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4-9(シルヴィアの話).

 火龍と戦ってから3日目になり街もだいぶ落ち着いてきた。


 この国の偉い人が僕たちに会ってお礼を言いたいから、今日迎えに来るとシルヴィアさんから連絡を受けている。僕としても聖女の情報を知りたいので望むところだ。


 宿の人から迎えが来たと聞いて僕とクレアが1階に降りていくと、なんか周りがザワザワしている。外へ出てみると、宿の前に高級そうな馬車が止まっていた。

 馬車の前に女性の騎士が立っている。シルヴィア副団長だ。白い鎧は、いかにも神殿騎士っていう感じで肩にかかるボリュームのある濃い金髪によく合っている。

 

「ハル殿、クレア殿、先日は火龍と魔族を撃退してくれて感謝する」

「いえ、お役に立てたのなら僕たちもうれしいです。シルヴィア副団長、今日はよろしくお願いします。それと僕たちのことは、呼び捨てにする約束では?」

「うーん、では公式の場以外では約束通りハルとクレアと呼ぶことにしよう」


 馬車に乗り込むと僕とクレアが並んで座り向かいにシルヴィア副団長が座った。シルヴィア副団長の隣には、こないだガリウスと呼ばれていたゴツイ感じの男の人が座った。確か隊長と呼ばれていたはずだ。


「えっとシルヴィア副団長」

「私のこともシルヴィアって呼ぶ約束では?」

「じゃあ、シルヴィアさん、シルヴィアさんは神殿騎士団の副団長ですから教会のことには詳しいんですよね。それでちょっとお伺いしたいことがあるんですけど」

「その前に、私のほうからもハルに質問がある」


 シルヴィアさんは真剣な目で僕を見詰めている。こないだ会ったばかりの僕に何の質問があるのだろうか? シルヴィアさんの真剣な態度に気圧されるように僕は頷いた。


「ハルは、ユイが探していたユイの婚約者じゃないのか?」


 いきなりユイの名前を聞いて驚いた僕は、しばらくシルヴィアさんを見つめ返すことしかできなかった。

 隣のクレアも唖然とした顔で黙っている。


「どうしてユイのことをシルヴィアさんが・・・」


 ようやく僕がそう言うと、シルヴィアさんは、ほっとしたような顔をした。


「やっぱりハルはユイが探していた婚約者なんだな」


 婚約者かー。


 ユイはそう説明して僕のことを探してくれてたんだ。

 ジークフリートさんからもそう聞いた。

 うれしい。


「こないだハルの名前を聞いたときにすぐには思い出せなかったんだが、どこかで聞いた名前だと気になっていた。昨日になってやっとユイが探していた婚約者の名前だと気がついたんだ。この辺りでは珍しい黒髪に黒い目なのになんですぐ気がつかなかったのか。自分に怒りが沸いたよ」

「そうだったんですか」

「それでハルとクレアはなぜこの国へ?」

「僕はここ一年以上、ずっとユイのことを探していました。それで、この国で神の使いとされているシズカイ様とユイが似ていることに気がついて・・・」

「そうか。それでこの国に来てみたら、聖女様が顕現した噂で持ちきりだった。そういうことだな?」

「はい。その通りです。僕がシルヴィアさんに聞きたかったのは聖女のことです」


 シルヴィアさんは、なるほどと頷いた。


「聖女様がユイではないかと考えているんだな?」

「その通りです」

「私もそうでないかと疑っている」


 やっぱり聖女はユイなのか。僕はついにユイをみつけたのだろうか?


 でも、疑っている?


 神殿騎士団の副団長であるシルヴィアさんが、はっきりしたことを知らないのだろうか?

 いろいろと疑問があるが、それでも、ついにユイに関するはっきりとした手掛かりを得たことに、抑えてもうれしさが込み上がってくる。


 ほんとうに・・・ほんとうに長かった。


「よかったですねハル様」


 僕のうれしそうな顔を見たクレアも喜んでくれている。


「ここまで頑張れたのはクレアのおかげだよ」


 こうなったのはクレアのせいで、クレアは未だにそのことを気にしている。でも、ここまでこれたのはクレアのおかげだ。今は感謝の気持ちしかない。


「それでユイのことなんですけど、ユイが聖女って言うか、聖女がユイっていうのは間違いないんでしょうか?」


 僕は勢い込んでシルヴィアさんに質問した。


「私は間違いないと思っている。でも確認はできていない。教皇、それにベネディクト大司祭など教皇の側近しか聖女様に近づけない。聖女様が教会で怪我をした人たちを治療しているときはフードを目深にかぶっているせいで顔の確認もしずらい」

「いかにも、怪しいですね」

「ああ、特に私は警戒されているみたいだ」

「副団長なのにですか?」


 そう言えば、そもそもなんでシルヴィアさんがユイのことを知ってるんだ? それに神殿騎士団の副団長であるシルヴィアさんが聖女様に近づけない?


 僕は次々に疑問点をシルヴィアさんに質問する。


「ハル、落ち着いてくれ。最初から説明する」


 僕をなだめるとシルヴィアさんはユイと知り合った経緯を説明してくれた。 

 それによるとシルヴィアさんはベツレムで異常発生した魔物の合同討伐隊でユイやジークフリートさんと一緒だったという。


「そんなわけで、ユイは私の命の恩人なんだ」

「俺も合同討伐隊に参加してたんですけど、ユイの回復魔法がなければ副団長は死んでました。あれには驚きました」


 ガリウス隊長がシルヴィアさんの話にそう付け加えた。

 シルヴィアさんもユイのことを僕に話せて少し肩の荷が下りたのか最初のよそよそしさみたいなのが消えている。


 ジークフリートさんから聞いた話とも繋がってきた。 


「その話はジークフリートさんからも聞きました。その後、ユイはジークフリートさんのパーティーに加わって冒険者をしてたらしいんですけど、突然ジークフリートさんたちに書置きだけ残していなくなったんです。あきらかにユイらしくない行動でジークフリートさんたちも心配してユイを探しています」


 シルヴィアさんは僕を見て何かを考えている。


「ハル、すまない」


 え? なんで?


「私が、教皇にユイのことを報告したのが今回のことの引き金になったんだと思う。ベツレムでユイが基本4属性魔法全部に加えて聖属性の魔法まで使うことを知って・・・驚いて、しかもよく見ると黒髪でシズカイ様にそっくりだと気付いたんだ。・・・それで」

「なるほど。それで、ユイのことを教皇に報告した。シルヴィアさんはそれが原因で教皇がなんらかの方法でユイをここ神聖シズカイ教国に連れてきて聖女にしているのではと考えているのですね?」

「俺も一緒にユイのことを報告した。申し訳ない」


 ガリウス隊長もシルヴィアさんと一緒に頭を下げている。


「報告した私とガリウスは聖女様から遠ざけられている。そこから導き出される結論は」

「ユイが自分の意志に反して、この国に連れてこられて聖女にされている」

「そうだ。私とガリウスが考えているのは正にそれだ」


 僕とジークフリートさんも、ユイは自分の意志ではなく、なんらかの方法で連れ去られたと考えた。それはどうやら正しかったようだ。


 そして、それに神聖シズカイ教国の最大権力者である教皇が関係しているってことか。


「ユイを連れ去り聖女に仕立てている勢力を教皇一派と呼ぶことにして、その教皇一派がなぜこんなことをしたのか、シルヴィアさんには何か考えがありますか?」

「ある。それを理解してもらうには、まずこの国の政情を知ってもらう必要がある」

「それは僕たちが聞いてもいいことなんですか?」

「別に秘密でもないし、皆が知っていることだ」

「はい」

「この国では、王よりも教皇のほうが力が上。要するに権力を持っている。例えば、私が所属している神殿騎士団は教会に属している。王直属の王宮騎士団もあるが、これはどちらかというと近衛騎士団のような組織で、国の軍事力は神殿騎士団だ」


 ということは、シルヴィアさんは、この国の軍事力の中心である神殿騎士団の副団長と言うことだから相当偉い人だ。そのシルヴィアさんが聖女様に会わせてもらえないっていうのは、やっぱりおかしい。


「だが、現在の王太子、ドミトリウス・カラゾフィスは、王宮の権力拡大に熱心だ。ドミトリウス殿下は王宮騎士団の規模の拡大を図っているし、ギネリア王国以外の他国との貿易や冒険者ギルドと協力しての魔物討伐などにも熱心だ」

「ドミトリウス殿下は優秀な方のようですね」

「ああ、とても優秀で、容姿端麗、そして教会にとってはいまいましいことに国民に人気がある。この国の南はイデラ大樹海に面しているし、北西は西方山脈があり、北東にはスピカ大草原、大草原の先はザジル砂漠がある。魔物の被害も少なくないが資源にも恵まれている。これまでは隣接しているギネリア王国以外とはあまり付き合いはなかった。だが、ドミトリウス殿下はギネリア王国だけでなくその先のキュロス王国、北のガルディア帝国やガルディア帝国との間にある中央諸国と呼ばれる小国家群などとの関係を深めて、この国をもっと豊な国へ変えていこうとしてる。そしてそれは成功を収めつつある」


 なるほど、国民の生活を豊かにする政策を行うドミトリウス殿下、加えて容姿端麗であれば国民の人気が高いのも頷ける。そういえば、キュロス王国からギネリア王国に向かう途中で会った商人のウッドバルトさんも、ドミトリウス殿下のおかげでキュロス王国と交易ができるようになったと喜んでいた。


 しかし、それでは教会側は・・・。


「ああ、教会や教皇は面白くない。開かれた国になれば、他国の宗教が入ってき易くなるだろうしな」

「神殿騎士団の副団長がそんなこと言っていいんですか?」

「うーん。ほんとはあんまり良くはないだろうが、皆知っていることだ。この国は特殊なんだ。他の国では創生の神と言われるイリスを信仰してるとこがほとんどだからな」


 イリスはコウキに加護を与えている神様だ。


「この国では初代勇者アレクの恋人でアレクを守って亡くなったと伝えられている大賢者シズカイを信仰してる。ここはアレクが魔王を倒した後シズカイ様の亡骸とともに隠遁した場所で、シズカイ様の遺体は今も大聖堂の地下深くに眠っていると伝えられている。そして、シズカイ様は黒髪の聖女とも呼ばれ、国の危機にはシズカイ様の生まれ変わりである聖女様が現れ国を救うと信じられている。まあ、異説もあるようだが概ねこんな話だ」


 大賢者シズカイがアレクを守って死んだとかは、僕が知っている話と大体同じだ。


「それで、勇者アレクは、どうなったんでしょうか?」

「それはよく分からない。魔王を倒した後、ここで隠遁生活を送ったとは伝えられているが、この国にアレクの墓のようなものはない。アレクのその後については謎だ」

「そうですか」

「話を戻すと、要するに信仰も他国とは違う。多少の付き合いがあるのは直接隣接しているギネリア王国だけ。そして権力は王様ではなく教会が持っている。そんなこの国を開かれた国にしようとしている優秀な次期国王であるドミトリウス殿下の存在に教会は危機感を持っている。実際に教会の権力は削られつつあった」

「そこにユイが、聖女が現れたと・・・」

「ああ、これは教会にとってとても都合が良い」

「言い伝え通り聖女が顕現した。そのことにより教会と王宮のバランスがまた教会側に振れたってことですか?」

「そうだ。教会は暗に開かれた国にしようとしている事自体が国の危機だとさえ仄めかしている」


 なるほど、聖女は国を救うというより、教会を救うために現れたみたいだ。これが教皇一派の陰謀なら、頷ける話だ。


「私としては最近魔物の被害が増えているし、さらには魔族と火龍が現れたんだから、そっちのほうがよっぽど聖女様顕現の理由として納得できるがな。とにかく聖女様は教会で魔物に襲われたりして傷ついた人たちを治療してくれている。その魔法は驚異的だという噂だ。聖女様がユイならそれも当然だ。なんせ私自身がベツレムで命を救われたんだからな。その結果、聖女様は大変な話題になっていて、ドミトリウス殿下に対抗できる存在、いや、それ以上の存在になったと言っていい」


 まあ、神の使いである聖女が顕現すればそうなるだろう。 

 

 シズカイの後、これまでも賢者が召喚されたことはあったはずだ。だけど、ルヴェリウス王国やゴアギールから遠く離れたこの国に来たことはなかった。そして今回、転移魔法陣で飛ばされたユイが現れ、神聖シズカイ教国の・・・教皇の目に留まった。こんなとこか。


 この閉鎖的な大陸の南端の国では異世界召喚魔法の情報などあまりないのだろう。だいたいこの辺りの人にとって魔族や魔族との戦争なんて今でもおとぎ話のようなものなのかもしれない。だとしたら、火龍と一緒に魔族が現れたことも、衝撃を持って受け止められているはずだ。 


「ハル、私はユイは本物の聖女様じゃないかと今でも思うんだ」


 大賢者にして黒髪の聖女であるシズカイは、おそらく当時の神聖ルヴェリウス帝国によって日本から召喚された者だ。それならユイが聖女だというのは、あながち間違ってはいない。


「だが、それだとユイのことを報告した私が、なぜ遠ざけられているのか? やはり考えられるのは・・・」

「ユイが自分の意志でなく無理やり聖女にされている」

「ああ、ユイが自分の意志でこの国に来て聖女としての役割を果たしているのなら、私が会ってもなんの問題もないはずだ。だから・・・」

「シルヴィアさん。シルヴィアさんの言いたいことは、だいたい分かりました。シルヴィアさんがユイのことを教皇に報告したから、ユイがなんらかの方法で無理やり教会に利用されることになったのでは。そういうことですよね?」

「だから、すまない。私のせいでユイが・・・」


 シルヴィアさんとガリウス隊長は再度僕に頭を下げた。


 それでも疑問はある。

 

 どうやって、ユイの意志に反して、ユイを聖女にすることができるのか?

 賢者であるユイは攻撃魔法にも長けていてとても強い。


 それに・・・僕とも会えていないのに。 

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