第四十二話 最終日 狂信者と魔神とパンドラの斬痕
報告者 No.1 <使徒八十八星座>所属 地獄の番犬座のリキッド・バール
『俺たちは舐めていたんだ。確かに八十階から難易度は跳ね上がった。即死系のトラップが設置されていたり、偶に出てくる強化された疑似魔獣は本当に強敵だった。
だが、日々精進してきた俺たちなら、進めないことはなかったんだ。即死系トラップは他のトラップよりも分かりやすく設置されていたし、疑似魔獣も連携すれば、倒せたんだ。
だから、だからこそ、俺たちは油断していたんだ。本当の地獄は、百四十階からだったってのに。
想像出来るかい? 百四十階に踏み込んだ途端、イ級の竜種が二体も居たんだぜ? アヴァロンでも一部の存在しか抗う事も許さない、イ級の竜種が。
それを逃げ場なんて殆どない狭い空間で、どうしろってんだ! 慌てている間にも、視界を埋め尽くしながら迫る二重の特殊吐息!! 回避しても身体の一部は持って行かれ、障壁を張ってもパリパリと割られるんだぞッ!! 本当にどうしろと! 俺なんざあの一撃で殺されたッ!!』
報告者が興奮のし過ぎにつき、報告終了。
報告者 No.2 <魔が討つ夜明け>所属 チセ・ノーバック
『百三十九階にまで攻略組で生き残っていたのは、確か千人ぐらいだったわ。最終攻略大隊に参加したのは千百人だったから、三階昇るのに百人も脱落したってことね。でも、そこで死んでいた方が楽だったと思うの。
そう、百四十階からが、悪夢の始まりだったのよ……。転移ポータルに乗ってみれば、目の前にイ級の竜が二体も居た。しかもそれを何とか潜り抜けても、その先では“名前付き”の魔獣が待ち受けていたし、アクティブトラップの大軍が待ち伏せていた。その後もそんな存在達が、本当に一々戦ってられない位に階層に溢れてたの……。
だからもう皆出来るだけ損害を抑える為に戦う事無く転移ポータルを探して一直線に向かって……ああ、ごめん、ごめんね。私だって見捨てたくて見捨てた訳じゃないの……だから、違うのよ、違うんだからぁ……』
報告者が泣き始めた為に、報告終了。
報告者 No.3 <使徒八十八星座>所属 御者座のカペラ・ロンド
『百四十九階の天獄エリアに入って、一番最初に思ったのは何だこれ、だった。すべすべと鏡みたいにまっ平らな黒い地面に、雲一つない赤い空。そしてどこからともなく聞こえる、低音で陰鬱なメロディー。天獄エリアは、その三つ以外は完全に何も無い空間だったんだ。最後一歩手前だってのにさ、拍子抜けしちまったんだ。
でも、だからこそ、俺は……いや、俺たちは気付くのが遅かったんだ。
そう、最初から気を抜くべきじゃ……ん? 何に気が付くのが遅かったかって?
そりゃ、空から降ってくる黒い滴にさ。黒い滴がな、前触れなく、ポタポタと降って来たんだ。でだ、服に付着した黒い液体はどうやら粘性が高かったみたいで、まるで何かの唾液みたいに、ネチョーっとしてて凄まじく気持ちが悪かった。色合いも最悪だったしな。だから、俺は指で拭ったんだ。拭っちまったんだ。
その後は、よく覚えてねェ。両腕がまるでスライムみたいにドロドロに溶けだした所まではハッキリと覚えてんだが、それが胴体部にまで及んだ時からプツリと記憶が途切れてやがる。
ただ、一つ言えるのは、俺以外にも黒い滴に触れた奴は、例外なく悪夢を見たって事だな……。
……悪いが、これ以上は気分が悪くなるから勘弁してくれ』
報告者の訴えにつき、報告終了。
他にも報告があるが、どれも似通ったモノであるため、最終決戦の映像に切り替えて報告を続行する。
◆ Λ ◆
「俺の腕が、俺の腕が溶けちまううぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで!! 来ないでったらァァァァァァァァァァァァ!!」
「俺の首が……首が取れちまったよぉぉぉぉ!! 首が、首がぁぁぁぁぁ!!」
「私の脚は……どこ? どこなのよぉぉぉぉ!!」
至る所でバタバタと人が倒れ、絶叫が轟く。エリアに響く低音で紡がれる暗いメロディーが、まるで絶叫を引き立てるかのように余韻を持たせる。
絶叫を上げるのに男も女も老人も若人も関係はないようで、叫んでいる者は皆、まるでこの世の終わりでも見ているような表情をしていた。
現在のように泣き叫ぶ人数が百人も集まれば、その光景は地獄絵図のようであると表現した方がいいだろう。
見ているだけで、恐怖の蛇に心臓を絡め取られそうだ。
「流石は、ラルヴァート様の精神汚染と言った所か」
阿鼻叫喚の中で、<セイバー>のコウスケの声が響く。
コウスケの視線の先には、百四十九階にある天獄エリアにまで到達した猛者達が唐突に、抗う術なく絶叫を上げながら崩れ落ちていく姿がある。ライフポイントの減少こそ見られないが、どうやら倒れた者全員が意識を失ったらしく、時間が経つにつれて次々とリタイア状態に移行し、光子となって外に転送されていった。
ココにいたるまでの様々な苦難を乗り越えて来たというのに、恐らくはたった一体の前に生き残りの三百人――いや、既に百人ほどが減ったので二百人だろう――が一方的に葬られ、釘付けにされているこの状況。
相手に対する憎らしさよりも、畏怖の念が先行するのも頷ける事だった。
「ココまで圧倒的だと、流石に反抗する気力も失せらーな」
<ランサー>のケイオスも、<セイバー>のコウスケの意見に同意を示した。
ココに来るまでに遭遇してきたイ級の魔獣達に感じた本能的な恐怖を抑え、倒れ逝く戦友を泣く泣く見捨て、疑似魔獣達が繰り出す圧倒的な攻撃を潜り抜いてここまで来た生き残りが、しかしまるでバケツ一杯の水をぶちまけられた砂の城のように呆気なく崩壊しているのだから、それも仕方ないと言えばそれまでだろう。
「とは言え、今の状況はラルヴァート様の事について何も知らなかったら、まず理解できる筈が無いのは難点ですね」
そして、二人の会話に割り込んだ<キャスター>のカノンは、飛行魔術で宙に浮きながら優雅に腕組みしつつ、率直な感想を述べた。
そう、今だ正常を状態を保つ残りのメンバーからすれば、眼前の光景はあまりにも理解し難いモノだった。
腕が溶けると絶叫していた男の腕は傷一つない完全な形を保っているし、来ないでと連呼する女が恐怖に染まった視線を向ける場所は、あらゆる機器を使っても何ら変なモノが検出されない、虚空である。
その他にも首が取れたと泣き叫ぶ魔術師の男の首はちゃんとついているし、脚が無いと訴えかけた女の脚だって何も問題らしいモノは見受けられない。どれもこれも言っている事と現実には差異があった。
彼らの言動と明らかに食い違う現実に、見ている者が頭を悩ませるのは必然的だと言える。
とはいっても、絶叫は絶える所か広がり続けていた。
上空から、ポタポタと黒い滴が降ってくる。
その速度に合わせながら侵食が広がっていくにつれて、流石に黒い滴がその元凶だとは何となく見抜いたまでは良かった。しかし天獄エリアは何も無い、だだっ広いことこそが最大の特徴だ。
何も無いという事は、距離感を測る対象が無いという事だ。そうなると、どうしたって滴を避ける事は難しい。
想像して貰いたい。自由落下してくる滴を避ける困難さを。
一応滴は少量でしかも狭い範囲にしか降ってこない事だけが救いだが、それでも滴を避け切れず、正体不明の症状に侵されている人数は増えていく。そしてあっという間に患者の数は二百人を超えた。
そしてその人数は、直接エリアからいなくなった人数を示している。
最終攻略大隊の生き残り三百名が天獄エリアに踏み込んでから、僅か三分未満。
エリアの主である、機玩具人形長男にして全領域対応型として製造されたラルヴァートは、姿を見せる前に二百人を強制排除したのである。
「主よ、我を許したまえ」
祈りの声が、静かにそっと周囲に浸透した。
そして、生き残りの人数が百人よりも少なくなってから、ようやくラルヴァートは姿を現した。
まず浮かび上がるのは、中空に浮かびカタカタと音を立てる一つの髑髏。人間のモノにも見えるが、しかし、その髑髏は闇のように黒かった。
ついで、黒と紫と白と赤の四種類の色で彩られた下地に、黄金のラインが宗教的な構造に沿って様々な意味を描き表す司教服が、まるで幻のように儚げに、髑髏の下に出現する。それ単体で見れば神々しくさえある司教服だが、しかしそれは今、何となくだが恐ろしいモノのようにしか見えなかった。
凄まじく、不気味である。
「抗う術も与えずに、我らが子らを葬りました事を」
司教服の裾から黒い骨で構築された手が伸びて、祈りを捧げるように重なり合った。
ラルヴァートの姿は、煌びやかな司教服を着た骸骨だったのである。白骨体だ。いや、黒いから、白骨ではない。
つまりラルヴァートの姿を噛み砕き、面倒な表現を削除して分かりやすく言えば、黒い骸骨が司教服を着ている、と言う事になる。
ポイズンリリーやウールブヘジン達とはあまりにもかけ離れた姿であるが、そんな事は実際どうでもいい事なのかもしれない。
ラルヴァートと戦わなくてはいけない者は、どうしたってラルヴァートの事が死神にしか見えないのだから。
■ Λ ■
嫌な予感はしていたし、予想だってしていた。百四十五階にフロアボスがいなかった時点で、ココ――最終階層である百五十階の一歩手前である、百四十九階に居るのだろうとは。
そこまで考えて、余計な思考を振り払った。
虚空でしかない筈のラルヴァート様の眼窩に、赤い光が灯ったような錯覚を覚えたからだ。
狙いを、コチラに定められた。
その事実に、ゾワゾワと蟲が全身を這ったような寒気が走る。
ラルヴァート様の本質がカナメ様の狂信者だとは当然知っていたが、ココまで狂った状態で対峙した事は、流石に無かったからだ。
「【狂おしき亡霊の涙】による生贄は主に捧げられた。ならば次は、【刻まれる獣の烙印】で生贄を捧げよう」
軽快な声音で紡がれ、ラルヴァート様の黒い骨で構築された手中に出現する一本の槍。手と同じで骨だけの足が一歩踏み出され、次の瞬間には、それが知覚できない速度で射出された。
幾百幾千、あるいは幾万もの亡霊で形作られた絶望をもたらす漆黒の槍が、とっさに横に傾けた首のすぐ脇を、かすめるように駆け抜けていく。
避けられたのは自分の実力ではなく、強化機人外骨格<アーチャー>に仕組まれた簡易予知システムの恩恵に他ならない。うっすらと槍が飛んでくる軌道が視界に映されなかったら、自分では全く見えなかった漆黒の槍に首を穿たれていただろう。
その事実に、さらに背筋が冷やされる。
だが幾ら強力な攻撃だろうとも、直撃しなければ問題は無い。先ほどの黒い滴同様、漆黒の槍に付加されている精神汚染の特性も、外骨格<アーチャー>の防御機能<価値ある戯れ>で防げるようだ。
現に算出されたデータでも、直撃さえしなければ漆黒の槍の精神汚染は僕を侵せないと提示されている。その事に一瞬だけ安堵を覚えるが、再び飛来して来る漆黒の槍の軌道情報が視界にぼんやりと投影された。
数が、一本から二本に増加している。
「――クソッ!」
飛来してくるだろう槍の軌道に、小さな舌打ちが漏れ出た。
一本は先ほどと同じく頭部を、もう一本は的が大きい胴体を狙っている。普段なら十数センチ動けばすむそれはしかし、五メートル級の巨人と同じ体格になっている今、普段よりも大げさに避けなければならなかった。
咄嗟に半身になって弾道から逃げようとするが、しかしそれよりも槍が飛来する方が僅かに速かった。
槍が直撃する。その直前に目の前を遮る大きな影。
金属と金属が衝突する甲高い音が響き、二本の槍が地面に転がる音が響いた。カランコロン、と転がって、槍は次の瞬間無散する。最早形跡すら残っていない。
当然だ。あれはラルヴァート様が内包している膨大な数の亡霊で造られた、質量が無いのに物質干渉できる槍なのだから。
「一切気を抜くな。気を抜けば、容易く殺されるぞ」
右手には巨大な剣を、左手には巨大な盾を携えし純白の騎士――<セイバー>がそこに居た。飛来した一本の槍は<セイバー>の盾に、もう一本も剣によって防がれたのだ。
あの速度の槍を叩き落とせる<セイバー>の実力を、改めて再認識した瞬間だった。
「すまない」
「構わん。お前は何時も通りの仕事をしろ」
「了解」
短いやり取りを終え、僕達は別れた。
<セイバー>はラルヴァート様に向かって、僕は距離を取るために後退する。
僕の機体<アーチャー>は遠距離戦特化型だが、近距離戦が出来ないと言う事ではない。しかし誰にだって役割と言うモノがある。
ラルヴァート様の周囲を高速で移動し隙を突く事で意識を削るのは<ランサー>の役目で、正面からぶつかり合うのは<セイバー>と<バーサーカー>の役目で、背後から虎視眈々と必殺を狙うのが<アサシン>の仕事。
上空は巨大な竜に跨る<ライダー>と単身で飛ぶ<キャスター>が蓋を閉めて、そして<アーチャー>である僕は、撃って撃って撃ちまくるのが役目だ。
「それでも勝てるとは、思い難いんだけど……」
果断に過激な攻撃がラルヴァート様を襲う。
まだ距離を取れていないので僕は参加できていないが、それでも現時点でイ級の竜種を圧殺できるだけの攻撃が仕掛けられているのは間違いない。残骸すら残らないのではないだろうか、とさえ思ってしまうような爆発に次ぐ爆発。
だが、それでもラルヴァート様が倒れるとは思えない。現に今も、震えが止まらないのだ。
そして何とか攻撃に最適な距離にまで到達し、止まって振り返ろうとしたその時――。
「止まるなアーチャー! 狙われているぞッ!!」
通信越しに仲間の激が飛ぶ。声の主は巨大な赤い槍を携えた強化機人外骨格<ランサー>だった。
そして僕は<ランサー>に言われるがまま、止まることなく走り続けた。
その後を追うように響く破砕音に寒気が走る。もし止まっていたら、間違いなく僕は精神汚染を受けて行動不能になっていただろう。
ラルヴァート様の精神汚染を直接叩き込まれれば、僕程度の精神はその中に埋もれて消えてしまうに違いない。それは恐怖だ。身体の怪我はココで負う事は無いだろうが、精神の傷は早々治るモノではないと、知っているから。
「こ――なぁくそぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ガリガリと脚で地面を削る事で機体のスピードを抑えて、片足で回る様にして後方に向き直す。
そこで地面に突き刺さり、霧のように霧散していく槍を目撃した。
しかし今は気にする事ではない。今は、戦う時だ。
両腕を突きだす。しかしアーチャーの手にはセイバーのように剣と盾を装備しているとか、ランサーのように槍を持っているという事は無い。弓兵と呼ばれているのに弓さえ持っていない、無手の状態の両腕。
しかし、武器が無いという事ではない。
それはただ単純に、アーチャーの武装は全身に内蔵されているからだ。
「ガンホー! ガンホー!! ガンホー!!!!」
突き出されたアーチャーの両腕の関節が音声コマンドによって固定される。次いで射撃の衝撃に備え、安定の為にぐっと腰を落とし重心を下げる。
すると強化外骨格<アーチャー>の両腕に内蔵されていたガトリング砲<GAU-9 アームストロング>の七つの銃口がせり出す様にして出現し、キュラキュラと音を立てながら高速で回転しだす。
そしてきらきらと輝く光の帯が、銃口から迸った。
銃口からは秒間七十発という驚異的な速度で、五十ミリの種々様々な属性弾が射出されていく。
迸る雷光、猛る業火、溢れる聖水、奔る風迅、その他様々な現象が属性弾によって引き起こされる。
戦車大隊ですら一瞬でスクラップに変えてしまうような圧倒的な暴力の嵐が、空間を占領しつつ標的に集約されていった。
だが――
「おお、主よ。憐れな子羊に救いの道を示したまえ」
属性弾のこと如くが、ラルヴァートによって弾道上に具現化された黒き門――地獄門に吸い込まれて消えていく。パンドラの攻撃の全てを防いでみせた能力だった。
しかしそれでもアーチャーの砲撃は止めない。仲間に微かな隙を造るために、と言う事もあるが、しかしその理由の大半はアーチャーの中身であるカネミツが、発砲中毒者だからだった。
「ロックンロオォーーーーーーール!!」
「ちょっとアーチャー、お黙りなさいッ。さもなくば纏めて消し飛ばしますわよ!」
「……カノンお嬢様。……馬鹿には何を言っても、無駄で御座います」
轟く銃声の中でさえ響く<アーチャー>の声に、<キャスター>が苛立ちに満ちた怒声を上げるが、それを従者の<アサシン>が諌めた。と言うよりも、何をしたって無駄な事に主の貴重な時間を使わせないための気遣いだった。
ちなみに、<キャスター>の言っている事は半分が冗談だ。半分が、である。
所変わって。
ラルヴァートが亡霊によって具現化した黒い剣と、宝具としてとある特性を持つ<バーサーカー>の剛腕が高速で衝突し合う。
激しい火花が飛び散り、一瞬の内に繰り返される幾十のやり取りによって中空に揺らめく灯火のようにさえ見えた。
ラルヴァートが現れてからもっとも長く攻撃を加えていたバーサーカーは、後方からやって来たセイバーの介入もあって、一休みと言わんばかりに下がった。
そこで――
「ふぁ~。ん~、眠いわねェ~。もう私寝てていい? 骸骨の姿をした“狂信者”状態のラルちゃんと本気でやり合いたくないしィ」
――と<バーサーカー>から通信が入った。本当に眠たげな声音だ。
「ちょちょちょ、そりゃないっすよバーサーカー。抜けられたら、ちょとキツイっすわ」
それに<ランサー>がいち早く反応を示す。
「えー、もう私本当に寝たいんだけど。カナメちゃんの血が飲めるならやる気も出るんだけどさァ、血を貰えないのに、今のラルちゃん相手にするとかホント、割に合わないんだよね。眠いしィ」
だがバーサーカーの中身であるジルは、それでも自分のペースを緩める事は無かった。
生真面目だから強く、または上に昇れる訳ではないと言う、悲しい現実のようだがそれは今議題にする事ではないだろう。
再び所変わって。
「クヒ、クヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
悪魔的な笑い声が上空から響く。
声の主は、ダイヤモンドのように輝く鱗を持つ、五十メートルほどの体長がある大型の西洋竜に跨る<ライダー>だった。
西洋竜の大きさからすれば五メートルもある外骨格さえ小さく見えるのだが、全身に狂気を満ち満ちらせるライダーは、本来の大きさよりも大きく見えた。
凶悪で強大で巨大で、恐怖を抱くべき竜を差し置いて、それどころか霞んで見えるくらいに、ライダーは全身に並々ならない殺意を宿している。一挙手一投足に至るまで、濃厚な殺意に沿って動かされている。
「クヒヒヒヒ。……<ヴェノメージア>、ブレス、ブチかましてよ」
主の命に従い、西洋竜の巨大な口腔から巨大なダイヤモンドの原石のようなモノが幾百射出される。
ライダーの中身であり、パンドラのぶっ飛び役担当リベア・ゼリッタの壊れっぷりは今日も一段と輝いていた。
とまぁ、そんな感じで。
◆ _ ◆
結末と言うか、今回のオチ。
ラルヴァートが現れてから、大体二、三時間後。端的に、包み隠さず言えば、攻略組は全滅した。
ラスボス的に君臨したラルヴァートのライフポイントを生き残った皆々で悪戦苦闘しながらも五割削ったまでは良かったのだが、そこからが本当にきつかったのだ。
五割を切った瞬間に使用されたのは、様々な特性を持つ空間を生じさせる時空間宝具<七つに別けられし地獄>。
そして今回は邪淫地獄、大食地獄、貪欲地獄、憤怒地獄、異端地獄、暴虐地獄、反逆地獄と七つに分類された中でも、ある意味最も極悪な反逆地獄が選ばれた。
反逆地獄では、消費したエネルギーが外部からしか再充填――主に魔術などによる回復など――できなくなる特殊な場所で、自己回復能力などは無効化される場所である。体力も、減れば減ったままで一向に回復しないのだ。ただ、消費し続けるだけである、
それに何よりも、極寒の大地である。ただ立っているだけで体力は奪われ、動きは鈍り、思考は停止して安らかな眠りに至ってしまうような地獄だ。
よって生身であるという事と、体力を回復出来ない為にパンドラ以外の者はバタバタと倒れ、外骨格を着ている事で極寒の風に晒されなかったパンドラ以外のメンバーは早々に退場した。
とはいえ、パンドラのメンバーも生物だ。動けば動くほど体力は減り続けるし、キャスターの回復魔術も外骨格のエネルギー源であるダークマターが切れればそれまでである。
本来なら一年ほど交換せずとも問題は無いのだが、今回は固有概念装備をこれでもかと言うほど連続して使用していた事で、消費が著しい。本来なら、とっくにエネルギー切れでゲームオーバーになっていても可笑しくは無かった。
しかし、アーチャーの固有概念装備でもある<物質具現化>でダークマターを生成する事でその問題を何とか解決、というか騙しながら戦った。
そしてようやくラルヴァートのライフポイントを二割にまで減らした、その時である。
ラルヴァートが真の能力を開放した。
その後は、圧倒的だった。
<セイバー>を更に二メートル程大きくし、身の丈ほどの大剣を持たせ、そしてカラーリングを黒と赤で染め上げた様な剣王・アスモデウスが召喚された。
<キャスター>のように紫と黒で染め上げられたドレスを着て、上空を飛ぶ西洋竜と同じくらいの大きさはある西洋竜に乗る魔術師の美女・アスタロトが召喚された。
<ライダー>の竜にも負けないほどの巨大な火車に乗り、空を舞う天使を彷彿とさせる炎の翼を生やした紅の欺瞞者・ベリアルが召喚された。
<ランサー>のようにラバースーツのような特殊甲冑を着た、黒と青で染め上げられた三面八臂の槍の王・バエルが召喚された。
<バーサーカー>のように金属のような肉体を持ち、更に一回り大きくさせた体躯を持つ、黒と金で染め上げられた剛力無双の破壊者・アモンが召喚された。
ラルヴァートと見比べても遜色ない性能を持つ、五体の魔神達が、騒然と並ぶ。
戦力差を一気にひっくり返した瞬間だった。
最早、アホらしいと言ってもいいだろう。
もう、何も言うまい。
その後は、流石のパンドラも気持ちが折れた。いや、折れる折れない以前に、抗う術を失った。
七対一でようやく、時間をかけてコツコツ削って来たのに、最後の最後で七体六。勝てる要素が無かった。
よって、攻略組は全滅したのである。
と、こんな感じで、此度の迷宮攻略イベントは終幕を迎える。
そして此度の最終報告を、終了とする。