表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/77

第五十四話 外話 過去は悪夢となって

「カナメ様、時間です。さっさと起きて下さい」


「……後、五分」


「定番ネタに走るとは、愚かですね。起きて下さい」


「……後、一万八百秒」


「三時間とは欲張り過ぎです。それに態々秒単位で表現する意味が分かりません」


 ……では一体どうしろと言うのか?

 惰眠を貪る事を諦めて素直に起きるという選択肢が最初から無い俺、五百年を生きる元勇者にして独立国家<アヴァロン>の国王たるカナメは朦朧とする意識の中で、あえて覚醒する事なく、何時も通り起床を促しに来た従者ポイズンリリーに背中を向けるように寝返りを打つ。

 贅の限りを尽くし、ユニークスキルで生み出した作品で補修まで施した事で快適な眠りを約束してくれる寝台がそれを受け止める。

 ここは横倒しにした砂時計のような形をした大陸の丁度ど真ん中に、つまりは世界の中心とも言える場所に存在するアヴァロンの王城の俺の寝室。世界中のどんな王族よりも豪華な寝室にてダラダラと惰眠を貪れるというのは、俺の中でささやかな幸せを感じる一時なのだ。

 癒し時間とでも言うのだろうか。なのになぜそれを自ら手放さねばならないのか。意味が分からない。

 それとなく自分の行動を正当化していると、やれやれ仕方ありませんね本当に全くコレは久々にあれを使うしかないのでしょうか、などと呟きながら従者ポイズンリリーが背後から遠ざかる気配を感じた。あれ? もしかしたら地雷を踏んだか?

 だが、覚醒していない今の状態ではその答えを導きだす時が無く――


「――最後通知です、カナメ様。起きて下さい」


 物騒な、普段なら冷や汗が噴き出し膝が笑いだしそうなほど冷たい、まるで猛毒の刃のように浸透してくる言霊が聞こえたような気がしないでもなかったが、頭の回転数が足りていない俺はそれを無視してしまった。

 まさに愚者の愚行。今の俺を見れば十人が十人、馬鹿だと言うに違いない。

 ようやく薄らと目覚め始めた意識が、耳障りな程さえず死啓鳥シケイドリの鳴き声を捉える。

 はっきりと聞き取れた、背後からのため息。

 ――そして。


「悪夢でも見れば、一発で目を覚ましますか?」


 ――ビズダン! と鈍い音が側頭部にて発生した。


「――ッツイイイ!!」


 昔ギャグと悪乗りで製作し、使い所が無さ過ぎて部屋の隅に放置していた長さ二十センチ、直径三センチ程度の黒い金属製の棒――悪夢発生型ギャグ系宝具<過去は悪夢となりてナイトメア・パレード>が振り落とされた側頭部がべコリと陥没する激痛と共に、ナイトメア・パレードの能力【悪夢】が発動した。

 目覚めかけた意識が黒い津波のように押し寄せてきたそれに呆気なく飲み込まれる。

 そんな感じで、俺の一日は痛みで目を覚ます事を一旦無理やりに止められて、深い深い悪夢の中に落ちていった事から始まった。








 ■ Д ■ 







 

 この世界は弱者に対して残酷だ。強者だけを尊び、強者だけが多くのモノを手に入れられる。

 弱い者は大切な者どころか自分自身の命さえ守る事はできず、ただ失っていく事しかできない。

 ただ、強者が常に強者という事はあり得ず、時として全てを手に入れて来た強者は呆気なく弱者となって朽ち果てる事になる。

 分かり易い例を上げれば、戦争、というものがある。

 戦場では生き残った者だけが強者で、死んだ者が弱者だ。一目見て分かるこの区別は、いっそ清々しいまでにこの世界を表現している。

 俺が元居た場所でも同じ事なのかもしれないが、殺される可能性がコチラよりも低いのだから、まだ、弱者にも優しい世界だと思う。

 戦国時代などは似通っていたのかもしれないが、それを知らない俺には何とも言えない。


「――様、カナメ様!!」


「――ッツ」


 故郷の事に思いを馳せていたら、耳元で大声が炸裂した。

 キーン、と頭がクラクラしそうなほどの大声だ。

 不意打ちだった事もあり、一瞬よろけるがそれも即座に建て直す。


「うるさい、耳元で大声を出すな」


 持ち直してからすぐ、傍に突っ立っていた犯人の頭に拳を落とす。犯人の頭の高さが自分と同じくらいだったので、僅かばかりの高さを得るために跳躍しながらだ。

 跳んだ事と、自分の柔い身体をサポートする為に造り装備していた手袋タイプの作品<鉄拳>が相乗効果でも齎したのか、通常以上のダメージを喰らわせる事に成功する。

 ガツン、と鈍い音が響いた事から、鉄で叩かれた様な痛みが走っている事だろう。鉄と同程度の強度が<鉄拳>にはあるのだし。

 頭を両手で押さえながらしゃがみ込む、金髪頭の少年の姿がそこにある。


「ツツウウウウウウウウ……だ、だって、何度呼んでも聞いてくれないんですから、仕方ないじゃないですか」


 しばらくし、痛みから何とか立ち直した金髪碧眼で簡素な司祭服を着た十五、六歳くらいの少年――セランダイン・ヴァレンベルクが、涙目で俺を見る。

 美少年と言うべき端正な顔立ちをしたセランダインがそんな愛くるしい事をするととても様になり、女性が見れば理性が飛ばされて思わず襲いかかってしまうか、もしくは全身全霊で護ってあげたくなるだろう。確率としては、襲いかかる方がきっと高い。

 小動物的な雰囲気を醸し出すセランダインに一瞬罪悪感に苛まれそうになるが、それもこれもセランダインが幾つか保持するレアスキルの一つである<魅了チャーム>による錯覚だと思い直し、それにそもそも男の泣き顔なんぞ知った事かと思考を切り替えた。

 まったく、天然モテ男はこれだから……と内心で吐き捨てる。

 あえて言うが、決して僻みではない。


「考え事をしてたんだ。なら、黙って待ってろ」


「もう攻城戦が始まってますし、作戦上そろそろ動く時間だからって事で呼びに来たのに、それはあんまりじゃないですか?」


 レアスキル<司祭ビショップ>を持つセランダインは自分の頭部にできたタンコブに治癒を施しながら、ホント勘弁して下さいよー、と愚痴を零す。

 それさえも何故だか可愛らしく見えるのだから腹が立つ。いや、男に可愛らしいと思う事自体俺にとって拷問に等しい悪夢だ。最悪だ。

 チッ、と舌打ちしながら無理やり視線を逸らした。


「……やっぱり、自分の世界の事を考えてたんですか?」


「……」


 完全に痛みが引いたのか、今度は真面目な表情に変わったセランダインがそんな事を、問いかけてくる。その質問に、答えはしない。

 だがその質問に、俺は自然と考えを巡らせていた。


 勇者として召喚されて、既に八年もの年月が経過していた。


 八年前に魔王を他の勇者に殺され、自分の世界に帰れなくなった俺は俺を召喚した国に帰った。他に当ても無かったし、何をすればいいのか分からなくなったからだ。

 それにどうしようかと迷っていた時、旅の途中で出会い、俺に生きる術を教えてくれて、しかも旅に付き添ってくれた愛しい剣士の少女――リリティアもそれに賛成してくれたから、と言うのもある。

 しかし帰ってみれば、怒り狂った愚王に殺されそうになるは、リリティアは実は俺を監視していた暗部の人間だったりとか、しかも最後の余興――と言う名の処刑――として当時の未熟な俺と比較して数段実力が上だったリリティアと本気の殺し合いをさせられたりとか、忘れられない戦いがあった。

 本来なら、スキルを十全に使いきれていなかったあの頃の俺なら、リリティアに勝てる筈が無かったのだ。彼女が繰り出す直剣の速く鋭い剣戟と、死角から飛来する魔術が織り交ぜられた変幻自在の攻撃に、幾ら俺が自動防御機能が付いた服を着ていたとしても、ジリ貧になって最後には殺されるはずだった。そもそも、惚れた女を何の躊躇も無く殺そうとできる程俺は壊れていなかった事も要因の一つだろう。

 しかし結局、優し過ぎるが為に死にたがっていたリリティアを俺はこの手で殺した。結局は死の恐怖に負けて突き出した剣尖で、リリティアの心臓を貫いて。今でもあの時の嫌な感触が手に残っているし、最後の抱擁の際に囁かれた遺言も忘れてはいない。

 そしてリリティアを殺した後、見物していた愚王は俺が死ななかった事に怒り狂い、待機させていた騎士達に命じて俺を殺そうとし、リリティアを殺した事でパニックになった俺は我武者羅に暴れていたら首都を壊滅させていたり、それが原因で住民を皆殺しにしていたり、騎士に腹を斬られて死にかけたり、死ぬ直前に作品を造り、それを使って不老不死になったりとすったもんだあって、今俺はこうして生きている。

 本当に、血に塗れた思い出だ。今でも血と肉が焼ける臭いが鼻孔にこびり付いているかのように感じられる。

 あまり思い出したくも無いが、しかし忘れることなどできるはずが無い。


 そこまで考えて、思考を切り替える。脱線していると思えたからだ。


 コチラで生活する事、既に八年目。それくらいの時間があれば生き方だって変わってくる。


 首都を壊滅させ、気絶から覚醒した後、俺はすぐに殺したリリティアの亡骸を口を使って取り込んで、機玩具人形、と呼ばれる存在に造り変えた。

 名前はポイズンリリー。毒の様に相手をジワジワと甚振るようにと願い、そしてリリティアからリリーという名を貰った。

 不老不死になったとはいえ岩を素手で粉砕するような超人となった訳ではなく、ただ単純に死ななくなった男でしかない俺を護るために近接戦に特化させた個体だ。

 剣士だった――魔術も使うので本当は違うかもしれないが――リリティアから生み出された存在には、コレしか無かったと思う。

 姿形はリリティアそのモノで、しかし自ら死にたいと願い、最後には俺が殺したリリティアを自らのエゴで生き返らせる事はどうしてもできなかった為に、ポイズンリリーはリリティアだった時の記憶を消して製造されたはずだった。だが、一緒に時を重ねる度に見つける仕草や行動が、どうしてもリリティアと重なり、つい泣いてしまったのは懐かしい思いでである。

 など裏話は置いといて、ポイズンリリーを造った俺は崩壊させた首都でまだ使えそうな物資を集め、瓦礫など全く使えなさそうな物質は口を使い全て取り込んで作品を造る素材を補充し、僅か一日でかつて首都があった場所を更地に変えてから、もう一度魔界を目指して足を進める事になる。


 魔王の心臓は奪われた。でもまだ他の術で還れる可能性があるかもしれないと信じて、俺はその術を探す、俺の為の旅を始めた。


 しかし今の所手がかりすら掴めてはいない。次の魔王すら誕生していないのだ。

 心臓を必要とするのに、魔王自体現在居ないのだからどうしろと。まさかこれも不運のせいなのかと頭を抱えたくなる。

 とは言え、空いた時間は有意義に使わねばならない。

 だからこそ今も探索の旅は続いているのだ。

 旅は何となく魔王城に忍び込んで宝物庫を荒らしてたり、人間界で高名な魔術師の元に訪れたり、魔界で魔術に長けた種族の所に訪問したりしながら、少しずつ少しずつ知識や物資を蒐集していくものだった。その途中で、セランダインとその妹のセラティナように命を救った者や、戦友と出会う事となる。

 つまりだ、俺とポイズンリリーの二人だけで始まった旅も、八年が過ぎれば何らかの縁で共に旅をする者が増えるようになって、その結果、今では三十人にまで膨れ上がったのだ。

 ここまで大所帯になると宿代や食費代などで消費する金額も大きくなり、また各国の情報を得るために放浪しなければならず、よって傭兵、という職業についた方が何かと有利だと思う様になる。

 だから俺は傭兵となり、傭兵団<アヴァロン>を造った。

 俺のユニークスキルは仲間内でも秘匿しているつもりなので、傭兵団<アヴァロン>の中でもポイズンリリーやセランダインのように極少数を除いて、俺の過去を知っている者は少ない。だが、若干弱めの作品を持たす事で戦力は強化している。

 それが原因で戦場に出れば鬼神降誕、落とした城の数は数知れず、屠った敵兵など星の数、とか寒い謳い文句が付く一級の傭兵団に成長していたりするのだ。その分交渉が楽でありがたいが、あまり有名になり過ぎると色々と面倒なので、困っていたりもする。

 が、仕方ないと諦めている。もうどうしようもないし。既に手遅れである。

 ただ、団員全てが戦闘員じゃない。戦闘員は半分の十五人だけで、男が十二人に女が三人だ。

 残りの十五人は料理や洗濯、治療など身の周りの世話をする十五歳から上の女が八人、その手伝いをする十五歳以下の子供が七人、となっている。

 団員には魔界も人間界も関係なしに行き来しているので、魔族も人間も混ざっている。偶に喧嘩もするが、種族だけで差別したりする事無く、家族の様に仲良く生活している今の状況は何かと気に入っていた。


 平和が一番だ。


 それが例え幾千の人間や魔族を殺して得るモノだとしても、俺は何とも思う事は無い。それが世界というものだし。今更手を血で汚して気にする程柔い精神構造をしてはいない。

 強者だけが全てを得る。いい言葉だ。

 魔獣さえ殺すのに戸惑っていた召喚された当時など、最早大昔のように感じられた。


「ま、それは置いといて。作戦開始まで後どのくらいだ?」


「いや、もう始めてもいい時間なんですけど?」


「そうか、じゃ、作戦開始」


「了解」


 腰に下げていた宝剣<確約されし栄光の剣エクスカリバー>をスラリと抜き放ちながら、俺は堅牢な石壁に守られた王都<ベツレヘム>に向けて足を進めた。


 黄金の光りが、刀身から溢れ出る。








 ■ ■ ■ 








 それは暴力的なまでに溢れ出た、黄金の光りだった。

 石壁の上から矢を放って敵兵を射殺し、頭程の大きさがある石を落として頭蓋を潰し、グツグツと沸騰する熱湯をコチラの兵隊に浴びせていた兵士達が見た最後の光景。彼らは一体何が起きて、どうやって死んだかさえ分からずに蒸発していった事だろう。

 造物主の意思に従い、<確約されし栄光の剣エクスカリバー>から放たれた圧倒的破壊力を持つ極光の大斬撃は、過去一度たりとも崩された事が無い事で知られ、雇われた国が崩せずに手古摺っていた石壁を無残に、まるで紙切れの様に呆気なく破壊した。

 その事実は敵味方問わず、一瞬忘我してしまうほど衝撃的なものだった。

 あまりにも現実味の無い現実だった事で、慣れていない者の処理能力が麻痺してしまったのだ。

 それを尻目に、一仕事終えたとでも言うかのように<確約されし栄光の剣エクスカリバー>を鞘に納めたカナメは、背後で待機していた部下に指示を出した。


「狙うは指揮官トップ。索敵速攻、見敵即殺、大将首を取った奴にはボーナス。もしそれに加えて王族全員を生け捕りにすれば、できる範囲で何でも好きな事を叶えてやる」


「オッシャ! リリー姉さんとの添い寝じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「俺は一晩のアバンチュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥル!! イヤッハァァァァァァァァ!!」


「……新しい武器が欲しいですね、はい」


「ガハハハハハハハハハハ。俺ャ強ェ奴との勝負だァ」


「ホント欲望に塗れた男共ばっかりですゥ。あ、私はカナメ様が造ったお菓子食べ放題が良いですゥ」


「ニビィーも十分欲望塗れだけどね。あ、私はリリーさんと一緒に温泉がいいです」


 等々、戦場にはあまり似つかわしくないほど陽気な笑い声を上げながら、カナメの背後から飛び出していく黒い影が十二。

 野党のように獣の皮で造られた鎧を着る顔に傷がある男も居れば、身の丈ほどの大剣を軽々と担ぐ青年の姿もあり、全身を黒いフード付きコートで覆った大柄の者まで居る。胴鎧やコートでは到底隠しきれない豊満な肢体から女と分かるものも居た。

 割合としてフード付きコートを着ているのは六人程で、残りの七人は各々好きな装備をしているようだ。

 この違いは種族の差異の表れで、コートを着ているのは魔族である。人間界に魔族がいると色々不味い、味方であるはずなのに不意打ちで背後から奇襲される、と言う事が本当にある。それを防ぐためにカナメが生産したのが、黒いコートだ。

 カナメが造っただけに中身を見られても内包する概念能力による保護で、コートを脱がない限りは魔族だと思われる事は無く、また記憶される事も無い。こうやって対策をする事で、戦場でも後方から攻撃される事無く十全の力を発揮できると言う訳だ。

 しかしそれにしても、基本馬鹿みたいだけど無茶苦茶強いというのは結構理不尽だと思わなくもない。

 今も視線の先では、【切断】する事に限定すればこの世に勝る物など無い長剣<阻める物無き蛮勇の剣デュランダル>を振う人狼族のヘズナルが無双しているのだし。

 まるで竜巻の様に、ヘズナルが通った道には屍の道ができている。一振り事に三、四人単位の敵だった肉片が宙を舞う。


「馬鹿ばっかりですね」


 護衛役であるのでカナメから離れず、傍に佇んだままのポイズンリリーは酷く冷たい視線を駆けだした仲間の背中に浴びせながら、心底そう思っているのだろうな、と分かる声音で心境を吐露した。

 いや、確かにそうかもしれないが、言葉は選んでやろうな、と思わなくもない。

 それを声に出してまで指摘はしないが。


「あんな一面がある方が一緒に居ると楽しいだろうに。それより、子供達は何時も通り隠しているんだろうな?」


「勿論ですカナメ様。それに今回はセランダインが護衛についていますから、発見もされないでしょう」


「ん、だよな。いや、なんか気になってな」


 傭兵団<アヴァロン>の戦闘員は十五名、非戦闘員も十五名で、今戦場に居るのは十四名だけである。非戦闘員は戦場から程良く離れた場所で俺達が帰って来るのを待つのが通例で、俺とポイズンンリリーを除いた戦闘員の十三人は持ち回りで非戦闘員の護衛をしている。

 これは戦場から逸れた兵士に、略奪対象として襲われないようにするためだ。

 だから戦場に出る戦闘員は最高で十四名までで、セランダインのように守りに特化する事が可能な奴の場合は一人、人狼族のヘズナルみたいな無駄に戦闘能力が高いけど猪突猛進タイプな奴だと二、三名と数が変化する。

 宝具で防御してもいいのだが、宝具は内包する概念通りの能力しか持たない為に応用性に欠け、不測の事態になった時に事態を悪化させる可能性がある。現にそれは他の作品で体験済みだ。

 だから、今の状態が何かと都合がいいのだ。それにセランダインの妹であるセラティナが居るので、あまり心配はしていない。

 戦闘員を強制的に休ませると言う名目もあったりするので、変えるつもりは今の所無い。


「アチラが気になるのなら、早く終わらして帰ればいいのです」


「ん、そうだな」


 石壁があった場所を越え、緩やかな坂を上った先にある王城へと、ゆっくりと向かう二人。

 戦場だというのにあまりにもゆったりと移動する二人には当然殺そうと敵がやって来る。しかし、カナメは一切動こうとはしなかった。動かずとも安全に進めると、信頼している護衛が付いているのだから。

 物陰から飛び出してきた敵兵の首と胴体をポイズンリリーが一瞬で撫で斬り、鮮血の噴水が上がる。それを潜り、更に先へ進む。

 まるで何もないかのように近づいてくるその様は、敵兵には恐怖でしかなかっただろう。

 向かってくる敵兵が瞬殺されていく様を見ながら、カナメは今回の戦が終わった後について考えを巡らしていく。

 今回の報酬は金貨三千枚と、今から攻め落とす王城に秘匿されている魔術書全ての複製品。それに依頼してきた国が持つ特殊鉱石の採れる炭鉱の権利書と、九十八個の珍しいタイプの魔術礼装、さらに関所で必要な手形と、税を納めなくてもいい特級商売許可書だ。

 構成員三十人という小さな傭兵団に払うにしてはあまりにも法外な額であるが、敵国の首都を滅ぼせと言う依頼でこれだけの戦果を上げたのだ。これくらいが丁度いいだろう。

 今回の様に報酬金の額の位が跳ね上がる首都落としの依頼はなかなかこないのだが、二、三年に一度はあるこの手の依頼で得られる莫大な報酬を使えば数年は何をしなくても食い繋ぐ事が可能だ。

 それに今回のような首都落としではない場合には金額も気持ち低くなるので、ちょこちょこと依頼がやって来る。と言うか、戦争時ドチラが先に依頼するか競っている節もあるわけで。

 なにも問題は無い。血に塗れた職業だが、それだけに元居た世界よりも数段リッチな生活だったり。


 金貨の海で泳ぐのは、意外と重労働です。


「ダメだ、胸騒ぎがする。だからお前等はさっさと死んでくれ」


 一旦考えるのを止めるが、何故かチリチリと胸やけにも見た感覚がしてならない。大丈夫なはずなのに、どうしても今回だけは非戦闘員達の安否が気になってしまうのだ。

 ポイズンリリーに周囲の敵は任せていればなにも問題ないのだが、近接戦特化のポイズンリリーには広範囲殲滅系の攻撃手段が極端に少ない。そう造ったのだから仕方ないが、それでも本気になれば殲滅するのにそれほど時間は必要ないだろう。

 だが、ココは一撃で終わらせたいとカナメは考える。

 だから一度は納めた<確約されし栄光の剣エクスカリバー>をもう一度抜き放ち、極光の大斬撃から運よく逃れ、物陰から機会を窺っているだろう敵兵に向けて、カナメは飛ぶ斬撃を繰り出した。 

 静かに広がる不快感が、カナメを急かす。







 ■ Д ■








 傭兵団<アヴァロン>が行動を開始して、約一時間程が過ぎた。

 たったそれだけの時間で、王城の制圧は完了し、報酬を貰って非戦闘員達が待っている帆馬車まで引き上げる事となった。

 そも、ノーマルスキルとレアスキルの間には確固たる差が存在する。そしてレアスキルとユニークスキルとの間にも、覆し難い差が存在する。

 戦闘員の多くが何らかのレアスキルを持つか、あるいはカナメによって製造された作品で武装した集団なのだ。そんな化物集団に対して、拮抗出来る存在など人間界には少ない。

 それにアヴァロンは少数精鋭ながら、肉体面で人間と隔絶した能力を秘めた魔族が混じっている事や、権限魔術を持つモノまでいる上、剣士や暗殺者、魔術師や盾兵など様々な攻撃手段を持つ幅の広さで、局地的戦闘に置いてその真価は発揮されるのだ。

 だからこの成果は妥当なものだった。


「なんなんだよ本当に。何でこんなに気になるんだ」


 報酬を受け取り、緩やかな丘を馬で駆けるカナメは苛立つままに言葉を吐き捨てる。

 こんな感覚は今まで一度も無かった。

 説明を省いて急いで戻るカナメに、その後を追随する部下達の頭の上にはクエスチョンマークが浮かび上がっている。幾度か何故こんなに急ぐのか、と問いかけてもカナメが答えないからだ。

 一応ポイズンリリーが事情を説明してはいるものの、やはりなにも無いだろうという思いが先に立つ。そう思うのは、信頼があるからだ。

 レアスキル<司祭ビショップ>を持つセランダインは護りに置いて真価を発揮する。その護りの堅さはアヴァロン内で知らぬものは無く、妹のセラティナが持つレアスキル<精霊使いエレメンタラー>とのコンビネーションは厄介の一言に尽きるほど。

 兄が護り、妹が精霊の広範囲攻撃で敵を殲滅するのだ。

 あの破りは早々破れるモノではない。

 だから、カナメの焦りが分からなかった。

 でも、カナメの必死さに部下の気持ちも焦りを帯びだす。全く無かった不安が、生じ始めた。



 しばらく馬を走らせると、止まっている三台の帆馬車を見つけた。

 傭兵団<アヴァロン>が所有する、最高級品の素材で製造された帆馬車だ。専用装備を取り付ければ、そのまま戦車と同じ働きができるそれ等。それが見えて数名がホッとため息をつく。

 やはり思い過ごしだったのか、と思いかけて、それに気がついた。

 

 ――臭うのだ。


 すでに嗅ぎ慣れた、そしてつい先ほども嗅いでいた臭いに。

 それは、血の臭いだった。鉄の、臭いだった。


「――――ッ!」


 馬の脇腹を踵で叩く事で速度を上げさせたカナメが一番最初に到着し、広がっていた光景に言葉を失う。

 転がっていたのだ。つい先ほどまで火が付いていたのだろう焚き火の周囲に、小さな肉片が。

 虚空を見つめる幼子の頭部、苦しみを訴えたまま固まった表情、小さな腕、小さな足、頭髪がこびり付いた皮、血の海に沈む四肢の無い胴体が。

 あまりにも無残な光景だった。子供だと言う事は関係ないと言わんばかりに荒らされ、破壊された死体。

 戦場に赴く前に頭を撫でてやったヒイロと言う名の男の子は顔がグチャグチャに潰されていたが、着ている服を見て誰だか分かった。カナメの事が好きだと公言し、大きくなったら結婚するんだと言っていたメイアと言う女の子は服を破かれ、乱暴に犯された後腹を斬られたのか白い液体が飛び出ている内臓に付着していた。その他にも、よく知っている子供たちの屍がそこにある。

 バラバラになり過ぎていて正確には分からないが、恐らくは七人居た子供全員分の肉片があるのだろう。

 それに対して、カナメは怒りを抱くでもなく、ただ静かに冷めた目で見続ける。一切の感情がその目には宿ってはいなかった。

 遅れて到着した団員も言葉を失うか、怒り、泣く者もいる。

 気分が悪い光景だ。家族が殺されたようなモノで、気分がいい訳が無いのだけれど。

 少々離れた場所で幾つか転がっている全く知らない人間の死体もあるにはあったが、そんなゴミになど興味を持つ所か在ると認識する事すらなかった。


「……よか、た……なんと、か、間に……った……」


 あまりにも小さかったが、静まり返った場にそんな声が響いた。それはセランダインの声だった。

 どうやら帆馬車の影になる場所に居たようで、カナメ達からは丁度死角となる所に居たらしい。

 急いで回り込み、そしてカナメは右腕と左足が斬られ落とされ、無事な所など全くないほど傷付き血に塗れたセランダインを発見する。

 普通なら明らかに致命傷だが、レアスキル<司祭ビショップ>を持っていたお陰で自分で治癒する事ができたからか、ギリギリの所で死んでいない。

 だがまだ死んでいないだけなのだ。このまま何もしなければ、セランダインは自力で回復できずに死んでしまう。


「ば、喋るな! フィーア、早く治療を!!」


「は、はい!」


「そ、より、きに……つた、い、ことが……ゴホッゴホッ」


 駆け寄って来たフィーアに治療されながらも、言葉を紡ぐセランダインの口からはゴボッっと大量の血が溢れ出る。明らかに無理をしているのが一目で分かる。

 しかし、プルプルと震えながらも死力でセランダインの手は動き、カナメはそれをしっかりと握り締めた。

 それにセランダインは美しい微笑を浮かべ、その直後、カナメが握るセランダインの手が淡く発光する。

 それによって発生するのは、記憶の譲渡。ココで何が起き、どうしてこうなったのかを、スキルによってカナメに伝達する。


「……分かった。後は任せろ。だから、大人しく寝るんだ」


「は……い」


 それだけを告げ、安らかな表情でセランダインは瞼を閉じる。

 死んだ訳ではない。が、それでも予断を許される状態ではないが、今も迅速に治療を進めるフィーアに任せておけばなにも問題はないだろう。四肢は戻らないが、それも後から考えればいい。

 呼吸が徐々に安定していくのを見届けた後、カナメはゆっくりと立ちあがった。

 それに反応し、団員が早く指示をくれと集まる。

 しかし、カナメは団員を動かすつもりはまったくなかった。


「カナメ様、敵は何処にいるんですか? 俺はこんな事をした奴をブチ殺したい」 


「グカカカカ、俺の家族をこうしてどうなるかァ、教えこまねェと俺の気が収まらねェんだよなァ」


「俺の恋人を攫うたぁいい度胸だ。生きたまま肉を剥いで、獣の餌にしてやる!!」


 団員達は既に戦闘態勢だ。

 まだ血の固まり具合から推察するに、この惨劇が発生してからそれほど時間は経っていないと思われる。恐らくまだ近くに敵は居るだろう。

 それに死体が転がっていない事から、攫われたのだろう女性陣の安否も気にかかる。時間が経てば犯される可能性が高まるし、今まさに犯されているかもしれない。

 そう考えるだけで、我慢ならなかった。

 しかし、カナメは彼らを動かさない。


「敵が誰か分かったし、追えばすぐに追いつける。幸い、攫われたアイツ等は全員無事だ。でも、追うのは俺だけだ。リリーも付いてくるな」


「何故! 俺達にも――」


「黙ってろ。命令だ」


 その言葉は酷く冷たかった。

 普段のカナメからは想像すらできない程の拒絶が込められたそれに、反論しかけた団員の口が強制的に閉じてしまう程。


「この世界は強い者だけが何かを得られる。攫われたアイツ等が弱かったから、セランダインが弱かったから、こうなった。それは仕方ない。勝者こそ正義だ。それが俺の持論だ。負けて何かを奪われたからと言って囀るな。それが嫌なら強くなるしか無い。

 しかしどうやら、アチラは俺の首を御所望らしい。俺が来るまで、敵はアイツ等に手は出さない、とセランダインに言ったそうだ。ただし、俺だけで来いと条件を出してな。もし俺以外が来れば、人質は即殺すそうだ。居場所も聞いている。だから、それに乗るのさ。だから、お前たちは付いて来るなと言った」


 セランダインから託された情報には敵は見えた限り五百名弱とあった。恐らくはもっと大軍だろうし、しかも俺達が滅ぼしてきた国の元精鋭が集まって結成された集団であるらしいので個人個人の力量も低過ぎる事はないだろう。

 流石のセランダインも、数の暴力には屈したのである。

 彼らの目的は俺に対する恨みを晴らす事。俺と言う【悪】を打倒する自称【正義の味方】だそうだ。


 ハッキリ言って、吐き気がする。


 【悪】を討つと謳い、それを成す為に禁忌とされる術を用いるのだから。


 セランダインの記憶を見る限り、最初の攻撃は特殊系統魔術によって精神を塗り潰されて人形に堕とされた、クルル――十六歳の活発な女の子だ――が小さなナイフをセランダインの脇腹に突き刺す事から始まったそうだ。

 その後、クルルに怪我を負わす事無く即座に無力化したセランダインだったが、決して軽くない怪我で集中力を欠き、攻撃一辺倒で護りが薄いセラティナをカバーできずに数で抑え込まれた。そして現状に至る。

 正直、決して悪くはない手だとは思う。内部に刺客を送るのは基本で、手際も良い。


 しかし結局の所気に喰わないのは、行動の根本にある思考だ。


 全てを奪われたから奪っていった俺を【悪】と定め、自らはそれを討つ者――所謂【正義の味方】に据える事で全てを正当化し、在りもしない大義名分を捏造する。その大義名分で禁忌たる特殊系統魔術を何の躊躇もなく普通の少女に使用し利用する。


 それが気に喰わない。


 あまりにも愚かな、弱過ぎる【正義の味方】に。俺はどうしようもない苛立ちを覚える。

 自らが弱かったから失ったのに、奪った奴が悪いのだと吼えるその行為。

 自らの信念で生まれた【正義の味方】ならば俺はこれほどの苛立ちを覚えなかっただろうが、今回のケースはそれとは違う。

 俺と言う【悪】が存在しなければ在れない【正義の味方】など、糞便以下の価値も無い。

 それにそもそも、【善】と【悪】を決める権利があるのは、勝ちを得た強者だけだと言うのに。


「俺がアイツ等を助けに行く。だから、その間にお前たちは、子供たちを弔ってくれ……」


『…………』


 返答は沈黙。

 しかし反論される事は無く、カナメは再度馬に乗り、指定された場所に向けて移動を開始した。

 それを見送りながら、カナメの姿が消えた後で、団員達はゆっくりと弔いを始める。

 土葬ではなく、火葬で。あまりにもバラバラ過ぎた為に、こうするしか無かったのだ。

 沸々と湧き上がる怒りと悲しみを押し殺して、作業は続けられた。









 ■ Д ■










 馬を走らせ、到着した場所は周囲よりも低く窪んだ、所謂盆地と呼ばれる場所だった。

 視界を遮るのは周囲を囲む緩やかな丘で、人一人見えないが、カナメの感覚が確かに敵がいるのだと告げている。既に取り囲まれている事だろう。

 五百人も居ればカナメの周囲全てを囲む事は可能で、しかも高低差の関係上敵側の方が圧倒的に有利だ。

 攻め上がる方と、攻め下る方のどちらが勢いが付き易いのか、という簡単な話。

 天然の坂を利用して丸太を転がす方法もあれば、矢や魔術を撃ちこむ事も容易だ。愚直に走ってくるのにしても、坂を下る事でスピードは増す。

 圧倒的不利。しかも人質まで取られている。

 詰んだ、という状況だろう。


 普通ならば、だが。


「さっさと姿を見せろ、腰ぬけ共が」


 馬から降り、上を向く。

 声に反応したのだろう。そこに、一人の男が現れた。

 男が現れたのを皮切りに、その左右に一人ずつ、そしてその横にまた一人、また一人と人数は増え、あっという間に数百人の敵がカナメをグルリと取り囲んだ。

 敵は全て人間であり、老若男女と年齢も性別もバラバラで、統一性が無い。着ている鎧の造りすらバラバラであり、多数の国の混成隊なのだと、それだけで知る事ができた。

 見知ったような顔も若干居るが、全く知らない顔の方が圧倒的に多かった。

 改めてこの八年間でどれ程の国を攻めたのか分かると言うモノだったが、それ以外に特に思う事も無い。


「よく来たな、この悪党めが!」


 そう宣言したのは、最初に現れた男だ。

 確か、どこぞの国で騎士団長を務めていた男だったように思われる。落ちぶれたモノだな、という意味の嘲笑を浮かべた。


「まず、その剣を捨てよ。さもなくば、女達は皆殺しだ」


 それに気がつかないのか、あえて無視したのかは分からないが、声を荒げずに男がカナメに命令し、その背後からロープで身動きを封じられた女達が姿を見せる。

 血が付着し、顔には殴られた後が見えるが、それでも全員生きているようだ。服が破けている者も居たが、行為にはまだ及んでいないようだった。

 それに一つ安堵し、しかし湧き上がる思いは一切衰える事はない。


「分かった。コレを置けば、いいんだな?」


 男が言う剣は、戦場で敵を殺し続けてきた<確約されし栄光の剣エクスカリバー>で間違いない。

 この一振りで崩してきた国など最早数え切れない程になるし、恐らくはこの剣さえとり上げれば勝機があると考えているのだろう。

 その愚かな思考に、再び嘲笑が浮かぶ。


「ああ、そうだ。それを遠くに投げ捨てろ!!」


「分かった……お前がそれを望むなら、仕方ない」


 腰ひもを解き、剣を抜く事無く鞘ごと外して見せ、前方に投げる。

 その一部始終を食い入るように見つめてくる周囲の敵が、一斉にほっと緊張を緩めるのが分かった。

 恐らくだが、あれは敵にとって恐怖の象徴なのだろう。

 あれがあるからこそ、カナメが彼らを滅ぼせたのだとでも考えているのかもしれない。あれほどの能力を秘める武器など、伝説に数点も登場しない程なのだから、そう考えていたとしても何ら変な事ではない。

 そしてそれを失った今、カナメを敵は数で圧殺するつもりなのだろう。

 しかしそれは、あまりにも馬鹿げた考えだった。 


「――<遠く尊き理想郷アヴァロン>」


 今だ地面に転がる事無く飛んでいたソレ――エクスカリバーを納めていた鞘は、紡がれた起動言語アクセスワードに反応し、そのまま重力に引かれて地面につく事無く中空で浮遊した。


 それに虚を突かれる敵陣営。


 それを鼻で笑いつつ、カナメは世界が改変されたのを確認した。

 アヴァロンは元とした作品とは似て非なる能力を有した別物として造った宝具であり、能力は一言で言えば【世界改変】だ。あらゆる攻撃・交信をシャットウアウトして対象者を守るのではなく、定めた範囲内を自らの領地として治め、自らに都合がいい様に改変し支配する能力。

 元々は自分の身体の改造の為に造った能力なのだが、どうやら概念強度の差で、全力で造ったアヴァロンの能力でさえもこの身体を改造する事は不可能だった。

 だがそれも仕方が無いと納得しているし、今、戦闘では初めて使うこの力は正に全てをひっくり返した。


「痛みが、引いて行く?」


「ああ、カナメ様。本当に、本当に……」


「助かる……の?」


 最初に改変したのは、捕われの身である女達の絶対安全領域を造る事。その中に居れば如何なる攻撃も受け付けず、また傷も癒えると規定する。

 これで、もう気にする事は何もない。

 安全を確保するのと同時に、誰も逃げられないように、誰も逃がさないように、既に空間固定は終えているのだから。

 後は、この溜まりに溜まった感情をぶちまけるだけだった。


「な、何が起こった! き、貴様、一体何をしたんだッ!!」


「お前等は最初から真正面から挑めば良かったんだ。強くなって、真正面から堂々と。そうすれば、もしかしたら生かしたかもしれないのに」


 一歩、近づく。


 それだけで周囲の敵は一歩下がった。


 それに構わず再び一歩。敵は恐怖で二歩下がる。


 彼らの恐怖が可視化されたかのようにカナメは感じた。死にたくないという思いが、徐々に、徐々にだが彼らの決意を犯していく様が見えるような、そんな錯覚さえ感じるほど。

 無論それを前にしても特に変わった思いは抱かない。躊躇いなど生まれるはずが無い。

 コレは彼らが招いた、力の無い弱者が自ら招きこんだ破滅なのだから。


「だけど、お前たちはただ逃げた。俺を【悪】として据えなければ、恐怖に負けて動く事さえできなかった」


「だ、誰が貴様になど……」


「負けてるんだよ、根本的に。心が、思考が、負けている。俺が【悪】でないと動けないのがその証拠だ。……本当はアンタも気付いてるんだろ?」


 男の返答は、沈黙だった。

 ただ何かに耐えるように震えるその様は、ただ矮小さだけを強調する。


「ハッキリと言ってやる。【悪】が居ないと存在できないような【正義の味方】何ぞさっさと朽ち果てろ」


 最早言葉は不要とカナメは決め、想像し、世界を改変する。


 三メートを越える巨大な肉体に搭載されるのはゴツゴツと盛り上がる筋肉の鎧。

 それを黒く硬い皮膚が包み込み、頭部は西洋竜ドラゴンを彷彿とさせる長く伸びた造りで、丸い瞳は金色に輝き、牙の覗く口からは毒の息が漏れる。

 後頭部からは湾曲した太い角が生え、逞しい腕は地につく程も長く太い。背中からは煌々と燃える黒炎が噴き出してまるで翼のようで、腰からは大蛇がまるで尻尾のように生えている。足は逆関節で、血色の長い毛が下半身を覆い隠している。

 あまりにも禍々しいその姿は悪魔としか表現する事はできず、そして想像したのが悪魔なのだから問題はない。


「な……な、な、なぁ!!」


 まだ残っていた覚悟が、そっくりそのまま恐怖に変換された。

 今、カナメの身体は想像した悪魔の姿になっていた。カナメというコアを中心に、足りない質量は領域内の土や岩等を変換することで補って、その悪魔は誕生したのだ。

 無論張りぼてではなく、生身と同じ感覚で動く事ができる。

 そしてそのスペックは、決して見かけ倒しではない。


『さぁ、強者と弱者を分ける宴を始めよう』


 低く籠った声が、悪魔から漏れる。

 悪魔が、駆けた。









 ■ Д ■







「懐かしい夢を、見た」


 夢が事を終えた瞬間、カナメはゆっくりと覚醒した。

 頭には既に痛みは無く、しかし目覚めはいいモノではない。

 あれは遠い昔の、失敗談だ。

 まだまだ弱かった頃の、護れなかった命。それを再確認し、しばし黙祷を捧げる。

 それからすぐ傍で待機していたポイズンリリーに視線を向けた。


「流石にコレはどうかと思うぞ」


「そうは言われましても。私は再三お願いをしましたが、カナメ様がそれを拒否するので、仕方なく」


「……ふぅ。まあ、いい。今回は、いい。で、今日の仕事は?」


 普段なら突っ込む所ではあるが、流石に、そんな気分ではなかった。

 

「午前は普段通り書類の消化です。午後は、久しぶりにオフです」


「……珍しいな」


「そうですね。最近は、セツナ様と少しでも居られるようにと真面目に働いてらしたので、時間を調節いたしました」


「それは、助かった」


 朝からこんな目に遭わされているけども! でも一応感謝しとかないとね!

 とテンションを高めようとしてみたが、虚しくなっただけだった。


「予定は把握しましたか?」


「ああ、了解」


 ポイズンリリーはカナメをしばし見、それから、ゆっくりと背中を向けてドアに向けて歩む。

 それをぼんやりと見送っていると、ドアの近くで、ポイズンリリーは一旦止まった。

 カナメは怪訝そうな目でそれを見るが、それを気にした様子も無く、ポイズンリリーの美声は響いた。まるで自戒するように。


「あの時、私がもっと速く、今のように速く動く事ができたのなら、あの子たちは救えたのかもしれません。しかし全ては終わった事なのです。何をしても、やり直しは効きません。

 なら、せめて、あの子たちが心から慕っていたカナメ様が、精一杯幸せを感じないと……笑顔で居ないとダメだと思います。

 ――私は一体何を言っているんでしょうね? すいません、忘れて下さい。きっと、気の迷いです」


 慌てて退室しようとするその小さく華奢な背中に、カナメは感謝の気持ちを込めて。


「リリー、ありがとな」


 再び動きを止めて、その後何も言わずに出ていったその背中を見送った後、カナメは行動を開始する。

 今日のように鮮明に思い出した日は、何時もよりも笑顔で居ようと思いながら。



 窓の外は、清々しいまでの青空が広がっていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ