4-4(火龍襲来その1).
聖都シズカディアについてから数日、冒険者ギルドを中心に情報収集したが、聖女の件について初日に得られた以上の情報はない。聖女の件以外で変わったことといえば、聖都付近で最近魔物が少し増えてきたのではいう情報があるくらいだ。
それと、数日とはいえ聖都シズカディアで暮らしてみて思ったことなんだけど、シズカディアはルヴェンなどと比べると見た目は美しいが魔導技術ではやや遅れている。聖都にもかかわらず、街の中心部にも井戸があるのを見かけた。ルヴェリウス王国では少なくとも首都ルヴェンなど大都市は魔導技術によって上下水道などのインフラが整備されていた。やはり周辺とあまり交流を持たない閉鎖的な国だからだろうか?
そんなことより、今日は聖女が怪我人を治療する日だ。
僕とクレアは、聖女がユイなのか確かめるため神殿に向かっている。聖女は間違いなくユイだと思っている僕は、いよいよユイに会えるのかという期待と今のユイの状態への不安とが入り混じって緊張というか、一種の興奮状態にある。
「ずいぶん人通りが多いね」
緊張をほぐそうとクレアに話しかける。
「聖女様の治療を受けにいくのでしょうか?」
「いや、それだけにしては多すぎるよ。聖女様が現れてまだ1ヵ月だ。まだまだ一目聖女様を見ようとする人も多いんじゃないかな」
「この国で神の使いと言われている聖女様が現れたんですから、そうなるのも当然ですね」
とにかく聖女がユイかどうか確かめよう。遠目からでもユイを見分ける自信がある。
僕とクレアは神殿に向かう歩を速めた。
しかし、結論から言うと僕たちは聖女を見ることができなかった。
神殿の聖女が治療を行っている場所に入ることすらできなかった。入るにはあらかじめ許可を得る必要があったのだ。
「その許可はどうやって取るのですか?」
「一般的にはもともと神殿で治療を受けている人や神殿関係者からの紹介とかですね」
神殿の入口にいた担当らしい神官はそう教えてくれた。着ているローブの胸に3つの三日月をモチーフとしたシズカイ教のシンボルが見える。そう言えば神殿の大きな扉の上にも同じものがあった。
「お二人は特にケガなどをしているように見えませんが?」
「そうですね。特に怪我でも病気でもありません」
「聖女様を一目見たいという気持ちはよく分かりますが、まず必要な人が治療を受けることが重要ですので」
それは全くその通りだろう。周りを見ると、聖女を一目見ようと訪れたらしい人たちが僕たちと同じように入場を断られていた。入場を断られてものその場で跪いて祈りを捧げている人もたくさんいる。
「今日は諦めるしかないみたいだね。また方法を考えよう」
僕は努めて平静を装っている。
「はい」
僕たちは神殿を後にして、特にほかの目的もないので宿の方向へ歩いていた。
うーん、この後どうすべきだろうか?
この国には特に知り合いもいない。
「ハル様、向こうの方が何か騒がしいです」
クレアが指した方が見ると、確かに様子が変だ。周りの人たちも何事かと騒ぎ始めた。たくさんの人たちが何か喚きながらこっちへ向かってくる。子供の手を乱暴に引っ張って走ってくる人もいる。慌てふためいている人たちを見ていると、返って妙に冷静になってくるから不思議だ。
「ドラゴンが現れた!」
今なんて?
目の前の風景が急に色褪せてモノクロ映画のように見える。
ここはイデラ大樹海ではないはずだ!
「ド、ドラゴンが現れた!」
またドラゴンという言葉がさっきより緊迫した口調で叫ばれた。
ドラゴン・・・僕はその言葉を頭の中で反芻した。
落ち着け! 落ち着くんだ!
周りの景色が色を取り戻した。
「ハル様!」
「クレア、行ってみよう」
たくさんの人たちが我先に逃げてきている。誰が叫んだのか、落ち着けとの声も、慌てふためく人々の波の前には役に立たない。
僕とクレアは逃げる人たちを避けるようにして前に進むが、思うように進めない。
「聖都にドラゴンが現れるなんて!」
「この世の終わりだー」
口々に悲鳴のような声を上げながら人々が逃げてくる。家族とはぐれたのだろうか? 大声で家族の名を呼ぶ声も聞こえる。崩れた建物。遠くには黒い煙のようなものも見える。ドラゴンのブレスにやられたのだろうか。
それでも、僕たちは人の波を掻き分けて前に進む。
怪我をしている人にクレアが回復魔法をかける。キリがない。
とりあえず、怪我が酷い人を優先してクレアが回復魔法をかけながら前に進む。
「神殿騎士団は何をしてるんだ!」
「ここからは王宮だって近いんだ。王宮騎士団は?」
そんな声をやり過ごして前に進む。
いつの間にか周りに人は居なくなった。動いている人は・・・。
そして、ついに聖都の低空を悠々と旋回する大きな影が見えてきた。
近づけば近づくほど、既視感が強まってきた。
赤いドラゴン。この大きさ・・・あの角!
間違いないエリルと一緒に倒したのと同じ火龍だ。伝説級の中でも最上級の魔物、神話級とも呼ばれることもある魔物だ。魔王であるエリルさえ死にかけ苦戦した・・・あの火龍で間違いない。
「クレア、か、火龍って何匹もいるものなのかな?」
「分かりません」
イデラ大樹海で戦ったときは、二段階限界突破した炎爆発でも倒せなかった。エリルの黒い霧の魔法ですら、それだけでは倒せなかった。思い返してもギリギリの戦いだった。ましてや、今この場所に・・・エリルはいない。
いったいなぜ?
火龍はわざわざ人族の生活圏に現れるような魔物ではないはずだ。仮に気まぐれで近くに来たとしてもいきなり聖都を襲ったりするだろうか?
いや、とりあえず、理由を考えている場合ではない。これ以上被害を大きくしないためにはどうしたらいいのか。
あちこちに見える瓦礫になった建物。濛々と上がる黒煙。逃げ惑う人々。まるで怪獣映画だ。いやこれは現実なのだ。しっかりしなくては。
「ハル様、火龍の背中に人影が・・・」
「え?」
クレアの言う通りだ、火龍に騎乗している者がいる。
この火龍は操られているのか? だとしたらあれは人ではなく魔族か。鼠色のローブ! 男のように見える。
僕はキュロス王国での出来事を思い出した。
あの鼠色のローブの男は、メイヴィスらしき魔族の女と一緒に目撃された奴なのか?
エリルは神話級の魔物を使役するのは無理だと言っていた。しかし、通常の使役魔法で無理でも特別な魔法なら・・・。
エリルから聞いた四天王メイヴィスの持つ固有魔法は、死体を蘇生して蘇生した者を眷属にする魔法だ。それがあのときの火龍に使われたとしたら・・・。
それならすべてが繋がる。火龍を討伐した次の日、あの場所には剥がれ落ちた鱗以外何もなかった。火龍の死体はなくなっていたのだ。
どうして、メイヴィスがあの場所に、イデラ大樹海の深層にいたのかという疑問はある。
エリルの意見に反対らしいメイヴィスがエリルを見張っていたとしても、そもそもどうやってあの場所に来ることができたのか?
いや、それより目の前の火龍のことだ。
僕の想像通りなら、火龍に騎乗している鼠色のローブの男はトドスでメイヴィスらしき女魔族と一緒にいたのを目撃された奴で間違いない。
トドス近辺で見た多くの冒険者や騎士の死体。
その後、50人以上の盗賊が殺されているのも発見された。
僕は空を見上げる。
あの火龍は文字通り僕たちが倒したのと同じ火龍だ。僕たちが倒したからメイヴィスが眷属にできたとすると・・・僕たちにも責任があるのだろか?
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
さて、成長した主人公たちの今度の火龍との戦いはどうなるのでしょうか?
そしてユイは・・・。




