第四十一話 描かれた絵画と悟る男
あえて仄暗い光量に調整された城の一室で、様々な情報が提示されているスクリーンが一際輝きつつ、円卓の上に表示されていた。
そして円卓を囲むようにして、数名の男達が密談を行うために集まっている。その顔触れは誰も彼もアヴァロンの重鎮ばかりなのだが、それ以外にも共通している事があった。
どこからどう見ても悪人顔であるという事と、何となくヤラレキャラ的な雰囲気を纏っているという点である。それと欲深で、知恵が回るからこその驕りを滲ませていると言う事も、共通点として上げられるだろう。
そして彼らはアイデクセスのレアスキル<扇動者>によって味方となったのではなく、自らの意志によってアイデクセスに着いた者達でもある。
そんな集まりの中で最初に声を出したのは、この密談の主催者でもある、左大臣アイデクセス・グラッドスートゥンだった。
「ふむ、概ね計画通りではあるな」
一番近くに投影されているスクリーンを掴んで引き寄せ、書かれている情報を読み、アイデクセスは静かに頷いた。予定より若干遅いペースではあるが、しかし計算外、と言うほどでもない。
今日で迷宮攻略イベントの二日目が終了し、残すところ後一日となっているのだが、それでも攻略組は何とか百三十六階にまで到達する事が出来ていた。無論、その為に払った犠牲は決して小さくは無いモノではあるが、しかし残り十四階層という数を考えれば、物量で押せばどうにか突破できそうな感じではある。
とはいえ個人の意思を尊重する国風があるアヴァロンだけに、命令を無視して勝手な行動を示す者が多々居たので計画は修正しなければならないだろう。
ちなみにそのいい例が、二日続けて八十五階鉄血エリアに君臨するウールブヘジンに挑戦している水瓶座のアリエスと、偉大なる黒い男事レオナールが率いるデルタ・セブンの面々だった。
それと何故かそれに加わっている牡羊座のメサイアもそうである。
彼らの動向を計算し、計画の修正も含めて今後イベントが終了したらどうするかを今回の議題に据え、この密談が誰かにばれない内に素早く計画と事後処理の打ち合わせをしなければならない。
とはいえ、概ね計画通りの攻略ペースに満足そうな笑みを浮かべてしまうのは仕方がない事ではあるだろう。笑みを浮かべたまま、アイデクセスは共犯者達の顔を見まわした。
アイデクセス同様、誰も彼も勝利を確信したかのような笑みを浮かべている。
「まさにでありますな、アイデクセス殿」
「いやはや、アイデクセス殿の堅実な作戦には感服いたしまする」
「まさしく。いくらカナメ王とは言え、今回のは失策でしょうな」
口々にアイデクセスを称賛する言葉を言い連ねる参加者達。
しかし誰も彼も眼は笑ってはおらず、皆分配される利益に思いをはせているのだろう。
それに若干の苛立ちをアイデクセスは覚えたが、彼らの協力なくしてアイデクセスの思い描く未来は実現できない。個人でそれを成すには、アイデクセスでは悔しい事に力不足だからだ。
――欲に駆られた愚者どもめ。
と内心で抱いた感情を、アイデクセスは捨てた。
大きな事を成すには他者との協力が必要不可欠だ。
そう、カナメのように個人で国を造れるほどの能力を持たないアイデクセスにとって、本心では気にいらない者達でも使わなければ何事も成就できないのだから。
アイデクセスは素早く思考を切り替え、最初の議題を提示した。
「所で、<不接触の禁箱>の連中はどうしている?」
口に出したのは、アヴァロン最強の殲滅部隊<不接触の禁箱>の事だった。
この二日間彼らは最前線にまで昇る事は一度もせずに、下位の階層で指定された疑似魔獣を一定数殲滅すると言った定番のモノから、特定条件をクリアする事によって入手できるレアアイテムを依頼主として設置されたアバターに納品し、それの報酬としてレアアイテムのグレードアップ版であるユニークアイテムを入手できるなど、様々な主旨で構成されたクエストを受注してはクリアしたり、飽きたら昼寝したりと遊び呆けていたのである。
もし彼らが最初から真面目に攻略に乗り込んでいてくれたら、二日目で百四十階以上には到達出来ていたのは間違いない。むしろ最上階にまで達していたとしても不思議ではないのだ。
だがしかし、彼らは本当に自由人ばかりなのだ。それに加え、攻略を行わないのは彼らの人生の経緯によるというのも理由の一部ではあるだろう。
<不接触の禁箱>のリーダーであり、バランスの取れた万能型である強化機人外骨格<セイバー>を操るコウスケ・サガラを筆頭に、機人・魔人――人間よりが機人、魔族よりが魔人型に乗る決まりだ――の両種合わせて外骨格最速の<ランサー>たるケイオス・ヘンリッタ、遠距離からの飽和砲撃を主とする<アーチャー>のカネミツ・コンゴウ達“三騎士”は王に命を拾われた経緯からして、あえて参加しなかったのも当然の事だとは言える。
そして強化魔人外骨格<キャスター>を操るカノン・カーデルベルク嬢は元々規則を無視する事が多い雷遊族のお姫様であり、隠密に特化した<アサシン>のメル・メルル・メルはカノンの従者なので当然ながらカノンに付き従い、魔獣使いの<ライダー>であるリベア・ゼリッタはそもそも魔獣を積極的に攻撃する事を良しとせず、外骨格中最強の攻守を誇る<バーサーカー>のジル・サンタリオはほぼ寝ているという有り様だった。
彼ら七名の実力は確かであるし、外骨格を脱ぎ捨てたとしても充分戦力たり得る。しかしそれと引き換えにとてつもなく操作し難い彼らに、アイデクセス達も手を焼かされていた。
デルタ・ワンの名称を与えているというのに、それに功績が上乗せされていない。
もしこのまま彼ら七名が一度もやる気を起こす事無く、この二日間と同じく遊び呆けるのかどうかで、計画の修正も大幅に変わる事になるだろう。
アイデクセスの質問に、丸々と太りそのうえ剥げ頭の六十代後半だろう男が手を上げながら答えた。
「それについてなのですが……」
「まさか、このまま参加しない気なのか?」
歯切れの悪い返事に、アイデクセスは焦りを覚える。
もしそうなら、最悪の事態を想定した計画に切り替えなければならない。そうなると、迷宮を攻略出来る確率が減少する事は間違いなかった。
「いえ、どうやらやっと参加する様なのですが」
「……そうか、で。さっきから歯切れの返事はなんだ?」
「それが、その……『戦力分散など下らん事は止めて、一点に集中させろ。さもなくば、百四十階からは俺達以外まともな戦力として機能せん。祭りだから最後くらい参加してやるが、ただ一言だけ言っておく。お前たちはカナメ様を侮り過ぎだ』、と<セイバー>のコウスケより伝言がありまして」
「…………」
伝言を聞き、アイデクセスは沈黙する。
<セイバー>のコウスケに言われるまでも無く、様々なルートの発見の為に分散していた戦力は集中させるつもりだった。ダンジョンの下層は様々なフィールドやステージがあったものの、上層に上がれば上がる程ルートの数は減少していく仕組みになっているのは、承知の上だ。上がってくる情報が、それを裏付けている。
だから戦力を一点集中させて全滅と言う最悪の事態を避ける為に五十もの分隊を造り、一斉に様々なルートで攻略を試みさせたのだ。
だがそれも最早意味を無くしているのもまた事実。これからは一か二、多くて三、四のルートがいい所だろう。そんな状況で戦力を分散しても、確固撃破される恐れがある。
戦力の逐次投入など唾棄すべき愚策。強敵が待ち受けていると分かっているのだから、最大戦力でそれを撃破する方が現実的だ。
だから<セイバー>のコウスケが言っている事は正しいし、それに反論する気は無い。
しかし問題は、最後の一言だった。
<セイバー>のコウスケは知っているのか、あるいは感づいているのか。そのどちらでも構わないが、アイデクセスがやろうとしている事を把握しているんだぞ、と脅しているようなモノだった。
それに対しての対応策を、考えねばならないだろう。
「どうしますか、アイデクセス殿」
「……まだハッキリと言えんが、とりあえずカナメ様に傷を負わせる、あるいは貶めると言った類の事はできん、と言う事だな」
「……でしょうな」
<セイバー>のコウスケはカナメ様を慕い、自らの命でさえ望まれれば差し出すほど、忠誠を誓った男だ。もしカナメ様を殺しでも――到底殺せるとは思えんが――すれば、まず間違いなくコチラが殺される。
だから、カナメ様に手を出す事はできん。とはいえ、アイデクセスには初めからそのような気持ちは初めから無かった。
あくまでもアイデクセスが望むのは、アヴァロンによる世界統一と、世界全体のレベルアップにあるからだ。そしてその先にある、恒久的な平和。
自らの益よりも、より多くの者に恩恵が与えられる世界にしたいという、幼き頃より抱いてきた、ささやかな夢。
それをアイデクセスは、叶えたかった。
「――チ」
小さな舌打ちをした音が、アイデクセスの聴覚を刺激した。
音がした方を見れば、そこには十数年前に亡命して来た老人の姿がある。かつてその国の有力な貴族の頭首として、国の経済を裏から操っていた男だったはずだ。有能だったからこそ今の様な地位に着いているが、着飾られた服程度では隠し切れていない本質的な醜さが、アイデクセスは嫌いだった。
とはいえ、男の隠蔽技術は他の者には見抜かれた事は数えるほどしかない。それを見抜くアイデクセスの能力が高いという事である。
その男を、アイデクセスは意識して観察した。意識を集中させると、自然とレアスキル<思考傍聴>が発動する。
そして脳内で響く、男の心の声。
『くそ、忌々しい化物を殺す機会だったというのに。これではまた、機会を待たねばならんではないか』
それは普段隠していた本音だったのだろう。しかしこの状況で今まで気を抜くことなくひた隠していた男の本音が、思わず出てきたに違いない。それをアイデクセスは眉一つ動かす事無く聞いた。
その内容に対して握り拳を造りそうになりはしたが、培ってきた経験で実行させない。筋肉の収縮を、自らの意思で拒否する。
意識的に一度大きく深呼吸し、アイデクセスは精神を落ちつかせた。
今は、男を是正する時ではない。
先に決めなければならない事が他にある。
一旦思考を切り替え、そしてそこで、アイデクセスは言い知れぬ違和感を覚えた。
(何故、コイツが何事も無く放置されているのだ? カナメ様ならば、見抜いていても可笑しくは……)
違和感を言葉にして、アイデクセスの脳内で一つの絵が完成した。
もしそうなら、何と滑稽だろう。愚か過ぎて、笑うしかない。
だが、それも自らの役割として与えられているというのなら、最早逃げる事は出来ないと、アイデクセスは答えを導き出した。
だから、どうせ逃げられないのならば全力で足掻こうと、静かに誓いを立てる。
「とりあえず、参加するのなら良しとしよう。次の議題だが――」
せめて一筋の傷でも負わせるべく、アイデクセスは密会を進行した。
そうすることこそが、自らが行うべき最善だと思ったからだ。
■ Д ■
「飯ウマ!」
本日のイベントが終了し、晩御飯を食べる為にセツナと談笑しつつ、数歩後ろにポイズンリリーを引き連れながら城にある一部の者専用の食堂に向かった。食堂は執務室からほど近い場所に造っているのですぐに到着し、その扉を俺が開いた時初めに聞こえた声がそれだった。
は? と小首を傾げた俺を余所に、ポイズンリリーが先んじて入室。セツナは止まった俺を不思議そうに眺め、その困惑したような瞳で俺のハートはドキンドキンだぜい。
「馬鹿な思考は止めて、通常思考に復帰して下さい」
展開された手首から一瞬で電動ビームハリセン【毒付加式】を取り出して、眼前でちらつかせるポイズンリリーの朗らかな笑みにカナメは一瞬で正常な状態に復帰した。
後コンマ一秒でも遅かったら、躊躇なく振り落とされていたに違いない。現にポイズンリリーは少々がっかりしながら電動ビームハリセン【毒付加式】を収納した。
その事実に演技ではなく実際に震えてから、カナメはようやく食堂内の先客が誰なのか見た。
見て、再び小首を傾げる。
「どうしてフェルメリア達がココに?」
「私はセリアンに連れられて……というか、セツナ。口に出せないような事は、何もされていませんわよね? 嘘偽りなく、無事ですわよね?」
「セツナ様、とっても会いたかったです」
二日ぶりに会う面々に困惑しつつ、セツナは質問した。それに反応してフェルメリアが答えつつ立ちあがって質問を返し、それを無視する形で小さな魔術師の女の子であるパティーはセツナに抱きついた。セツナは困惑しながらも優しくパティー嬢ちゃんを抱きしめ返す。
羨ましいと微かに思ったが、それは置いといて。
そう、先に食堂でホカホカと出来立てだろう湯気の立つ白米や、食用に地下で育てられている魔獣の霜降り肉や、これまた地下で栽培されているカナメ製の野菜などで造られた晩御飯を喰らっていたのは、セツナと一緒に連れて来たフェルメリア姫御一行だったのである。
とりあえず言っておくが、他国の姫様あるいは皇女様、王子様に皇子様がアヴァロンの技術や様々な技術を吸収し、勉強する為に留学してくる事が珍しくは無いので、姫というブランドは希少価値、と言う訳でもない。まあ、それなりに、だ。
ちなみに、姫あるいは皇女の中には政略結婚として俺に嫁いできた者も少なからずいるが、これは蛇足だろう。話が逸れるので今はこの事の詳細は秘匿しておく。
で話を戻すが、本来この食堂は他国の姫様が入ってこられる場所ではない。ココは俺か機玩具人形と上層部の一部だけが使用できる場所なのだ。まあ、招待すればその限りではないが。
とはいえ、普段はほぼ俺か機玩具人形しか使用する事の無い、ある意味家族の為のダイニング的な場所がココに当たる。
なのにココに来たばかりのフェルメリアが、しかも護衛全員を引き連れてココで、食事をしている。
最初の声を上げたルシアンは、今も美味い美味いと嘆声を上げていた。
「……どういう事だ、セリアン。なんで連れて来た」
こめかみを押さえながら、カナメは黙々と背中を向けて食事しているウサ耳娘を見つめる。
フェルメリアがココに居る原因で間違いない、セリアンスロピィがそこに居た。
ピコピコとウサ耳が動く。だが顔がコチラを向かない。コイツ、俺が頭撃った事まだ根に持ってやがるな、と直感する。
だがしかし、お前の事は熟知しているんだと、内心で高笑い。
「ふむ、どうやら答えたくないらしい。リリー、久しぶりにセリアンをお仕置き部屋にれ……」
「おっと~~ッ! なんやいきなり口の中の食いモン無くのうて、バッチリ喋れるようになったなぁ~」
カナメの策とも呼べない策によって、セリアンスロピィが沈黙を続けたのも少しの間だけだった。
「いいのですよセリアン。そのような無茶をしなくても」
「い、嫌やなァリリー姉さん。無茶なんてしとれんて」
凄く残念そうな表情でポイズンリリーがセリアンスロピィに笑みを浮かべながら近づき、セリアンスロピィは冷や汗を流しながら後退する。
上下関係が一目で分かる二人の姿や、話しこむセツナとフェルメリア達の姿を流し見しつつ、もう面倒だから先に飯を喰うかと、カナメは一人、自分専用の椅子に座った。
「久しぶりに、賑やかな食事だ事で」
賑わう場を観察しながら、カナメは箸を動かした。