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第七十五話 決着・結集・終わりの宴

 カナメが振り下ろしたハンマーが謁見の間の床を叩いた瞬間、カナメとリュウスケは別次元へと強制的に移動していた。

 それに慌てたのは、当然何も理解できていないリュウスケの方である。


「なッ、なんだ、ココは」


 思わず、といった風に、リュウスケは驚嘆の声を上げた。

 今現在二人が居る空間は黒い地面と白い空、という二色しか存在しない黒と白モノクロームの世界だった。

 黒と白の世界には二人の他には地形の起伏も何もかも一切無く、何処までも何処までも平らで、あまりにも広大過ぎて意味のわからない不安を抱いてしまいそうな程の広さがあった。


「慌てるなって、説明するから。あと、慌て過ぎるとかなり滑稽になるからな」


 突然の世界の変革に慄くリュウスケを諭す様にカナメは言った。ニヤニヤと普段通りに人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべたままである。

 それにリュウスケは眉間に皺を寄せて怒りを滲ませながら、湧き上がるグツグツとした感情を何とか自制する事に成功した。カナメに侮辱されたまま、無様な姿を晒し続けるのはプライドが許さなかったらしい。


「一体、何をした?」


 リュウスケは一度短く息を吐き出し、精神を落ちつけてからカナメに問いかけた。

 現在、カナメとリュウスケは百メートル程の距離を開けて対峙している。本来なら大声を出さねば声が届かない距離だが、不思議な事にスキルを使わなくても両者の声は相手に届けられていた。

 ただし届いているのは声だけだ。視界はそのまま変わりない。しかし距離など大した問題ではなかった。

 リュウスケはカナメの姿をスキルで拡大し、カナメは遠くに居てもピリピリとした気配を発散してるのが分かるリュウスケを裸眼で見つめた。


「んじゃ戦う前に、この世界の使い方について話そうか」


 まるで出来の悪い生徒に講義する教師のような口調で、カナメが語った。


「この世界は俺が造った宝具――<己の軌跡の積み重ねロストパスト・レザリクション>によって製造された異空間ってヤツだ。

 んで、この世界の特性は今まで自分が造った事のあるモノ、あるいは己が造った作品を使って構築されたモノ――無機物有機物兵器日常品食材とか一切関係なしにそれを生み出し、そして自分の意思の通りに自在に扱えるようになる事だ」


 語りながらカナメが右手を軽く振れば、その右手の中には何時の間にか一つのコップが在った。コップは黄金とガラスのような透明の素材で造られ、その中には赤い液体が入っている。

 カナメはまるでワインを嗜むように中の液体の匂いを嗅ぎ、しばらく楽しんでからそれに口をつけた。すぐに嚥下せずにしばらく口腔に留めて味わってから、飲み干し、カナメは説明を再開する。


「とまあ、こんな風にな。造った物が何も無い所から出てくるんだ。

 ちなみにこれは果実酒<ヴォルモット・ララーイッシュ>。アヴァロン産の高級品で、諸国の王族や貴族に人気の一品だ。自慢になるけど、かなり美味いぞ。

 飲んでみるか?」


 そう言ってカナメが再度手を振れば、今度はリュウスケの眼の前にコップが出現した。コップは何かの力が働いているのか、落下する事無く宙に浮かんでいる。

 それを即座に叩き落とし、リュウスケはより強い感情を込めてカナメを見据えた。中身の液体とコップは音をたてながら地面を転がっていく。


 そんなリュウスケの行為に気分を害した様子もなく、話は続けられる。


「――話を戻すが、この世界の使い方は簡単だ。お前リュウスケのユニークスキルと同じで、ただ想像するか、あるいはそんなモノがあるとだけ知っておくだけでもいい。想像しあるいは連想したモノがさっき言った条件に合致したモノである限り、この世界は忠実にそれを再現してくれる。

 傷も、性能も、摩耗も、威力も、想像した物と全く同じモノを製造してくれる。そして製造物が邪魔になれば、『消えろ』と思えば、ほれこの通り。

 まあ、別にこの力を使わなくても何ら問題はないが、俺はこの能力を存分に使わせてもらうからそのつもりで。

 で、どうだ、理解できたか? この世界について。質問があるなら、今なら受け付けるぞ」


 カナメは手元にある果実酒の無くなったコップを消し、ついでにリュウスケが叩き落としたのも消してから、今度は絢爛豪華な玉座を黒と白の世界に造ってそれに座った。

 その姿はまさに王であり、思わず平伏してしまいたくなる奇妙な感覚に抗いつつ、リュウスケは疑問を投げかける。

 まるで声だけで敵を切り裂けるような敵意を乗せて。


「この世界は、何でも、本当に、造ったモノなら生み出せるのか?」


「その通り、まったく同じ品を製造してくれる」


「どちらか一方は製造する品が限定されるといった事は無いのか? 例えば、そちらが一方的に数を揃えられるとか」


「無い。一度この世界に入ったモノは、造物主の俺だろうとも平等な恩恵しか与えない。

 俺達が今まで造った物を、造った作品が搭載された物を忠実に再現してくれるだけだ。ただし、一度に再現できる数は自分で造った個数が限界でもある。

 例えば何かを二個しか造って無いのに、五個も十個も一度には出せないって訳だな」


「製造できる条件の範囲は? ハッキリした境界を知りたい」


「繰り返すが、造れるのは今まで自分が造った事のあるモノ、あるいは己が造った作品を使って構築されたモノまでだ。

 そうだな、仮に俺がレーダー探知機を造ったとしよう。それは最初に言った条件をクリアしているから問題なく再現する事が可能だ。そしてレーダー探知機を搭載した作業機械が存在すれば、俺はそれも造る事が可能になる。ただしどちらも俺達が自覚していないと再現する事は不可能だ。

 知らないモノは造れないって事だな。

 で、限界だが。俺はレーダー搭載の作業機械までは造れる。しかしそれ以上は無理だ。作業機械が何かしらの兵器を造るようなものであろうとも、俺は作業機械までしか再現できない。

 とまぁ……んー、やっぱ説明は面倒だなぁ。

 まあ、自分で造った作品は自在に再現できる、とだけでも覚えておいたら問題ないさ」


「いや、理解はできた。そうか、そうか。中々面白い、コレなら――」


 一度そこで言葉を切り、リュウスケは静かに瞼を閉じた。


 その姿は何かを想像しているのだと、リュウスケの能力を知る者ならば察せられるだろう。

 もし知らなくてもその身から大量の、流石は『勇者』というしかないくらいに莫大な量の魔力が放出されれば馬鹿でも何かしらあるとは察する事ができるだろうが。


 放出された莫大な魔力を燃料に、リュウスケのユニークスキルは想像したモノを現実とする。


 その為普通ならば能力が発動する前に攻撃を仕掛け、集中を邪魔する事を選ぶだろう。幾つかの制約があるとはいえ、リュウスケのユニークスキル<英雄宿すこの身の空想ヒロイック・シンドローム>は強力だ。

 しかしカナメは、何もせずにただ待つ事を選んだ。

 余裕をもって、退屈な催し物の中に少しでも娯楽を見つけるかのように。リュウスケの準備が整うのを、玉座に座して待っている。


 そして数秒後、閉じていた瞼は開かれ、リュウスケがカナメの姿を確認した。玉座に座した姿で、リュウスケの攻撃が開始される事を分かっていながら浮かべられている不敵な笑みがそこにある。

 それにリュウスケは静かな怒りが込められた嘲笑を返す。それは、勝利を幻視したモノが浮かべるモノだった。瞳に宿った殺意が爛々と燃え上がる。


「こんなモノも再現できる、はずだよな?」


 リュウスケの背後で、全長六十キロを越える巨大な物体がこの世界の力によって一瞬で再現される。

 再現されたのはこの世界には存在しない、リュウスケとセツナが居た世界、かつてカナメが住んでいた世界の遥か未来にて製造され、そして今リュウスケが想像した物。

 それは、広大な宇宙を航行する星間船だった。星間船が、リュウスケの上空に浮いている。


「ラプラス級新造戦艦≪ラジーチェリア≫、砲撃用意」


 それも広大な宇宙を何光年と航行し、時には敵対生命体やスペースデブリなどを撃ち滅ぼす軍用艦である。

 しかもアチラの世界の最新鋭艦で、全長六十キロというサイズを全てフォローする強力な防御フィールド発生装置が数百以上も搭載されているだけでなく、小さな星ならば壊せるほどの高威力重粒子エネルギー弾を撃てる主砲、格納された数千に及ぶ甲種人型戦闘機械、そして数え切れない程の副砲やミサイルなど様々な兵器が実装されているシロモノである。

 カナメはレアスキル<断定者>で星間船のスペックを見て、『すげー』などと何処か抜けた感想を漏らしていた。

 そんなカナメを放置して、最新鋭艦の砲塔全てがカナメを殺す為の弾丸を吐き出そうと準備されていく。本来なら多くの生命体が乗り込んで行われる様々な作業も、この世界ならば全てリュウスケの意思によって自動的に実行されていくが故に行える行為だ。

 しかし問題もある。準備は滞りなく行われるが、当然角度などの問題からカナメに当たらないモノの方が圧倒的に多い。全長六十キロというサイズの星間船が人間一人を狙うのだから当然な事だった。

 しかしリュウスケは戦艦に己のスキルによる強化を施す事で、その問題を解決する。

 徹底的に、忌まわしき敵であるカナメを粉砕する為に、準備を怠るなどある訳が無い。リュウスケの憎悪と殺意が込められたスキルが、膨大な量の魔力を貪って行使される。




 【スキル現象<破砕する狂砲>が発動しました】

 【スキル現象<犯されぬ領域>が発動しました】

 【スキル現象<追いすがる弾頭>が発動しました】

 



 戦艦の全体が淡く発光する。それはリュウスケのユニークスキルが発動したサインだった。

 <破砕する狂砲>によって数え切れないほどある副砲から放たれる一発一発が主砲クラスの攻撃力にまで引き上げられ、それでいて<追いすがる弾頭>がカナメに当たるまで永久に追尾するという能力が付与された。

 例えカナメが避けたとしても、放たれた弾丸は猟犬のように執拗に追いかけて最後にはカナメを殺すだろう。

 それに<犯されぬ領域>により戦艦を守る防御フィールドは概念を宿した絶対不可侵に限りなく近いモノに変革しており、元の世界の兵器を使っても≪ラジーチェリア≫を撃破する事はかなり厳しい、という馬鹿げたシロモノにまで強化されていたりする。

 そしてダメだしとばかりに元々強力だった主砲はより強化され、星一つを簡単に撃ち抜けるようになっていた。そんな危ないモノを使えばリュウスケ自身も巻き込みそうなものだが、そんなモノはスキルでどうにでもなるのでリュウスケに躊躇いはない。

 むしろ望む所だった。


 絶対の攻撃力と絶対の守護、そして何処までも追いすがる大量の砲撃。


 一人を殺すのには過剰なほどのモノだったが、それでもリュウスケは迷う事無く引き金を引いた。

 それに応じた戦艦全体から、超高エネルギーの砲撃が解き放たれ――


「んじゃ、ポチっとな」


 ――る直前、天高くから降り注いだ極太の黒い光の柱が戦艦≪ラジーチェリア≫を飲みこんだ。


 黒い光の柱は数秒の間止まる事無く降り注いで、十数秒ほど経過してからまるで何も無かったように、微かな残滓だけを残して消失していった。


 そして、それができていた。


 黒い光の柱が降り注いだ範囲の地面が、まるで最初からそうだったように虚ろな孔となっていたのだ。地面に刻まれた綺麗な円形の孔、何処までも地下に続いていそうなほど深い孔である。

 底は見えず、むしろ底があるのかすら疑問に思えるほどの大空洞。平坦な世界に、突如出来上がったソレはあまりにも異質だった。

 当然、こうなったのは黒い光の柱が原因だ。黒い光の柱が、照射された射線上にあった全てを原子分解してしまったのである。黒い光の柱の直撃を受けた戦艦≪ラジーチェリア≫は勿論の事、効果範囲ギリギリで黒い光を全身で浴びてしまったリュウスケは、完全に、残骸一つ残さずに原子レベルにまで分解されてしまった。

 当然原子レベルにまで分解された生物が生きているはずが無い。


 リュウスケは、死んだのである。

 それも呆気なく、最初から居なかったかのように。


「……ふむ」


 玉座に座ったままで、カナメは新たに出現させたショートケーキを手掴みで喰らいつつ、先ほどまでリュウスケが立っていた空洞を静かに見つめている。


 やがてリュウスケが立っていた所からやや離れた場所に、薄らとした幻のようなシルエットが浮かんでいく。

 初めては薄く儚かったシルエットはやがて実体を帯び、ついには確固とした存在としてこの世界に再誕した。

 再誕したのは黒い光に分解され、何も分からずに死んでしまった筈のリュウスケである。


「――ハッ! な、何が?」


「死んだんだよ、さっきの俺の攻撃で。一瞬で原子レベルにまで分解されて、お前リュウスケは一度死んだんだ。

 で、予め造られていた【身代わり人形サクリファイス・ドール】によって生存できたってわけだな。

 良かったな、二千体も造っておいて。あ、今は千九百九十八体か。ハシーシュにも殺されてたしな、お前リュウスケ。その用心深さが何だか懐かしく感じるねぇ。

 まあ、どうでもいいが。ドールが無かったら呆気なく終わっていた所だぞ? 気合いを入れろー」


 玉座の上で、カナメは小さく笑っている。

 その手の中には、小さなスイッチがある事にリュウスケは今初めて気がついた。


「それは――」


「――これは、お前を殺した殺人衛星<天上より垂れし剣ダモクレス>に攻撃を実行させるためのスイッチだけど、何か? あ、もう一度押して欲しいのか。そうかそうか」


「いや、やめ――」


「大丈夫大丈夫。まだお前は死なないだろう?」


 そう言って、再度カナメはスイッチを押した。止めろと言いかけたリュウスケに微笑みを見せながら、無慈悲に躊躇い無く押したのだ。

 そして天から再び降り注ぐ黒い光の柱に呑まれて、リュウスケの身体はスキルによる守護を発動する間もなく飲み込まれて再び分解されてしまった。

 天から降り注ぐ光速の攻撃の前に、スキル行使に必ず『結果を想像しなければならない』という条件があるリュウスケの能力は、成す術がなかったのである。


「ほらほら、一瞬たりとも気を抜くんじゃないぞ。たかだか千九百九十七程度の残機なんて、俺が五百年の中で造ってきた作品の前だとすぐに無くなるだろうからさ」


 しばらくし、再びこの世に再誕したリュウスケに向けて、玉座に鎮座するカナメはリュウスケに楽しそうに語りかけた。


 <好奇心の怪物リュウスケ>は、そうしてゆっくりと死の沼に沈んでいく。




 ■ Д ■




 青白い炎を吹きだしながら、ロケットのような速度で飛来する箒の軍勢。

 たった一本だけある本体から無限数に分裂し、ただカナメの意思通りに飛んでいくだけという大昔に一度だけ製造されたネタ宝具の一つである<流星箒は飛んでくよバイ・バイ・ホウキ>の箒軍を前に、リュウスケは手に持つ杖を振り上げ。


「“万象燃やす想念の焔”ッ!!」


 創造する現象をよりハッキリと想像する為、予め決めていた言霊を吐き出し、振り上げた杖を勢い良く振り下ろす。

 杖――以前リュウスケがアヴァロンに侵入した際に戦い、その時に獲得したテイワズセカンドの生体金属で構成された片腕を主材料に幾つかの特殊な材料を加え、リュウスケのスキルを使って<天剣>に代わる武器を、と思いながら製造された渾身の一品<陽炎の魔杖ヒート・ヘイズ・ロッド>である。

 長い手が紫色の宝玉を握っているという不気味なデザインをしているが、<陽炎の魔杖ヒート・ヘイズ・ロッド>の能力【現象増幅・壱拾】はリュウスケがスキルで発生させた“現象”を最高で十倍にまで膨れ上げる――例を出せば、一個の炎球を造ったら杖が自動的にその数を十個に増やすなど――というとんでもない効果がある。

 普通の物質では到底耐えきれずに自壊するほど強力な内包概念能力なのだが、百年単位の長い年月を過ごし、カナメが創造した生体金属を素材としているが故に<陽炎の魔杖ヒート・ヘイズ・ロッド>は【現象増幅・壱拾】を何ら損なう事無く行使する事ができていた。

 <陽炎の魔杖ヒート・ヘイズ・ロッド>は、カナメの宝具に勝るとも劣らない武器なのである。

 故に<陽炎の魔杖ヒート・ヘイズ・ロッド>を装備したリュウスケは普通勝てるような存在ではないし、ただでさえ強力なスキル攻撃の前には例え竜種の群れだと言えども瞬殺されてしまうだろう。


 この世界に召喚された【勇者】の名に恥じぬ力を、リュウスケは獲得している。


 だがしかし、現在はあまりにもカナメとの地力が違い過ぎて、ユニークスキル<英雄宿すこの身の空想ヒロイック・シンドローム>や<神堕とす忌むべき左手アンチ・ゴッドハンド>だとか、宝具と同等の武器<陽炎の魔杖ヒート・ヘイズ・ロッド>だとか、そんなモノは大した助けになっていなかった。

 むごたらしいまでに、悲惨なまでに、カナメとリュウスケでは持っている手札の質と量が違い過ぎるのである。


「燃え尽きろッ!!」




 【スキル現象<消滅ノ炎禍>が発生しました】




 スキルによって発生する獄炎の波。

 <陽炎の魔杖ヒート・ヘイズ・ロッド>によって想像されたモノよりも遥かに増幅された炎波は黒と白の世界全てを燃やし尽くすかのように広大な範囲にまで攻撃の手を伸ばし、その熱量を際限なく上昇されていく。

 最早太陽の温度を軽く越え、金属も一瞬で気化する程の温度。輻射熱だけで人間など炭化しそうなモノだが、しかし、それでもカナメを殺すには多くのモノが足りなかった。

 リュウスケが強大な能力を行使すればするほど、カナメは徐々に徐々にその力を引き上げていくが故に。

 簡単な話、この世界の中だとカナメとリュウスケの力量差が顕著に表れてしまっているのだ。


「甘い甘い」


 獄炎の波を前に、飛来する<流星箒は飛んでくよバイ・バイ・ホウキ>の数が一瞬で増えた。その数は数百万から数千億、あるいはそれ以上に、といった爆発的増加率。

 一本一本が時速五百キロという馬鹿げた速さで飛んでいく箒の軍勢は、獄炎の波と真っ正面から衝突した。

 獄炎の波の凄まじい熱量によって大半の箒は豪快に燃やされていくが、しかし燃やされながらも箒の軍勢は途轍もない速度で分裂を続け、常識はずれな物量によって獄炎の波と拮抗してしまった。

 普通ならただ燃やされて負けるだけの箒の軍勢がしかし、速度と数で獄炎の波と拮抗するという光景は、あまりにも非現実的過ぎた。

 思わず思考停止してしまっても何ら異常ではないだろう。

 ただ、この短期間で非現実的な光景を何度も何度も見続けてきたリュウスケは驚かない、怯えない、止まらない。ただ自身の攻撃を防がれた悔しさで歯を食いしばり、獄炎の波の熱量を更に引き上げる。

 そうしなければ、再び死が訪れるのだと知っていた故の行動だった。


「“膨れ上がる憎悪の意思”ッ!!」



 【スキル現象<威力憎大>が発生しました】



 獄炎の波が<陽炎の魔杖ヒート・ヘイズ・ロッド>による強化だけでなく、新たに上乗せされたスキルによってその威力を上げた。そのスキルも<陽炎の魔杖ヒート・ヘイズ・ロッド>の支援を受けているため、強化率は跳ね上がらせる。

 それによって獄炎の波は最早星一つを白と紅蓮の中に飲み込んでしまいそうなほどの熱量と範囲を獲得したが、しかし遠く離れた場所に居るカナメは動じない。


「駆け廻れ――<流星箒は飛んでくよバイ・バイ・ホウキ>」


 カナメの口から起動言語アクセスワードが紡がれて、箒の軍勢はその真の能力を発揮した。

 数千億を越えていたその数が、一瞬で数千兆、あるいはそれ以上というあり得ない程の数値に変化した。


「――ッ」


 リュウスケが驚愕で息を飲む。それも仕方が無いだろう。

 一瞬で途轍もない数に膨れ上がっただけでなく、獄炎の波に豪快に燃やされながらも箒は増え続けているのだから。やがて増え続ける箒は数の暴力によって獄炎の波を押し込み始め、一度勢いを得た後は全てが即座に終結した。

 獄炎の波の護りは燃える箒の軍勢によって一点を喰い破られてしまい、突破した箒軍は目標物であるリュウスケの身に殺到した。


 たかが箒、されど箒。


 宝具であるが故に概念攻撃でしか破壊されない箒の群れが、リュウスケの肉体を一瞬で磨り潰す。概念が込められていた獄炎の波ならばいざ知らず、アイテムによる強化が施されているとはいえ所詮リュウスケは生身だ。

 折れず曲がらず砕けず壊れずな宝具が時速五百キロで物体が当たった時の破壊力は測り知れず、そんな兵器が数え切れない程リュウスケの肉体に衝突すればどうなるのか。

 そんなモノは見なくても分かる。

 時が刹那と経過せずにリュウスケの肉体は箒軍によって消滅させられた。肉は潰され、骨は砕かれ、全身から噴出する血も箒の軍勢が噴き出す火炎などによって燃やし尽くされてしまい、この世に細胞一つすら残っていない。

 痛みすら感じる暇もない程の瞬間的殺害だった。


「今度も俺の勝ちだな」


 カナメがリュウスケを殺害する事、これで三百十九回目。

 要した時間はまだ一時間をやや過ぎた程度というハイペースである。


「ブハァッ!! ハァ、ハァ、ハァ。お、オエェェェェェエ」


 製作者リュウスケの命が失われた時、死ぬ前の健康な状態でこの世に復帰させる事ができるアイテム――【身代わり人形サクリファイス・ドール

 その効果によって箒の軍勢により磨り潰されてしまったリュウスケはかすり傷一つ無い状態で復活したのだが、しかし死ぬ前の直前に見た光景と自らの肉が叩き潰され引き千切られた感覚は残っており、死んだと実感できる生々しい情報による不快感に耐えきれず、四つん這いになって嘔吐した。

 しかし数え切れない程の嘔吐を繰り返したためか、吐き出されたのは少量の胃液と涎だけだった。

 吐いた事で気は幾分ましにはなったが、今も胸中に沈殿している不快感はリュウスケの胸にある。

 そして吐瀉物に反射する自分の顔を見て、リュウスケは何を思うのか。歪む表情には複雑な感情に溢れ、他人からはその心情を読み取る事は難しい。


 そしてリュウスケは全てを吐き終えて、遠く離れたカナメの姿を見た。


「まだ俺は一歩も動いていないんだが?」


 この空間であるが故に届く声は、明らかに挑発するモノだった。


 現在カナメとリュウスケの間には、一キロという大きな距離があった。

 その原因はカナメの攻撃にリュウスケが押され、あるいは吹き飛ばされたからに他ならない。


「ッッッ!! ――“縮圧される空間”ッ」


 

 【スキル現象<空間圧縮>が発生しました】



 空間の圧縮――疑似的なブラックホールがリュウスケのスキルによって発生した。

 発生したポイントはカナメの眼前――周囲の空間も纏めて吸い込む黒い玉――光さえ捉えて離さない驚異的な攻撃は、しかしカナメには意味が無い。


「だから、無駄だって」


 疑似ブラックホールに対し、カナメは両掌にある口を開く事で対処した。次の瞬間にはブラックホールが消失する。

 何故か? 当然カナメが喰らったからだ。掌の口を使って。


「俺には生身の直接攻撃以外は口で全部喰えるって、三百回殺した時に教えてやったんだからさ、少しは頭を使おうぜ。ココに来る前の時間停止攻撃も、俺が俺の周りだけ効果が及ばない様にスキルを喰って防いだって説明を忘れたのか?」


 カナメの掌にある口――ありとあらゆる作品を生み出し、生身を持つ生物以外全てを喰う事が可能な、ユニークスキル<例外しか造り出せないアンリミテッド・規格外の造物主ライフメーカー>によってカナメが得た新臓器――外界捕食吸収器官<暴食の口ベルゼブブ>。

 それをリュウスケに見える様に翳し、カチカチと歯を打ち合せて音を出しながら、呆れたように肩を竦める。


「……確かに、その話は本当なのだろう」


「そりゃ、本当だからな」


「……攻撃が通らないのも、そうなのだろう」


「そりゃ、遠距離攻撃でこられたら、ただ喰えば終わりだからな」


「……だから、肉弾戦で行かせてもらう」


 


 【スキル現象<空間転移>が発動しました】



 リュウスケの姿が消失、次の瞬間にはカナメの背後に。

 その右手には<陽炎の魔杖ヒート・ヘイズ・ロッド>が、左手には天剣<天地統べる天空神の理スルタン・シュチェルビェツ>が握られていた。

 天剣はリュウスケが自身を転移させるのと同時に、亜空間から取り出し装備したのだ。


「【金剛雷装】ッ!!」


 天剣は元々カナメの作品だったが、リュウスケがその左手に宿すユニークスキル<神堕とす忌むべき左手アンチ・ゴッドハンド>によってその能力などを書き換え、変革されている為カナメが造った宝具であるにも拘らず、造物主であるカナメを傷つける事が可能となっていた。


 故に、その凶刃がカナメの背後に迫る。


 それも普通の攻撃ではない。

 天剣<天地統べる天空神の理スルタン・シュチェルビェツ>は他の【天剣十二本】の能力を自在に行使できる【王者】を行使して、天槍<轟き奔る雷鳴神の腕ブロントティンクトゥース>の能力である【雷鳴】を改造した【金剛雷装】を発動させた。

 【金剛雷装】によってリュウスケの素人に毛が生えた程度の剣速は雷速にまで昇華され、その雷熱纏う刀身は玉座の背もたれを飴細工のように容易く切り裂いた。

 一瞬で繰り出された攻撃。雷速という常人では感知できない速度。今度こそ殺した、とリュウスケの脳裏を過る確信――あるいは淡い期待。

 しかし、気がついてしまった。

 【金剛雷装】によって全身に雷を纏う事で飛躍的に加速した思考の中で、天剣で斬り飛ばしたのは玉座の背もたれだけであり、赤い血は一滴も無いという事に。

 天剣が切り裂くはずだった肉が、血が、無かった。


「そうそう、そうじゃないと面白くないよな」


 背後で聞こえた声。

 恐怖が背筋を這いあがるような気持ちになりながら、【金剛雷装】によって雷速で動けるようになっているリュウスケは背後を振り返り、そして振り下ろされた巨大な斧頭を目撃した。

 次の瞬間にはトマトのように割れる頭部。胸部までめり込む両刃の両手斧。

 叩き潰された頭部から眼球が飛び出しただけでなく、その勢いによって視神経などが千切れて飛んでいく。引き抜かれた両手斧は血に濡れて、力無く崩れた肉体はピクピクと痙攣し始めた。

 背後からの奇襲を行ったリュウスケは、いつの間に動いたのか知覚する間も与えなかったカナメによって、背後からの奇襲攻撃という、繰り出した攻撃と全く同じ手段によって殺害された。


「いやー、最近はセツナの影響からか近接戦も悪くないと思う様になってきたんだよな。

 そりゃ本気で殺そうと思う時は遠距離からだけど、遊戯ゲームの時にはやっぱり普段やらない事もした方が面白いしな。

 リュウスケもそう思うだろ?」


 ゆっくりと復活するリュウスケを見下ろしながら、カナメは僅かに笑みを見せる。

 しかしその表情はリュウスケが見る事はできない。何故なら、現在のカナメの全身には黒い外骨格が存在したからだ。

 額と側頭部に生えた三本の角。黒い全身には何やら宗教的な意味合いのありそうな黄金色の紋様が刻まれ、手にするのは白銀と黄金の装飾が目立ち、一目で一級品だと分かる巨大な両刃の両手斧。

 外骨格の背丈は二メートル程と巨大で、太い四肢は殴るだけで人を爆散させられそうなほど凶暴な造形をしている。鋭い爪が生えた指に、肘から生えた鋭い短棘、そして胸部にある奇妙な色合いをした球体が目を引きつける。

 【鬼】と形容するのが適切な外見をした存在が十メートル程の距離をとって、復活したリュウスケの前に立っていた。


「……何だ、それは?」


 天剣と魔杖を持ち、息を乱しながらも体勢を整えながら、リュウスケは思わずといった感じで問いかける。


「コレか? コレは外骨格<黒使鬼の遺骸アポストルロード・リメイン>。俺が今まで造ってきた外骨格シリーズの中で、パンドラメンバーに支給しているモノさえ越える、最高の性能がある一つだな。

 ついでに言うとこの両手斧は<雷炎牛皇の免罪斧ケラウノス・アクスベント>。振れば斧頭から雷光と聖炎が噴き上がる。

 他にも色々と隠し機能はあるが、それは出るまでのお楽しみって事で。

 説明はこんなもんか。じゃ、」


 ペラペラと自慢するように説明した後、カナメは両手斧<雷炎牛皇の免罪斧ケラウノス・アクスベント>を肩に担いだ。

 両手斧は両手で扱う事が前提になるくらい重く巨大だから両手斧と言われるのだが、カナメはそれを片手で楽々と操っている。当然鬼を模した外見の外骨格<黒使鬼の遺骸ロード・リメイン>によるパワーアシストがあるからこその行動だ。

 しかし、カナメに攻撃されようとしているリュウスケからすればパワーアシストされているからとかは実にどうでもいい話だ。

 何があろうと、今から攻撃されようとしている事実は変わりないのだから。


「クソッ!!」


 天剣を振り上げ、魔杖を構える。

 それだけでなく亜空間から敵の攻撃を【拒絶】する天盾<諌め遮る戦女神の拒絶ライオットスクトゥム>を取り出して前面に展開。

 そしてラバースーツのような天鎧<苦行遮る戦神の皮膚フリューテッド・セグメン>を取り出し、それをスキルによって一瞬で装着。天鎧には敵の攻撃を事前に察する【感知】がある為、近接戦闘を少しでも楽にする為の選択だった。

 それにその防御力の高さも理由の一つ。

 だが、それでも防御力は圧倒的に足りていなかった。


「行くぞ~」


 カナメの緊張感の無い声の後に迸るのは、黄金色の雷光。

 彼我の距離は十メートル程度、それが一瞬で消失した。一瞬で距離を詰めた【鬼】が、片手で振り上げた両手斧を振り下ろす。


 リュウスケは【金剛雷装】によって加速した思考と天鎧によって攻撃軌道を先読みした意識の中でそれを目撃した。

 

 【鬼】が一歩踏み出す。踏んだ場所には黄金色の雷が発生し、その巨躯が前に進む。

 担がれた斧の斧頭からは白い炎が噴出し、それがブースターのような作用を発揮した。

 バ、バ、バ、と大気の壁がまるで薄っぺらい壁のように破られた結果【鬼】は周囲に衝撃波を撒き散らしつつ、ただただ真っ直ぐ疾走する。


 音速を越え、雷速を越えた速度だった。


 普通なら知覚できない速度、それから繰り出された一撃。

 今のリュウスケでは知覚できても、反応できない領域にある一振り。

 両手斧はリュウスケの前方に展開されていた天盾<諌め遮る戦女神の拒絶ライオットスクトゥム>と衝突し、それをガラスのように容易く砕き、破片を飛び散らせながらそのまま軌道を逸らす事無く突き進む。


「ぶげらッ」


 斧頭が再びリュウスケの頭部に食い込んだ。

 今度は胸部で止まる事は無く、天鎧もろともに股間まで止まる事無く一刀両断。二つに切り裂かれたリュウスケの肉体を黄金色の雷光と白い炎が蹂躙した。

 二つに分けられた肉片は、雷光と聖炎によって一瞬で炭化する。


「おいおい、折角手札として【天剣十二本】があるんだからさ、そいつらの造物主である俺としては、全部使って欲しいんだけど。

 装着するくらいは待つからさ」


 復活するリュウスケに、カナメは本心からの言葉を投げかけた。

 作品が勝手に弄られたのは造物主として不本意ではあるが、別にそこまで思い出のある品ではない。憤慨のあまり存在そのものを抹消したいなどとも思う程ではない。

 だからか、どうせならそれ等を全て使って戦って欲しいのだと告げている。

 使われないよりも、使われた方が造物主として嬉しいのだと言っている。


 それにリュウスケは再び胃液を吐き出しながら、獰猛な笑みを浮かべる事で答えた。

 次の瞬間にはリュウスケ達の世界にある生物的なフォルムの駆動鎧を装備した状態になり、そして駆動鎧の上から【天剣十二本】全てを装着――天槍や天弓、天鞭など所持できないモノは中空に浮かんでいる――した姿に変化。

 ただでさえ派手な見た目をしていた駆動鎧がより一層ゴテゴテとしたモノになる。

 苦手な近接戦で、リュウスケが使える手札の殆どだ。


 しかし気持ちだけではどうしようもない格差はあるのだという事を、リュウスケは身をもって知ることとなる。




 ■ Д ■




「アアアアアアアアアアアアアアッ」


 全身が血に塗れて、片腕の肘から先を失ったリュウスケは、絶叫と共に天剣をカナメの頭部に向けて振り下ろした。

 その姿には最初の余裕は無く、ただ我武者羅に剣を振っているようにしか見えない。

 事実、その通りだが。


「――ッシ」


 チラホラと全身に損傷がある【鬼】は、しかし防具の殆どを壊され裸身を晒しているリュウスケと比べれば十分過ぎるほどの余裕がある。

 振り下ろされた天剣を両手斧で防ぎ、有り余る膂力で強引に攻撃を跳ね返した。

 それによってできた隙。それを見逃さずに繰り出された【鬼】の右拳はリュウスケのがら空きだった胴体に炸裂し、ただの一撃で腸や腎臓などが背中の皮肉を突き破って外へ飛び出した。

 夥しい鮮血とほぼ全ての臓腑が外界に晒され、独特な匂いが周囲に広がっていく。

 短時間の間に経験した千を越える死と復活の繰り返しに、リュウスケの精神は確実に摩耗していた。


「ァァァァァァァ」


 リュウスケの目は虚ろで、漏れでる声も疲れの感情が濃い。

 既に精神が壊れてしまう一歩手前のような状態であり、まだ戦い続けているのは最早リュウスケ本人ですら止められない狂気の力に支配されていたからに他ならない。


「今の状況は、まさに呪いだな」


 かつて、テイワズセカンドと戦った時にリュウスケのユニークスキル<英雄宿すこの身の空想ヒロイック・シンドローム>はその強さを増した。

 【勇者】のユニークスキルは個々によって能力も成長の仕方も特性も変わるのだが、リュウスケの場合はレベルアップという分かり易い表記で認識する事ができる。

 そしてその際に得た属性≪狂化(弱)・暴走(中)≫が、今もリュウスケを戦わせている要因である。

 その情報の全てを<断定者>で看破しつつ、カナメは頬を掻く。外骨格越しだが。


(流石に哀れだねぇ。さて、どうしたものやら)


 正直、カナメもそろそろ退屈を持て余していた。

 リュウスケを殺す事に何の躊躇いも罪悪感も無いが、数百回も殺せば諦めるだろう、そう思っていたのだ。

 しかし現実は違った。千回を越える回数の殺害を経ても、リュウスケは戦う事を止めない。

 狂っているが故に、狂わされているが故に。


「ああ~、もう、一気に――」


「ウゥゥゥゥウウアアアアアアアアアアアアッ!!」


「――ん?」


 殺し尽くすか、と行動に移そうとしたカナメの前に、最初の状態で復活したリュウスケが狂気に染まった咆哮を放つ。

 出鼻を挫かれた形となったカナメは、レアスキル<断定者>によって読み取り、そしてリアルタイムで更新されていく情報の全てを読み取った。




 【勇者リュウスケの属性≪狂化(弱)・暴走(中)≫が≪狂化(強)・暴走(強)・悪性(強)≫に変化しました】

 【勇者リュウスケは獲得しているユニークスキル<英雄宿すこの身の空想ヒロイック・シンドローム>、<神堕とす忌むべき左手アンチ・ゴッドハンド>の二つを破棄しました】

 【勇者リュウスケは以後両ユニークスキルを行使する事は永遠にできません】

 【勇者リュウスケはユニークスキルを破棄した事により、隠されていた三番目のユニークスキルに覚醒しました】

 【勇者リュウスケは、ユニークスキル<我が身が背負うクラレント・は歴戦の業ヘアルフデネ>を獲得した】


 【ユニークスキル<我が身が背負うクラレント・歴戦の業ヘアルフデネ>に周囲の環境を変化させるなどの特殊現象を発生させる事はできません。

 その引き換えとして、理想的な肉体に変化させる事が可能となりました】




(……明らかに、俺対策、か)


「ゥゥゥゥゥゥゥォォォォォォォオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 ミチミチミチ、と。ギチギチギチ、と。

 あり得ない程に膨れ上がるリュウスケの筋肉、二メートル台にまで巨大化する身体、急速に伸びる頭髪、それ等様々な肉体の変化はあまりにも唐突で、そしてカナメにとっては相性が悪い存在へと変わっていく。

 全身を頑丈な筋肉の鎧で覆ったリュウスケが一歩動く。それだけで衣服は弾け飛び、唯一身体に合わせてサイズを変えるラバースーツのような天鎧だけが健在だった。

 

「グゥゥゥゥルルルルルル」


 混濁した双眸、口から洩れるのは獣の唸り声、一目見れば分かる、狂気の気配。

 リュウスケはカナメを殺す為に、ただただ己の肉体の強化だけを望み、その他を捨てたが故に手に入れた力を、如何なく発揮した。


「ガァッ!!」


 走った。

 それだけで地面は爆裂し、肉体は音を追い抜いて雷速を越えた速度に到達。

 その速度に流石のカナメと言えど反応が遅れ、リュウスケの拳がそのまま頭部に炸裂した。

 【鬼】の頭部諸共にカナメの頭部は拳によって粉砕され、首から上の肉体が爆散。カナメの頭部は消失し、頭蓋骨がまるで散弾のように飛んでいく。

 死んで復活する事、千数百回目。リュウスケがようやくカナメを殺す事ができた瞬間だった。


「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 狂いながら、リュウスケは勝利の雄叫びを上げた。

 その声には歓喜が満ち、溜まりに溜まったフラストレーションが一気に噴出するようなモノだった。


 しかしまだリュウスケは知らなかった。

 カナメを殺す事が、如何に困難であるかを。


「あー、死んだ死んだ」


「アァ?」


 消失した頭部は再生され、何ともなさそうに『自分は死んだ』とカナメは言う。

 ゴキゴキと首を鳴らし、手にする両手斧を肩に担いだ。


「さてはて、面白くなってきたァッ!!」

 

 喜びで犬歯を剥き出しにしつつ、カナメは喜びの声を上げながらリュウスケへと迫る。

 狂ったリュウスケも、真正面から突っ込んだ。

 距離は一瞬で消え、繰り出されるリュウスケの拳と振り下ろされたカナメの両手斧は衝突し、拮抗、周囲に無秩序な破壊の余波を撒き散らす。




 ■ Д ■




 戦闘開始から十時間以上の時が過ぎた。

 カナメとリュウスケの戦いは凄まじい破壊力と破壊範囲を伴う為、黒と白の世界は綺麗だった姿から荒れ果てた形状に変化している。

 元勇者と現勇者との戦いの激しさは、誰が見ても一目瞭然だった。

 そして今、両者の戦いはようやく決着を迎えようとしている。


「よく頑張ったと思うぞ」


 一度はリュウスケによって跡形もなく破壊されたが、再び再現させた玉座に座り、カナメは言う。

 十数メートル程離れた場所で、力無く蹲っている肉塊はかつてリュウスケだった成れの果て――狂気に染まり、肥大化し続ける筋肉はリュウスケの全身を埋め尽くさんとしている姿。

 それでも何とか動き、カナメを殺そうとするその姿はカナメに微妙な思いを抱かせる。


「約二千回も再戦のチャンスがあったとは言え、この世界で攻撃が俺に数回も届いたんだから」


 カナメが遠距離から一方的にリュウスケを数多の作品で殺すのを止め、外骨格に着替えて近接戦に切り替えた戦闘回数は約千回。遠距離から葬ったのは、約九百五十回。

 その内の数回だけだったが、ユニークスキルを破棄して得た新しいユニークスキルによって、狂ったリュウスケの攻撃はカナメの身に届き、その身を砕いた。

 もっとも、カナメからすれば首を折られようが腕を斬り飛ばされようが、致命的なダメージにはなりえないのだが。


「褒美だ。最後の残機、機玩具人形シリーズで殺し尽くしてやる」


 リュウスケの精神は既に限界を突破していた。

 自分が死ぬという体験を、十時間程度の間に約二千回も経験しているのだから何ら異常な話ではない。

 そしてカナメは、ただただ狂いながらも動くリュウスケを憐れんだ。

 故に、最高傑作として誇る機玩具人形を十九体、この世界の力を使って再現させた。


 最初にポイズンリリーが再現された。

 紫色が似合う、カナメといつも共に在る毒の美女。


 二番目にデスフィールドが再現された。

 カナメという神に供物を捧ぐ、殲滅の修道女。


 三番目はラルヴァートだった。

 カナメを盲目的に信仰する、魂を食む黒き骨の狂信者。


 四番目はシャドウキャット。

 どんな場所でも潜り込む、二足歩行する黒い猫。


 五番目はウールヴヘジン。

 防御不可の剣を振り回す、狼頭の戦闘狂い。


 六番目はクーラーシュヴァリエ。

 どんな時も微笑を絶やさぬ、兄弟姉妹を守る優しい盾。


 七番目はヴァーパルツィタン。

 無邪気に全てを踏み潰す、無垢な子供。


 八番目はシルバーチップ。

 狙った獲物は色んな意味で逃がさない、オカマの狙撃手。


 九番目はテイワズセカンド。

 長い時を過ごす、あらゆる魔術の先駆者。


 十番目はフローレンス。

 まるまると太った中年女性で、機玩具人形の母親的存在。


 十一番目はエスピリットゥ。

 普段はアヴァロンの地下に引きこもり、他者の精神活動を観察する者。


 十二番目はリリヤとアリア。

 二人で一人な、空間を飛び歩むメイドさん。


 十三番目はスカラファッジョ。

 能天気に黒い災厄を撒き散らす、天然なる虫の女王。


 十四番目はサウンドレス。

 世界中を放浪し、美声で民衆を虜にする華麗なる歌姫。


 十五番目はブリュンヒルデ。

 戦場を駆け巡る、戦士を導く戦乙女。


 十六番目はセリアンスロピィ。

 体内に多くの魔獣を内包し、同性を可愛がる獣姫。


 十七番目はアルフヘイム。

 傲慢にして嫌われ者な、空を駆け巡る妖精王。


 十八番目はアウトサイダー。

 右大臣ギルベルトの身辺警護を担当する、大抵の事に無関心な少女。


 十九番目はハシーシュ。

 闇に紛れて標的を狙う、褐色の暗殺者。


 二十番目の機玩具人形アイアンオーダーはカナメ自身が封印している為に再現されなかったが、その他の十九体。全てがズラッと勢揃い、というのは、かなり珍しい光景だったりする。


「さあさあさあ、最後まで見てって下さいなッ。奥の手全部見せるのは、リュウスケが初めてなんだからさッ」


 カナメは嬉しそうに語りかけ、そして機玩具人形達は次々とその姿を変えていく。

 紫色の竜になったり、灰色の悪魔になったり、黒い骨になったり、幻影になったり、一本の剣になったり、一種の世界になったり、巨大になったり、弾丸になったり、魔術になったり、慈愛の光りになったり、精神生命体になったり、二つの円環になったり、蟲になったり、音になったり、人馬一体になったり、巨大な獣になったり、星になったり、世界の境界になったり、闇となったりと、奇妙奇天烈な姿形へと変貌した。

 今までカナメが一度も敵に見せた事がなかった奥の手の数々が、リュウスケに向けて解放された。



 そしてリュウスケは、残機を失った末に肉体の殆どを消失し、永遠に目覚める事は無くなった。


 

 元勇者と現勇者の間に繰り広げられた戦争は、こうして静かに幕を閉じたのだった。



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