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ありふれたクラス転移  作者: たまふひ
第1章(クラス転移)
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1-10

「僕はここを出て行くことにするよ」突然、ユウトがそう宣言したのは、僕がセイシェル師匠のアドヴァイスで目指すとこが少し見えてきたと感じた日から間もなくのことだった。訓練の前、みんなが揃っている場でのことだ。


「ユウト本気なのか?」

「もちろんだ」


 コウキの質問にユウトは即答した。表情を見ても決心は堅そうだ。ユウトについては最初から気になっていた。もともと僕以上に友達が少なくクラスでも孤立していた。この世界に来てからもあまり意見は言わなかった。


「こんな僕でもこの世界ではそこそこ強者らしい。僕なりに色々調べてみた。ラノベなんかと同じで冒険者ギルドがあって冒険者という職業がある。意外と尊敬される職業らしいよ。僕でも冒険者として十分にやっていけると思うんだ」


 なるほど。ユウトなりに色々調べていたらしい。でもユウトは勇気がある。僕だったら、一人で生きていけそうだと知っても、もう暫らくはルヴェリウス王国の庇護のもとで生活したいと思っただろう。なんせここは異世界なのだ。


「もう少しみんなと一緒にいて情報収集してからでも遅くないんじゃないか」

「僕もこれでもいろいろ考えているんだ。コウキの言うことはよく分かる。でも新しい環境で、この新しい世界で挑戦してみたいんだ」


 コウキはユウトを真っ直ぐ見つめている。真意を確認しようとしているように見える。


「決心は変わらないんだな」


 ユウトは黙って頷いた。


「あのー」と口を挟んだのはいつもはおとなしいカナさんだ。「私、あんまりユウトくんと話したこともなくて、異世界に来てたった9人の仲間なのに・・・。なんか、ごめんなさい。訓練のとき以外はユウトくんいつも一人だったし、そのせいでここを出ていくことにしたんじゃないの?」

「それを言うならカナっちだけのせいじゃないよ。私だって」

「カナさん、サヤさん。僕のことを心配してくれるんだね。ありがとう。でもそうじゃないんだ。カナさんやサヤさんはもちろんみんなのせいじゃない。日本にいたときから僕が一人だったのは好きでそうしてたからだよ。この世界に来てから、みんなほどじゃなかったけど少し力を得て僕は喜んでいるんだ。もっと自由に生きられるんじゃないかってね。だから笑って僕を送り出してくれないか」


 暫らく沈黙がその場を支配した。


 カナさんが言ったことは、僕たちみんなが最初にユウトの決心を聞いて思ったことだ。みんな自分たちがユウトを追い出したんじゃないかと後ろめたい気持ちになっていたのだ。


「分かった。ユウトがここを出た後も不自由なく生活できる準備を整えて貰えるよう、王国と交渉しよう」


 コウキの言う通りだ。お金だってできるだけあった方がいいし具体的な市井での生活の注意点なども聞いておく必要がある。そもそもルヴェリウス王国がユウトが出ていくことを認めるかどうかという問題もある。


「ユウト、コウキの言う通りだ。できるだけ準備をした方がいい。それに、まず王国にユウトがここを出ることを認めさせる必要がある。ユウトが自由に生きるために、できるだけのことをしてもらえるよう、僕もコウキと一緒に王国に掛け合うよ」


 僕は思わずそう言っていた。みんなも頷いている。


「ありがとう。そうして貰えると助かる。その辺の準備ができ次第ここを立つよ。決心が鈍らないうちにね」


 こんなにすらすらしゃべるユウトを初めて見た。ユウトの顔には清々しささえ浮かんでいる。ユウトの決心と僕たちに後ろめたさを感じさせないようにという発言に僕は感心した。魔法のコントロールが上達してきてユウトよりは上かな、なんて思っていた自分を恥じた。

 みんな、口々にユウトに頑張れよとか、体に気を付けてね、などと声をかけている。みんなあまり引き留めるような言葉を口にしなかった。それは昨日までのようにユウトに興味がないからではない。ユウトの勇気や決意に感銘を受けたからだ。


 ユウト頑張れよ! 


 お前すごいよ。僕はルヴェリウス王国の言うことをあまり信用していない。でもユウトのような決断はまだ下せない。


 僕は心からユウトがこの世界で、ユウトの望むように自由に生きていけることを願った。




★★★




 ユウトがここを出て冒険者になって自由に生きると宣言した後、僕たちは全員でユウトがここを出てもなるべく不自由なく暮らせるような準備を整えてもらえるようにルヴェリウス王国と交渉した。

 ルヴェリウス王国は最初ユウトを説得しようとしたが、思ったよりあっさり諦め、ユウトが出ていくことを認めた。条件は今回の僕たちの召喚のことを秘密にしておくこと、それだけだ。当面の生活に必要なお金はもちろんほかにもいろいろと用意してくれた。なんとその中には、アイテムボックスもある。ラノベやアニメでは定番のアイテムだ。容量はそれほど大きくない。それでも家が買えるような値段がするらしい。さらに冒険者ギルドへの登録も王国が手助けしてくれるとのことだ。

 ラノベなどで良くある設定と違って、この世界の冒険者ギルドは誰でも登録できるわけではない。冒険者ギルドが国を跨る組織であり、冒険者の資格がどの国でも有効であることを考えれば当然だと思う。

 ただ、ルヴェリウス王国がユウトが出て行くことを意外と簡単に認め協力的だったのは、残る僕たちに良い印象を与えようとしていると同時に、ユウトが僕たちの中であまり強い方ではないからじゃないかと思いあたって、僕は少し嫌な気分になった。


 さて、ユウトは市井で生きていくための知識を得るため今日は座学だ。一方僕はセイシェル師匠との訓練だ。


炎盾フレイムシールドは、かなり早く発動できるようになって来ましたね」

「はい。ありがとうございます」


 実際、小さく必要最小限度の硬度で発動すれば、頭の中でイメージした瞬間といっていいくらに速く炎盾フレイムシールドを発動できる。やはりこの方法は僕に向いているみたいだ。

 

「魔法の発動速度と操作精度を上げる方向で強化しようとするのは、ハルくんに向いていると思いますよ。正直、驚くほどの上達ぶりです」

「師匠にそう言って貰えると、この方向で間違ってないって思えます」

 

 使える魔法は少ないけど、その分発動のスピードと精度を上げる。セイシェル師匠のおかげで僕の進むべき方向性に自信が持てた。師匠ありがとう。


 その後も、僕は炎盾フレイムシールドの訓練を続けた。


 範囲が狭く硬度の低い炎盾フレイムシールドほど速く発動できる。ただし、脆すぎると当然役に立たない。その場に合わせた必要最低限の硬度と必要最小限の大きさにコントロールされた炎盾フレイムシールドをより速く発動させる。その訓練だ。


 少し離れた場所にある剣術の訓練場で今日教えているのは、ギルバートさんではなく少し青みがかった銀色の髪をしたクレアという名の少女だ。ギルバートさんの部下であるクレアさんは、あまり表情の変化がなく、髪の色もあって冷たい感じがする美少女だ。僕たちとそんなに変わらない年齢に見える。

 アカネちゃんと同じように両手剣をらくらくと振り回している。両手剣といってもアカネちゃんが持っているものよりやや細身のもので、ときどき片手でも扱っている。やや細身といっても両手剣を片手でも扱えるってことからも、かなり身体能力強化が高いことが分かる。そして、その動きはアカネちゃんよりもはるかに速く、その切っ先の動きは鋭い。アカネちゃんだけでなく、コウキでさえ軽くあしらわれている。


 「クレアは天才ですよ」僕がクレアさんを見ているのに気づいたセイシェル師匠が言った。


 僕たちと変わらない年で異世界人でもないのにあの強さだ。クレアさんは確かにこの世界の天才なのだろう。

 ただ、強いといえば、やっぱりギルバートさんだ。訓練しているうちに、剣聖だと言うギルバートさんの強さが、物凄いことは僕たちにもすぐに理解できた。クレアさんもそうだが、魔力での身体能力強化があるこの世界での強者の動きは、まるでアニメの主人公のようだ。剣聖の上には剣神という称号もあるらしいが、今のルヴェリウス王国にはいない。


 もしそういう存在がいるなら・・・魔王を倒すのに本当に僕たちが必要なのだろうか?


「さあ、こっちも訓練を続けましょう」


 僕は、セイシェル師匠の一言で、我に返った。


「はい!」




★★★




「コウキ、説得に来たのか? 僕の気持ちは変わらないぞ」


 ユウトは明日ここを出る。そんな日の夜、ユウトの部屋を訪ねてきたのはコウキだ。勇者でありこの世界へ来て以来、みんなのリーダーといっていい男だ。


「いや、今更引き留めはしない。それに異世界に来てどう生きるかは自由だ」

「それなら」

「ルヴェリウス王国を信用するな。冒険者登録を済ませたらすぐにこの国を出た方がいい」


 冒険者ギルドの登録にはキチンとした身元の証明が必要である。その代わりというわけではないが、冒険者ギルドは国を跨る独立した組織であり、冒険者の身分はこの世界で自由に生きていくのにとても役立つ。今回はルヴェリウス王国がユウトの身元を証明し冒険者ギルドに登録することになっている。ユウトがここを出て行くと伝えるとルヴェリウス王国は残るよう説得はしたが、ユウトの決心が堅いと知り説得を諦めた後は協力的だ。コウキたち全員が協力してくれたおかげもあるだろう。ユウトはみんなの中では強い方ではないが、それでも冒険者として生きていけるくらいの強さはあるはずだと思っている。


 そのユウトに、コウキは王国を信用せず、さっさと王国を出ていけと言う。


「分かった。なるべく早くルヴェリウス王国を出ることにするよ。いろいろなところを見てみたいしね」

「なるべくじゃなくて、すぐにだ」

「すぐに?」

「ああ、すぐにだ」


 ユウトはコウキの目を見る。その目は真剣だ。それにコウキが冗談でこんなことをいうやつじゃないことを、ここ最近のコウキの行動からユウトは知っている。


「コウキ、なにか知っているのか?」

「・・・」

「知っているのなら」

「知らないほうが安全だろう。それに具体的にユウトに何かするっていう情報を持っているわけじゃない。ただルヴェリウス王国が非常に危険で信用ならないということは知っている」


 確かに秘密とは知らない方が安全な場合もある。それはユウトにも分かる。でもそれじゃあコウキは一人で何をしようとしているんだろうか。


「とにかくさっさとこの国を出ろ。この世界では人よりも魔物の方が多い。人の生活圏の方が限られている。すぐに行動すれば逃げ切れるだろう。絶対とは言えないけどな」

「そんなに危険なのか?」

「俺はそう思っている。ここを出るのを止めるか?」


 ユウトは自分がどうしたいのか考える。ここにいるクラスメイトは基本的にいい奴らだと思う。でも特に親しい人はいない。そもそもクラスに親しい人はいなかった。魔王討伐に行くのもガラじゃない。このままここで訓練をするのは・・・やっぱり何か違う。


「いや、僕の決心は変わらない」

「そう言うと思ったよ。これをやる」

 

 コウキは巻物のような紙をユウトに渡してきた。


「これは?」

「地図だ」

「地図ならもう」

「俺なりに安全そうなルートに印をつけておいた」


 ルヴェリウス王国より北は魔族の支配地域ゴアギールだ。ルヴェリウス王国を出るとすると南に行くしかない。シデイア大陸を出てヨルグルンド大陸側に行くのだ。だが、コウキがユウトに渡した地図にはまず東に向かうルートが示してあった。


「アレクには寄らない方がいいかもしれないな」


 ユウトがアレクについて知っているのは、アレクという名が初代勇者の名にちなんでいること、ルヴェリウス王国のヨルグルンド大陸側の街であり王都ルヴェンより人口は多いらしいということぐらいだ。コウキは王都ルヴェン以上に大きな街であるらしいアレクには寄らない方がいいという。コウキのことだ何か考えがあってこの地図を渡してきたに違いない。


「ありがたく貰っておくよ。それと忠告感謝する」


 ユウトはコウキの話を聞いても意外と落ちついている。ユウトは日本にいたとき何かここは自分の居場所じゃないような違和感を感じていた。なのに、今はこれから何が起こるのか楽しみにしている自分がいるのを感じている。

 コウキが言うにはルヴェリウス王国は危険らしいけど、それでもユウトはこの世界に召喚してくれて力を与えてくれたルヴェリウス王国には感謝している。かといってルヴェリウス王国に拘っているわけじゃない。コウキが危険だと言うなら危険なのだ。コウキのアドヴァイスを軽視してはいけない。ユウトは自分に言い聞かせる。コウキの言う通りできるだけ早くこの国を出よう。その後は・・・。

 

 自由に生きよう!

ユウト視点の部分は一人称と三人称を迷って三人称にしてみました。難しかったです。

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