4-26(冒険者ギルドでの相談再び).
僕とクレアは冒険者ギルドの一室に案内された。その部屋にはジークフリートさんとそのパーティーメンバー、シルヴィアさん、それにギルドマスターのボルガートさんが僕たちを待っていた。僕たちはギルドの使いの人からの呼び出しを受けてここへ駆けつけたのだ。
ついこないだもここで同じメンバーでフィデリウス王殺害事件について話し合ったばかりなのに、また急いで集まることになったのはシルヴィアさんの思い切った行動のせいだ。
なんとシルヴィアさんは大神殿の奥に忍び込んで、教皇と何者かの会話の盗み聞きしたというのだ。ずいぶんと思いきったことをしたものだ。
前回の話し合いのとき、シルヴィアさんは思い詰めた表情をしていた。ユイのことでシルヴィアさんは僕が思っていた以上の責任を感じていたのだろう。真面目な人だ。でも、これ以上危険なことはしないでほしい。
しかし、そのシルヴィアさんの思い切った行動は、僕たちに衝撃的な情報をもたらした。
「そうか王宮を支配すると」
ジークフリートさんが確認する。
「ああ、奴が王になれば魔族が王宮を支配するとか、確かにそう聞こえた」
「そして、その会話の主は」
「一人は教皇様で間違いない。もう一人はおそらく大司祭のベネディクトかと」
「ふむ」
腕を組んで考え込むジークフリートさんも絵になる。この世界でも英雄やら勇者やらは何をやってもイケメンなのがデフォルトらしい。
それにしても王宮を支配するとは・・・。それに魔族の傀儡との言葉も聞いたらしい。
そのままの意味なら、魔族の傀儡が王宮に入り込み王宮を支配するという意味にしかとれない。
「魔族の傀儡が王宮を支配するのなら、聖都が魔物に襲われたとき火龍を投入しなかったのも頷けますね」
「なるほど。ハルが言いたいのは、魔族が王宮を、この国を支配するつもりなら聖都を徹底的に破壊する必要はなかったってことか。なら最初の火龍や魔物の大群の襲撃の目的はなんだったんだ?」
「分かりません。ちょっとした人族への嫌がらせだったのかも。いや、もしかしたらフィデリウス王を聖都の外に誘き出すためだったのかもしれませんね」
「なるほど。案外それが正解なのか」
ジークフリートさんは相変わらず腕を組んで考えている。
「ジーク、これでフィデリウス王殺害とドミトリウス殿下の拘束の件が繋がってきましたね」
エレノアさんの言う通りだ。フィデリウス王とドミトリウス殿下が排除されることで魔族の傀儡・・・おそらくメイヴィスの固有魔法で眷属にされた者だろう・・・が王になって王宮を支配するというわけだ。
だとしたらメイヴィスの眷属にされているのは・・・。
「でもジーク、魔族が王宮に入り込んで、しかも王宮を支配する存在、おそらくは王とすり替わるなんてできるのかしら?」
エレノアさんが形の良い眉をひそめてジークフリートさんに質問する。
「俺は無理だと思う」
「でも、私は確かにそう聞いたんだ」
隣に座っているクレアが僕を見る。
「ハル、何か知っているのか?」
僕とクレアの表情から何かを読み取ったのかジークフリートさんが僕に尋ねた。
「実は、魔族の四天王の中に死者を蘇生して自分の眷属にする魔法を使う者がいると聞いたことがあります」
「使役魔法は人間のような知性あるものを操ることはできない。それに死者を蘇生なんて聞いたことがない」
「ええ、ですから使役魔法ではなくその魔族の固有魔法です。その魔法なら知性あるものを眷属にすることができるんです」
「魔族の四天王か・・・。その情報をどこで得たのかは教えてくれないんだろうな?」
「すみません」
「まあ、いいさ。お前やユイにはいろいろ秘密があるのは分かっている。黒髪だしな。とにかく、王になる存在とすり替わるんじゃなくて、王になる存在自体が眷属にされて操られてるんじゃないかってことだな?」
「そう思います」
「つまり、魔族の眷属となったものが王宮にいる。そしてそいつは次の王だ」
「火龍の事件のときに現れた女魔族。あいつがその魔法を使う四天王じゃないかと」
「その根拠は?」
「そもそも火龍は普通の使役魔法で操れる魔物ではありません。火龍も同じ魔法で眷属になっているんじゃないかと」
僕はエリルに聞いた知識を披露する。
「確かに。史上最高の使役魔法使いと言われたセイメイでも伝説級中位くらいまでの魔物しか使役していませんね」
「エレノアさん、セイメイというのは?」
「1000年以上前の勇者様の仲間の魔術師よ。使役魔法の使い手として有名なの」
「そうですか」
「とにかく、その四天王が使う魔法なら神話級の火龍や知性ある人間も眷属にできる。そういうことか?」
「はい」
全員が今得られた結論を頭の中で整理している。
「それにしても、凄い魔法があったもんだな。まあ、魔族の幹部ってんならそんなこともあるのか」
ボルガートさんは、まいったなという表情だ。
「ちょっと、反則じゃない。神話級の魔物が大挙して押し寄せたら人族なんてあっという間に滅ぼされちゃうんじゃない」
「ライラさん、眷属にできるのは3体までと聞いています。それに眷属にするには、まず倒さなくてはダメなんです」
「そっか、そうだよね」
「まあ、さすがにそのくらいの制限はあるか。3体か3人か知らないが、そのうち1体が火龍だとすると眷属はあと2体か二人ってえことか」
「ボルガートさん、火龍と一緒にいた鼠色のローブの男も眷属って可能性が高いんじゃないでしょうか?」
鼠男は日本人風の名前で呼ばれていた。だとすればあいつも眷属の可能性が高い。
「とすればやはり王宮に送り込まれ支配するのは一人か・・・。一人なら、ますます次の王のような気がしてくるな」
ジークフリートさんが確認する。
「私も一人だと思う。盗み聞きしたときの感じでも複数の眷属が送り込まれているような印象は受けなかった」
シルヴィアさんも僕の意見に賛成のようだ。 後は・・・。
「ジーク、でもそれなら誰が魔族の眷属なのかしら?」
そう、一番の問題はそこだ。それに王を眷属にして操った。どっかでそんな話を聞いたような気もする。
「王宮を支配するってんだから・・・」
「一番は王様だが、フィデリウス王は死んでしまった。そして犯人としてドミトリウス殿下が教皇派に拘束され排除された」
「ジーク、それじゃあ、イヴァノフ第二王子かアリウス第三王子しか・・・」
アリウス第三王子は亡くなったゾーマ神父を通じてジークフリートさんやエレノアさんと親しい。
「例えば、その二人も殺されるなりして排除されたらどうなるんですか?」
「ハル、お前、恐ろしいことを言うな」
「でも相手は魔族ですよ」
「それはそうだが・・・シルヴィア、ボルガート、王子たちの他に王位継承権のある者がいるのか? 3人の王子に子供はいないんだったよな」
「3人の王子は子供がいないどころか結婚もしていない。フィデリウス王は見かけより若く健康で、こんなに早く死ぬとは誰も思っていなかった」
「王位継承権を持っている者なら王子たちの他にもいる。例えば、前の王様の弟の子供たちだ。だが・・・」
シルヴィアさんが考え込んでいる。二人の王子以外の候補者はすぐには思いつかないみたいだ。
「ピンとこないな」とボルガートさんが言った。
「それこそ、目的の存在が王になるまでライバルを殺し続ければ可能かもしれないが・・・」
「おいおい、ハルが伝染ったのか。シルヴィアまで怖いこと言うな」
「ジーク、やっぱり王子のうちどちらかなのかしら?」
エレノアさんの言葉に二人の王子を思い浮かべているのだろうか、ジークフリートさんからの答えはない。
政に興味がない隠遁者のようなイヴァノフ第二王子、ゾーマ神父に心酔していたアリウス第三王子、本当にどちらかがメイヴィスの眷属なのだろうか。
「何言ってんだよエレノア」とライラさんが口をはさむ。「一番怪しいのはジェイコブスだろ。ジェイコブス。フィデリウス王の息子なんだろう」
そうか! ジェイコブス神殿騎士団長がいた!
「おー、ライラめずらしく鋭いこと言うな」
「何がめずらしくだよ。あいつに決まってんだろ、ジーク」
ジェイコブス団長は教皇一派だ。しかも明らかに不審な動きをしており、ドミトリウス殿下を拘束した張本人でもある。
だが・・・ジェイコブス団長はフィデリウス王の後継者になれるのだろうか?
フィデリウス王の庶子だというのはあくまで噂だ。それが限りなく真実に近いとしてもあくまで王子として認められているわけではない。他の王子たちを排除して王になれるものなのだろうか?
いや、教皇がいる。
「言われてみれば、教会の・・・教皇や大司祭たちの後押しがあればジェイコブス団長が王になることもありそうだな」
ジークフリートさんの言葉を頭の中で反芻する。そうか、この国で最高権力を持っているのは教会であり教皇だ。その後押しがあれば・・・。イヴァノフ第二王子もアリウス第三王子も政には興味がない。そのあたりを理由にこの国の最高権力者がジェイコブス団長がカラゾフィスの血を引いていることを認め後押しさえすれば・・・。
そう、カラゾフィスの兄弟でさえあれば・・・。
「ドミトリウス殿下は関係ないのでしょうか? やはりドミトリウス殿下と話がしてみたいですね」
これがミステリーなら一旦除外されたと思われたドミトリウス殿下が実は、なんて展開は・・・うーん無さそうか。でも、やっぱり話はしてみたい。
「ハル、それは俺も同じ考えなんだが、未だにドミトリウス殿下がどこに監禁されているかさえ分からない。そうだなシルヴィア」
「ああ、取り調べはジェイコブス団長とその側近しか関わっていない。今も教皇一派しかドミトリウス殿下には会えない状態だ」
「アイスラー副団長を殺された王宮騎士団も不満を持っている様子だな」
確かにドミトリウス殿下の居場所が鍵を握っていそうな気はする。でも、 僕にはもっと重大な問題がある!
「シルヴィアさん、もう一度確認したいんですけど、教皇は魔族の眷属となっている何者かに隷属の首輪を渡したと、そして聖女は隷属の首輪で魔族の眷属の言いなりになっていると、そう話していたんですよね」
「ああ、私にはそう聞こえた。まさか魔族の傀儡だったとは、みたいなことを言っていた。隷属の首輪を渡したときには魔族の眷属だとは知らなかったのかもしれないな」
なるほど、いくら教皇が民衆に人気があり王宮側の権力を拡大しようとしているドミトリウス殿下に危機感を抱いていたとしても、進んで魔族を引き入れるとは思えない。聖女を、ユイを使って教会の権力をより盤石なものにしようと思いついたときには魔族が関わっているとは知らなかったと考えたほうが納得できる。
とにかくこれでユイが隷属の首輪で聖女に仕立てられていることは確定した。そして魔族の眷属となって王宮を支配しようとしている者と隷属の首輪でユイを操っているのは同一人物だということも分かった。
ユイを操っている者が誰なのか? 候補は絞られてきた。だが、慎重に行動しなければならない。隷属の首輪は恐ろしい魔道具だ。
結局その後は、特にこれといった意見もなく、引き続き情報収集をするということになった。
そのとき僕の頭の中には少しずつ霧が晴れていくように、ある考えが浮かび上ってきた。
もしかして・・・。
シルヴィアの思い切った行動とそれによりもたらされた情報が教皇側とハル側双方の行動を早めることになります。ここまでジリジリした展開が続いて申し訳ありません。でも無駄に引き延ばしているのではなく、どれも必要な話なのでお許し下さい。もうあと少しで一気に加速して大団円に向かいます。




