表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/77

第六十一話 もう一つの世界と二番目の勇者と、魔王様

「――ってにゃ訳にゃぁー」


「はぁ?」


 何時ものように作品を使用した高速筆記により昼前までに溜まっていた書類を片付け、その後セツナと共に城下町に降りてブラブラと気の向くまま店を梯子し、日が暮れて城に帰ってきたらセツナと食事前の日課をこなす為に待っていたポイズンリリーに仙骨を粉砕されたりした日の夜。

 晩飯前の暇つぶしにと、執務室にて遊んでいる間に上がってきた書類をズババババと高速処理していると、執務机の影の中から書類の束を抱きかかえた二足歩行の黒猫が跳び出した。

 現在境界強化の宝具が展開されているアヴァロンに転移で出入りできる数少ない存在である、影猫シャドウキャットだ。

 抱きかかえた書類の束には各国の動向やらの重要なデータが書き写されていて、つまりは何時ものように定時報告である。

 しかしその内容は、思わず驚いてしまう程のモノがあった。


「そんにゃ間にゅけそうにゃ声出してどうしたのにゃ?」


「だから、マジで? この報告」


「マジにゃ、大マジにゃ」


 書類の報告に嘘偽りはにゃい、とでも言いたいのか胸を張る影猫が可愛くて思わず喉元を撫でてしまうのも仕方が無いだろう、と言い訳を一つ。


「にゃふ、ご主じ、にゃふにゃふ、にゃはは~」


 流石に百年単位でこのような行いをしていると指はグニャグニャと軟体生物のように動き、いや蠢き、弱点を知り尽くした指先が自然とそこに向かった。

 ゴロゴロと気持ちよさそうに、成すがままになるその姿が可愛らしくて呆けながらしばしの間そうした後、ふと、俺は一体何してるんだと気を取り直す。

 軽く現実逃避が入っていたのは否めない。

 気を取り直し、再度書類に目を向けて、しかしやはり「はぁ……」とため息が出た。

 無用な悩みの種が増えてしまったのだから、仕方ない。


「刃風国家<ヤマト>にて“勇者召喚”ではなく、恒久的に異世界との繋がりを持つ為に施行されていた【異界境界門ゲート計画プロジェクト。十中八九潰れると思ってたんだけど……まさか成功するとは……」

 

 最初の書類に書かれていた事を短く言えば、俺が言ったように≪【異界境界門ゲート計画プロジェクト成功≫という事になる。

 ぶっちゃけ成功なんてあり得ないと思って放置していた計画――いや、個人的に計算してみたら成功率とか一桁台だったから確信を持って放置に決めたんですけど――なのだが、何でこのタイミングで成功してるの? と思わず首を捻らざるを得ない。


 驚愕の余りレアスキル<超速思考者>を発動、ついでに策略などの際に大いに役立つがその反動として暫く頭痛に悩まされるレアスキル<絶対計算>も並行起動し、計算を再実行してみる。


 結果は一秒も経たずに叩きだされた。

 だがやはり、それでもアチラさんが集めた素材や技術と人材に知識では、どう計算しても成功するのに重要なファクターが決定的に欠けている。この計算では成功するなど、それこそ天地が逆転してもあり得ないだろう。


 奇跡が起きた、とでも言うのだろうか?


 いや、奇跡とは積み重ねた過程の果てに存在する現実だ。あのままでは奇跡など起こりえない。決定的に足りていない。だけど、現実として成功してしまっている。

 だから、もしかしたら、いや間違いなく俺の計算外の“何かが”投入されたのだろう。

 しかしそれでも何を投入したのだ? さっぱり分からん。

 報告書に詳細が書かれているのだろうが、取りあえず考える事は大事なのだ。

 ぐるぐると答えの出ない思考が高速で脳裏を駆け巡り、暫らくの時を経て、一つの答えらしきモノを導き出した。


 ああコレ俺の不運補正じゃね? という結論。


 実際の所はどうかは知らないが、その可能性が高いと思うのだ。


 うん、そうだあれですよ、二番目の勇者であるリュウスケさんを相手に国家規模で遊ぼうと悪党のように暗躍し、ニタニタと三流のように思いを馳せていたら、事態が大きくなればなるほど無駄に頑張ってくれやがる不運補正さんが、コレに横やりを入れる為には第三の勇者的な存在か又は勢力を~……って事で世界に働きかけた結果、ゲートの向こう側の新しい世界さんが用意された、ってな感じじゃないですかね。

 ああ、なんてこったと思うが既に繋がってるらしいので仕方無い。無論そうじゃない可能性だってあるが、不運補正さんが補助している可能性は否定しきれない。


 だから思考を切り替えよう。


 要するに、「アチラさんが友好的か、それとも敵対的なのかによって方針を決めよう」って事で。


 アチラさんが友好的に交渉に乗ってくれたなら面倒事も少ないので楽になる。友好的な交渉に乗ってくれたらコチラも良き取引先として互いに益になるように話を進めれば良い。新技術や文明、新素材の獲得はどちらの利益にもなるだろう。それ等が不利益にもなる可能性はあるが、この際は目を瞑ると言う訳で。

 逆に、敵対心に溢れた野蛮極まりない侵略戦争を仕掛けてきても面白いので良し。敵対的だったら取り敢えずアチラに初撃を撃たせて、大義名分を確保。その後で各国を一致団結させて“世界平和”の為に戦うのも一興。技術躍進はぶっちゃけ俺が居れば一瞬で事足りる。一日でも持てば前線に相手を越える戦力を大量に投入できる。

 相手の技術を見、模倣し、それに創意工夫と幻想をブチ込めばそれでお終いだからだ。


 うん、殆ど負けは無いな。


 と今は思うことにしよう。

 いや、それにしても正直久々に実感した不運補正の厄介さが憎らしい。事態が大きくなればなるほどその作用も大きくなるなんて、ホントどういう事だと言いたい。

 ようやくリュウスケが元天剣国家<アルティア>の九割を制圧して、これから面白くなるだろう、と言う時期なのに予定を早めなければならなくなってしまうではないか。


 もっとジックリ行く予定だったのに、こうなってしまっては計算外の第三勢力に予定が崩され、ついでに不運補正さんが頑張ってくれやがったりして、余裕ぶっていると足下の地盤を崩されてしまうかもしれない。

 というか、そうなるのだろう。このまま対策を練らないままだったならば。


 がくり、とうな垂れる。


 今の元天剣国家<アルティア>は、リュウスケの妄執とも言える頑張りによって着々と改革が、改修が、改善が迅速に実行されている。

 リュウスケが保有する戦力は【天剣十二本】の継承者並びに元々在った軍は勿論の事、民の一人一人が戦力として扱われるようになっていたりする。

 リュウスケが仮面舞踏会マスカレードと呼び、身体を弄られていた四名の護衛は既にテイワズセカンドによって鹵獲されているが、それを参考に改良を施したのだろう、現在あの国に住んでいる人間は老若男女問わずに顔の上半分を隠すと言う悪趣味な仮面を装着し、決められた工程を着々とこなすだけの虚ろな人形に成り果てた。

 流石に準製作系スキルとでも言うべきか、リュウスケが作成した仮面は常人の身体と精神を改良する特殊な魔術礼装――準宝具と言えるかもしれないレベルだ――で、戦えもしない子供や老人や女性を手っ取り早く戦力に換え、全体的な軍事力強化に適しているのは間違いない。

 道徳などはさて置いてだが、効率的に見れば凄まじいモノがある。それは認めざるを得ないだろう。

 天剣継承者などの強者が装着している仮面は一般的な仮面とはランクが違うので参考にはならないが、一般的な仮面の特性を分かり易く表記してみれば【肉体強化C】【魔力強化C】【精神統括B】【武具熟練D】と言った所だろうか。

 これは平均的な成人男性が装備した場合、


 【肉体強化C】はそのまま肉体を改変し、熊のような力を出せるようになる。

 【魔力強化C】は内包魔力量を底上げし、下級魔術師程度の魔術を扱える。

 【精神統括B】はリュウスケと言う意思の下、死さえ厭わず行動するようになる。

 【武具熟練D】は武具を扱えば扱うだけ、その熟練度が上昇し易くなる。


 と言った具合になる。


 この程度の強化ではアヴァロンの一兵卒以下、それこそ学生並みの戦力としてしか計算できないのだが、それでも万単位の数に膨れ上がっている現在、それ相応の脅威となるのは間違いないのだ。

 このままもっと大きくなっていたならば、それはもう本当に久しぶりに、大昔の未熟だった俺が経験したギリギリの戦争ができただろうに。もう少し時間をかければだが。


 とは言え……うん、まあ、ここいらが潮時か。

 個人的な戦争だったらこのまま放置していただろうが、国家規模に話を膨らませてしまった現在では一定のラインは保つ必要がある。一応、国王として。国家の崩壊の危機とかは避けるべきなのだ、俺個人の感情は無視しなければならない。

 ココまで考え、取りあえず一旦この考えを放置する事に決めた。報告書を全部読み終わってから考えても良い問題だと判断する。

 そうして、ゲートプロジェクトがどのようにして成功したのかの詳細が書かれているだろう報告書の続きに目を向ける。


「ええと、何々。…………おいおい」


 ズラリと綴られた文を読み、流石にちょっと怒りを覚えた。

 使用された触媒や補助の魔術礼装、研究員に“門の一族”の一員だろう人物の名前などがあったがそれはどうだっていい。重要なのは、俺が計算していなかった一つの要素だ。

 そしてそれが俺の怒りを買った要因でもある。


 宝具<変刀分派クサナギノツルギ>。


 刃風国家<ヤマト>に貸し出されている、十一の刀に分裂するが元は一本の巨大な刀である、という宝具だ。構成コンセプトとしては【天剣十二本】と似た様なモノだが、様々な武具の形を取る天剣と違い、コチラは全てが刀の形状をしている。国内でしか十全に能力を発揮できない、などと言う点では同じだが。

 個々の詳細は面倒なので省かせてもらうが、その中の一本に、空間干渉系の能力を持つ<門構モンガマエ>と呼ばれる刀がある。


 それが計算外のファクターだった。


 報告書によれば、門構を丸々一本犠牲にしてゲートプロジェクトは成功した、らしい。

 犠牲にした、と言うのも門構の空間干渉系能力を、薬などを使って使用者が引き出せる限界以上まで無理やりに引き摺りだし、その結果何故か概念保護されていたはずの門構が砕け――恐らく概念魔術の上位版である継承魔術の何かが切っ掛けになったのだろう。恐らくは概念負荷だろうが――、砕けた門構の破片がコレまたゲートに上手い具合に作用して、横幅八メートル、高さ九メートル程の大門ゲート状に固定化できたらしいのだ。


 ……いや、何この奇跡。


 この報告書を元に再度計算してみたが、門構を使用したとしても、成功率はかなり低かった。

 そりゃ、前と比べれば遥かに上昇していたとはいえ、成功したのは本当に偶然だった言えるレベルだ。同じ事をしても成功できるとは思えない程の確率である。

 取りあえず不運補正さん頑張り過ぎですと言っておく。


 それに多分今このタイミングじゃないと成功しなかったんじゃないかな? と思っておこう。


 と言うか、借り物の宝具を一つぶっ壊すとかどういう了見だって話ですねハイ。

 いや、別に半ば遊びで造った<変刀分派クサナギノツルギ>程度の宝具なら、アヴァロンの国民全員に一本ずつ配布できる程度の物なんですけどね。でもそれとこれとは話が違うでしょう、と。

 クサナギは貸し出してるだけですよ、貸し出してるだけ。あくまでも年間レンタル料を貰って貸してるだけです、抑止力として。

 一定の金額支払って貰わないと回収する予定の品ですよ。

 それを、一本とはいえ壊すとはどういう了見だ。しかもコレ、この壊れ具合は自動修復能力の対象外じゃね? などとつらつらと文句は出せば際限無いのだが、そこは深呼吸などをして高ぶる精神を落ちつかせる。


 すぅーはぁーすぅーはぁー。よし落ち着いた。


 取りあえず、ヤマトには壊した門構の金額相応の何かを払って貰う事にして。


「で、成功した後は……馬鹿じゃね?」


 次の報告書を読み、そんな事を無意識に呟いた。

 呟いてしまうほど馬鹿げた内容がそこにあったからだ。

 ヤマトのトップである天皇はボケたのかと言いたくなったとしても、仕方ない程の事態。失態とも言う。と言うかもう何でこんな事したの? と思わざるを得ない。

 いや、ヤマトの天皇は武力が最も秀でた者が継ぐって決まりがあるから、今代の天皇が脳筋だったと言えばそれまでなんだけども。


「ゲート開通後、ヤマトは武士三千に侍二千五百の計五千五百名と言う軍勢に、それを指揮する<変刀分派クサナギノツルギ>持ちが二名という布陣でアチラ側に侵出。ゲートはどうやらどこぞの国の都市内に展開したらしく、相手は非武装。それによって奇襲だった第一次侵攻は問題無く成功。

 それによって多数の捕虜を持ちかえりはしたが、その後暫くするとアチラの軍事力がやって来て、アチラさんの地力が思いのほか強く、ヤマト軍は呆気なくコチラ側に退散。

 その後、ゲートを使って逆にコチラ側に侵攻してきたアチラさんの軍事力の前に武士と侍は悉く沈黙。結果ゲートを確保されてしまう……とか、ないわぁ。

 まあ、ヤマトの首都<風守かぜもり>ではなく、そこから山脈を越えた場所にある国営の隠れ研究所でゲートが固定されたってのが、唯一の幸運かねぇ」

 

 どっかで見た胸熱の面白展開が報告書に書かれているが、まあ、平行世界だからこんな事もあるだろう。

 と言うかこれはある意味でテンプレート的な展開と言えなくも無い。


 魔術とか特殊な技術で異世界侵攻→敵さんの戦力調査不足または驕り

 →結果逆襲される

 →大ピーンチ。


 うん、まさにこれだ。


 ……なんだこれ。既に俺のアチラさんの出方で云々言ってる場合じゃない。

 取りあえずヤマトが確保した捕虜は全員返さないと面倒事になる。いや、既に面倒事ですけど。武士に侍どもは何百人アチラの住人殺したんだよとか言いたい。

 あ~、うん。こりゃ本当にリュウスケと遊んでる場合じゃないか。

 リュウスケよりもコッチの方が利益出るだろうし優先するとして、でもこのまま戦ってもリュウスケは準備不足なまま潰すのは勿体ない。流石にテイワズセカンドの腕があるとはいえ、一方的になるだろなぁ。

 それぐらいの戦力差は、ある。数ではアチラが圧倒的に多いが、保有している技術力が違い過ぎるのだ。

 檜の棒を持った万人に対して、中性子爆弾を装備して特攻する一人の方が強いように。……なんだか変な例えだが、まあ、技術力が違い過ぎると言う訳で。

 しかし、さて、どうするべきか……。


「んひゃふふ~……ハッ! 電波にゃ、電波を受信中にゃ」


 どうするか悩んでいると、蕩けていた影猫はガバリと起きあがり、奇妙な発言をした。

 シャドウキャットは最大で八千体までなら分裂する能力があり、それは全て本人である。だから、一という個体が知り得た情報を全体に送りたい、と思えば他の個体は今の様に電波受信中、などと言った発言をする様になる。

 当然潜入中の個体も居るので、TPOなどは弁えているが。

 

「にゃににゃに……にゃふ、ご主人!!」


「どうした、そんなに慌てて」


「おおお、落ち付いて聞いてほしいのにゃ!」


「……何が起きた?」


「テオドルテちんがリュウスケに攫われたのにゃッ!!」


「……え?」


 魔王テオドルテが、勇者リュウスケに誘拐された、だと?


 思わず耳を疑ってしまっても、まあ、仕方ないよ。と開き直りながら思う。

 これもか、これも不運補正の賜物なのかッ!!


 本当に、どうしてそうなった!!




 カナメの叫びが、王城に轟いたと言う事は態々語るまでも無いだろう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ