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ありふれたクラス転移  作者: たまふひ
第4章(カラゾフィスの兄弟)
124/181

4-29.

 私はジェイコブス団長に連れられて暗い通路を歩いている。私が着ているのは普段の白いローブではなく鼠色のローブだ。ジェイコブス団長は脇にシルヴィアさんを抱えている。

 シルヴィアさんは神殿騎士団の魔術師に魔法で気絶させられている。私もシルヴィアさんもお互いに会わせてやると呼び出されて騙されたのだ。最初はシルヴィアさんが死んでしまったのかと思ったが胸は上下に動いている。でも、シルヴィアさんのお腹には大きな傷があり、抱えているジェイコブス団長の腕がシルヴィアさんの血で赤く染まっている。回復魔法をかけたいけど、勝手に回復魔法を使うことは禁じられている。シルヴィアさんが心配だ。


 だけど今になってなぜこんなことを・・・。


 私たちが歩く音がカツカツと通路に響く。まさかこんなところに・・・。


「驚いたか?」

「・・・」

「ここが見つかることはない。それは助けが来ることはないってことだ。ドミトリウスと同じだな・・・」


 ドミトリウス? 確かこの国の王太子だ。父親である王様を殺したと聞いたけど・・・。


「死ぬ前に教えてやろう。聖女を偽物だと見抜いたシルヴィアが、聖女に殺されたって筋書きだ。心配しなくてもお前が直接手を下す必要はない。神殿騎士団の副団長を殺した偽聖女は教会に捕まり、教会や民衆を騙した罪で処刑されるってわけだ。すでに聖女が偽物だという噂は広まっている」


 ジェイコブス団長はずいぶん饒舌だ。


「偽聖女がシルヴィアを殺害する現場は別の場所を用意してやるから、しばらくはここで大人しくしてるんだな。殺されたシルヴィアとお前の発見者が俺じゃあ、さすがに疑わしすぎる。今頃はすでにシルヴィアが攫われたと大騒ぎになっているだろうから、こっちも急ぐ必要があって忙しいんだ」


 忙しいとか言いながらジェイコブス団長は上機嫌だ。そういえば、もともとジェイコブス団長とシルヴィアさんはあまり仲が良くないと聞いた。ほとんど隔離されているような状態の私の耳に入るくらいだから、そうなんだろう。


 それにしてもジェイコブス団長の言った通りなら、いずれ私もシルヴィアさんも死ぬことになる。それなら最後に・・・。


 ハル・・・。





★★★





「ハル様、何か分かったのですか?」


 イヴァノフ殿下の部屋を出てからずっと考え込んでいる僕にクレアが声をかけた。


「うん。ちょっとね。でも、その前にせっかくだからアリウス殿下の話も聞いてみよう」


 僕はもう行動すべきときだと覚悟を決めている。ユイに危険が迫っているのは間違いない。ただ、隷属の首輪が使われている以上、行動する前にできるだけのことをしておきたい。僕は逸る気持ちを抑えてカラゾフィスの兄弟の一人であるアリウス殿下にも話を聞いてみることにした。


「アリウス殿下の・・・」

「本当はドミトリウス殿下とジェイコブス神殿騎士団長も含めたカラゾフィスの兄弟全員と話したいんだけど、無理そうだしね。それにもう時間がない」


 侍女にアリウス殿下の予定を確認してもらうと、こちらもすぐに面会が可能だという。


「アリウス殿下、急な面会をお許しいただきありがとうございます」

「ハルさん、僕にそんな大げさな言い回しは不要ですよ」


 ゾーマ神父の死で明らかにやつれているが、だいぶ普段の様子に戻ったように見える。しかしその目にはどこか諦念のようなものが浮かんでおり、完全に立ち直ったわけではないのだと感じさせる。


「聖女が偽物だという噂が市井に広がっているようです」

「ハルさんは偽物というか最初から聖女様のことについては考えがあったようですね。ジークフリートさんも」

「はい。聖女がユイという名の僕の知り合い。そしてジークフリートさんのパーティーの一員ではないかと疑っていました。それは今では確信に変わっています」

「なるほど。そういうことだったんですね」

「殿下は聖女様がゾーマ神父を救ってくれなかったから恨んでいるのでしょうか?」


 僕は思い切ってそう質問してみた。


「それは・・・」


 僕はゾーマ神父の遺体を聖女様のもとに運ぶよう絶叫していたアリウス殿下を思い出した。


 今思い出しても胸が痛む。


 だが、当然のユイの最上級聖属性魔法でも死者を蘇らせることはできない。それこそできるとしたらメイヴィスの魔法だけだろう。だが、側近らしい鼠色のローブの男、火龍、そして王宮を支配させようとしている謎の人物、この3人(3体)が全て眷属なら空きはないはずだ。鼠色のローブの男に関してはただの部下の可能性もあるが・・・。まあ、そもそもメイヴィスにゾーマ神父を蘇生し眷属にする理由はない。


「あのときは僕も冷静でありませんでした。すでに先生は死んでいました。たとえ聖女様であっても死者を生き返らせることはできない。それは理解しています。聖女様を恨むなんてことはありません。むしろあのときは聖女様に八つ当たりした記憶があって、申し訳ないと思っています」


 アリウス殿下の表情からは嘘を言っているようには見えない。


「そうですか。それと未だに殿下の兄上のドミトリウス殿下がどこに拘束されているか分かりません。イヴァノフ殿下にも聞いてみたのですが、やはり心当たりはないとのことで・・・。殿下はどうでしょうか? 殿下はご兄弟の中ではゾーマ神父のこともあり比較的教会とは近い立場だと思うのですが?」

「シルヴィア副団長にも分からないのですよね。先生を通じて教会に伝手があるとはいっても、先生もあまり教皇やその側近たちと親しかったわけではありません。どちらかというと煙たがられていました。なので申し訳ありませんが僕にも心当たりはありませんね」


 やっぱりアリウス殿下にも分からないか・・・。


 しかし兄であるドミトリウス殿下をそれほど心配してるようには見えない。気のせいだろうか? そういえばイヴァノフ殿下はどうだっただろうか? 


「殿下はドミトリウス殿下がこの国をより開かれたものにしようとしていたこと、それにともなって王宮の権威を高めようとしていたこと、はっきり言えば教会と王宮の力関係測る天秤を今より王宮側へ傾けようとしていたことについて、前に賛成でも反対でもないと仰っておられましたね。今でもその考えに変わりはありませんか?」

「そうですね。やはり兄上の施策には賛成でも反対でもありません。ただ・・・」


 そこでアリウス殿下は言葉を切って少し考えると慎重に言葉を続けた。


「そうですね。今より積極的にギネリア王国以外とも交易などで交流すること。これは普通に考えて悪いことではありません。でもあまり焦ってするのはどうでしょうか?」

「それは」

「以前、先生から言われたことがあるのですが、人はいろいろと比較すると不幸になるということです」


 ゾーマ神父がそんなことを・・・。


「なるほど。知らなければ、この国が他国に比べてどうだとか分かりませんからね」


 人は何かと比べて満足を得る。それは確かだ。平均に比べたら年収も高いとか美人の奥さんをもらえたとかは、すべて他人と比べての話だ。


「別に民に真実を知らせるなというわけではありません。ゆっくりと進める必要があるということです。今のこの国がそれほど不幸だとは僕も思ってませんしね。ただ孤児院のことなどいろいろできるとはあると思っていました。そして何より目の前のできることをやることが大切だ。先生はそう言ってましたね」


 アリウス殿下はゾーマ神父は教皇派とは親しくないと言っていた。むしろ煙たがられていたと。僕の印象もそんな感じだ。しかしそれでもやはりゾーマ神父は教会が権力を握る現状をすべて否定していたわけではないのだろう。そうでなければ大司祭などの地位につくはずもない。権力に固執していたようには見えなかったゾーマ神父のことだ。教会と完全に意見が違うのなら、すでに教会と袂を分かっていただろう。


 だとするとゾーマ神父に私淑していたアリウス殿下も・・・。

 

「失礼を承知で言えば、今のお話では殿下は兄君の施策にはどちらかというと反対だったように聞こえますが」

「うーん、そう聞こえましたか。そういうわけでもないのですけどね。帝国の魔道具やキュロス王国を通じて東側諸国からの交易品が入ってくるようになって民の生活が便利で豊なものになりつつあるとは感じています。なにより王宮の食事でさえ以前よりも種類が増えておいしくなったと感じてますよ」


 アリウス殿下はそう言って少しだけ笑みを浮かべた。正直本心は分からない。


 だがそれより、ユイのことが心配だ。聖女が偽物だという噂を広めているのは教皇派だと思う。これは聖女がユイが切り捨てられる兆候だ。


「最後に聖女様が偽物だという噂のことですが、何かご存じのことはありませんか? 特に噂に対して教会の考えとか」

「すみません。それに対して教会がどう思っているのかは全く分かりません。聖女様とて死者を蘇らせることができないようにできないことはある。いえ、これは決して皮肉ではありません。先生のことは今は納得しています。聖女様が多くの人を治療したことは事実ですし、そのことのほうが重要だと思います。ですから僕自身は噂のことは気にしてませんね」

「そうですか」


 アリウス殿下からこれ以上情報収集するのは無理のようだ。残りのカラゾフィスの兄弟から話を聞くのも今は無理だ。


 聖女が、ユイが切り捨てられようとしている兆候がある。急がなくては。もう時間がない。


 もう行動すべきときだ!

 ユイ必ず助けるよ!

 お待たせしました。いよいよハルが動きます!

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