4-8(ユイ).
少し短めです。
私が神聖シズカイ教国で聖女となってすでに1カ月以上が過ぎた。今日は神殿で、聖女として多くの人を治療する日だ。
神聖シズカイ教国、その名前を聞いて、私がすぐに思い出したのは、ベツレムでの魔物異常発生に対する合同討伐隊で一緒になった神殿騎士団副団長のシルヴィアさんのことだ。
シルヴィアさんはジークと一緒に『聖なる血の絆』の危機に駆け付けてくれた。命の恩人だ。それに私のほうもサイクロプスとの戦いではシルヴィアさんの命を救った。とても感謝してくれた。
シルヴィアさんを始め合同討伐隊には神聖シズカイ教国の神殿騎士団の人たちが参加していたから、おそらくあのとき、私のことが神聖シズカイ教国に知られたのだろう。
私の目にはシルヴィアさんは悪い人には見えなかった。一緒にいたガリウス隊長も口は悪いが真っすぐな人という印象を受けた。私が人を見る目がない可能性もあるけど、そうじゃないと信じたい。
むしろシルヴィアさんに会って助けを求めたい。だけど今のところ、それは叶わない。神殿騎士団の副団長なのになぜかシルヴィアさんの姿を見かけないからだ。
シルヴィアさんは私のことを知らされてないんだろうか?
今のところ私が指示されているのは聖女として振舞うことだけだ。でも、もし絶対に従えないようなことを命令されたらどうしよう。例えば、俺の女になれとか、人を殺せとか命令されたら・・・。今後そんなことが絶対にないとは言えない。
命令の内容によっては死を選ぶことも考えなければならないんだろうか?
でも、人はそう簡単に死を選べるものではない。少なくとも私はそうだ。異世界に召喚されるなんてことを経験し、その後ハルやクラスメイトとも離れ離れになった。
それでも私はこうして生きている・・・。
とりあえず、教会に所属し聖女として活動することは、それほど問題じゃない。傷ついたり病気だったりする人たちを治療することには抵抗はないし、むしろ人々の役に立つ仕事だ。
もちろん、問題がそれほど単純ではないことは理解している。聖女としての活動が何かに、おそらくは政治的な何かに利用されていることは、私にだって容易に想像できる。
聖女としての活動である怪我や病気の治療は一週間に一回の頻度で神殿にある大聖堂で行われる。でも、街にドラゴンが現れて多くの怪我人が出たため、今日は昨日に続いて連続での開催だ。
それにしてもドラゴンが街に出るなんて・・・。
大聖堂での治療では、一度に多くの人を治療する大規模魔法を使う。聖属性の最上級魔法の一つで、おそらくこの時代では私とマツリさんにしか使えない。同じ最上級魔法にはシルヴィアさんにも使った一人だけを治療する魔法もあって、そっちの方が治療効果としては高いんだけど、大規模魔法の方を使うように指示されている。
おそらく多くの人を短時間で治療するためと、そっちの方が聖女らしいからだろうと想像している。なんせ、この国では聖女は神の使いだ。
だけど私は神でも神の使いでもない。それに、いくら最上級の聖属性魔法でも万能じゃない。場合によっては四肢の欠損すら直すことができる最上級の聖属性魔法だけど、負傷してから時間が経つとほど効果が薄くなる。あと、病気は治せないものも多い。
そういえば、ハルが回復魔法は再生医療に近いのではないかと言っていた。サヤさんたちともそんな話をした。
・・・懐かしい。
回復魔法は決して神の力ではないけど、日本よりも医療技術も低いこの世界において聖属性魔法の使い手は貴重だ。まして最上級魔法まで使える私やマツリさんのような人が聖女様だなんて言われて崇められるのも理解できなくはない。
そんなことを考えていると、あの男が私の前に姿を現した。
「今日も神殿で治療を行えばいいんですね」
「そうだ。いつものように教皇たちが一緒だ」
この男に会うのはあのとき以来だ。私を隷属の首輪で支配下に置き様々な命令をこと細かく伝えた後、男は私の前には現れなかった。その間、この男の命令に従い、私は教皇や側近であるベネディクト大司祭の指示に従って聖女として行動している。
そもそも、この男の名前も教会でどんな立場なのかも分からない。余計な情報を私に与えないためなのか、今日も二人だけだ。
この男はもしかしたら教会の関係者ではないのだろうか。いや、そう決めつけることもできない。教会での男の態度は自然だ。
とにかく隷属の首輪を着けられている以上、慎重に行動しなくては・・・。
久しぶりに現れた男をそっと眺める。私と同じようにフード付きのローブに身を包んでいる。ただし、聖女の白いローブとは違い鼠色のローブだ。今日は仮面は着けていないようだが、フードを目深に被っているので、やっぱりその表情を伺い知ることはできない。
「そうだちょっと確認しておこう」
男は私のローブの襟を少し下げると隷属の首輪に手を触れる。
「ふむ」
魔力の気配を感じる。人が魔道具を使うときに感じられる気配だ。
「問題ないようだ。絶対に命令には逆らわないようにしろ。でないと」
私の首元を直しながら男は念を押す。
この男に逆らって死にそうになった、あのときのことを、忘れることはできない。隷属の首輪の効果は疑いようもない。この首輪は本物だ。
もう少し、あとほんの少しで私は死んでいた。
私の魔力が高く最上級の回復魔法が使えたからギリギリ生き残った。それは分かっている。
「分かっています」
ああ、なんで私はあんな手紙に騙されて、ノコノコと一人で出てきてしまったのか。またもや後悔の念が押し寄せる。
思えば、やっぱりハルの名前を出されたのが決め手だった。
私が乗せられた馬車には魔道具によって魔法無効化の結界が張られていて、私はあっさり拘束された。男が得意そうに説明していたのを思い出す。
悔しい。
ジークたちだって心配しているだろう。ジークはこの世界で英雄と呼ばれている。パーティーメンバーが突然いなくなったのだ。探しているとは思う。ましてジークは私にプロポーズしていた。
私も・・・心が揺れていた。ハル、ごめんなさい。
この世界で生きていくことを考えれば英雄と言われているジークを頼るのは正解だろう。それにジークはいい人だ。でも・・・私が好きなのは・・・。
ハルとクレアさんも、あの魔法陣でどこかに転移したはずだ。
もしかして、どこか違う世界に行ってしまったのだろうか?
それとも、私たちを殺そうとしたクレアさんと一緒なら・・・ハルはもう・・・。
気が付いたら、男は姿を消しており入れ替わるように教皇とベネディクト大司祭が私の前にいた。
「さあ、昨日に続いてで申し訳ありませんが、治療の時間です」
「行きましょう、聖女様」
私は聖女らしく重々しく頷いた。




