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第七十四話 勇者・成長

 カナメによって造られた門を潜った向こう側は、広大な平野だった。

 遠く離れた場所に地平線が見える赤茶けた地面と、雲一つない蒼い空と小さな太陽。それ以外の一切が無い、ただ平坦で広大なだけの空間が何処までも続いている。

 実にシンプルな造りになっていた。

 簡単な戦場の確認を終え、背後を振り返る。

 そこからこの世界に入って来たのだからそこには入り口となった門がある筈だが、しかし何も無い。周囲と同じ世界が広がっているだけだった。

 つまりココから出る方法は、二つしかないと言う事になる。

 この世界を造ったカナメの意思によって引き戻されるか、あるいは、勝ち残るしか無い。

 ふぅ、とセツナは小さく短く息をはく。

 そしてようやく、眼前に佇んでいる麗人を見た。正確に言えば、その瞳を、である。


「来たのぅ、勇者よ。待っておったぞ、待ちくたびれておったぞ」


 後から入った今代勇者セツナの真正面、約三十メートル程離れた場所で、今代魔王テオドルテは肩に創造槍<ティアマト>を担いだ状態で待っていた。

 テオドルテはセツナに向けて余裕たっぷりの微笑を浮かべ、ポンポン、と自分の肩で<ティアマト>を小さく弾ませる。

 それはまるで、セツナが思ったよりも遅く来た事にたいする僅かな苛立ちを窺わせるような仕草だった。


「すみません、少々カナメと話していて遅れました」


 そう言って、セツナは軽く一礼をした。

 セツナは既にテオドルテの本当の歳をカナメから教えられていた為、テオドルテの若々しいその美貌に惑わされる事無く、今から命――とはいっても以前の祭りの時と同じくアバターなんで生身は傷一つ負わないのだが――を賭けて戦うとは言え、戦う前ならば目上の者に対する一応の礼儀である、と思ったからだ。

 しかしその一言は、その仕草は、カナメに対する思いを抱いているテオドルテには逆効果だった。

 ピクリ、とテオドルテの目元が動く。

 しかし表情は微笑から動かない。

 それは大人の意地なのか、あるいは湧き上がる思いを押し込めているだけなのか。


「……小憎たらしいのぅ」


「え?」


「うむ、我はお主が好かんわ」


 どうも後者であったらしい。

 変わらぬ微笑を浮かべたまま、テオドルテは肩に乗せていた<ティアマト>を下ろし、その穂先をセツナに向けた。

 向けられた穂先が放つ銀色の輝きに一瞬だけセツナは気圧されそうになるが、この世界に来てからカナメの手助けによって一つの心の壁を越え、ポイズンリリー達によって心身共に鍛えられた事でそれを飲みこむ事ができた。

 あるいはカナメがくれた、胸に秘めた熱がそれを可能にしたのかもしれない。


「いきなり、ですね。特に嫌われる様な事をした覚えはないのですが」


「その時点で既に気に入らんわな。お主は、我が欲してやまなかったモノを持っておる。ずっとずっと欲しかったモノが、お主は簡単に手に入れておる。

 それが気に入らんわ。ああ、気に入らん。腹立たしいのぉ。お主は、お主が手に入れたモノの価値を少しは考え、理解するべきじゃ」


 テオドルテの苛立ちに反応してか、その身から燃えるような荒々しい黒色の魔力が一瞬だけ解放される。

 その魔力はただ一瞬解放されただけだと言うのに突風へと変貌し、まるで竜巻のような勢いでセツナの正面から襲いかかる。

 しかしセツナの全身を覆う膜――【盾】を無効化する事はできず、そよ風程度しかセツナには届かない。

 それでも剥き出しの怒気を浴びせられ、セツナの背中では冷や汗が滲む。

 だがすぐにテオドルテから放たれる怒気は薄れ、気まずげな表情に変わった。ちょっと大人げなかったか、と言いたげな表情で、ポリポリと頬をかく。

 セツナはそれに、どういった反応をすればいいのか少しだけ困惑した。


「……いや、すまんな、これはただの八つ当たりじゃ。許せ」


「許せ、と言われても……何を、ですか?」


「ふむ、そうか。お主には我が何を言っているのか分からんのか。

 ……そうじゃな、アバターを一体消し飛ばすだけじゃからの。何、手早く済ませるので、気にするな、じゃな。うむ、気にするな。どうせ、一撃で終わるしのう」


 テオドルテの表情は気まずげそうな表情から一転し、今度は野性味に溢れた笑みを浮かべた。 

 何か、吹っ切れた感のある笑みである。


「ほれ、起きんかい」


 テオドルテがティアマトの柄を叩く。

 途端、今までの輝きが嘘のようにティアマトの銀光は輝きを増した。

 ただあるだけで、対峙するだけでその内包する概念の強さをヒシヒシと感じ、セツナは無意識の内にエクスカリバーの柄を握る強さを増していた。

 そして輝きが増加するのと同時に、テオドルテの体内からはセツナに匹敵する程の、あるいは超える程の純粋なまでに黒い魔力が解放され、それが異常な速度で<ティアマト>に込められていく。

 あまりにも濃密で膨大な魔力は本来見えないはずなのに可視化され、思わず震えてしまいそうな程の魔力が<ティアマト>に込められていくのを、セツナはどこか見覚えがあるように感じていた。

 というか、セツナ自身が同じ事をできるだけだった。


(これは……)


 カナメが製造した宝具の一つである<ティアマト>と同じ、<確約されし栄光の剣エクスカリバー>を持つセツナだからこそ、テオドルテが今何をしようとしているのかを即座に看破する事ができた。

 いや、先ほどからユニークスキル<唯一なる神の声ラ・ピュセル>によって聞こえる神の声を聞いていれば、例え宝具を持っていなくとも迫る危険は察知できただろう。

 しかし知識があるからこそ、その危険をより正確に推察できる。

 だから――


「初撃決殺、ですか」


 少し遅れて、セツナはテオドルテと同じように<確約されし栄光の剣エクスカリバー>に魔力を喰わせる。

 テオドルテの黒い魔力とは違い、純白の魔力が黄金の刀身に込められていく。込められる量は、テオドルテと遜色ない。人外の魔力量である。

 その結果二人の間にはそれぞれの宝具に込められる数瞬のゆとりがある魔力が沈殿し、ただ居るだけで押し潰されてしまいそうなほどの質量を持った魔力圧となっていた。

 二種の魔力はただそこに在るだけで外敵に対して威力を発揮している。

 圧に耐えかねてか地面には地割れが広がり、転がっている小石などが砕け散って砂になる。


「分かるか。まあ、分かるじゃろうな。お主も、カナメの作品を持っておる。それに乳臭い小娘だとて、今代の勇者じゃしな。

 ならば、それに恥じぬように、我が一撃を受けてみるがよい」


「それはコチラのセリフだ。乳臭い小娘に負けたくなければ、手加減などと考えぬ事だ」


 戦いは既に始まっている。

 故にセツナの口調は戻り、テオドルテを倒す、と言う意思が声音にも籠っていた。

 黒い眼にも、太陽のような輝きを魅せる。


「抜かしよる。精々醜態を晒さぬように気をつけるのじゃぞ」


 そう言って、二人は笑みを交わした。

 友好の笑みではなく、獲物を狩るという捕食者の笑みを。

 途端、全く同時に二人から吹き上がる魔力の量が更に増加した。爆発したと言っても良いほどの増加量である。

 両者が放つ圧倒的な魔力は周囲の空間を塗り潰し、支配し、屈服させていく。

 二つの魔力は本来ならただ反発するだけなのだが、しかし、魔力と魔力がぶつかる境界面上では際限無く内側から膨れ上がる魔圧によって強制的に掻き混ぜられ、灰色の混沌とした境界を形成する。


 それは、最早神話の一幕と言っても良い光景だった。


 勇者セツナ魔王テオドルテという拮抗した二人だからこそできた魔力圧の境界は、この世界の最強種として認知されているはずの竜種すら容易く圧殺できるほどの破壊力を有していた。

 

 攻撃をする前の状態でこれなのだ。

 もし第三者がココに居たのならば、何も考えずに遁走していた事だろう。

 とは言え、逃げられるのか、と疑問に思ってしまうほどに、破滅を予感させる状態なのだが。

 

 そして莫大な――それこそ数百人分単位の魔力を二つの宝具が数秒足らずで一片残らず貪り喰らって、眼も眩むような輝きを放つ。


確約されしエクス――――」

隔たり無きムアリダート――――」


 準備を終え、セツナは黄金の剣エクスカリバーを大きく振りかぶった。エクスカリバーの能力を解放する際、最も負担の少ない構えだ。

 そしてそれと同じように、テオドルテは半身となって白銀の槍ティアマトを構え、その穂先をセツナの心臓に向ける。

 槍最大の攻撃とも言える突きを繰り出す構えである。


 両者とも全く防御を考えていないのは立ち姿で分かる。

 守るのではなく、相手よりも先に一撃を入れるのだと、瞳を見ればありありと分かる。

 だから浮かべるのは、獣のような獰猛な笑み。


「――――栄光の剣カリバー!!」

「――――原初の混沌ギムリシュン!!」


 起動言語アクセスワードが紡がれて、発生したのは極光の大斬撃と赤く沸騰する海だった。

 量にモノを言わせて限界近くまで注ぎこまれた魔力は普通に発動された時よりも大幅に効果が上昇した両方は、まるで世界を切り裂くが如く破壊を撒き散らした。




 ■ Д ■




 赤く沸騰する海を、極光の大斬撃が深々と切り裂いていく。


 それだけを見ればセツナの一撃の方がテオドルテよりも勝っているかのように見えるが、しかし事実はそうではない。

 際限無く溢れ出て来る赤い海水は極光によって触れた場所は蒸発して量を減らしているが、それでも尽きる事が無い。

 極光は赤い海水に阻まれて、テオドルテまで届いていない。


(流石に、重い)


 セツナは事前に膨大な量の魔力をエクスカリバーに注ぎ込んでいた事で最大の破壊力を維持しているが、それでようやく拮抗した状態となっている。

 それに赤い海水を斬り裂く感触は今まで感じた事が無いほど重いモノだった。

 どう表現すればいいのかはセツナには思い浮かばないが、とにかく、重い。


 でも、だからと言って力を抜けるはずもなかった。

 蒸発しなかったモノと、新しく溢れ出て来る海水によって周囲は着々と侵蝕されているのだから。

 一応数滴ほど赤い海水に触れて、盾が徐々に削られはするが即座に突破されるモノではないとは分かっている。数秒程度ならば触れても大した事は無い。

 しかしだからと言って、安易に触れて良いモノでも無い液体だ。このまま囲まれてしまうのは、得策ではない。

 その為長期戦は不利だと察し、セツナは一瞬だけ己の魔力が回復する速度を大きく越えた量をエクスカリバーに押し込んだ。

 セツナの心臓近くにある何かが燃える様な熱を持つ。

 今まで感じた事の無い苦しさと痛みにセツナは一瞬だけ苦悶の表情を見せるが、それは即座に押し殺した。

 今の状態をテオドルテに知られていいことなどないのだから、当然だろう。


「――っアアアアアア!!」


 セツナは咆える。

 腹に力を込め、この世界に堕ちてきてから初めてと言っても良いくらいに魔力を絞り出す。

 極光の大斬撃はそれに反応して大きさを増し、その威力を削がれつつも、均衡を破って海水を完全に切り裂いた。

 極光の大斬撃は海水だけに留まらず、攻撃範囲内の全てを消し去りながら直進して、やがて光の残滓を残しながら消失していく。

 後に残るのはその痕跡と、薄く広がった海水の残りだけだった。


「――ッハァ、ハァ、ハァ」


 全力を振り絞り、その代償として消費された体力と魔力が回復するまでの僅かな時間、セツナは噴き出す汗さえ拭う事もできずに立ち尽くしていた。

 今までに無いほどの全身全霊、全力全開の一撃を放ったのだ。その反動としてはまだマシな部類にはいるだろう。セツナの回復力ならば、数秒で全快できるモノなのだから。

 しかし、その数秒が現状では致命的で、ソレに反応するのに僅かだったが遅れてしまった。


 “右カラ来ルヨ”

    “突キガ来ルヨ”

       “守リガ効カナイヨ”

           “気ヲ付ケテ気ヲ付ケテ” 

                “後ロニ下ガッテ”


「――ッ!」


 神の声がセツナの脳内で鳴り響く。

 それに考えを巡らせる間もなくセツナは背後に飛退いたが、疲労によって反応が遅れた為、右の死角から突き出された穂先によって右前腕部を僅かに抉られる。

 傷口からは切り裂かれた一瞬だけ血が飛び散り、次の瞬間には炎によって傷口が焼かれて癒着した。

 激痛が走る。

 堕ちてきてから久しく感じていなかったその感覚は、セツナの盾が無効化された事を表していた。

 セツナは痛みで悲鳴をあげそうになったが、それは何とか歯を食いしばる事で堪える事ができた。


「ほう、よう反応したのう。我の一撃を切り裂いたばかりか、これも避けるか。うむ、乳臭い小娘というのは撤回せねばなるまいて」


 突きを放った体勢から自然体に戻り、テオドルテは不敵な笑みを浮かべながら称賛を贈った。

 それに引き換え、セツナの思考は鈍くなる。


 テオドルテは赤い海水の向こう側に居た筈なのに、傷一つない状態でセツナの前に立っている。海水は極光によって切り裂かれた、ならば反対側にいたテオドルテは直撃を受けた筈だ。

 なのに、無傷。

 それが、セツナには即座に理解できなかった。


「……どうやって」


「どうやって? なに、簡単な事よ。途中で攻撃を止めて、さっさと動いたからじゃ。

 我の<ティアマト>の攻撃はお主のエクスカリバーと違って“海水”をベースにしとるし、お主と違って十全以上の能力を行使できる年季が我にはある故、この位の事は造作もないのじゃ。

 まあ、このような小細工を使わされるとは、予想外じゃったがのう」


 宝具の≪担い手≫としては、お主に我が負ける道理はない。と言い放ち、まだ驚愕に捕われているセツナに向けてテオドルテは接近する。

 テオドルテが敵の隙を逃す事はなかった。

 テオドルテの歩みは緩やかに見えるモノだったが、その速度はセツナと同じく音速に匹敵していた。

 ただ、独特な歩法や技法によるモノなのかは不明だが、目視していても接近しているのかどうかが認知し難い動きだった為、セツナよりも数倍は早く感じるモノである。

 無意識の内に、セツナはエクスカリバーを持ち上げる。


 高速で接近し、穂先に黒炎を宿したティアマトの連続突きがセツナに向けて繰り出された。

 それに対してセツナは神の声による予知などを使い、致命傷となる攻撃は全て叩き落としていく。しかし全てを防ぐ事はできず、四肢には大小様々な裂傷ができていく。

 セツナの表情に、苦痛と苦渋の感情が浮かんでいく。


 限られた者しか認識できはい領域で繰り広げられる数秒の攻防を交わし、両者は一旦離れた。


 このやり取りで形勢は大きく傾いていた。

 セツナではなく、テオドルテの方に。


「確か、お主のユニークスキルの効果は“火や鏃”以外の攻撃は完全に無効化するのじゃったかのう」


「……なぜ、それを?」


「無論、カナメから教えてもろうたからじゃ」


「……え? ……う、うそ。なんでカナメが、私の情報を貴女に」


 テオドルテに対して、セツナは先の攻防でマトモな反撃を行う事はできなかった。

 疲弊していた事と、生まれて初めて刀傷を負った事に加えて、剣と槍では間合いが違い過ぎていたからだ。

 それに槍によって斬られ、焼かれた傷が熱く痛む事も集中力を削ぐ原因となっていた。

 今のセツナは、この世界に来て最も大きなダメージを負っている為、その痛みがセツナの集中を削いでいる。普段通りの動きができれば反撃もできたのだろうが、それらが原因で反撃できなかったのだ。

 それに対して、テオドルテは無傷である。

 その事実だけでまだ精神に未熟な所があり、殺し合いに慣れていないセツナの精神は小さく揺さぶられていた。

 そこにこの発言である。

 コレが切っ掛けで、セツナの精神の揺れは更に大きなモノに変わってしまった。

 今セツナは信じていた者に裏切られた時のように感じているのかもしれない。


「我が嘘を言う訳無かろう? お主とて、我の情報を知っているではないか? カナメから説明されたのではないか?

 ならば逆に、我もお主の情報をカナメから教えられていたとして、可笑しくはあるまい? カナメはこういった事には公平な部分がある奴でのう。アッサリとお主について教えてくれたわ。

 まあ、我もお主が我の情報を貰っていると気がついたのは、相対してからじゃがな」


「で、でも、なんで? カナメは私の事を……た、大切な人だって、言ってくれたのに」


「ふん。馬鹿馬鹿しい。

 カナメから好きだと言うてもろうたか? 愛しているとでも言われたか? 接吻や、一夜でも床を共にしたか?

 まあ、そんな事に興味もない――とは言わんが、これだけは言わせてもらうぞ、勇者」


 足の傷が痛むのか、セツナはその場にしゃがみこんだ。

 手の傷が痛むのか、エクスカリバーの柄を握る力が僅かに弱まる。

 今のセツナは、誰が見ても隙だらけだった。


「“お主だけ”が、カナメの“特別”などではない。ただ居るだけでカナメの寵愛を占有しようなどと、おこがましいにも程がある」


 そう発するのと同時に、テオドルテは一歩踏み出す。

 その一歩で、小さな地割れが起こった。

 掴むティアマトの柄が、ギシリと啼いた。

 穂先から放たれる銀光は更に輝きを増す。


「お主はカナメについて、何も知らんのじゃのう。何も知ろうとしておらんのではないか?」


「そんな、事は、」


「まあ、どうでもよい。ただハッキリと分かる事はある。今のお主では、カナメを長く癒す事はできん、せいぜい、元の世界に帰るまで愛されるのが限界よ」


 そう吐き捨てたテオドルテの背後に、巨大で白い魔法陣が数百個ほど形成されていく。

 魔族を【魔王】に変革するユニークスキル<軟きこの身が背負うコレクトロード・のは幾億の同胞の御霊オブ・トライアンフ>によって得られる膨大な魔力を惜しげもなく無駄使いし、スキルの能力によって行使が可能となっている魔族全種族の権限魔術の中から、テオドルテはセツナに対して効果のある炎関係の中でも取り分け強力なモノを選択した。


 権限魔術≪白星神話エチャリーラ・デフラ


 様々な理由から一度は絶滅に瀕し、カナメが造ったアヴァロン内に逃げ込む事で生存に成功した種族≪白竜族メツルラ≫特有の権限魔術は今、魔王の魔力によって発動手順をショートカットされ、改造・増幅され、この世界に災禍の使徒を産み落とそうと陣の明暗を繰り返す。

 標的は、混乱して致命的な隙を見せるセツナただ一人。


「今のお主はカナメにとって、ただ“同郷の綺麗な女子”というだけでしかない。確かにお主の戦闘力を持つ者はおらなんだが、お主程度の美貌や才能を有した美女は過去、既にカナメの恋人や妃として居る。

 現在でも、両手の指以上の妃や他国から嫁いできた姫などが居る筈じゃ。まあ、それら全てがカナメの寵愛を受けているとは限らんがな」


 明暗を繰り返していた魔法陣はより一層輝きを増していく。

 それはもうすぐ魔術が発動する前兆である。


「今のお主はカナメに救われ、そしてただカナメから与えられるだけの存在じゃ。カナメから一方的に何かを貰うばかりで、カナメに対して何かを与える事はできん存在じゃ」


 魔法陣は明暗を止め、全てを塗りつぶしそうな純白の光りを放つ。

 世界に描かれた魔法陣を背負うように佇むテオドルテは、まさに女神の如く雰囲気を纏っていた。


「カナメが生きた時間の全てを我は知らん。それだけはカナメも我に一切を教えてはくれなんだ。

 しかし、予想する事はできるぞ。カナメはどれ程の出逢いと別れを経験したのか。その度に小さな傷を負ってきた事か。

 我はカナメが好きじゃ、愛しておる。じゃから想う事はできるぞ、カナメの心を少しでも癒したいと。少しでもカナメの近くに居りたいと。

 なのに――」


 テオドルテはティアマトを天高く振り上げた。

 背後の魔法陣の全てがそれに反応し、白く燃え上がる。


「お主はただ流されるまま、本音を言わぬままカナメの近くにおるのではないか? カナメについて何も知ろうとせず、ただカナメから何かを貰い続けるつもりではないのか? そして最後にはカナメに何も与えぬまま、カナメが帰りたかった場所に帰るのではないのか?

 それは、それだけは、我は許容できんよ。与えられるだけでなく、与える事も無く、ただ傷だけを残していくなどと。許せる訳なかろう。

 好いた男を傷つける女を許せるはずがなかろう。

 うむ、やはり我はお主が気にくわんようじゃ」


 テオドルテが冷たい視線をセツナに向けて、そしてティアマトが振り下ろされる。

 それと同時に、魔法陣から太陽を越えた熱量が世界に顕現した。

 白炎によって形作られるのは数百以上の龍だった。ただあるだけで周囲の温度は跳ね上がり、空気中の水分を奪っていく。地面からも水分は奪われ、砂となっていく。

 それは圧倒的な破壊だった。

 生半可は防御などでは一秒たりとも防ぐ事はできず、生半可な攻撃では威力を削る事すらできない暴虐の化身。一頭で軍を沈黙させる龍が群れを成す。

 それが、セツナに殺到する。巨大な口を最大に広げ、白炎の牙を見せつける。

 力無くそれを見上げて、セツナは何を思うのか。

 今まで芯としてあったカナメに対する不信によって精神的に揺さぶられ、何かが傾いたセツナは静かにそれを見つめて、


 そして、最後まで動く事無く白炎の龍の顎に喰い殺された。

 セツナは最後まで、動く事すらしなかった。

 こうして、セツナはテオドルテに敗北する。






 【ユニークスキル<破棄された死刑判決カリストゥス・イザベル>が発動しました】

 【世界は、巻き戻されます】






 〇 Λ 〇






「お主はただ流されるまま、本音を言わぬままカナメの近くにおるのではないか? カナメについて何も知ろうとせず、ただカナメから何かを貰い続けるつもりではないのか? そして最後にはカナメに何も与えぬまま、カナメが帰りたかった場所に帰るのではないのか?

 それは、それだけは、我は許容できんよ。与えられるだけでなく、与える事も無く、ただ傷だけを残していくなどと。許せる訳なかろう。

 好いた男を傷つける女を許せるはずがなかろう。

 うむ、やはり我はお主が気にくわんようじゃ」


 白炎の龍が魔法陣から放たれ、その顎がセツナを飲みこむ。 






 【ユニークスキル<破棄された死刑判決カリストゥス・イザベル>が発動しました】

 【世界は、巻き戻されます】






 〇 Λ 〇






「お主はただ流されるまま、本音を言わぬままカナメの近くにおるのではないか? カナメについて何も知ろうとせず、ただカナメから何かを貰い続けるつもりではないのか? そして最後にはカナメに何も与えぬまま、カナメが帰りたかった場所に帰るのではないのか?

 それは、それだけは、我は許容できんよ。与えられるだけでなく、与える事も無く、ただ傷だけを残していくなどと。許せる訳なかろう。

 好いた男を傷つける女を許せるはずがなかろう。

 うむ、やはり我はお主が気にくわんようじゃ」


 白炎の龍が魔法陣から放たれ、その顎がセツナを飲みこむ。 






 【ユニークスキル<破棄された死刑判決カリストゥス・イザベル>が発動しました】

 【世界は、巻き戻されます】






 〇 Λ 〇






 セツナがただ白炎の龍に喰い殺される度に、それが発生する前まで時間が巻き戻される。

 それはセツナが覚醒させた第三のユニークスキル<破棄された死刑判決カリストゥス・イザベル>の効果によるものだった。

 <破棄された死刑判決カリストゥス・イザベル>の能力はセツナが歩む≪死の未来≫の否定である。

 これがある限り、セツナは誰にも殺される事は無い。正確に言えば殺されはするが、その度に時間が巻き戻される為、セツナと言う存在が滅する事はないのである。

 本気でセツナを殺し、その存在を抹消するにはどのような手段を用いても覆らない状況に追い込むか、あるいはセツナの精神が摩耗し尽くすまで殺し尽くすしか術は無い。

  

 ――二十三回。


 それがセツナが殺された数だった。

 白炎の龍がセツナを飲みこむ、それが繰り返した数である。

 しかし死がセツナを飲み込むまでの時間、セツナが何もしなかった訳ではない。

 セツナは、己の中に意識を向けていたのである。

 己の本心はどういったモノなのか。己はカナメに対してどのような気持ちを抱いているのか。テオドルテの言を受け入れ、今一度本心を確認していた。

 そして、決断する。

 

(ああ、そうか。私は、そうなのか)


 セツナは前を見る。

 そこには白陣を背負うテオドルテの姿がある。

 <確約されし栄光の剣エクスカリバー>を今一度強く握る。

 そして、カナメと触れた唇を空いた手の指でなぞった。

 この世界に入る前にカナメから貰った、お守りだ。


「お主はただ流されるまま、本音を言わぬままカナメの近くにおるのではな――」


「――う」


「――なに?」


 セツナは立ち上がる。

 四肢に刻まれた裂傷は癒える事無く、今も激痛がセツナを苛むが、それでも立った。

 魔力が立ち上る。その魔力は火傷によって損傷した皮膚を弾き飛ばす。無論これまで以上の激痛だったが、<旗持ち先駆けるジャンヌ・救国の聖女ダルク>によって強化されている治癒能力によって即座に治っていく。

 

「ありがとう」


 セツナは言う。

 テオドルテに向けて、感謝の言葉を。


「貴女のお陰で私はカナメと、本当の意味で向かい合う事ができる。確かに、貴女の言う事はその通りだった。私は今まで、ただカナメから貰うばかりで、カナメに何かを与える事ができていなかったのだろう。

 それは、確かにその通りだ。

 だから――」


 エクスカリバーの刀身が黄金に輝く。

 その輝きはセツナの全身を包んで行く。

 テオドルテの視界から、セツナの姿が黄金の光りによって見えなくなった。


「――私は、カナメに何かを与えられる存在になりたい。カナメと対等な存在になりたい。

 だって私は、彼が好きなのだから」  


 黄金の光りが消え、そこから現れたセツナの姿は変化していた。

 全身が黒と赤に染まっている。

 肌が見えるのは頭部のみで、全体的に刺々しさのある全身甲冑を装着している。一応スカートのように見えなくもない装飾があるが、黒い生地に赤いラインが刻まれたそれは、禍々しさをより引きたてるものでしかなかった。


 ≪黒き騎士王の甲冑フォーム・オルタ


 かつて装着していた白き甲冑の別形態であるそれは、セツナの能力を上げる効果があるもので、それを装着すると言う事は、セツナがテオドルテを確実に殺す決意を固めた事を意味していた。

 エクスカリバーの剣尖がテオドルテに向けられる。

 黄金に輝いていた刀身は、しかし今は黒く染まっていた。かつてカナメがセツナを打倒した時に造った、あの時の剣と全く同じである黒剣だ。


「ありがとう、感謝している。私は貴女のお陰で、本当の意味でカナメと共に在れるようになったのだから」


 黒き聖女が疾駆する。

 一歩踏み出す度に赤茶けた地面には軌跡が刻まれ、土煙が舞い上がる。

 手には黒い剣。黒い長髪は靡き、黒い眼が敵を見る。

 それを笑みで迎えるテオドルテは、躊躇なく魔術を行使した。

 轟、とセツナを二十三回焼き尽くした白炎の龍達が顕現する。


 それをセツナは、ただ一刀によって斬り伏せた。




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