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Re:Creator――造物主な俺と勇者な彼女――  作者: 金斬 児狐
第三部 ほのぼの日常編
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第四十六話 これでいいのか機玩具人形!

 第三週の土曜アスドラの日、アヴァロンの地下都市第三ブロック――通称<毒蛇の狩場>と呼ばれる様々な環境が疑似的に造られた一角にて、一ヶ月に一度“月訓”と呼ばれる行事が執り行われる。

 この月訓とは、現役部隊の一部と、地上部に存在する“学園”に通う兵士課の三年生以上の学徒達が、機玩具人形の監修の元、半日ほど合同で訓練を行うというモノだ。

 今回学園の学徒で参加するのは剣士や槍士などの前衛職が入る兵士課だけで、魔術師等の後衛職が入る戦術課は別の日に行われる。これは前衛と後衛では訓練内容に差異があるためだ。

 そして毎月一度は来るこの慣習にある者は歓喜し、ある者は嘆き悲しみ、またある者は逃げようとして捕縛された挙句、もっと厳しい訓練を課せられると言うのは有名な話しである。

 一言で言ってしまえば、この月訓は機玩具人形が付きっきりで訓練する特殊軍事訓練・機玩具人形担当バージョンの次の次くらいに厳しい訓練とされているほどなのだ。

 月訓の訓練内容は熾烈を極める。慣れない者ではウォーミングアップの段階で動けなくなってしまうほどに。

 だがしかし、それを乗り越えてこそ初めて一人前の戦士として認められるのである。それに自身の実力を誇る者にとって、月訓程力量を再確認できる日はないのだ。

 そして別の意味でも、この日を待ち望んでいる存在がいた。


「今日も今日とて、皆さん良い顔をしてますわぁ~」


 おっとりとした声を出したのは彼女――機玩具人形四女にして、アヴァロンを護る盾としての役割を担っている拠点絶対防衛型・クーラーシュヴァリエだった。

 みつあみにされたパステルブルーの髪は腰に届くほど長く、まんまるの薄青色の瞳は優しげな色合いを魅せ、雪のように白く透き通るような肌は清純そのもの。

 着ている服は刃風国家<ヤマト>より取り寄せた黒地に花柄の着物を改造したもので、清楚なのだが何処か蠱惑的な空気を発散している。そして履いているのは何故か下駄ではなく、白いロングブーツという組み合わせだ。

 長女のポイズンリリーに勝るとも劣らない、儚げで可憐な女性である。

 ピンと張った弦の様な強さというよりも、小動物のようにそこはかとなく保護欲をかきたてるような、不思議な雰囲気を身に纏っている。

 だがそんな彼女は今日行われる月訓にて、血と汗と涙を流しながらぜえぜえともがき苦しむ学徒達の姿を鑑賞すべく、今回の月訓が行われる特殊地形エリア――山岳地帯に設営された訓練官専用のセーフハウスにやって来ていた。

 ログハウスのようなセーフハウスは天井に設置された気象制御装置により操作された風が吹き抜けるなど、快適な環境になる様に調整されている。

 そしてゆったりとした魔術礼装の一種でもあるソファに色っぽく寝そべり、メイドに持って来させたワインを、訓練場から鋭く響いてくる罵声を聞きながら嗜む。

 此処とはあまりにもかけ離れた状況が、クーラーシュヴァリエの視線の先で展開されていた。


 まさに天国と地獄といえた。


「この■■■■ったら! 亀さんみたいにトロトロと走るんじゃないわよッ!」


 クーラーシュヴァリエの視線の先には迷彩柄の野戦服姿の集団が、小さな子供程の大きさがある石をかつぎ、よろよろと起伏が大きい山岳地帯を走っている姿が在った。

 集団は月訓を受けている者たちで、今はウォーミングアップの段階だ。

 集団には性別や種族の隔たりはなく、学徒が加わっているので年齢の区別さえも無くごちゃ混ぜだ。

 しかし恐らく、訓練を涼しい顔で終えていく大人達はアヴァロンの兵士だろう。顔色一つ変えずに過酷な訓練をこなしている様は流石と言うよりない。

 そしてぜえぜえと息を荒げ必死に走っている少年少女は、アヴァロンの地上部にある学園の戦士課の学徒たちで間違いない。

 何れはアヴァロンを護る者や外に出ていく者に分かれるのものの、これからの時代を受け継いでいく大事な若い命達である。

 今は未熟なれど、何れは他の大人たちのように涼しい顔で月訓をこせるようになるだろう。

 とは言え、そうなれるようにこれから血反吐を吐くほどの厳しい訓練を受ける訳であるが。


「まったく、なんてザマかしら! 貴様等は最低の■■■■ねッ! ■■だわッ! この世界で、もっとも低俗な■■よッ!! 存在する価値すらないわ」


 彼らを罵倒するのは、今回の訓練を取り行っている機玩具人形四男にして遠距離狙撃型として造られたシルバーチップである。

 現在のシルバーチップは生徒達と同じく迷彩柄の野戦服姿で、茶い長髪は邪魔になるか一つに纏めて背中に流し、とあるメモ帳を片手に、必死で走る少年兵達の横を涼しい顔で並走していた。

 ちなみに口調がとても男らしくないのは、シルバーチップがオカマだからである。

 これはカナメがそう造ったからではなく、シルバーチップの素体となった者の特徴が色濃く残ったからだろう。

 女の身体に造り変えてやったらどうだと思わなくもないが、それはシルバーチップ本人が遠慮しているために変更される事は今後もないに違いない。

 シルバーチップ曰く、オカマである事でアタシがアタシでいられるの、だそうだ。


「ひい……み、水を……」


「し、死んじゃう……」


 学徒兵達の全身は汗と泥と涙にまみれ、疲労と恐怖で顔を歪めている。

 岩を持つ腕は既に限界が近く、足を進める事自体が辛そうだ。

 今にも倒れてしまいそうなほど、ギリギリな状態である。


「よくお聞き■■■に■■■達! ワタシの悦楽は貴様達が無様にもがき苦しむ顔を見る事なの! 若くて■■■■とした■■■が動く度にワタシの■■が激しく■■■■■わ。ああん、もう、ワタシ興奮しちゃう。貴方達が苦しそうな表情だけでも■■■■なのに、そんな■■■ような眼を向けられちゃったら、ワタシの■■の<尻穿つ絶倫の槍ゲイ・ボルグ>はもうビンビンよぉー!! 大丈夫、ワタシは■■だから、安心して■■■■■■■!!」


 シルバーチップは時折メモ帳に目を落としながら、まだ若い学徒兵達を鍛えるにあたって、教育上、大変よろしくない表現を機関銃さながらに連発する。いや、していたと言った方がいいだろう。

 もう後半からはメモ帳をガン無視して欲望駄々漏れトーク全開である。欲望に忠実な発言をし過ぎなので、要所要所は何処からともなくピー音が入るほどだ。

 それをニコニコと笑みを浮かべたまま聞きながら、クーラーシュヴァリエは呟いた。


「穢れを知らない子達が、汚されていく様を見るというのは何度見ても飽きませんね~」


 心底楽しそうな声音だ。

 カナメを含め味方全員を護る拠点絶対防御型として造られたクーラーシュヴァリエに、自ら敵を攻撃する術は無い。敵の攻撃を吸収し、増幅して跳ね返す術はあるが、しかし自ら攻撃する装備は搭載されてはいないのだ。

 肉弾戦ができない事も無いのだが、それはあまり得意ではない。

 そのため、こうやって他人が弱者を攻めている風景を見る事は、彼女にとってとても有意義なものであると同時に、観察し記憶に留める事が趣味となっているのだ。

 自分から攻撃する手段が少ないからこそ、思いっきり攻め立てたいと思うのは仕方の無い事なのかもしれない。

 だから毎月の月訓は、クーラーシュヴァリエにとっては欠かせない楽しみなのである。あどけなさの残る学徒達の表情が、苦痛に歪むのは堪らなく興奮するのだとか。

 果たしてマトモな性格をした機玩具人形が現れるのかという疑問が残るが、そんな事はさておき。


「も、もう無理だ……」


 クーラーシュヴァリエが見ている先で、少年兵の一人が転倒した。ごろりと重たげに石が転がり、やがては止まった。力なく倒れた少年兵が汗だくのままだった為に、全身には泥が大量に付着している。

 しかし力尽きてしまった今の状態では、顔に着いた泥さえ拭う気力も残ってはいないのだろう。

 倒れたままで、呼吸以外で動く気配がない。


「この程度なのんザーチェ? いいわ、安心しなさい。ワタシの■■が■■に■■■時、痛いのは最初だけだから安心しなさい。後は■■■■になる事請け合いよん」


 ぜえぜえと喘ぐ少年兵――ザーチェの前に、シルバーチップが立ちはだかった。

 迷彩服の前を徐に開けながら近づくその様は、ただ見ているだけでも危険としか思う事ができない。

 むしろその双眸は力尽きた獲物をゆっくりと頭から飲み込んでゆく大蛇のようにしか見えず、何とも言い難い悪寒がザーチェの全身を駆け巡る。今更ながら動こうと喘ぐ。

 だが、疲労困憊で動く事もままならない。


「ひぃ……はぁ……はぁ……」


「一応最後に聞いておくわねん。貴様の根性は、この程度のものなのかしら? 根性無しでもワタシは愛してあげるけど、貴方の恋人のフィオは目の前で■■■る恋人を見て、まだ愛してくれるかしらん? ま、あの子もあの子で■■■だから、情けない貴方でも■■で愛してくれるでしょうけどねん」


「ぐっ……」


「しかしそうなると、腑抜けな貴方を愛すと言うフィオは、さぞ救いようのない■■って事になるわね」


 シルバーチップの歯に衣着せぬ言葉に、ザーチェはくわっと目を見開いた。

 目に灯る光は怒りの感情によって激しく輝き、微かにさえ動けなかったザーチェを動かしてみせたのだ。


「フィ、フィオの悪口は言うなっ!!」


 目元は涙で溢れさせ、激情を剥き出しにして殴りかかってきたザーチェを、シルバーチップは軽く足払いであしらった。

 軽くとはいっても、人間とは比べ物にならない力を持った機玩具人形であるシルバーチップの足払いだ。それに秘められたパワーは凄まじく、ザーチェ程度の体重など負荷にもならない。

 ザーチェの身体は支えを失って宙に舞い上がり、宙で一周飛んで四分の一回転し、側面から地面に落ちた。

 ズシン、と鈍い音が鳴り、「つうぅ……」と痛みに耐えるうめき声が漏れるが、何とか受け身を取れているので大事にはいたっていないようだ。

 が、それでも痛いものは痛い。


「何度でも言って上げるわ。貴様のフィオは■■よ。ちがうと言うのならやる気を見せなさい! 石をかついで十五周往復!」


「ちくしょうちくしょうちくしょー!! 俺のフィオは■■なんかじゃねーーーーーーー!!」


 よほどフィオの事を愛しているのだろう。ザーチェは泣きながら震える腕を押さえつけ、疲労によって本来の重さよりも数倍近く重く感じる石を根性でかつぎあげ、イノシシのような勢いで走る出す。

 ザーチェ以外の学徒兵達も、歯を食いしばりながら必死の形相で斜面駆け上るザーチェに続いた。手を抜けば、次に狙われるのは自分達だと悟ってしまったからかもしれない。

 その中には耳まで真っ赤にしたフィオ女史もいたが、それは置いといて。


「やればできるじゃない。ホント、手が掛かるわねん」


 やれやれ、と息を吐き出しつつ、シルバーチップはちらりとセーフハウスの方に視線を送る。

 距離は約二百メートル以上離れているのだが、その程度の距離など狙撃手であるシルバーチップには無いに等しい距離だった。

 この距離からでもノミを見る事ができるその視力は、ひらひらと優雅に手を振るクーラーシュヴァリエの姿を映す。

 来い来いと手招きしているその仕草から、どうやら一緒にワインを飲もうと言っているらしい。

 まったく困ったお姉さまねん、と思いつつ、シルバーチップは移動を開始。

 軽く膝を曲げ、跳躍。

 まるで爆発でも起きたかのように足元が炸裂し、二メートル近くある長身のシルバーチップがまるで重量が無いかの如く、軽やかに空を跳ぶ。


 滞空時間は約四秒。


 それだけで二百メートル以上あった距離は消失し、着地の衝撃は両脚の生体金属と絶妙なタイミングで膝を曲げる事で全て地面に受け流させる。

 その衝撃で地面が若干窪んでしまったが、それも後で直せばいいだけだ。 


「お疲れ様ですよ、シルバー」


「まだまだ始まったばかりなのに、アタシを休ませるなんて何があったのん? シュヴァリエ姉さま」


「あら、察しが良くて助かるわ~。でも、まずは一口飲みなさい」


 到着して早々、早く飲みなさい、と有無を言わさぬ圧力を持ったクーラーシュヴァリエに促され、シルバーチップは注がれたワインを一気に飲み干した。

 その濃厚な味が口内で広がるが、体内に入ったアルコールは急速に分解されていくので酔う事はない。

 カラになったコップを傍に控えていたメイドに渡し、寝転んでいる姉の方を見る。


「で、話しは何なのかしらん?」


「新しく入って来た護衛の方達の様子はどうかなって思っただけなの」


 ニコニコとヒトの良さそうな笑みを浮かべるクーラーシュヴァリエに対し、しばし小首を傾げたシルバーチップは、すぐにそれが誰を指しているのか思い至る。


「何とか使えそうなのは一人ね。他は……取りあえず持っているプライドを粉砕中よん」


 昨日から短期の実力アップとしてシルバーチップが訓練を担当する、カナメが押し付けた新参者達の姿を思い浮かべる。

 昨日の訓練でボロボロになった身体のまま今日の月訓にも参加させている新参者達は、先ほど見た時は何とかついて行っているようだが、精々学徒達に毛が生えた程度でしかなかった。あれではウォーミングアップ後の本格的な訓練で潰れるのにそう時間はかかるまい。

 とは言え外の人間ではその程度でもかなり良い方だ。学徒達よりも実力が下の者も多い。

 ただ、新参者の中の一人だけは訓練をそつなくこなしていたので、過去留学してきた他国の王族貴族の護衛役だった奴らに比べ、かなり優秀な部類に入るだろう。

 持っている装備を見てみても、なかなか良いレベルのモノだった。イ級の海竜の鱗から造った剣は、アヴァロンでも高価な部類の品である。

 その二つを見て、一人は磨けば磨くほど輝きを増すタイプの存在であると分かる。今後が楽しみになる程度には、そのポテンシャルは高いだろう。

 このままアヴァロンに移住すれば、もしかしたらどこぞの部隊に入れるかもしれない。

 他は今後に期待と言う事で。


「あらあら、でも良い粒はいるらしいわね」


「あら? 顔に出てたかしらん?」


「ええ、とてもいい笑顔だったわ」


「あら、そう? 感情が悟られるようじゃ、ワタシもまだ未熟ねん。鍛え直さないと。……じゃ、ワタシは戻らないといけないから」


「私はココで楽しませてもらうわね。行ってらっしゃい」


 相変わらずにこやかに笑うクーラーシュヴァリエに促されて、シルバーチップは今尚走り続ける訓練生の元へと帰っていくのだった。

 その後ろ姿を見つめながら、そっと呟く。


「ふふ、皆良い表情だ事。ああ、早く模擬戦争が始まらないかしら? そうでないと、高ぶりを持て余してしまいそうですわ」


 高ぶってきた感情をそのままに、クーラーシュヴァリエの笑い声がセーフハウス内で響き渡った。

 月訓の地獄は、始まったばかりである。










 ■ _ ■












 どうやら他国にて戦争が起こったらしい。

 らしい、と言うのも俺がまだ戦争が起きた事しか知らされておらず、その詳細な情報を聞いていないからだ。


「で、何処と何処よ?」


「竜空国家<ドラングリム>と、天剣国家<アルティア>らしいですよ」


 俺の質問に対し、傍らに控えていたポイズンリリーが淀みなく答えてくれる。手元にはシャドウキャットが持ってきたばかりの報告書があり、そこに今回起こった戦争についての情報が書かれているはずだ。


「……戦争の理由は、やっぱり勇者絡み?」


 若干痛みだす眉間を指で圧迫し、今回起こった戦争の原因で最も可能性の高いモノを選んで投げかけてみる。


「どうやらそのようで御座います」


 過去、歴史を紐解けば分かるのだが、情勢にまだ余裕があるときに勇者という強力なカードを得た国は、魔王討伐よりも他国に戦争を仕掛ける可能性が高い。むしろ戦争を仕掛けない方が確率としては稀だろう。

 ちなみに俺の時は魔王が頑張っていたので人間同士で戦争する余力はなかった。軽く滅びかけていたし。何て事は置いといて。

 で、余裕がある現在で戦争を仕掛けていないセツナを召喚した神光国家<オルブライト>には、それなりに戦争を仕掛けない理由がある。

 あれは勇者本来の目的である魔王殺しを実行させて、魔王不在の隙をついて魔界を掌握し、国力を上げて最後にはアヴァロンを攻め落とすのが最終目的だからね。

 まったく、無駄な努力に力を注ぐのはどうにかしたらいいのに。

 ああ、それにしてもまったく。

 

「ったく、本当に面倒な。ま、コチラとしては稼ぎ時なんですが」


 ――勇者。


 魔獣リリアドリットの鱗を触媒に、継承魔術<召喚門ゲーステイア>によって召喚された異世界の人間。他者を殺さないと帰ることすらできないという理不尽を背負わされ、その過程に置いても孤独と苦行を強いられる哀れな化け物。

 ただあるだけで民衆の心を動かすが、他者には希望を齎し自らは絶望に塗れた道を歩むしか術を持たない者。

 魔王を殺す旅を続ければ続けるほど、すれ違う民衆が抱き募らせていく見えない重圧が圧し掛かってくる。あれは、重い。潰れてしまうのには十分なほどに。

 だが、それでもまだ良い方なのだ。

 今回のように戦争が起こった場合は、もっと酷い。

 俺達のような勇者に無理やり殺人の業を背負わせた人間達は、戦争を起こす事でさらに多くの血で染まる道の上を歩む事を強制する。自ら赴く者も居ないではないが、それは例外なので省略。

 つまり戦争の要として、主力として、勇者を据えるのだ。確かに勇者は常識外の能力を持っている。それを魔族を殺すだけに使うのは勿体ないし、そもそも勇者という看板はただ国に在るだけで多大な影響を及ぼすので、理にかなってはいるだろう。

 力の象徴として、これほど分かりやすいものはない。ヒトは明確な道標があれば寄ってくるものだ。

 だがだからこそ腹が立つ。他力本願な外道達を滅殺したくなる程度には。

 今すぐアルティアに赴いて国王と大臣の全てを暗殺してしまいたくなる。


 が、そんな個人的な感情はさて置き、一国家元首としては自国と深い関係の無い戦争は国益を上げるイベントでしかない。

 国王である俺は、個人の感情よりも優先すべき事項と言うモノがある。

 両国にある傭兵業斡旋施設ギルドホームの護りを固めて従業員の安全性を高め、いざという時の為に転移装置の準備も進めねばならない。

 それに両国に卸す輸出品を、特に食糧と魔術礼装の量を増やさねば。

 で、準備が整った後は放置して、時間が経てば経つほど増える国益にニタニタすればいい。

 戦争は金食い虫だからね。負けそうになれば、なりふり構わず物資を買ってもらえるでしょ。

 まさに稼ぎ時です。傭兵の斡旋で需要も増えるだろうし。


「あー勇者召喚の分も含めて考えると、竜空国家<ドラングリム>の方に安く売ってやる方が公平だよね。って事でよろしく」


「畏まりました。ですが、よろしいのですか?」


「ん? 何が?」


「<ドラングリム>は始末した元重鎮の後ろに居た存在ではないですか」


「ああ、それはいいの。このまま行けば勇者が居る<アルティア>が勝つのは目に見えてるし。だったら負けるのは確実だけど、<アルティア>の国力を削ぐ意味で<ドラングリム>に頑張って貰った方がありがたいし。

 精々泥沼化して貰いたいねー。

 その方が良い人材も手に入るかもだし、どっちが滅んでもコチラには利益の方が圧倒的に多い。ああ、そういや<ドラングリム>には以前から目を付けてた鉱山があったっけ。

 あれ、この際こっそりとアヴァロンのモノにしてしまおうか」


 この戦争の決着は概ね予想できるのだが、しかしその通りになるのでは面白くない。

 無理やり堕とした勇者を看板にして戦争に勝とうと思うなら、それ相応の損害があっていいはずだろうよ。ってなわけで、<アルティア>に嫌がらせの意味も含めて<ドラングリム>には敗北するまで精々頑張って貰いましょうか。

 そのついでにこっちは儲けさせて貰うと言う事で。

 ふはははは、本物の戦争なんて馬鹿がする事だよねー。と安全な場所から高笑いしてみたり。


「まさに外道ですね。――あ、先日の取引の件、上手く行きましたよ」


「黙りなさいね、まぁ。――それは良い知らせだ、国益が上がった」


「悪党ですね。――そうそう、セツナ様より食事にと誘いがありましたが、カナメ様は忙しいと断わっておきました」


「悪党の何が悪い。無駄に正義感を振りまく奴よりかは人間らしくて良いと思うんだが? ――というか何故それを早く俺に知らせなかった!? ワザとか? ワザとなのか?」


「鬼畜ですね」


「リリーにだけは言われたくないッ!」


「……え?」


「そこでスッと呆けるなよ! それに残念な奴を見るような眼は止めろ!」


「冗談です。――あ、明日の世界名所観光ツアーは七時出発ですので」


「いや、その眼は冗談じゃないだろ。――七時ね、了解」


「あ、カナメ様はツアーに行けないように仕事をたんまり持ってきますので」


「それだけは勘弁して下さい!!」


 カナメの絶叫が響く。

 その後も不毛な会話を繰り広げつつ、カナメとポイズンリリーは処理しなければならない案件を消化していく、そんな午後。

 他国の情勢は緊迫してきたものの、それとは関係なしに、アヴァロンは今日も平和なり。


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