第五話 闇夜に散りゆく暗殺者
暗殺者の一人が構えたクロスボウの矢に、クロスボウ本体に刻み込まれた魔術刻印を介して、風系統魔術の一つである、<螺旋軌道>が付加される。
弓と比べて連射性は劣るが、弦が硬く引き絞られたクロスボウは普通に撃つだけでも鎧や盾を貫通する程の破壊力がある。暗殺者が持つクロスボウは、この世界で個人が持てる武器の中では魔術に次ぐ威力を持った遠距離攻撃法といっても過言ではない。
卓越した者ならば、魔術よりも精確かつ静かに要人を暗殺する事ができるだろう。
それが、魔術によって強化された。しかも付加されたのは、遠距離武器ともっとも相性がいい、速度と切れ味を強化する事に特化した風系統魔術の螺旋軌道だ。
まさに、クロスボウと魔術の合わせ技では最高の組み合わせと言えるのではないだろうか。
ただでさえ鎧を貫けるクロスボウが、小さな破城鎚に匹敵する破壊力を持った事になるのだ。その凄まじさは推して知るべし。
矢じりには薄らと緑色の波動のようなモノが纏わりついて切れ味を飛躍的に増加させ、螺旋を刻みながら後方へと吹き荒れる一筋の風の流れは矢を何倍にも加速させる。その上高速回転しながら飛んでいくため、命中率も飛躍的に高まっている。
人間では掠っただけでも肉を持っていかれるだろうし、魔獣にも十分通用する一発だ。
その矢が、目標を射線に捉えると同時に放たれた。
通常の何倍もの速度と破壊力を伴いつつ緑色に光りながら目標に向かって飛んで行くその姿は、まるで夜空を駆け抜ける彗星のようだ。
音に迫ろうかという速度で飛んで行く小さな流星は、クロスボウを構えた暗殺者の腕の良さを証明するように、標的である化物の側頭部を正確に捉えた。
当たると確信して暗殺者は矢が化物の頭を射抜く光景を幻視する。
だが、その矢は標的の皮膚を肉を抉る事は無く、当たると同時に自らの破壊力によってバラバラに自壊した。
宙に破片が飛び散り、最早矢であった事すら分からない。木片が一瞬だけ宙に舞い、それも地面にパラパラと落ちていく。
矢の破壊力と速度ならば、最上位のイ級には無理でもそれに次ぐロ級の魔獣を射抜けた事だろう。それが全く通じなかった。
普通ならば、あり得ない光景だった。
だが現実として、掠り傷所か傷一つつけられない。ついてはいない。簡単な話、化物の装甲が硬すぎるのだ。通常ならば必殺の一撃だっただろう矢でさえ、傷つけられない。
その事実に矢を射た暗殺者の表情は驚愕に歪み、次いで迫る死に反応が遅れた。
小柄な暗殺者の両足が化物に掴まれて宙に浮き上がり、まるで布を振り落とすようにして地面に叩きつけられる。
人外の力によって行われたそれは、暗殺者の身体が四散するという結果を叩きだした。地面は陥没し、そこに血溜まりが形成される。腕や脚は千切れたが、胴体に納められていた臓物は血溜まりの中に留まった。
血臭が一段と濃くなる。
「■■■■■■■■■■■■■■! ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
暗殺者を殺して、化物がまるで自ら力を示すように轟くような咆哮を上げた。誇張ではなく、世界が震えた。身体の底から、原始的な恐怖が沸き起こる。
「ひっ! ひいっ!!」
暗殺者数人が、悲鳴を上げた。
化物の咆哮はそれ単体で攻撃として成立し、周囲に散らばる暗殺者の動きを数瞬奪いとる。生物として強者に睨まれた時に起こる自然的な反応に、暗殺者達は動かねば死ぬと分かっていても動く事ができなかった。つまり身が竦んだのだ。彼らはまさに、蛇に睨まれた蛙と同じ状態にある。
その隙を、当然のように化け物は逃がさなかった。いや、逃がすはずが無かった。
化物の口が大きく開かれ、その口腔で紫赤に輝く焔を暗殺者達はその双眸でしかと捉えた。それを見て直感する。化物が生み出した紫赤の焔――あれは猛毒の焔だ。幾多の人間を屠ってきた<虐殺の毒光>だと。
硬直が解けた数人の暗殺者は慌てて逃げようとしたが、最早手遅れだった。
まるで獲物が動きだすのを待っていたように、化物がより一層口を大きく開いて――。
――次の瞬間、紫赤の焔が、扇状に噴出された。
余りの温度と速度によって、周囲は一瞬で火の海に変わり果てる。逃げ遅れた暗殺者達の断末魔が響く間もなく射線上にあった全てを呑みこんだ焔は、大地を腐らせ、大気を腐らせ、人を腐らせて最後には全てを燃やしきった。その一撃は無慈悲なもので、容赦など一切無い。
このままでは平原一つ燃やし尽くしそうな焔の勢いではあったが、そういった事態にはならなかった。燃え盛る炎を、生み出した張本人である化物が消しさったからだ。
消しさる様子は実に奇妙な光景で、あたかも、巻き戻し再生を見ているような錯覚に襲われる。
簡単に言えば、燃え盛っていた紫赤の焔が、自らの意思を持っているかのように化物の口腔内に戻っていったのだ。奇奇怪怪なその光景に、流石に暗殺者を束ねる赤黒い髪の男も動きが止まってしまうというものだろうか。そうしてしばしの静寂が生み出された間に、化物は焔を全て吸い込み終わった。
すでに紫赤の焔は何処にも見当たらない。だが、その傷跡は深く刻み込まれている。
扇状に広がる腐食の大地。紫色に染め上げられたそこには死しか存在せず、触れるだけで全てを侵されそうだ。
それを見た赤黒い髪の暗殺者は、ふと我に返った。
(何を呆けているのだ! 今こそ最大の勝機だろうがっ!!)
化物は今、どっしりと構えて動いていない。恐らくあれほどの焔を放つのには、それ相応のリスクがあるのだろう。先ほどまでの俊敏な動きをされれば攻撃することさえ困難だっただろうが、動きのない今ならば全方位攻撃ができる。暗殺者はそう考え、そしてその考えは正しかった。
<兵装名称・毒の吐息>
毒の吐息は化物――ポイズンリリーの口腔内にある毒の霧吹きの噴出装置と神経毒を使い、毒を体内で超高温にまで熱した状態で放出するという、ポイズンリリーの心臓とも言える魔力懐炉が最大稼働する六六六式使用時のみ使う事ができる特殊兵器だ。
竜が放つ様々な効果を持った特殊吐息を参考に、ポイズンリリーが編み出した毒の霧吹きの発展使用法にして、ポイズンリリーが持つ数少ない遠距離攻撃法である。
その威力は絶大で、一発放つだけで一つの城を燃やし尽くせるし、その上範囲内にある全てを腐食させるという特殊効果まで備わっている。毒の吐息のある腐食効果は、神経毒が熱せられる過程で変質する為に起こるものだった。圧倒的なまでの戦略兵器だが、その分反動でしばしの間動けなくなるという欠点も存在した。
時間にすれば十秒ほどだが、一瞬で勝負が決する戦場では十秒というのは余りにも長い。その間は防御も取れず、まさに処刑を待つ罪人と同じ状況になってしまう。
だからこの場合、暗殺者のトップであった赤黒い髪の男の判断は間違いではなかった。実に正しく、実に精確で的確な判断だ。
赤黒い髪の暗殺者は未だ生き残っている部下に指令を飛ばす。
ニ十九人居た部下も既に十二名に減っており、この機を逃せば終わりだと、赤黒い髪の男は悟っていた。それは部下も同じで、持てる全てを出し尽くした決死の一撃が十三発、硬い化物の装甲でもっとも薄いであろう関節部へと殺到した。
瞬間的に重力を増加させて破壊力を増す魔術刻印が刻まれた両手大剣は化物の後ろ首に振り落とされ、紫電を纏い触れれば感電する双剣の刃は鋏のように交差して化物の左足首を狙い、岩さえ切り裂けるようになった斧槍は化物の背骨を、薄い水の刃に覆われた短剣は化物の右肘を目指し、炎を纏った棘付きの手甲が化物の横っ腹に撃ち込まれた。その隙間を縫うようにして、更に残りの鋭刃が化物を攻め立てる。
連なる十二の連撃だったが、化物の真正面だけは攻撃が少なかった。暗殺者が恐怖し真正面に立てなかったからでは無く、真正面から斬り込む者は、既に決まっていたからだ。
真正面は生き残っている者のなかで最も強く、最も信頼され、そして最も破壊力を有した男のモノだった。当然それは、赤黒い髪の男。
振り上げられた魔剣グラムが、彼の意思とは無関係に必要な分の魔力を引きだして貪り喰う。その上で更に男は自ら魔力を放出して、グラムが五重屈折斬線を発動するに足る魔力量を二倍に増やした。
通常の倍の魔力を貪り喰い、グラムはその魔力を五重屈折斬線に注ぎ込む。
通常の倍の魔力を補給された事により、格段に破壊力が増した五つの斬線と、実体のあるグラムの刀身が化物の体を真正面から確かに捉えた。竜さえ屠る竜殺しの特性を獲得した、強力無比なその六撃。魔力で編まれた斬線と斬線の間で生じる熱量で、通常の相手であれば塵さえ残さずこの世から消滅するだろう。
全てが全て尋常じゃない破壊を秘めた攻撃が化物の体躯を捉えたのはほぼ同時で、全方向から押し寄せた破壊の波が化物の中で吹き荒れたのも瞬間的な事だった。溢れ出たエネルギーが衝撃波となって周囲に散った所を見るに、それを受けた化物にはそれ相応のダメージが与えられた事だろう。
しばしの静寂が訪れる。
その中で、小さいながらも確かに音がした。
ピシ……。
何かにひびが入ったような、そんな音だった。そしてまたピシ……、ピシ……と音が続き、最後にはビシン! と音を響かせた。金属が、砕け散った音だった。
確かに十三人の決死の一撃は、化物に傷を確かに刻んではいた。
しかし……。
「そんな……」
「嘘……だろ」
「嘘、嘘……よ。こんな、こんな……!」
絶望に満ちた声が続く。声の主たちは、当然のように黒衣の暗殺者達だった。
彼らの手から、最早武器として機能しなくなったモノが次々と地面に零れ落ちていく。両手大剣の刀身も、双剣の刃も、斧槍も短剣も手甲も全てが全て、粉々に砕け散っていた。余りにも硬すぎる化物の装甲に全力で撃ち込まれた事に耐えきれずに、自壊してしまったのだ。薄いであろう関節部にさえ、彼らの攻撃は殆ど無意味だった。
信じられない……と誰かが呟いた。
武器と引き換えに化物の身体には確かに傷が付いている。しかし良く見ればそれと気が付く程度の小さなモノで、その小さな傷を生み出す代償がこれだ。信じられないと、信じたくないと思ってしまうのも無理は無かった。
「――っ! 総員退避だ! 時間は俺が稼ぐ! 早くこの事を本国に!」
声が響く。余裕のない声音だったが、それでも、その中にはある種の覚悟があった。
先ほどの攻撃で暗殺者の武器は砕け散った。だが、その中で唯一武器が砕ける事が無かった男がいる。魔剣グラムの刀身が空を切り裂き、今にも動き出しそうだった化物の進行方向を遮った。
空を両断しながら振り落とされたグラムだったが、それは気だるげに化物に弾かれてしまった。
その隙に、化物が走りだす。
正面から体当たりをしてこようとする化物の挙動に反射的に身体が動き、男はグラムを横向きにして踏ん張った。まるで盾のように構えられた魔剣グラムに、構えた次の瞬間には凄まじい重圧が叩き込まれた。化物の体当たりを直に喰らい、その余りの馬鹿げた威力に男の身体が大きく仰け反った。仰け反ったというよりも、宙に飛ばされたといってもいい。
数秒ほどの飛行。
そして、ガリガリガリ! と、ブーツの靴底が悲鳴を上げながら地面を捉えた。激しく擦られて起こった摩擦熱で、少々焦げ臭い臭いが周囲に漂う。
「隊長!」
男の部下の一人が声を上げた。
「早く行け! これは命令だ!」
それを男は、振り向かずに声を荒げた。
部下の叫びを背中に浴びながら、男は目の前の化物を塞き止めんとグラムを構える。構えるが、彼が既に限界であるとは誰の目からも明らかだった。魔力の消費が激しい魔剣グラムの特殊能力である五重屈折斬線を何度も使用した上、更に自ら魔力解放を行ってその分の魔力を上乗せした一撃を放っている。
そのせいで常人ならば魔力欠乏症で倒れても可笑しくはない状態にあるはずだが、男はいまだに気力を以て倒れる事を拒否し、そして何より諦めていなかった。
強く輝いている両目が、それを雄弁に語っている。
「ココは俺が引きとめる。お前達は一刻も早くこの事を祖国に報告するんだ! 生き残れ! 振り向くな、これは命令だ!!」
再び化物の攻撃がグラムに叩き込まれた。ギシギシと嫌な音を立てながら軋むグラムを一際強く握り締め、男は今度こそその場で留まり切った。
足元の地面が大きく陥没し、その一撃の凄まじさを周囲に知らしめる。
「っ! ……命令、了解しました」
ギリリ、と歯を食いしばった音がした。返事をした男はその場から全力で放れようと、黒い鎧の裏側に刻み込まれている移動補助用の魔術刻印である<疾風走行>に魔力を送り込んで、移動速度を飛躍的に上昇させた。戦闘時にも使用できれば随分と楽になるだろう疾風走行ではあるが、直線にしか走れないという欠点の為、カウンターを貰いやすい。
その為、通常は逃走時にのみ使われている風系統魔術の一つだ。
他の暗殺者達も疾風走行を起動させ、ゆっくりとタイミングを計るように後退していく。
部下が逃げ出すタイミングを作り出す為に、男は残り少ない魔力をグラムに喰わせて五重屈折斬線を生み出す。
高速で迫るグラムの刃が化物を捉えようとするが――。
「っ! ――しまった! 早く逃げろ!」
グラムが振り落とされるよりも速く、化物の姿が霞んで消えた。空ぶったグラムが地面を切り裂くのを見た男は、化物の狙いが何であるかを瞬時に悟る。
「ぎっ! があああああああ!」
「いや、いやーーーーーー!!」
化物の狙いは、最早抗う術が何も残されていない部下達の抹殺だった。魔術師ならば自ら魔術で抵抗ができただろうが、部下の中にいた四人の魔術師は、既に全員事切れて冷たくなっている。化物がいち早く葬ったのだ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
化物が吼える。
殺戮の開始を宣言するような、遠くまで響き渡る咆哮だった。その声で比喩表現ではなく、実際に大地が震えた。
化物が伸ばす腕に胴体を掴まれた一人は、まるで木の枝を折るように真っ二つに引き千切られて鮮血の噴水を巻き散らかす。そして二つになった肉塊を棍棒のように振りまわして、化物が更に二人の身体を圧殺した。
最早分かり切っていた事だったが、圧倒的だった。既に化物が腕を振りまわすだけで人が死んでいく死の領域が形成されている。
魔術の移動速度の底上げなど意味を成さないその速さに、暗殺者達の間に絶望が広がった。何とか逃げようとするが、逃げ出そうとする者から順に狩られていく。
もう逃げられないと、ここで死ぬしかないと、人として死ぬ事も叶わないという絶望が、広がっていく。
そこへ――。
「おお……おおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああ!」
グラムを握り締め、鎧の裏側に刻まれた疾風走行を起動させて化物に突貫を試みた馬鹿が居た。化物の装甲に撃ち込まれたグラムが火花を散らし、甲高い音を生み出した。
◆ ◆ ◆
「結論から言いましょう。貴方はやはり、優秀な獲物でした」
ポイズンリリーと暗殺者集団が戦闘を開始して、たった五分。
五分という短い間で、あまりにも凄惨な結果が、今宵の風景として刻み込まれていた。
短い草が生い茂っていた平原はまるで血の海を彷彿させられる深紅色に染め上げられ、装飾として人間の臓腑が無造作にばら撒かれていた。
死臭が辺りに満ち溢れ、自然と吐き気が込み上げてくる。
まるで処刑場のような空気だった。
ここを何かに例えるなら、生き物を徹底的に殺戮する死の異界が相応しい。
そしてポイズンリリー以外にこの場で動く者は居らず、それはつまり、この鮮血の世界の支配者であるという事に他ならない。
「できるなら、貴方のような人はカナメ様に素体として取り込んでもらい、私達の新たな同志となって欲しいくらいです」
でも、とポイズンリリーは区切り、心底残念そうな声音で――。
「今回貴方達が私やカナメ様を狙って来た事は、カナメ様は知りませんし、私が今晩、掃除をした事もカナメ様は関知していない。だから諦めて、ただ死んでください」
淡々と無機質な瞳を彼に向けた。
次いでポイズンリリーの視線が周囲に向けられる。
暗殺者達が放った篝火によって照らされている深紅の平原に、二十九人の死骸が転がっていた。人だと分かる程度に形を保ったマトモな死体の方が少なくて、これが人かそうでないのか分からないほど撤退的に破壊された肉塊の方が圧倒的に多い。
周囲を装飾している臓腑は全て、暗殺者のモノだ。
「まさか……決死の思いで……一撃しか……届かないとは……な」
暗殺者の唯一の生き残りが、自嘲気味にそう言った。
ポイズンリリー以外に生きているのは彼だけだ。しかしまだ死んでいないというだけで、彼は既に死に体だった。
左腕は人体の構造上決してあり得ない螺旋という曲がり方を見せ、右足は太ももの辺りからバッサリと消えていた。斬られたのではないと、傷口を見れば分かる。まるで何かに噛み千切られたような、巨大な歯型がはっきりと確認できるからだ。
そして残された左足には縦に大きな裂傷が走り、唯一まともな右腕は大地に突き刺さった巨剣の柄を掴んで離さない。
彼の全身からは夥しい量の血が流れ出て、いつ失血死しても決して可笑しくは無い。彼が助かる術は、最早存在しなかった。
「仮に、私が通常体で戦っていたなら、多少は梃子摺っていたかもしれないという事は認めましょう。
貴方の使っていた魔剣グラムは、確かに優秀な武器です。鋭利な刃に強烈無比な一撃を繰り出せる重量と五つの斬撃を生み出す特殊能力に加え、実際に竜を殺しその生血に濡れる事によって備わった竜殺しの特性。肉厚な刀身は時に盾となり、持ち主を護る堅牢な壁となる。
その魔剣グラムをあれほどの速さで動かし、全能力を使いこなした貴方は、実に優秀です。貴方は魔剣グラムの担い手といえる存在でしょう。敵ながら、天晴れ、です。ですが――」
ポイズンリリーの言葉に、嘘や偽りは無い。彼女は本心から獲物であった暗殺者を称えていた。
ただ、この結果はこうなるべくしてなったモノで、ポイズンリリーは彼が死ぬ最後にと、魔剣グラムの秘密に付いて淡々と語っていく。
「貴方は知っていますか? その魔剣グラムは、一応私の弟、のような存在なのです。この意味、分かりますか?」
人と剣。機玩具人形と魔剣。ポイズンリリーと竜殺しの魔剣グラムが、姉と弟という関係性。
男からすれば、何を言っているのか分からない事だろう。理解できるはずがない。
だから、ポイズンリリーは最後の間際に今日の出来事がどのような完結を見せるのか、教えているのだ。
「私もグラムも、主であるカナメ様が造った存在です。だからもし貴方達が私ではなく、カナメ様を直接狙っていたとしても、その魔剣グラムはカナメ様ではなく、貴方達に牙を向いていたでしょう。カナメ様にはどうやっても攻撃できないように作られていますからね。
それに貴方が攻撃に加わらず、貴方の部下がカナメ様を攻撃した所で、カナメ様には決して通用しない。カナメ様の逃げ足の前ではあの程度の攻撃は掠りもしないでしょうね。カナメ様の逃げ足は、ゴキブリ並ですから。ですので、必然的にカナメ様に攻撃を当てられる貴方が手を出す事になり、貴方が手を出せばグラムはカナメ様以外の全て斬り伏せる。
つまりどっち道、貴方達は与えられた任務もこなせず、どう失敗したかも上に報告できない。なにが起きてどうなったかもそちらは詳細を知ることはできず、ただ私達が生きている事だけしか分からない。
貴方達の未来は、初めから一瞬でなにが起きたのか分からずにグラムで斬られて死ぬか、今のように私に殺されるしか無かったのですよ。
だから、つまりは貴方達の死なんて、無駄の極みということですね。本当に、ご愁傷様です」
ポイズンリリーは微笑んだ。憐れむように、蔑むように、煌々と燃え盛る篝火に照らされながら微笑んだ。それを人生最後の光景として見詰めていた男は――。
「ふふ……ふははははははははは……」
静かに涙を流しながら、全身の力を抜いて動かなくなった。それでもグラムから手を離さなかった事だけは、彼がグラムの持ち主として相応しい証明と言えた。
そしてグラムは、担い手と共にここで眠りにつく。
グラムの刀身は、既にポイズンリリーによって真っ二つに折られていた。
それを眺めていたポイズンリリーはすぐに視線を外し、腕を組んでため息をつく。
「ふう……。さてさて、何故こんなにも早く暗殺者が来たのでしょうか? まあ、大体の予想は付きますが……これは忙しくなりそうですね」
最後の後始末とばかりに、一つ一つ篝火を消火して回っているポイズンリリーは、また面白そうな事が起きそうだと静かに嘲笑を浮かべた。
そして最後まで名前が分からなかった男の死体に一度だけ視線を向けて、最早二度と振り返る事はせずに、疾風のような速さで街まで走り去る。
光源が夜空の星しか無くなった平原では、ポイズンリリーの姿など一瞬で消失した。