4-31(再会).
「何だ貴様ら?」
部屋の中から振り返ってそう聞いていきたのはジェイコブス神殿騎士団長だ。そしてジェイコブス団長の向こうから鼠色のローブを着た魔導士がこちらを見ている。
魔導士らしき人物の足元にはシルヴィアさんが倒れている。一瞬死んでいるのかと思ったが胸が上下している。
「ジェイコブス団長こそ、ここで何を?」
「答える必要性は感じないが、まあ、いい。副団長のシルヴィアを探していただけだ。丁度見つけたところだ」
ジェイコブス団長は顎で倒れているシルヴィアさんを示す。
一応筋が通っている・・・のか?
ドミトリウス殿下の姿は見当たらない。奥に扉が見えるので、監禁されているのはあそこだろうか?
「貴様ら俺がここにいることにあまり驚いていないな」
「そうでもないんですが」
「それにしても、勝手に入りこんでるんじゃねぇよ」
「シルヴィア副団長が何者かに攫われたと聞いたんです。それで、この建物が怪しいと思って探していたら、この部屋に辿り着いたってわけです。団長さんもそうなのでしょう? シルヴィアさんが心配だったものですから勝手に入らせてもらいました。どうやら間に合ったようですね」
僕は胸を上下させて気を失っているシルヴィアさんを見る。よく見るとシルヴィアさんはお腹に傷を負っている。早く治療しないと・・・。
「これからこいつを拘束して話を聞く」
ジェイコブス団長は目の前の魔導士を見る。
魔導士らしき鼠色のローブの人物は、僕とジェイコブス団長との会話の間も言葉を発することはなかった。
僕はゆっくり移動するとジェイコブス団長の前に出て魔導士と向かい合った。魔導士は僕よりはやや小柄だ。フードを深く被っていて顔はよく見えない。杖を構えてこちらを見ている。こちらを攻撃してくる気配はない。
魔導士の肩が微かに震えている。
魔導士は、震えながらゆっくりとローブのボタンに片手を掛けそれを外そうとしている。反対の手に持っている杖には見覚えがある。
魔導士は震える手でやっとボタンを外し終わりローブを脱ぎ捨てた。
「ユイ!」
「ユイ様!」
魔導士はユイだった!
目の前に僕が探し求めていたユイいる!
あー、何も考えられない。イデラ大樹海に転移してからの出来事がフラッシュバックするように脳裏に浮かんでは消える。
ああー、やっと、やっと会えた! 会えたんだ!!
魔導士がユイじゃないかとはうすうす思っていた。それでもやっぱりユイの顔みると・・・。あれ、ユイの顔がぼやけてる。
「ハル・・・。ほんとにハルなのね」
ユイの声を聴くのは本当に久しぶりだ。
喜びが込み上げてくる。
感情が爆発する!!!
「ユイ泣いてるの? なんかユイの顔がぼやけてよく見えないや」
「ハルだって・・・泣いてるよ。幸せすぎると涙が出るって前にも言ったでしょう」
そうか、僕は泣いているのか。
「お前ら知り合いなのか?」
僕はジェイコブス団長を無視して、ユイに近づくと震える手でそっと抱きしめた。抱きしめたユイは僕と同じで震えていた。ああー、あのときと・・・あのときと同じだ。
初めてユイにキスをしたあの日のことを思い出した。
「ユイ、遅くなってごめん」
ユイを抱きしめる手に力が入る。
「本当だよ。ハル遅過ぎるよ」
「うん、だからごめんって」
「それにずっとそばにいるって言ったのに、すぐ約束をやぶちゃって・・・」
「うん、それもごめん」
「でも、見つけてくれて・・・私を、見つけてくれて、ありがとう! ありがとう!! ほんとにうれしいよ!!!」
僕の胸に顔を埋めて泣いているユイの頭を撫でていると、ユイが首につけているアクセサリーに気がついた。これは・・・アクセサリーではない。これこそが隷属の首輪だ!
「ユイ、これが・・・」
「ハル・・・ごめんなさい。私・・・」
ユイは顔を上げると、両手で僕の胸を押して僕から距離をとった。
「これが隷属の首輪だね、ユイ。大丈夫、僕には分かっている」
怒りで体が震える。
これは予想されていたことだ。それでも実際にそれを確認すると怒りを抑えられない。ここまで腹が立ったのは生まれて初めてだ。やっぱりユイは隷属の首輪を付けられていた。これで無理やり言うこと聞かされていたのだ。
僕のユイになんてことを、絶対に許さない!
ユイは、クレアがそこにいることに今気がついたようで、驚いたような顔でクレアを見ている。それはそうだ。ユイにとってはクレアは僕たちを殺そうとした人だ。
僕とユイの様子を見ていたのだろう。クレアの目から涙が零れ落ちそうになっている。
「ユイ様、申し訳ありません」
クレアは涙が零れ落ちそうになるのをグッと堪えて言った。その声は少し掠れている。
ユイは戸惑ったように僕を見る。
「ユイ、後で説明するけど、今のクレアは味方だ」
ユイは、僕とクレアの顔を見比べていたが、黙って頷いた。
「隷属の首輪? やはり聖女様は何者かに操られていた偽物だ。それでシルヴィア副団長を襲ったのか」とジェイコブス団長が言った。
白々しい! 今更そんな言葉で騙される者はいない。
そのとき、ジークフリートさんとエレノアさん、それに数人の騎士が部屋に雪崩込んできた。騎士は身に着けている鎧からみてほとんどが王宮騎士団員のようだが、何人か神殿騎士団員も混じっている。
隠し通路は開けっ放しにしてきたので、僕の言葉を聞いたジークフリートさんたちが騎士たちを連れて駆けつけてくれたようだ。
「ハルどうなっているんだ」
「聖女様がシルヴィア副団長を襲ったようだ。とりあえず聖女様を拘束しろ!」
ジークフリートさんの言葉を遮るようにジェイコブス団長が大声で騎士たちに指示した。
僕はとっさにユイの手を引いてジェイコブス団長たちから距離を取る。
王宮騎士団員はジェイコブス神殿騎士団長の部下ではないが、神殿騎士団員も含まれているせいか戸惑いながらも数人の騎士が指示通りがユイを拘束しようと進み出た。
僕は騎士団員とユイの間に立ってそれを妨害する。
クレアも僕の横に並んで立っている。
「そうはさせないよ」
僕は何があろうとも、どんな理由があろうともユイの味方だ。
「ユイは隷属の首輪をつけられています。真犯人は別にいます」
「確かに、首元に首輪らしきモノが見えるな」
「イヴァノフ殿下」
ジークフリートさんたちの背後から、発言したのはイヴァノフ第二王子だ。その後ろにはアリウス第三王子の姿もある。
「クレアあの扉を調べてみて」
「はい」
クレアは素早く走って広間の右奥に見えた扉に手を掛ける。だが鍵がかかっている。
「その部屋にはフィデリウス王殺害容疑でドミトリウス殿下を軟禁している」とジェイコブス神殿騎士団長が言った。
ジェイコブス神殿騎士団長はクレアを押しのけて扉の鍵を開ける。そして皮肉な笑みを浮かべると「カラゾフィスの兄弟勢揃いだ」と扉の向こうに声をかけた。
ガサゴソと音がして、扉からゆっくり出てきたのはドミトリウス第一王子だ。フィデリウス王が死んだ今、本来ならすでに王になっていてもおかしくない人だ。多少憔悴しているが思ったより元気そうだ。
「俺の濡れ衣は晴れたのかな?」
そう言って辺りを見回すドミトリウス第一王子に答える者はいない。
ドミトリウス第一王子、イヴァノフ第二王子、アリウス第三王子、そして庶子と噂されるジェイコブス神殿騎士団長。確かにカラゾフィスの兄弟勢揃いだ。
この中の誰かが魔族の眷属であり、同時にユイを隷属の首輪で操っている者だ。
それが誰かは、おおよその見当はついている。
でも、パズルの最後ピースが欲しい。この後起こるだろうことを考えると、間違いないとの確信が欲しい。
「クレア、ユイにつけられている隷属の首輪ってどうやったら外せるんだっけ?」
「主人となっている人にしか外せません。それか主人が死んだ場合です」
「主人が死んだら効果は消えるんだよね」
「はい。シルヴィア副団長はそう言っていました」
「ありがとうクレア。それでユイ、それを着けたのが誰なのかは話せないんだよね?」
「ハル、それは・・・」
「分かってる。ユイ言わなくてもいいよ!」
隷属の首輪は主人の命令に逆らうと命を奪ってしまうほどの力を持った失われた文明の遺物だ。
「ハルさん、聖女様は隷属の首輪で操られているのですか?」
「どうやらそのようです」
僕はユイの首元に目をやりながらアリウス殿下の質問に答える。
「そうですが、それでは、あまりやりたくはありませんが、とりあえず聖女様を確保しましょう。心配ありません。僕が手荒なことはさせません」
僕は何も答えない。
「ハル、誰がユイを操っているのか分からない状況だ。アリウス殿下の言う通り、とりあえずユイをこちらに」
「ジークフリートさん。ユイが隷属の首輪で操られているとしても、誰にも渡しませんよ。二度とユイを僕のそばから離すことはありません。だいたい、この中にユイを操っている魔族の眷属がいるのです」
「それは俺にも分かっている。俺はこれでも王族待遇のSS級冒険者だ。約束する。悪いようにはしない。だいたいユイは俺のパーティーメンバーだ」
僕は返事をせずにジークフリートさんと睨み合う。
「ハル、ジーク・・・」
僕の後ろでユイが呟く。クレアはいつでも僕とユイを守って戦闘に入れる態勢をとっている。
「ユイさん」
ジークフリートさんの後ろに控えているエレノアさんは不安そうだ。
「ハルさん、悪いようにはしません。とりあえず僕たちの言う通りに」
「アリウス殿下の言うことでもそれには従えませんね」
ドミトリウス殿下は事情が分からず怪訝そうは表情を浮かべている。
イヴァノフ殿下はいつもの皮肉気な表情で事の成り行きを見守っている。
ジェイコブス団長は・・・なぜかうれしそうだ。
「ジークフリートさん」
アリウス殿下は困ったようにジークフリートさんを見る。
「ハル、ユイは俺たちのとっても大切なパーティーメンバーだ。悪いようにはしない。ここはアリウス殿下の言う通りユイをこちらに渡してくれ。それにシルヴィアは怪我をしているようだ。急がないと」
「ユイ、シルヴィアさんを襲ったの?」と僕は尋ねた。
「私、シルヴィアさんを襲ったりしてない」
この質問に答えるなとは命令されていなかったようだ。隷属の首輪は精密な魔道具だ。あらかじめすべての質問を予想して答えるなと命令しておくのはかなり難しいだろう。
「ふん、隷属の首輪で操られている聖女が本当のことを答えるわけがないだろう」
ジェイコブス団長が馬鹿にしたように言った。
シルヴィアさんを襲った犯人は鼠色のローブを着ていたと神殿騎士がそう証言したと聞いている。背格好が聖女様に似ていたとの証言もある。ユイの足元にはまさに鼠色のローブが脱ぎ捨てられている。聖女はいつも白いローブを着ていたのに・・・。
「ハル、俺だって、ユイを信じている。しかしユイは隷属の首輪を着けられているんだ。とりあえずアリウス殿下の言う通りにしよう。何度でも言う。俺にとってもユイは大切なパーティーの仲間なんだ。信じてくれハル!」
「ハルさん、ジークの言う通りに」
ユイは渡さない!
ここでユイを解放する。
チャンスは何度もない。逃すわけにはいかない。
悪いけどジークフリートさんたちを利用させてもらおう。
隷属の首輪は本当に危険だ。どんな命令がされているか分からない。
ここで一気にケリをつける!
やっとハルはユイと再会できました。ここまでお待たせして申し訳ありませんでした。




