4-17.
ジークフリートさんたちとゾーマ神父を訪問した後、何度か冒険者ギルドにも行ってみたが、特に新しい情報はなかった。
でも、ついに明日は教皇と約束した聖女の治療を見学する日だ。
さっき、教皇の使いの人が僕たちの部屋を訪れた。使いの人は僕たちに許可証のようなものを渡し時間を告げると「その時間に神殿に来ていただければハル殿とクレア殿が聖女様が治療を行う大聖堂に入れるように手配しておきます」と言い残して去っていった。
僕はもらった許可証のようなものを眺める。
「ふー」
明日は、とうとうユイ会えるかもと考えると平静でいるのは難しい。
そんな僕を見てクレアは「ハル様、王宮騎士団の訓練を見に行ってみませんか?」と提案してきた。
「王宮騎士団の?」
「はい、私たちを担当していくれている王宮騎士の方に誘われたのです」
なるほど、担当の騎士とは、僕たちが王宮にいる間、連絡係とかをしてくれている、確か・・・ケイワットさんだったか、のことだ。
「取り敢えず、明日まですることもないし行ってみるか」
「はい」
気分転換も兼ねて行ってみよう。おそらく火龍を退けたという僕たちに興味があって誘ってくれたのだろう。いや、ドミトリウス殿下の指示ってこともあるかもしれないな。僕たちの実力を確認しろとか・・・。
「それにしても広い。さすが王宮だね」
今はケイワットさんもそばにはいなかったので、僕とクレアは、王宮の敷地内にある王宮騎士団の訓練所に行こうとして、何度か道を間違ったあげくやっと辿り着こうとしていた。事前に、僕たち付きの侍女の人に聞いてきたんだけどこの有り様だ。
剣でも打ち合っているのだろうか、カーン、カーンと乾いた音と人声が聞こえてきた。
訓練場に着いた僕たちは、この場で一番地位高そうな人に目礼して見学をはじめた。ケイワットさんから話は通っているようだ。訓練に参加している騎士は30人くらいだ。王宮騎士団って何人くらいいるんだろうか。当然現在も任務についている人たちもいるだろうから、これで一部隊みたいな感じだろうか。
訓練は木刀で行われていたが、かなり実践的なもので、どうやら回復魔法を使える魔導士・・・この国では魔術師だ・・・が控えている様子だ。もちろんユイやマツリさんのほどの回復魔法は使えないだろうから大怪我はしないように注意はしているのだろう。それでもかなりの真剣勝負のように見えた。
「クレアどう?」
「あのリーダーの方はかなりの腕ですね」
確かに僕から見ても頭一つ実力が抜けているように見えた。
「かなりってどのくらい?」
「そうですね。シルヴィアさんとはいい勝負ではないでしょうか」
「なるほど、それは強いね」
シルヴィアさんはこの国の軍隊とも言える神殿騎士団のナンバー2であり剣聖の称号を持っている。
「ギルバートさんとはどうなの?」
「たぶんギルバート副団長のほうが強いと思います。ルヴェリウス王国はガルディア帝国やドロテア共和国と並ぶ大国ですし、魔族との戦いの最前線でもあります」
僕からするとそのギルバートさんより今のクレアのほうが強いと思う。もちろん僕はクレアほど剣の実力を見抜く力はない。それでも、この見立てには自信がある。
大国の剣聖なら冒険者で言えばS級クラスだ。ジークフリートさんはその更に上のSS級でこの世界では英雄と呼ばれている。だが、おそらく今のクレアはそれに近い実力があると僕は思っている。
そうこうしている内に訓練が一段落した。
「ハルとクレアだったか、私は王宮騎士団副団長のアイスラーだ」
なんと部隊長ではなく副団長だったみたいだ。団員たちはチラチラとこちらを見ている。やはり僕たちのことが気になっているようだ。「思ったより若いな」などと話しているのが聞こえてくる。
「どうだ私と手合わせしてみないか。皆もドラゴンと魔族を退けたという実力が気になっているみたいだしな」
アイスラー副団長は穏やかな笑みを浮かべているが、その目は真剣だ。僕はクレアと目を合わせる。
「クレアどう?」
「私はかまいません」
「僕は、クレアほど剣は得意ではないのでクレアが手合わせするってことでよろしいでしょうか?」
「なるほど。ハルは魔術師なんだな。もちろん、かまわない」
僕と団員たちはクレアとアイスラーさんの手合わせを固唾をのんで見守る。クレアのほうが強いと思うが、勝負とは常に実力通りになるわけではない。
「クレアさん、それでは始めます」
「はい」
しばらく両者相手の出方を窺っていたが、先に仕掛けたのはアイスラーさんだ。
カーンと、斜めに振り下ろしたアイスラーさんの一撃をクレアが受け止めた音がした瞬間、クレアは後ろに飛び退いていた。
「さすがですね、私の一番得意な型だったのですが」
アイスラーさんは、斬り上げた木刀を正面に構えた。どうやらアイスラーさんは、斜めに振り下ろすと見せかけて、受けられた瞬間相手の剣を上に弾くように斬り上げたようだ。一瞬のことで僕にもはっきり見えないほどだった。本人の言う通り得意な技なのだろう。
その後は一進一退の攻防が続いたあと、クレアがアイスラーさんの首元に木刀を突きつけて勝負は決した。
「参りました。いや強い。ドラゴンと魔族を撃退したのも頷けます。正直思った以上でした」
アイスラーさんは笑顔でそう言うとクレアを称えた。なかなか気持ちの良い人だ。
その後は僕や団員も加わって訓練を再開した。ほぼ団員全員がクレアと訓練することを望み。クレアもそれに応じていた。
僕はといえば、それなりに頑張った。まあ、僕の実践での戦いは魔法と剣を組み合わせたものだし、加えてエリルのくれた馬鹿みたいに切れ味のいい黒龍剣頼りのものだ。剣技ではクレアとは比べ物にならない。
それでも気持ちのいい汗をかき、訓練に参加した王宮騎士団の人たちとはそれなり打ち解けた感じになった。最近は実践ばかりだったし、たまに訓練でクレアに教えてもらうだけだったので、大人数で剣の訓練をするのは新鮮で楽しかった。
ヤスヒコ、アカネちゃん、クラスメイトのみんなは元気だろうか・・・
★★★
王宮騎士団との訓練に参加した後、僕とクレアは王宮を出て西門の外街にあるゾーマ神父の教会に向かった。
「こんにちは、ゾーマ神父様」
「ハルさん、クレアさんようこそ。先ほどまでアリウスも来ていたんですよ」
「アリウス殿下が」
やはりアリウス殿下のゾーマ神父への心酔は本物のようだ。王族がこうも頻繁に訪れるとは。
「それと、残念ながら聖女様に関しては新しい情報はありません。申し訳ありませんね」
「いえ、明日なんですけど、聖女様の治療の様子を見学させてもらえることになっています。最初に王宮で教皇様と謁見させていただいた時にお願いしていたんです」
「そうですか、それは良かったです。なんせ聖女様については、教皇様やベネディックト大司祭など一部の人とその関係者しかお側に近づけないのが現状なのです」
それにしても、いくら教会内の政に興味がないといっても、大司祭の一人であるゾーマ神父が近づけないのは相当におかしい。
「そのようですね。シルヴィアさんからもそう聞いています」
「神殿騎士団ではジェイコブス騎士団長とその側近くらいしか近づけないようですな。なぜかシルヴィアが避けられて様子です。私も同じですな」
僕がこれまで聞いた通りだ。
「クレア先生遊んでよ」
「剣術を教えて!」
「えっと、ハルも遊んでくれるの?」
見るとクレアの周りに子供たちが集まっている。クレアもうれしそうだ。そういえば前回も先生と呼ばれてクレアもご機嫌だった。
「クレア、子供たちと遊んで帰ろうか」
「はい。ハル様」
それにしてもユイは今どうしているのだろうか?
聖女がユイである可能性はかなり高い。だとしたら明日、ついにユイの姿を見れる。
どのくらいぶりだろうか?
イデラ大樹海に転移して脱出に1年かかった。
計算するともう1年3ヶ月は経っているのか・・・。
僕は冷静でいられるだろうか?
「イタ!」
「ハルから一本取った」
「ジークからハルはとっても強いって聞いたけど、そうでもないね」
「ジークと比べたらかわいそうよ。ジークは英雄って呼ばれてるのよ」
僕から一本を取った男の子を年上らしい女の子がたしなめている。確かイリヤだったか。
それにしても英雄のジークフリートさんも僕も呼び捨てなのになぜかクレアは先生呼びだ。
「でもクレア先生よりも弱いよ」
うん、それはその通りだ。君は正しい。僕がジークフリートさんやクレアより弱いのは間違いない。でも子供といえど人から言われると面白くない。
「よし! 次は負けないぞ。かかってこい!」
「ハル様」
「なに、クレア?」
「いえ、ちょっと目が本気のように見えたので」
「いやだなクレア、子供相手にそんなわけないじゃないか。これでもドラゴンとだって戦ったことがあるんだよ」
「それは知ってますけど・・・」
そういえば、ジークフリートさんを通じて僕たちは孤児院に寄付をした。僕たちは伝説級魔物の素材をまだ持っているし王様から報奨金だって貰った。なので相当な額を寄付しようとしたが、常識的な額にしとけとジークフリートさんにたしなめられた。
考えてみれば、ジークフリートさんの言う通りだ。僕たちは永久にシズカディアにいるわけじゃない。そのときだけ親切にしたって現状が変わるわけじゃない。ただの自己満足だ。
僕が落ち込んでいるとジークフリートさんは「ハルのしようとしていることが無駄なわけじゃない」と言って僕の肩を叩いた。そして「ただ時間がかかるんだ」と言った。
その通りだ。人族と魔族の融和だってそうだ。何もしないよりはしたほうがいい。だからエリルだって反対の四天王のほうが多くても頑張っている。例えそれが無駄にしか見えなくても、自己満足にしか見えなくても、何もしようとしないよりしたほうがましなのだ。
そういえばジークフリートさんはこうも言っていた。
「ハル、そもそも何かしようとするのに自己満足以外の動機があるのか? 自分がこうしたいと思うから人は行動するんだろう? それって言いかえれば、すべて自己満足だ。だいたい一人で何かが変えられるなんて思うほうが傲慢だろう」
僕は、また自分の未熟さを知った。
ハルとクレアのシズカディアでの日常といった感じの話しですが、こういった回はあまり必要ないか、書いても短めの描写のほうがいいのでしょうか?
作者は、キャラクターの心情を含めたこんな話しを書くのも割と好きなのですが、ネット小説では読者を飽きさせないようもっと展開を急いだほうがいいのか迷います。まあ、どんな話であっても読者を飽きさせない力量が作者にあれば問題ないとは思いますが、難しいですね。