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第六十六話 狼男と戦女神の歩み

 急激に収束する魔力の流れを感じ、テイワズセカンドは自身の腰に手を這わして逃がさない様に拘束し、その上でディープキスをしようと顔を寄せてくるシルバーチップの頭を必死に遠ざけながら、その方向に顔を向けた。

 というか、逸らした。


「あれは……なるほど」


 危機的状況だろうともクールに、あくまでもクールにそう呟く。

 それは決して逃避では無く、ある意味で意地だった。


 透視と遠視と言う二つの魔術が付加されている片眼鏡モノクルによって<輝舟ヴィマーナ>の構築材に邪魔される事は無く、テイワズセカンドは不自然なそれの原因を知る。

 銀鋼と黄金で精製され、概念によって経年劣化する事無く現代にまで在り続ける、小銃すら普及していないこの世界では明らかに異質である巨大な大砲――天砲<唸り吼える獣神の咆哮フォール・バリスタ>が砲口をコチラに向けていたのだ。

 集められた魔力は、天砲がまるで貪る様に取り込んでいる。


「んあァ? どォしたんだテイワズよォ」


 近くのソファで酒を樽で飲んでいたウールヴヘジンが、小首を傾げた。


「いや、懐かしいモノを見つけまして」


「懐かしいモノねぇ……ああ、なるほど~。確かに、お久しぶり、それとも初めましてかしらねぇ?」


 テイワズセカンドが凝視していた方向を向いたシルバーチップは、納得したように頷いた。

 遠距離狙撃型であるシルバーチップにとって、多少強化した程度で目視できる距離など障害物があっても大した問題では無かった。

 そしてテイワズセカンドの意識が僅かだが逸れた瞬間を逃す事無く、次の攻勢に有利な場所取りをしている姿は、強かと言う他あるまい。

 そしてテイワズセカンドが逃れられない様に体勢を整えるために声をかけて意識を逸らすのも忘れなかった。


「あれ、撃ってくる気満々よねぇ?」


 砲口に収束していく、機玩具人形の目だからこそ目視できる天然の魔力を見、シルバーチップは面倒そうに小首を傾げた。完璧な演技である。

 名女優? としても喰って行けそうなほどには、その演技とさり気無く自然な動きは卓越していた。


「そうですね。砲撃属性は変換される魔力色から察するに、“徹甲”に“雷撃”を加えた雷速の徹甲雷弾と言った所でしょうかね。

 魔力量からして装弾数は三十ジャストです」


 普通では分からないだろうが、“魔術”という分野に置いて並ぶモノが存在しないテイワズセカンドからすれば、天砲に収束する無色の魔力を徐々に浸食していく魔力色だけでどのような攻撃をするのかが大体把握できた。

 それに何より、天砲は言うなればテイワズセカンド達の兄弟なのだ。カナメが造った存在としての繋がりで、製造年月日からして【天剣十二本】は弟妹となる。

 それ故にそれぞれの細かい部分のデータまで、カナメによる整備が施された時などにインプット済みだ。

 例え実物を見るのが初めてだろうとも、何ができて何ができないのか、それを全て知っている。


 しかしだからこそ不思議だった。


 何故、造物主カナメが乗るこの舟にあそこまで敵意に満ちた状態で砲口を向けられるのかが。

 カナメが造った作品は全てカナメを傷つける事はできなくなっているし、仮に持ち主がカナメに対して害を成そうとすれば逆に持ち主を喰い殺すようなシロモノだ。

 天砲は巨大であるが故に一個人が所有する事はほぼ不可能なので、それ等の反動は周囲の無差別破壊という形で発現する様になっている。

 だから例え撃てたとしても、その被害は全てアチラに降り注ぐ筈だ。

 カナメがコチラに存在する限り、攻撃がコチラに届くなどはあり得ない。


 だと言うのにテイワズセカンドは言い知れぬ違和感を感じ、それゆえにカナメに連絡をとる。

 オプションリングにある通信機能を使い、待つ事数秒、感じた違和感をカナメに報告した。


「天砲がコチラを向いてるようだけど、大丈夫なのかい? 何だか、ちょっと変な感じなんだけど」


『おお、丁度良かった。どうやら天砲とか天剣シリーズは全部リュウスケが改造したみたいで、俺に攻撃できるようになってるからシュヴァリエに防ぐように言ってくれ。

 ヴィマーナの防御機能は、殲滅範囲がデカ過ぎるからなー。あれだと、一発で全部終わっちまうし』


 そして発覚した新事実に、テイワズセカンドは無意識の内にこめかみを指で押さえた。

 その隙にシルバーチップが更に詰め寄ったが、カナメの職務怠慢に頭痛を感じたテイワズセカンドはそれに気付かない。


 カナメが必要な情報を伝えない事は多々ある――『面白そうだから』とか『悪戯してやろう』とかであえて伝えていない場合も多々あるが、普通に忘れている事もあるので厄介極まりない――のだが、何もこんなギリギリで言わずとも、と愚痴が零れそうになる。

 まあ、それでも問題無く対処できるのだが。


 やはり気分の問題である。


「……なんでその情報をもっと早く寄こさない」


『すまん、忘れてた』


 今回は後者だったようだ。


 それを聞いて一つ深いため息を洩らし、長い付き合いなのでこの動作で気分を切り替えてから、テイワズセカンドは今もカナメの血が混じったワインを嗜む腹黒美女の方を見る。

 普段通り美し過ぎる微笑を浮かべ、カナメとの会話を聞いていたのだろう、テイワズセカンドが何かを言う前にコクリと頷いて了承の合図を送って来た。

 その後でクーラーシュヴァリエは椅子に座ったまま右の人差し指で小さく円を描く。その軌跡は赤い光として中空に残り、やがて瞬いて消えた。

 それは、クーラーシュヴァリエに搭載された専用宝具の一つが発動した現れである。


「まったく。……それにしても、カナメの作品を弄れるほどになるとは、面白い」


『めっちゃ怖い声を出すな。まあ、同意するけど』


「で、防いだ後はどうしたらいいんだい? まだ、何も指示は受けていないんだけど」


『開始はアチラの砲撃が終わった後で、説明はその後だ。シュヴァリエ、開戦の狼煙になるから少し派手にやってくれ』


「ええ、分かっています。元々、そのつもりですし」


 優れた聴覚を持つ機玩具人形にとっては五メートルも離れていない場所の声を拾う事は容易く、それ故に主の司令を理解し、返事ができる。

 普段と変わらないその笑みの裏にある感情を何となく理解できてしまうテイワズセカンド達にとっては、相手に思わず合掌したくなった。

 クーラーシュヴァリエはその美しい見た目から察するのが難しいのだが、機玩具人形の中でもなかなかに厄介な性格をしているのである。


「さて、そろそろ天砲の魔力圧縮が臨界を迎える様ですね。もう一分もしない内に、撃ってくるでしょう。

 ……いや、どうやら今から撃ってくるようです。少々、せっかちですね」


 天砲の様子を観察していたテイワズセカンドがそう言うのと、天砲の砲撃音が轟いた誤差はほんの僅かで、テイワズセカンドが看破した通りに指向性を持たされた雷撃の槍がヴィマーナに光速で迫った。

 雷撃の槍の破壊力は収束した魔力の量からして絶大で、普通は慌てふためいてしかるべきモノなのだが。


「隙ありよんッ!」


「ぐわッ馬鹿止め――――ッ!!」


 そんな状況であろうと、シルバーチップの行動は変わらないのであった。 

 雷撃が、衝突する。

 ついでに、シルバーチップの唇がテイワズセカンドの唇と重なった。

 声にならない絶叫が上がった。




 



 ※ _ ※








 攻撃速度は雷速。弾丸を構成するのは研ぎ澄まされ、圧縮された魔力が変化した雷の槍だ。

 回避など不可能なその砲撃は、リュウスケによって改造されていたが故に装填された三十発の全てを吐き出すのに一秒も必要としなかった。

 雷鳴を轟かし、衝撃波だけで雲を散らしたその砲撃はまさに神話に登場する神の一撃の様で、ただただ凄まじかった。

 それを肌で感じ、リュウスケが「やったか」と思わずフラグを立てる定番のセリフを言ってしまったとしても仕方が無いだろう。


 コレは彼のミスでは無い。


 普通ならばそれだけで一国の首都を吹き飛ばすのに余りある攻撃だったのだ。それを全て同じポイントに雷速で撃ち込まれれば、リュウスケの良く知るエネルギーシールドを搭載した星間船と言えども沈黙するだろうと思われる壮絶な砲撃である。

 

 だから、リュウスケはその光景を見て愕然とした。


 あれほどの攻撃を撃ち込んでも、ヴィマーナの船体には損傷が全く見受けられなかったのだ。貫通性を付加させていたので、単純な物理防御力などではあれを防ぐ事はできないと言うのに。

 しかし一つの変化は確かにある。舟の周囲には先ほどまで無かったモノ――赤い円環が漂っていて、煌々と怪しい輝きを見せているのだ。

 紅い円環はまるで舟は何者にも傷付けさせないと言っているかのようで。

  

「なんだよ、あれ……」


 その呟きは、しかしその直後に轟いた爆音によって掻き消された。

 その原因は天砲が木っ端微塵に吹き飛んでしまったからだ。

 天砲は爆発、炎上。傷一つ付く事の無かった天砲は今やその姿を崩し、城の一部を巻き込んで崩壊した。


 何故? 決まっている。


 ヴィマーナから降り注いだ雷槍によって機関部が穿たれたからだ。

 雷槍を放たったのは赤い円環であり、その威力は天砲の砲撃とは桁はずれに強かった。

 それはまるで、天砲三十発分の砲撃を一撃に集約して放ったような……。


 そこまで考え、リュウスケはハッと気がついた。


「まさか、吸収して、それをコチラに撃ち返した……のか」


 確証も証明する手段も無いが、リュウスケにはそうとしか思えなかった。

 そして事実、リュウスケの考察は正しかった。



 ヴィマーナの周囲を漂う赤き円環――宝具<全て飲み込む鯨の口フォーマルハウト>。


 クーラーシュヴァリエに搭載された専用宝具であり、その能力は敵の攻撃――遠距離近距離関係なく――を吸収し、それを敵に撃ち返すという凶悪な能力を発揮する絶対堅固の宝具の一つである。

 能力は単純過ぎるほどに単純だが、それゆえに攻略が難しいそれは、今もヴィマーナの周囲を囲んでいる。もし仮に天砲が壊されていなかったとしても、結果は何も変わらないだろう。むしろ多くの砲弾を撃ち込めば撃ち込むほど、被害が大きくなるだけだ。

 天砲の絶大な一撃を三十発も撃ち込んで、事も無げに溜めたモノ相手に同じような攻撃を繰り返すのは愚行としか言えない。

 リュウスケはそれを悟れない程に愚者ではないが故に恨めしそうにヴィマーナを見上げ、そして四方から轟いた爆音によって意識が引き戻される。

 慌てて近くに控えていた完全武装な仮面騎士ペルソナ・ナイトに問いかける。


「報告しろ!」


『四方に設置された門の近くに突然出現した敵兵部隊により、首都外縁部に集合させていた民兵が薙ぎ倒されています。

 敵は強力であり、ただの民兵では数の分だけ被害が出ています。止められません。』


 リュウスケは天剣国家<アルティア>の全てを乗っ取った。

 自分が覚醒したユニークスキルを用い、ヒトの意思を捻じ曲げて隷属させる仮面を製造した事によって国の全てを支配した。国民を一人残らず、隷属させた。

 その結果今回の戦いに備えて首都に集められた数は老若男女合わせて約一千八百万人。国民の総数と同じ数だ。

 数が数だけに二重の城壁で守られた首都内部に全てを入れる事は到底不可能で、その溢れた人数は壁の外――つまりはグルリと首都を覆うように配置していたのだが、そこを襲われたのだと言う。

 外にいるのは装備が足りなかったためにくわすきや、果ては木の棒という貧相な武器しか無い肉の壁である。主戦力は首都内部に配置されているので外の兵はハッキリ言って戦闘力が低いのだが、それでも数は一番多い。

 普通の相手なら、死さえ厭わぬ人形達はその圧倒的物量差で敵を押し潰せるのだが、それが報告によると軽く薙ぎ倒されているという。それは、リュウスケにとって嫌な情報だ。

 物量差を物ともしない程に尋常ならざる個人戦闘能力など、普通じゃない事を表しているのだから。

 

「くそ……できるだけ体力を削ぎ落す様にしろ。ココにくるまでに、少しでも弱らせるんだッ!!」


『了解です』


 人形の返事は、どこまでも無機質なモノだった。








 ※ _ ※








『四方の門を真正面から打ち破り、中心にある王城に居るだろうリュウスケの元に最初に辿り着いた者に何か報酬を出すとしよう。

 敵は殺してもいいし、殺さなくてもいい。自由だ、自分で判断しろ。んで、宝具のリミッターも解除しておこう。全力で戦う事を許可する。

 で、空を飛んで直接乗り込んだりとか、転移で直接乗り込んだりはダメ。地道を敵兵かき分けて突破する様に。そうじゃないと面白くないしな。

 あとは……そうだな、うん、無いな。じゃ、張り切っていこー。あ、取りあえず即死しなけりゃフローレンスが治すから、気にせずイッテ来い』

 

 それがカナメが全軍に告げた言葉だった。

 脳内で再生したその言葉を噛みしめながら、狼頭の大男は獰猛な笑みを見せる。


「全力でェやるってェのは久々だなァ!! オイッ!!」


 空間湾曲跳躍型である双子メイドなリリヤとアリアによって南門前まで連れて来られたウールヴヘジンの両腕には、二本の<阻める物無き蛮勇の剣デュランダル>が太陽光を反射させてその輝きを魅せ、次々と津波の様に襲いかかってくる仮面の敵兵に向けて振り下ろされている。

 踏み込みは神速、威力は絶大、切れ味に至っては断てぬもの無しと言う理不尽極まりない斬撃の乱舞が敵を薙ぎ払う。

 そしてパッと見では有り余る力で出鱈目に振っているかのように見えるのだが、しかし実は足さばきや骨格の使い方などの確かな技術が至る所に散りばめられ、その結果剣速は音速を容易く突破する。

 故に、例え刀身が敵に触れずともその一振りで発生した衝撃波は数名を纏めて吹き飛ばす。ただ振るだけでも敵を駆逐していく。

 それなりの重さがある大人が木っ端の如く飛ばされる光景はあまりにも圧倒的で、それでいて凄まじいと言う他ない。


「ガハハははハハハハはははっははあッ!!」


 獰猛な笑い声が轟いた。

 人間としての本能に働きかけるようなその声は、あまりにも現実離れした光景と混ざり合い、普通の軍勢ならばそれだけで戦意が失せてしまうだろう。

 恐怖のあまり敗走したとしても、決して可笑しくは無い。と言うか、このような光景を見てそうならない方が可笑しい。

 剥き出しの歯が自らの肉を喰らう様を想像し、薙ぎ払われた剣が首と胴体を斬り飛ばすだろうと考え、その巨拳で磨り潰されると思ってしまえば失禁し気絶するかもしれない。

 それが普通の反応だ。


 しかし今回の敵は色んな意味で狂っていた。

 目の前の人間が圧倒的暴力によって薙ぎ払われようとも走る速度は一切落とさず、手にした武器をその身に突きたてようと、ただただ機械的に襲いかかってくる。

 貧相な衣服から農夫だろうと推察できる六名の男に向け、デュランダルを一薙ぎ。異常なまでの切れ味は持ち主に僅かな手応えも感じさせる事は無かったが、その刃はしかりと両断した。そして男たちの身体はその際生じた剣風によって遠くに吹き飛ばされる。

 男たちが宙を飛ぶ。

 間髪入れず、今度は小柄な少年少女が手に小さなナイフを携えて襲いかかった。その小さき身体を生かし、ウールヴヘジンの懐に入ろうとする。仮面によって強制的に強化されたその身体能力は、他国の訓練された一般兵と同等かそれ以上だ。

 その戦闘能力は兎も角、少年少女という多少なりとも迷ってしまいそうになる構成だが、ウールヴヘジンは一切躊躇う事無くデュランダルを振り下ろした。

 そして一瞬だけすれ違い、ウールヴヘジンは何事も無かったかのように駆け、少年少女の小柄な体から力が抜けてその場に倒れ伏した。

 それを振り返る事は無く、ウールヴヘジンは巨大な南門に向けて疾駆する。その足が大地を捉え、まるで爆発でもしたかのように土石を後方に撒き散らしながら前進する。

 進む先には数え切れない程の敵兵が肉の壁として在り、右も左も敵兵だらけだが、しかしウールヴヘジンは止められない。止まる事などあり得ない。

 隔絶とした戦闘能力の差は、圧倒的物量すら跳ね返す。

 敵が武器を振り下ろす前にデュランダルが振われ、薙ぎ払われ、敵の武器は掠る事すら許されない。それほどまでの差が、そこにはあった。物量差など全く役に立っていない。

 切る、斬る、ただただ本能のままに斬りまくる。


「やる気のねぇーヤツァーさっさと退けってぇんだァ!!」


 しかしそれでも戦場として成立する決定的なモノが欠けていた。

 ココは確かに争いの場である。しかし、戦場ではまだ無い。

 ウールヴヘジンによる虐殺場、という事でも無い。


 血が、血の赤色がこの場には決定的に欠けていた。

 吹き飛ばされて多少なりとも怪我をしている者はいるが、死んだ者はいないのだ。


「兵士でもねぇー野郎共はすっ込んでろッってんだァ!!」


 デュランダルが敵兵に向けて振り下ろされる。

 しかしその剣尖は敵兵の身を切るのではなく、顔に装着された仮面だけを切っていた。一寸の狂いも無く、仮面だけが斬り落とされる。

 敵兵は仮面によって強制的に動かされているので、仮面さえ斬ってしまえばその後は意識を失い、無力化されていくのだ。

 戦い始めて、ウールヴヘジンはただの一人も殺す事無く肉壁のただ中を進み続けていたのだ。

 本職の兵士ならば兎も角、無理やり動かされるだけの一般人は殺さない、その意思の下に。


「待たれよ兄上、我もお供させてもらいまするぞ」


「んあァ? 何だァブリュンヒルデじゃねェーか」


 声をかけられた方向に視線だけ向けると、そこには巨大な聖剣を携え幻想のように不確かながらもそこに存在すると言う奇妙な神馬に跨った戦女神が、疾走するウールヴヘジンを追走していた。

 羽の様な装飾を持つ光り輝く鎧を身に纏い、風に靡く金色の髪や端正な顔は戦場に降臨した女神の様で、迫りくる敵兵の仮面を正確に切断するその剣技は他者を魅了する。


 彼女の名はブリュンヒルデ。


 百九十年前に勇者として召喚された芳賀俊史ハガトシフミという男が覚醒したユニークスキル<剣技織りなすは戦女神ブリュンヒルデ>を素体として造られ、現在は機玩具人形第十女にして女神模倣型として在る存在だ。

 そしてその相棒である<疾風織りなす幻の名馬ヴィングスコルニル>は、ウールヴヘジンの疾走にもついて行ける神馬だった。


「兄上と戦場を駆ける。我がこのような心躍る事など久方ぶりでありまする」


「そうかァ。じゃあよォ、サクサクと中に入ろうじゃねェかよォ。ココァ俺達の求める場所じゃねェわァなァ」


「御意に」


 そうして、二人は速度を上げた。

 ただしそれでもすれ違う幾百幾千の敵兵を無力化していくのも忘れない。

 魔剣と聖剣が縦横無尽に振われていく。たった二人ながらも、敵兵は止める事が敵わない。

 そう時を置かず、二人が目指した南門が眼前に迫る。速度を落とす事は無く、ウールヴヘジンがデュランダルで鉄の塊とでも表現するべき門はしかし、その直前で吹き飛ばされた。

 遥か後方から射出された何かが、南門を容赦なく吹き飛ばしたのだ。

 

「……シルバーのヤツ、余計な事をしやがってェ」


 不服そうに顔を歪めながらも、その声音には不機嫌さは無く。弟に悪戯された兄のように穏やかだった。

 事実、そうなのだが。


「流石兄上の狙撃、無駄な破壊が無い。では、いざ参らん」


 ブリュンヒルデは感服した、とでもいうかのようにそう言い、巨大な聖剣を構えた。全身から迸る黄金の神気が、聖剣に干渉してその能力を発動――本来の姿に変革した聖剣は神槍となる。

 生者を殺す事無く無力化する聖剣から生者を殺す神槍に換えたのは、門の中は既に剣や槍で武装した本当の敵兵で溢れかえっていたからだ。

 ココより先では手加減無用、邪魔をする者は容赦なく斬り殺す。そんな主の意思に呼応して、愛馬であるヴィングスコルニルもまた加速する。


「ガハハははハははハハハハッ!!」


 ウールヴヘジンもまた、敵兵には容赦なく。その身を切り刻まんと速度を上げた。

 まるで弾丸のように南門に突っ込み、その下を潜った二人が目指すのは遥か先にある王城。待ち構えるのは幾千幾万の敵兵。

 しかしそれを真っ直ぐ斬り裂いて行くように、愚直なまでに真っ直ぐと二人は駆けていく。

 門を潜った時から二人に手加減は無く、そこでようやく、本当の戦争が始まった。

 軌道上の一切を切断するデュランダルが一振りで八人の胴体を切り飛ばし、戦場で死んだ者を蘇らせて下僕とするブリュンヒルデの専用宝具<死した英兵の骸エインヘリャル>が味方を増産し、ウールヴヘジンの鋭牙が敵の頭部をもぎ取り喰らい、ブリュンヒルデの持つ神槍<私と彼を殺す復讐の槍シグルドリーヴァ>が敵を両断する。

 そこは戦場だった。

 何処までも血生臭く、肉片と鮮血と鉄の香りが充満する戦場。


 戦いは、始まった。


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