4-30(聖女とシルヴィアの行方).
イヴァノフ殿下とアリウス殿下から話を聞いた後、部屋に戻るとすぐにドンドンとドアを叩く音がした。ドアを開けると、そこにいたのは慌てた様子のジークフリートさんとエレノアさんだ。後ろに王宮騎士の姿も見える。
二人とも表情が硬い。僕はすぐに何か大変なことが起こったのだと察した。
「ジークフリートさん、一体何が?」
「ハル、シルヴィアが攫われた」
「え、シルヴィアさんが、一体誰に?」
「分からない。分からないが、犯人は鼠色のローブを着ていた」
ジークフリートさんの説明によると目撃した神殿騎士団員がそう証言しているらしい。
「鼠色のローブ」
「ハル様」
僕は声に出さずにクレアに頷く。
そう鼠色のローブと言えば、火龍の事件のときの僕が心の中で鼠男と呼んでいた魔族だ。
「目撃したのが神殿騎士ってことは攫われたのは神殿で?」
「ああ」
「でもシルヴィアさんほどの人を」
「魔法だ。魔法での不意打ちだ。魔法であっという間に気絶させられたらしい」
「相手は一人ですか?」
「わからん。目撃した神殿騎士もだいぶ離れた場所から目撃したので細かいことは分からないと証言している。ただシルヴィアが攫われたのは間違いない。それと気になる話を聞いた」
気になる話?
「シルヴィアを魔法で襲って攫ったやつの背格好が聖女様に似ていたと証言する者が複数いる」
「ユイはそんなことはしない」
「ああ、ユイはそんな事するやつじゃない。それに、そう証言している神殿騎士団員は」
「教皇派なんですね?」
「ああ、だが、大神殿からシルヴィアと聖女がいなくなってるのは本当らしい。ユイは操られているかもしれないんだ」
「そうよ。ユイさんが操られているのならユイさんに罪はないわ」
たしかにユイは隷属の首輪で操られているのだろう。この件は、どう考えてもユイとシルヴィアさんを同時に排除しようとする企みとしか思えない。一番恐れていた事態だ。
ああ、時間がない。
「ジークフリートさん、シルヴィアさんが攫われたのは大神殿でなんですよね?」
「ああ、そうだ」
「それなら、なぜジークフリートさんは王宮に?」
「攫ったやつは大神殿を出て馬車で走り去ったらしい。思いつく場所もないし、お前たちにも伝えなきゃと思ったんだ。エルガイアとライラはボルガートのとこに行かせた」
馬車で走り去ったってことは犯人は複数か。でもそれなら物的な証拠が残る気がする。多少証拠は残ってもなんとかできる地位にいる人物が関わってるってことか。ドミトリウス殿下の拘束のときと同じだ。
僕は教皇の顔を思い浮かべる。
だいたいユイは隷属の首輪で操られているんだから勝手に馬車とか手配できるはずもない。でも、知らない人には聖女がその権力を使ってってことになるのか・・・。
「俺たちは王宮騎士団やアリウス殿下に協力を要請するつもりだ。王宮騎士団にはアイスラー副団長を慕っていた者も多い。勝手にドミトリウス殿下を拘束したジェイコブスたちに反感を持っている。俺たちだけで聖都すべてを捜索することは無理だ。そもそも聖都を出ているかもしれないんだ」
ジークフリートさんはエレノアさんとライラさんを連れて王宮騎士団の詰め所の方角に向かう。
「ジークフリートさん、僕たちはゾーマ神父の教会へ行ってみます!」
僕はジークフリートさんたちの背中に大声で呼びかけた。
「な・・・」
おそらくなぜという言葉を飲み込んだジークフリートさんは僕の顔を見て「師匠の教会だな。分かった」とだけ答えて走り去った。
「クレア行くよ。ゾーマ神父の教会」
シルヴィアさんが攫われた。しかも犯人は聖女に背格好が似ているという噂がたっている。
シルヴィアさんは教会がユイを隷属の首輪を使って操っているのでは疑っていた。そして、それに責任を感じていた。そのため、大神殿の奥にまで忍び込んで、その証拠とも言える会話を盗み聞きした。おまけに魔族と繋がって王宮を支配しようとしているという話まで聞いた。
その後もシルヴィアさんは、さらなる情報を集めようと動いていた。そしてそれはシルヴィアさんなら可能かもしれなかった。教皇に比較的近いと言われている人たちの中にさえ、シルヴィアさんに良い印象を持っている人は少なくないと聞いている。そんなシルヴィアさんならいずれに証人や物的証拠を探し出してくるかもしれない。
教皇派がこれ以上シルヴィアさんを自由にさせるのは危険だと判断してもおかしくない。そしてついでに聖女を・・・ユイを切り捨てる。一石二鳥だ。
急ごう!
「なぜゾーマ神父の?」
「あそこに崩れかけた建物があったでしょ」
「はい、確か危ないから近寄るなと」
「うん。そこ」
「ハル様、何か思い当たることがあるのですね」
「うん」
「あのボロボロの建物にね。僕の元いた世界の有名な宗教のシンボルがあったんだ」
あの建物の扉の上のレリーフ、だいぶ見にくかったけどあれは十字架だった。でもシズカイの教のシンボルは十字架じゃない。三つの三日月を組み合わせたものだ。
あれは原始シズカイ教の教会じゃないだろうか。
アレクはおそらく日本人だが、ヨーロッパ中世風のこの世界で恋人のシズカイの墓標として十字架が相応しいと考えてもおかしくない。いや、もしかしたらアレクってキリスト教徒なのかも。ずいぶん洋風な名前だから洗礼名なのかもしれない。でもアレクって名前の聖人とかっていただろうか? 分からない。
あれ? 何千年も前ってキリスト教ってないのか?
いや、タイラ村で見た板のような電子機器、おそらく僕たちは空間だけでなく時間も飛び越えて召喚されている。アレクがどの時代の日本人なのかは分からない。案外、未来人なんてことも・・・。
「ハル様。大丈夫ですか」
クレアは何度か僕に呼び掛けていたようだ。
「ああ、クレアごめん。ちょっと考え事をしてた」
「あの建物がそんなに昔の・・・。いくらボロボロになっているとは言え、数千年も経って原型を留めているものでしょうか?」
「何等かの魔法的な処置がなされているのかも。もともと勇者アレクが聖女シズカイの遺骸を安置するために建てたとすればね」
「なるほど、そのくらいの処置がしてあってもおかしくないですね」
そして、シズカイの遺骸を隠せるような場所があの建物にあるとすれば・・・。
イヴァノフ殿下は「もし、そんな場所があるのなら、兄上を隠すのには丁度いい場所だろうな」と言っていた。イヴァノフ殿下は僕に何かを伝えようとしてたんじゃないだろうか?
僕とクレアは西門を抜けてゾーマ神父の教会に急ぐ。
ワイバーンを始めとした魔物の襲撃を受けたため、このあたりの建物の多くが被害を受け人影も少ない。
「静かだな」
子供たちの声で活気のあった教会には誰もいない。
身を挺して子供たちを守ったゾーマ神父のおかげで、子供たちは全員無事だった。今、子供たちはジークフリートさんが別の場所に臨時に作った孤児院にいる。
つい最近魔物の被害に遭い放置されているこの場所を、今調べようとする者はいない。逆に言えば、何かを隠すのにこれほど都合の良い場所はない。
「あれですね」
クレアの示す場所に、崩れかけた建物があった。魔物のせいではない。もともとボロボロだったのだ。そして扉の上のレリーフはやっぱりどうみても十字架だ。よく見ると、以前より入口あたりが整理されている。最近になって誰かが出入りしているのだ。
どうやら当たりのようだ。
僕とクレアは建物の中に入り捜索する。
建物の奥に怪しい通路を見つけた。その通路を辿る。左は行き止まりだ。壁を調べても何もない。
「戻って右へ行ってみよう」
少し戻って、今度は右に曲がる。しばらく行くとまた右に曲がっている。そしてその次は左だ。ここまで一本道だ。
「誰も・・・いない」
そこには誰もいなかった。突き当りだ。ここではないのか・・・。
「扉のようなものも見当たりません」
うーん、突き当りかー。
でも奇妙だ。いかにも怪しい通路だった。それが辿ってみるとただの突き当りだ。
よく見ると、通路の突き当たりのコの字型になっている壁にたくさんの龍が描かれている。空を飛んでる龍、ブレスのようなものを吐いてるもの、あるものは後ろ足に何かの魔物を捉えて飛び上がろうとしている。
「龍のレリーフ?」
何か意味があるのか・・・。
「ハクタクを喰らう龍の眼が・・・真実を見抜くだったっけ?」
「ハル様それは・・・イヴァノフ殿下が言ってた」
「うん」
見たところ壁に描かれた龍の中にハクタクを食べている龍はいない。
「全部の龍の眼を調べてみたらどうでしょう?」
「うーん、調べるのはいいけど、触ったりしないでね」
「違うのを選ぶと失敗するってことですか?」
僕はクレアの質問に頷く。
もし何かの仕掛けがあるのなら、手当たり次第に試したりしたら失敗するような気がする。
「でも、そもそも魔物を食べている龍がいないような気がします」
「いない・・・かな? 口を開けている龍は何体かいるけど・・・」
「ハル様、ここに目のような模様があります」
クレアが示したのは口を開けている龍の一体だ。その開けている口のあたりの壁によく見ると目のようなものが描かれている。
「あ、こっちもです」
どうやら口を開けている竜の口元にはすべて目が描かれている。ただ、描かれている目の数が違う。
「クレア9だ。9つの目が描かれてるのってある」
「ハル様、この龍が」
クレアの示した右の壁のちょうど僕の背の高さあたりに描かれている龍の口元には確かに9つの目のような模様が描かれている。慎重に確認した結果、9つの目が描かれているのはここだけだ。この龍は9つの目を喰らっている。
「たぶんこれが正解だ」
その龍の眼にそっと触ってみる。
少し盛り上がっているような手触りがある。
これがもし魔道具のようなものなら・・・起動方法は決まっている。
僕は龍の目に魔力を通す。
ゴゴゴゴゴゴゴ!!
龍の描かれている右側の壁の一部が、音を立てて移動した。音の割にはスムーズな動きに見える。最近、使われている証拠なんじゃないだろうか。
「ハル様、これは・・・」
壁が移動した後のぽっかり空いた空間には下に降りる階段があった。
「うん、隠通路だね。とりあえず降りてみよう」
特別に大きな音を立てているわけでもないのに、僕たちが階段を降りるカンカンという音がやけに響く。
階段を降りたところには通路が続いていた。しばらく通路を歩くと多分聖女をデザインしたんだろうレリーフが施された両開きの扉があった。
その古そうな扉は、今度はなんのギミックもなく、僕がそっと手を添えただけでゆっくりと滑るように開いた。
ここから物語は一気に加速し大団円に向かいます。
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