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第五十一話 男の浪漫と、気付かず狂うもう一人の勇者

 開始早々唐突であるが、パイルバンカー、と言うシロモノをご存じだろうか。

 居ないとは思うが、知らない方の為に簡単な説明をするならば、パイルバンカーとは巨大な金属製の槍(あるいは杭)を火薬や電磁力などによって高速射出し、敵の装甲または甲殻など――つまりは防御力そのもの――を打ち抜く近接戦闘装備の事である。

 不確かではあるが、簡単に歴史を語ってみればボトム〇に登場したベルゼ〇ガに実装されていた『架空の武器』として登場したのを皮きりに、様々なロボット又はメカ系の作品に多数登場し始めた武装だ。

 例を上げれば、スパロ〇に登場するアルト〇ゼンの右腕に実装されていたり、アーマー〇・コ〇では『とっつき』と呼称されていたりする。

 また巨大ロボットではなく、人間と同じ大きさの外骨格などに実装するほど小さいものだと、漫画『レッ〇アイ〇』の主人公であるグラハル〇・ミル〇の愛機、XS〇-180 M〇-54――カラーリングミスでNK―54<聖騎士パラディン>となった機体――の踵に仕込まれ、敵兵の装甲を撃ち抜くと言う活躍を見せた。

 とまあ、ロボット系の作品を読めば、パイルバンカーかそれに近い武装に出会える確率は非常に高く、パイルバンカーはメジャーな武装だと思う。

 それにここからは個人的な意見なのだが、ハッキリ言って、自爆装置やドリルと同じく男の浪漫の一つに数えられる存在だと考えている。

 剣や斧を駆使し血潮滾らせる激戦を繰り広げるよりも、俺はパイルバンカーを使った戦闘の方が熱く盛り上がるのだと、声高々に宣言したい。

 そりゃ、パイルバンカーは剣や斧と比べれないほど射程が恐ろしく短いのは常識であり、ほぼ密着態勢からしか攻撃が当たらない。その上槍や剣などのように広範囲の敵を纏めて凪ぎ払うなんて事もできず、構造上真っ直ぐにしか杭を穿つ事ができないなどの大きな欠点は多々ある。

 多対一と言うよりも、完全に一対一向けの武装だ。

 それにあくまでも機械仕掛けかそれに準ずる機構の武装なのだから、突発的な不具合が生じて効果を十全に発揮できなくなったり、最悪肝心な時に故障する事だってあるかもしれない。


 だが、だがだ。


 多々ある欠点を飲み込んでも、パイルバンカーにはそれらに勝る利点がある。


 それが、一点集中による瞬間的突破力の高さだ。


 確かに攻撃範囲は短く狭いが、こと真正面の敵を穿つのに関してはパイルバンカー以上の近接兵装は見つけ難いだろう。宝具といった特殊武装以外だと、俺もロマンの一つでもあるドリルや、城壁を壊す際に使用される破城鎚と言った攻城兵器がパッと想像できるくらいで、他はあまり思い浮かばなかったりする。まあ、想像力が乏しい、というのも否定はできないが、それは置いといて。


 そもそも、アチラでパイルバンカーを想像する切っ掛けとなったのは杭打ち機と呼ばれる土木作業機械であるらしく、杭打ち機は硬い岩石や地面等を砕く為に造られたものだ。そしてそれはコチラでも大した違いはなく、砂と岩が支配する<アイゼンファルス>では似た様なモノが魔術礼装として存在する。

 硬い岩盤を穿ち、地下資源を採掘したりするのだ。

 そしてそれらを元に個人が使い勝手の良いように改善・小型化され、偉大なる自然を相手として設計されたモノが対人用として生まれ変わった存在であるパイルバンカーは、しかしだからこそ剣や斧などでは到達できないほどの高みにある兵装と言える、ような気がする。

 

 無骨で愚直で、ロマンがあるんじゃないかと。

 手数よりも一撃の強さなんですよと。

 男のロマンだ。

 え? 何処が? と聞かれれば愕然とし過ぎていてハッキリと明言できないが、ロマンであるのには間違いない。




 ま、遠距離から一方的に打ちのめす事をモットーとする自分からすれば、あくまでも他者が使っている場面を見て熱くなる兵装なんだけどね。


「流石ヒト種、例え異世界だろうとも必要に駆られれば似たようなものを造るもんだ」


『――ッツエエエエアアアアアアアアアッ!!』

 

 視線の先で十数名の一般兵と激戦を繰り広げる一体のゴーレムから響く雄叫びと共に、その右腕に実装されているパイルバンカーから、機体色と同じ黒銀色の杭が勢い良く打ち出された。

 杭は高速で飛来する魔術――不殺を厳命しているので、直撃しても操縦者が気絶する程度の威力しか無い衝撃系のモノ――の塊の中心を穿ち、杭に破邪の銀ミスリルでも混ぜて対魔力を付加していたのか、風船を針で刺して割ったかのように呆気なく、魔術を一瞬で霧散させる。

 それを見て、やべ、パイルバンカーマジカッケェーすわ。と小さく呟く。そして次元を隔てているにも拘らず存在する種族のささやかな共通点に、思わず小さな拍手をしてしまった事から見ても、カナメの驚き具合は察せられる事だろう。

 それに他のゴーレム兵達を見てみても、指揮官だろうその黒銀のゴーレムは群を抜いて卓越した技能を持っていたりするので、客観的に黒銀のゴーレムを評価する点は高かった。


「ま、鹵獲するならやっぱりノーマルな機体がいいよなっと」


 数百メートルも離れていない戦場で獅子奮迅の働きを見せる、七メートルはあるだろう黒銀のゴーレム。

 ココに来てみて確信したが、一般的な魔術による操作型のゴーレムとは違い、機学国家<アイゼンファルス>のゴーレムは、最早ロボットと言ってもいいクオリティーがあった。

 魔力の伝導率が高い特殊で希少な鉱石と、硬度の高い金属を混ぜて造った新合金により構築された強靭な骨格。伸縮性のある特殊なワイヤー――人体の筋肉や靭帯のようなモノと表現した方が分かり易いかもしれない――を各部に配置する事で、人体を簡略化してそれを巨大化したような構造。

 訓練次第では自分の身体の延長といった感覚で操作する事ができるようで、何よりも重要なのは魔術師ではなくとも操作できる点であろう。内部に仕込んだ魔力貯留庫に予め魔術師や魔石の魔力をチャージする事で、魔術師ではなくともヒト本来の微弱な魔力で起動させる事ができる。

 これら全ての情報はレアスキル<断定者>で引きだしたので、情報に間違いはない。

 ちなみにゴーレムの操作方法は単純に、胸部にあるコクピット内の操縦スフィアに搭乗者の魔力を注ぎ込む事で起動させ、後は搭乗者が機体内の魔力を操作する事によって、伸縮性のあるワイヤーを動かした結果機体が動く、という仕組みだ。

 そう言われれば意外と簡単に造れそうなものだが、その技術力の高さのせいで早々真似する事は出来ない。

 普通のゴーレムは遠隔操作が基本なのに、このゴーレムはヒトが搭乗する事で、不測の事態でも即座に対応できるという強みがある。それに材料さえあれば、大量生産出来るというのは大きい。

 アイゼンファルスはこれからもっと大きくなっていくに違いない。

 ちょっと今後どうなるか気になる程度には、興味を持った。

 

「まるで数世代前の装甲機兵みたいだけど……カナメ、あんなのがこの世界では普通の戦力として使われているの?」


「セツナ、言わせてもらうけどそれは違う。確かに同じような技術があるにはあるけど、あれは、今回の模擬戦争相手である<アイゼンファルス>固有の兵器だ。他国のゴーレムとは、まさに桁が違う。

 まあ、まだ量産は出来ないみたいだし、獅子奮迅の働きを見せるあの隊長機レベルのカスタムはなかなか素材とかの問題でできないだろうけども。

 あれ、外殻に砂漠に出没するハ級の砂喰鯨サンドホエールの素材も使ってるみたいだし、他にも幾つか魔獣の素材が使われてる。多分、国内で暴れていた魔獣を討伐して、そのまま素材を流用しているんだろうね」


 再び飛来した魔術を先ほどの焼き回しのようにパイルバンカーで木っ端微塵にした黒銀のゴーレムは、ついで足元に群がる一般兵に狙いを定めたらしく、左手に握り締めた大木のように太い三節棍を振りまわす。

 まるで竜の尻尾のように振われたそれは逃げ遅れた数名を、まるでトラックと正面衝突したかのような鈍い音と共に吹き飛ばした。辛うじて防御は取ったようだがその凄まじい質量と衝撃によって、クルクルと空中を錐揉みしながら飛ばされる一般兵達。

 衝撃の大きさに動けなくなったのか体勢を立て直そうと動く者はいなかったが、それを見て咄嗟にフォローに回った他の一般兵達によって吹き飛ばされた者達は受け止められ、受け身も取れないまま地面に不時着する事は無かった。あの勢いで地面に転がされると、流石に瀕死になる事は間違いない。

 砂で皮膚を削られ、石で肉が抉られるだろう。全身の骨は砕けるだろうし、腕や足なんか千切れ飛んでしまったかもしれない。

 そうなると、戦闘続行不可とオプションリングが判断して、本拠地転送機能によってアヴァロンに強制送還され、今回の模擬戦争からリタイアする事になる。そしてアヴァロンで待機している治療チームがその命を救い上げる、という事になった事だろう。

 それをギリギリの所で回避できたのは、彼らにとっては僥倖、と言うべきだろうか。

 リタイアした者は、模擬戦争終了時に悲惨な特訓が待ち構えているのだし。

 あと、リタイアした奴は仲間内から評判が下がる事だし。


 だが強制送還されなかったとは言え、流石に治療を受けなければ彼らの命は危ない。先ほどの一撃は、ガードも関係なしに肉体を粉砕しかねない――普通ならミンチだっただろうけども、そこは頑丈な魔族の混血とか防具の差と言った所か――勢いだったからだ。

 とはいえ、もしもの為に戦闘員兼衛生兵を混ぜ込んでいる陣形に死角は無かった。

 役割分担を事前に決めているためか、ダウンした一般兵を護衛する形に小隊規模で陣形を変化させ、その中央では魔術やスキルによる応急処置が成されているのが、遠目に確認できる。

 あと十数秒も立たずに彼らは復活する事だろう。


「ふむ。一般的なゴーレムは平均的にニ級、黒銀のゴーレムはハ級の中堅、って所かね」


 カナメはしばし観察した結果、現在の戦況からそう簡単な判断を下した。

 戦場で動く敵ゴーレムの数は約二百三十。搭乗型ゴーレムはその内の四十と言った所だ。そして黒銀のゴーレムのような魔獣の素材でカスタム強化された隊長機――つまりは指揮官機は、今回の模擬戦争で消耗させたくないなどと言った理由があって、格納庫なんかに温存している機体がない限り、見える範囲では五体も居ない。

 で、ハッキリと現在の戦況を言えば、当然ながらコチラが優勢だ。

 相手の戦力はゴーレムも合わせて九千ちょいで、コチラは二千名しかいないが、問題なく勝っている。

 歩兵対歩兵だと当然のように相手にはならないし、戦い慣れた志願兵の中には無双している輩もチラホラと。ポンポンと鎧を着た人が軽やかに舞っているのがココからでも見受けられる。

 そんな光景は普通ではないのだろうけれど、最早見慣れてしまった事なので驚くものでもない。むしろその程度は普通だとさえ思っている。

 ただ、歩兵はともかく、動きは遅いが巨体を生かした攻撃を繰り出すゴーレムはそれなりに強く、体格差もあって厄介な相手だ。

 特に搭乗型のゴーレムは遠隔操作型のゴーレムとは違って機敏だし、黒銀のゴーレムのようにパイルバンカーを実装しているモノもあれば、長物を振りまわすモノもいる。一撃の重さと攻撃範囲は決して馬鹿に出来るモノではない。気を抜けば踏みつぶされる可能性だって大いにある。

 しかしそれも一般兵達が連携すれば手こずりながらも撃破が可能なレベルだ。学徒兵も、倒す事ができるだけの実力を持つ者は幾らかいる。

 人材の質ってのは、やっぱり良い方が何事も楽だ、と再認識。

 今の所難敵と言えるのは、搭乗型ゴーレム四十機の内熟練した動きを見せる十数体。その中でも特に注目すべきは先ほどから奮闘している黒銀の隊長機だ。


 ふむ、コレはコレで見ていて確かに面白いんだけど、やっぱりこう、ねぇ?

 ってことで。


「コウスケ、あれ、達磨にして来てくれ」


 カナメの声に反応したのは、カナメとセツナから若干離れた場所で待機しているポイズンリリー、の更に横。漆黒の着流しを纏い、右に一本の刀を、左に一本の剣を佩いた黒髪黒眼の男性だ。身長は百八十センチを優に越え、鋼の様な筋肉の鎧を纏い、身体に一本の鉄棒でも仕込んだかの様なその威風堂々たる立ち姿は、誰がみても武人と言うだろう。

 彼の名はコウスケ・サガラ。

 カナメを父と慕い、唯一無二の主と仰ぎ、忠誠を尽くすパンドラのリーダーである。


「……つまり黒銀のゴーレムの四肢を潰せ、と」


「そそ。できるだけ派手に、ド派手に、気持ちよくやってくれ」


「本当は出るべきではないとは思うが、しかしご要望とあらば……」


 悪戯好きと言うか、天邪鬼なカナメの命令に精悍な顔に若干の苦笑いを浮かべつつ、コウスケはその命令を実行する為に地面を蹴り、身体を砲弾のように撃ちだした。

 先ほどまでコウスケが居た地面にはその足跡が深く刻まれ、その初速はカナメの隣に立つセツナにも劣らない様に思われる。無論距離が長ければ長いほどセツナよりも遅くなるだろうが、それでも瞬間的な速さに限っては負けていないだろう速度で、コウスケの身体が戦場の中に突入していった。

 そしてそれを見て驚いたのは、カナメでもポイズンリリーでもなく、セツナだった。


「……驚いた。私と同じくらいの速さで動ける人が、人間でいたんだ」

 

「一瞬だけなら、コウスケはセツナに近い速さで動けるのさ。まあ、全体的なスペックで見ればセツナには劣るだろうけど、生体強化した上にレアスキルの助力でコウスケ達パンドラのメンバーは、素であれかあれに近い、もしくはあれ以上の速度は出せる。ランサーのケイオスならセツナよりも速いかもしれないな、測った事無いから知らんけど。

 ま、外骨格をつければ今のセツナと戦っても、互角か互角以上に渡り合える連中さ。つまり、今のセツナ程度なら相手に出来る奴は幾らでも居るってこと。世界は、広いってことだねー」


「……本当に、カナメといたら自分がなんて大海を知らなかったかわずであったのか、思い知らされる。でも、それがあるからこそ……カナメの傍は安心できる、かな。……ありがとね」


 そこまで言ってハタと何かに気付いたのか、羞恥で頬を僅かに染めてセツナは俯いた。そして俯きながら裾を軽く摘まんできたセツナの愛らしさに、カナメは内心で悶える。

 正確に言えば、悶える演技を全力で行う事で日々積もる様々なストレスを消去していると言った方がいいかもしれない。でも、可愛いモノは可愛いんですとカナメは自己弁護してみたり。

 弁護する必要なんて皆無だけども。


(グッジョオオオオオオオオオオオブ!)


 人生長生きすると、馬鹿になった方が楽なんですはい。



 ちなみに、そんな二人の背後では嫉妬に顔を歪めたり、女神の様な微笑を浮かべたりしてポイズンリリーの顔がクルクルと一分一秒ごとに変化――百面相しているが、俯くセツナは勿論、思考が何処かに行ってしまったカナメは気がつく事は無かった。

 そんな、戦争中とは思えない穏やかな空気を垂れ流す事ができるのも、アヴァロンの戦力の表れなのかもしれない。




 しかし現実とは予想外な事が起こるモノだ。

 



 和やかなでちょっと危ない空気が流れた所で、唐突に、カナメのオプションリングから黄色い光とアラーム音が発せられる。

 それは、ココから遠く離れたアヴァロンに侵入者が現れた事を告げ、準警戒大勢に移行した事を表していた。

 色んな表情を見せたカナメとポイズンリリーの顔から、一切の感情が消失する。



 

 







 ◆ Д ◆ 



 視点変更。時間軸は模擬戦争開始日の数十日前まで撒き戻り、戦争編のもう一人の主賓の元に移行する。



 ◆ Д ◆ 









 目を覚ませば、そこは知らない世界だった。

 と言えば冗談と思うかもしれないけど、実際にそうなのだから仕方が無い。

 本当の事なんだから、どうか引かずに聞いて欲しい。 


 僕が最初に目が覚めた時に、最初に見たのは知らない天井だった。つるつるとした、石晶のように綺麗で汚れ一つない天井だ。

 それからやけに硬質な床から上半身を起きあげてココが何処なのかを確認してみれば、それでも全く知らない場所だった。とは言え、窓一つない部屋だったのだから何処なのかを知れ、と言う方が無茶だろうが。

 でも、ただそれだけなら、まだ混乱しつつも幾らか考えを巡らせられるだけの余裕があったかもしれない。両親の仕事関係のトラブルで、こんな事――誘拐を二回ほど経験した事があるからだ。そうだったなら、僕には発信機が埋め込まれているのでそう危ない事でも無い、と思えただろう。

 でも僕を取り囲むように描かれた円と不可思議な文字で構成され若干の光りを放つそれは、魔法陣と言えば分かり易いだろうそれは、僕の思考をかき乱した。

 こんなモノは聞いた事も見た事も無いし、何より不可思議なエナジー、とでもいうような脈動をこの身が感じるのだ。

 何だこれ、と困惑した思考のままでも多少の情報を得ようと周囲に目を走らせて、薄暗い中でもぼんやりとコチラを窺う十数名ほどの人影を確認できた。のだけど、その全員が顔をフードで隠していてその素顔は見えない。

 ただ、背丈からある程度の性別を判断できる程度だ。

 しかしそれにしても、ハッキリ言って、邪教の悪魔降臨、みたいな雰囲気が充満しているのはどうにかして欲しい。

 まるで、そう。まるで僕が生贄みたいじゃないか……と。


 そこまで考え至って、僕――鉢縞竜助はつしまりゅうすけはどうやら、経験した事の無い類の厄介事に巻き込まれてしまったようであると判断した。





 で、その後は何故か恭しく挨拶され、そのまま訳も分からない内に部屋を連れ出され、無駄に豪奢で大昔の王族と対峙する謁見の間のような場所に導かれて、そこで多くの情報が僕に注ぎ込まれた。

 ちょっとは待って欲しいと思ったが、そんなのは相手が聞いてはくれない。


 

 曰く、唐突に巻き込んでしまったのはすまないと思うが、しかし現状はどうする事もできない、との事。

 曰く、僕は勇者として異世界から召喚されし選ばれた者であり、勇者なのだからこの国を救って欲しい、との事。

 曰く、還るには魔王と呼ばれる邪悪な存在の心臓が絶対に必要であり、それさえあれば確実に元居た場所に還る事ができる、との事。

 曰く、僕はこの国、天剣国家<アルティア>の希望となれる存在であるらしい、との事。

 曰く、現在この国は他国の人間に侵攻されているので、魔王討伐前にそれを薙ぎ払って欲しい、それを成してくれるのなら何でもできる範囲で叶えよう、との事。

 他にも色んな事を言われたけど、大体簡単に纏めたらこうなった。


 何だこれ、最初に思った感想はそれだった。

 まるで思い描いたような、物語りの始まりじゃないか。しかも説明してくれたのが王様だけでなく、同い年くらいの美人な王女様もいるなんて、まるっきりそれじゃないか、と。それに選ばれた者、と言われるのも悪くはない。

 なんて思っていたら、若干興奮していたのが顔に出ていたのか、美人な王女様に笑われた。でも、嘲笑うようなモノではなく、親しみがわき上がる微笑みだった。素直に可愛いと思うし、彼女の力になりたいとも思った。

 でも、僕は簡単に思考放棄はしない。

 僕は両親の仕事を継いで、未開拓惑星を調査し開拓する、という夢がある。そしてその惑星で取れた鉱物や植物を使って今まで発明されなかった作品を新しく造りたいとも思っている。

 だから、僕は取りあえず還る為に頑張る方面に思考を向けた。

 勇者として召喚されたんだから、王女様とだって親しくなるのは簡単な事だろう。美人な王女様とのラブストーリーなんて、物語りみたいな話だから惜しいとは思う。王女様は好みのど真ん中と言う事もあるし。

 でも、僕はまだ夢を追いたかったから、還る為に努力しようと思った。

 そして一日、与えられた部屋で考えた。僕は勇者として呼ばれた以上、無下にされる心配はないのは部屋を貰った事からも推察できる。だがそれがいつまで続くのか確証はなかったし、誰も居なくなった後に孤独感に苛まれたのは仕方が無い事だと思う。

 一人で未知に立ち向かうと言うのは途轍もない恐怖が付き纏うとは知っていたけど、実際に体験する事はこれまで無かった。けど、僕はそれを体験した。

 未知は、怖いと思った。

 だから僕は、取りあえず城の書物を読ませてもらった。初めて見る文字で当然読めなかったけど、それは通訳を置いて貰えば解決した。

 そして書物を読み耽り、この世界を知っていく内に、還ろうと言う考えが変わっていったのは、まあ、仕方の無い事なのかもしれない。



 それは、この世界には不可思議な法則が跋扈していたから。



 <魔術士>と呼ばれる存在は人間であるにも関わらず掌から炎を生み出す事ができたし、風を操る事だって出来た。地面を操る事も、川の流れに干渉する事だって出来た。

 文明レベルが僕達の世界と比べるまでも無く低いと言うのに、そんな超常現象を一個人が発生できると言う、その謎が僕を引き付ける。

 初めて見た時は何故そんな事ができるのかと思わずには居られなかったが、どうやらスキルと呼ばれる法則が様々な恩恵をもたらしてくれるらしい。

 話を聞く限り、自己治癒能力を高め瀕死の重傷からでも自力で復活できるモノがあったり、肉体を強化して素手で岩石を砕くことだってできるモノまであるらしい。

 何だそれは、と思わず言っていた。異星人にも、そんな超常現象を操る能力を有した種族は少ないというのに。

 僕は愕然としながらも、話を聞き続けた。

 そして結論から言えば、この世界は魅力的だと言う事だった。

 親に連れられて未開発惑星を幾つか回った中でも、こんな法則が存在した星は今まで無かった。巨大な岩が宙に浮いていたり、ヘンテコな姿形をした生物――コチラでは魔獣と言うらしい――は見て来たけど、全て科学で証明する事ができた。魔獣だって、生活環境からどのような進化を経たのか導き出せるはずだ。

 でも、スキルは科学では証明できない法則と言うしかない。少しくらいは判明するかもしれないけど、到底全てを解明する事はできないに違いない。だから面白いと、思わない訳が無かった。

 僕は好奇心を刺激され、更にスキルについて詳しく教えてもらう事にした。幸い、僕の教師役になってくれた人は僕が望めば手持ちの中で教えられるだけの全てを教えてくれた。勇者と言う役目を被せた僕に何を望み、何を期待しているかなんてさらさら気にする事も無く、僕はその知識を吸収していった。

 

 そして、色んな恩恵をもたらしてくれるスキルの中にはゴミの様なものもあれば、想像もつかないような能力を付与してくれるモノもあると言う事を知った。

 単純に剣を振った際に命中精度を上げたり筋力を若干強化してくれるノーマルスキル<剣士>等はともかく、ノーマルスキル<チンピラ>なんて、ゴミとしか言いようがないじゃないか。

 あれば役に立つかもしれないけど、僕はそんなの持っているだけで恥ずかしさが先に立つ。

 他にもあるけど、今はどうでもいいか。

 

 そしてそれを聞いて、是非とも僕もそのスキルと言うモノが欲しくなった。未知の技術を手に入れたいと思ったし、何より、自衛できるだけの強さが欲しかった、と言うのが正直な気持ちだと思う。

 だって、強くなれば、誰も敵わないほど強くなれば、まさにファンタジー世界に召喚された主人公のような存在になれると思ったから。

 そうすれば、安全に快適に、知識を吸収できるのだし。

 強く、僕はスキルを欲した。

 


 そしてその思いは、現実となった。



 振り返ってみれば、強く無敵の主人公になれると何処かで確信していたからこそ、そんな考えを持ったんだと思う。普段の僕なら、安全かつ確実な自衛手段を求めたに違いない。新しい知識を得ても、不確定な技術に頼って死んだら元も子も無いのだから。

 でも、僕は――そう。勇者として呼ばれた僕がスキルに目覚めた時には、それ相応のスキルを獲得すると思っていたのだろう。物語りだと、大体そうだし。

 で、そして事実、僕のスキルは教えられたスキルのその全てを圧倒していた。



 ユニークスキル<英雄宿すこの身の空想ヒロイック・シンドローム>


 それが僕が最初に目覚めた無敵な主人公の能力名。

 能力は簡単に言って、空想した現象が現実となって周囲に作用する力。炎だって竜巻だってレーザーだって地震だって、思い描いた現象を現実のモノとして発生できる力なんだ。

 ただしそれにも幾らか条件があって、自らの肉体を強化する現象を発生させる事はできないし、一度発動する度に大量の精神力と体力――魔力と言った方が適切かもしれない――をごっそりと持って行かれる。しかも現実に出来るのはあくまで現象だけで、物質を零から造り出す事はできない、なんて制約がある。

 でも、それを除外しても、僕が無敵である事に変わりはなかった。

 だって、思い描くだけでそれが現実になるんだから。

 摂氏三千度の炎を発生させたり、相手の足もとに局地的な地割れを起こしたり、宇宙に漂うデブリを引き寄せて隕石弾として使用する事ができるのだから。

 あくまでも物質は造りだせないだけで、予めある物質を用いた現象は使えるんだからさ。

 無敵だよ。無敵なんだ。僕は主人公なんだから、無敵になったのさ。

 まあ、不満を洩らせば、物質を造り出せたなら、色んなモノが造れたのになぁ、と思うけどね。でも、主人公には多少の欠点があった方がいいと思うし。

 それに、僕にはもう一つのスキルが備わったから問題ないけど。


 ユニークスキル<神堕とす忌むべき左手アンチ・ゴッドハンド>


 これには左手で触らないといけない、形状を変化させる事は出来ない、自分自身には効果が無い、物によって限界値が存在する、等といった条件が存在するけど、触れたモノの性質を改変されられる能力を持ったアンチ・ゴッドハンドは、色んな局面で応用できる。

 仮に戦闘面だと、そこらに転がる石にを拾って爆弾になる、という性質に改変して、ヒロイック・シンドロームで高速射出すれば、即席の対戦車砲みたいにできるだろう。それに相手の武器に触れて攻撃力を無くしてしまえば、ほら、まさに勇者にありがちなチートだ。

 それにこれは精神面にも干渉できるらしく、命を賭して忠誠を誓う下僕を造る事ができる。

 とは言っても、実験した結果、人間みたいな知的生命体に使用した場合それ相応の時間が必要になるし、疲れるんだけど。まあ、下僕なんて絶対に必要でもないしなぁ、と思うからあまりそう言った面では使わないかな。

 ああ、しかしこうやって思い返してみれば、本当に笑いたくなってきた。

 安全快適に、新しい知識を得られるだろう未来を得た、安堵感から。

 確かに苦労に苦労を重ねて新しい発見をする事は素晴らしい事だと僕は思うし、これまでの十七年生きてきて経験した事から実感してもいる。

 でも、苦労して苦労して、父さんや母さんのように身体の半分以上を機械に置き変えなくちゃならなくなるのは、嫌だ。強靭な義体に義手や義足は確かに便利かもしれないけど、僕はそれがなんだか、嫌だ。まるで機械に成り果てる様で、プログラム通りに動くようになりそうで、嫌だった。

 でも、これだけの防衛手段があれば、何でもできるに違いない。

 これまで以上の知識を得る事も、勇者のように敵を鮮やかに葬る事も、還るまでの間王女様とラブストーリーを繰り広げたり、肉欲に溺れるのも可能だろう。


 ああ、本当に楽しみだ。

 未知の闇を光で解明していく快感と、人間的で野蛮な獣としての本能の囁きが、僕を満たし、しかし飢えさせる。

 早く使えと急かすように。 


 ああ、そうだ。今は他国とこの国は戦争しているらしいし、今度、実験も兼ねて戦場にでも出させてもらうおかな?



 

 





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