第五十九話 笑い策謀は張り巡らされる
天剣国家<アルティア>の首都に存在する王城、その謁見の間にて事件は起こった。
「先の戦果、見事の一言であった」
「ありがとうございます」
左右には等間隔で白亜の石柱が並ぶ、豪奢でありながらもバランスの取れた品の良さがある謁見の間の最奥に鎮座した玉座には、老いてはいるが今もその眼光は一切衰えていない天剣国家<アルティア>の国王シュハザムが腰を下ろし、シュハザムの正面には約五メートル程離れた場所で膝をついて頭を垂れる青年――リュウスケが居た。
その姿を見れば、主従が分かる。
義務や忠義などといった内面は兎も角、リュウスケよりも上の立場にシュハザムは居るのは明白だ。勇者と国王と互いに立場があれど、個人でしかない勇者と比べ、民を統べる国王の方が重要度では上なのだ。無論、理由はそれだけではないが。
そして二人の他には石柱の間に直立不動を貫く、鈍く光を反射させている鋼色の全身鎧を装備し、腰に適度に装飾が施された剣を下げた二十人の国王近衛兵の姿が在り、王の傍には髭を蓄えた五人の老人達の姿があった。
誰も彼も国を動かす為に重要な人物であったり、武勇によって有名な兵士だったりする、アルティアが国内外に誇る欠かせない者ばかりが謁見の間に集っていた。
しかし広々とした謁見の間であるだけに、どれほど優秀だとしても三十名にも満たない人員だけでは物寂しさが際立つ。
言い方を変えれば厳か、と言えなくもないが。
「さて、そちを呼んだのは、ほんの数日で我が国の領土を広げ、さらに天剣の改良も可能とする事に対して褒美をやろうと思うての」
そう言うとシュハザムは常に他者を睨みつける鋭い目元を緩め、年相応の深い皺が刻まれた顔で微笑を浮かべた。
青い瞳には自軍に大した被害も受けず、一国家を配下に納められた事への喜びの感情が見え隠れしている。
「いえ、褒美をもらう程の働きなど」
「謙遜するでない。そちは此度の戦で<ドラングリム>の首都を単身で陥落させたばかりか、堅牢として有名だった三つの防衛都市を崩壊させた。これほどの戦果を上げたモノに、褒美をやらぬとあれば民も納得はすまい。それにそちは勇者なのだからな。
……流石に二都市での物資を得る事ができない程圧倒的な破壊はやり過ぎと言えるやもしれぬが、なに、それは些細な事。そちの力を国内外に広めるための、よい材料となろう」
そう言いながら、シュハザムは微笑を僅かに歪めて苦笑を浮かべた。
リュウスケによって落とされた三つの防衛都市のうち、最初の都市だった<アールマティ>は天弓によって無数に分裂し、能力によって爆炎を纏う事でさながら隕石のように高速で降り注いだ天斧槍の雨に砕かれて荒れ地と化した。
二番目の都市である<フルティーダ>は<アールマティ>の時の様に幾億と降り注いだ大小様々な氷塊が大打撃を与え、最後には都市全体が地割れに呑まれて完全に消滅している。
三番目の都市である<アルルティ>は都市破壊こそ一番軽微だったモノの、リュウスケの能力によって生ける屍と化した敵兵による圧倒的物量によって侵され尽くしている。
そして唯一物資を略奪した都市でもある<アルルティ>だが、都市を囲む城壁内に充満したゾンビの腐臭や腐肉などの汚物は既にリュウスケの能力によって片付けられはしたものの、物資略奪時にはその臭いに当てられて体調不良をきたす者が多数でた。もしかしたらその時に重篤な病原菌を保持する事に成った者も居たかも知れない。それほどまで悪辣な環境になっていたのだ、一時は。
しかしそれはまだ些細な事でしか無い。
取りあえずの問題は、<アルルティ>を落とした手段だった。
人間の敵として名が挙がる魔王を打倒する勇者が成したにしては、あまりにも非人道的な手段と言えるだろう。
他者の屍を操ると言う、レアスキル<死霊霊媒師>を持つ者など極一部例外を除いた者からすれば嫌悪感や不快感を抱くような手段だ。勇者が【悪】と呼ばれても可笑しくない程度には、敵兵をゾンビとして活用する方法は受けが悪い。
しかし三つの難攻不落だった防衛都市と一国の首都を自軍に被害を出す事無く攻略するという功績は、どのような手段を用いても覆し様の無い事実であり、多大なる益を受け取ったシュハザムにとっては手段など些細な事でしか無かった。
精々今のように苦笑を浮かべる程度の問題なのだ。
確かにそれらの所業にはシュハザムも何かを思わなくもないが、しかし、それを成した人物が味方である、というのは心理的にも非常に心強いのは間違いない。
それに勇者であるリュウスケは国王に逆らうと、元居た世界に還る術を無くしてしまう。
それはつまり、主導権はシュハザムにある、という事の証明である。それもまた、安心に繋がっていた。
「そちにはまず、金貨千枚を与える」
シュハザムがそう言うと、その横に控えていた大臣の一人が手にした袋――魔道具<ポケット>を持ってリュウスケの前に進み出る。
<ポケット>に金貨を入れているのはその重量と枚数のせいだ。十枚二十枚程度ならさほど重くは無いが、千枚ともなるとそれなりの重量に達するので、重さが関係ない<ポケット>はどうしても必要だったのである。
ちなみに金貨千枚ともなると、かなり豪華な生活を送れるだけの金額だ。金貨一枚もあれば平民の四人家族が一年は養えるのだから、それが千枚にもなるとどれ程の額か分かるだろう。
「ありがとうございます」
それを恭しく受け取る為にリュウスケは顔を上げた。
そこで数日前にアヴァロンで繰り広げたテイワズセカンドとの戦闘の際、繰り出された魔術を防ぎきれなかったために刻まれてしまった右頬の生々しい傷痕が見えた。
頬に走る縦の裂傷。
リュウスケの能力を使えばその程度の痕など一瞬で治す事は可能だろう。
しかしそれをしようとはリュウスケは思っていなかった。
何故ならこれは戒めであるからだ。未熟な自分がさらなる成長を遂げるために。
己が目的を達する時まで、リュウスケはそれを治す事は無いだろう。
「さて、実は金貨の褒美をやるまで考えたのだが、そちには家も爵位も既に与えておるしのう。……ふむ。ではそちが望む何かを一つ、褒美として用意しよう。さあ、言うがよい」
「では……」
<ポケット>を受け取り、再度頭を垂れたリュウスケはそう言い、しばしの間を置いた。
それから数秒、悩んでいるのか俯いたままリュウスケはただ沈黙を保つ。
その様子を見つめるのは、五十二の瞳。
やがて顔を上げたリュウスケは――
「この国は僕が貰う」
――そう言い放った。
「――な」
シュハザムは二つの事柄で絶句した。
一つは勿論リュウスケによる国を寄こせ、という無礼極まりない事である。
もう一つは、リュウスケが浮かべる表情にあった。狂気に染まった笑みなのだ、今のリュウスケが浮かべているのは。
後悔や憎しみ、悔しさ、殺意に憤怒と言った様々な感情が混じり合い、侵し合った末に到達したかのような、狂気に染まった笑み。
口角は裂けそうなほどつり上がり、複数の感情を一度に表現した為に顔中に深い皺が刻まれ、白い歯がまるで牙の様に剥き出しで、黒い瞳にはコールタールの様なドロドロと濁った光だけが灯っている。
それは狂った者しか浮かべられないだろう表情だった。
そしてゆっくりと立ち上がるリュウスケの姿に言い表せない恐怖と寒気を感じたシュハザムは、王座のすぐ横に立て掛けてあった【天剣十二本】を統べる絶対王剣、天剣<天地統べる天空神の理>の柄を反射的に掴み、天剣を抜き放とうと腰を上げ――
【スキル現象<行動停止>が発動しました】
――ようとして、ただの一ミリたりとも動く事ができなかった。
(馬鹿……な)
シュハザムは内心で絶句する。
老いてはいるがかつては自ら戦場で天剣を振い、幾千の軍勢を薙ぎ払ってきたシュハザムは今も自らに鍛錬を課していた。その為全盛期とは比べ物にならない程度ではあるが、十数人単位の兵士も剣技のみで駆逐できる程度のレベルは保ち、天剣の能力によって数百の兵士を相手取っても不覚をとる事は無い。
今の一連の動きも、今までのリュウスケでは反応できない程の速度で動いていた。
なのに、シュハザムは止められている。否、謁見の間に居るリュウスケを除いた全員が動けないでいるのだ。内政を担当する老人達はともかくとして、現役の兵士である国王近衛兵達二十名もただの一歩を踏み出す前に止められている。
しかしそれも仕方が無い。
王は国民という多数を統べる存在だ。言うなれば群という数で動く存在のトップであり、どれ程巨大で強力な群であろうとも、個人個人で見れば、個人の能力が常識から逸脱している勇者に敵う筈も無い。
だから、これは必然なのだ。
個人がどれ程の努力をしていても、勇者という存在はそれを嘲笑いながら蹂躙していく絶対強者。
リュウスケが狂った時から、アヴァロンで無残に敗退した時から、この結果は決まっていたのである。
「なッ!! き、貴様、余に逆らうと言うのかッ!!」
シュハザムは吼える。
老いて尚衰える事の無い覇気を言霊に乗せて、リュウスケの全身に揺さぶりをかける。一般人だったらその言葉で怯んでいたのは間違いない。それほどまでに強烈だった。
流石は一国の王だけはある。
しかしそんなモノは今のリュウスケにとって、そよ風にも劣るモノでしかなかった。
「逆らう? いやいや、逆らうんじゃない。ただ、感謝を込めて、貴方を僕の奴隷にするだけだ。そして、この国は僕の手駒として使わせてもらうのさ」
壮絶な笑みを浮かべたまま、リュウスケは王座にゆっくりとした足取りで近づいていく。
その様子を二十人の国王近衛兵達は歯を食いしばりながら見る事しかできず、五人の老人たちは震えながらただ見詰め続けるしかできなかった。
「そ、そちは余のレアスキル<服従眼>で余に害を成す事はできない筈。……なのになぜ、そのような行動が!!」
今や謁見の間でリュウスケに対して何かを言える存在はシュハザムだけになっていた。
動けないのは同じだが、しかし王者の貫録か、それとも意地か、声に出す事だけは可能だった。
「別に、簡単な事だってば。初めて会った時に僕を縛った貴方のスキルは、既に僕を縛る事ができないだけさ。そうだね、分かり易く言うと、僕が強くなりすぎて効果をレジストできたってだけ」
リュウスケを召喚した際、シュハザムは念の為にと予防策を一つ張っていた。
それが精神に作用するレアスキル<服従眼>である。完璧にシュハザムの思い通りに動かすまで浸透する事こそできなかったものの、その効果は深層心理にまで届く程深くリュウスケの内部を侵し、シュハザムに牙を突きたてようとは思わせないように作用していた。
それがリュウスケがシュハザムの言う事を聞いていた理由である。否、だったと言う方が正しいのだが。
しかしそれも今やリュウスケは自力で無効化できるまでに至り、枷が無くなった事で遺憾なくその力を発揮できている訳である。
それを聞いて、シュハザムの顔から血の気が引いた。
頼もしかった味方は既に敵であるなど、最悪の一言に尽きる。
しかも相手が相手だ。
「――ッ! き、貴様……」
シュハザムは流石に何を言うべきか迷い、その内にリュウスケは手を伸ばせば届く距離にまで到達してしまった。
恨めしげな瞳でリュウスケの顔を見上げる。しかしそのドロドロと気持ち悪くなるような黒い瞳で見下ろされたシュハザムは、徐々に王者の尊厳を侵され、精神を弄られていくかのような感覚に陥る。
それほどまでに恐怖と寒気をかき立てられる瞳だった。
「では、奴隷に堕ちろ」
リュウスケの左手がシュハザムの頭を掴む。
そう、左手だ。
ユニークスキル<神堕とす忌むべき左手>が宿るリュウスケの左手は触れたモノの性質を改変させる。武器防具に使用する事で軟弱な肉体を強化できたり、岩石を触れただけで砕く事を可能にしたりと、その改変の幅は対象によって大きく異なる。
そして改変は他者も可能だ。
リュウスケの警護を務めるマスカレードがそのいい例だろう。あれは左手を使い精神を破壊し、その肉体を限界まで改変しているのだから。
だから今回行うのも精神破壊である。
ただし、精神破壊と言っても人形に変えるのではなく、ただただリュウスケの意思を尊重する奴隷に変えるだけだが。
「ぎsaがΔ52ごd89※sfij*3げkoがsaじゅufneぐjΛoずd◆suaぎ9ow」
シュハザムの口からは言葉とも呼べない何かが吐き出される。
精神を壊される反動からかガクガクと体全体が激しく震え、尊厳に満ちていた青い瞳は白目を剥き出しにし、だらだらと溢れ出る唾液が留まる事無く零れ出る。最早威厳など何処にもない。
そこにあるのは侵し尽くされるだけのただの老人だったモノでしかなかった。
「あ、あああ、王よ……」
「クソッ! 動け、動いてくれッ」
主の変わり果てていく姿を前にして、二十五の配下はどうする事もできなかった。
ただただ恐怖を抱くか、憤りを感じる事しか。
改変にかかった時間は数十秒程度だっただろう。
以前のリュウスケからすればあり得ない程の短時間で精神の改変は成された。それはリュウスケの成長を如実に表している。
「さて、では早速して欲しい事があるんだけど」
「何なりと、申しつけ下さい」
動く事を許可されたシュハザムは膝をついて頭を垂れて臣下の礼を行い、自らが抜き放とうとした天剣をまるで献上するかのようにリュウスケに差し出した。
尊厳に満ちた青の双眸は既に無く、虚ろな光りだけを灯した瞳が印象的だ。
「手始めにこの国の全ての人間を、人形に変えようか」
天剣を受け取り、ケタケタと狂気に染まった笑みを浮かべながら、リュウスケはそう宣言した。
天剣国家<アルティア>は今日この日潰え、新しい国家が一つ、誕生した。
■ Д ■
「以上で報告は終わりにゃー」
「お疲れ様。ふむ、やっぱりこうなったか」
カナメはアヴァロンの王城の中に存在する自分の執務室でシャドウキャットから報告を聞いていた。
手元に置かれたポイズンリリーに淹れてもらったコーヒー入りのカップを口元まで近づけ、熱いそれをゆっくりと啜りつつ、報告内容に納得するように頷く。
報告によると、どうやらリュウスケはカナメが思った通りの行動を行っているらしいのだ。
国王は無論の事国家の首脳部は既にリュウスケの配下であり、軍事遠征で不在だった天剣継承者は今だその事に気が付いていないようだが、<アルティア>の改変は静かに、しかし確実に進行している。
もう数日も過ぎれば残りの天剣継承者もリュウスケの配下に収まるのは間違いない。
そもそも、現在リュウスケが手にした【天剣十二本】は天剣、天魔杖、天斧槍、天槌、天弓、天砲、天鎧の七つと半数を占めるばかりか、【天剣十二本】を統べる天剣<天地統べる天空神の理>がリュウスケの手中に落ちたのだから、残りの天剣に抗う術は既に無くなっている。
例え残る五つを結集させたとしても、天剣を装備したリュウスケ相手では敵うはずが無い。
「じゃ、予定通り<アルティア>内の傭兵業斡旋施設の撤去並びに従業員の退避を進めてくれ。このまま放置しとくと、リュウスケが攻めてきそうだし」
「既に完了済みなのにゃ。ついでにトラップも仕掛けているにゃ、スイッチ一つでババババーン、にゃ」
「機材や書類の持ち出しも忘れていないな?」
「当然にゃ」
ならば宜しい、と言いながらカナメは執務机の上にちょこんと乗っているシャドウキャットの顎を指で撫でまわす。
にゃふやめ、にゃめてぇ~、と悶える声が聞こえる気がするが、きっと気のせいだ。
「さて、テイワズはこの先リュウスケがどう動くと思う?」
現在執務室にはカナメとシャドウキャットの姿しかない。
しかしカナメは確固とした自信を持って、何も無い空間に呼びかけた。
『国民を人形に変える、と言っていた事から察するに、恐らくは僕が鹵獲した四体の人形を増産すると見て間違いないね。そもそも、個人の力で僕等には絶対に勝てないとその身に叩き込んであげたんだ。個人でダメなら軍勢で立ち向かおうと思うのは、自然な考えだと思うけどね』
テイワズセカンドの声が部屋の中で反響する。
依然その姿はこの部屋に存在していないが、魔術という一つの技法に置いて、アヴァロンの中でさえ匹敵する存在が居ないテイワズセカンドの事だ、得意の魔術を使って声を聞き、届けているのは間違いない。
「だろうな。じゃ、次は人形にする人間を増やす為に他国に侵攻、って所か?」
『だろうね。まあ、国民全てを人形に変えるのは大仕事だろうし、それなりの時間はかかるんじゃないかな。でも、一体一体は僕からすれば大したことは無かったけど、部隊に所属できるだけのレベルは無いとキツイと思うよ、あれは』
「そうか……。じゃ、国を一つか二つリュウスケが取り込むまで待つとするか。周辺諸国には一応警告出す程度に留めとくとして」
『それがいいんじゃないかな。じゃないと、面白くない』
「だな。それに勇者と元勇者が率いる軍勢の衝突なんて、こんな、面白そうな事なんて滅多に無い。少しでも楽しくなるように、今は待たないとな」
『全くだね、ククク』
「楽しみだな、ホント」
『クククク、アハハハハハハハ!!』
「カハハハ、ワハハハハハハハ!!」
執務室に、魔神と機人の心底楽しそうな笑い声が響く。
久方ぶりに起こるだろう乱痴気騒ぎを心待ちにしながら、二人の笑い声は暫くの間止まる事は無かった。
チープな悪役みたいだなと思わなくもないが。
『――っと、そろそろ僕の恋人達との逢瀬の時間だ。じゃ、カナメ。今日は一先ずここまでだ』
「ああ、了解だ。俺もセツナの所に行こうと思っていたからな、丁度いい」
『では、お疲れ』
「お疲れさん」
別れの挨拶を交わし、それ以降テイワズセカンドの声が響く事は無かった。
さて、と言いながらも会話中少しも休む事無くシャドウキャットの喉元を撫でていた指を止め、カナメは椅子から立ち上がった。
名残惜しそうにシャドウキャットがカナメを見る、それに気がついたカナメは頭を優しく撫で、苦笑を浮かべた。
「続きはまた今度だ。リュウスケの動きは全て教えるように。今までみたいにワザと若干精密さに欠けた情報の提出は、一旦お休みだ。一応戦争なんだしな、これは」
「了解にゃ! じゃ、行ってくるにゃ!!」
二足歩行をする黒猫の敬礼、という珍しい姿がそこにはあった。
猫型とは言え機玩具人形であるシャドウキャットからすれば造作も無い事なのだが、見慣れないモノからすれば微笑ましく映るだろう光景である。
その体勢のまま、ズブズブと足下の影の中に沈んでいく様が珍しいで済まされるかどうかは甚だ疑問ではあるが。
「さて、セツナの所に行きますか」
自分以外誰も居ない執務室で、カナメはゆっくりと伸びをする。
時間はまだ午後二時を少し過ぎたばかりで、今日と言う日はまだまだ何かする時間がある。
さて、その時間をセツナとどう過ごそうか、と思いながら、カナメは部屋から出ていった。
余裕タップリだったカナメが驚愕する事態が発生したのは、この日から僅か二日後の事だった。