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4-22(ジェイコブスとイヴァノフ).

「ドミトリウスは王殺害の主犯として拘束されました。どうやら次の王はあなたになりそうですよ。望み通りにね」


 突然、王宮のイヴァノフ第二王子の部屋に現れたのは、神殿騎士団の団長ジェイコブスである。ジェイコブスはイヴァノフの弟だ。ジェイコブスは神殿騎士団長という地位とそのニヒルな容貌から年上に見られがちだが実際にはイヴァノフより若い。

 ジェイコブスの母はイヴァノフの父であるフィデリウス王に仕えていた侍女で王のお手付きになったのだ。侍女とはいえ、それなりの貴族家の出だったジェイコブスの母はジェイコブスを身ごもったまま今の夫の元に嫁いだ。すべては父フィデリウス王の手筈どおりだ。


「望み通りだと。俺がそんなものに興味がないことはお前だって知っているだろう。兄上が父上を殺害するはずがない。それに兄上が都合が悪いならアリウスを担ぎ上げればいいだろう。慈悲深い王になって民衆も喜ぶだろうさ」

「ドミトリウス以上に無能なアリウスに任せていいのですか? あなたは王の座に興味がない・・・本当にそうなんですか? イヴァノフ殿下、あなたは優秀です。とても頭が良い。そう、性格だって悪くありません」

「ジェイコブス、何が言いたい」

「俺にはよく分かります。あなた方の兄弟だと正式に認められてすらいない俺にはね、イヴァノフ兄上。俺も含むカルゾフィスの兄弟の中で亡くなった王妃の子はドミトリウスだけ。おまけにドミトリウスは長子。誰も口を挟む余地はなく次の王はドミトリウスに決まっていた。明るい性格で開かれた国を作るのに熱心。王太子としてやる気もあり申し分のない容姿で民からの人気も高い。実際、ドミトリウスのおかげで王家の権威は上がり国のありようも変わろうとしていた。それは教皇が危機感を抱くほどだ。まあ、そこは俺にはどうでもいいんですけどね」


 そこまで一気に喋ったジェイコブスは、本当にどうでもいいとでも言うようにイヴァノフを見た。


「どうでもいいだと。お前が兄上を父上殺害の犯人に仕立てようとしてるんだろう。兄上の存在が、今や教会勢力の中核であるお前には都合が悪かったんじゃないのか? 本当は・・・」

「俺が殺したとでも? そうかもしれませんねえ。証拠はありませんけどね。でも、そうだとしても、それはあなたのためですよ。兄上」


 なぜかとてもイライラする。こんな奴の言うことなんか無視すればいいのにとイヴァノフは思う。


「さっきから何を言っているんだお前は。俺は政治になんかに興味はない。お前も知っているだろう」

「本当にそうですか? 確かにドミトリウスはバカではない。いや周りの者たちが言うように優秀なのでしょう。でも、俺やあなたに比べればどうでしょうか? さっきも言ったようにすでに教皇は危機感を抱いていた。教会の教えだって悪いことばかりじゃない。この国は隣国のギネリウス王国以外には門戸を開いていなかった。その代わり他国との争いも少なかった。物事はそう単純ではないんですよ。教皇は今の体制を大きく変えようとさえしなければマツリゴトは王家に任せていた。この国をより豊かにしようとするのは悪いことではないんでしょう。しかし、今の体制もね、そう悪いものではなかったはずですよ。俺も見たことはありませんが帝国などと比べれば、この国は貧しいのかもしれません。ですが、そんなことは比較しなければ分からないことなんですよ。比較すると不幸になります。俺やあなたのようにね」


 比較しなければ・・・その言葉がなぜかイヴァノフをますますイライラさせた。


「どういう意味だ」


 イヴァノフの声が前より大きくなっていることに、イヴァノフ自身は気がついていない。


「同じ兄弟なのに俺は兄弟とすら認められていない。あなたは兄弟として認められているが。ドミトリウスがいる限り決して王にはなれない。あなたのほうがずっと優秀なのにね。でも、そんな比較さえしなければ俺もあなたも、恵まれた地位を得て、幸せなはずなんですがねー」

「それが分かっているなら、今の地位で満足しておけばいいだろう。ジェイコブス! 俺は今のままで十分満足している。さっきも言ったように王になる気はない」

「いえいえ、あなたは王になります。一見優秀そうに見えて、俺やあなたには、はるかに劣るドミトリウスにこの国を任せるわけにはいかないのは、あなたもよく分かっているはず。ドミトリウスが本当に優秀ならば、この国は今のような状態にはなっていなかった。体制を大きく変えるなど、何代もかけてゆっくりやればいい。だって、今のままでも、さほど悪い国でもなかったんですからね。あなたには分かっていたはずですよ。そう言えば子供のころ、あなたは、神の存在は信じているが信用していないと俺に話してくれたことがありました。あの言葉を聞いてね。それ以来この人しかいないと思ってました。次の王はこの人しかいないってね」

「ふん、そんなものは、単なる戯言だ」

「いえ、王たるものそうでなくてはいけません。建前と本音、聖と濁、すべてを理解した上で国を導かなければ・・・。それが民のためです」

「お前が民のことを考えているとは思えないが」

「俺は、これでも神殿騎士団の団長なんですけどねー。でもイヴァノフ兄上の言う通りです。正直なところそんなことはどうでもいい。俺は小さいころから、比較ばかりしてきましたんでね。あなたがた三兄弟と自分とを比較ばかりしていました。今回の件でドミトリウスが失脚すれば、比較すると俺は少しだけ幸福になると言うわけです。そう考えると、比較するのも悪いことばかりじゃありませんね。もう証拠も固まって、ドミトリウスの有罪は動きませんよ」

「証拠だと。お前たちが捏造したものだろう。だいたい兄上に父上を殺害する動機がないだろう。何もしなくても次の王は兄上に決まっていたんだからな。お前もさっきそう言っただろう」


 そう、ドミトリウスには動機がない。それはイヴァノフだけでなく多くの者が思っていることだ。


「教皇は、ドミトリウスのやり方に危機感を抱き、すでにフィデリウス王と話し合いを持っていたんですよ。まあ。話し合いというより警告ですけどね。フィデリウス王にはドミトリウスのほかにも子供はいるのですから。俺もその一人ですけどね」

「教皇が兄上に危機感を持ち父上に警告だか相談だかをしていたとすれば、俺やアリウスにも話があったはずだ。兄上を後継ぎとしないのなら俺やアリウスに相談しないはずがない」

「あなたがなんと言おうと、教皇がそう言っているのです。教皇がドミトリウスのことでフィデリウス王に警告しフィデリウス王もそのことについていろいろ考えていた。すると、すぐにフィデリウス王は殺害された」


 多少無理はあるが、この国の最高権力者の教皇がそう証言すれば・・・。意外と上手くのかとイヴァノフは納得した。


「なるほど。それがお前たちの筋書きなのか」 

「筋書ではなく事実なのです」

「頭の良いあなたなら分かっているはずだ。清濁併せ飲むことができるあなたのほうがドミトリウスより王にふさわしい。三兄弟、いや四兄弟の中で一番優秀なあなたがね。俺は正直、王もあなた方兄弟も嫌いです。でもね、その中ではあなたに一番親近感を持っていました。あなたのために玉座を用意して上げたんですよ。あなたが心の奥に持っていた望みを俺が実現したんです。あなたに代わってね」

「ジェイコブスお前・・・俺が今聞いたことを喋ったらどうするんだ」

「誰に喋るんですか? フィデリウス王はいないしドミトリウスは父王殺害の容疑者として軟禁されています。アリウスですか? あれに相談しても無駄でしょう。これで、フィデリウス王は死に、ドミトリウスは失脚、これで比較すると俺はほんの少しだけ幸福になれた。次はアリウスを不幸にする方法を考えないといけませんねー。いや、ゾーマが死んだから、それも実現したのか・・・。そして、比較すれば俺はまた少し幸福になったというわけです。あー心配しなくても、あなたのことは比較的気に入ってますので、どうか良い王になってください。俺も含めたこの国の人々のためにね」

「兄上はどこに軟禁されているんだ?」

「さあ、でも物知りなあなたなら分かるのでは」

「それはどういう・・・」


 どうか良い王になってくれ、その言葉を最後にジェイコブスは部屋を出て行った。


 勝手な奴だ・・・。


 ジェイコブスの言う通り、幼いころからイヴァノフは学問に逃げてきた。実際、学問は嫌いではないし、失われた文明や魔族、魔法などには特に興味を持っていろいろ調べてきた。だが・・・。


 比較すると不幸になるか・・・。


 神は信用できないし、そもそも教会だって本当に神が居たらむしろ困るじゃないかと皮肉な考えを持っていながら教会の必要性を認め神の存在自体は信じている。そんなイヴァノフにとって、さっきのジェイコブスとの会話にはいろいろ思うところもあった。

 だがジェイコブスがあんなことを考えていたとは、確かにジェイコブスを少し見くびっていたようだ。ジェイコブスはイヴァノフのために玉座を用意したと言った。

 

 イヴァノフは考える。


 俺のせいで父上は死に、兄上は軟禁されたのか?

 いや俺は何も頼んでいない・・・しかし・・・。

 何か俺にできることはあるのか・・・。


 そう考えたとき、イヴァノフの頭に、なぜかハルと言う名の冒険者の顔が浮かんだ。聖女に興味を持ち、イヴァノフと宗教談義を交わした変わった冒険者だ。  

 蛇足かもしれませんが、この話はロシアの文豪の名作を意識しています。

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