第六十三話 裏話と嵐の前のほのぼの
『ハローハロー。こんにちは、こんばんは。なんて挨拶なんざ置いといて。
ようリュウスケ、今どんな気分だ?
自分の国を手に入れて気分は上昇中? それともボロクソにテイワズに負けた事で消沈中?
まあ、どっちだろうが、どうなっていようが、どうなってしまおうが、俺には関係ないんだけども。
あ、自己紹介がまだだったか。俺はカナメ。名字は無く、ただのカナメだ。
で、お前が、負け犬になっちゃった原因でもあるアヴァロンの“国王”様でもあるんだな、これが。
ワハハ、驚いた? 驚いた?
ま、そんな事は置いといて。本題に入ろうか。
ちょっとさ、リュウスケとはもうチョイ長く遊んでいたかったんだけど、コチラも事情があってそんなに時間は取れないんだよね。だから今回は予告、宣戦布告とでも言っておこう。
戦争を、始めようか。
いやさ、こっちもコッチの都合だから悪いとは思うんだけど、お前も遅かれ早かれコッチに攻めてくるつもりじゃん? でもさ、こっちも一応そっちに対しての対策とってるからさ、普通に、前みたいな【空間転移】なんて捻りの無い手法で来られると、それだけでゲームオーバーになっちまうってな訳で。
詳細は態々教えてあげないけど、繰り返すけど【空間転移】で来られたら即終了になるわけで、それなら先に言っておこうかと、ね。
そう、これは言うなれば親切心。取りあえず後輩には忠告ぐらいしておこうかな、という先輩なりの気遣いだ。あ、別にビギナーズラックを期待してもいいけど何がどうなったか理解できる前に死にたくなかったら、【空間転移】だけは止めとけ。以上。
じゃ、三日後にそっちの首都に攻めていくんで、準備しとくように。
[追記]
テオドルテは甘い物が好きだが、チョコ系統は出すな。体質かなんだか分からんが、一定量以上を摂取すると酔っぱらうから。
ああ、それと酔わして隙を、とか思うなら止めとけ。酔っぱらうとテオドルテのヤツ、見境なく暴れるから。しかも寝相とか最悪だから。普通に権限魔術連発するから。
チョコだけは、死にたくなかったら食べさすな』
それを読み終えたリュウスケは、思わず手紙を引き裂いていた。
内容も内容だけに怒りがこみ上げるモノだったが、それ以上に[追記]の部分が事実だと判明しているのだから余計に腹立たしかった。
今現在のリュウスケは、アチラコチラに焼け焦げた痕跡やズタズタに切り裂かれたままの衣服を身に纏っていた。
「くそ……ああ、そうだよ! 暴れやがったよクソッタレッ!!」
リュウスケは声を荒げ、カナメからの手紙をスキルによって焼却した。
その様子はまさに、身を焦がす思いを発散する為に周囲に当たり散らす少年でしかなかった。
■
リュウスケが今代の魔王テオドルテの住む魔界の魔王城に単独で突入したのは昨日の事だ。
国内の情勢は仮面による絶対支配によって普通では考えられない程滞りなく進み、支配下に置いた天剣継承者の身体の強化と各種天剣の改造(能力が強化された為、ある程度まではできるようになったのだ)を終え、多少の余裕が生まれたリュウスケは魔王が如何なる存在なのかが気になって仕方が無かった。
その理由としては、無限の魔力を生み出すとされるその心臓や魔族と呼ばれる存在がどのようなモノなのか、という、言ってみれば好奇心によるところが大きい。
リュウスケは新しい知識を求める。
まだ知らない知識や事象を、より多く知りたいと思っている。
だから、独立国家<アヴァロン>を攻める前にできたこの僅かな時間の取れる間を使い、帰還する為には絶対に対峙しなければならない魔王を見に行った。再び相見えた時、確実に息の根を止められるように少しでも情報が欲しかったからでもある。
魔王城まで行く方法としては実に単純明快で、アヴァロンに行ったように【空間転移】の連続使用だった。
テイワズセカンドにこっ酷くやられたからか、リュウスケは無意識の内にアヴァロンのある“星屑の樹海”を避けるように回り道しながら進み、魔界に至る。
その後は魔界の中心にあるらしい魔王城まで、魔界に到着した時と同じように幾百と【空間転移】を繰り返した。
一度行った場所または視界内ならば距離に関係なく瞬時に移動する事が可能な【空間転移】がある事で、逃亡や帰還の際に必要となる時間は気にしなくていいと言う事もあってか移動中のリュウスケの気分は軽かった。
その気分の良さもあってか、リュウスケが魔王城のある魔界一の大都市<ヴァンディモ>に到着したのは飛びたってから約一時間後。
星の構造上魔界は未だ月の輝く夜だったが、リュウスケは目撃したその時の光景に、流石にしばらくの間呆けて動きが止まった。
様々な色彩で輝き、夜の街並みを照らす魔石製の街灯。
中空を行き来する、バスのような浮遊車の姿もちらほらと見受けられる。
地上にある広大な面積を誇る都市は各ブロック毎に様々な特色があるらしく、天高く雄々しく聳える世界樹を中心に大樹が生い茂る自然豊かな場所もあれば、鉄を打つ甲高い音が絶え間なく響きそのブロックの建物からは赤い火の光が漏れ出ている場所もあり、遠く離れた場所からでもその姿を確認できる巨人達が住んでいる巨大構造物群があれば、やけに小さな建物が密集しているブロックもあった。
それに地上都市の上には幾つもの浮遊島が浮いており、当然その上にも多くの建築物の姿があった。
それは多くの惑星を見てきたリュウスケでさえも早々見る事の出来ない、現地生物文明が築き上げた圧倒的栄華の光景だった。
これは魔界が人間界のように多数の国家が乱立し、それ等を治める多数の王や皇帝などが居る、と言うような事がない為だ。
確かに雷遊族など一部では独自の文化と独自の法律によって統制している種族もあるが、基本的に魔族は魔王の支配下にある。
人間ではないヒト種たる魔族全てを統治する魔王が住まう魔王城、その城下町となる<ヴァンディモ>は集まる多種多様な種族がそれぞれの目的に分けてすみ分けつつ、時には協力しながら暮らす事で構成された巨大都市だった。
魔族の総数は人間の総数を遥かに下回るが、様々な特技や特性を持った種族が数多く暮らす<ヴァンディモ>は自然な流れとして、人間よりも進んだ文明となっている。
それにアヴァロン国王たるカナメは、先代の魔王の時代から魔界とは交流が盛んだった。
特殊な鉱石などと引き換えに齎された浮遊車や街灯が多く設置されたり、高品質の魔術礼装や魔道具等の普及は目を見張るものがある。
ゴクリ、とリュウスケは無意識の内に唾を飲み込んだ。
予想していなかった程の発展ぶりに、虚を突かれた為だった。
しかしそれも僅かな時間だけだった。
落ち着きを取り戻したリュウスケは、都市中央に聳える、闇に溶け込んでいる漆黒の城――魔王城に向けて【空間転移】を行った。
その後は簡略的に語らせてもらうが、魔王城に転移したリュウスケは姿を消し、潜入に成功する。それから幾つか部屋を覗き、紆余曲折あった後に魔王テオドルテに出逢った。
テオドルテは黄金と朱色の玉座で気だるそうに頬杖をつき、足を組んで謁見の間に姿を隠したまま入ったリュウスケを見据えていた。ハッキリと、見えない筈のリュウスケの瞳を見ていたのだ。
見られていると悟り、リュウスケは自分が呑まれたと思った。
圧倒的強者とでも言うべき濃厚な魔力を全身から発散するその姿に、絶世の美女と言うしかないその妖艶な姿に、そして何よりも、自らの意識に従わずにピクリとも動かなくなった身体がそう思わせた。
カナメと話していた時のように幼女姿ではなく、二十歳前後にまで成長した姿でリュウスケを待っていたテオドルテは、その美声でただ告げる。
「勇者よ、我を攫う事を許可する。手一本のみ、我に触る事を許そう」
その言葉に、リュウスケは逆らえなかった。
ただただ、言われた事に従うだけだ。害を成そうなどととは、とてもではないが考えられなかった。
リュウスケはそっと指先だけでテオドルテに触れ、【空間転移】を発動させた。
魔界から二人の姿がかき消える。
リュウスケは知らない事だったが、今代の魔王テオドルテは二つのユニークスキルを所持している化物だった。
一つは、魔王を生み出す世界は生み出した呪いとでも言うべき<軟きこの身が背負うのは幾億の同胞の御霊>。
そしてもう一つは、絶対無比な精神掌握能力を持つ<愚者は我が前に跪け>だ。
大昔のカナメがそうであったように、セツナのように常時不可視の(ほぼ)絶対防御膜に守られてはいないリュウスケは所持するスキルの特性上、何かをイメージする前に精神を掌握されてしまえば無力なただの少年に成り下がる。いや、元に戻る。
ただしその弱点はリュウスケも理解していたので、予め対策はとられていたのだ。
とられていたが、テオドルテの<愚者は我が前に跪け>の精神掌握能力がその対策よりもただ単純に強すぎた。
そしてテオドルテに自分が見られていると悟った時の驚愕と、絶世の美女と表現するしかない美貌に忘我したリュウスケは抗う事も出来ずに虜になった。
シャドウキャットがカナメに報告した魔王誘拐の真相は、テオドルテ自身の意思によって発生したモノだったのである。
「ふふふ、コレで我は捕われの身の魔王よ。カナメは、さしずめ我を救うナイトとでも言った所かのぉ」
とか、消える瞬間に玉座でふんぞり返っていた魔王が言っていた様な、そうじゃないような。
■
そんなこんなで、リュウスケはテオドルテを攫って帰還した。
その後はテオドルテの言に逆らう事ができないリュウスケは翻弄される事となる。
テオドルテがまた幼女の姿に縮んでいたなど、振り回されるリュウスケには些細な事だった。
湯浴みがしたい、と言われれば唯一自由意思を許している恋人であり、第一王女だったアミルに連れていくように頼み。
暇じゃからオーケストラを呼べ、と言われれば早々に手配して満足させ。
甘い物が食べたい、と言われればすっかりテオドルテの話相手になっているアミルの分も含めた大量の菓子をスキルを使って製造した。
正直言ってリュウスケは後悔していた。
何故、魔王を見に行こうと思ってしまったのかと。
何故、自分はこんなにも弱いのかと。
何故、自分はこんなに苦労をしているのかと。
何故、何故、何故、何故、とリュウスケの後悔は続き。
そしてそれは起こった。
カナメが手紙に[追記]として書いていたように、テオドルテは一定量のチョコレートを摂取してしまい、酔っぱらったのである。
そこからが更に大変だった。
無限の魔力に物を言わせて手当たり次第に放たれる権限魔術の数々は被害が出ないように全力で防がねばならず、また傍らのアミルも守らなくてはならないという精神的重圧。
一撃一撃がリュウスケのスキルによって発生するような莫迦げた威力を秘めたシロモノばかりで、それを一時間以上にも渡って防いだリュウスケは疲弊しきっていた。
そしてそれから解放されたのは、つい数分前の事である。
疲れたのか寝てしまった――それでも殺気や敵意を向ければ自動的に権限魔術が飛んでくるのだから恐ろしい――テオドルテの世話はアミルに一任し、リュウスケは荒れた部屋を修復した後、今このように自室に戻ってカナメの手紙を読んだのである。
リュウスケの怒りも、分からないモノではなかった、のかもしれない。
「ふふふ、ふふふふははははははははは! カナメ、カナメかッ!! いいぜ、戦争、望む所だッ!!」
リュウスケの笑い声が響き渡る。
それは怒りを多分に含んでおり、またどこかヤケクソ気味なものだった。
■ ■ ■
カナメの執務室。
そこに部屋の主と、同じ黒髪を持つ一人の美しい少女の姿があった。
「カナメ、これの処理はこれでいいのか?」
「――ん? ……うん、バッチリバッチリ。セツナは飲み込みが早くて助かるよ」
「ん、い、いや。これくらいどうってことない。カナメが造ってくれた<翻訳くん>が無いと、コッチの文字は書くどころか読めもしないからな」
「いやいや、読み書きできないのは普通だから。書類処理は、純粋にセツナの力だからな、偉い偉い」
「こ、子供扱いは、よしてくれ……」
と言いつつ、頭を撫でてくるカナメの手をセツナは振り払う事なく受け入れていた。
擽ったそうにモジモジとするその姿こそがカナメの何かを燃え上がらせているとは気付かないセツナは、しばらくの時間を置いて現状がどういったモノなのかハッと気が付き、羞恥で頬を赤らめる。
しかしそれでも、カナメの手から逃れようとはしなかった。普段ならばまた違ったのだろうが今の状況がその反応を続けさせていた。
今現在この部屋に居るのはカナメとセツナのみ。
そう、二人っきりなのだ。
常時、とはとても言えるものではないが、それでもかなり長い時間カナメやセツナと一緒に行動するポイズンリリーの姿がこの部屋には無かった。
ポイズンリリーは今現在、カナメの指示により単独で極秘行動中なのである。
と言うのは嘘だ。ただとある仕事を他の場所でこなしているのである。
今現在、大仕事と言えるのは二つ。リュウスケと、異世界軍についてだ。
とは言え、リュウスケとの戦争は簡単に準備できる。
帰還命令を無視して全国を歌って回っている九女やアヴァロンを出ないエスピリトゥ、ヤマトに借金取りとして出向かせたデスフィールドやラルヴァート、冷凍睡眠処置中の末弟を除いた機玩具人形全員と、パンドラメンバーの七名、それから【カナメ教】重度信仰者のみで構成される総数二百名の暗部部隊<黄泉路>を結集すればそれで終わりだ。
しかし異世界軍に対してはそれなりの時間が必要になる。
ポイズンリリーが対処しているのは、こっちのほうだった。
異世界軍に対してコチラが支払わなければならない賠償金、それに領土やら交易などと言った細かい交渉を行うには、まず<ヤマト>からゲートの権利を譲って貰わなくてはならない。ラルヴァートとデスフィールドがそれらを取り纏めるのにも時間はかかるし、コチラが舐められるのは癪なのでそれなりに戦力を見せつける方針――勿論コチラからは手を出さない。あくまでも見た目重視で、威圧する編成だ――だから、兵士などを用意しなくてはならない。
まあ、つまり、そんなこんなで今現在は結構忙しいのだ。だからポイズンリリーはココに居なかった。
そして何故セツナが書類の処理をしているのかというと、カナメがただ単純に身の危険を感じたからである。
魔王誘拐の事について、カナメはセツナに包み隠さず報告した。
流石にこれ以上隠し事などをすれば信用を失うと思っていたからなのだが、ちょっと誤算があった。
セツナが暴走しかけたのだ。
それは半ば無意識な行動だったのだが、とにかくヤバかった。
詳しくは言わないでおくが、どす黒い、まるでコールタールのようなオーラを発散し出したとだけ言っておこう。
それの緩和の為に、カナメは今まで好き勝手させていたセツナを手元に置く事にした。
基本的には人の自由を尊重するのがカナメの方針だが、今の状態で目を離すと何をするか分からなかったのである。そんな危うい状態だった訳で、今現在のように今まで以上に近くで触れ合っていたりする。
損ばかりでは終わらない、カナメはそんな男だった。
「そ、そろそろ次の書類を……」
「おう、そうだな。まだまだあるんだから、頑張ろうな」
流石に恥ずかしさが勝ったのか、セツナは撫でられるのを頭を動かす事で回避し、自分用に用意された机に戻った。
カナメは微笑みながら、再び高速で書類を処理していく。
「それにしても、カナメ」
椅子に座り、次の書類に目を通したセツナは、小さく冷たい声音でそう言った。
それにカナメは顔を上げて反応する。
「ん?」
「このリュウスケとやらは、何だか嫌いだな、私は」
今セツナが見ている書類には、セツナの競争相手とでも言うべきリュウスケが行っていた行為が詳細に書かれている。
セツナの顔は、不愉快そうに眉間にしわが寄っていた。
「まあ、そうかもな。でも、セツナは優しいから他の感情もあるんだろ。例えば、同情とかさ」
「同情は、あるかもしれない。いや、あるか。私も似た様な境遇だから、まったく同情しない事は無い。でも、流石にこれは、やり過ぎだと思う」
「まあ……そうかもな、セツナにとっては」
「ん? それは、どういう意味?」
「ああ、何、気にしないでくれ。多分、リュウスケに会った時には、分かるかもしれないからさ。その時のお楽しみって事で」
「カナメのそう言った所がズルイと、私は思うぞ。勿体ぶり過ぎだ」
「なはは、そう言われると、ちょっと傷付くな。事実だけど。っと、取りあえずこの話は書類処理が終わってから、って事で」
「それは逃げだと思うが、確かに。このまま終わってなかったら、リリーに小言を言われてしまいそうだ」
「じゃ、さっさと終わらせて休憩しようか。セツナの大好きなケーキと紅茶が待ってるからね」
「うむ、それは楽しみだ」
会話はそこで打ち切られ、二人は黙々と作業を続ける。
自然とガリガリとペンを走らせる音だけが響くが、この沈黙は決して不愉快なモノでは無かった。
ささやかなこんな時間が、幸せなんだろうか、とセツナは思う。
セツナ本人にはまだまだ多くの迷いがあるけれど、カナメが約束を守るのならば、こう言った会話も後数ヵ月で出来なくなってしまうのだ。
どうする事が、どんな選択をする事が一番幸せなのだろうか。
書類処理を進めながら、セツナはそんな事を考え続けるのだった。
窓の外は、快晴だった。