4-20.
ワイバーンは上級でも上位に分類される魔物だ。伝説級に近いってことだ。しかもワイバーンは空を飛べるのでなかなか厄介だ。ワイバーンとは何度か戦った。最後に戦ったときにはタイラ村の戦士たちが一緒だった。
どうやら魔物たちはワイバーンに追われるようにして聖都までやってきたようだ。ワイバーンたちは使役されているのかもしれない。上級魔物を10匹以上も使役できるのは相当上位の魔族だけだろう。
「あのワイバーンたちがメイヴィスに使役されてこの事態が起こったのかな」
「魔物の数が多過ぎますので、やはり最初は火龍も使ったのではないでしょうか」
クレアの言う通りだ。この数をワイバーン10匹くらいで動かすのは難しそうだ。やはり火龍も利用されているはずだ。でも、それならどうして今回は火龍を聖都まで連れてきていないのか?
あー、僕の悪い癖だ。考えるより目の前の魔物を何とかしないと。
とりあえずはワイバーンだ。上級の魔物ともなれば一般的な騎士の実力では十数人で囲んで戦いたいとこだが、この状況では・・・。
「ハル、クレアお前たちでワイバーンの半分頼む。火龍と比べれば楽勝だろう」
声をかけてきたのはジークフリートさんだ。ジークフリートさんもワイバーンが厄介だと考えたのだろう。
「いや半分って、僕たちは二人ですよ。2匹でお願いします」
「火龍を討伐したのに何を言ってるんだ。まあ2匹でも3匹でもいいから頼む」
「引き受けました。それと火龍は討伐できてませんから」
僕とクレアはジークフリートさんたちと距離を取って一匹のワイバーンに向かう。
「黒炎弾!」
僕は、次々と黒炎弾を放つ。連発しているので威力はそれほどでもない。仕留めることが目的ではなくクレアを襲っているワイバーンを牽制し、できれば飛行能力を奪うためだ。タイラ村のタゲガロさんたちと一緒に戦ったときの経験が役立っている。前にも言ったけど、僕は学習するタイプだ。それにしても今考えてもタイラ村の戦士たちは強かった。
まるで銃を使っているかのように黒い弾丸が次々にワイバーンを襲う。
そうこうしているうちに、黒炎弾を羽に受けたワイバーンの鋭い爪が、上空から僕に迫ってきた。
僕の背後から黒い影が高くジャンプする。
クレアだ!
高い身体能力に加えて、風属性魔法を補助に使うクレアの得意技だ。剣士と風属性魔法は黄金の組み合わせと呼ばれていてヤスヒコも似たようなことをしていた。
ズサッ!
「グエェェー!!」
クレアに羽を切り裂かれたワイバーンが奇妙な叫び声を上げながら地面に降りてきた。いや、墜落してきたというべきか。だがまだ油断はできない。ドラゴンを程ではないが、ワイバーンも巨大であり、嘴や爪、尻尾などを使っての攻撃は強力だ。
ワイバーンが小さくジャンプして鋭い爪で襲い掛かってきた。僕とクレアは左右に転がるようにしてそれを避ける。
「黒炎弾!」
僕はすぐに起き上がると黒炎弾を放つ。ワイバーンは怒りの形相で一声鳴くと、僕の方へ再び飛び掛かろうとする。
ズサッ!
「グギャァァァァー!!」
ワイバーンが僕の方へ注意を向けた瞬間、クレアの大剣がワイバーンの首に大きな傷をつけた。僕とクレアの連携は完璧だ。だが、まだ倒すまでには至らない。
上級の魔物は耐久力が高い。
とは言え、しばらく同じような攻防が続いた後、ついにクレア渾身の一撃がワイバーンの脳天を叩くように斬り裂くと、ワイバーンは最後の嘶きとともに絶命した。
近くにいた騎士団の人たちが僕とクレアを感心したように見ているの気がついた。あの二人は何者なんだとか、言っている声が聞こえてくる。上級の魔物を二人で討伐したのだから当然の反応かもしれない。
「さすがだな、ハル、クレア」
「あ、シルヴィアさん」
少し離れたところから、声をかけてきたのはシルヴィアさんだ。戦場でもよく通る声だ。シルヴィアさんの足元にもワイバーンの死体が転がっている。シルヴィアさんも神殿騎士団の人を何人か率いてワイバーンを一頭討伐したところみたいだ。
「クレアのおかげで、なんとか一頭倒せました」
「いえ、ハル様が注意を引き付けてくれたおかげです」
「フフッ、相変わらず仲がいいな」
近づいて来たシルヴィアさんと会話していると、あー、あれが副団長と火龍を撃退した冒険者か、などの声が聞こえてきた。
「まだワイバーンはたくさんいる。油断せずに戦おう」
「はい」
再び離れていったシルヴィアさんを見送って、ジークフリートさんたちの方を見る。
ジークフリートさんたちはすでに2匹目と戦っている様子だ。さすがだ。
エレノアさんが魔法攻撃で注意を引きエレノアさんへの攻撃はエルガイアさんが防御している。エルガイアさんは、ワイバーンの飛び掛かり攻撃を盾で受け止めても、地面に跡をつけて少し下がったくらいで耐えている。
あんな巨大なワイバーンの攻撃を盾で受け止めるって・・・。
エルガイアさんは人としては大柄でいかにも力がありそうではあるけど、それにしても・・・。
確か、エルガイアさんとエレノアさんがS級で、ライラさんがA級だったはずだ。
エルガイアさんが受け止めたところを今度はジークフリートさんとライラさんが攻撃している。
よし僕たちも次にかかるか。
「ハル様、あれを」
クレアの声に上空をみると、2匹のワイバーンが南門を迂回して聖都内に侵入しようとしている。
あれは、西の外街の方角だ。
まずい!
ゾーマ神父の住んでいる教会の近くだ。孤児院だってある。ゾーマ神父はジークフリートさんの師匠で元冒険者だがさすがにもう年だし、かなり痩せていた。ちょっと心配だ。
「ハル、悪いがあいつらを追ってくれないか?」
僕と同じことを考えたのか、すでに2匹目のワイバーンを葬ったジークフリードさんがそう声をかけてきた。師匠が心配なのだろう。ジークフリートさんが行けばいいのだろうが、まだワイバーンがかなりの数残っている。現状はジークフリートさんのパーティーが冒険者たちの先頭になって魔物と戦っている状況だ。これは確かにちょっと抜けずらい感じではある。
「分かりました。クレア行こう!」
「はい」
ジークフリートさんの立場を理解した僕はすぐにそう返事をすると急いで戦線から離脱した。一旦南門から城壁内に入って西門の方へ向う。城壁内のほうが道が整備されている。
「やはりワイバーンは西の外街の方へ向かっているみたいですね」
「うん」
「子供たちが心配です」
「うん、急ごう」
クレアは子供たちにかなり懐かれていた。
「魔物たちが西門に近づいているぞ」、「外街には相当被害が出てるらしい」すれ違う人たちからそんな声が聞こえてきた。
魔物たち!
どうやら西門の方からも時間差で魔物が襲って来ていたようだ。それで南門の騎士たちの数がなかなか増えなかったのか。これにワイバーンが加わったら・・・。
「こ、これは・・・」
西の外街にはすでにかなりの被害が出ている。
僕たちは西門を抜けると門の外に広がる街の中を走る。周りに壊された建物や怪我人が増えてきた。
これはまずい!
「クレア!」
「はい」
突然現れたホーンウルフをクレアが一刀両断する。
そのあとも、次々現れる魔物たちを倒しながら教会の方へ進む。子供たちとゾーマ神父が心配だ。
「クッ」
魔物の数が多い。
しまった! ブラッディベアの攻撃に手を痛めてしまった。
魔物を相手にしている騎士たちの姿も見える。そしてその数はだんだん増えてきている。
「ハル様!」
「大丈夫だ。クレア。それより急ごう!」
僕たちが、やっと教会まで辿り着いたときには、すでに教会は魔物に襲われていた。辺りには数人の冒険者が倒れており、明らかに事切れている人もいた。僕は思わず目を背ける。
孤児院の方に向かうと背後にいる子供たちを庇うように数人の冒険者が魔物と対峙している。そしてその先頭にいるのは、ゾーマ神父だ。でも・・・その姿は血だらけで片腕もない状態だ。ついている方の腕に剣を持っている。冒険者時代に使っていたものだろうか。よく見れば他の冒険者たちもボロボロの状態だ。
たくさんの魔物たちの死骸が散乱している。これだけの魔物を倒したのか・・・。
そのとき、上空からワイバーンが急降下してきた。
ゾーマ神父が子供たちを守るように立ちはだかる。
「ゾーマ神父様!」
「黒炎盾!」
バリン!
即席の黒炎盾はワイバーンの攻撃を完全には防げず、子供たちを守るようにワイバーンに立ちはだかったゾーマー神父はワイバーンに体当たりされて地面をごろごろと転がった。僕はゾーマ神父を助けようと近づく。
だけど、その前に・・・。
ズサッ!
僕より先にワイバーンが・・・。
転がったゾーマ神父の胸を押しつぶすようにワイバーンの鋭い爪が突き刺った。
「神父様ー!」
「ゾーマ神父殿!」
「ああー!」
ま、間に合わなかった・・・。
僕は、ジークフリートさんの師匠を守ることができなかった。僕は思わず膝から崩れ落ちてしまった。
「ハル様」
ワイバーンに斬り掛かっているクレアの声に我にかえる。
そうだ、子供たちを守らないと。ゾーマ神父が命を懸けて守った子供たちを・・・。
それからのことはよく覚えていない。僕とクレア、そしてゾーマ神父を尊敬していたのであろう冒険者の人たち、みんなで夢中で魔物と戦った。
気がつけば戦っている者の中には冒険者だけではなく騎士の姿も見えた。誰かがゾーマ神父を呼ぶ叫び声のようなものが聞こえたような気もした。
僕は2頭のワイバーンに黒炎弾を打ちまくった。
とにかく子供たちを守ろうと無我夢中で戦った。
いつしか魔物の数は減りついには辺りに魔物の姿はなくなった。巨大な2頭のワイバーンの死体が見える。
子供たちが泣いている声が聞こえる。
「ハル様、ハル様」
クレアの声が聞こえる。だいぶ前から僕に声をかけてくれてたみたいだ。
あー、僕はダメだ。なんか連携もくそもなく、夢中で戦っていたみたいだ。いつの間に抜いたのか手には血まみれの黒龍剣を持っている。
「ハル様、アリウス殿下が」
見るとそこにはゾーマ神父の死体を前に呆然と佇むアリウス殿下の姿があった。クレアに尋ねると、戦いの途中で騎士数人を連れたアリウス殿下が現れたらしい。私淑するゾーマ神父が心配で駆けつけたのだろう。
僕はそんなことにも気がつかないくらい我を忘れて戦っていたらしい。
アリウス殿下見る。
小柄なアリウス殿下が一層小さくなってしまったように見える。そこには、こないだ会ったときのどちらかというと子供っぽいともいえる純真な笑顔はなく、それどころか一切の表情を無くしている。
無言で立ちすく第三王子に、その場にいる誰もが声をかけることすら憚られた。しばらくそのまま俯き加減でじっとしていたアリウス殿下が、突然何かを思い出しかのように顔を上げた。
「せ、聖女様、聖女様を呼んでください。聖女様なら・・・。神が、神が先生を見放すはずがない!」
ゾーマ神父は間違いなく死んでいる。心臓にあんなに大きな穴が空いて生きている人はいない。聖女様の・・・ユイの回復魔法でも死んだ者を生き返らせることはできない。
だけど、誰もそれをアリウス殿下に告げる勇気がなかった。
「いや、聖女様を呼んでくるより神殿に行ったほうが早い。だれか馬車を! 先生を載せて神殿に向かう」
その場にいる全員が顔を見合わせて戸惑っていた。
「何をしている。早くしろ! 僕の命令が聞こえないのか!」
普段のアリウス殿下からは考えれない強い口調での命令に、殿下の護衛と思われる数人の騎士、おそらく王宮騎士が、その場から走り去った。
騎士たちは、しばらくしてアリウス殿下を乗せてきたのだろうと思われる馬車を牽いてきた。さらに殿下の指示でゾーマ神父の死体とアリウス殿下を乗せると、馬車は走り去った。
僕とクレアはそれを黙って見送った。今更死体を神殿に持って行っても無駄だとアリウス殿下に告げる勇気はなかった。死体の状況からみても恐らく奇跡は起こらないだろう。だけど、アリウス殿下を笑うことはできない。
ゾーマ神父は高齢であったにもかかわらず、子供たちを魔物から守って亡くなった。あんなに痩せていたのに・・・。
間違いなく聖人と呼ばれる人にふさわしい立派な最後だった。
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