4-18(大聖堂でついに…).
今日は、いよいよ神殿で聖女の治療を見学する日だ。僕とクレアは王宮を出て、神殿に向かっている。
冒険者ギルドやジークフリートさんたちも動いてくれているが、そっち方面からはなんの進展もない。
ゾーマ神父は教会の大司祭とはいえ、あまり政治向きのことには関わっていないので予想通り聖女には近づけない。またアリウス殿下のほうも同じような状況らしい。そもそもアリウス殿下に限らず王宮側には聖女に関する情報はあまりないらしい。それは王宮に客人として滞在している僕たちも感じていることだ。
正直、王宮、冒険者ギルド、この世界の英雄であるジークフリートさん、大司祭であるゾーマ神父や神殿騎士団副団長のシルヴィアさん、これらが動いても聖女に関する情報をほとんど得られないのは異常だ。
とにかくそういうわけで、今日という日を心待ちにしていた。あまり深く眠れなかったほどだ。ユイの姿を久しぶりに目にできるかもしれないのだから、そう考えれば興奮するのも無理もないと自分でも思う。
たとえと遠目でもなんでもユイを一目見たい。生きているユイを・・・。
僕とクレアは聖女の治療が行われる神殿に急いだ。
★★★
今日は大聖堂で人々の治療にあたる日だ。
大勢の人に一度に回復魔法をかけることを毎日行うのは大変だ。無理をすればできないことはないが、それでも何日も続けては無理だ。そのため聖女としての治療は概ね1週間くらい間を開けることになっている。それは魔力だけの問題ではない。実際魔力が回復するのに何日もかかるわけではない。続けて使うと再使用までの時間がどんどん短くなるとかなのかもしれない。よく分からないけど、魔法とはそういうものだと思うしかない。
前回はドラゴンが街に現れて暴れたとかで二日続けて治療を行った。そのため思った以上に疲れたけど、今回は1週間置いての開催だ。
私は毎回この場にいる人たちがどうやって選ばれているのかは知らない。また、次がいつになるのか、概ね一週間毎と聞いているだけで、正確な日時も直前にならないと教えてもらえない。
侍女たちによっていかにも聖女といった白いローブを纏った服装に着替えさせられ杖を持つと、両脇と後ろに3人の侍女を従えて大聖堂に向かう。すれ違う人たちは私が通り過ぎるまで通路を空けて頭を垂れる。
最初は気恥ずかしかったが、今はそれも慣れた。今持っている杖はルヴェリウス王国で貸与されたものではなく、大賢者でありこの国では黒髪の聖女と呼ばれているシズカイ様が持っていた聖杖だそうだ。大聖堂で治療にあたるときだけ渡される。聖杖はルヴェリウス王国でマツリさんに貸与された。もしかするとあっちがレプリカでこっちが本物なのだろうか? 勇者アレクは魔王討伐後、恋人でもあったシズカイ様の亡骸とともに神聖シズカイ教国に隠遁したと伝えられている。
私が大聖堂の祭壇の真ん中に到着すると、そこには豪華なローブに身を包んだ頭の薄い老人が待っていた。シズカイ教会のトップである教皇ユスティトフ三世だ。隣には4人いる大司祭の筆頭であるベネディクト大司祭がいる。
少し離れた後ろには神殿騎士団のジェイコブス団長が控えている。ちょっと冷笑的な表情の暗い目をした男だ。なんとシルヴィアさん同様に剣聖の称号を持っており、実力的にもシルヴィアさんより上だという噂だ。あの暗い目がなぜか気になってしまう・・・。
シルヴィアさんといえば、実は私はシルヴィアさんを遠くから見かけたことがある。だけど、それ以上の接触はない。シルヴィアさんなら私のことを知っているし聖女が私だと知ったら何とかしてくれそうな気がする。だってベツレムの事件で私はシルヴィアさんの命の恩人ということになっているんだから。
祭壇に立つ私の前方には、百人以上の人々が膝をついて頭を垂れている。中には、おそらく家族だろうか、に支えられてようやくその姿勢をとっている人もいる。ここにいるのは病人や怪我人だ。怪我人はその体つきや服装などから冒険者が多いことが分かる。
私が大聖堂に入ってきたことで、辺りが緊張に包まれていることが感じられる。だが言葉を発するものはいない。この国では聖女は神の使いと考えられている。私は2000年前の初代の大聖女シズカイ様以降、初めて神から遣わされた聖女なのだ。
その聖女の前で許可なく言葉を発せられるものは教皇ただ一人だ。
「聖女様、よろしでしょうか?」と教皇は、私が大聖堂に入場してから初めての言葉を発する。
私は頷くと「皆さん、頭を上げて楽な姿勢を取って下さい。遠慮することはありません」と命令どおり聖女様らしい口調で告げた。
その後、頭の中で最上級の聖属性魔法の一つである超範囲回復の魔法陣をイメージする。
実は、個々の聖属性魔法は効果範囲や効果の強さしか違いがない。実質的には一種類の魔法だ。そのため、ハルが聖属性なんていう属性はなく特殊魔法の一種で無属性なんじゃないかとの説を披露してくれたことがあった。
そうだ。あのときは、サヤさんやカナさんと一緒だった。懐かしい・・・。
私は、集中して魔力を頭の中の魔法陣に流し込む。必要な量の魔力を流すと魔法陣が強い光を帯びる。
私が小声だが厳かな声で「超範囲回復!」と唱えると、持っている聖杖を通じて清浄な光が放出され徐々に大聖堂を満たす。
大聖堂を満たすほどの回復魔法を発動できるのは、現在のこの世界では私とマツリさんだけだろう。
大聖堂に、人々の、「おおー!」とか、「ほぉー」とかの、感嘆の声やため息が広がる。私が手に持つ杖が微かに光を帯び、そこから魔法が放たれているのが人々にも認識できるからだ。思わず頭を垂れる人もいる。
しばらくすると、「治った!」、「歩けた!」などの悲鳴にも似た言葉と「ありがとうございます」などの感謝の言葉が入り交じり大聖堂の中が騒然とする。
最初の悲鳴にも似た感謝の言葉が納まると、それと引き換えのように今度は静かにそして厳かに聖女に対する感謝や祈りの言葉がさざ波のように広がり大聖堂を満たす。
そうした大聖堂の様子を私はまるで他人事のように眺めていた。
私の回復魔法が神の御業のようなすごいレベルにあることは自覚している。一方でそれが万能ではないことも知っている。そのため良く注意すれば、聖女に対する感謝の言葉が大聖堂を満たす中に僅だが落胆の言葉が交っていることに気がつくだろう。傷を負ってから時間が経ち過ぎていたり病気の種類によっては最上級の回復魔法であってもあまり効果がないことがある。
それでも一般の回復魔法に比べれて私の回復魔法が規格外に効果が高いことは歴然としている。手足の一部を失った者の中には失った手足の再生が始まっている者もいる。自分でも奇跡といってもいいレベルの出来事だと思う。さすがにあっという間に再生するわけではなく完全に再生するには時間がかかる。手足を失ってからの期間によっては何回かに亘って私の治療を受ける必要がある人もいる。実際、今日が初めてではない人もいるようだ。
一部には落胆の声もあるとはいえ、それらをかき消して圧倒的な賞賛の言葉がこの場を満たしている。ちょっと気恥しいけどそれも慣れてきた。私は聖女らしい振舞いを崩さない。
「聖女様が退出されます!」
年の割にはハリのある声で教皇はそう告げると促すように私の方を見た。
私は頷くと、できるだけ厳かにゆっくりと退出を始める。
多くの人を治療できたことには満足している。感謝の言葉もうれしくないと言えば嘘になる。でも、こうやって神の使いのように振舞うのはとても疲れる。そうでなくてもこれだけの人に一度に回復魔法をかけるのは簡単なことではなく大量の魔力を消費するのだ。
これまでのところ私がさせられているのは聖女として振る舞い、怪我人や病人を治療することだけだ。何か政治的に利用されているのは間違いないとしても良心が痛むようなことをさせられてはいない。
でも、いつまでもこのままでいいわけがない!
なんとか逃げる方法を考えなくては・・・。
そもそも私が居なくなってジークたちが黙っているとは思えない。なんといってもジークはこの世界で英雄と呼ばれる存在だ。特定の国にこそ仕えてはいないが、相応の力や情報網だって持っている。
神聖シズカイ教国はあまり他国と付き合いがない国だけど、ギネリア王国とは比較的というか唯一親しい関係だ。だからこそベツレムの事件の時にシルヴィアさんたちが参加していたのだ。
遠からず、神聖シズカイ教国に聖女が現れたという噂がジークに伝わるはずだ。ジークなら、きっとそれを私と結び付けて考えるだろう。
それにハルは・・・。
ハルがもう生きていないって可能性が高いことは分かっている。それでもハルが私のピンチに駆けつけてくれる。そんな希望を捨てることができない。
とにかく自暴自棄になってはいけない。私は自分に言い聞かせた。
★★★
僕は、大聖堂最後列で聖女の治療の様子をクレアと一緒に眺めていた。あくまで見学ということで聖女に近づくとこはできず一番後ろから見ることしか許されなかった。
ユイは気がついていなかったようだ。それはしかたがない。相当意識して注意していなければ広い大聖堂で最後列にいる男女に気付くことなどない。僕たちも隷属の首輪のことがあるので、あえて目立った行動も取ることは控えていた。
それでも・・・そう、聖女はユイだった!
「間違いない!」
「やはり、そうですか」
「たとえフードで顔を隠していても僕がユイを見間違えることはない」
「良かった、と言っていいのでしょうか」
「ああ、ついに僕はユイを見つけたんだから、本当に良かったんだよ。クレア」
「ハル様・・・」
クレアはなぜか言葉を続けず僕をじっと見つめている。
「・・・え?」
ようやく僕は自分が泣いていることに気がついた。
ついにハルは生きているユイを見ることができました。これからハルはどうやってユイを救い出すのでしょうか・・・。隷属の首輪はとても危険です。




