4-25(教皇サイド).
執務室から場所を移した教皇とベネディクトは、先ほどの何者かの気配について話をしている。
「やはりシルヴィアでしょうか?」
「この場所まで侵入できたということは神殿関係者だろうからシルヴィアかシルヴィア本人でないとしてもその命を受けたものだろう。まあ、あの正義感の強い性格から考えればまず本人だろうがな」
教皇は質問にそう答えると「やはりそろそろ潮時か」と呟いた。
「探し出して、拘束しますか?」
「いや、考えがある。そもそもジークフリートたちも来ている。それに王宮に滞在しているハルとかいう冒険者のこともある」
「聖女が探していた婚約者と同じ名前ですね」
「そうだ。とにかく迂闊に動かないほうがいいだろう」
「そうですね。確かに勝手に動かないほうがいいかもしれません。それにしてもどこから聞いていたのでしょうか?」
「どこからでも関係ない」
「と、仰いますと?」
「そもそも最初に聖女のことを報告してきたのはシルヴィアだ。ジークフリートも来ているし、聖女がユイとかいうジークフリートのパーティーにいた女だということはとっくにバレているだろう。フィデリウス王殺害とドミトリウス拘束の件だって疑われているのは間違いない。ただ、証拠がない。だから忍び込んできた」
「もうすでにバレている話だから問題ないと?」
「いや、問題だからこそ利用しようと思う。シルヴィアを侮ってはならん。忌々しいことだがシルヴィアは教会内でも人望がある。お前も知っての通り、そろそろ聖女には退場してもらう予定でその布石も打っている。こうなったからにはシルヴィアにも退場してもらうとしよう」
教皇は、最初にシルヴィアから聖女に似たユイという女の話を聞いたとき、これは使えるのではと思った。ただ、シルヴィアとは違い最初から本物の聖女だとは思ってはいない。本人は自覚していないが教皇はこの国の誰よりも聖女の存在など信じていない現実主義者だ。シズカイ教を国教としているこの国の人々にとっては信じられない裏切りだろう。だが教皇はそんなことは気にしていない。教皇がたった一つ後悔しているのはシルヴィアから聞いた話をあの男にしたことだ。本来臆病な教皇はそれを後悔している。
教皇からすれば王太子ドミトリウスは目障りだった。この国は長い間、シズカイ教を信仰し教会が最大権力を持つことで他国に比べて争いもなく平和だった。他国とは宗教の違いもあり、あまり交流を持たなかった。それに大陸の西南の端ということもあり国同士の争いに巻き込まれることもなかった。ここは魔族の治めるシデイア大陸のゴアギール地域からも遠い。
それなのにあのドミトリウスときたら・・・。
たしかに他国とあまり交流を持たない代わりに帝国はもちろん近隣のギネリア王国などに比べても豊とはいえなかったかもしれない。だがそこまで貧しかったわけでもない。この国はイデラ大樹海に隣接していることもあり資源をほぼ自給自足できる。どうしても必要なものは唯一交流のあるギネリア王国経由で手に入れることもできる。そう、たいていのことは上手く行っていたのだ。比較するから人は不幸になるのだ。
それを愚かなドミトリウスの奴は・・・。
教皇は民衆に人気のあるドミトリウスから教会に権威を取り戻すための方法を探していた。探してはいたが・・・。
フィデリウス王は多少、享楽的なとこはあったが悪人ではなかった。いや、悪人ではないということならドミトリウスでさえ悪人ではない。世間の評判ほどは切れ者とはいえないだけだ。そのフィデリウス王を殺害しドミトリウスを陥れることになった。火龍や魔物の襲撃で多くの被害が出た。教皇はこんなことをしたかったわけではない。
いや、いまさら私が迷ってはいけない。これから先もこれまでのような平和な神聖シズカイ教国を維持するためには・・・。教皇は自身にそう言い聞かせた。
「教皇様は後悔しているのですか?」
ベネディクトが声を潜めて尋ねる。
「何を言っているのだ、そのようなことがあるはずがないだろう」
そう、今更後悔などしない。いや、しても仕方がない。偽聖女を確保するために使った隷属の首輪に魔法無力化の結界石、どちらも教会の持つ貴重な魔道具であり失われた文明の遺物だ。ここまで関わって後には引けない。それよりこの後、どう始末を付けるかだろう。
そのとき、ドアをノックする音とともに「俺だ」という声が聞こえた。教皇の返事も聞かずに「こっちにいたのか」と言って部屋に入ってきたのはジェイコブス神殿騎士団長だ。教皇とベネディクトはジェイコブスを見て自然と顔が強張った。
「こんな時間にどうしたんだ?」
「イヴァノフのところに行っていた」
「イヴァノフの? 誰にも見られてないのか?」
「ああ、大丈夫だ」
ドミトリウス殿下が失脚すれば順番からすれば次の王はイヴァノフがなるのが普通だ。だが以前からイヴァノフは政治には興味がないと噂されている。
「それでどうだったのだ?」
「イヴァノフのために玉座を用意したと言ってやった。今頃、良心の呵責とドミトリウスを超えたいという欲望の板挟みで苦しんでいるだろう」
「お前そんなことを・・・」
臆病な教皇はジェイコブスの大胆な行動にそう言った。
「心配するな。あいつには何もできん。それより自分のために玉座を用意したと言われたときのイヴァノフの表情は見ものだったぞ」
「イヴァノフも本当は政に興味があったということか? だから・・・」
「さあな。ただ、あいつが自分のことをドミトリウスより優秀だと思っていることは間違いない。ただドミトリウスほど一般受けしない。なかなか性格は変えられないからな。そして評価されないことを気にしている。アリウスも人気だけはあるしな。兄弟の中で一番世間には興味がない振りをしているが、実はあいつが世間の評価を一番気にしているのさ。俺には手に取るように分かる。兄弟の中で俺に最も似ているのはあいつだ。俺は割とあいつが好きなんだ」
そんなことがあるはずがない。教皇は知っている。
ジェイコブスがドミトリウスを筆頭とする兄弟3人全員を嫌っていることを、彼らの不幸こそジェイコブスの望むことであることを、そして本当の父親殺しが誰なのかを。
それに誰が次の王になるのかはすでに決まっている。生まれた順番も母親が誰かも関係ない。カラゾフィスの血を引いてさえいればいい。
カラゾフィスの兄弟でさえあれば・・・。
それさえ満たしていれば、あとは教皇が決めることに逆らうことは誰にもできない。教皇はこの国での自分の権威を十分に理解している。ただ実際には、教皇は指示通り行動するだけなのだが・・・。
「そんなよけいなことをして大丈夫なのか? メイ・・・」
「俺のことは関係ない!」
ジェイコブスは教皇の言葉を遮ると「どっちにしてもここまで来たら、お前たちも、もう後戻りはできないぞ」と言った。
教皇は怒りのこもった目でジェイコブスを睨む。こいつは大儀のために動いているわけではない。父や兄弟たちが不幸になりこの国が混乱するのを喜んでいるだけだ。
そして・・・。
「それより相談したいことがある」
「相談?」
「シルヴィアのことだ。シルヴィアに話を盗み聞きされた。だが、考えがある。この機会に聖女もろともシルヴィアも排除する」
「聖女もろともか、教皇の発言とは思えんな」
「どうせ偽物だ。それに最初からその予定なのはお前も知っているだろう」
教皇は最初から偽聖女計画が長続きするとは思っていなかった。シルヴィアのことはともかく聖女のことは予定通りなのだ。
「まあ、いい。話してみろ」
教皇はその計画を話し始めた。
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