4-10(隷属の首輪).
「シルヴィアさん。ユイの意志に反してユイにいうことを聞かせる方法を教会は持っているんでしょうか?」
ユイが聖女にさせられた理由は分かったとして、それがユイの意志でないとしたら、どうやってユイを聖女に仕立てることができたのか、という謎が残る。
「ハル様」
そこでクレアが口を挟んだ。
「クレア、何か考えがあるの?」
クレアはちょっと言い難そうにしている。
「もしかして・・・ユイ様は隷属の首輪を着けられているのではないでしょうか?」
クレアの言葉を聞いたシルヴィアさんが真っ青になって俯つ向いた。
隷属の首輪、確か奴隷の首輪とか奴隷契約の首輪とかいわれているもののオリジナルで失われた文明の遺物だ。
まさかユイに奴隷契約を・・・。僕は、怒りで頭が真っ白になるのを感じた。
でも、冷静にならなくては、もしそうだとしたら冷静になってユイを助けないと。僕は無理に心を落ち着けてクレアに質問した。
「クレア、奴隷の首輪や隷属の首輪についてもう一度詳しく教えてくれないか」
「はい、ハル様。奴隷契約は魔道具である奴隷契約の首輪とか奴隷の首輪とか呼ばれているものを使って行われます。ええと、とりあえず奴隷の首輪と呼びます。奴隷の首輪をつけられた者は主人を害することができなくなります。主人を害そうとすると、もの凄い苦痛に襲われると聞いています。普通は奴隷の首輪は主人以外には外せません。でも、めったにないことですが、一定以上の魔力を持つ者なら自力で外せると聞いたことがあります」
なるほど・・・。
「それが事実だとすれば、ユイなら奴隷の首輪を自力で外せそうだね」
「はい。私もそう思っていたのですが、もし、奴隷の首輪ではなく、オリジナルの失われた文明の遺物である隷属の首輪が使われたとしたら、ユイ様でも外せないかもしれません」
なんでもありの失われた文明の遺物。あり得る。それならユイでも外せない可能性が高い。奴隷の首輪のオリジナルである隷属の首輪なら・・・。
「隷属の首輪はこの世に数個しかないといわれている貴重な失われた文明の遺物です。でも・・・」
「教皇一派が首謀者なら持っていてもおかしくない」
「はい」
この国では王家より教会のほうが力を持っているらしい。そんなこの国の教会が関わっているのなら、失われた文明の遺物である隷属の首輪が使われたとしてもおかしくない。
「隷属の首輪の効果って奴隷の首輪と全く同じなのかな?」
「私が聞いている隷属の首輪の効果は、主人を害そうとしたり命令に逆らおうとすると死んでしまう、です」
クレアが言い難そうにそう言った。そうだ、確かトドスでもクレアから同じことを聞いた。あのときも恐ろしい魔道具だと感じた。でも、それをユイが着けられているとしたら、恐ろしいではすまない。
それにしても、死んでしまう・・・とは。
落ち着け。落ち着くんだ!
「ああ、すごい苦痛に襲われるだけでなく、あっという間に死んでしまう。恐ろしい魔道具だ」
そこでシルヴィアさんが口を挟んだ。
「シルヴィアさん、なぜ・・・」
「教会は失われた文明の遺物である隷属の首輪を持っている。神殿騎士団の副団長である私もそのことを知っているし、ある程度隷属の首輪の効果も知っている。そういうことだ」
シルヴィアさんの凛とした顔が今は苦渋に満ちて歪んでいる。
「隷属の首輪の効果はある意味、非常に精密だ。主人になった者は命令を具体的かつ紛れがないように行う必要がある。もしユイに隷属の首輪が使われているのなら、ユイには様々な命令があらかじめなされていると思う。例えば、主人に断りなくこの街を離れることを禁止したり、主人に関する情報を無断で他の者に喋ってはいけないとか、主人が危険なときには命にかえても主人を守れとかだ」
なるほど。それなら一つ確認したいことがある。
「一定の条件で自殺するように命令されているってことはありますか? 例えば僕と会ったら自殺するとか、聖女がユイだとバレたら自殺しろとかです」
「それはない。隷属の首輪で命令できないことの一つが自殺だ」
良かった。僕に会っただけでユイが死んでしまうってことはなさそうだ。でも命令に従わないと死ぬんだから、それに近い命令はできそうだ。
やっぱり隷属の首輪はとても危険だ!
「じゃあ、例えば絶対に無理なことを命令すれば、結果的に自殺させられるのでは?」
「絶対に不可能なことも命令できない。隷属の首輪っていうのは強力な魔道具だが、非常に精密なもので、そういった抜け穴はない。例えば遠くにいる者を今すぐ殺せと命令しても無効だ」
なるほど、あくまで主人が下した従うことが可能な命令に逆らえないようにすることが隷属の首輪の効果ってことか・・・。
「命令に逆らう行動は取れないし無理にそうしようとすれば死ぬんですよね。それって従うことが可能ならどんな命令にも効果があるんですか?」
「そうだと思う。正直、私も隷属の首輪のすべて知っているわけではない。いや、教皇たちだって完全に理解しているわけではないかもしれないな」
やはり危険だ。危険過ぎる・・・。
主人になっているのが誰なのか突き止めなければ。でも、ユイに聞くことはできない。僕が聞いただけでユイが死ぬことはないとしても、ユイが答えようとすれば死んでしまうかもしれない。
今は慎重に行動しよう。
とりあえず教会にメリットがあるうちはユイが害される危険は少ないだろう。何といっても聖女様なのだ。その間にユイを隷属の首輪で操っている奴を突き止める。それが優先順位の第一だ。
「隷属の首輪ってどうやったら外せるのでしょうか?」
「主人が外すか、主人が死ぬかだ。私はそう聞いている。奴隷の首輪なら、さっきクレアも言った通り、高位の魔術師なら外せると言われている。そもそも外すための魔道具もあって奴隷商人なら皆持っている」
奴隷の首輪と違ってオリジナルの隷属の首輪の方は、主人しか外せない。そうでなけれは主人が死ぬしかないってことか。
「でも、そんな首輪があるのなら例えばスパイとかには全員させとけばいいんじゃないの? 捕まっても秘密は絶対に喋れないし」
「ハル様、隷属の首輪は失われた文明の遺物で世界に数個しかありません。それにスパイがみんな首輪をしていたら直ぐにバレてしまいます」
「・・・」
クレアの言う通りだ。
「聖女様はいつもフード付きのローブを身につけていて顔つきすらも確認できない。今思えばいつも首を隠すような服を着ている。とにかく私もできるだけ調べてみるから、もう少し詳しいことが分かるまではうかつに行動しないほうがいい。私も教会の人間なので信用できないかもしれないが、ユイには命を助けられた恩がある。それに私の報告のせいで、ユイがユイの意志に反して隷属の首輪で聖女様にされているのなら相手が教皇であろうと許すことはできない」
そう言うシルヴィアさんの顔は怒りのせいなのか少し赤かった。
「俺も副団長と同じ気持ちだ」
これまで黙って僕たちの話を聴いていたガリウス隊長が口を挟んだ。
「俺は隷属の首輪ことは初めて聞いた。もしユイにそれが使われているなら許せない。俺は元冒険者でそれほど教会の思い入れがあるわけではないし副団長のことを信頼している」
「ガリウス隊長、そんなことを僕たちに言ってもいいんですか?」
「別に構わん」
「分かりました。シルヴィアさんとガリウス隊長のことは信用します。そうでなければここまで教えてくれるはずがないですし。シルヴィアさんの言う通りでユイの安全が第一ですから僕たちも慎重に行動します」
だが、まだ疑問がある。
ユイが聖女にさせられているとして、それとこないだのメイヴィスとその配下らしい魔族と火龍の事件は無関係なんだろうか?
聖女の件にメイヴィスがかかわっているのだろうか?
だとしたらメイヴィスのなんの目的で?
「ハル様?」
「ああー、ユイの件と火龍の事件って関係があるのかなって考えていたんだ」
「偶然なんでしょうか?」
「分からない」
火龍の出現は国の危機だ。たくさんの怪我人が出る。そこで聖女が顕現して怪我人を癒す。教会の権威は上がる。
確かに聖女の存在は教会にとってメリットがある。
うーん、そこまで考えてのことなのか・・・。でも、それなら魔族が、メイヴィスが教会に肩入れする理由があるのだろうか?
「あの、今更なんですけど、馬車の中でこんな話をしても大丈夫なんですか?」
「ああ、ハルがユイの婚約者だと気付いて、話が外には漏れない結界が張られているお偉いさん用の馬車を用意してきた」
「そうですか」
「ハル、クレア、そろそろ王宮だ」
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