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第四十三話 結末は悲劇と喜劇と、微かな慈悲

 時間は既に午後八時を過ぎ、夜空の闇の中にポツポツと星が輝いている。筈だが、魔石製の街灯が国中に配備されているので夜も不自由ない光量を得られるアヴァロンでは、それを見る事は難しい。月の光ならばまだ問題はないのだが、星の光程度だと弱すぎるためだ。

 しかも今日は祭りの終わりという事もあいまって、普段よりも星を隠してしまう光源が多かった。

 その中でも祭りの最後を華々しく鮮やかに彩る為に、次々と空に打ち上げられる花火の閃光の乱舞は最たるモノだ。

 数百年前の大昔、『花火がないと祭りじゃない!』とカナメが発言した頃より日々研究され続けてきた匠の技は、今回もまた炸裂音と共に華々しく輝く。

 最後まで見れば総数一万発を越す火薬の花が、様々な色の閃光と共に夜空というキャンバスに絵を描き続けていくその様は、まさに圧巻。


 見事、と初めて見た者はおろか、何回見ても同じ感想を抱いてしまうほど、鮮やかだ。


 そしてそれに続くように魔術師達が打ち上げる火系統魔術が発生させる瞬きの魔光は、精密な分量と配置で決められた絵を描く火薬の花火とは違い、魔術特有の動く絵を描いて魅せた。

 魔術で造られた金竜は天を駆け、無駄にいい笑顔を見せる誰かの似顔絵は静かに笑いを呼び、その傍らでは自分の鍛え上げた肉体美を無理やり見せつけてくる誰かの姿があるなど、魔術の絵は多岐に渡り空を覆い隠していく。

 それに大通りに立ち並ぶ屋台に設置された魔石灯の輝きなどなど、アヴァロンは普段よりも明るく照らされ、それに比例するように賑やかで活気に満ちていた。

 道を行く者達はどこを見ても笑顔で溢れ、談笑しながらも祭りを満喫しているようである。見ていてワクワクしてくるような、そんな空気が充満していてとても心地よい。

 しかしながら、今はちょっと、予備知識がないと小首を傾げたくなるような状態になっている。

 何故か皆の手には、大人や子供など好みによってワインやジュースやビールなどの違いがあるものの、中身の入ったコップの姿があるのだ。

 先ほどまで動いていたヒトの流れも、今はしばし、停滞している。花火も打ち上げられる数が減っていた。花火の音も、この時ばかりは些か寂しげである。

 無論まだまだアヴァロンの祭りは夜遅くまで続くのだが、誰ともなしに歩みを止めて飲みモノを手に取り、立ち止ったのには理由があった。

 その原因となった存在の映像は、至る所に設置されたスクリーンまたは国民が手に付けているオプションリングによって、中空に投影されていた。


『三日間のイベント、お疲れさん』


 イベントの告知を行った時同様、街頭掲示板並びにオプションリングを介してカナメの声はアヴァロン中に響き渡った。それに返答する者もあれば、手にしたコップを掲げる事で反応する者もいる。

 反応はバラバラで、個性がよくあらわれている。

 だが、そんな中にも共通する事もあった。皆、笑っていたのだ。苦笑を浮かべる者もあれば、満面の笑みを浮かべる者もある。

 皆が笑う原因となったのは、スクリーンに投影されたカナメの顔はニヤニヤとしていて、まるで悪巧みが成功した事に喜んでいるように見えたからだ。

 実際に今回の迷宮(ダンジョン)攻略イベントは、最終階層一歩手前にまで辿り着いたのに、攻略者を出すことなく終了となったわけで。


「今回のは酷かったぞー! あんなのありかよー!!」


「パンドラでも勝てないとか、そもそも俺達じゃ勝てんって話ざんすー!」


「カナメ様の鬼畜ー!! でも次こそは俺が攻略してやんよ!!」


「がははははははは、ワシは楽しかったぞぉい! 久方ぶりに血が滾ったわい」


「また、次回も楽しみにしておりますよー」


 国民から様々な声が上げられた。

 今回のイベントの感想は人それぞれだが、カナメのイベントで攻略者が出ない事も偶にある事なのでそこまで気にした様子も無く、何よりもパンドラの強化外骨格使用を許可した時点でそれとなく難易度は予想出来てる事だったので、暴動を起こすなどの大きな反発は無い。

 初めにカナメが宣言していたという事もあって、攻略者が出なかったのは残念だ、程度しか思われていないようである。

 よって、ただ楽しかった、というのが皆共通して抱いた感想らしかった。

 そして上がる声に誰かが笑い、その笑い声が響くと周囲にも広がっていく。笑顔がまた、アヴァロン中に溢れた。

 その音声は執務室に居るカナメの元にも届けられ、それにうんうんと頷きながらカナメは言葉を続ける。


『今回のイベントは楽しめたか? 若人たちは意中のあの人と接近できたか? 仲間との絆は強くなったか? 新しく越えたいと思う壁にぶち当たったか? 

 なんでもいいが、何か一つでも自分の糧になったならば結構。それだけ今回のイベントは有意義だったって事で。でももしなにも糧に出来なかった奴がいたら、それは次回に課題にするように。お前等の成長を俺は楽しみにしているんだからな。

 そしてお前等、当然準備は万端か?』


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを止め、ちょっとだけ真顔になったカナメは右手に持つコップを持ちあげた。

 それに合わせるように、国民のほぼ全員もコップを上げる。

 そして主の合図を、しばし待つ。いつも通りのやり取りだ。


『んじゃ知っての通り、俺は長ったらしい話は嫌いだ。面倒だし、時間の浪費など勿体なさすぎる。少しでも長く祭りを、休日を堪能し、明日の仕事のパワーにするべきた。

 だから、いつも通り簡潔に行こう。イベントお疲れさん、乾杯!』


『乾杯!!』


 そう、国民全員で行われたのは、乾杯だった。

 誰が見ても分かり易いようにズビシと勢い良くコップを突きだす事で乾杯の動作を取り、カナメはグイッと一気にコップの中身を流し込む。

 今回カナメのコップに注がれているのは地下都市第二ブロックとも呼ばれる農業ブロックにて栽培されている葡萄に似た、“ラブリリラ”と呼ばれる果実から造られた果実酒<ヴォルモット・ララーイッシュ>だった。これはアヴァロンの輸出品の中でも主に他国の王族や貴族に高値で売られるモノの一つである。

 一度飲んだら病みつきになってしまいそうな、極上の果実酒を一気飲みするのには勿体ない気がしたが、それもいた仕方無いし。

 コップに注がれたモノを一気に飲む事を習わしとしたのだし、幾らでも造る事が出来るのだから勿体ぶるのも情けない。そもそもまだ残りはあるのだし。

 そして中身を飲みほしたコップを、執務机の上に置いた。

 この乾杯から一気飲みまでの流れこそ、何かイベントがあればその都度必ず行われている、アヴァロンの変わった伝統の一つである。


『それじゃ、明日の仕事の事も考えて飲み過ぎないようにな、以上! 祭りを、楽しむように』


 アルコールが体内に回るのを感じるが、それも暫くすれば分解されてしまう。カナメの再生能力は酔う事も許す事が無いのだ。

 だから分解されるまでの僅かな余韻に内心で浸りながら、カナメは取りあえず短くそれだけを告げてから、スイッチを切る。

 カナメの姿を映したスクリーンが、一斉に消えた。

 そして再び花火は元気を取り戻し、国民は各々行きたい場所に足を向ける。


 ここが、交差点。


 アヴァロンの光である表と、闇である裏がすれ違い、そして離れていく瞬間である。









 ◆ _ ◆ 










 

 いつも通りの挨拶を終え、一気に飲んだ<ヴォルモット・ララーイッシュ>の味が残っている間に少しでも長く味わおうと思いながら、しばし時を待つ。また飲めばいいと思いはするが、味わうのに損は無い。

 それから数十秒後、カナメは腰掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がった。視線が無意識の内に周囲に向けられる。

 今カナメの執務室には誰もいなかった。カナメだけが、執務室に佇んでいる。

 普段ならポイズンリリーが傍らに控えているのだが、今回はセツナと一緒に祭りに出かけるようにカナメが指示していたので、姿が無いのは当然だった。

 恐らく今頃二人揃って楽しげに屋台を回っている事だろう。何故自分よりも先にデートしてるんだ、とふと思いはしたが、不毛なのでその思考は廃棄した。今更なにを言ってももう遅いのだし。いやしかし、夜の祭りでセツナとデートしたかったと心底思う。

 ああ、駄目だ駄目だ。俺にはしなくちゃいけない仕事があるのだ、と悪足掻きとしか言えない嫉妬塗れの思考を巡らす頭を振って落ち着かせてみたが、それでも祭りを堪能しているだろう二人の姿を空想してしまう。

 セツナとポイズンリリーが持つオプションリングには無尽蔵のポイントがあるので、屋台の料理を片っ端から喰っているかもしれない。そう思ったのには理由があって、ポイズンリリーはともかく、セツナが意外にも多く食べるのだ。

 それはもう、大食い選手権にでも出るんですか? と聞きたくなるほどに。昨日の食事を思いだして、カナメはクスリと笑みを洩らした。

 何時もよりも数段騒がしい食事だったが、あれはあれで有意義だったと言える。

 あの細い身体のどこに入っているのか不思議に思うほどの量をペロリと完食してみせたセツナの姿など、今思い出しても驚くほどだ。

 一人思い出し笑いをしながら、カナメは豪奢な扉を開けて廊下に出た。

 白亜の円柱が左右に延々と続く、五人が腕を広げてもまだ余裕がある大きな廊下だ。それを右に曲がった。

 カツンカツンと音を響かせながら一人歩きつつ、カナメは思う。外の騒がしさがココまで伝わってきて、そのぶん人が少なくなった城の中の静けさがより一層引き立てられるのは、まるで表と裏を表現しているかのようだ、と。

 思案に耽りながら暫く歩いて、今度は左に曲がった。目的地に着く、最短ルートなのだ。

 そしてふと、角を曲がった所でカナメの動きが止まる。そこにヒトがいたからだ。

 カナメが来るのをココで待っていたらしい、樹の様な皮膚を持つ事が特徴的な杢翁モクオウ族の老人と、『呪呪呪』やら『殺殺殺』やら無駄に敵意剥き出しなプリントが施された灰色のパーカーを着た少女の二人組。

 カナメが心許せる数少ない生存している友人である右大臣ギルベルトと、そのギルベルトをあらゆる害意から護るようにカナメに命令されている機玩具人形十二女のアウトサイダー――愛称で言えばアイである。


「お前も来るのか、ギル? 俺はともかく、優しいお前が見ても胸糞悪くなるだけだぞ?」

 

「構わんわい。せめて同胞の行く末程度しか、老いぼれのワシには見届ける事ができんからのう。止めなんだのも、一応ワシの責任と言えなくもない、というのもあるが……」


「……本当に、ギルベルトは無駄に背負い込むよね。疲れないの? ま、私にはどうでもいいけど」


「違いない。ギルはまだまだ生きて貰わなくちゃ、俺が困るんだ。もっと楽な生き方をして貰わないと、俺の気苦労が絶えん」


「ふぉふぉふぉ、気遣ってもらえるのは大変ありがたいのじゃがな。ワシ程度など、幾らでも代えは効きますわい。ワシがコロリと死んでも、気にする事などありませんぞい」


 と、高齢の彼が言うと結構洒落にならない事をさらりと告げて軽快にギルベルトは笑うが、先ほどまで浮かべていた笑みを消したカナメが、静かに間を詰める。

 それに少し驚いたギルベルトは表情を変えるが、距離が近かった為に、何か行動に移すよりも先に動いていたカナメの方が速かった。

 

「馬鹿が。お前はお前だけなんだから、お前の代わりは居ないんだ。だから、冗談でもそんな事を言うな。殴るぞ?」


 胸元を小突かれ、しばし後。ギルベルトはぶふっと噴き出した。


「ぶふふふふふ、わははははははははははははははははははは、ごふごふごふ、おえ……いや~ワシって愛されとるの~。こりゃ、易々と死ねんわい」


 湧き上がってくる感情を何とか我慢しようとしたものの、賢明な努力も虚しく遂には大声で笑い、そしてむせる。そして吐く真似をして気分を一新させた後で、ギルベルトは今思った感想を漏らす。

 そして本心から思う。カナメの為にこそ、自分の命を使おうと。

 誰かに必要とされるというのは、仲間からはじき出され虐げられた過去を持つギルベルトに取ってとても意味がある事だ。それを再認識し直して、ギルベルトは静かに腰を落とした。

 片膝をつき、頭を垂れ、自分の主に跪く。


「ワシの命は王のモノじゃ。王が許可するまで、死なんわい」


「うむ、それでいい。んじゃ、行くぞ。馬鹿で愚かでどうしようもない子達には鞭を打たねばならんからな」


 そう言って、カナメは跪くギルベルトの腕を掴んで引っ張り上げた。

 老いたとはいえギルベルトの身長は高く、見下ろす形から見下ろされる形に変化した事にむっと表情を変える。


「チッ。拾った時はもっと小さかったのに……」


「ふぉふぉふぉ。王は今も昔も変わりませんな」


「どっせい!」


「ぐほ!」

 

 抉る様に繰り出されたボディーブローは、防御する間を与える事無く老いたギルベルトを強打した。

 カナメに対して、身長ネタはタブーである。身内だからこの程度で済んでいるが、敵ならば必殺されるのは過去を振り返ればよく分かるだろう。

 プルプルと痛みに震えるギルベルトを置いて、カナメは再び歩を進めた。

 溜まったストレスは、待っている奴らで発散しようと目論みながら。


「……カナメ父様、とっても悪い意味でいい笑顔だね。ま、私にはどうでもいいけど」


 なんてやり取りを終え、カナメはギルベルトとアイを伴って目的地である拷問室に向かうのだった。












 ◆ Λ ◆













 話を進める前に、再確認しておかねばならない案件をもう一度復唱しておこうと思う。

 今回のイベントを行うに当たって、カナメはこう言っていた。


『ただし、負けたら当然だけど罰ゲームが待ってるからそのつもりで。ただ殺したりする気持ちはないから安心しな。絶対に殺しはしない・・・・・・。んで、作戦会議したいのなら、どうぞご勝手に』


 そう、革命を起こそうとした重鎮達をカナメは殺さないと明言しているのである。

 そして勝負に負けた重鎮達はうな垂れながら拘束されはしたが、殺されないと思っている節がある。カナメは約束を護る。だから殺される事は無いと思うのも仕方がない。

 しかし、死ねないと言うのは、状況によっては殺される事よりも苦しみを伴うものであった。







 城の最下部に、謀反人を拷問する部屋がある。

 とは言え地下には広大な地下都市が存在するアヴァロンの最下部は、他の所のように地面を掘った地下には無く、地上と同じ高さにある。

 丁度城のど真ん中の最下部にある拷問室はあえてジメジメと薄暗くされており、凄まじく不気味だった。拷問を受ける誰かの絶叫が聞こえてきそうな雰囲気すらあるほど、近寄り難い場所の一つとして有名である。

 その為用事が無ければ誰も近づかない、近づかなくていい場所なのだが、カナメ達はその拷問室の扉の前に到着していた。

 この中に、自らの意思によって騒動を引き起こした重鎮達が拘束されて入れられている。入れば憎悪の籠った眼で見てくるに違いない。もしくは、みっともなく命乞いをしてくるか……。

 それに特に気負う事も無く、重苦しい扉をカナメは開けた。


 部屋に踏み込む。


 そこでまず視界の中に飛び込んでくるのは、拷問の定番とも言える“鉄の処女アイアン・メイデン”に“手枷ゴーントレット”、“三角木馬ロバ”等々、拷問のイメージとしても浮かびやすいだろう品々。水責めの為の“運命の輪”やら砕く“親指締め器”などもある。

 その他にも一見するだけではどう使うのか分からないモノまであったりと、拷問具の数は少なく見ても五十以上はあるだろうか。

 どれもこれもただ在るだけで圧迫感を感じるモノばかりだが、しかし真実を語ると、実際にこれらが使用された例は無い。

 過去四百年の歴史のなかで、ただの一度もである。

 なのになぜ拷問室にこんなモノ達が所狭しと鎮座しているのかと言うと、ハッキリ言って脅しというか見た目を追及した結果である。一応使っているように見せかける為に掃除は定期的に行われているし、使っているように見える細工も施されてはいる。

 まあ、そんな手間をかけなくともこの部屋に入れられた重鎮連中は恐怖で気が付かないだろう。


 ただ、一人を除いて。


「よう、アイデクセス。今どんな気分だ?」


 顔面蒼白でカタカタと震えるモブキャラを気にする事も無く、カナメは拘束されながらも静かに瞳を閉じ座っていたアイデクセスに声をかける。

 カナメの声に応じて開かれたアイデクセスの瞳には、恐怖も憤りも、計画が失敗した事に対する失望もなかった。ただ、こうなる様にしてなった、と理解しているだけのようだ。

 達観している双眸とでも言うのだろうか。

 そんなアイデクセスの姿を見たギルベルトの気配が、微かに揺らいだ。しかしその揺らぎもすぐに止み、ギルベルトはただの一言も発しない。


「……自分自身の愚かさに腹が立つ、という所でしょうか」


「その言い方だと、この件の本質を悟ったって感じだな。まぁ、お前は他のヤツよりは馬鹿じゃないって事だな」


「恐縮です」


「ただ言う事があるとすれば、お前は俺のモノでお前の夢を叶えたいと思った時点で間違っていたって事だな」


 そう、アイデクセスは間違っていた。カナメのモノを使って自分の夢を実現しようと思った時点で、間違いなのだ。

 夢は自らが叶えるモノで、誰かの力で叶えて貰うモノではない。ましてや、誰かのモノを奪って叶えるモノでは決してないのだ。


「確かに、そうでしょう」


「本当に残念だ、アイデクセス。お前がそんな夢を持たなければ、抱かなければ、お前はもっと有意義に使ってやれたのに」


「そう言って頂ける事に、深く感謝します。ですが、これが私の生き様です。例えその先に破滅が待っていようとも、私の道を曲げる事はできません」


「だろうな。お前はそんな奴だ。だから、心底嫌いにはなれなかった。……じゃ、話は此処までだ。あとは罰ゲームを始める前に、余興を挟もうか」


 そう言って、カナメはパンパンと手を叩く。

 その合図に反応し、入口とは別の扉が開かれて一人の男が入って来た。

 陰悪を極める拷問室にははなはだ似つかわしくない、煌びやかな司教服を着た美しい青年だ。肩まで伸びる金髪は魔石灯の薄暗い光の中でも自ら発光しているかのような輝きを魅せ、銀色の瞳はただ見詰められただけで魂を掌握されてしまうかのような不可思議な魔力が宿っているかのようである。

 そして優しげな微笑みを浮かべる中性的なその貌は、見る者を、特に女性を魅了チャームしてしまうに違いないほどの美貌だ。もしかしたら男であろうとも、骨を抜かれる可能性すらある。

 ポイズンリリーと並べばさぞかし映えると思われる美しき青年の名は、ラルヴァート。

 機玩具人形の長男であり、三体目の存在として四百数十年前に製造された、機玩具人形最強の存在である。

 今はパンドラを屠った“狂信者”と呼ばれる黒い骸骨状態ではなく、人間と同じ姿になる通常状態だった。


「ご機嫌麗しく、我が主。此度の下手人を連行しました」


 そう言って、ラルヴァートは手に握っていた縄を引っ張った。

 手首を返すだけで軽く引っ張ったようにしか見えないその動作だが、その実魔獣数体が引っ張ったのと同じ力がそこに込められてくる。数百キロの重りでさえも、宙に浮かせられるほどの力だ。

 そしてドアを壊さんばかりにして勢い良く引っ張り出されたのは、十数名はいる黒い男達。誰も彼も一般人ではないと言うのは、雰囲気で察せられる裏の住人たちだ。

 華々しく開かれたイベントに紛れて、重鎮達が引っ張り込んだどこぞの国の暗部の者達だろう。

 金属製の拘束具で身動きを縛られ、猿轡さるぐつわを噛まされて手枷と手枷を縄で繋がれたその様はまるで奴隷のようだ。敗戦者と呼ぶに相応しい有様の彼らを見ながら、カナメはレアスキル<断定者>と<超速思考者>を並行発動させて情報の一切を拾い上げる。

 一人が終われば、次に、次にと移動していく。

 一体何をされているのか困惑している彼らを完全に無視し、数十秒後には情報を読み終わったカナメは命令する。


「んじゃ、お手本を見せて上げて」


「畏まりました」


 返答するのはラルヴァートのみ。丁度向かい合うようになった重鎮達はともかく、傍観者としてココに着たギルベルトもアイも、ココで答える権利は無かった。

 権利を持つのは、この拷問室の拷問官でもあるラルヴァートだけなのだ。

 ラルヴァートはまず一番近くにいた男の頭部を、長く綺麗な指が食い込みそうなほどの力でもって掴み、


「【狂おしき亡霊の涙レムレース・レムール】」


 能力を開放するキーワードを紡ぐ。

 途端、変化は起こった。


「ああ……ああああ、あああああああああああああああああああああああああああああッ!! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 絶叫が拷問室に轟いた。だが、完璧な防音が施されたこの場所から外に漏れる事は無い。

 時を追うごとにラルヴァートの指から滲み出る黒い滴が、頭部を掴まれた男の体内に侵入していく。

 カナメが殺し、夢の中でもう一度口で捕食してきた数え切れないほどの亡霊達。その全てを内包するラルヴァートから滲み出す黒い滴は、男の魂をズタズタに切り裂き、磨り潰してその存在を消失させていく。


 だが死なない、だが死ねない。まだ死なない、まだ死なせてくれない。


 落ちてくる水滴のようにゆっくりと、身体の末端から徐々に削られていくような激痛があるのに、死という救いは今だ来ない。

 まるで何回も殺され、その度に生き返らされて、また殺されるような、そんな永遠の如き苦痛だ。

 殺してくれと男は叫んだ。声にならない叫びを上げた。

 しかし救いの時はまだ来ない。幾度も殺してくれと懇願するが、その願いは敵わない。ただただジワジワと殺し尽くされていく。

 男は思った。拷問されてもいい様にと痛覚を自ら完全に潰しているというのに、何故こんなに痛いのか。痛みを感じるなど何年ぶりだろうかと。

 何故だ何故だと疑問が渦巻くが、それを考える間が激痛のせいで無い。考える事が出来ない。考えが痛みによって埋め尽くされていく。


 ただ痛い。痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて、ただ激痛。


 助けてと無様に叫んだ。声にならない声で叫んだ。だが救われない。救い主が現れる事は無い。いや、救い主はそこにいる。でも、助けてくれないのだ。救い主は決してその救いの手を差し伸べてはくれない。

 国に残してきた家族の事を思いたかった。でも思えない。思う余裕がない。すでに思いですら激痛によって埋め尽くされ……いや、記憶が、魂が削られているから思い出せなかったのだ。

 そして最後に、男は顔を醜く歪めたままで事切れた。絶望が、死顔には刻まれている。

 その想像を絶する光景に、誰も何も言えなかったし、何か言おうとも思わなかった。

 ただ二人を除いて。


「もうチョイ長く続かせるように」


「畏まりました、我が主」

 

 何でもない様な表情で、カナメとラルヴァートは行為を続けた。捉えた十数名の全てが息をしなくなるまで、絶叫は拷問室で響き続けた。

 重鎮達の顔は蒼白を通り越して白くなり、中には失禁している者もいる。カタカタと震え過ぎてグッショリと汗で服が重く湿っている者も居た。失神しては叩き起こされる者もいる。

 それにカナメは微笑んで見せる。実に、悪い意味でいい笑顔だ。


「とまあ、スパイは排除してみせたけど、安心しろ。お前等を【狂おしき亡霊の涙レムレース・レムール】の精神汚染で殺したりしないから」


 その一言に、誰かから安堵の息が零れ出た。

 誰だって、そこに転がっている男達のような最後を迎えたくないのだ。しかし、それさえもカナメはあざ笑って見せる。


「ただ、もっともっと長くじっくりと、狂いたくても狂えない、死にたくても死なせてもらえない生と死の狭間を漂うんだな。それが、お前等の罰だ。ほら、約束通り、殺しはしない・・・・・・だろ?」


 声が切れた。絶句した。パクパクとまるで金魚のように口を動かしながら、重鎮達から視線を外したカナメはアイデクセスの方を向く。

 

「アイデクセス。首謀者でもあるお前には、こいつ等とは違う罰を与えなくちゃならん。アイ、隣の部屋に連れて行け」


「はいはい、そう言うと思ってた。ま、私にはどうでもいいけど」


 アイは面倒そうにしながらも、カナメの指示に従ってアイデクセスをひょいと軽く担ぎ上げて退室した。それに合わせてギルベルトも部屋から出ていく。

 震える重鎮達が助けてと視線で訴えるのにも構わず、二人は居なくなった。

 拷問室に残るのは、カナメとラルヴァートと、重鎮達だけだ。


「んじゃ、ラル。生かさず殺さず狂わさず、と何時も通りでよろしく」


「畏まりました、我が主」


 うやうやしくラルヴァートは頷いた。カナメも二人の後を追う。


「ま、待ってくだ――」


「慈悲を、慈悲を――」


 何やら聞こえた気がしないでもないが、それに構う事無くカナメも出ていく。バタリと閉められた扉は、最早アチラ側がなにを言っているのかすら遮断する。

 その後は、語るまでも無い。













 ◆ _ ◆











 で結末というか、今回のオチ。


「王よ、やはり貴方は慈悲深い」


「嘘をつくな、ギル。現に俺は数分前に二十以上の人間を殺したんだぞ? まあ、まだ肉体的には生きているのもいるが、それでも本当に慈悲深いなら助けているだろう」


「これはワシの本心なのじゃがな。他の者はいた仕方ないし、そもそもその為に用意したのじゃから別に何も言うつもりはないが、しかしアイデクセスは記憶を消して国外追放という、軽い罰で済ませて居るじゃろう? まあ、記憶を消すのが軽いとは断言できんのじゃが、それでも生きるチャンスを与えたのは、慈悲深いとワシは思う」


 作業を済ませ、その他諸々の後始末はラルヴァートに押し付けたカナメとギルベルトとアイは、カナメの執務室にあるソファにて果実酒<ヴォルモット・ララーイッシュ>を飲みながら話し合っていた。

 これは乾杯の合図の時に開封したもので、執務室に備え付けた冷蔵庫に入れていたものだ。新品で一杯しか飲んでいないので量もあるし、一人で飲むよりも人がいた方がいいから、という事で飲む事になった次第である。

 ちなみにアイだけは、普通のジュースをちびちびと飲んでいた。


「あれには別の理由があるから、慈悲とは到底言えん。

 アイデクセスを輸送した国――ヴァイスブルグだって、セツナに会いに行った旅行先で出会って一泊を共にしたサラヴィラとバジルとその他が、ヴァイスブルグ反乱軍<正当なる秩序キャブルブ・ヘタイロア>の一員だったから手助けでもしてやろうかと気紛れを発揮しただけだしな。

 まあ、それとなく協力してやるように仕向けたから、アイデクセスも無体にはされないだろう。レアスキル<扇動者>持ちだしな」


「そんな考えはあって当然じゃ。ワシが言いたいのは、記憶を消されても、生きておる事なのじゃ」


「生きているだけだ。過去は俺が消したんだ、積み重ねが無いと自分が誰なのか確固として保つ事は微妙な所だぞ? 下手すればトチ狂う可能性だってある」


「しかしそれでも、知識までは奪わなんだ。無論アヴァロンについては消してはおるが、アイデクセスが一人でも生きて居られるだけの手心は加えておる。アイデクセスの夢じゃて、まだ可能性がそれによって残されておる。規模は小さくなるしかないじゃろうがな

 ワシからすれば、それだけあれば十分慈悲深いわい。しかも路銀も持たせ、装備も量産品ばかりじゃが、それでも他国では一級品のを与えておるではないか。

 これが慈悲深いといって、何が悪いんじゃ?」


「そんなもんかねぇ?」


「そんなもんじゃ」


 カナメはうーむ、と小首を傾げる。そんな王を見ながら、ギルベルトはカナメのコップに果実酒をトプトプと注いだ。


「これ以上はあまり意味がないじゃろ。益の無い話は止めて、今宵は久々に昔に戻った気分で飲もうぞ」


「まあ、それも悪くないな。まったく、あんな餓鬼が今じゃ爺さんとは、時の流れってのは残酷だ」


 乾杯、とコップをぶつけて、二人はグイッと一気飲み。

 それを横で見ながら、アイはぼそりと呟く。


「……変わんないよね、二人とも。ま、私にはどうでもいいけど」


 酒会はその後、ギルベルトが酔いつぶれるまで続いたとか。

























  Re:Creator――造物主な俺と勇者な彼女――



  第二部 迷宮編


     ――END――

 

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