4-23(冒険者ギルドでの相談).
僕とクレアは冒険者ギルドのいつもの部屋でジークフリートさんたちやボルガートさんとテーブルを囲んでいる。シルヴィアさんもいる。というか神殿騎士団の副団長であるシルヴィアさんの都合に合わせてこの会合は開かれている。
この会合はもちろんフィデリウス王暗殺とドミトリウス第一王子の拘束を受けてのものだ。
シルヴィアさんによると、シルヴィアさんはフィデリウス王暗殺の捜査にも、それに伴うドミトリウス殿下の拘束についても関わっていないらしい。聖女顕現以降、シルヴィアさんは教皇一派から露骨に距離を置かれている。真面目で正義感の強いシルヴィアさんを遠ざけることが教皇一派の後ろ暗さを証明しているとしか思えない。
僕はこれまでのことを振り返ってみる。
フィデリウス王は再び聖都に魔物や魔族による襲撃がある可能性に気付いて、視察と称して聖都を脱出した。行き先はドミトリウスの母であった亡き王妃の実家が治める地域である。聖都を挟んでイデラ大樹海とは反対側であり魔物などの被害も少ない地域である。
しかし、視察場所であるその地域の領都に到着する寸前、何者かに襲われて命を落とした。当初は魔物の仕業かとも思われた。聖都が1000匹を超える魔物に襲われたばかりでもあり、それは有力視されていた。しかし現場には王宮騎士団副団長のアイスラーさんをはじめ護衛騎士たちの死体が散乱していたが、その多くは剣で斬られていた。魔法で殺害されたものもいた。魔物というより人間の剣士や魔導士に殺害されたとしか思えなかった。
そしてドミトリウス殿下の拘束だ。
殺されたフィデリウス王は、この国をもっと開かれたものにし、さらには王宮の権威を高めようとするドミトリウス殿下の施策に待ったをかけようとしていたと言うのだ。しかも、それは跡継ぎの変更も辞さないものだったと。フィデリウス王は教会と王宮の緊張感がこれ以上高まることに反対だったと言うのである。
それを知ったドミトリウス殿下が焦って・・・これが動機だと・・・。
「ええ、私はそのことについて王と率直な意見交換をしていました」と証言したのは、なんと教皇その人である。
「王は今の安定したこの国のありようが長く続くことが、長い目で見て最も良いことだとお考えになられていたのです」
そう証言する教皇の言葉を誰も否定できない。たとえ証拠がなくてもだ。未だに教皇はこの国の最高権力者だ。
「全然納得できないな」
ジークフリートさんの言葉に僕は我に返った。
師匠と慕っていたゾーマ神父が亡くなってジークフリートさんは少しやつれたように見える。
ゾーマ神父の葬儀はゾーマ神父自身の希望通り大司祭の葬儀としては極めて質素なものだった。だが教会や王宮からの大物以外にも多くの人が参列した。僕の印象に残ったのは目の前にいるジークフリートさんとアリウス殿下そして孤児院の子どもたちの姿だった。子どもたちの不安そうな様子を目にしたクレアの目も赤かった。
孤児院はジークフリートさんが支援すると言っていた。とりあえず元の教会は直ぐには使えないので、城壁内の別場所に臨時の孤児院を設けたと言っていた。これからも英雄ジークフリートが支援するのなら心配はないだろう。
「ジークフリートさん、ゾーマ神父様のことはすみませんでした」
「もう何回も言ったが、あれはハルのせいではない」
「でも・・・」
ジークフリートさんが僕の言葉を手で制する。
僕はジークフリートさんの顔を見る。
いくら言葉を重ねようともゾーマ神父は戻ってこない。それにゾーマ神父を守れなかったことで僕が自分を責めることも何か違うような気がしてきた。ゾーマ神父は年老いていたがジークフリートさんの師匠であり多くの人たちや子どもたちにも慕われる大司祭だった。
そうゾーマ神父は僕なんかに比べてもずっと立派な大人であり、その人生はゾーマ神父のものだ。だとしたらゾーマ神父が子供を守って亡くなったのなら、悲しいことだがそれがゾーマ神父の決断であり意思だったのだ。
「分かりました」
「分かればいいんだ」
なら今回のことに話しを戻そう。
「ジークフリートさん、国王の視察なら多くの護衛もいたと思うのですが・・・」
「なんでも、ヴェルレイガ公爵領に到着する前に魔物に襲われて護衛の数はかなり減っていたらしい」
「国王の一行が魔物に?」
「ああ、あの辺はイデラ大樹海や西方山脈からも離れているから、魔物の被害は少ない場所なんだが・・・。キングオーガに率いられたオーガの群れがでたらしい」
フィデリウス王の視察の本当の目的は聖都からの避難であり多くの護衛も付いていた。視察に選ばれたのも魔物の少ない安全な地域だった。
なのに結局魔物の襲撃を受けるとは・・・。
それにしてもキングオーガに率いられたオーガの群れか。
人の住む場所の近くにはめったに現れないキングオーガに率いられたオーガの群れが、本来安全とされてる場所に現れた。
どこかで聞いたような話だ。
「ハル様、キングオーガと言えば・・・」
「ああ、あのときと同じだよね」
キュロス王国でも主要な街道近くであるにもかかわらずキングオーガに率いられたオーガの群れが現れた。
「まあ、最初はドミトリウス殿下もいるし、しばらくはごたごたするんだろけど、すぐに落ちくだろうと思ってたんだがな」とボルガートさんが言った。
僕もボルガートさんと同じように考えていた。フィデリウス王が殺されたとの話には驚いたが、この国にはドミトリウス殿下がいる。ドミトリウス殿下は次期王としてすで国政にも深く関与していた。ドミトリウス殿下は、民を含めた多くの人たちから、有能な次代の王と看做されていたのだ。
そのドミトリウス殿下が犯人として拘束されるとは予想外だった。
「フィデリウス王を襲った者たちは西の森の隠れているところをあっさり捕まったようだ」
「俺もそう聞いた」
シルヴィアさんとジークフリートさんがお互いの情報を確認する。僕が王宮で聞いたのと同じだ。
「しかもドミトリウス殿下に命令されたと白状したようなのだ」
「それを取り調べたのは誰ですか?」と僕は質問する
「ジェイコブス団長たち神殿騎士団だな」
予想通りの答えだ。
「フィデリウス王が殺害されて、まだ一週間です。ジェイコブス団長の手際が鮮やかすぎますね」
シルヴィアさんは僕の言葉に頷くと、「王が襲われたヴェルレイガ公爵領は、陛下がドミトリウス殿下の助言で魔族の襲撃を避けるため訪れていたドミトリウス殿下の生母の実家がある場所だ」と続けた。
「何もかもでき過ぎのような気はしますよね」
暗殺はドミトリウス殿下の仕業だと実行犯たちが自白したというのだ。この世界では自白は有力な証拠とされている。しかし今回の場合は素直に信じることはできない。これまでの情報では尋問を行ったのは神殿騎士団であり、尋問の場には教会側、いや教皇派の人間しかいなかったからである。
「フィデリウス王の死亡の状況からして魔物ではなく剣で暗殺されたのは間違いないようなのだ」
魔族が裏で暗躍していて、その目的が単にこの国を混乱させるためならキングオーガたち魔物に王も殺させれば良かったはず。でも魔物は護衛騎士を減らしただけだ。
これはどいうことだろう。まるで誰かを陥れるためわざわざ人の手で殺害したようだ。
「発言してもよろしいでしょうか?」
「クレアだったか。もちろんだ」
「私とハル様は王宮に滞在しているのですが、ハル様と私は王宮騎士団の訓練を見学する機会がありました」
クレアは最初に訓練を見学した後も何度か王宮騎士団の訓練に参加していた。団員たちとも親しくなっていた。クレアは決して愛想のいいほうではないが剣の腕は一流だ。訓練に参加してその剣の腕で一目置かれるようになったのはある意味当然だ。特にクレアは殺されたアイスラー副団長と親しかった。アイスラーさんが殺されことを知ったときのクレアは悲しむと同時に静かに怒っていた。
「私が言うの失礼かもしれませんが、今回の件で亡くなった王宮騎士団のアイスラー副団長はかなりの腕前の剣士でした」
クレアの口調にはアイスラー副団長へ敬意が感じられる。
「あいつのことは俺もよく知っている。冒険者と騎士はあんまり仲良くはないんだが、あいつはなかなか気持ちのいいやつだったしクレアの言う通り腕も確かだった」
ボルガートさんもアイスラーさんのことは知っていたようだ。
「そのアイスラー副団長が剣できれいに倒されていたと聞きました。それは間違いなのでしょうか?」
「まあ、そういう話だな」
「俺もそう聞いた」
ボルガートさんとジークフリートさんが肯定する。
「この国にアイスラー副団長を剣で、しかも鮮やかに倒せるような人が何人いるのでしょうか?」
「うーん。ジェイコブス神殿騎士団長かシルヴィアってことになるの・・・か?」とボルガートさんが答える。
「ボルガート、さすがにシルヴィアは違うだろ」
「私ではないぞ。証明してくれる部下もいる」
「いや、シルヴィア本気で言ったわけじゃないから」
「分かっている。それと最近のジェイコブス団長の行動は、私も把握できていないな」
「副団長が団長の行動を把握してなくていいのか」
「よくはないが・・・」
なるほど、クレアの指摘はするどい。
クレアが剣に関して言うことは信頼できる。ドミトリウス殿下に近い騎士などが犯人だったとしたらアイスラー副団長に簡単に勝てるとは思えない。実行犯として捕まった者たちがアイスラー副団長を剣で鮮やかに殺害することは無理だってことだ。そもそも本当に実行犯が捕まっているのかすら怪しい。
「今のところジェイコブス団長の可能性が高いってことかな。それとも、この国の人間でない手練れを雇ったのかもしれないが」
僕はジークフリートさんの言葉にメイヴィスと一緒にいた鼠色のローブの男、鼠男のことを思い出した。
「シルヴィアさんやジェイコブス団長以外でアイスラー副団長を剣で倒せそうな人なら、他にも何人かいますね」
「ハルそれは」
「まずジークフリートさんとクレアです」
「いやいや、ハルお前」
「もちろん僕も二人を疑っている訳ではありません。大体クレアは僕と一緒に行動してますから、犯行には加われません」
「あら、それならジークも違うって私が証明できるわ」
「そして最後の一人はあの魔族の男。鼠色のローブを着ていた男です」
「確かクレアとシルヴィアの二人を相手に互角にやりあっていたとか」
「ええ」
この件に魔族が、メイヴィスが関わっているのだろうか?
「ただ・・・いくら教皇がドミトリウス殿下の存在に危機感を持っていて、教会の権威を維持したいと考えているからと言って、千年単位で人と争ってきた魔族と手を組むなんてことがあるでしょうか?」
僕は疑問を口にした。
「教会に所属する者として私もそれは疑問に思っている。だが、フィデリウス王の護衛が、魔物の襲撃によってあらかじめ手薄になっていたことも考えると・・・」
「魔物を操るのが得意な魔族が協力しているとすれば辻褄が合いますもんね」
「ジーク、やっぱり魔族が関わってるってことか」
「ボルガート、たとえそうだとしても証拠がない。この国からみれば部外者の俺たちに今できることは思いつかない」と言ってジークフリートさんは僕の方を見る。
「ですね。でも・・・」
「ユイさんのことが心配なのね」
「はい」
フィデリウス王は暗殺されドミトリウス殿下が犯人だとされている。ドミトリウス殿下は神殿騎士団によってどこかに監禁されている状態だ。
「ドミトリウス殿下はどこにいるのでしょうか」
なんとなくだが、ドミトリウス殿下の監禁場所がとても重要な気がする。その場所が分かれば・・・。
「それが全く分からないんだ」
「シルヴィアさんでもですか」
「すまない。聖女様が現れて以降、私は教皇一派から遠ざけられている。もちろん、できるだけ探っては見る」
「ギルトとしても情報収集はしてみるよ。まあ、正直難しそうだがな」
「俺ももちろん情報収集してみる」
ジークフリートさんは、この世界の英雄だ。どの国でも王族と同じ待遇を受けられることになっている存在だ。独自の情報網だってあるだろう。今回の件でもすでに僕たちより多くのことを知っていた。
なんとかドミトリウス殿下の居場所が分かり話が聞ければいいのだが。
まさかこのまま何の弁明もせず、ドミトリウス殿下が犯人として処刑されるとかあり得るのか?
この国の最高権力者である教皇ならできるのか・・・。
ユイが聖女に仕立てられから、火龍の襲来、聖都への大量の魔物襲来、そしてフィデリウス王殺害とドミトリウス殿下の拘束と立て続けに大事件が起こっている。
これが偶然のはずはない。
僕としては最も大事なのはユイのことだ。でも隷属の首輪が厄介だ。迂闊なことはできない。
「話は変わるが、聖女様はやっぱりユイで間違いないのだな」
「間違いないです。遠目ですけど、いくらフードを被っていても僕には分かります。立ち姿、仕草や歩き方、あれは間違いなくユイです」
「そうか。だとすれば・・・やっぱり私の責任だな」
「それは違います。シルヴィアさんの立場ならギネリア王国遠征であったことを教皇に報告するのは当然です。それは僕も理解しています」
「そう言ってくれるのはありがたいが・・・」そう言ってシルヴィアさんは腕を組んで黙ってしまった。
しばらく考え込んだシルヴィアさんは、ちょっと覚悟を決めたように話した。
「私がもう少し動いてみよう。これでも神殿騎士団には私を慕ってくれる者も結構いるんだ」
そのとき僕は、シルヴィアさんがあんな思い切った行動に出るとは予想していなかった。そしてそれは、その後の事態を大きく動かすことになる。




