第六十五話 開戦前の話し合い
「ゲートを通って来訪した異世界人が、俺やセツナのようにユニークスキルに目覚める可能性は、無い。確率は可能性の欠片も無く、ゼロ%だ」
「それは、何故だ?」
「簡単な話なのでございます。彼らとカナメ様やセツナ様は、状況が違い過ぎるのです」
天井には魔石灯製のシャンデリアが吊り下がり、床には赤く柔らかな絨毯が敷かれてる一室。
室内でくつろげる様にと設置されたソファや机に簡易ベッドなどは全て魔術礼装であり、これだけの品々を揃えようと思えば、普通は金貨数百枚を必要とするだろう。
それに古今東西から集められた多種多様で貴重な書がずらりと並べられた書棚や、非常に貴重で希少な宝石が大量に詰め込まれた宝石箱が数多く収納された棚の数々など、特定のスキルを持つ者達からすれば魂を売ってでも欲する品ばかりだ。
それに加えて、壁に飾られた赤い槍や黄色い槍、巨大な戦斧に<ヤマト>で見かける様な鎧に刀など、統一性の見られない多種多様な武具の数々は、ただ在るだけでそれが神剣魔剣の類であると理解できる程の存在感を発していた。
部屋を飾る調度品は見る者が見れば卒倒するか、もしくは常識から半ば乖離したこの部屋を幻であるとさえ考えてしまうに違いない。
それほどまでにこの一室は常識外で、何よりも豪奢だった。
しかしそんな一室にて寛いでいる三名の男女は、ただこれが普通であるかのように談笑していた。
とは言えそれも仕方がない話だろう。
唯一の男はこの部屋の主であるばかりか、この部屋が存在する“舟”を造り上げた存在であり。
紫色の色彩で彩られた美女はその男によって製造された存在であり。
黒く艶やかな髪をもつ聖女は数ヶ月間もこのような環境が続いているが為に、これが普通であると思うようになっているし、そもそも絢爛豪華な調度品の正確な価値を識っていないのだから。
「いいか、セツナ。説明すれば、この世界軸を“1”、と仮定するんだ」
部屋にいる唯一の男――カナメは、目の前のソファに座るセツナの瞳を見つめながら言葉を紡ぐ。
その姿はまるで教師の様であり、カナメの人差し指以外の指は全て折りたたまれ、“1”を形作った。
「んで、俺やセツナがいた世界は“1”であるこの世界軸よりも上、つまり世界軸が……そうだな、とりあえず“5”の世界であると仮定しよう。ここまでは理解できるよね?」
「大丈夫。説明を続けて」
五指が開かれたカナメの手を見ながら、セツナはコクリと頷いた。
それを見てカナメも説明を続けた。
「よし。それで、<ヤマト>のゼリーロムが繋げた穴――ゲートは、俺達が居た“5”の世界ではなく、横の世界に通じているだけなんだ。
“右に1つ移動した”場所にある世界か、もしくは“左に1つ移動した”場所にある世界って事だな。1αの世界とか、1βの世界とでも言えばいいのかな。
つまり俺が何が言いたいのかと言うと、ゼリーロムが繋げたゲートは“上の世界/俺達が居た場所”ではなく、“1”という世界軸が同じだけど違う、異なる歴史を進んだ横の世界に繋がっているって事。α分だけ横にずれた世界、でもいいかもしれないな?
大雑把だけど、ここまでは大丈夫?」
セツナはしばし考え、頷いた。
「ココで思い出してもらいたいのは、『勇者って奴は、言うならば人型に集約された一つの異次元世界みたいなモノなんだ。何でそうなるのかと言うと、上位世界――つまりは元いた次元からこの世界に召喚された時に、上位世界の膜に包まれながら堕ちてくるから』って、昔言ったよね?」
「そう言えば……ああ、なるほど」
そこまで説明され、セツナの顔に理解の色は浮かんだ。
異世界人がユニークスキルに目覚める可能性がゼロとカナメが言った事の根拠は、つまり簡単な話で。
「そう、横にある世界は、横にあるのだから上位世界ではない。同じ“1”という世界軸上にある世界でしか無い。
そして勇者は堕ちてくる時に上位世界の膜に包まれるからこそ勇者になるのであって、上位世界の住人ではない者が勇者になる事などあり得ないんだ」
「なるほど……。そう言われれば、納得できる話だ」
「流石に、勇者の軍勢となると私達もこんなに悠長にはしておりませんよ。勇者の軍勢となると、アヴァロンも勢いでやられる可能性が少なからず発生しますし。
最も、覚醒前に叩き潰す事など簡単でありますが。過剰殺戮上等、でございます」
紅茶やお菓子を用意しながら語られたポイズンリリーのちょっと過激な発言に、リリーならやるだろうなと納得交じりに苦笑しつつ、セツナは優雅にコーヒーを飲む。
コチラに来てから今まで味わった事の無い様な豪華な生活にも慣れ、セツナも自然と作法などを身につけて来ているのだ。
あんなにも帰りたいと思っていたのに、今ではこの生活に満足している事に、セツナは何だかムズカユイ様な感覚がしてならなかった。だが、それも悪い気分ではない事に、セツナは微笑を浮かべる。
「激写ーッ!」
その一瞬を逃す事無く、何時の間にか撮影スフィアを構えていたカナメはその光景を写真に残す。
最近のカナメは以前交わしたセツナとの約束の期間が迫っている事からか、セツナとの思い出を少しでも残そうとこのような奇行を繰り返していたりする。
セツナも苦笑するだけでそれを止める事はしておらず、今もパシャパシャとセツナの姿をカナメは撮りまくる。
ただ最近は調子に乗って来たのか、際どい写真を残そうとしている節があるし、その度にポイズンリリーが釘を刺す。
こんな風に、文字通り。
「カナメ様、ちょっと調子に乗り過ぎでございますよ」
「ごべらッ!!」
寝転がる様にして下からのアングルで撮影し始めたカナメの脇腹を赤いヒールで踏みつけ、その瞬間靴底から突き出された鋭い杭がグサリと肉を突き刺し抉った。
ポイズンリリーはそのまま足を動かし、その度にカナメは絶叫する。
が、撮影を続ける根性だけは無駄にあるようで、叫びながらも撮影は続行していた。
「痛ッ、イタタタタタタ! 足を退けろリリー!! 流石にコレはッ」
「ならばその角度から撮るのはおやめ下さい。流石にセクハラでございますので。本人が何を言わなくとも、見るに見かねます」
「だが断わるッ」
「……そうでございますか、残念です」
「……あれ? リリーさん、その手に持っているハリセンは……」
「では、悪い眠りを」
なんとか顔だけ向ける事ができたカナメが最後に見たモノは、嗤いながらハリセンを振り下ろしたポイズンリリーの姿だった。
戦略飛行宝具・<輝舟>による快適な空の旅は、以前の予告通りに、リュウスケが待つ元天剣国家<アルティア>の首都に到着するまでの間、普段通りの雰囲気でつつがなく進んでいくのであった。
■ Δ ■
「ガハハははハハははははハハハハッ。たまんねェーなァー、この血沸き肉踊る感じわァよォ!!」
赤茶色い体毛に狼頭の大男、ウールヴヘジンの笑い声が広大なラウンジに響いた。
その声音は獣が獲物を前に吼え猛るモノそのもので、大きく剥き出しになった鋭牙は今にも血肉を貪りたいと言わんばかりに魔石灯の光を反射させる。
その瞳には争いに焦がれる狂気が、血肉への渇望が、そして純粋な悦楽を楽しみにしている光が宿っていた。
「うっふふふふ。やん、もぉ~、ヘジンちゃんったら。そんなにいきり立っちゃって、ワタシも感化されちゃうじゃないのよォ。
……そんなに元気なら、ワタシの<尻穿つ絶倫の槍>と、一戦交えちゃう?」
冗談げにそうは言うモノの、迷彩柄の軍服姿なシルバーチップの眼だけは本気であると言っていた。
手を頬に添え、くねくねと身体を動かしているのでポニーテールにしている茶色いロングヘヤーが左右に揺れ、ときたま腰を突き出すなど奇妙な動きを見せるその様は、何も知らない者――特に男性だ――が見たとしたら無意識の内に後ろの穴を護ろうとしてしまうに違いない。
それほどまでに危険を感じさせる動きだった。
ただし見た目は薄化粧と相まって相当に綺麗な為、見つめられ続ければそのガードも緩んでしまうかもしれないが。
魔性のオカマ、シルバーチップ恐るべし、である。
「シルバー、流石に君達の組み合わせだと見たくないので、それは止めてくれ」
それに横やりを入れるのはテイワズセカンドだ。
右目に装備された片眼鏡は遠距離を視る事が可能な魔術が展開しており、二人の姿を見てはいないのだろうが、残る左目には頼むから止めてくれと言わんばかりの視線をシルバーチップに注いでいた。
パッと見には狼男に襲われる美女となるのだろうが、性別では……。と言う事なので、テイワズセカンドの言いたい事も分からない事はない。
というか、至極真っ当なモノだった。
「やーねーテイワズちゃんったら。相手にしなかったからって、拗ねなくていいのよ、なんならテイワズちゃんがワタシと、ヤ・っ・て・み・る? うふ」
「謹んで辞退させていただく。寝言は寝て言ってくれッ」
「あん、も~クールなんだから。でもそんな所も、す・て・き」
「――ッ」
ジリジリと間合いを詰めたシルバーチップは、テイワズセカンドの腰に手を回して逃げれない様にして、胸元に人差し指で文字を書く。
その行為にゾワワ、と寒気でも走ったのか、テイワズセカンドは腰に回された腕を無理やり振り払い、ローブを着た身体を両腕で抱きしめながら後ずさる。
その表情は蒼白で、普段からは考えられない程取り乱していた。
「ガハハははハはハはハハハはは! 止めてやれやァシルバァよォ。テイワズの坊主ァー、メスには強いがァお前にゃー弱ェーんだ。
お前ェーの言動に混じッた冗談も、聞き分けらんねェーんだしなァ」
獰猛な、牙を剥き出しにした笑い声を上げたウールヴヘジンはテイワズセカンドの背中を叩いてバシンバシンとけたたましい音を響かせた。
それを恨めしそうな目で見ながらも、テイワズセカンドは事実なので反論はしない。
ただ助けられたと言う事で感謝はしていたが。
「うふふふ、私は高みの見物をさせてもらう予定なので、是非とも派手に。でお願いしますね、ジル」
改造和服姿なクーラーシュヴァリエは三人のやり取りを心底面白そうに笑いつつ、一緒に真っ赤なワインを飲んでいる、うとうとと眠たそうなアルビノの若く綺麗な女性の空のコップに追加分を注いだ。
眠たそうでありながらもその女性はワインが注がれるとそれを一気に飲み干しつつも、虚ろでボーっとした瞳で周囲の様子を見続けた。
彼女はパンドラのメンバーでも最強を誇るバーサーカー、それの搭乗者であるジル・サンタリオである。十代後半にしか見えない美貌ながらも、不死鬼族である彼女の歳は今年で三百七十を迎える。
種族の特徴として一度火が付くとその尋常ならざる暴力を発揮する存在なのだが、普段は現在の様に、ボーっとしている事が、というか寝ている事の方が多い。今はクーラーシュヴァリエのお誘いがあったからこそギリギリの所で意識を保っているが、クーラーシュヴァリエが席を立てばそのまま眠ってしまうに違いない。
「シュヴァリエよォ、ジルはさッさと寝かせてやァれやァ。んな眠たそうなァ奴を無理やり起こしとく何ざァ、ひでえッてなもんだぜェ?」
「うふふふ、シヴァちゃんはジルちゃんが大好きだから少しでも長く居たいだけよォ。そ・れ・に、ジルちゃんはジルちゃんで、あのワインが目的みたいだしねェー」
「ワイン? それは……ああ、なるほど。流石シュヴァリエですね、温和で無害そうでありながら、腹黒い。というか、そんなモノ何時の間に確保してたんですか?」
シルバーチップが何を言っているのかテイワズセカンドは一瞬疑問に思ったが、その優れた嗅覚は何を言っているのかを正確に理解した。
クーラーシュヴァリエとジル・サンタリオが飲んでいる真っ赤なワイン。
あれはワインでは無く――
「カナメの血入りのワイン……美味し」
ポツリと呟かれたジルの独り言が、全てを物語っていた。
■ 皿 ■
それは空からやって来た。
黄金とエメラルドによって作られた“船”だ。
航空力学などは完全に無視し、どういった理屈か、どのような機関によって浮いているのか、リュウスケにもさっぱり理解できないそれはしかし、空からやって来た。
形状は水の上の通行手段である船そのままなのに、空を飛ぶそれはなんなのか。常識では理解できないシロモノだ。
しかし見た瞬間から理解できた。
あれに憎たらしいカナメが乗っているのだと。
あれがアヴァロンが保有する未知の兵器なのだと。
だからリュウスケは吼えた。吼えずには居られなかった。
「一泡吹かせてやる……絶対に叩き潰してやるッ。
天砲<唸り吼える獣神の咆哮>の発射準備急げッ!! あの船の正面からぶち抜いてやるんだッ」
リュウスケの能力によって改造が施された大砲の形をした宝具・天砲<唸り吼える獣神の咆哮>は王城の中心部に固定砲台として設置され、可動機構が組み込まれた事により三百六十度全てを射程に納める事が可能になっている。
それに今までは不可能だった連射する事も可能になっていて、その威力も以前とは比べ物にならない。それに何よりもネックだったリスクアビリティ【造物主攻撃不可】は、不完全ながらも解除されていた。
だからこそできる。カナメに向けて、撃つ事が可能なのだ。
「絶対にお前を倒して、その技術を俺が貰うッ!!」
エネルギー収束されていく天砲の様子を見ながら、リュウスケは開戦の狼煙を上げるのだった。