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Re:Creator――造物主な俺と勇者な彼女――  作者: 金斬 児狐
第三部 ほのぼの日常編
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第四十五話 不運補正ってこんな時に働くんだね・2

「…………」


「てな訳で、カノンは俺の奥さんというか、確かに嫁いできた訳だけど、それにはきちっと理由がある。

 カノンが嫁いできたのは、言うなれば同盟国が自国の姫様をアヴァロンの王――つまりは俺なんだけど――に嫁がせる事で、同盟時に交わした盟約を護る事を保障する、てな意味合いがあるんだ。

 ほら、歴史の授業とか出ないかな? 政略結婚とかに近くて、悪く言えば人質、だね」


 爆弾を投下していったカノンとメルが用事は済んだとばかりに帰って行った後、無口になってしまったセツナに急遽事情を説明すべく、カナメは近くにあった喫茶店<招き猫の肉球>に駆け込んだ。

 そして猫の置物が所々に設置された<招き猫の肉球>の奥にある静かに事情説明ができそうな個室を借り、さらに新しい作品を作って個室の防音を万全にし、そこで紅茶を楽しみつつ――楽しめる雰囲気じゃないんだけども――カナメはつらつらとカノンとの出会いから今までのうんたらかんたらを説明していった。

 一応セツナに説明する前に、フェルメリアとパティーの案内をラルヴァートを呼びだし後は任せて来たので、特に問題なく必要な物を買う事ができるだろう。

 そして存分に格差を実感させているに違いない。呆気に取られる姿を見る事ができなくてちょっとだけ残念だ。

 だがそれは置いといて、今解決しなければならない問題は説明を終えたのにもかかわらず、沈黙を続けるセツナの方にある。

 正直言って、ドキドキし過ぎて心臓に悪い。何を言われるか分からないが、ただ待つしかないのは何と辛い事か。

 俯いたセツナからは感情が読み取れず、口で盾に孔を開けてその隙間からレアスキル<断定者>を使ってセツナの思いを見ようとも思う事ができない。

 ただ幸い、見てとれるほどの怒気が発散されていないのは救いだろう。


「…………」


 しかし沈黙は厄介だ。厄介極りない。

 本物の沈黙は寒さに似ていると思う。沈黙が場に鎮座し続けると、身体が冷えてしまうような錯覚を覚えるからだ。それを解消するには会話という熱が生まれる必要があるのだが、しかしセツナがまだ何も言おうとしないのだから、熱が生じない。

 熱が生まれない身体は冷え、冷えは行き過ぎると痛みを訴え出す。そして今は痛みを訴え出す段階だ。

 しかも先ほど造った作品で部屋は完璧に防音されているので、外から音が入ってくる事がない。アチラでドンチャン騒ぎが起こっていようとも、聞こえる事は決してない。

 そのため、紅茶を飲む時に鳴るカップの音だけが聞こえる環境が、カナメが感じる寒さに拍車をかける。

 既に手足の先など凍傷にでもかかってしまったようだ。本能が温かさを欲している。

 無意識の内にカチカチと歯が鳴りそうになるが、無様過ぎるので我慢する。するが、しかしそれも限界に近かった。

 だがその前に、部屋の中にようやく熱が生まれた。

 会話を切り出してくれたのは、セツナだった。


「……カナメは、あの人の事をどう思っているんだ?」 


「そりゃ……身内、かな。近い距離にいる、大切な一人ではある。じゃないと、パンドラには実力があっても入れないさ」


「……好きなのか?」


「好き……だな。うん、好きだな」


「女として? それともヒトとして?」


「その両方、だな」


 セツナの質問に、カナメは嘘偽りなく答えた。

 その回答が良いのか悪いのかは微妙な所だが、ココで嘘を言う訳にはいかなかった。

 神の声はカナメが口で捕食している為に働かないだろうが、それでもセツナには最近自力で獲得したレアスキル<直感>がある。

 レアスキル<直感>はセツナの内面に作用するスキルなので、生物の内部まで効果が及ばない口の捕食対象外だ。

 だから、レアスキル<直感>の機能を止める事はできない。

 嘘をつけば、レアスキル<直感>がそれを悟る可能性は十二分にあるだろう。そしてセツナが本来持つ生物としての直感が、スキルの精度を補強して、ほぼ絶対に見破るに違いない。

 だから、嘘は言わない。嘘偽りの無い、カナメがカノンに抱く本心を語った。


「そうか……」


 そして再び訪れる、沈黙。

 沈黙がツンドラの寒さに匹敵しそうだ。四肢だけでなく、胴体にまで凍傷が進んだ感じさえする。

 アレそれ死んでね? とセルフツッコミを心の中でしてみるが、虚しくなっただけだった。

 だからカナメはもうどうにでもなれ、と自棄になってレアスキル<無我無心>を発動させる。

 レアスキル<無我無心>は使用者を無心状態にするだけのいたって単純極まりない特性しか持たないのだが、しかしあればもしもの時に便利なのだ、これが。

 発動させると、例えば無駄に長い話でも考えなくてすむとか、闇の中に取り残されても精神が崩壊しないなど意外と役立つ。

 いや、そんな状況にならなければいいんだけども。

 しかし、今の状況にはまさに最適のスキルと言えよう。



 沈黙。無言。


 


 沈黙。紅茶を飲む。




 沈黙。無言。


 


 沈黙。紅茶を飲む。




 沈黙。無言。


 


 沈黙。紅茶が無くなった。




 沈黙。無言。



 沈黙。無言。



 どれほどの時間が沈黙で過ぎただろうか。流石に無心で居続けるのも限度と言うモノがある。

 別にレアスキル<無我無心>に使用時間制限があると言う訳ではないが、しかし考える事を止めるのは状況的に無理だった。

 これなんて拷問、いや自分が先に説明して置かなかったのがいけないんですけどね、と言いたい事が後の祭り。むしろココはどーんと何があっても受け入れるくらいの度量を見せようではないか。

 なんて腹を決めた時、ポツリと、再び熱が生まれた。


「なら、いい。カナメが思っている事を聞けただけ今は充分だ」


「あ、ああ……分かってもらえて良かったよ」


 セツナの一言に、カナメはほっと一息をつく。

 肩の荷が下りたとでもいうのだろうか。


「それはそうと、カナメ。私は今無性に甘い物が食べたい気分になってきたのだけれど。さらに付け加えるのなら高くて美味しいのが好ましい。だから今から買いに行こう、案内してほしい」


 しかしそう甘くはなかったのかもしれない。

 確かに笑っているはずなのだが、セツナの笑みは、普段見せてくれるものとはかけ離れていた。

 そう、言うなれば静かに燃える青い炎だ。酸素と燃焼の割合がつり合った完全燃焼の青い炎のように、音も小さく粛々と、しかし赤い炎以上に熱く激しい青い炎のような感情から生じているような、そんな笑みだ。

 セツナの言う事に、逆らえない。逆らってはいけないと、本能がビシビシと警告を発する。


「えーと、少し歩いた場所に甘味屋<パティシ・ルルナ>って店があるから、そこに行こう」


「そうしよう。それに当然、カナメの奢りだよね?」


「当たり前ですヨー」


 もし仮に払う気が無かったとしても、今のセツナに奢りだよね? と言われたら誰であろうとも奢ってしまうに違いない。

 元々払う気なのだからそこまで語らなくともいいだろうが、しかし語って置かねばならないだろう。

 今のセツナには逆らうな、と。背後に青い炎を背負う仁王様の幻影が映っていたら、誰だって頷くしかないだろうと。










 ■ Д ■

 










 名称・ジャイアントプリン:個数・1:金額・12,000ポイント。

 名称・蒸しパン各種:個数・30:金額・13,000ポイント。

 名称・ガトーショコラ:個数・2:金額・7,600ポイント。

 名称・シュークリーム各種:個数・60:金額・30,000ポイント。

 名称・マフィン各種:個数・40:金額・14,000ポイント。

 名称・ギガントパフェ:個数・1:金額・15,000ポイント。

 名称・宝具<解放の導絃アリアドネ>:個数・1:金額・75,000,000ポイント。

 名称・回復薬【女神の抱擁】:個数・5:金額5,000,000ポイント。

 名称・ジャンボカツ丼:個数・2:金額・24,000ポイント。

 名称・宝具<扉叩く残酷なる定めラットアタット>:個数・1:金額・68,000,000ポイント。

 名称・オプションリング機能拡張パック:個数・1:金額・2,000,000ポイント。

 名称・宝具<定刻運命アポトーシス>:個数・1:金額・68,000,000ポイント。

 名称・ジャンボカレー:個数・3:金額・30,000ポイント。

 etc.

 etc.

 etc.

 名称・本日のカナメの心労:個数・1:金額・プライスレス。



 セツナに付き合って夜まで色んな所を歩き回った後、日も暮れ時間も丁度よかったので食事しに食堂に赴き、そこで前と同じように笑いながら会話してくれるようになったセツナに、カナメは何とか山場を乗り切ったと確信した。

 一旦下がった感情値はそんなに簡単に上昇しないとは知っているが、それでも多少は挽回出来ただろう。

 そして食事を終え、ポイズンリリーと今日も汗を流しに行くというセツナを見送ってから、執務室に精神的にへろへろの状態で戻って来たカナメはオプションリングで今日買ってあげた品々の詳細を確認してみた。

 するとそこには、ずらーーーーーっと今まで見た事がないほど長く表記されているではないか。

 その多くはセツナが食べたいと言った物なのだが、中にはかなり高価な品――それはセツナは必要なのだろうか? と小首を傾げてしまうモノもあった。むしろ何故市販されている低ランクの宝具を態々買うのかが頭を悩ます種である。もっと良い作品を造れるのに――もあったので、総額の桁が他国の貴族数家分の財産全額分と同等以上はあった事に見直してから驚いた。

 いや、これは最早国家予算レベルの買い物と言ってもいいだろう。小国なら経済が崩壊し、大国でも下手をすれば傾きかねない程の買いモノだった。

 もしやセツナは嫌な事があった時は、衝動買いする事でストレスを発散するタイプなのだろうか。以前情報を見たときにはスッ飛ばしていた部分なので、後で確認しておこう。

 

 ――ん? そうなるとセツナは何に対してストレスを感じたのだろうか。


 俺とカノンの関係か? セツナに対してまだ黙っていた事があったことに関してか? はたまた別の何かなのか。

 個人的には俺とカノンの関係についてストレスを感じた、であって欲しい。だってそれ嫉妬だから。少なからず気にしてくれてるって事だからさ!

 とは言え、恐らくは切っ掛けが今日だっただけで、これまでの燻っていたストレスのせいでもあるのだろうけれども。


「うにゃー。いきなりだらしのにゃい顔見ちゃったにゃー。気分下がるにゃーよー」


 ニヤニヤしていたのは自覚しているからそれに対してツッコミを入れることなく流し、執務机に突然出現した黒猫――シャドウキャットを真面目な表情になって見据えた。

 その際手持ち無沙汰な両手に顎を乗せて楽に姿勢をとる。

 何処ぞの司令みたいな感じだ。


「まず合図を送れ合図を。仮に未成年には見せられない行為の真っ最中だったらどうする」


「相手はリリー姉かにゃー? もしくはセツナちゃんかにゃー? それとも――」


「――その話はいいから報告しろ、報告を!」


「ぶみゃ!」


 このままズルズルといってはならぬと感じ、手刀をシャドウキャットの眉間に食らわせる事で打ち切った。

 危なかった、ギリギリセーフだ。

 じゃないと過去の思い出他その他をつらつらと語らねばならなくなる。


「話を振っといて、いきなり手刀にゃんて酷いにゃー! 健気にあわせたのに、こんな仕打ちするにゃんてやっぱりご主人は鬼畜にゃー」


「はいはいごめんごめん。悪かった悪かった」


 流石にちょっとやり過ぎたかなー、とは思ったので、シャドウキャットの頭を撫でる。

 頭を撫で、身体を撫で、最後に弱点である喉元をくすぐる。


「あふ……ご主人、ちょま……そこはぁ……にゃふぅぅ~」


 とても気持ちよさそうな声を上げるシャドウキャットから視線を外し、カナメは執務机に置かれた報告書を手に取り、眼を通す。

 その間もシャドウキャットの弱点を責める事は止めず、ピクピクとあまりの気持ちよさに痙攣したような反応を示し始めるがそのまま続行。

 これも何時ものやり取りである。


「ふむ……天剣国家<アルティア>は勇者の召喚に成功したのか……面倒だな」


 報告書の一番最初に書かれていた項目を見て、カナメは顔をしかめる。

 そこにはセツナ以外の今代の勇者召喚成功、とあった。

 しかしまだ召喚されて数日しか経過していなので、ユニークスキルには目覚めていないそうだ。だからまだ自分の時のように魔王が速攻で殺されて心臓を奪われる、と言う事はないだろうが、しかしそれでも何かあって約束が護れなくなるのは好ましくない。

 セツナには傍にいて欲しいが、しかしセツナにもセツナの人生がある。

 自分自身の手で、できればその道を歪めたくないと言うのが正直な所だ。だから、還すという約束は護るつもりである。

 とは言え、新しい勇者に対する懸念はきっと杞憂でしかない。

 今の魔王が成り立ての勇者に負けるとは思えないから、呆気なく心臓が奪われるなんて事は無いだろう。それにそもそも、今の魔王は俺が造った宝具の中でも最上位ランクのモノを持っている。

 一対多でも負ける事はないだろう。

 だが、取りあえずどうするか思案する。


「取りあえず彼女に連絡を取って心臓を先に見せてもらうべきか……」


 ちなみに今の魔王は女である。魔王と言われると男のイメージがあるが、実は性別ではなくとあるユニークスキルによって選ばれた者が魔王になるのだ。

 女の場合は魔の女王になるが女をとって魔王とし、男はそのまま魔王となる。

 魔王が死ぬと、次の魔王は魔族全員の中から選ばれるシステムなのだが、何故そうなるのかは不明。世界のブラックボックスなので考えるだけ無駄である。

 

「……いや、後でいいや」


 連絡して早急に心臓を見せてもらうかとも考えたが、しかしカナメはその案を却下した。

 理由としては、今彼女と会えばまた厄介事が起こるだろうからだ。

 やっとセツナとの関係も回復した所で、再び騒動が起こって欲しくない。

 むしろ今は断固として回避するべきである。


「あ~っと、勇者関係は置いといてと。今回の模擬戦争の申請がきているのは……」


 第二の勇者が召喚された事について一旦考えるのを止め、カナメは報告書を捲った。

 次のページには半年に一回行われる模擬戦争の対戦相手候補となる、四十ヵ国以上の国名が並んでいた。

 その中には先日処理した元重鎮連中のバックでもあった、鉄工国家<ダムリアン>に竜空国家<ドラングリム>、それに樹教国家<ウルドリア>などの名前もある。

 ハッキリ言って図々しい奴らだ。虫唾が走ると言ってもいいだろう。


 模擬戦争とはコチラアヴァロン側が金を支払い疑似的な戦争――とは言えアチラはコチラを殺す気満々であるが――をして貰い、その後二ヶ月は他国から攻められたときに助けるという約束が交わされた上で行われる、ある種のイベントだ。

 これは星屑の樹海という天然の壁でどこからも攻められないアヴァロンが、日々訓練している成果を確認する為のものでもあり、他国に国力を見せつける威嚇行為でもある。

 アヴァロンとしては圧倒的に勝つ事など造作も無い事なのだが、戦場では殺す事よりも敵を生かす事の方が難しいのは知っての通り。

 しかしだからこそ、それが特訓になるってなわけで敵を一人も殺さずに無力化する事にアヴァロンは心血を注ぎ、怪我をした敵兵に治療まで施している。そして仮に怪我を負ったり敵兵を殺したりすれば、恐ろしいペナルティーが待っているのでコチラの兵隊も皆必死で戦争に取りかかる。

 そんな訳で相手としては、消費した金は補充されて土地を侵略される恐れも無く、また二ヶ月は安全になるのだから模擬戦争は是非ともしたいのだろう。

 たった一戦で、しかも死者を出す事無く二ヶ月の安全を得られるのだからそれも仕方がない。


 しかしだからこそ虫唾が走る。裏では国を崩そうと目論んでおいて、それがダメだと分かるや否や下手に出て媚びへつらうなど煩わしく思う他ない。

 取りあえずこれ以上見ているとストレスがたまるので、元重鎮のバックに居た国は除外し、残る二十数ヶ国の中から相手を適当に選ぶ。

 選択方法は、単純にクジだ。クジは公平な手段である、と思う。

 

「ふむ……機学国家<アイゼンファルス>でいいか……」


 そしてクジが導き出したのは、魔学技術の一つであるゴーレム工学を建国した百年前からずっと国家単位で研究している機学国家<アイゼンファルス>だった。国としてはそこまで大きくないが、人間界では強国として数えられている国の一つだ。

 その理由としては、やはり進んだゴーレム工学によって製造された機兵ゴーレムの能力の高さだろう。岩山と砂漠が国土の大部分を占めるアイゼンファルスの土地に置いて、ゴーレムの踏破能力は一言で言えば脅威だ。 

 ゴーレム工学は魔術国家<レプレンティアナ>でも研究されている分野なのだが、しかし一点集中型のアイゼンファルスはレプレンティアナの数世代先を行く技術力を持っている。

 それに付け足すならばアイゼンファルスの国王が代々レアスキル<錬金術師アルケミスト>持ちなのも発達を促進させている要因ではある。

 最近では人が乗る事で有機的な動きを可能とする搭乗型ゴーレムの量産にようやく成功したらしいので、模擬戦争でその性能を図るのも面白い。

 そして最終的には戦場に出てきたゴーレムを鹵獲して、そのノウハウをまるまるパクらせてもらおうではないか。

 いや、別にゴーレムの情報は調べようと思えばシャドウキャットに命令して全情報を持ってくる事もできるし、作ろうと思えば廃スペックなゴーレムは幾らでも製造できる――機玩具人形シリーズを見れば一目瞭然だ――のだが、それをしないのには理由がある。

 情報を盗んで来ないのはただ単純に面白くないからだし、鹵獲するのはアヴァロンとしてゴーレム工学は最近手を出し始めた分野なので、科学者達のいい参考になるだろうという下心があるからだ。

 実物に勝る資料はないというのは、アヴァロンの歴史が物語っている。


「シャドウキャット、外に出してる機玩具人形全員を国に帰るよう言いに行け」


「あいあいさにゃ~」


 擽るのを止めた途端元に戻ったシャドウキャットは、軽く冗談交じりで敬礼した後、ズブズブと影に沈んでいった。

 最大で八千体に分裂できるシャドウキャットは各国の要人の影に分体を忍ばせる事で諜報活動を行っているのだが、連絡用として外に旅に出ている機玩具人形の影にも潜んでいる。

 今は一度影に沈み、分体全てに情報を送信している最中なのだ。

 手間もそんなにかからないので、すぐに帰ってくるだろう。


「言ってきたにゃ~。だからマタタビ酒を頂戴にゃ~」


 数秒と経たずに再び出現したシャドウキャットが、くれにゃ~くれにゃ~疲れたにゃ~と執務机の上で駄々を捏ねるので、仕事の邪魔だ。

 それを早々に排除するためにカナメは部屋に取り付けている冷蔵庫からマタタビ酒を取り出し、コップに注ぐ。

 シャドウキャットの瞳は嬉々として輝き、カナメに差し出されたコップを素早く手に取り、マタタビ酒を一気に飲み干した。

 

「にゃ~……やっぱり一日の終わりはこれにゃ~……」


「弱いくせにそんなに美味いのか、マタタビ酒は?」


「グレイトにゃ~……デラベッピンなのにゃ~」


 たった一杯で泥酔状態になってしまったシャドウキャットに半ば呆れた視線を送りつつ、カナメはシャドウキャット用の小さなベッドを取り出した。

 そして促されるままにベッドの中で小さく丸まったシャドウキャットは、すぐに寝息を立て始める。

 可愛らしい寝顔だが、しかし本気で寝ている訳ではない。寝ているようにしか見えないのに、起きているという矛盾。それが今のシャドウキャットの状態だ。

 機玩具人形は眠る事がないのだ。

 その為声をかければすぐに返事が帰ってくるはずだが、すやすやと眠る様を見て声をかけるのは忍びないのでこのまま放置する。仕事の邪魔にもならないし。

 そう考えて再び報告書に目を向けようとして、ふと、窓越しの夜空を見上げた。

 うっすらと見える星と、欠けた月。

 何処かで見た様な夜空だが、どこで見たかが思い出せない。


 しかしま、いいか。とぼんやり外を見上げていたら浮かんできた考えを打ち切り、今日は本当に大変な一日だったな~と思ってから暫く後に、カナメは仕事に戻った。

 さくさく終わらせて、大浴場に行ってさっぱりしたい。


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