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4-34(まさかお前は…その2).

「俺はタツヤだよ」

「いや。ヤスヒコだ。そんな仮面とローブなんかで親友の目をごまかせると思ったのか。タツヤっていうのはあのとき教室にいたコウキの友達だろう。確かサッカー部の生徒ですごく背が高かった。僕はゴールーキーパーかなとか思ったくらいだ。それに対してヤスヒコは僕より少し背が高いくらいだ。そう、ちょうど鼠男、お前くらいだ。それにスピードを生かした戦い方と二刀流、最初に見たとき、まるでそこだけ重力がないようにふわりと火龍から降りた。風属性魔法を補助に使ってたんだろう?」


 ちなみにコウキやユウトは僕と同じくらいの背だ。


「・・・」

「だいたいタツヤっていう生徒は僕のクラスメイトじゃない。隣のクラスのはずだ。さっき僕のことをクラスメイトって呼んだだろう? それに、そんなに親しくもないタツヤとかいう隣のクラスの生徒が、特に目立つ存在でもない僕の下の名前なんか憶えているはずなんかないよ」


 しばらく鼠男と僕は睨み合いを続けた。


「チッ、ばれてたのか。さすがハルだな」


 さっきまでとは違う自然な声だ。口調も変わっている。

 鼠男は仮面を脱ぎ捨てる。


 やっぱり、ヤスヒコだ!


 仮面の下から現れたヤスヒコの顔に、あの人懐っこい笑顔はない。


「ヤスヒコなんで・・・。いや、ヤスヒコがこんなことをするとしたらアカネちゃんが原因か」


 そうだ! ヤスヒコがこんなことをするとすれば、アカネちゃんが関係しているはずだ。何かアカネちゃんに良くないことが・・・。


「それも分かっていたのか。やっぱりハルは俺の見込んだ通りの男だ」

「本物のタツヤくんはどうなったの?」


 僕はアカネちゃんのことを聞くのが怖くて別の質問をした。


「島津達也、あいつはこの世界に召喚されてすぐに死んだ。そしてメイヴィスに蘇生された。彼女だった福田さんは召喚のときに死んで蘇生もできなかったみたいだな。ずいぶんとこの世界の人間を恨んで復讐したがっていた。だが、メイヴィスに蘇生されたものの結局この世界に適合できずに死んだらしい。俺は会っていない」


 あのときタツヤとかいうコウキの友人は確かにコウキの隣にいた。僕はサカグチさんの手紙を読むまでそんなことも思い出さなかった。


「そうか。蘇生されたけど、結局魔素が合わない体質だったんだな」

「ハル、そんなことまで知っているのか」

「僕たちより前に召喚された人の孫だって人に会ったんだ。それで教えてもらった」

「じゃあアカネのことも知っているのか」

「アカネちゃんのことは知らない。でもお前がこんなことをしてるってことは・・・」


 ああ、とても嫌な予感がする・・・。


 信じたくはないが、ヤスヒコにこんな行動を取らせる理由があるとしたら、アカネちゃんに何かあったとしか考えられない。


「アカネも魔素が適合しない体質だった。お前とユイがいなくなってから3ヵ月くらい経った頃から体調を崩して・・・それから間もなく死んだ。本物のタツヤが死んだのも同じ頃らしい」


 アカネちゃんが死んだ!


 考えられる最悪の事態だ。僕はショックで心と体が冷たくなった。これが血の気が引くということだろう。病気のことは心配していた。よりによってアカネちゃんが・・・。アカネちゃんはこの世界に召喚された後も、僕とユイのことをいつも気遣ってくれた。


 悔しい!


 本当に悔しい・・・。くそー、ヤスヒコの顔がぼやける。


「アカネを失って自暴自棄になった俺は、実践訓練のとき逃げ出して魔物がうじゃうじゃいる森を彷徨った。挙げ句そのまま死んだんだ」

「死んだ?」


 アカネちゃんも、ヤスヒコも死んだ・・・。


 あまり人と関わることを好まなくなっていた・・・いや恐れていた僕の、ただ一人の親友。そのヤスヒコが死んだ! 


 じゃあ目の前のヤスヒコは・・・。


「それで・・・メイヴィスに蘇生させられたのか。 本物のタツヤと同じように・・・」

「その通りだよ、ハル」


 本当はヤスヒコもアカネちゃんと同じでもう死んでいる。眼の前にいるのはアリウスと同じメイヴィスの眷属・・・なのか。


「蘇生された後、俺はいろいろ教えてもらったよ。アカネが死ぬ原因となった魔素不適合症のことも。そもそも異世界召喚魔法は危険なんだ。召喚された時点で半分以上の者が死んでしまう。俺たちが召喚されたときにはタツヤも入れて5人の死体が森に捨てられていたそうだ。あいつらは、こんなことを何度も繰り返しているんだ。そうそう、コウキのやつは最初から気付いていたぞ」


 コウキが、しかも最初から・・・。やっぱり大したやつだ。


「異世界召喚魔法は召喚時に危険がある上、召喚が成功しても、その後、魔素不適合で死ぬ者も多い。ルヴェリウス王国の奴らは、そのこと知っていながら俺たちを召喚したんだ」


 ルヴェリウス王国、確かに許せない!


「何より、そのためにアカネが死んだ!」


 ヤスヒコが叫ぶように言った言葉が僕の頭の中でコダマする。


 アカネちゃんが死んだ・・・。何度聞いても、僕の心はまだアカネちゃんの死を受け入れることを拒絶している。雲の上を歩いているようですべての感覚が失われている。

 

「やっぱり本当・・・なのか」


 サカグチさんの手紙に書かれていたこととも一致する。


「ああ、すべて本当に起こったことなんだよ、ハル。タツヤはメイヴィスに蘇生させられてから日本語で日記のようなものを綴ってたんだ。俺はそれを読んだ。タツヤの心の底からの怒りが伝わってきたよ。タツヤも彼女のユキさんを亡くしていたんだ。タツヤはこの世界の人族に復讐したがっていた。そして俺はタツヤの名前とこの世界の人族への復讐を引き継いだのさ。メイヴィスもずいぶんタツヤの死を悲しんでいた。おれがタツヤの意志を引き継ぐと言うと喜んでくれたよ。そんなメイヴィスのほうがよっぽど人間らしいとは思わないか、ハル?」

「引き継いだのはそれだけなのか?」

「どういう意味だ」

「光の魔法と創生の神イリスの加護だ。ヤスヒコ、お前勇者だろう?」


 ヤスヒコは黙っている。僕に話の続きを促しているようだ。


「僕たちが召喚されたとき、賢者は二人いた。ユイとマツリさんだ。これまでは勇者も賢者も複数召喚されたことはない。なのに今回賢者は二人いた。なら勇者も二人いてもおかしくない。もう一人の勇者はタツヤくんだった。ヤスヒコ、お前は召喚されたときには勇者ではなかった。隠す理由もないしそれは間違いない。でも、どういう仕組みかは分からないけど、タツヤくんが死んでお前が勇者を引き継いだんじゃないのか?」

「ハル、やっぱりお前は頭がいい。俺はタツヤの日記を読み絶対にあいつの意志を引き継いでルヴェリウス王国に、この世界の人族に復讐すると誓った。そうしたら、いつのまにか光属性魔法が使えるようになったんだよ。身体能力強化も向上していた。ハハッ、人族に復讐を誓う勇者の誕生だ! いやあハル、お前は本当に頭がいい。さすが俺の親友だよ」


 親友・・・。

 

「ハル、お前がこの世界の人族に味方するなら、俺はまたお前と戦うことになるだろう。そのとき俺はもっと強くなっている。お前ももっと強くなれ!」

「ヤスヒコ・・・」

「じゃあな」


 そう言うとヤスヒコは扉を抜けて姿を消した。

 僕は・・・なぜかヤスヒコの後を追うことができなかった。


 ヤスヒコ・・・。 

 そもそも、あれは本物のヤスヒコなのか?


 ヤスヒコは一度死んでメイヴィスの眷属になった。魔族の眷属で勇者、そんなことがあり得るのか。ヤスヒコを動かしているのはメイヴィスの意志なのだろうか? 


 でもあの目は・・・。


 僕には分かる。メイヴィスの眷属になったからじゃない。さっきはヤスヒコ自身の言葉で話していた。さっきのヤスヒコに僕の知っている人懐っこい笑顔はなかった。でも、ヤスヒコは決して狂気に囚われているわけでも我を忘れているわけでもない。


 親友の僕には分かる。ヤスヒコは本気なだけだ! 本気でこの世界の人族に復讐したがっているのだ!


 それに・・・。


 ヤスヒコは僕たちに興味があったから残っていたと言っていた。でも・・・もしかしたら、僕が間に合わなかったらユイを助けようと思っていたのではないだろうか? 


「ハル様」

「ああ、クレア、僕は大丈夫だよ。ヤスヒコはメイヴィスの眷属になったのかもしれないけど、自身の信念に従って行動している。それは僕も同じだ」


 ルヴェリウス王国のやり方は許せない。その点では僕もヤスヒコと同じだ。だけど、僕は僕のやり方で、これ以上のルヴェリウス王国の暴挙を阻止するつもりだ。


 他にも気になることがある。勇者と賢者は二人いる。それなら・・・。


 エリル・・・。僕は黒龍剣を握る手に力を込め、これをくれた赤い髪の少女のことを思い出した。人間と和解したがっている魔王のことを。

 もしかしたらアカネが死んだという展開を好まない読者の方もいるかもしれません。ただ、構想段階から考えていた展開なのでお許しください。今回の召喚だけ誰も病気に罹らないというのは、むしろ不自然だと試行錯誤した結果です。もちろんいろんなご意見があるのは当然だと思っています。

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― 新着の感想 ―
驚いたという意味であのマークで評価していますがあっているのでしょうか?(マークの使い方) 死ぬとしたらマツリだろうと思っていました。そして王宮を出るのもマツリかなぁとも。アカネのあの描写が伏線でしたか…
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