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第六十九話 大きさはそれだけで強さ

 昆虫という生物は、非常に優れた能力を秘めている。


 自重の数倍から数十倍もの重量を持つ物体を長距離運ぶ事ができ、頑丈でかつ広大な巣を地面に作り、種によってはその大軍勢でもって人間さえ食す事もある、アリ


 両手の鎌を巧みに操り、時に周囲の景色に溶け込んで標的の死角から捉えて食す、天然の格闘家である蟷螂カマキリ


 体長は一mm~九mm程度と非常に小さいけれど、その六十倍から百倍の距離の跳躍を可能とする、ノミ


 それに忘れてはいけない、一匹見かけたら三十匹は居るとされる、古代から進化し続けながら現代にまで勢力を伸ばす、黒き魔帝。


 その他にも秀でた能力を見せる昆虫は数多く、そしてまたその種類の多様さは他の追随を許さない。

 

 しかし、なぜ優秀で数が多い昆虫が星を支配できていないのか。

 種族にもよるが人間には無い秀でた能力を有し、そして数が途轍もなく多いというのに。

 

 しかし、それはとても簡単な話で。


 そして今回の蹂躙は、その原因を最も体現した機玩具人形のお話である。




 ※ _ ※


 


「やる気がでないなぁ」


 そうぼやいたのは、一人の少年だった。

 それもただの少年では無い、奇抜な姿をした少年である。


 小学生低学年の平均サイズ程度の背丈に、半袖半ズボンといった姿はまだいい。

 例え着ている衣服が全て一級の宝具であるとしても、その価値を正確に知らない者からすればただやんちゃそうな子供にしか見えないのだから。


 問題は、顔面を隠す奇妙な仮面にこそあった。

 

 少年が装着している仮面は、まるで何処かの国の聖獣であるかのような、もしくは禍々しい魔獣のような、奇妙奇天烈なデザインなのだ。


 額から天を突く様に伸びる、鹿のように枝分かれした水晶の一本角。その角は時折芯が淡く輝き、見る者にある種の精神的作用を付加する特殊な光を撒き散らしている。

 口元には対峙する者を威圧し、威嚇する憤怒の形を作る白い乱杭歯が見え隠れしている。

 しかしそれとは対照的な眼前の者を慈しむような形を造る青水晶によって覆われた瞳が特徴的だ。

 頭部を覆うのは黄金の糸を幾重にも重ね合わせたようなモノで、後頭部を流れるそれは少年の腰元まで伸びている。


 衣服が普通であるだけに、その奇妙で少年の体からすれば巨大な仮面を被る頭部の大きさのアンバランスさが、どうしようもなく異常である。


「退屈ですか、兄様?」


「退屈だよ、アル。だって何時も相手してもらってるヘカト達に比べれば、弱くて、小さすぎる」


「確かに、我らには退屈な相手ですが。しかしこのような愚か者達には――中略――であり、九十年前のシェルブリスタンの防衛線――中略――のように徹底的に……」


 実際にあった過去の話を朗々と語りながら、少年の傍らに立っていた美男子――アルフヘイムは波打つ自分の金髪をキザったらしい仕草で触り、ついで額につけている、前髪の部分を止めている白銀の円冠を撫でた。


 その動作と同時に風が吹いた。まるでアルフヘイムに引き寄せられるように、風が吹いたのだ。


 身に纏う濃緑のゆったりとした長衣が、元天剣国家<アルティア>首都近辺に広がる草原を駆け抜ける風に靡く。銀糸によって細かい装飾が施された長衣のデザインが、まるで風の精霊シルフがアルフヘイムに遊んで遊んで、とせがむ様にその形を変化させていく。


 普通では見えない精霊を見る事ができるアルフヘイムは、とても優しげな表情でシルフ達を撫でてやる。普段の人を馬鹿にした表情など、その表情からは微塵も感じられない。

 普段の傲慢な彼を知る者からすれば今のアルフヘイムの笑みはあり得ない姿ではあるが、こう言った一面も彼の素顔なのである。


 主であるカナメと姉妹兄弟、それに自分が認めた者と精霊以外には高圧的な態度を示し、その代わりその少ない例外には礼を尽くす、それがアルフヘイムの性格を大雑把に表現した言葉だろう。


「アルの周囲に居ると、精霊達が集まって気持ちがいいね。精霊は無垢で、気持ちが良い」


「ありがとうございます、兄様。……どうも、他の門は突破したようですね」


 今二人の視線の先にある堅牢なはずの首都。


 しかしその周囲には地獄絵図とでも言うべき光景が広がっている。

 溶岩によって紅に染まる空、数えるのも見るのもおぞましい程の何かによって造られた黒き津波、大軍を貫く槍のような少数突撃などだ。


 例え見えずとも、風の精霊であるシルフを使役し、友とするアルフヘイムにはそれら全てが見えている。


「そうかぁ、皆ヤル気だねェ。じゃ、こんな無意味な行為はさっさと終わらせよっかな」


 アルフヘイムにそう教えてもらい、少年は気だるげにぼやきながら、少年の右足が一歩前に踏みだされた。


 それが合図だったかのように、一斉に射出された幾千幾万にも及ぶだろう矢の雨が二人に向かって降り注ぐ。空の一角を埋め尽くすような量の矢は、ただただ二人をハリネズミのようにしようと飛来する。


 それを放ったのは、地を埋め尽くすほどの仮面を被りし哀れな肉壁達だった。


 予め決められた防衛ラインに足一歩分侵入した少年に反応しての行動である。


「あははは」


 少年の乾いた嗤い声。

 それはまるで子供の可愛らしい反抗を、涙ぐましい行いを慈しむような声音であった。

 圧倒的高みから他者を見下しているといってもいいだろう。

 そして事実、この程度の抵抗など少年にとっては児戯でしかなかった。


 パンッ! と小気味のいい音が響く。

 少年が手と手を打ち鳴らせたからだ。


「掻き毟れ――<五十頭百手の巨人ヘカトンケイル>」

 

 紡がれたのはとある起動言語アクセスワードだった。

 そしてその変化は急激だった。


 まず、少年の周囲に半透明な巨大な腕が出現した。

 腕の数は百本丁度で、一本一本の太さが直径十メートル程、長さは二十メートル程はあるだろうか。その大きさは、百の腕の中心部に佇む少年を容易く隠してしまうほどの大きさだ。

 そしてその巨大さと数であるが故に、ただそこにあるだけで飛来してきた矢の雨は全て弾き落とされる。


 虚しくも甲高い金属音が連続で響く。


 矢は全く通じないが数が数だけにその音はしばらくの間続き、そして最後の一矢が弾かれると音は絶える。

 既に放たれている第二射、三射が到達するのに間が空いた。

 肉壁達は完全にコントロールされているが故に撃つまでのタイムラグが全くなく、隊列によって到着するまでの差が出ているだけで、普通なら個々によって必ずある僅かな差で絶え間なく振る筈の矢の雨に隙が生じているのだ。

 第二射が到達するまで後数秒未満。


 しかしそれを悠長に待つほど少年は気が長くなかった。


「頂きから見下ろせ――<高みを行く者ヒュペリーオーン>」


 奇怪な仮面を被った少年――拠点絶対制圧型として製造された機玩具人形三男・ヴァーパルツィタンは、使いなれた宝具の起動言語アクセスワードを紡ぎ出す。


 ただそれだけで、全てが始まり、全てが同時に終わった。


 ヴァーパルツィタンの仮面、その淡く発光している角が真中からパカッと割れた。

 それと同時に目も眩むような閃光が周囲を包み込む。



 その後、ヴァーパルツィタンがいた場所に巨大な何かが在った。

 いや、何かでは無い。ヒト型の物体だ。

 ただしそのサイズが非常識。


「相変わらず、その姿を見るのは首が疲れますね」


 アルフヘイムは空を見上げながら、そう呟く。

 その声音には呆れが多分に含まれていた。


 今アルフヘイムの目の前にあり、さっきまでヴァーパルツィタンが立っていた場所には黒柱のような足がある。直径十五メートル程という、金属塊のような巨大な両脚である。

 足の表面は黒く、金属特有の光沢がある。まるで神殿の柱のような足だ。人間など、容易く潰される程の大きさだ。


 巨人の全長は約百メートル程。

 全身を黒金の甲冑で包み、奇怪な一本角を持つ鬼のような貌、そして数え切れない程の蛇の髪を持つ巨人で、その周囲には今もヘカトンケイルの巨腕が漂っている。


 全身が金属の塊のようなそれとヘカトンケイルの腕に第二射となる矢が当たるが、先ほどの焼き増しのように甲高い音を上げながら矢は弾かれる。


 バラバラと矢が地面に落ちていく。

 それが地面に落ちるか落ちないかの間に、巨人が一歩足を踏み出した。ただの一歩だが、しかし体長が百メートルを越える巨人の一歩が進む距離は馬鹿にならない。

 

 二歩目。

 肉壁との距離が半分まで消化された。

 矢が射られるが掠り傷一つ付かない。


 三歩目。

 肉壁との距離が更に半分消化された。

 矢が射られるが、やはりダメージは皆無。


 四歩目。

 巨大な足によって、肉壁の一部が踏み潰された。まるで虫のように、人間と虫のような圧倒的体格差によって踏み潰されて、地面に赤い花が咲き乱れる。

 優れた能力と数を揃えた虫が、例外を除いて人間を殺せない様に、どれ程個体としての能力に差があったとしても、圧倒的な体格差はそれを塗りつぶして余りある。


 今のヴァーパルツィタンの感覚は、虫を潰すのと同じなのだ。


 進めば進むほど、赤い花が咲いて行く。


 巨人はただ、真っ直ぐ城に向けて進んでいく。

 敵拠点を絶対に制圧する、それを目的に製造されているが故に。


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