの命令と自分の意志に矛盾はなかったのかな?」

「アリウスは狂人よ。狂信者かな。父親殺しだってアリウスはなんとも思ってなかったわ」

「フィデリウス王のことはそうだったとしてもゾーマ神父のことは? ゾーマ神父を魔物に殺させたことはアリウスの中で矛盾はなかったんですかね? アリウスは教会というよりゾーマ神父個人に心酔していた。そのゾーマ神父を魔物に殺させるのに躊躇はなかったのかな? あなたの命令と彼の意志との間に矛盾は・・・」

「確かにそうね。アリウスが熱狂的に心酔していたのは教会そのものではなく、あのゾーマとかいう聖人だった。でも・・・ワイバーンに孤児院やゾーマを襲わせたのはアリウスに頼まれたからよ」


 え!? 俺はメイヴィスの言ったことを理解するのにしばらく時間がかかった。


「それは・・・いったいどういう・・・」

「あのゾーマとかいう神父はね。病気だったのよ。ずいぶん痩せていたでしょう? もう先が長くなかったの。調子のいいときは普通にしてたらしいけど、もうボロボロだったのよ。ああいう年寄の病気は聖女の魔法でも治せない。まあ、本人が聖女の治療を拒否していたらしいけど、やっても無駄だったと思うわ。人族であろうが魔族であろうが年を取り死んでいくことを防ぐことはできない。アリウスは言っていた。先生がただ年を取って病気になって死んでいくなんて僕には納得できない。年老いた先生の死体が腐って死臭を放つなんて耐えられない。だから僕が先生に相応しい最期を用意するってね」

「じゃあ・・・」

「あれはアリウスの発案よ。フィデリウス王が聖都から逃げ出す切っ掛けを作るだけなら孤児院なんて襲う必要はない。ワイバーンに孤児院を襲わせたのはゾーマに死に場所を用意するためよ。ゾーマは子供を庇って死んだ。アリウスが演出した聖人ゾーマに相応しい最期よ」 


 あれはアリウスの発案だったのか・・・。 


 狂っている。


 アリウスは神父をが死んだとき本気で嘆いているように見えた。蘇生させようと必死になっているようにも見えた。アリウスがメイヴィスの眷属だってことを忘れそうになるほどだった。あれはすべて演技だったのか・・・。


 いや、あれはやはり本気だった。アリウスは本気でゾーマ神父の死を嘆いていたのだ。自分が殺したゾーマ神父の死を・・・。


「どうしたのタツヤ。私がアリウスの望みに従って、意味もなく子供を襲わせたのは許せない?」

「いや、この世界の人族は俺の知っている人間とは別の生き物だと思っているので気にしてませんよ。実際今の話を聞いて、本当の化け物はアリウスだと納得しました」


 この世界だけじゃなくて、そもそも俺も含めて人間が邪悪なのかもしれない。まあ、どっちにしても俺がこの世界の人族を憎んでいて、それを滅ぼすためメイヴィスに協力するつもりであることになんの変わりもない。


「そう、それならいいんだけど、でも結局タツヤのクラスメイトとやらが魔物を倒しちゃったから子供たちは死ななかったけどね」


 そう言って黙り込んだメイヴィスは、アリウスなんかよりよっぽど人間らしい。たぶんメイヴィスは人族を滅ぼすとか言いながら子供を襲うことにはあんまり乗り気ではなかったんじゃないだろうか。


「そういえば、今俺たちが乗っているこの火龍にも自分の意志とかがあるんですかね?」

「この火龍に自分の意志ねー。どうかしら。魔物にはもともと魔族や人族のような知性はないから単に使役するのと効果は変わらないんじゃないかしら。ただ、使役魔法で火龍のような最上位の魔物を使役するのは無理だと思うけどね。四天王のサリアナ、彼女は使役魔法を得意にしてるんだけど」

「確かケルベロスとオルトロスを使役していた・・・」

「ええ、ケルベロスとオルトロスは人族の区分でいうと伝説級の魔物だけど、火龍はさらに上位、人族が神話級なんて呼んでいる魔物よ。サリアナでさえ使役しているのは伝説級まで。ということはそれ以上の魔物に使役魔法は効かないってことじゃないかしら」

「まあ、火龍に私の魔法が効くかどうかも正直賭けだったんだけど。そもそも私の魔法で蘇生させようと思ったらまず倒さないとダメだから火龍の死体を見つけたのは本当に運がよかったわ」


 俺たちがイデラ大樹海に転移したのは俺がメイヴィスに蘇生され眷属になって3ヶ月後のことだ。

 

「もともと本物のタツヤの訓練のためイデラ大樹海に転移する予定だったよ」と言ってメイヴィスは転移魔法陣を起動させた。 


 その後、イデラ大樹海で火龍の死体を発見してメイヴィスの蘇生魔法により眷属にしたわけだ。どうやら火龍を倒したのは魔王様らしい。 

 とにかく運良く火龍を眷属にしたことで、俺たちは人族の街に魔物を嗾けたりしながら火龍に乗って移動し神聖シズカイ教国に行きついたというわけだ。


 そこでハルたちに再会するとは思っていなかったが・・・。


 それにしても、ハルはこの世界最強の一体である火龍にかなりのダメージを与えていた。直接手合わせした感じでも想像以上に強かった。強いと言えばクレアもそうだ。


 一体ハルたちに何があったのか?


 ハルとユイ、それにクレアは魔導技術研究所地下の魔法陣でこの辺りに転移したんだろうが、それだけではあの強さは説明がつかない。

 

 俺はもっと強くなる!

 メイヴィスに協力して、この世界の人族を滅ぼすためだ!

 ハル、お前ももっと強くなれ!


 本物のタツヤはこの世界で親友のコウキと相まみえることを望んでいた。ハル、俺も同じだ。 


 ハル、次に会う時は・・・。

 アリウスとゾーマ神父のくだりはロシアの文豪の名作を読んだことがある人ならニヤっとしてもらえるのでは・・・。


 引き続き図々しいお願いで申し訳ないのですが、作者としてもちょっと自信のあった第4章もそろそろ終わりの今、下記の「☆☆☆☆☆」からその評価を教えていただけるとうれしいです。期待外れだったなどの忌憚のないご意見も含めて感想などもお待ちしています。

 よろしくお願いします。

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アリウスがここまで狂っていたとは……
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