4-32(お前が犯人だ!).
「ジークフリートさん」
僕はありったけの怒りを込めた表情をしてジークフリートさんを見る。そして静かに話し始めた。
「例えジークフリートさんの言うことでも従えません」
ジークフリートさんは驚いたように僕を見る。
「この国は隷属の首輪でユイを操り聖女に仕立てた。そんな国の王子の言うことに僕が従うとでも? どうしてもと言うならジークフリートさんであっても許さない」
僕はジークフリートさんを煽るように話す。ごめんなさい、と心の中で謝る。
「どうしたんだハル? 何か様子がおかしいぞ」
僕の隣にクレアが、その後ろにはユイがいる。僕たちに対峙してジークフリートさん、ジークフリートさんの後ろにエレノアさん。王宮騎士団や神殿騎士団の人たちもいつでも戦える態勢だ。
ドミトリウス第一王子は戸惑ったような表情で、イヴァノフ第二王子は何を考えているのか分からない表情で、そしてアリウス第三王子は心配そうな表情で僕たちを見守っている。そして、ジェイコブス神殿騎士団長はそれら全てを面白そうに眺めている。
僕はユイの耳元で小声で質問する。
「ユイ、火龍の事件の後、ユイを操っている奴がその首輪に触ったりしなかった?」
ユイは少し考えるような仕草の後、ハッっとしたような顔して僕を見た。
「ハル、どうしてそれを?」
隷属の首輪はとても精密だ。具体的に命令する必要がある。さすがにこの質問を予想することはできなかったようだ。これで間違いない。
最後のピースが揃った。
僕の覚悟も決まった。
「ユイ、クレア、僕を信じてくれる?」
「ハル様、言うまでもありません」
「ハル、クレアさんは・・・」
「ユイ、クレアを信じてあげて。さっきも言った通り、今のクレアは僕たちの味方だ」
「ハルがそう言うんなら信じるよ」
「ユイ様、ありがとうございます。あのときのことは本当に申し訳ありません。あとでユイ様からどのような罰を与えられても受け入れることを約束します」
「それからユイ、何があってもその首輪の主の命令には従ってね。僕は大丈夫だから」
ユイは戸惑ったような表情で迷っている。
「大丈夫。僕も結構強くなってるんだ」
ユイは僕の顔を見ると、分かったと頷いた。
「さあ、これで準備完了だ」
僕は前を見てそう宣言した。
ユイは何も言わずに後ろから僕の腕をそっと握ってきた。大丈夫だよ、ユイ。
「ハル様には何か考えがあるのですね。私はハル様を信じるだけです」
「ありがとうクレア」
「クレア、ジークフリートさんに勝てる?」
「残念ながら、必ず勝てるとは言えません」
「そうか・・・。じゃあ、ジークフリートさんたちの注意を引きつけて時間を稼いで、ほんの少しでいい。勝負は一瞬で決まる」
「了解しました。そのくらいならお任せください」
「ハルは、やっぱり私のピンチに現れる王子様だよ!」
僕はもう一度ユイを見て、そしてジークフリートさんに向き直る。
「ジークフリートさん、残念ですが、交渉は決裂ですね」
「俺も残念だよ。ハル」
そう言うと同時にクレアがジークフリートさんに斬り掛かった。
ジークフリートさんはクレア渾身の一撃をあっさり剣で受け止めると、態勢を低くしてクレアの胴を払った。クレアはバックステップしてこれを躱す。しかし、あっという間に間合いを詰めたジークフリートさんは、直ぐにクレアを追撃する。今度はクレアがジークフリートさんの一撃を剣で受ける。クレアは交差した剣を起点にクルッとジークフリートさんの左後方に回り込むとまた距離をとる。
短い間だがものすごい攻防だ
クレアもだがジークフリートさんはさすがだ。クレアの一撃を簡単に受け止めたと思ったら直ぐに間合い詰めて反撃していた。クレアが勝てると言えなかったのはもっともだ。僕が見たクレアとまともに戦える剣士は鼠男とジークフリートさんだけだ。
エレノアさんもいる。騎士たちだっている。1対1ならともかく、この状況でクレアがジークフリートさんに勝てる可能性は正直0だろう。でもそんなことは分かっている。僕にはとっては一瞬でも彼らを引き付けておいてくれるだけでいい。
クレア、十分だよ!
クレアがジークフリートさんたちの注意を引き付けている間に、僕は剣を抜いて騎士たちの塊に突っ込んだ。騎士たちの後方にドミトリウス第一王子、イヴァノフ第二王子、アリウス第三王子、ジェイコブス団長が並ぶように立っている。
「奴を止めろ!」
ジェイコブス団長が怒鳴るように騎士たちに指示した。
僕は、騎士たちを飛び越えて、一直線にアリウス第三王子に近づく。
ジークフリートさんは、まだクレアを相手にしている。
「ハルさん、何を!」
アリウス第三王子が叫ぶ。
勝負は一瞬だ。
「岩盾!」
エレノアさんがアリウス第三王子を守るように岩盾を発動させた。
「ユイ、僕を守れ!」
アリウス第三王子の大声が響く。
アリウス第三王子の声にジークフリートさんたちの動きが止まる。今の一言でアリウスがユイを操っていた犯人だと理解ったからだ。
「氷盾!」
ユイが素早く氷盾を発動させアリウスを守る。隷属の首輪を着けられているユイはアリウスの命令に従った。こうなることを予想して、あらかじめ命令に従うようユイに言っておいた。
「これで僕は安全だ!」
アリウス王子が叫ぶ。
アリウスがそう言うのも無理はない。一流の魔法使い二人の防御魔法で守られているのだ。エレノアさんが防御魔法を中断するべきか躊躇している様子だが間に合わない。
だけど・・・問題ない!
「アリウス、無駄だ!」
僕はアリウスの心臓目掛けて、黒炎弾を放った。この距離なら絶対に外さない。
ドシャ!
ドゴォーン!
バリィィーン!
「ぐわぁぁーー!!!」
僕は時間稼ぎをしながら黒炎弾に魔力を溜めていた。伝説級の魔物であるフェンリル・・・しかも特殊個体だ・・・を仕留めた二段階限界突破した黒炎弾を至近距離で放ったのだ。その黒い鋼のような弾丸は、ユイとエレノアさんが慌てて展開した二つの防御魔法をあっさり破壊して、アリウスの心臓を貫いた!
「殿下!」
「貴様、一国の王子を!」
騎士の人たちが口々に僕を非難して襲い掛かかってきた。
この人たちはアリウスのさっきの言葉を聞いてなかったのか!
「黒炎爆発!」
僕はすぐにクレアとユイのところまで下がると、黒炎爆発で王宮騎士団の人たちを吹き飛ばした。今度は、ほとんど魔力溜める時間もなかったし加減もしたから死ぬことはないだろう。
「ジーク、あれを・・・」
エレノアさんが指さしているのはアリウスの死体だ。アリウスの死体は僕たちの見ている前で、見る見る腐って行く。
「こ、これは・・・」
吹き飛ばされて倒れている騎士の人たちも意識ある者は同じくそれを見つめている。
「ハルの言った通りで、私が命令に従って防御魔法を使っても問題なかったね」
ユイはそう言って僕に笑いかけた後、皆に向かって落ち着いた口調で「私を隷属させていたのはアリウス殿下です」と言って隷属の首輪に触れた。
隷属の首輪はユイの首から外れて床に落ちカタンと間の抜けた音を響かせた。
アリウスの死体は、今や白骨だけになり、それも白い砂のようになった挙句、ついには消え去ってしまった。エリルは言っていた。メイヴィスの眷属を殺せば塵になって消えると。そしてその通りにアリウスは消えた。
「アリウスは、魔族に操られていたようだな」
イヴァノフ殿下が神経質そうな顔をして言った。
「アリウスはだいぶ前に死んでいたんだろう。そのあと蘇生され魔族の眷属にされていた。そういう魔法を使う魔族がいると書物で読んだことがある」
「・・・再生の魔女メイヴィス」
僕は思わず声に出して呟いていた。
「ほうー、四天王メイヴィスのことを知っているのか?」
「いえ、殿下と同じで何かの本で読んだことがあるだけですよ」
イヴァノフ殿下は疑わしそうな顔で僕を見ていた。対魔族の最前線から最も遠いこの場所で、イヴァノフ殿下の知識は大したものだ。それにしてもこんな場所にある書物にメイヴィスのことが書かれているとは、魔族には寿命が極端に長い者がいると聞いたことがあるがメイヴィスは一体いつから生きているんだろうか。
ユイはシルヴィアさんに回復魔法をかけている。シルヴィアさんの傷が見る見る治っていく。やはりユイの回復魔法は凄い。あれだけの深さの傷なら致命傷となってもおかしくない。
シルヴィアさんは「うーん」と呻き声を上げて目を覚ます。首を曲げたり体のあちこちを動かしたりしている。その動きはいつもより緩慢だが、命に別状はなさそうだ。
シルヴィアさんは自分に回復魔法をかけているのがユイだと気がつくと、驚いた顔をした後「また、ユイに助けられたな」と言った。
「また助けることができて良かったです」
そう言って二人は微笑み合った。
「ハル、俺たちを煽って利用したな。途中から変だと思っていた。クレアの強さは本物だから手を抜くわけにもいかないし大変だったぞ」
ジークフリートさんは僕がわざと煽っていることに気がついていたようだ。だけどユイを誰にも渡したくなかったのは本当だ。
「すみません」
「ジーク、ジェイコブス団長がいないわ!」
辺りを見回すと、確かにジェイコブス神殿騎士団長の姿がない。ドミトリウス殿下が軟禁されていた部屋の左側にも扉がありそれが開いていた。壁の装飾によって一見すると扉があるようには見えなかった場所だ。
「待て、まず俺が行く」
僕たちはジークフリートさんを先頭にその部屋に入った。
隷属の首輪でユイの主になっていたのは予想通りの人物だったでしょうか? それとも驚いてもらえたでしょうか?
作者がより工夫を凝らしているのはユイの主が誰かより、むしろハルがどうやってそれを見抜いたかという点です。その方法はこの先のミステリーの解決編みたいな話でハルが説明する予定です。その前に読者の皆さんにも推理してもらえればと思います。かなり露骨なヒントがあるので、すでに気付いている方も多いかもしれませんが、楽しんで頂ければ幸いです。




