第七十話 知りたがりの若者
王城の玉座に座す青年――リュウスケは苦虫を噛んだような顔で、周囲に立つ仮面騎士達から告げられる報告を聞いていた。
『南門、一体の狼男と一人の武装した女により肉壁が斬り破られました。現在第二防壁まで突破されましたが、現戦力では止める事は不可能です。至急増援をとの報告であります。尚、認識領域外からの狙撃も確認されました』
『西門、溶岩の雨により兵だけでなく城壁までもが蒸発。現在も被害は拡大中です。敵は味方の攻撃に巻き込まれた者も居たようですが、損害は微々たるものだと思われます。現在第二防壁の突破を確認。上空には竜種の存在も確認されています。至急増援をとの連絡が』
『北門、圧倒的物量によって第二防壁まで家などを含む全てが喰われています。また強力無比な魔獣も多数見受けられ、抵抗する事すらできていません。最も被害が大きいと思われます』
『東門、百メートル級の巨人を確認。止める術すらありません。敵が歩くだけで我が軍の消耗は激しく、進行上の全てが踏み潰されています。進行は遅い様ですが、このままだとココまで到達するのに大した時間は必要ないと思われます』
冗談だろう? と思わず言いたくなる様な報告の数々だ。
あれほどの数の戦力が、まるで紙切れのように崩されて行くのは、流石のリュウスケも想像できなかった。
仮面によって肉体を強化し、一人一人が魔術を扱えるようにしているのだ。それも一つの意思の下に、死さえ恐れない兵器として機能するようにしたというのに。
普通の国なら簡単に攻め落とせるだけの能力は十二分にあったのだ。
それが、切り崩されて行く。
容易く、数を削られて行く。
「なんだ……これは」
リュウスケは眩暈を感じた。
思わず頭を押さえ、思考を巡らせる。
そしてこのまま考えに時間を費やしていても余裕がなくなるだけだと判断し、スキルを発動させた。
まず、敵を自分で見る必要がある。
【スキル現象<視線透視>が発動しました】
【スキル現象<千里眼>が発動しました】
間にある障害物を透過して、リュウスケの瞳が戦場を見た。
最初に見たのは、狼頭の大剣を振う大男と鎧を着た女が暴れているその様だった。
そこには報告と同じ、あるいはそれ以上の惨劇が発生していた。築かれるのは屍の山。血の大河が街道を埋め尽くしている。大量の血液によって血煙りまで発生し、狂気がそこには充満しているのが見ただけでもよく分かる。
その光景に、リュウスケは本能的に攻撃を実行した。
「潰れて死ねッ!!」
【スキル現象<縮圧波動>が発動しました】
今尚戦火を広める二体に対し、リュウスケが放ったのは圧殺する衝撃波だった。
イメージしたのは、威力は先ほどみた天砲の砲撃の五倍以上、それでいて絶対に“破壊不能”で、発生してから着弾するまで半秒にも満たない程の速度を誇る、不可視の砲撃だ。
放った瞬間、リュウスケは流石に当たるだろうと思った。
見えないとイメージし、絶対の硬度と速度を混ぜ合わせ、その通りに発生した信頼に足る一撃を防がれると思う方が難しいだろう。
しかし、現実としてリュウスケの攻撃は失敗した。
攻撃した直後、何かを感じ取った狼男が不可視な筈の砲撃に振り向き、手に持つ剣――<阻める物無き蛮勇の剣>を振り下ろして砲撃を真っ二つにしてしまったからだ。
それもほぼ抵抗もなく、空を切るように切り裂かれたその光景は酷く呆気ないモノだった。
二つに分かたれた不可視の砲撃は左右の建物を人形諸共に圧壊させたが、標的であった二人は未だ健在である。
この結果に、リュウスケはあり得ない、と思わず首を左右に振った。
「ば……かな。あり得ない……だろ」
視界の先では不思議そうに首を捻る狼男の姿があるが、首を捻りたいのはリュウスケの方である。
見えない筈の攻撃を感じとるだけでも十分驚異的な話であるが、それ以上に攻撃を“斬られる”事の方が異常である。
イメージには“破壊不能”と確かに加えていた。
リュウスケのユニークスキルである<英雄宿すこの身の空想>は魔力を消費し、リュウスケのイメージをそのまま現実化する能力がある。
リュウスケの精神次第ではゴミのようなスキルになるというリスクがあるモノの、先ほどの一撃にリュウスケは破壊されるなど微塵も思っていなかった。そして破壊されるイメージが微塵も配合されていなかったからこそ、先の一撃は“破壊不能”、なはずだったのだ。
それが、斬られた。
あり得ない。そう思いたいが、現実として斬られているのだから否定する事もできない。
再度攻撃しようとも思ったが、斬られるイメージがどうしても浮かんでしまう。
こんな精神状態では何度攻撃しても無駄だと判断し、リュウスケは標的を変える。
次に見たのは鎌を振り上げて走る狂信者達と、七体の機兵だった。何故こんな所に機兵が、と思わず思考がそこで止まりそうになる。
宇宙にまで進出した科学技術を誇る場所で暮らしていたリュウスケからすれば別に機兵など珍しいモノではないが、この世界とのあまりのミスマッチ具合に、即座に答えが導き出せない。
しかし視界の中でその猛威を振りまく様を見せつけられてしまえば、直ぐに行動に移さなければならないと判断した。
先ほどの失敗を踏まえ、イメージするのは雷速の一撃だ。
それも防がれないよう、数百数千の雷撃の雨をイメージする。到底逃れられる速度ではないし、例え防がれたとしても数で圧殺してやる、という意気込みを込めた渾身の一撃だ。
【スキル現象<雷鳴怒涛>が発動しました】
イメージ通りに発生した雷の豪雨は、先ほどのように防がれる事は無く、敵の一団に確かに直撃した。
雷撃の連続攻撃を受け、近くに射た人形兵を含め地面や建物など効果範囲内の全ては弾け飛んでいく。当然その中には狂信者達と、特に念入りに雷撃を叩きこんだ機兵達も混じっている。
濛々と立ち込める土埃と確かな手ごたえに安堵しつつ、確認するのに邪魔な風を薙ぎ払う。
【スキル現象<風神招来>が発動しました】
轟、と渦巻いた風が土埃を掻き消した。
後に残るのは甚大な破壊痕と、地面に這いつくばる狂信者と機兵の姿のみ。
「は、あははは。そう、そうだ。行ける、俺はまだ、やれる! まだ逆転のチャンスはあるんだッ!!」
その結果にリュウスケは笑い、体内の魔力が漲る感覚がした。
先ほどの弱気はなりを潜め、湧き上がってくるのはとある感情だった。
そして睨みつけるのは空に浮かぶ飛行船。洗礼されたフォルムを持つ、輝舟。それに乗っているのだろう手紙の主にして今回の敵を。
だが、その姿は見る事は敵わない。
リュウスケの透視能力が、輝船の防衛宝具によって掻き乱されているからだ。
それに若干の苛立ちを感じ、荒れた精神を落ちつける為に再度先ほどの戦果を見る。
そして、絶句した。
「あ……え? いや……え?」
倒れ伏していた敵など既に居ない。
確かに雷撃の雨で叩き伏せた筈の敵は、何事も無く疾走しながら人形兵達を薙ぎ払っていた。
鎌を振う度に鮮血と頭部が跳ね上がり、機兵がその能力を発揮する度に甚大な破壊が齎されている。先ほどの光景は幻だったのか? とさえ思ってしまうほどに、動きに支障が全くない。
止まりかける思考を意思の力で動かして、少しでも気を紛らわせるためにまだ見ぬ敵に狙いを定めんと北門の方を見、そして今度こそ、どうしようもなく、思考が停止させられた。
視界一杯に広がる、黒の群れ。いや、津波という方が正確か。
数え切れない程の、夥しい量の、蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲。
「う、あ、嗚ああ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
リュウスケは叫んだ。心の奥底から叫んだ。
視界にアップで映る黒い蟲の頭部。ガチガチ動く口元に、蠢く眼球。忙しなく動く脚部に、微動する翅。
ゾワゾワと身体を駆け抜ける生理的悪寒で鳥肌がたち、表現できない感情が脳裏に充満していく。
これは、見てはいけないものだと。
即座に殺し尽くさねば、色々な意味で殺されると本能が警告していく。
だから、リュウスケはありったけのイメージをブチ込んだ。
「一匹残らず、燃え尽きろォオオオオオオオ!!」
【スキル現象<炎神招来>が発動しました】
黒き津波の眼前に発生したのは、太陽よりも尚熱き炎の災厄だった。
ただただあの黒き蟲を殺したいというリュウスケの切実な思いによって顕現化したその炎の波は、黒い津波となっていた蟲の一角を一瞬で気化させた。
凄まじい威力である。
その光景に一時の安堵感、しかしリュウスケは理解していなかった。
黒き魔蟲の、驚異的なまでの適応能力を。
「これで全て燃え尽き……は?」
視線の先では燃え盛る業火の直撃を避け、輻射熱で甲殻の表面を焦がしながらもギリギリ生き残った個体達が、脱皮し始めた。
脱皮はものの三十秒ほどで終わり、脱皮した個体はリュウスケが顕現させた火災さえも平然と踏破していく。
触れただけで気化してしまう程の熱量の火災の中を、平然と疾走してリュウスケが座す王城に迫ってくる。既に火災はその意味を成さず、それどころか進化してしまった黒い津波に勢いを削られてしまった。
そんな魔蟲と、視線が重なる。そんな錯覚にリュウスケは襲われた。
それがどれほどの恐怖か。
逃げ出したくなる気持ちを抑え、リュウスケは逃げるように東門の方を見た。
そこに在るのは巨人。王城の上層部に居たのでそこまで見上げずとも問題はなかったが、最早驚く事自体ができなくなっていた。
驚き過ぎて、感覚が麻痺してきているようだ。
「何を……間違ったのだろうか。……いや、」
戦闘が開始してからまだ一時間も経過していないのだが、リュウスケの戦う意思は半ば挫かれていた。
まだ気力が残って入るモノの、全力で戦おうという気概は殆どなくなっている。
しばし呆然と周囲の状況を眺め、長い長いため息を吐き出す。普通なら、ココで諦めても可笑しくは無い。
しかし、ココにきてリュウスケの本質とも言えるモノが表れた。
未知の技術を知りたい、未知なる事象の発生原因を解明したい、という欲求だ。
戦争の結果を覆すのは難しい、とは既に答えが出ている。個々の戦力が違い過ぎるし、何より敵の底が見えない。ここまで圧倒されているというのに、敵にはまだまだ余力が在り過ぎる。
だがそんな事は最早関係無い。
リュウスケは堪らなく知りたいのだ。
自分が知らない事を。まだ誰も知らない様な事を。
それが、すぐそこにある。手を伸ばせば届きそうな所に、転がっている。
何故、狼男は“破壊不能”の砲撃を切り裂けたのだ?
何故、雷の雨を受けて肉体が原形を止め、尚且つ機兵などというモノがこの世界に存在する?
何故、あの蟲達は触れるだけで気化しそうになる火災を脱皮するだけで克服できたのか?
何故、百メートル級の機兵が自壊もせずに動けているのか?
何故、何故、何故、何故、何故だろうか。
最早勝ち負けには拘らない。
ただ、知りたいと願い、そして思う。
リュウスケは、未知を尊ぶ。
「勝っても負けてもいい。俺は、未知を知りたいッ」
そして未知を知るためには、それ相応の準備が必要だ。
一先ず、リュウスケは最高の肉体改造を施した、かつての天剣継承者達を敵に宛がった。
少しでも未知なるデータを収集する為に。