4-37(大円団).
ユイはありったけの魔力を魔法陣に注入する。杖を持つ手に力が入る。ハルから渡された杖は不思議とすぐにユイの手に馴染んだ。
「超範囲回復!」
ユイの持つ杖が淡く光る。辺り一帯に清浄な空気が広がる。
その清浄な空気に触れると、これまでの戦いで傷ついた騎士たちの怪我が次々と治っていく。怪我が治るスピードが速い。常識ではありえない人数が同時に治療されていく。
ユイはハルに渡された杖が自分の魔力ととても相性がいいと感じていた。
怪我の治った騎士たちが次々と立ち上がる。
騎士たちは自分の状態を確かめるように体を動かす。
そして、完全に治っていることを確認するとバルコニーに立つユイに向かって跪いた。
「聖女様、ありがとうございます」
「聖女様は本物だ!」
跪いた騎士たちが再び顔を上げてユイを見る。そこにいるのは杖を高く掲げる黒髪の少女だ。ハルから渡された杖だけでなく白いローブも微かに発光している。
それは、この国の誰もが小さいころから絵本や物語の中で知っている、そして神殿を始めこの国のそこかしこに描かれている黒髪の聖女の姿だ。
「ああー、聖女様!」
その神々しい姿に感嘆とも溜息ともつかぬ声が次々に上がる。
その後、この場から剣の交わる音は消え、辺りは小声で祈る声を除くと、多くの人がいるにもかかわらずとても静かになった。
「ジーク、ユイの魔法のおかげね」
「ああ、これでかなり有利になった」
「それにしてもユイの魔法って凄いよね。凄いのは知ってたけど、こんなに一度にたくさんの人にかけるのは初めて見たよ。やっぱ、ユイって本当に聖女様なんじゃないの」
「ライラの言う通りだ確かに本物にしか見えねぇな」
この国に長く住んでいるボルガートはライラに同意した。
エルガイアは黙っているが、その表情が彼も皆と同じようにユイの魔法に圧倒されていることを示していた。
ジークフリートたちですら今のユイの姿に圧倒されている。彼らはユイと一緒にパーティーを組みユイの魔法の凄さは知っていた。それでもこんなに大量の人を一度に治療するのを見たのは初めてだ。
戦闘はすでに収まっている。
「魔族が用意した偽物に騙されるな!」
「回復魔法が得意なだけの偽物だ。いや、魔族が力を貸しているのだ!」
ユイのもたらした神聖な雰囲気を破るように教皇とベネディクト大司祭の声が響く!
教皇やベネディクト大司祭も必死だ!
「ジェイコブス、数では圧倒的にこちらが有利なんだ。一気に決着を付けるのだ!」
教皇はジェイコブス団長に指示する。
「偽物の聖女と裏切者のシルヴィアに騙されるな! 何度も言わせるな! あれはただ回復魔法が得意なだけの偽物だ! この国を魔族から守るんだ!」
我に返ったジェイコブス団長が教皇に呼応して神殿騎士たちに命令する。自分たちが魔族を引き入れたにもかかわらず、それを聖女やシルヴィアのせいにして自分たちを正当化しようと必死だ。
「あと一押しがほしいな・・・」
ジークフリートは思わず呟いた。
ユイのおかげで一旦戦闘は収まったし、怪我人も治療された。心情的には有利になった。だが、まだ少し足りない・・・。
それほどまでにこの国で教会の、教皇の権力は大きい。この場に魔族はおらず教皇が魔族と繋がっている物的証拠がないのも痛い。物的証拠がないのなら、あとは教皇たちの自白だが・・・。それは無理だ。このままではせっかくユイが収めた戦闘がまた再開してしまう。
ジークフリートとしてもこの国の騎士たちと剣を交えたいわけではない。それに数では圧倒的に教皇側が多い。なんといっても神殿騎士団は国の軍隊に当たる組織だ。心情面ではユイの登場でこちらが有利になったが、ユイが偽物の聖女で魔族と繋がっているという教皇たちの主張にも一定の説得力があり否定する材料もこの場にはない。それに軍というものは基本的に上官の命令には従うように訓練されているものだ。
あと一押し・・・そう、もうあと一押しあれば・・・。
「ジークあれ!」
ジークフリートがエレノアが指さす方を見ると、戦いの場の後方に陣取った教皇とベネディクト大司祭の頭上に黒い炎の塊が見える。黒く不気味な塊だ。
その黒い炎の塊はどんどん大きくなり、直径が10メートルを超えるまでに拡大した。
この場にいる者の中でシルヴィアと一部の騎士は、過去にあれを一度見たことがあった。ハルが火龍を追い払った魔法だ。魔族の男を足止めしていたハルはどうやら無事にここまでこれたらしいと、シルヴィアは安堵した。
だが、見ている間にも黒い炎の塊は空を覆うようにどんどん大きくなった。もはやシルヴィアにもあのときと同じ魔法には見えない。
なんだ? これは・・・。
ジークフリートは、最初黒い炎の塊を見たとき、エレノアの炎大爆発に似ているなと思った。だが直径10メートルを超えてさらに大きくなっていく黒い炎の塊を見て考え改めた。
これは違う。最上級魔法どころではない・・・。
シルヴィアやジークフリートでさえ、何が起こっているの理解が追いつかない。ましてや最上級の攻撃魔法さえ見たことがないここにいるほとんどの者にとっては・・・。
全員が呆然として黒い空を見上げている。
「ジーク、これって」
「俺にも分からない」
「と、とにかく不気味としか言えねえな」
ジークに限らずエレノアの疑問に答えられるものはこの場にはいない。
「す、凄い・・・」
ユイの隣でシルヴィアが感嘆の声を漏らした。
黒い炎の塊はどんどん膨れ上がる。それはまるで空全体を覆いつくそうとするようだ。そのため辺りは夕暮れのように薄暗い。
「あれは、たぶん・・・ハルの魔法だと・・・」
ユイは呟くようにそう言ったシルヴィアを見る。シルヴィアは「たぶん」とまた呟いた。シルヴィアも確信が持てないようだ。
シルヴィアの言葉にユイは黒い空を見つめて考える。
あれが、ハルの魔法? いつの間にあんな魔法を・・・。炎爆発に似ていると言えば似ているのだろうか?
教皇とベネディクトは揃ってあんぐりと口を開け、自らの頭上で拡大し続ける黒い炎の塊を見上げていた。
ベネディクトはまるで地獄の扉が開くようだと思った。そうだ、聖女は聖女様は本物だったのだ。そうでなければあんなことができるはずがない。あの姿を見れば誰にだって分かる。
「神よ、お許しください」
ベネディクトは震えるように言って下馬すると崩れるようにその場に跪いた。ベネディクトの声は皆が静まり返っているこの場によく響いた。
「馬鹿な・・・そんなはずは。神などいるはずがない!」
神などがいるはずがない。それはこの場にいるすべての人の中で教皇だけは絶対に言ってはならない言葉だった。そして、それはこの場の趨勢を決定づける言葉でもあった。
ドゴゴォォォーーーン!!!
巨大な黒い炎の塊はその場で轟音を響かせ爆発した。
その耳を劈く音のため馬の嘶く声さえ聞こえない。爆発が収まった後、この場の全員が目にしたのは落馬した教皇と頭を地面につけ這いつくばって神に許しを乞うベネディクト大司祭の姿だった。
辺りは静寂に包まれている。
「天罰だ! 神はお怒りだ!」
静寂を破るように叫んだのはボルガートだ。
「聖女様に剣を向けた教皇に天は怒っている!」
そのボルガートの一言が決め手となった。
「か、神よ。お許しください」
教皇派の神殿騎士たちは次々とその場で跪き、神に許しを乞うた。
こうして神聖シズカイ教皇の内乱は一人の死者も出すことなく沈静化した。
★★★
「上手くいったみたいだね」
僕は王宮広場に続く通りの物陰でクレアに話しかける。
「ハル様、さすがです」
僕が発動させたのは、二段階限界突破した上、効果範囲の拡大に特化した黒炎爆発だ。大きくすることだけに特化したので二段階突破しても大した威力はない。張りぼての見かけだけの魔法だ。だが二段階限界突破して効果範囲の広さだけに特化すればこんなこともできる。
でもユイの魔法も凄かった。ユイはシズカイと同じ日本人で賢者なんだから当然だ。
あれで形勢がこちらに傾いたので、ここで一機に決めるべきだと思った僕は、あと一押しのためにこの魔法を発動させた。
僕の黒炎爆発は中級魔法だが、二段階限界突破すれば最上級の攻撃魔法さえ凌ぐ。そもそも他国とほとんど交流がなく大陸の最南端にあるこの国で、最上級攻撃魔法なんて見たことがある人はほとんどいないはずだ。
だから、その最上級魔法さえ凌ぐ魔法を、見かけだけに特化して発動すれば驚かすには十分だと思ってたけど、上手くいって良かった。
それにしても、あそこまで効果範囲を拡大できるとは・・・。どんどん大きくなる黒い炎の塊に自分でもちょっと引いてしまった。
「クレア、やっぱり僕の魔法って思った以上に不気味みたいだね。地獄の炎がなんて言ってる声が聞こえたよ」
「ハル様・・・」
これで事件は収束です。次話はミステリーでいうところの解決編です。ハルの口から事件の全貌が謎解きと言った形で説明される予定です。
というわけで第4章もハルが事件の全貌を説明する解説回やエピローグ的な話、それにおなじみの?ユウト回を残すのみとなりました。
作者がとても力を入れて書いた第4章、少し自信もあった第4章、この辺りでその評価を「☆☆☆☆☆」で教えて頂けるとうれしいです。もちろんこの後の解説回などを読んだ後でもかまいません。図々しいお願いですが、作者としても渾身の第4章の評価を知りたいです。期待外れだったなど忌憚のないご意見や感想もお待ちしています。よろしくお願いします。




