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第四十九話 失敗する事だってあるさ、人間だもの

 四方百数十キロにも及ぶ広大な範囲を“星屑の樹海”によって覆われたアヴァロンでは、徒歩あるいは騎乗、などの一般的な移動方法で国外に出ていくのはあまりにも無茶である。

 そりゃ、出来ない事はないだろう。現にカナメとポイズンリリーはやってのけたのだ。眼前に躍り出た無数の魔獣を駆逐し、百数十キロの道程を無傷で乗り越えた。

 これは樹海が決して踏破不可能ではないという現れであるし、そもそもそれができなければアヴァロン自体樹海の中心には存在し得なかったのだから、語るまでも無い話なのかもしれない。

 だが星屑の樹海を分かり易く表現するならば、ゲームクリア後に出現する、隠しボスキャラが潜む隠しダンジョンのようなものである。だから当然のように出現するのは世界的に見ても桁外れな能力を持つ高位魔獣ばかりであり、一体一体のステータスは他の場所に住む同種のモノよりも高い。

 しかも追撃の如く存在する馬鹿げたエンカウント率は、いっそ清々しいまでに無茶苦茶だ。明らかにバランスが狂っている。バグっていると言ってもいい。

 とは言え、何故そんなにも樹海が混沌としているのか例を出せば、高濃度の魔力溜まりが幾つもあるとか、生物の進化成長を促すカイン・エーテルが大気に多く混入されているなど様々な理由は幾らでも上げられるのだが、今それを言う時ではないだろうし、取りあえずあまりにも理不尽な設定がある事を理解するだけでいい。


 ガチガチに装備を固めた古強者の兵士が軍団規模で進み、しかし下手をすればただ一度の戦闘で壊滅してしまうようなレベルであると。


 しかも樹海に出没する高位魔獣だけではなく、凶暴な食虫植物なども群生しているのだからそれらに関する知識も必要になってくるので余計に厄介だ。

 例を上げれば<吸血蔦ヴァンパイア・ツタウルシ>と呼ばれるモノがある。直径一センチにも満たない幾数のつたは、一目では何ら変哲の無いただの植物にしか見えない。

 だが一度獲物が引っ掛かればその凶暴な本性を剥き出しにして襲いかかってくる。鋼鉄の数倍は強靭な蔦はまるで触手のように蠢き、高位魔獣でも下手をすれば抜け出せない程の力で獲物の全身を拘束する。

 そしてその後は吸血根と呼ばれるモノを獲物に撃ち込み、ゆっくりと、まるで獲物のエネルギーの全てを飲み込む事を楽しむが如く、栄養としていくのだ。吸血蔦の根元には、栄養を吸い尽くされた残骸がちらほらと発見できるに違いない。

 他にも<狂った人喰い花ラフレシア・アーノルディ>と呼ばれる何でも溶かす強力な酸を持つ、巨体な赤い花型の食虫植物がいる。吸血蔦のように自ら動いて獲物を獲る事はしないが、幻覚作用のある甘い香りを分泌する事で魔獣を引き寄せ、引っかかった獲物を丸ごと溶かす。

 周囲の空気分子の濃度をランダムに変化させる特性を持った大樹<空気変換樹ラヴォアジエ>と言うのもいる。

 普段何気なく吸っている空気も、酸素や二酸化炭素などの割合を調節し狂わせてやれば猛毒となるのは常識だろう。生きるのに必要な酸素も、多過ぎれば人を殺す様に。

 そしてアヴォアジエは一定範囲内の空気分子の割合を変化させる事により、空気という見えない存在を触媒にそれと気づかす前に獲物を殺し、その死体に分解能力を持った自らの葉を被せる事で土に返る速度を上げて、肥料とする。

 他には何かが近づくと胞子が詰まった種を撃ち出し、胞子の苗所とする習性を持った<飛散する胞菌クサビラ・ビスケット>なんてのもある。この特性だと胞子をばら撒いて無限に増殖しそうなものだが、特定の期間しか種に込められた胞子が活性化していないため、そう言う事にはなっていない。それに比較的周囲の動植物の抵抗力が強い事が多い事も要因の一つだろう。

 その他にもいい出せばきりがないほど、様々な植物が生息している。

 ハッキリ言って、樹海に群生する植物の多くは貴重な薬の原料になるものばかりなのだが、その分極悪なものの方が数多い。いや、生き残るために極悪な進化を遂げたと言った方が正しいのかもしれないが。

 そしてそんな厄介極まりない動植物が群生する範囲が百数十キロにも及ぶのだから、踏破する際に発生する危険度は想像する事さえ困難だ。

 そんな苦行を事もなげにやってみせたカナメとポイズンリリーは、それだけ強かったという現れでもあるのだろうが、これは数少ない例外でしかない。他は極一部を除いて、全て死に絶える事に成る。


 話を戻すが、地面を行くのは困難である。


 なら空から行けばいいじゃないのか? と思うかもしれない。地を行くのが危険ならば、それを避ける空を行けばいいと。

 なるほど、それは良い考えだ。現にアヴァロンでは日常的に飛行魔術で移動する者が多々居るし、背中に自前の翼を持つ者だっている。その他にもヒトや荷物を乗せて移動する飛行車といった魔道具などによる飛行手段だって幾らかある。

 着眼点としては、決して悪くない。

 と、思うかもしれない。

 だが、それこそもっとも危険なのだ。空は、魔獣最強と名高い竜種の領域であるからにして。無論他にも大型怪鳥や大型昆虫種などもいるが、やはり竜種の危険度は飛び抜けている。

 竜種は急所を穿たれても暫くの間は生存できる強靭な生命力と、鋼鉄以上に硬い鱗や甲殻などに包まれた強固な肉体を保有している事から、子孫を残す回数が極端に少なく、結果として個体数はかなり少ない。食物連鎖のピラミッドの頂点に君臨しているような存在なのだから、多過ぎても困ると言う事だ。

 だから竜種は本来なら数年か数十年、あるいは一生に一度遭遇するかしないかといったレベルの存在である。だが、何と星屑の樹海ではさして珍しくも無い存在だったりする。

 普通に一日空を観察しているだけで、十数頭は目撃できる事だろう。

 だから空は普通は行けない。行けば竜種に追い回される事になるのだから。

 何と言う悪夢か。自身の何倍何十倍、あるいは何百倍の体躯を持つ竜に追われるその恐怖は、想像するだけで身震いしそうだ。

 でもそうなると、アヴァロンは入国も交易も困難なのではないか、と思うかもしれないが、別にそうでもない。

 交通手段としては普通に空輸が用いられている。そして今の所竜種等に追い回されて死人が出た事も無い。

 そう言えば空は危ないと言っていたのに矛盾するのではないか、と言われるかもしれないが、それはあくまでもアヴァロン以外での話でしか無い。


 空は竜種の領域だ。それは間違いない。


 だから樹海に生息している竜の中でも中位以上の能力を持っていた個体を殺し、カナメがその死骸を取り込み改造した生物――つまり“機竜船”、と呼ばれる存在が、アヴァロンの主要な移動手段として確立されているのである。


「これはまた……とんでもなく大きいな」


 地上部には縦横が一キロ以上もある飛行場が二ヶ所存在する。

 アヴァロン中央に聳える城のすぐ傍にある飛行場は第一飛行場と呼ばれ、ココには戦略飛行宝具<輝舟ヴィマーナ>が格納されていたり、カナメや機玩具人形などの一部上層部が旅行等に行く際に使用したり、今回のように模擬戦争時等の軍事関連の行事があった際に持って行く物資運搬――食糧や武装は当然ながら、兵隊も含む――などの作業が行われる場所である。

 それから城と第一飛行場から少々離れた場所にあるのは第二飛行場と呼ばれ、物資や入出国者を乗せて外界と行き来する小型から中型の機竜船が数多く、つまるところ交易や外国との出入り口として使用される場所である。

 使用目的の違いから、当然第二飛行場の方が日常での使用頻度は高い。


 そして現在、後少しで開催される模擬戦争に向けて黙々と作業員が奔走している中、第一飛行場にて静かに君臨している四機の大型機竜船の中でも最も巨大な一体の前で、今回の模擬戦争に随伴する事になったセツナはそれと自覚しないまま呟いていた。


 セツナが見上げている機竜船の名は“ケツァル・コアトル”。


 四百メートルを超える巨体に、広げればそれと同じくらいになる巨大で鷹の様な形をした八対十六の翼を持つ、生体と金属を混ぜ合わせて造られた怪物である。外見的には西洋の竜、というよりかは東洋の龍のような細長いフォルムで、全身から生える鱗は黄金一色と無駄に豪華で神々しく、四肢は無く大樹を十数本纏めた様な太い胴体を持つ存在だった。

 翼ある蛇、と言った所だろうか。

 近くから見上げただけではケツァル・コアトルの全体像は到底見えず、とぐろを巻いているその姿はまるで山のような存在感がある。

 しかしその大きくも何処か愛嬌のある顔ですやすやと寝顔を晒している様は、無意識の内に癒され、自然と笑みを作ってしまいそうになるほど、穏やかな雰囲気が漂っていた。


『イエス・マスター・セツナ。“機竜船ケツァル・コアトル号”は全二十体ノ機竜船中最大でありマス。戦闘能力、運搬能力、戦闘回避能力、共に最高ランクでありマス』


「へー、そうなんだ。物知りなんだな“エクス”は」


『これハ、グランドマスター・カナメによっテ入力されたデータですのデ、オ褒めのオ言葉は、グランドマスター・カナメに御願シまス』


 基本的には流暢なのだが、時折違和感を覚える合成音声が、セツナの首元にあるネックレスから発せられる。

 白銀の鎖に繋がれた、小さな剣のネックレスである。

 合成音声が響く度にネックレスはピカピカと金色の淡い光を発し、あたかも自分が言っているのだと自己主張しているかのようである。

 そして事実、そうなのだろう。 


「エクスは控えめな所もあって可愛いな。でも、ココには何回か来ているのに、機竜船“ケツァル・コアトル”――だったか? ――は一度も見ていなかったんだけど……こんな巨体、どこに隠していたんだ?」


『以前の世界旅行にハ、<輝舟ヴィマーナ>を使用したとデータにありマス。その時には後のサプライズイベントとして、マスター・セツナを驚かそうと隠しテいたそうなのですガ、グランドマスター・カナメはどうやら、戦争発生によって処理しなくてはならない業務がかさみ、予想以上に多忙だった為にケツァル・コアトルなどの機竜船二十体を紹介するのヲ忘れていたらしく、今に至るという訳のようでありマス』


 セツナの疑問に対し、スラスラと答えていくエクス。

 カナメが隠したかっただろう失敗うっかりを簡単に暴露する様に苦笑いを浮かべつつ、セツナは視線を横の機竜船に向けた。

 コチラも大きな機竜船であるが、ケツァル・コアトルを見た後だと少なくとも二周り以上小さく見え、そしてそれは目の錯覚ではない。

 ケツァル・コアトルが東洋の龍のようなフォルムであるのとは違って、隣の機竜船は西洋の竜のような形をしていた。

 背中から生える三対六翼の刃のように鋭角的な翼はまるで天でさえも斬れるかのような雰囲気があり、現在は準備運動なのか軽く上下に動いている。全身は燃え盛る炎のような鱗に覆われ、巨大な蜥蜴の様なシルエットは、竜をイメージすれば大抵浮かんでくるデザインをしている、と言えば分かり易いだろう。

 そして四肢はまるで大地を穿つ杭であるかのように太く巨大で、ヒトからすれば岩のように大き過ぎる鉤爪は朝陽を浴びて鈍く輝いていた。

 恐竜のような頭に、鋭く伸びる四本の剛角。鋭い岩大の剣を並べた様なあぎとからは静かな呼吸音が漏れ出しているが、まるで彫刻のように動かない。

 生きているのだが、まるで死んでいるかのような不自然さがそこにある。

 しかし、不自然さを感じているのはこの場ではセツナだけなのかもしれない。

 竜の下で奔走する人影は頭上から浴びせられる威圧感に立ち止まる事もなく、あと一時間もしない内に出立する為に必要な物資を竜の体内に搬送していた。ガラガラと車輪が回る音が二百メートルは離れたコチラまで届く事から、相当大きな荷物を運んでいるのだろう。とは言え、聴覚が強化されていなければ流石に聞こえないのだけれど。

 しばし見つめた後で、ご苦労様です、とセツナは小さく呟いた。

 セツナもあの機竜船の体内に乗り込み、此度の模擬戦争対戦国である機学国家<アイゼンファルス>が存在する、風と土と岩と砂が支配するカイゼル大砂漠に赴くのであるが、見ての通り現在全く仕事がない。

 カナメは搬入する部隊の最終チェックをしたり国王様らしく励ましの言葉――死にかけた奴は減俸だとか、相手は絶対に殺すななど戦争に赴くには些か以上に軽い言葉だが――を出したりしなければならないし、ポイズンリリーはカナメのサポートである。

 それに引き換え、セツナはアヴァロンの仕事は一切していない。させてくれない、というのが本当の所だが、できることが無いのだから仕方がないのだ。

 よってセツナは今、テクテクと他の機竜船を見て回る事で暇つぶしをしている状態であり、そのため奔走する人達に労いの言葉を洩らしたのである。

 聞こえていないが、取りあえず言いたかったのだ。


「それはそうと、そろそろ顔を出して話し相手にはなってくれないかな? 私も、黙って監視されていると言うのは気分が悪くて」

 

 赤い機竜船に向けていた視線を不意に逸らし、誰もいない空間を見つめながらセツナの唇で紡がれた言葉。

 そこには誰もいないが、しかし、セツナに語りかけてくる神の声はその存在を看破していた。

 だから、絶対の自信が言霊に乗っている。


「……それは、その、……ごめんなさい」


 それは唐突だった。

 五秒も立たない内に響いた謝罪の言葉と共に、セツナが見つめる空間が一瞬だけ揺らいだのは。

 だがその揺らぎはすぐに無くなり、そして一人の女性の姿がそこにはあった。


「貴女の名前は?」


「えと……隠密暗殺型、十三女、ハシーシュ、と申します。……本当は隠れてセツナ様を護衛するようカナメ様に言われてたんですけど……あの、出て来てよかったのでしょうか?」


 弱々しく、不安げな声音で問いかけられ、セツナは思わずクスリと笑みを零す。


「ええ、いいのよ。カナメが何か言ってきたら、私が庇う。これは約束ね。……でも、カナメは本当に大事な事じゃないと、別に何も言わないだろうけどね」


 苦笑いを浮かべながらそう言い終えて、セツナはもう一度ハシーシュの姿をじっくりと観察する。

 ハシーシュを簡単に表現するならば、扇情的で黒かった、と言った所だろうか。

 カナメやセツナと同じ黒髪は肩に届くか届かない所で切りそろえられたショートカットで、露出の多い服のせいで褐色の肌の大部分は晒されている。上半身は豊満と控えめの丁度中間といった感じの胸元を覆うだけのピッチリとした黒い布だけだし、とび職が穿くニッカーボッカーズのようなふっくらとした黒いズボンの側面には、チャイナドレスのスリットの逆バージョンのような、大きな切れ目が入っているのだ。

 その割れ目から惜しげも無く見えるハシーシュのしなやかな太ももは、女のセツナから見ても色っぽい。

 しかし思う。ココまで黒が多いと、女の子なんだからもっと煌びやかな衣装を着せてあげればいいのにと。

 だが、隠密暗殺型、というだけに闇に紛れやすい黒、という色は彼女に適しているのかもしれない。だからあえて何も言う事は無かったが、しかし、どうしてもある一点に視線は集中してしまう。

 ハシーシュは全体的に黒いのだが、一部分だけは違うのだ。

 それは顔の上半分を覆い隠す、鬼の様な一本角を生やした白い髑髏の仮面。

 ただそれだけが、異様に浮いていた。


「そうですか……そうですよね、ホッと安心しました」


「そんなに心配する事でも無いと思うけど? カナメは、優しいじゃない?」


「そうなんです。カナメ様は優しいんですよ。……けど、私って仕事以外だと失敗する事がよくあって、その度にリリー姉様に怒られるので、ちょっと、あまり命令された事以外の事をするのって、抵抗があるんですよ」


 口元は白い髑髏の仮面では覆われてはいないので、ハシーシュの笑みを見る事はできる。が、二つの黒い虚空を晒す鬼の仮面のせいで、その笑顔は何処か怖い。

 仮面を外せばさぞかし可愛らしい笑顔だろうにと、心底勿体ないと、セツナは思わずには居られなかった。


「大丈夫。私の話し相手になって貰うだけだから、何も失敗する事はないから」


「話すだけですか? なら、失敗する事もないですよね」


 ホッと安堵の息をハシーシュは零し、二人はそろそろ準備が終わるであろうと考えて、ゆっくりと話しながら隣の機竜船に足を進めた。


「何かカナメに関する面白いエピソードとかはないかな?」


「あ、ありますよー。あれはそうですね、今から……ふぎゃ!」


 笑いながら歩いていた為か、もしくはそもそもどこかしら抜けていたからなのか、ハシーシュはまるでコントのように何も無い所で躓き、つんのめった。足を踏み出せばよかったのだろうが、それさえする間もなく顔面から地面にダイブ。

 ドベチャ、とワザとやっているのかと聞きたくなるほど古典的な動作でハシーシュの身は大地に転がった。


「……えと、その、隠れて護衛しててもらった方が、いいのかな?」


「…………」


 余計な事を言ってしまったかも、と自責のせずには居られなかったセツナはダラダラと冷や汗を流し、しかしハシーシュは一言も発する事無くしばしの間動く事は無かった。

 耳まで真っ赤に染まっているのは、多分きっと、気のせいなのだろう。











 ◆ _ ◆  

 









 失敗した、と思ったものの後の祭り。

 今更それを変更出来る筈も無く、セツナは喜んでくれたんだから好感度アップで丁度よくね、と自らを騙そうと言葉を言い連ねるものの、しかしその姿を見れば見るほど悔しいです!


「何時まで双眼鏡で覗いてるんですかカナメ様」


 後方から響く美声、その後に続く美脚。


「ぐほっ!」


 全身の円運動によって無駄の無いエネルギー移動により加速したポイズンリリーの美脚はカナメの後頭部を捉え、痛みを与える暇も無く致命傷を負わせた。

 頭蓋骨は陥没し、脳はグチャグチャに混ぜ返され、双眼鏡にぶつかった眼球はめり込み押し潰れる。

 操り糸が切れた人形のようにカナメの全身から力が消失するが、十数秒後には何事も無く全快の状態で復活した。この一撃で痛みをカナメは感じる事は無かったが、頭部には不快な熱感が生じる。


「せめてもっとソフトな手段で言って欲しいのだが」


「痛みを感じないようにしたのはベストではないでしょうが、ベターな手段だったかと自負します。ちなみに私がこのような野蛮な行いに踏み切ったのは、一重にカナメ様が仕事をほっぽり出してセツナ様を変態のように双眼鏡を用いて観察していたからです。

 嫌らしい視線で女性を見るなど、セクハラです。セツナ様がそれに気がつく前に止めるのがせめてもの優しさかと」


「…………」


 言い返せない自分がどれ程変態的だった事か。 

 確かに、カナメはセツナを双眼鏡で見ていた。遠距離からその行動の全てを見ていた。だが、仕事もほぼ終わり、少しくらいサボってもいいじゃないかと思ったのだって決して悪い事じゃない、はず、恐らくきっと。


「セクハラです」


「……。さて、仕事に戻るか」


「話を逸らそうとしても無駄です。が、しかし時間が押しています。今は追求する事は止めておきましょう。先に行っていますので、しばらくうな垂れてから来て下さい。

 その情けない姿は、なかなかそそられますので。――ふふふ」


 そう言い残し、ポイズンリリーは背を向けて、背後に君臨する赤き機竜船“クリムゾン・ヘイト”に向かっていく。

 後が怖いな、とシミジミと思いつつ、カナメは今一度セツナの方向を振り向いた。

 壊れた双眼鏡は既に口で取り込んでいるので、セツナの姿は小さなシルエット程度にしかカナメの視力では見えないのだが、薄闇が支配するアチラでピカピカと輝く金色の光を見る事は出来る。

 エクスカリバーを納めた鞘は、以前までなら『持ち主を選ぶ』と『壊れない』などといった基本的な概念だけが封入されていただけだった。

 カナメが使っていた時はもっと様々な概念が封入されていたのだが、エクスカリバーを建国し、初代オルブライト国王になった友人に祝いとして贈った際、そのまま贈るのはちょっと危ないかと思い、それらの概念を無くし上記の概念を封入した鞘に入れたのである。

 それがそのまま現在に至るのだが、つい数日前に、セツナに好感度アップイベントとして持ち運びが便利なようにと小さなネックレスになる機能を取り付け、更に仕事で忙しく話せない時でもセツナが寂しくないよう話相手をと思い、人工知能を取り付けてみたのである。

 つまりエクスカリバーはインテリジェンスデバイスとなったのだ。


 が、最近はエクスと名付けられたそれとセツナは良く話し込むようになり、先ほどのようにポイズンリリーは落ち込んでいるカナメを弄ってくる次第である。


「畜生。やっぱり恋愛面に対する思考放棄も、ほどほどにしとか無いとなぁ~。ま、次から気を付けるかなっと」


 カナメは誰かと恋愛する時、あまり深く考えないように行動する事が多い。というか、自分を繕う事をしない。ありのままを晒して接すると言った方がいいだろう。

 それは一般的な相手に好意を抱いて貰う為の打算的な行動に力を注ぐ恋愛ではなく、その時その時に素直に思った事をそのまま行動に移す、というものだ。

 どうせ最後には本当の自分を晒さねばならないのだから、だったら初めから素の自分を好きになってくれる相手を探そう、と言う事である。無論若かった時はこのような考え方ではなかったが、年をとってくると、疲れてくるのだ。頭を使った恋愛と言うモノが。

 だから素の自分を隠さないと言うのは、カナメという存在を一切繕わずに成立する恋愛をするという事。そしてありのまま晒せているのだから、抑圧されてストレスが発生する事も無く、癒しとなってカナメを包む。

 だけど勿論、今回のように深く考えないと失敗する事も多々あるし、破談する事もあるが、その時はその時だ。

 そして今回は失敗し、ストレスが溜まった。

 なので、最近溜まってきたストレスを今回の模擬戦争対戦国である<アイゼンファルス>を使って、思いっきり発散してやろうと夢想しつつ、カナメはコートを翻しながら仕事場に戻っていったのだった。



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