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4-14(聖都シズカディの冒険者ギルド).

 王様や教皇様に謁見して王宮の客人となった上、二人の王子との予期せぬ会見を行った翌日、僕とクレアは聖都シズカディアの冒険者ギルドに向かった。


 正直、冒険者ギルドでこれ以上の情報収集ができるとは思えないが、ユイが近くにいるかもしれないと思うとじっとしていることはできなかった。


 冒険者ギルドに入ると、聖都だけあって今日もたくさんの冒険者たちで賑わっている。


「ハル!  やっぱりハルとクレアだ」


 僕たちを呼ぶ声がした方を見ると、そこにいたのはジークフリートさんだ。


「ジークフリートさん!」


 冒険者ギルドの入り口をちょっと入ったところにジークフリートさんとエレノアさん、背中に盾を背負っている大柄で筋肉質な短髪の男の人、それにもう一人20代の勝気そうな目をした女の人がいた。


「ジークフリートさんたちはどうしてここに?」

「それはこっちのセリフだ。おっと、こんなとこで立ち話もなんだ。ちょっと待ってろ」


 ジークフリートさんはそう言うと、ギルドの受付カウンターの方に行くと、何事かを受け付けの女の人と話している。受付の女の人が「え!」とか「あの英雄の・・・」とか言う声が聞こえてくる。その後、女の人は慌てた様子でカウンターの奥に行って姿が見えなくなった。


「ハルってことは、あなたがユイの彼氏なのね。うーん、優しそうではあるけど、ちょっと頼りない感じねー」


 話しかけてきたのは、ジークフリートさんと一緒にいた勝気そうな女の人だ。それにしても初対面でいきなり頼りないはちょっと失礼なんじゃあ・・・まあ事実ではあるけど。


「ハル様は、頼りなくなんかありません」

「ん、あなたは、ハルのパティ―メンバーなの? それともハルの愛人かなんか?」

「ライラ、いい加減になさい。ハルさん、クレアさん、ごめんなさいね。ライラは一応、これでもユイのことを心配してるのよ」


 なるほど、ユイは僕のことを婚約者だと説明してたから、僕のそばに美人のクレアがいることを不愉快に感じたのかもしれない。


 ユイは好かれていたんだ。

 それにしてもクレアのことを愛人とは・・・そんな風に見えるのだろうか。


「ライラ、ちゃんと挨拶しなさい」

「はーい。えっと私はライラ。ジークのパーティーメンバーでエレノアと同じで妻の一人でもあるわ。それでこっちがパーティーメンバーのエルガイアよ」


 明らかにパーティーの盾役らしいエルガイアさんは、ライラさんの紹介に黙って頭を下げた。ずいぶん無口な人だ。愛人と言われたクレアは不満そうだけど、僕が目で合図したので黙っている。


「僕はハルです」

「ハル様の騎士をしているクレアです」

「騎士? ハルは貴族なの?」

「違います。まあ、クレアは騎士でありパーティーメンバーってとこです」

「ふーん」


 ライラさんの視線が痛いと思っていたら、ジークフリートさんが、ジークフリートさんより少し年上くらいの渋い感じの男の人と一緒に、話をしながら戻ってきた。


「ジーク、ずいぶん久しぶりだな。一体なんだってこんなところに。そうか、火龍が出たって聞いてやって来たのか? いや、それにしちゃあ早すぎるな」

「別に火龍が目当てで来たわけじゃないさ。まあ、確かに、こっちに来てから火龍の話ばかり聞くな。なんでも火龍だけじゃなく魔族も一緒で、男女二人組の若い冒険者と神殿騎士団のシルヴィア副団長とで追い払ったとか」

「あー、それだよ、それ。俺にもさっぱり訳が分からねえんだ。冒険者が活躍したって感謝されたんだがよ。俺もそいつらが誰なんだかさっぱりなんだよ」

「相変わらずだな。ボルガート。ギルマスがそんなんでいいのかよ」

「いや、これでも一応情報収集はしてるんだが、最近S級の冒険者がシズカディアに来たって情報はないしなー。まあ、こんなところではなんだから、場所を移そう」

 

 僕たちはどうやらギルドマスターらしいボルガートさんに冒険者ギルドの2階の部屋に案内された。凝った意匠のテーブルと椅子のある思ったより立派な部屋だ。たぶんこの世界の英雄であるジークフリートさんがいるからだろう。

 

 「初めて見る顔もいるんで、改めて名乗らしてもらうが、おれは聖都シズカディアの冒険者ギルドのギルドマスターをしているボルガートだ。ギルドマスターになる前はこの国や隣のギネリア王国辺りで冒険者をやっていた。ジークやエレノアとは昔からの顔見知りだ。もちろん、エルガイアとライラのこともよく知っている。そんで、そこの二人は新しいパーティーメンバーなのか? なんか凄腕の若い女魔術師をパーティーに加えたとか、また嫁さんが増えたとか言う噂を聞いたが、増えたのは二人だったのか?」

「いや、二人は新しいパーティーメンバーじゃない。それに残念ながら嫁さんも増えてない」

 

 ジークフリートさんが苦笑いしながら答えた。


「二人はハルとクレアと言って、ちょっとした知り合いの冒険者で、さっき再会して驚いてたところだ。それと、俺の推測が間違ってなかったら、ボルガート、お前が探してるのはこの二人じゃないかな」

「ん?  俺が探してるって・・・。まさかハルとクレアだっけ、お前らが火龍を?」


 なんでジークフリートさんは、僕たちがシルヴィアさんと一緒に火龍と戦った冒険者だって分かったんだろう。確かに男女二人組の若い冒険者ではあるけど・・・。やっぱり見る人が見ればクレアが剣の達人だって分かるのかもしれない。


「えっと、一応、シルヴィア副団長と一緒にたまたま火龍が襲ってきた現場に居合わせまして・・・でも撃退したっていうより、魔族たちが自から火龍に乗って引き揚げたって感じでしたけど」

「いや、それにしても3人で火龍と魔族二人だっけか、を相手にして生きてることがすごいだろう。それに思った以上に若いな。お前たちみたいな若い凄腕の冒険者の噂は聞いたことがないが、どこか遠くの国から来たのか?」

「遠くの国から来たっていうのは、まあそんな感じです」

「まあいい。とにかくハル、クレア、俺からも礼を言う。シズカディアを火龍や魔族から守るのに力を貸してくれて感謝する。火龍に襲われたにしては被害が少なくて済んだ。撃退したのはシルヴィア副団長と冒険者らしいってんで、冒険者ギルドもすごく感謝されてるんだ」

「いえー、とにかく必死だっただけです」

「だが、すぐに火龍を広い場所に誘導して被害を最小限に食い止めたって聞いているぞ」

「その通りです。ハル様の指示でそうしたのです」


 クレアが得意そうにそう答える。


「ん? ハル、お前はもしかして貴族か? それでクレアはその従者とか」


 ボルガートさんからもライラさんと同じ質問をされた。


「いえ、違いますよ」


 僕は慌てて、手を振って否定する。


「クレアは、ちょっとした縁で、僕のことを助けてくれているのです。とても僕のことを持ち上げてくれるんですけど、本当はクレアのほうがずっと強くて火龍や魔族と戦えたのもクレアのおかげです。すごい剣士なんですよ、クレアは」

「ハル様は自分のことを過小評価し過ぎです」


 クレアはちょっと不満そうだ。


 それを見ていたボルガートさんは、何か微笑ましいもの見るような目で僕たちを見ると「なんにせよ二人には感謝している」と言って再び頭を下げてきた。


「それでお前たちへの報酬なんだが」

「報酬? でも、王様からも結構な額の報償を頂きましたし、これ以上は」

「ハル、冒険者ギルドとしても火龍のような神話級の魔物と戦って王都を救った冒険者に何もしない訳にもいかないと思うぞ。冒険者ギルドの立場もあるだろう」


 そう口を挟んできたのはジークフリートさんだ。


「ジークの言う通りだ。冒険者が聖都を救ったってことで冒険者ギルドも感謝されてる。お前たちは聖都を救っただけでなく冒険者ギルド評判を上げるのにも貢献してくれたんだ。冒険者ギルドとしても何等かの報酬を払うのは当然というか、そうさせてもらわないと困る。ジークの言う通りで立場もある。上とも相談済みだ」

「そうですか。そういうことでしたら、ありがたく受け取らせてもらいます」

「そうしてくれ。といっても報酬は一人金貨30枚だ。火龍や魔族と戦ったにしては少なくて申し訳ないが、素材もないし、元々依頼ではなく、冒険者ギルドからの気持ちみたいなもんなんでな」


 火龍や魔族たちとは戦っただけで倒したわけではないし、依頼を受けていたわけでもない。僕たちには十分過ぎる金額だ。

 

「いえー、十分です。ありがとうございます」


 僕とクレアは頭を下げる。


「そう言えば、上と相談するってどういうことなんですか? 神聖シズカイ教国の冒険者ギルドで聖都のギルドマスターより上の方がいるんですか?」

「あー、冒険者ギルドの組織については詳しくは教えられない。まあ、緊急の件ではジャターとかが使われてるってことだ」

「ジャター?」

「ハル様、ジャターは鳥型の魔物で小型ですが飛ぶスピードには定評があります。情報の伝達によく使われる魔物の一つです」


 そういえば、電波とかのないこの世界では、使役された鳥型魔物が情報伝達に利用されているって聞いたことがある。国家間の連絡とかにも使われていて、鳥型魔物を使役している魔導士の多くは国家が抱えこんでるって話だった。


「それと、お前たちの冒険者ランクを教えてくれ」

「二人ともB級です」

「そうかB級か・・・。お前らくらいの年齢でB級はかってのジークの他には知らないな。ん? そういえば二人組の若いB級冒険者のことは報告を受けていたような・・・。 まさかB級で火龍や魔族と戦えるとは思わなかったから気がつかなかったなー」


 僕たちの年齢でB級だと言うと毎回驚かれるけど、さすがに火龍や魔族とB級を結びつけて考えてはいなかったみたいだ。


「だが、二人とも今日からA級に昇級だ」

「僕たちをA級にですか?」

「確かギルドマスター権限でもB級までなんじゃあ」

「なんでそんなこと知ってるんだ。まあ、その通りではあるが、火龍と魔族を撃退したんだから実力的にはS級以上だろう。A級ならむしろ低いくらいでなんの問題もない。事後報告でも問題なく承認される」


 確か、キュロス王国のトドスでギルドマスターのグラッドさんから聞いたA級の目安は、パーティーで上級魔物を倒せる、もしくは中級魔物を単独で倒せることだったはずだ。それなら実力的には問題はないのかもしれない。特に、クレアはそうだ。でも、例えばトドスで会ったB級のボロワットさんなんかと比べて、パーティーに対する指示とか経験とかの面ではどうなんだろう・・・。 


「ハル、お前らにはそれだけの実力があると認められたんだ。遠慮なく貰っとけ。お前たちは若いから経験が足りないとこもあるだろうが、それは仕方のないことだ。A級になるってことは多くの冒険者が憧れる特別な存在のS級以上へもう一歩のとこまで来たってことだ。そのチャンスで遠慮してたら他の冒険者に申し訳ないぞ」


 英雄ジークフリートさんにそう言われては断れない。


「分かりました。ありがたく受けさせてもらいます。クレアもそれでいいかな」


 クレアは「はい」と答えて、小声で「またハル様と同じクラスで光栄です」と付け加えた。


「それでだハル、火龍を撃退した話も気になるんだが、まずは・・・」


 そうだ、まずはユイのことだ。ジークフリートさんたちがここにいるのは、僕たちと同じでユイのことが関係あるとしか思えない。


「えっと・・・」

「ん? ああー、ボルガートなら大丈夫だ。信用できる。それに冒険者ギルドは一応国家間に跨る独立した組織だ」

「え、なんか国に関わるやばい話か? できれば巻き込まないでもらいたいんだが・・・。まあ、ジークの言う通り、俺たちは冒険者たちのための組織だ。悪徳冒険者は例外だがな。犯罪に加担しているとかじゃなければ冒険者の秘密は守る。基本的に冒険者ギルドは国家よりも冒険者の味方だ」

「分かりました」


 なんか、すぐに人を信用し過ぎな気もするけど、僕たちだけで教会の秘密を探るのにも限界がある。


 僕は、キュロス王国からギネリア王国への旅の途中で会ったエーベルン商会のウッドバルトさんが身に着けていたペンダントにユイによく似た女性が描かれていたことを思い出して、藁をもつかむ気持ちでこの国を訪れたことから、今日までの経緯を説明した。


「そうか、ハルもシルヴィアから話を聞いたんだな。シルヴィアは聖女がユイではないかと疑っている。それに自分のせいじゃないかと気にしている」

「その通りです。ジークフリートさんもシルヴィアさんから」

「ああ、お前たちと会った後、すぐにシルヴィアから連絡をもらった」 


 シルヴィアさんがユイに命を助けられたときジークフリートさんたちも一緒だった。そしてその後、ユイはジークフリートさんのパーティメンバーになったのだ。シルヴィアさんがそれを知っていたなら、ジークフリートさんに連絡を取るのは当然だ。それにシルヴィアさんから連絡がなくても、ジークフリートさんが聖女の噂を聞きつけるのは時間の問題だっただろう。


「というわけだ。ボルガート」

「思った以上に厄介なことに巻き込まれた気がするなー。要するに聖女様がジークのパーティーメンバーの魔術師なんじゃないかって疑いがある。そんでハルもその子の知り合いってことで合ってるんだよな?」

「僕はもう1年以上もユイのことを探しているんです」

「ふむ、それで、そのユイって女の子は、自らの意志で聖女になっているんじゃないんだな?」

「絶対に違います」

「それは俺も同意見だ。ユイは手紙一つで姿を消すようなやつじゃない」

「ってことは、やっぱり、さっき話に出てきた隷属の首輪が使われてる可能性が高いってことになるのか・・・。結構やばい話だな」

「教会がそんなものをユイに使うとはな。さすがに俺も予想できなかった」


 ジークフリートさんにとっても隷属の首輪の件は驚きだったようだ。


「ジーク、お前もこの国の状況は知っているだろう? 最近、今まで見たことのない交易品なんかがこの国入ってきて、ドミトリウス殿下の人気はうなぎのぼりだ」

「教会がそれに危機感を持ってもおかしくないってことか。ハルの話だと、シルヴィアも同じことを疑っているようだな。そして、聖女は教皇とその側近、それにジェイコブス団長派の神殿騎士が厳重に保護していてシルヴィアですら近づけない・・・」

「シルヴィア副団長でさえ遠ざけられてるってのは、確かにおかしいな。冒険者ギルドが公に動けるようなことではないが、俺も情報には注意しておく。何か分かったら知らせるよ」


 助かりますと僕がお礼を言うと、ボルガートさんは「まあジークには世話になってるし、お前たちにも火龍の恩があるしなー」と言って頭を掻くような仕草をすると、「と言っても、正直この件で冒険者ギルドはあまり役に立ちそうにはないけどな」と付け加えた。

 だとしてもジークフリートさんたちに加えて、冒険者ギルドのギルドマスターであるボルガートさんにも協力を得られるのはありがたい。


 早くユイを取り戻したい。

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