4-33(まさかお前は…その1).
ジークフリートさんに続いて部屋に入るが、そこには誰もいない。
「それで、その奥にいるやつが魔族なのかな?」
ジークフリートさんは部屋の奥を見つめている。
部屋の奥にはさらに扉のようなものがあり、どうやらその扉の向こうに呼びかけているようだ。
ジークフリートさんの呼びかけに呼応するように部屋の奥の扉がゆっくりと開く。
出てきたのは鼠色のローブの男だ!
また鼠色のローブだ。それに変な仮面をしている。中二病か。今度こそメイヴィスや火龍と一緒にいた魔族、僕が心の中で鼠男と呼んでいた奴で間違いない。ローブではっきりとは分からないがすらっとした体型で背も僕より少し高いように見える。
「みなさん、こんにちは。どうやらアリウスは失敗したようですね」
わざと声質を変えているのか籠もったような低い声だ。しゃべり方もずいぶん芝居がかっている。
「お前、なぜアリウスを助けなかった。仲間じゃないのか?」
「あなたは、英雄と呼ばれているジークフリートさんですね。アリウスが俺の仲間? そうですねー、仲間といえば仲間なのかもしれませんが・・・。でも戦闘力もないし作戦がバレれば使い道もないので助けてもしょうがないですよね」
「そうか、どっちにしてもお前は敵だな。ジェイコブス団長はどうした?」
「ああ、彼なら慌てて外に出ていきましたよ。この奥から外に出られるようになっているんですよ。何でも急いで王宮を占拠するとかなんとか言ってましたっけ」
「王宮を占拠するだと!」
「ジークフリートさん、おそらくドミトリウス殿下やシルヴィア副団長が戻る前に、力ずくで王宮を占拠しようってことでしょう。とうとうジェイコブス団長を含む教皇派が教皇の権力を使って力技に出たんですよ」
鼠男は僕の方を見て拍手をするような仕草をする。
「そうそう、そんな事を言ってましたよ、彼。さすがにハルは頭が良いね。早く止めに行かないと内戦になりそうですよ」
「なるほど。まあ、分かっていたことだが、これで教皇派と魔族が繋がっていたこともはっきりしたな」
「俺に濡れ衣を着せて拘束したのはジェイコブスの奴だしな」
忌々しそうにドミトリウス第一王子が言った。
「ジークフリートさんここは僕たちが引き受けます。先に王宮へ戻ってください。力ずくで王宮を占拠される前に、早く!」
「ハルだけで俺の相手ができるのかな?」
「クレアもいる」
僕の隣でクレアが頷く。
クレアと二人なら足止めくらいはできるだろう。
「ユイもジークフリートさんと一緒に行って」
「でも」
「僕だってせっかく会えたユイと少しでも離れたくない。だけどこの国の内戦を止めるためには聖女の力が必要だ。ユイとシルヴィアさんは行ったほうがいい。そうだユイ、これを」
僕はアイテムボックスからタイラ村製のローブと杖を取り出した。特殊個体のフェンリルの毛皮やヒュドラの魔石、一部には火龍の鱗まで使われている逸品だ。
両手でローブと杖を受け取ったユイは「ハル、これって」と尋ねてきた。
「迎えに来るのが遅くなったから、そのお詫び。とにかくジークフリートさんと行って」
「分かったよ。ハル、すごく強くなったんだよね。だから大丈夫だよね。今度こそすぐ戻ってきてね」
「もちろんだ。今度の約束は必ず守る」
僕だって一瞬たりともユイをそばから離したくない! でも鼠男は危険だし何よりこの騒動を収めるためには聖女の力が必要だ。
僕はもう一度ユイに力強く頷いた。
すぐにケリをつけてユイのもとに駆けつける!
「信じてる!」
ユイが小さな声で、それでもはっきりと言った。
うん、今度はユイの信頼を裏切ったりしない!
鼠男は僕とユイの会話を黙って聞いていた。
ジークフリートさんとエレノアさん、それにユイが、ドミトリウス殿下とシルヴィア副団長を連れて奥の扉から部屋を出る。騎士たちもそれに続く。その間、僕とクレアは鼠男から目を離さない。鼠男もジークフリートさんたちを邪魔することもなく僕と対峙したままだ。
「メイヴィスはどこだ」
「へー、メイヴィスのことを知ってるんだ。いかにハルが頭が良いと言っても、ちょっと知り過ぎじゃない。ルヴェリウス王国で調べたの?」
「・・・」
「黙んまりかー。まあいいや。メイヴィスは、ここには居ないよ。アリウスも失敗しちゃったし、ゴアギールから遠く離れたこの場所にそれほど未練もないからね」
「なら、お前はなぜここにいる?」
「俺? 俺はちょっとハルたちに興味があったから残ったんだ。クラスメイトだしね」
「メイヴィスがお前のことをタツヤと呼んでいた」
「よく覚えていたね」
「お前、なんで?」
「さあね、話は終わりだ」
鼠男は剣を抜くと凄いスピードで飛び掛かってきた。
「ハル様」
ガギッ!
クレアが僕の前に出てその剣を受け止める。
鼠男は後ろに飛び退く。
「光弾!」
「黒炎盾!」
バチッ!
鼠男の光弾を僕の黒炎盾が防ぐが、黒炎盾も消滅する。やはり鼠男は勇者しか使えないはずの光属性魔法を使っている。
クレアはすぐに間合いを詰め、後ろに下がった鼠男に斬り掛かる。速さでは鼠男のほうが勝っているがクレアのパワーに押されて態勢を崩している。鼠男はクレアの剣を受けずにクレアを横なぎに斬ろうとする。今回はクレアの剣が届くほうが速そうだ。
クレアが勝つ!
「光盾!」
なんだって!
「グハッ!」
斬られたのはクレアのほうだった。クレアは腹を抑えながら後に下がり大剣を構える。
鼠男はクレアの一撃を剣では受けず魔法で受けたのだ。さっき光弾を使ったばっかりなのに魔法の発動が速い。それに魔法と剣を組み合わせたこの戦い方・・・。
魔法と剣を組み合わせて戦う。誰だって思いつく。しかしほとんどの人はできない。身体能力強化している状態は魔法を使っているようなものであり、それに加えて属性魔法を使うのは普通は困難だからだ。なのに・・・。
僕はクレアの前に出て剣を構える。
鼠男は僕の方を見て・・・少し笑った・・・ような気がした。それはまるで、どうだとでも言っているようだ。まさか、僕の真似・・・なのか。
「鼠男・・・お前」
「鼠男? 俺のことか? あんまり格好よくないなー」
「クレア、大丈夫?」
「大丈夫です」
クレアは自身の初級回復魔法で治療している。ただ、クレアの魔法では完全に治療するのは無理だし時間もない。
「いつものように連携だ」
「はい」
どうやら鼠男は僕と同じように魔法と剣を組み合わせた戦い方をするらしい。剣の腕はクレアと同等以上で僕よりはるかに上だ。だけど、こっちは二人だ。
絶対に勝つ!
対人戦ではスピードが重要だ。僕だって魔法発動のスピードには自信がある。
「黒炎弾!」
「黒炎弾!」
僕は黒炎弾を連発する。実際には連発というより最小限の魔力しか使わないことによって発動までの時間を極端に短くしているのだ。その分威力はない。牽制することが目的だ。
鼠男はそれを素晴らしい身体能力で避けながら僕に斬り掛かってくる。
「させません!」
クレアがそれを受け止め、さらに反撃する。
「黒炎弾!」
「おっと、あぶない。光盾!」
バチッ!
今度は鼠男の光盾と僕の黒炎弾がぶつかり消滅する。
鼠男の魔法発動は速いが僕より速いってことはない。
こっちは二人だし、このまま押していけば・・・。
その後も一進一退の攻防が続くが、二人がかりの僕たちのほうが押している。
「光弾!」
「黒炎盾!」
僕の黒炎盾を突き抜けた一部の光弾がクレアを傷つけた。
「うっ・・・」
「クレア」
「大丈夫です」
魔力を溜める時間が短かったこともあるが・・・もしかして魔王の加護を受けた僕の魔法は光属性魔法に相性が悪いのだろうか? いけると思ったけど、むしろ分が悪いのか。2対1なのに・・・。
こうなったら・・・。
「クレア少し防御に徹して」
「分かりました」
僕は、クレアを黒炎盾で守りながら、一方で黒炎弾に魔力を溜め始めた。魔法の二重発動。限界突破と並ぶ僕の得意技だ。
ガキッ!
カーン!
鼠男とクレアが剣を打ち合う音が響く。クレアは大剣なのでスピードに劣るが、その分剣が交われば後退するのは鼠男の方だ。
「黒炎盾!」
鼠男のほうがクレアより手数が多いが、その分は僕が魔法でクレアを守る。クレアも無理に攻撃しない。
よし! 今だ!
「黒炎弾!」
僕は黒炎盾でクレアを守ったと同時に黒炎弾を放ったが、鼠男は間一髪体を捻って黒炎弾を躱した。
僕の決め技の一つだったのに・・・。
「おっと今のは危なかった。複数の魔法をほぼ同時に・・・。うーん、やるねえ、ハル。それじゃあ、俺もそろそろ本気で行くか」
鼠男はアイテムボックスの中から一本の小ぶりの剣を取り出した。
二刀流だ!
両手に剣を持った鼠男はすごいスピードでクレアに斬りかかる。
「光弾!」
「光弾!」
しかも魔法まで・・・。
剣も魔法も速い!
まさか僕より速いのか! 二重発動ってわけじゃないみたいだけど・・・。
鼠男は次々に魔法を発動する。
「黒炎盾!」
僕は魔法でクレア守る。クレアも僕の指示通り無理に攻撃せずに魔法を避けながら後退する。それでも防ぎきれない光弾がクレアのこめかみを掠め血が滲む。
その後もクレアのダメージが少しずつ蓄積する。鼠男はまずクレアを脱落させることに狙いを絞ったようだ。
だけど、僕にだって、まだ奥の手がある!
「黒炎弾!」
「光盾!」
剣でクレアの相手をしていた鼠男は、今度は躱すのではなく予想通り光盾で僕の黒炎弾を防ごうとした。僕はこのタイミングを狙っていた。
僕が発動したのはただの黒炎弾ではない。クレアが時間稼ぎしている間に魔力を溜め一段階限界突破した黒炎弾だ。
「な、これは!」
鼠色のローブの一部が黒く焦げていた。僕の限界突破した黒炎弾が鼠男の光盾を貫いたのだ。
・・・掠っただけか。すごい反射神経だ。
「なんだこの威力は・・・。それに、さっきまで連続して防御魔法を展開していたのに」
鼠男は黒くなったローブを見て呟いた。僕がアリウスに限界突破した黒炎弾を使ったのはさすがに見てなかったようだ。
僕の得意技の魔法の二重発動と限界突破の両方を同時に使ってみた。僕は黒炎盾でクレアを守りながら黒炎弾のほうに限界突破するまで魔力を溜めていたのだ。ヒュドラ戦で会得した技だけど、対人戦でも通用した。
よし、驚いている。
僕と同じ魔法の高速発動と剣を組み合わせた戦い方はできても、魔法の二重発動や限界突破は知らないみたいだ。
勝負はこれからだ!
「ハル、思ったより強いね。こんなに強いとは意外だよ。どうやら2対1では分が悪い。今日のところは引かせてもらうよ」
「逃げるのか」
「これ以上の戦いは意味がない。俺は無意味な戦いはしないんだ。ちょっとハルたちに興味があったから手合わせをしてみたんだ。大体の実力は分かったよ。目的は達したから今日はここまでだ」
鼠男はそう言うと、複数の光弾を僕の足元に向かって放つと踵を返した。
「待て! ヤスヒコ!」
僕は背を向けてこの部屋から出ようとしている鼠男に呼びかけた。
鼠男は一瞬動きを止め振り返った。




