第四十八話 商売と戦争は密接に関係している
『戦争』
かつて俺が居た次元のネットから閲覧できたウィキ先生などの資料を調べると、戦争(せんそう、英: War)とは国家もしくはそれに準じた組織が、軍事力・武力を行使し、作戦・戦闘を組織的に遂行する行為および状態である、といった事が書かれているだろう。
だけど経済戦争と言ったり、原油争奪戦争やら貿易戦争やら受験戦争など色んな表現される事もあったりするので、意味そのままの“殺し合い”の戦争だけを指す事は少なくなってきていると思う。
だけど今回は言葉の意味そのままな“殺し合い”の戦争の話であると、始めに言わせていただこう。
戦争ってのは、殺し合いってのは、ヒトがヒトである時点で絶対に無くせない行為だ。
とは言っても、確か元居た次元では第二次世界大戦が終わってから“宣戦布告”が行われた“戦争”が起きてはいないはずである。だからある意味では戦争は無くなった、無くせるのだと言えるのかもしれない。
しかしコンゴとかリベアとかパキスタンなどの外国では武力紛争が発生していたし、爆破テロや自爆テロなどの蛮行で多くの血が流れることだってあった。
不戦条約によって戦争じゃないとされたそれらではあるが、そんなの、ただの詭弁でしかない。
個人的には色んな不満や疑問が尽きないが今はそれは置いといて、本題に入りたい。
コチラよりも遥かに文明が発達し、条約が結ばれ、多くの情報をテレビ放送や雑誌などを介して簡単に集めれていたアチラの世界とは違って、こっちはもっと野蛮で原始的で、戦争ってやつは身近な出来事なのである。
つまり“戦争”という行いは、不本意極まりない召喚によって堕とされた異世界では、この五百年間、当たり前のように決して絶える事は無かった。
むしろ敵対する種族――無論人間と魔族だ。アチラで例えれば黒人と白人に近いかもしれない。とは言っても当然同族だとて争いの対象なのだが、やっぱり分かり易い方を攻めたがるモノなので、やはり種族の差は大きいのだ――が明確になっているため、戦争をしやすい状況にあるのだから、世界の仕組みとしてそうなっているのだから仕方がないのだろう。
まったく、こんな争いがなければ勇者として俺が来る事もなかっただろうにと思ってしまう。
だが、コチラの世界で多くの人物と出会い、友や恋人や敵になったりし、死によって別れて来た俺が今更どうこう言うべき事ではないのかもしれない。ので、話をさくさくと進める事にする。
幸い“銃”という子供でも簡単に他者を殺せるなんて便利な道具や、ミサイルや化学兵器なんて一発で大量殺人が容易な兵器が溢れるほどあったアチラの世界とは違い、コチラには魔術など似たようなモノがあっても量産できないので、どちらかが完全に滅びる事無く今まで来ている。
だけどコチラは言ってしまえば中世レベルで剣と魔術の世界な訳で、アチラの戦争よりももっと血生臭くドロドロとした戦争だ。だから個人的にはある意味タチが悪いと思っている。
例を出せば、“銃”があれば銃弾を眉間に一発撃ちこめばヒトはそれで終わりだ。脳が破壊されて呆気なく死ぬだろうし、故意に死骸を破壊する事さえしなければ、比較的綺麗なままで残る。
だが剣や斧なんて物騒な凶器を振り回すコチラの世界の戦争は、隊列や策略などを張り巡らした所で結局の所は数に物を言わせた物量戦の方が圧倒的に多い。
問答無用の真っ向勝負である。
だから乱戦のなか敵に腕を斬られる、というよりも切れ味が悪く重い剣で叩き千切られるといった表現が似合いそうな怪我を負う者はざらであり、医療技術の拙さもあって、マトモな治療が施されなければ四肢が腐ってしまうことだってある。
腐った四肢ってポロってもげるから、怖いんだよね。
これが偶に、ではなく頻繁に、であるのがミソか。
医療系のスキルってレアばかりだし、ド田舎だと下手したら消毒の概念も無い所があったりするのだ。祈祷とかで済ます所もあるし。
後、魔術を真正面から喰らえば身体は四散するし、戦争の狂気に誘われて戦場に魔獣が出てきたりしたら両軍全滅なんて事も、過去を振り返れば事例が幾らかあるくらいだ。
一般男性がマトモな武器を持ってギリギリ倒せるのが最下級のト級であり、一般兵でも一つ上のヘ級までしか相手にできないのが魔獣という存在である。中級のホ級とかニ級とかになると軍隊規模で当たらないといけないレベルなので、戦争時の魔獣は忌避されている。
ま、これも置いといて。
戦争時ではやっぱり死んだ後――死体になってからが、とくに酷いと言っておかねばならないだろう。 コチラの戦争は殆ど正面からぶつかり合うのだから、当然地面に転がった死体は敵味方関係なしにグチャグチャと踏み潰されて――鎧や武器、それに成人男性の体重をプラスした物体が何回も何回も踏み付けていくのだから、死体が正常な形で在るだけで運が良いのだ――、最後に残るのは誰が誰だかも分からないミートペーストに早変わりってわけだ。
だから何が言いたいと言うと、もう、コチラの世界の戦争って本当に血生臭いのだ。
戦場では普通に血の丘が出来るくらいに。
爆音が断続的に響き銃弾が頭上を飛び交うってのもゾッとしない話だけど、数百数千、多ければ数万の人間が正面からガチンコバトルってコチラの一般常識は、ホント、原始的で凄まじい。慣れていないと、腰を抜かすに違いない。
死体の上に死体を積み上げる感じだし、よって兵士が戦争から生きて帰れる可能性はかなり低い。いや、圧倒的な差があればそうでもないが、どっちにしろ大量の血が戦場で流れるのだから、無傷で居られるなどそれこそ戦闘を行っていない司令官とかその周囲に限られてくる。
何時の世界も下っ端てのは苦労するものだ。
まあ、どちらにしろ戦争ってのは悲劇を量産する行為である、と言うのが、俺の持論である。
戦争時に徴兵されていく知人が、血を分けた家族が、未来を語り合った友人が、愛し合った恋人の多くが帰る事無く朽ち果てる、そんな地獄が戦争だ。
一応生きて帰る可能性もあるにはあるが、どうしたって死ぬ可能性の方が非常に高いのは覆せない。
また、軍備だ兵糧だと言われて財を搾取されてしまい、今まで通りの生活をする事すら不可能だ。
それに負けたりしたらその後どうなるのか、分かったものではない。
男なら殺されるか、運が避ければ奴隷に落されて労働力か腐った貴族の腐った娯楽の素材として生を終える。女は犯されて殺されるか、甚振られて虐め殺されるか、そのまま奴隷になるかだろうが、やはりどう見たって悲惨な結末である。
戦争なんて、悲しいものだ。
ちょっと過去話になるが、俺の初めての“戦争”は軍事国家<アリスマリス>が相手だった。
俺を召喚したクソッタレな国でクソッタレな王が治めていた、今は無き国家である。
俺は魔王を殺せなかった責任を押し付けられて殺されそうになるし、旅で出会って恋した女は国の諜報員で俺の監視役だったし、しかもその女と殺し合いをさせられて、と余り思い出したくない記憶が満載だがそれは置いといて。
初めての戦争が俺対国家だったってんだから洒落にならないと今更ながら思う。
まあ、国家とは言え首都に居た人間だけだったから数は多くはないと言えばそれまでだが、仮にも敵は軍事国家である。
最高戦力を一人で完殺したあの若さが今ではちょっと眩しく感じる。
ああ、俺、若かったなっと。
閑話休題。
繰り返すが、戦争なんて悲しいものだ。
が、しかし当事者かその関係者でもない限り戦争とは特別な感情移入はできない物事でもあると言うのは、残念ながら覆しにくい事実でもあるのだろう。
本当に関係がなかったら、へーあっそ、どこそこが勝ったんだ。で終わらせれる程度のモノでしかない。味わってみないと、その凄惨さは分かるはずがない。
だから今現在、血みどろな戦争と直接関係の無い俺もこのような事が言えるのである。
「カナメ様、攻性魔術礼装の輸出量が普段の一.五倍を記録し、また食糧も三倍をマークしました。売れ行きは順調ですね」
「了解了解。ホントぼろ儲けですありがとうございました」
次々と上がってくる書類をレアスキル<超速思考者>と思考速度で動く<自動書記手袋>を並行使用して片付けていく。
速過ぎて残像さえ見えそうな速度で、山のようにあった書類は消化したが何百年と続けて来たので疲れる事はない。
竜空国家<ドラングリム>と天剣国家<アルティア>の間に戦争が勃発して早一週間と少し。
今はまだ戦況は逼迫してはいないが、それでもやはり読み通り、アルティアが優勢であるのには変わりないようだ。数度発生した戦闘の九割以上がアルティアの勝利で終わっていた。勇者の存在による気力と勢いの差が顕著に出たのだろう。
だが劣勢を跳ねかえさんとドラングリムが躍起になって武装と食糧を掻き集めようとアチコチに手を伸ばし、その分だけこちらの商品が飛ぶように売れるのだからもうニヤニヤが止まらない。
予定通り国力を削れるだけ削って下さいと高笑いしてみたり。
「やっぱり直接関係の無い戦争とかウマウマですな」
「不謹慎ですよカナメ様。しかし否定はできませんね」
ポイズンリリーからも肯定の言葉が返って来た。
やはり長い付き合いだ、思考が似通っている。
「んじゃ、次は模擬戦争の案件を……」
「その前に一つ報告があります、カナメ様」
ん? と書類に向けていた視線を上げて、相変わらず無表情なポイズンリリーの姿を見る。
いや、ちょっとだけ苦笑を浮かべていた。表情から見て、恐らくは弟妹関係か。
「帰還途中だったテイワズが美女一人とその他を拾ってきたようです」
「……ヒトは犬猫じゃないんだからさ、もちっとマトモな言い方ってのはないのか?」
「それでは改めまして。テイワズが美女一人とその他を拉致して……」
「そう言えとは言ってねーよ! もっとマトモな、窮地を救って保護したとかあるだろうよ!」
おお、と頭上で電球でも光ったかのような表情と仕草を演じるポイズンリリーに、はあ、とため息が漏れる。しかしこれ以上は突っ込まないでおこう。何と言っても面倒だし。
「で、女好きのテイワズは一体どんなの保護してきた?」
「ヴァイスブルグの皇女ですね。いえ、皇女だった、と言う方が適当ですが」
それを聞いて、思わず目元を覆ってみた。
ヴァイスブルグと言えば、一度は壊滅させられかけたサラヴィラやバジル達反乱軍が俺の作品とアイデクセスの策略によって、つい最近革命を成功させたばかりじゃないか。
人心操作系の能力を持つ作品<妄信愚侵隊>と、アイデクセスの知識と能力で一晩で沈んだが、まあ、仕方なかったと言うしかないだろう。
あのコンボで奇襲されれば、そりゃ普通の国では革命を阻止できないだろうさ。
しかし騎士団長の懸命な奮闘によって、隠し通路から皇帝と第一皇女と護衛は逃げていたはずだから、ああ、なるほど。
だからテイワズが拾ったのか。
「確か、<傾国>持ちだったよな、その皇女」
「調べましたが、その通りでした」
「なら後で抑制の首飾り送っとくから、肌身離さず持っとくように言っといて」
「畏まりました」
面倒と言えば面倒だが、対応策は確立されているので大したものではない案件だった。
一国を破滅に導くレアスキル<傾国の美女>を持った女性は、実はアヴァロンではさして珍しくも無かったりする。
その原因は機玩具人形の内の一体、五男のテイワズセカンドが世界中からレアスキル<傾国の美女>が発症した女性を持ちかえって妻としている事が多いからだ。しかも強制ではなく相手に惚れさせるのだから、その色男ぶりは多くの男が殺意を抱くに違いない。人数は現在でも数名居るし、過去を振り返れば数十名にも及ぶだろう。そしてこれからも増えるに違いない。
相変わらずのプレイボーイめ、とハンサムなテイワズセカンドを心の中で罵ってみた。
テイワズセカンドは機玩具人形の中で唯一元の人格を持つ存在で、その原因はテイワズが自分に転生魔術を施していたからだ。俺は例え愛したモノでも死んだら決して同じ存在として復活させる事はないのだが、死体を素体として新しい存在として造り変えたりはする。それが機玩具人形という存在の始まりだったのは言うまでも無い。
同じ存在として造らないのは何故かと聞かれれば、生き方を穢したくない、など数々の言い分があるが、まあ、俺は愛したモノでも同じ存在として造った事は一度も無い、とだけ分かってくれればいい。うだうだど話す事でもないし。
だがテイワズセカンドは同じ人格を有したまま機玩具人形と成った。ここで話の矛盾が発生するが、本当に想定外だったのだ、これは。
テイワズが死んだから機玩具人形にしてみたら、あら不思議、転生魔術が発動して強化された肉体で生き還っちゃった、という訳なのだ。
驚きはしたが、まあ、別に良いかと問題を放置したのは秘密である。
で、元の人格を持ったテイワズセカンドは生前救えなかったレアスキル<傾国の美女>持ちの女性に懺悔でもするかのごとく、世界中からレアスキル<傾国の美女>を持った女性を連れて来ては、妻にするという癖がある訳で。無論他に惚れた女性を囲う事もあるが、割合としては<傾国>持ちが多い。
だから、レアスキル<傾国の美女>を持つ女性はアヴァロンには多く居る。そしてその対策は完璧だ。
<傾国>持ちの女性は皆例外なく美人であるが、美貌ではなく匂いにこそ魅了の魔力が宿るので、それを中和する能力を持った作品を常時持たせれば、その能力をほぼ完璧に抑え込めるのである。そうなればただの美人でしかない。
ホント、対策が楽でよかったと言えば良いのか、何と言うか。まあ、取りあえず子供(みたいな存在)の嫁になるのだし――
「しっかし、<傾国>持ちの女性は皆美人だから、一目くらい……」
「カナメ様。十分後にセツナ様と一緒に昼食の予定ですが、キャンセルでよろしいですか?」
「嘘です冗談です! いやー早く飯が食いたいな~っと」
藪蛇だったかと後悔しつつ、その後は真面目に仕事に取り組んで予定通りにセツナと昼食を取れたのでよしとしよう。それにこの間行った旅行で話題が豊富だった事もあり、なかなかに楽しく過ごせたのも大きい。
さてさて、思考を切り替えようか。
明後日に行う模擬戦争の相手である機学国家<アイゼンファルス>との戦には、どのようなイベントが発生するのだろうか。なんか面白い事が起こったら、いいなぁ、と思う。ゴーレムとか、なんか、浪漫だよなぁ。似たようなの在るけど、それはそれ、これはこれだ。
ああ、あと新参者の勇者は、そろそろ……。
つくづく、自分が外道だと思った一日である。
Re:Creator――造物主な俺と勇者な彼女――
第三部 ほのぼの日常編
――END――