4-38(名探偵、皆を集めてさてと言い).
教皇一派は拘束され神聖シズカイ教国の内乱は一日も経たずに終結した。彼らは本気で神の怒りに触れたと思ったのか、抵抗することもなかった。
ドミトリウス殿下が次の王になることはすでに決定事項だ。戴冠式の準備も進められている。教会のほうがどうなるのか僕は知らない。この国のほとんどの人たちはユイのことを今でも本物の聖女だと思っているようだが、今回のようなことが世界中で起こるのを阻止するために旅に出るとかなんとか言って、ユイがこの国を出ることを認めさせた。名前も忘れた次期教皇やドミトリウス殿下とは話がついている。シルヴィアさんもいろいろ動いてくれたようだ。
「それでハル、俺たちをさんざん煽って利用したんだ。それにユイも連れていくんだろう? どうしてあのとき魔族の眷属がアリウスだと分かったのか、さっさと教えろ!」
冒険者ギルドのいつもの部屋で、いつものメンバーを前に僕は問い詰められていた。いつもとちょっと違うのは僕の隣にユイがいることだ。反対側の隣にはいつも通りクレアが座っている
「ジークの言う通りよ。私もちょっと怒ってるの」
エレノアさんは可愛いく睨んできた。
「私も知りたいよ、ハル」
「ハル様、私もです」
ミステリーなら、『名探偵、皆を集めてさてと言い』という場面だ。ちょっといい気分になっている自分を自覚しながら頭の中を整理して僕は話し始めた。
「今回の一連の事件って、二つの事件に分けて考えたほうがいいと思ったんです」
「二つというと?」
ジークフリートさんが続きを促す。
「はい。一つはユイが隷属の首輪で聖女にさせられた件。もう一つはメイヴィスが眷属を使ってこの国を支配しようとした件です」
「そういえば、私が教皇たちの話しを盗み聞きしたとき、教皇は、まさか魔族が関わっていたとは、とか言っていたな」
「そうなんですよ、シルヴィアさん。教皇たちが最初にシルヴィアさんからユイの話を聞いてユイを聖女に仕立てようと思いついたときには、魔族が関わっているとは知らなかった。だいたい最初から魔族が王宮を支配する計画なら、聖女の件なんて必要ないんです」
「なるほど。王宮のほうを支配するのなら、教会が聖女の力で権力を取り戻す必要もないな」
「ジークフリートさん、そうなんです。僕は最初からそれが引っかかっていたんです」
ユイを聖女に仕立てる計画。そう、あれはメイヴィスの眷属になる前のアリウスが教皇たちと一緒に計画したものだ。隷属の首輪は教会が持っていた。アリウスが教皇たちに持ちかけたのか、それとも教会主導だったのかそれは分からない。いずれにしてもドミトリウス殿下の人気に押され気味だった教会の権威を高めることが目的だ。
これは想像だけど、ユイを英雄のパーティーから攫ってきたんだから、ジークフリートさんたちにバレるのは時間の問題だった。いずれなんらかの方法で聖女は姿を消すことになっていたのではないだろうか。
とにかく聖女の件は教皇派が考えた。そして眷属に王宮を支配させる件はメイヴィスが考えた。だから二つの計画には当然矛盾があった。
「それで、僕は、こう考えました。ユイが聖女になった後、魔族が関わってきたのではないかと。今は隷属の首輪を使ったのがアリウスだと判っているわけですが、教皇と繋がっていたアリウスが最初にユイを攫ったときには、アリウスはまだメイヴィスの眷属にはなっていなかった。そう考えたんです」
そこで我慢できなくなったのか、ユイが口を挟んできた。
「えっと、ハルの言ったことを整理すると・・・。最初に私を聖女に仕立てた段階ではアリウスはまだメイヴィスの眷属じゃなかった。その後、どこかでメイヴィスはアリウスを眷属にした。そのとき初めてメイヴィスはアリウスを次の王にする計画を思いついた。そういうことだよね?」
「うん。だから聖女の件と王宮支配の二つの計画には矛盾があるんだ。だいたい、この国を魔族の傀儡国家する計画だけど、これって単なる思いつきだよ。こんなにゴアギールから離れた国を」
「思いつき。ハル様それは」
「たまたまアリウスを眷属にすることができたから、この計画をメイヴィスは思いついたんだ。そんなに考えられた計画じゃないんだ。ユイは覚えてる? ルヴェリウス王国の書庫でこれまでの人族と魔族との争いの歴史を調べたときのこと。過去の事件で四天王である女魔族が人族の王を操ったって話があったよね。今回の件とそっくりだよ」
「そういえば、そんな話を読んだような気がする。今回の件は、そんな過去の事件からメイヴィスがたまたま思いついた計画だって、ハルはそう考えたのね?」
ジークフリートさんたちは過去にもそんな事件があったのかと驚いている。
しまった。調子に乗ってルヴェリウス王国がとか口に出してしまったけど、大丈夫だっただろうか?
まあ、いいか・・・。
「うん。その通りだよユイ」
「ハル」
腕を組んだユイが僕を睨む。
「ん?」
「ハル、生徒によくできましたって言ってる先生の顔をしてるよ」
頬を膨らませて僕を睨んでいるユイも可愛い。
「ご、ごめん。えっと、フィデリウス王を殺害してドミトリウス殿下を犯人にする。これもかなり綱渡り的な計画だよね。だいたいドミトリウス殿下は第一王子であり王太子だ。フィデリウス王の後継者だよ。何もしなくてもいずれ王になれる存在だ。そんなドミトリウス殿下を犯人にするって計画、これも無理があるし思いつきなんだよ。メイヴィスはアリウスを眷属にしたから思いついたんだよ」
今度はジークフリートさんが口を挟んだ。
「そこだ、ハル。ハルの推測が正しいとして、メイヴィスが眷属にしたのがアリウスだとなぜ分かった? 分かっていたから、あのとき俺たちを挑発してアリウスを殺した。カラゾフィスの兄弟は4人いた。ドミトリウス第一王子、イヴァノフ第二王子、アリウス第三王子、そしてジェイコブスのやつもだ。ドミトリウス殿下は教皇派に父殺しとして拘束されたんだから外すとしても、あの時点で最も怪しかったのはジェイコブスだろう」
「そうね。ジークの言う通りで、私たちはジェイコブス団長を一番に疑っていたわ。ジェイコブス団長が教皇派だって言うことは明らかだったもの。正式にフィデリウス王の息子と認められていないジェイコブス団長が王になれるのかって疑問もあったけど、それも教皇の後押しがあれば可能だろうって話になっていたわ」
僕はジークフリートさんとエレノアさんの指摘に頷いた。
「はい。そこで重要になるのが、やっぱりシルヴィアさんが盗み聞きしてきた話です」
「私が聞いた話が?」
「はい。シルヴィアさんが聞いた話から、ユイを隷属の首輪で操っている者とメイヴィスの眷属になって王宮を支配しようとしている者が同一人物だと分かりました」
「確かにそうだった。だが、それがなぜアリウスだと?」
さて、ここはいい場面だ。ちょっと得意そうな態度になっているとしても許してほしい。
「機会の問題です。メイヴィスの固有魔法はどんなものだったかな? クレア」
あ、また学校の先生のような話し方になってしまった。
「死者を蘇らせて自分の眷属にするでしょうか」
「うん。そうだね。眷属にするには一回死んでもらわないとダメなんだよ。しかも死んでから一定の時間以内に蘇生させる必要がある」
「ハル様・・・」
「王になれる者という条件から、一応ドミトリウス殿下も含めると、候補者はカラゾフィスの兄弟4人に絞られました。4人のうちメイヴィスの眷属になれるのは誰にも知られず死ぬことができた者です。王子たちは普通は一人では危険な場所には行かない。そういうときには護衛が付いている。ジェイコブス団長だって側近とか部下がいる。4人はこの国の重要人物だ。どうやって知らない間に死んでメイヴィスの眷属になったのか?」
そこで僕は一旦、間を置いた。
「そこで、ヒントになるのが、いつ魔族が王宮の支配を思いついたかです。最初にユイを攫ったときにはそんな計画はなかった。フィデリウス王を殺害したときには当然すでに計画はあった。魔物の大群が聖都を襲ってきたときはどうでしょうか? あのとき火龍は現れませんでした。あのときシズカディアをめちゃくちゃにはしなかったのは、すでに王宮を支配する計画があったからじゃないでしょうか」
「じゃあ、いつなんだ?」とジークフリートさんが訊いた。
「僕は、メイヴィスが眷属を手に入れて王宮支配の計画を思いついたのは火龍の事件のときだと、考えました。だとすると・・・」
そうか、とジークフリートさんが小さく呟いたのが聞こえた。
「ユイは知らないだろうけど、僕とクレアがゾーマ神父のところで最初にアリウスに会ったとき、アリウス自身が火龍の事件に巻き込まれて瓦礫の中からゾーマ神父に助け出されたって言ってたんだ。死にかけたって言ってた。アリウスと一緒にいた護衛はみんな亡くなったって、そう言ってたんだ」
「ハルの言う通りだ。アリウスは確かにそう言っていた」
「火龍の事件のときアリウスは死にかけたんじゃなくて死んだんです。護衛ともどもメイヴィスに殺されたのかもしれないし、メイヴィスが見つけたときにはすでに死んでたのかもしれない」
「そうだったのか。アリウスが師匠に助け出されたときにはアリウスはすでに・・・」
僕はジークフリートさんに頷くと今度はクレアに問いかける。
「クレア、僕とクレアが火龍と鼠男・・・魔族と戦闘になったとき、メイヴィスは遅れて現れたよね」
鼠男、本当はヤスヒコだ・・・。
「はい」
「メイヴィスは鼠男や火龍と離れて何をしてたんだろう? それに、あのときメイヴィスは、やけにあっさり引き上げた。それはアリウスを眷属にしたことでこの国を支配下に置く計画を思いついたからだ」
「ハルはやっぱり頭がいいね。火龍に聖都を襲わせたら、たまたま王子であるアリウスを眷属にできた。だから魔族の傀儡国家を作ることを思いついた。過去の似たような事件がヒントにもなった。もともと思いつきだからいろいろと杜撰なとこもあったし、それまでアリウスが進めていた私を聖女する計画とも矛盾があった。そういうことだよね」
「うん」
「ハル様、見事な推理です」
「あ! それで、あの質問か」
ユイもあのときの僕の質問の意味が分かったみたいだ。
「ん? なんだユイ、その質問ってのは?」
「ジーク、ハルがね。原始シズカイ教の地下でジークたちと争いになる前、私に訊いてきたの。『火龍の事件の後、ユイを操っている奴がその首輪に触ったりしなかった?』って」
ユイがジークフリートさんのことをジークと呼ぶと未だに少し胸が痛い。
「アリウスは火龍の事件で死んで蘇生されてメイヴィスの眷属になった。あのとき一度死んだから隷属の首輪の効果は1回切れたんです」
隷属の首輪の効果が切れるのは、主人が自ら外すか、もしくは主人が死んだときだ。
「ハルの言う通りです。火龍の事件の後、神殿での治療の前に、アリウスが隷属の首輪を確認するとかなんとか言って触ってきたんです。私に隷属の首輪をつけた後は姿を現さなかったのに。そういえば、あのとき魔力を感じたような気が・・・。そうか、あのとき隷属の首輪の効果をもう一度発動させたのね。あの前なら外すことができてたのかー」
ユイはちょっと悔しそうだ。でも仕方がない。ユイは何も知らなかったのだ。命を懸けて試してみるはずがない。アリウスは第三とはいえ王子なのだから、一人でユイのところへ頻繁に現れるのは難しかっただろう。そのアリウスが火龍の事件の後、ユイのもとに現れたのは、そういうことだ。
「整理するとだ。シルヴィアの証言でユイを隷属させた人物とメイヴィスの眷属になった人物が同一人物だと分かった。王宮を支配するという言葉から、それはカラゾフィスの兄弟の誰かである可能性が高い。状況証拠からメイヴィスとやらが眷属を得たのは火龍の事件のときじゃないかと考えた。そしてユイへの質問の答えが最後の決め手になって、やはりメイヴィスが眷属を得たのは火龍の事件のときで、火龍の事件のとき死んだ可能性のあるアリウスが眷属だと断定した」
「はい。ユイを隷属の首輪で操っていた人物は、僕の想像通り火龍の事件の直後に隷属の首輪の効果を上書きしていた。だとしたらその人物は火龍の事件のときにメイヴィスの眷属となった可能性が高い。メイヴィスの眷属になったとき1度死んだからこそ隷属の首輪の効果を上書きする必要があった。カラゾフィスの兄弟のうち火龍の事件で死んだ可能性があるのはアリウスだけです。アリウス自身あのとき外出していた王族は自分だけだと言っていました。そしてジェイコブス団長は僕たちがシルヴィアさんといた現場に複数の部下を連れて姿を見せてました」
全員が僕の言葉を頭の中で吟味しているようだ。
あのときユイへの質問の答が最後のピースとなり、僕は魔族の眷属がアリウスだと確信した。そして、アリウスを殺すと決めた。
ユイを生きたまま奪還するには決断が必要だった。隷属の首輪はとても危険だ。ユイがそんなものを着けられている以上、その主人を躊躇なく殺す。僕にとって選択肢はそれしかなった。
僕の行動の優先順位は、ユイの安全が第一だ。そのために、ジークフリートさんたちを煽って利用させてもらった。ジークフリートさんも何かあると察してくれていたようだ。
だけど、本当のこと言うと僕の推理が間違っている可能性はゼロではなかった。僕は自分の推理に自信を持ってはいたが、それは他人の証言や状況証拠を積み上げたもので絶対的なものではなかった。それでもユイを安全に助けるため僕は決断した。結果、僕の推理は当たっていてアリウスは黒だった。アリウスがすでに一度死んでいたことが僕の心の負担を少し軽くしたのは事実だ。
だが、絶対ではない推理をもとに人を殺すことを決断したことに違いはない。この気持ちをユイに言うことはない。だが、この先忘れることもないだろう。
「魔族の眷属になったアリウスは正気じゃなかったんだろうか? あんなに心酔していた師匠を・・・」
ジークフリートさんの言う通りだ。アリウスの気持ちは分からない。あのときのアリウスは本気でゾーマ神父の死を悲しんでいるようにしか見えなかった。
「ハル様、アリウスはゾーマ神父個人に私淑しているのであって教会に対してはそれほどもない様子に見えたのですが、ユイ様を聖女にする計画の主犯でもあったのですから演技だったのでしょうか? 今考えるとハル様は、その辺を探ろうとアリウスと会話していたのですね」
「うーん、そこまで深い考えがあったわけじゃないけど・・・。ゾーマ神父に対する心酔が本物だっただけに、その人が属する教会にも見かけ以上に思い入れがあったのかもしれないね。でも本当のところは分からないよ」
そもそも人の心なんて他人が完全に理解することはできないだろう。
みんな僕の推理に納得してくれて解散となった。実際にアリウスは塵になって消えたのだから・・・。
だけど、人の心の裡の闇を解決することはできない。
ミステリーでいうところの解決編というべき話ですが、ミステリーとしての出来栄えはどうでしょうか? 次話ではヤスヒコ視点で事件の経緯が描かれます。
第4章は作者としてもとても力を入れて書きました。この物語を書き始めたときから構想は出来ていたのですが、どうだったでしょうか? ファンタジーとしては? ミステリーとしては? 名作文学作品のオマージュとしては?
図々しいお願いですが、その評価を下記の「☆☆☆☆☆」から教えていただけるとうれしいです。期待外れだったなどの忌憚のないご意見も含めて感想などもお待ちしています。
よろしくお願いします。