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第四十話  二日目 狩人カナメと紅茶のほにゃらら

 誰も見ていないのは分かっているが、無駄に格好をつけながら口で安全ピンを引き抜き、獲物達が居る室内に音響閃光弾スタン・グレネードを投げ込む。

 で、部屋の外で耳を塞ぎ口を開けて数秒後に炸裂するまで待つ。

 これは思いっきり正面突破なんて馬鹿で愚鈍――いや、正面突破を全否定しているんじゃなくて、あくまでも俺個人の考え方なのだが――な事はせずに、音響閃光弾スタン・グレネードの不意打ちで正常な思考と咄嗟の行動を封殺する効率重視な戦術だ。

 正面突破する際のリスクや、労働の面倒臭さや装備とかを総合的に計算し、導き出したモノである。


 ってことで、最初の攻撃は、そんな感じで始まった。


「うわ、何だこれ!」


「あ、……逃げッ!」


「へ? それって……」


「なッ……んでそんなもんがッ」


 等々遠くで聞こえた気がしないでもないが、直後に音響閃光弾スタン・グレネードが炸裂したので完全に何も聞こえなくなった。

 ドキャン! と鼓膜が破れそうなほど大きな音と、目を閉じていても分かる程の閃光が室内から放出される。予めそれに構えていたので動きが鈍る事は無く、突入するタイミングを伺い、大丈夫だと判断するや否やカナメは素早く室内に侵入していく。

 屈む事で小さくなりつつ細かく脚を動かし、攻撃に適したポイントを陣取ろうと場所を探して周囲を窺う。

 一応背後から攻撃されないように壁を背にしながら移動しつつも、手に持つP90サブマシンガン<一射千殺キム・クイ>の銃口は真っ直ぐ獲物達に向けられたままで、咄嗟に反応できるように指もトリガーに添えていた。

 心配性なので出来るだけ万事に素早く対処できるようにしていたいという、カナメの思考がその挙動に現れていた。ドキドキと鼓動が高鳴り、精神が研ぎ澄まされていくような感覚をカナメは感じた。

 とは言え、やはりそんなに心配する事は無かったようだ。


 獲物の人数は十一人。


 見た目から察せれるのだが、どうやら学生だけで構成されたパーティーらしく、唐突に起こった異常事態に訳が分からずに倒れて丸く蹲っていたからだ。一見すると無様にも見えるが、これは強烈な閃光と爆音を聞かされた生物が本能的に行う行動だ。

 だから、彼らの行動は仕方ないことである。そもそも、不意打ちだし。

 しかし蹲っているのが十一名全員ではなく、九名だけだったのは完全にカナメの計算外の事だった。

 それにカナメは若干の驚きを見せる。きっと顔にも出ていたに違いない。

 音響閃光弾スタン・グレネードは至近距離で喰らえば、小型爆弾と同じくらいの威力があるとされている。それを耐えたってのはマジすげぇ。というか、十一人中二人も立っていられるのは上出来過ぎだろ、とカナメは声高々に叫びたくなった。

 でも、二人は立っているのがやっとのふらふらな状態だった。

 ギリギリ倒れていない、そんな感じである。

 やはり優秀とはいえまだまだ学生の域を出ていなかった。驚きはしたが、一人前になるには、まだまだ訓練せねばいけないねー。とは思う。


 が、そもそもが結構な無茶振りなのは確かなんだけれども。


「すまんねぇー」


 とりあえず軽く謝罪してから、最初の標的は立っている二人の内、近くにいる猫耳と近接格闘能力が高いという種族的特徴を持つ荒猫ツァンティ族の青い双剣を持った少女に狙いを定める。猫のような愛嬌のあるかなり可愛らしい子だが、それだけでトリガーを引くのを迷うなんて事など、決してあり得ない。


 敵なら殺す。

 殺すと決めたら殺す。

 殺される前に殺す。


 その覚悟が、決意が、こだわりがカナメにはあった。

 そう決めてこれまで生きて来たし、殺さないと大切なモノを護れないとカナメはよく知っている。だから、迷う事はない。だから、銃爪トリガーを引くのに躊躇いは絶無だ。

 そもそもこの程度の事で躊躇ためらうのなら、最初からこんな行動自体起こそうとも思わない。

 それに、ココで死んでも現実では死ぬ事が無いのだから、躊躇う必要性なんてそもそもないのだ。

 ってことで。


「バイバイ嬢ちゃん」


 短い別れの言葉と共に、カナメは<一射千殺キム・クイ>のトリガーを引いた。

 <一射千殺キム・クイ>の銃口からは火薬を使った実弾ではないので本来ならでないのだが、無いとそれはそれで何だかさびしいと思ったので、演出としてマズルフラッシュが迸る。でもそこに煩わしい銃声は無かった。全くの無音で、あくまでも演出そして出たマズルフラッシュだけが、窒素弾が撃ち出された事を示している。

 <一射千殺キム・クイ>本体には光学標準スコープが取り付けられていないが、しかし照準はバイザー越しに見える少女の眉間に紅点として表示されている<着弾予測点バレットポイント>で合わせているので、窒素弾が外れる可能性はかなり低い。

 この紅点はカナメだけに見える、レーザーサイトのようなものだと思ってくれればいい。詳しい説明は省略する。そんな機能がバイザーにあるとだけ理解すれば十分だ。

 そして、圧縮された一発の窒素弾は狙い違わず猫耳少女の眉間を捉え、至近距離だったので窒素弾は彼女の肉を穿ち骨を砕いて、会心の一撃が少女の脳を破壊した。

 少女の眉間には指が入ってしまいそうな孔が出来てしまったうえに、ヘッドショットによるクリティカルヒット補正で窒素弾がもたらすダメージ値は倍増。結果満タンだった少女のライフポイントが消失する。

 人が死ぬなんて、酷く呆気ないものだった。

 力を失って、グラリ、と少女の身体が傾いていく。

 ゆっくりと崩れ落ちる少女の偽身体アバターが灰色に変色していく様子は、どこか非現実的な映像だな、と思わされる。しかしカナメはそれ以上の感想を抱く事はなかった。


 カナメが撃って、少女が殺された。ただ、それだけだから。


 ちなみに、何の抵抗も無く女の子の顔を狙って撃ちはしたが、出来るだけ顔を傷つけないために配慮して、一発だけ弾丸を撃ちだすタップ撃ちにしている。なので、これ以上は我慢して貰いたい。

 顔の原形留めているだけマシだと思う。

 フルオートとか、三、四発の弾丸を放つバースト撃ちなら目も当てられんようになるしね。非致死性が高いとはいえ、三メートルも離れていない至近距離なら窒素弾でも人体には孔が空くとげんに証明されている。だからそれを考慮しての、タップ撃ちである。


 殺すにしても性別で扱いを変える。これもカナメが持つ、こだわりの一つだった。


「ア、アイカーーーーッ!!」


 もう一人の蹲っていない、短槍使いの少年が声を張り上げた。

 少女同様フラフラな状態だが、しかし眼には活力が戻ってきている。目の前で少女――反応からして好きだったんじゃね? と推察してみる――を失った事に対する憤怒の意思が、少年に宿るのをカナメは感じる。

 少年の見た目は人間だが、半人半魔ハーフやクォーターといった混血が国民の大半を占めるアヴァロンでは、見た目だけでは個人の大雑把な能力を測るのは難しい。だからパパッと便利レアスキル<断定者>で少年の情報を収集して、ああこの少年危険だー、とカナメは結論を出した。

 彼、アダージュ君は予想通り半人半魔ハーフで、父親が誰かに復讐する際に最も能力が高まる面倒な魔族――狂鬼アビント族の一員らしいのだ。しかも父親は混じり気の無い純血種だからその特性が特別濃厚で、その血はもうバッチリと少年に受け継がれていた。


 だからこの子の将来が楽しみだなー、とは思う。今後のいい戦力になりそうだし。

 でも今はそんな考え持つ時じゃないか、とも思う。厄介なんだよね、我が身省みないで暴走列車ばりに突っ込んでくるからさ、彼ら。


 ハッキリ言って、どうやら最初に撃破するべき対象を見誤ったようである。ガッデム。

 とは言え、特攻して来てもまだまだアダージュ君は未熟な学生な上に、カナメは強化外骨格【突撃馬鹿十三代目】を着こんでるから全く敵ではない。のだけれど、アダージュ君が化身――魔族の本来の姿。例えを出すと、人狼族なら普段は犬耳と尻尾を持つ人間だが、化身するとヘジンのように完全な狼男、あるいは狼女の姿に変わる――とかしたら、ちょっと面倒な事になる。

 簡単に要所を摘まんで言えば、ちょっとアダージュ君が死に難くなったりとか、狂鬼アビント族特有の特殊能力を持つとか、そんな感じで。

 それにあまり時間をかけ過ぎても、折角音響閃光弾スタン・グレネードで一時的に無力化した事が無駄になってしまうだろう。

 なので、こういった時はパパっと終わらせるのに限る。

 ココで、レッスン・ワン。


「チキショウッ! 許さな――」

  

「叫ぶ暇があったら動きましょう」


 短槍を構えやる気に漲ってきたアダージュ君を、若いねー俺にもそんな時があったさー、とカナメは昔を思い出しながらも、しかしあざ笑った。

 あんな熱血を忘れて久しいカナメとしては、今のアダージュ君の瞳はあまりにも眩しい、のは事実ではある。

 とは言え、現実は残酷だ。戦場では、実力差がそのまま生死に直結しているのだから。

 まあ、一応運もあるけれども、運も実力の内である。


「大切なモノを護りたいなら、さ」


 微笑から一転してカナメは無表情に変わり、バックパックから生える左側の補助腕具サイドアームに、軽機関散弾銃の銃爪トリガーを引かせる。狙いは大雑把で適当極まりないが、弾丸は広範囲を巻き込む散弾なので問題はなかった。

 

 ドガガガガガガガガガッ!! ――それはまるで空気を切り裂くような咆哮だった。


 軽機関散弾銃に装填されているは実弾なので、<一射千殺キム・クイ>のように演出ではなく、実際にマズルフラッシュが迸り銃声が轟く。銃声と共に一瞬だけ煌めいたマズルフラッシュの後で、紅蓮を纏う破壊の息吹は石造りの部屋を無慈悲に蹂躙していく。

 飛び散る散弾によってまるで風船が弾ける様に、少年の身体が無残に壊し尽くされた。腕が千切れ、脚が千切れ、全身には孔ばかりが増えて、やがては上半身か下半身かも判別ができなくなった。驚愕に歪む頭部はスイカのように爆散する。

 銃撃が止むと、完膚なきまでに破壊されたアダージュ君の偽身体アバターはまるで初めから無かったかのように光子となって霧散した。――蘇生不可能状態だった。

 そしてそれだけではなく、軽機関散弾銃から飛び出た散弾は床に蹲って動けないでいる少年少女も巻き込んだ。当然動けない少年少女らが逃げれるはずも無く、散弾をまともに喰らって短槍使いの少年同様、哀れにも残骸を残す事無く光子となって消滅していく。

 たった一射だけで、五名の偽身体アバターが消えた。

 生き残った子たちも、大小の違いはあれど余波を喰らって怪我を負っている。軽機関散弾銃の一撃は、まさに圧倒的だった。

 ただ、それを面白く思わない男が居た。手応えが無さ過ぎて、逆に退屈なのだ。

 当然そんな余裕があるのは、カナメだけである。


「あと四人だし、近接戦闘(CQB)行ってみようか」


 カナメは意識を接近戦用に切り替えて、<一射千殺キム・クイ>のヒートブレードを起動させるスイッチを入れた。銃口の下にある半円を描く刀身が赤みを帯び、ヒートブレードの特徴とも言える輻射熱が生じ、準備は完了した。

 それを確認したカナメは<一射千殺キム・クイ>を右手だけで保持し、空いた左手で腰にある超振動ナイフを逆手で引き抜いた。柄にあるスイッチを入れると、ブブブブブブ、とナイフ自体が高速で動き、独特な振動音が聞こえてくる。

 その音が、何だか心地よく感じられる。手を振わせる振動が、早く斬れと、囁きかけてくるようだった。


「ああ、久々にいい感じだ」


 ついでに補助腕具サイドアームが持つ十二連装ロケットランチャーと軽機関散弾銃はバックパック内の亜空間内に収納して、その代りに予備としてバックパック内に収納していた超振動ナイフとヒートブレードを装備させた。

 それから試しに補助腕具サイドアームを縦横無尽に動かしてみて改めて思ったが、本来の腕では関節の構造上決してあり得ない軌道を取れたり、より速くより正確に動かせるのは、仕方が無いかと諦める。精密な動きで、機械には勝てないのは当然だった。

 それにしても、四つ腕のナイフ使いとか、結構接近戦だと洒落にならないと思うが、まあいいか。


「――ッツウ……クソ、何が在った」


「気を、つけろアラン! 近くにいるぞッ」


 蹲っていた生存者もようやく回復しだしてきたみたいなので、一番近くにいる一本角を額から生やした角呼ラインホート族の少年に近づいて、脚を狩りとる様なローキックを一発。

 カナメの元の身体能力だったら逆にダメージを受けてしまっただろうが、強化外骨格で補強されているその一撃は容赦なく少年に多大なダメージを負わせる。

 ライフポイントは一割ほど消失したが、しかし感触から察するに、骨折とまでなっていない。


「――ッチ」


 流石に硬皮を持つ角呼ラインホート族だな、と折れなかった事に感心しつつも苛立ちは小さな舌打ちと成って零れ出た。


「イッツ――テェええええ!!」


「その程度で吼えるな。それと戦場では油断しない、多少の痛みも我慢する。それにそもそも大原則として、戦場では常に気を張り巡らせるってのが有るんだぞォ」


 崩れ落ちた少年に、カナメはあえて嫌らしい笑みを浮かべながら超振動ナイフで腕や脚を切りつけたり、ヒートブレードの熱で皮膚を焙ってみたりと、外道な事を実行してみる。

 でも致命傷は与えない。安易な救いを与えてもいけない。これは一種の稽古でもあるからだ。

 何の? と聞かれれば、返答に困るのは仕様です。

 とりあえず戦争と言っていれば乗り越えられる気がしたとかしなかったとか。


 しかしやっぱり、悪役ヒールって面白いよなぁ。


 なんてカナメが無駄な考えをしつつも少年をイタぶっていた、そんな時だった。

 

「誰だか知らんが、アランから離れろォー!!」


 背後から生き残った一人――声からして少年だろう――がカナメに迫る。それをバイザーに投影されている後方映像で確認したカナメは、目の前の少年を虐めるのを止めずに、背後の少年を左右の補助腕具サイドアームが持つ超振動ナイフとヒートブレードを交差させて迎え撃つ。

 ぐるり、と補助腕具サイドアームが少年の正面に動く。右腕は左腕に、左腕は右腕になる。

 少年が手にする獲物は、刀身が赤い巨大な戦斧だった。常に高熱を纏う為に取り扱いの難しい金属として知られる、灼炎鋼エルドランで造られた少年の戦斧は、轟、と唸りを上げながら振り落とされる。

 二メートルほどの長さがある戦斧は振りまわされる遠心力とその重量、そして魔術とスキルで強化された少年の膂力が加わって相当に速い。普段のカナメなら、捕捉して受け止めたとしても押し潰されていたのは間違いない。

 しかしそれは普段ならで、【突撃馬鹿十三代目】を着ている今は問題なく受け止められる。

 人造筋肉の補助は戦斧を受け止めるのに必要なエネルギーを生み出す為に、その密度を膨張させた。


 そして衝突。


 ガチギギンッ! と金属と金属がこすれ合う耳障りな音が響いた。


 しかしそれも一瞬の事。


 カナメが直々に製作した超振動ナイフとヒートブレードは、高熱を纏う戦斧をまるでバターのように切断し、三つの塊に分断する。カランコロンと分断された二つの金属片が転がり、少年は愛斧の無残な成れの果てに絶句した。

 それを見つつ、だから戦場で油断するなって言ってるのに、という意味を込めて小さく舌打ち。

 補助腕具サイドアームが持つ超振動ナイフが、少年の首を狩り切ろうと振り上げられる。

 振り上げながら、これは教育の見直しをしないといけないかな? といった考えが思考の隅で過る。しかし、考えと行動はカナメと距離を取っていた魔杖を持つ少女によって中断されてしまった。


「【唾棄すべき愚王グラール・ヘイデン】」


 少女が掲げる魔杖≪苦転八徒クテンハット≫の先端にある闇のように黒い宝玉によって増幅された、対象者にかかる重力だけを倍加させる概念魔術がカナメに直撃したからだ。振り上げていた補助腕具サイドアームは突然発生した重力に動きが鈍くなり、当然カナメ本体の動きも鈍くなる。

 足元はカナメの重さで陥没し、動きが鈍くなったので大きな隙ができてしまった。

 

「私の魔力は、そんなに持たないから、早くたたみ掛けて!!」


 魔術を発動させた少女は、息苦しいのか胸元を抑えつつ大声を出した。というか、少女は実際に苦しんでいた。カナメの動きを阻害している【唾棄すべき愚王グラール・ヘイデン】を維持するのに、大量の魔力を必要としているからだ。

 身体機能に不調が起こってしまう程の魔力を捻り出す少女の思いを汲み取って、カナメに甚振イタブられている少年も何とか反撃しようと剣を振りまわして足掻き、愛斧を壊された少年も少年なりに小さくなった愛斧でカナメの背後を攻め立てる。

 残りの一人でもある太刀使いの少女は、太刀に未熟ながらも気を纏わせて補助腕具サイドアームの関節部を重点的に斬りつけていく。少しでも早く壊すべきだと判断したのだろうか。

 剣と戦斧と太刀の重層連撃がカナメに叩き込まれる度に、金属と金属が衝突する鈍い音が響き、鈍い感触を三人は確かに感じた。これならいけるんじゃないかとさえ思うほどの、確かな感触。

 しかし、カナメのライフポイントは減らない。この程度の攻撃では【突撃馬鹿十三代目】に傷一つ付ける事が出来ない。


「弱点を分かりやすいように晒してるってのに、まったく躊躇い過ぎだって。いや、焦り過ぎか?」


 何で無防備な頭部を攻撃しないんだー、と軽く呆れながら、カナメは【突撃馬鹿十三代目】の防御機能――<価値ある戯れペイル・アクシズ>を起動させる。透明な力場が全身を包み込むように生じ、その機能によって、カナメに過大な重力を付加している概念魔術【唾棄すべき愚王グラール・ヘイデン】はその効果を失った。

 パリン、とガラスが砕け散ったような軽い音が響いた。

 重力が通常に戻った事で本来の動きを取り戻したカナメは四本の腕を巧みに操り、攻撃範囲内にいる三人に対して反撃にでる。そこから先は、実に呆気ないモノだった。

 左手の超振動ナイフで目の前の少年の首を切り離してから残った偽身体アバターを縦に斬り裂き、補助腕具サイドアームのヒートブレードで背後の少年の四肢を切断してから首を狩る。太刀使いの少女は二人の少年のように過剰に分解する事はせず、補助腕具サイドアームの超振動ナイフで心臓を突き刺しただけである。

 そうやって一瞬にも満たない時間で残り四人の内の三人を葬り、最後にちょっと離れた場所にいる魔術師の少女を<一射千殺キム・クイ>で狙う。

 バイザーに映る<着弾予測点バレットポイント>は魔術師の少女の眉間に表示された。後はトリガーを引くだけで、このパーティーは全滅する。

 それにしても、茫然と見てくる少女の顔が何だか面白い。完璧に思考停止してしまっているので、思いっきり間抜け面なのである。

 それも若さかなぁ、とか思ったとか思わなかったとか。


「咄嗟の判断は悪くないが、まだまだだ。これからも日々精進するように」


「……は? え、もしかして貴方は……」

 

 少女が何か悟りかけたので、カナメは慌ててトリガーを引く。演出のマズルフラッシュが迸り、窒素弾は少女の額を撃ち抜いた。最初の少女同様肉は穿たれ骨は砕け、ライフポイントはヘッドショットのクリティカル補正によって消失。少女の偽身体アバターが灰色に変色した。


 それを確認し、カナメは周囲を見回す。


 長方形をした密室で、ただそれだけの何も無い部屋。ココは疑似魔獣やアクティブトラップが無い、休憩地点として造った部屋の一つだった。先ほど全滅させたパーティーはココで休みつつも疑似魔獣を狩ったり宝箱を見つけたりと、いそいそと小遣い稼ぎをしていたのでカナメが強襲した次第である。

 いやさ、今回のイベントの目的はアイデクセス達を嵌めこむ意味があるのだけれども、国民の能力強化って側面もあるから、もうチョイ上にいける奴等がこんな所で止まっているのは駄目でしょうよ。

 

「……さてと、次は何処にいるのかなーっと」


 さてさて、悪い子はいねがぁー。などと呟きながら、迷彩色の死神は放浪を再開した。










 ◆ Λ ◆








 百三十五階の、応接間サロンエリア。

 そこは部屋名からも分かる様に、これまでの階層とが明らかに違うコンセプトで構成されていた。

 清浄の象徴ともいえる純白の壁、磨き上げられた大理石の床、程良い光量で部屋を照らすシャンデリアのような魔石灯。徘徊する疑似魔獣は一体もおらず、攻略者達を付狙うトラップもこのエリアには初めからなかった。

 一辺が十メートルもないサロンの中央には白く大きな長方形のテーブルが備え付けられ、テーブルと同じく白い椅子が二十五個ある。

 机の上にはチーズケーキやチョコレートケーキ、ザッハトルテにモンブランにティラミスなど種々様々なケーキがこれまた綺麗な皿に盛りつけられていた。その他にも、ビスケットなどのお菓子が入った籠もある。

 これまでの階層とあまりに違い過ぎていて、デルタ・シックスの生き残り十五名は皆、棒立ちのままで困惑していた。

 何だココ、天国じゃね、と誰かが呟く。

 コンセプトもそうだが、何より、このエリアの主がデルタ・シックスの予想斜め上を行っていた。


「どうしました? 今日は戦う気分ではないので、ちょっとお話でもしようかと思ったのですが」


 執事服を着た専用の人形が淹れてくれた紅茶を飲み、ビスケットやケーキを自分で取って食べているエリアの主たるポイズンリリーは、実に優雅にティータイムを満喫している。

 戦うような雰囲気は皆無だ。どう考えを巡らしても、午後の休息としか思えない。それとなく殺気を放ってみるが、しかしポイズンリリーは何も感じないかのように反応を示さない。

 どうしたものか。考えてもその答えが見つからない。

 グダグダと思考を巡らしているうちに、ポイズンリリーが先に動きを見せた。

 

「ほら、ぼうっと立っていないで座りなさい」


 すい、と手で座る事を促したのだ。可憐な笑みを浮かべながらだったが、しかしポイズンリリーの瞳には有無を言わせない強制力があった。まるで竜にでも睨まれたような錯覚を起こしつつ、デルタ・シックスの面々は密集する形で座った。

 座ってから気が付いた事だが、椅子の総数は攻略組一グループの総数である二十四と、エリアの主であるポイズンリリーの数を足した分だけあったのだ。

 何がしたいのだろう。そんな思いが充満する。


「そんなに気を張らずに、ささ、気軽にお喋りでも」


「あ、はい。どうもすみません」


 邪気の無い微笑みで進められたんで、男女問わずにデレっとしたデルタ・シックスの面々は紅茶を飲んだ。とりあえず面倒事を考えるのは後回しにして、憧れのポイズンリリー様と一緒に飲む紅茶を楽しもうか。

 なんて思いを抱いたデルタ・シックスの面々は、後に起こる悪夢を知る由も無く、自ら地獄にダイブした。










 ◆ _ ◆










「何してんだ、アイツは。帰ってきてたんなら、取りあえず会いに来いって言ってるのに……」


 初めの狩りをした三十階遺跡フィールドから四回ほど階層を問わずに転移して、現在カナメが居るのは二十六階森林ステージだった。

 重なる様に生い茂る樹木と草木に紛れる事によって、【突撃馬鹿十三代目】の迷彩柄と言う特性はその全てを発揮する。完璧に近い偽装によってその身を隠しつつ、バイザーの望遠機能によって標的一行を観察していたカナメが、軽く呆れたように呟いた。

 しかしそれにしても、隠れていると羽虫が顔に張り付いてくるのが凄く煩わしく感じる。かなり不愉快だ。だから面倒な事は深く考えずにさくっと行こう、とカナメは決意を固める。

 今回の標的の人数は、パーティーとしては少ない十二名。確かに少数だが、しかし油断はできない。

 何故なら、内訳が人間十一に機玩具人形が一名となっているからだ。


 本当に何でいる、とカナメは口の中で繰り返す。


 標的はセツナと一緒に連れて来て、イベントが終了してからアヴァロンの技術を軽く公開して虐めてやろうと目論んでいたオルブライトの王女一行と、世界中を旅させていたはずの、魔獣内包使役型として造った機玩具人形十一女の混濁する魔獣の因子セリアンスロピィだったのだ。


 何をしてるんだセリアン、ともう一度言いかけて、止めた。


 無表情になり、<着弾予測点バレットポイント>をセリアンの後頭部に合わせるべく、銃口を小刻みに動かす。


「……聞き分けの無い悪い子には折檻じゃ」


 地面に膝立ちになって<一射千殺キム・クイ>を構え、何となく命中精度を上げてから、右手の人差し指をそっとトリガーガードに沿えた。

 集中すると、自分の心音がやけに大きく感じられる。心臓が血液を全身に送り出す度に、微かに<着弾予測点バレットポイント>の紅点が微動する。

 距離と風向き、木の枝や標的の移動速度などをバイザーが自動的に計算してくれるので楽だが、距離が空いているうえに少々強めの風が吹いていたので、セリアンの身体に<着弾予測点バレットポイント>の紅点を見るのには少々手間取ってしまった。

 こんな時にこそ「やっぱり狙撃は狙撃銃スナイパーライフルが適任だよなぁー」とシミジミ思う。

 狙いだしてから数秒が経過し、やっとセリアンの後頭部のど真ん中に<着弾予測点バレットポイント>の紅点が発生した。集中する事で眼が自然と細くなり、周囲の音が遠ざかって行く。

 指はトリガーガードからトリガーに移動させる。

 自分の呼吸音もやがては聞こえなくなり、心臓の音と紅点だけに意識が集中する。

 ドクンドクンと心臓が動く度に紅点がブレるが、狙撃は焦ってはいけない。集中しつつも、変に緊張してはいけない。血液を送り出した収縮期の後にある、拡張期を待つ。


 そして心臓が血液を送り出した、瞬間。


 ピタリと停止した紅点を確認し、カナメはトリガーを引いた。

 今回装填したのは窒素弾ではなく、機玩具人形にもダメージが通る特殊硬化弾なので、演出ではなく実際にマズルフラッシュが迸り、銃声が響いた。

 機玩具人形は真正面から銃撃しても、難なく避けてしまうようなシロモノだ。その上戦闘用に造ったセリアンだったら飛来する弾丸を容易く摘まむ事だって出来る。

 しかし流石の機玩具人形と言えど、製作者でありセリアンの特性を完璧に暗記しているカナメが相手では分が悪い。攻撃できないという制約もそうだが、性能の全てを知られているという事は、つまり弱点を知られているという事だからだ。

 そしてその知識によって導き出された答えは、この一撃は当たると弾きだした。


 遠くで特殊硬化弾が着弾した、鈍い音が響く。


「あ――ッツゥウウウウウ!! あああああーーーーーいったあああああああいいいいいいいいいい!!」


 巨岩を容易く穿つ特殊硬化弾はセリアンに直撃した。とはいえ、セリアンには拳骨を喰らわせた程度のダメージしか通っていないだろう。

 だが、普段からその高過ぎる防御力によって痛みを感じる事が少ない機玩具人形は、痛みに対してオーバーリアクションをする事が多かった。

 そしてその傾向が、下に行けば行くほど大きいのだ。


「だ、大丈夫ですのセリアン?」


「うはー。なんなんこの攻撃? これもアヴァロンの技術力なん? おろ、この金属の塊が攻撃の正体なんか?」


「だ、大丈夫です、かセリアンさん?」


「だ、大丈夫ですか!?」


 心配そうにセリアンに駆けつけるフェルメリア一行。しかしルシアン君、君は相変わらずだなぁ。


「あーほんま何なん急に。てか、なんか天邪鬼親父の仕業の様な気がするんやけど……ちょっとルシアン、その弾丸貸しィや」


 ルシアンが拾った特殊硬化弾の残骸を受け取った途端、セリアンが不敵な笑みを浮かべる。

 風下からセリアンを狙ったので臭いで気付かれていないが、どうやらセリアンの首にある白銀の鎖に純白の宝石で構成された情報収集型の宝具<真偽を知る智慧の神メーティス>によって、特殊硬化弾から情報を引き出されてしまったらしい。

 つまり俺がしたという事と、居場所がバレテしまったのである。

 まあ、居場所と一緒に俺の言いたい事は伝わっただろうし、トンズラさせて貰おうか。ココに留まってたら、ヤバいしね。


「へへ、あばよ!」


 ガサガサと隠れていた場所が場所なので音が響いてしまうが、しかしあのまま居ても見つかっていただろうから、これは仕方ない。今は一刻も早く転移ポータルにかけ込まなければならない。

 だってそうしないと、この世界の魔獣を真似て造った疑似ではなく、俺が造った本物オリジナルの魔獣でココが破壊し尽くされてしまうだろうし。


「そうかそうか、そう言う事かいな! ほんまあかんて、勇者は確保してるし不意打ちするとか、もうあかん。今日こそはしばいたるで、天邪鬼親父!!」


 セリアンがコチラを向いたのはバイザーの後方映像によって確認。あ、コイツ本気だ、と思ったので速攻で防御機能<価値ある戯れペイル・アクシズ>を起動させる。透明な力場が全身を覆うのと同時に、後方で爆発的な変化が生じた。


「出てきいッ、狩りの時間やでッ!! <一本角の狂獣マーチヘア>、<探り出す神の卵ハンプティ・ダンプティ>、<暴虐の獣ジャバウォック>!!」


 声高らかに宣言したセリアン。

 ゴボ、とその腕が変形したのはその直後の事だった。

 普通の女の子のような肌は一瞬で真黒に変色し、ドロリと肘から先が溶けたのだ。黒い液体となったセリアンの一部は地面の上にて溜まり、その水面にはぶくぶくと水泡が生じている。

 ここまでが、準備段階だ。

 そして先ほどセリアンが叫んだ三体の魔獣が、セリアンの命に従って顕現する。

 一際巨大な水泡が弾けるとともに、地面に溜まった液体から何かが飛びだし、爆音にも似た咆哮を上げた。


「■■■■! ■■■■■■■■■■■■!!」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■!! ■■■■■■■■■■■■■!!」


 額から鋭く伸びる一本角、燃えるような赤い瞳、逆関節の脚に鎧のような青い体毛に、鉄板も噛み千切りそうな鋭い歯を持ち、人間と兎を足して徹底的に凶暴化させたような三メートル級の人型の魔獣が<一本角の狂獣マーチヘア>だ。

 その隣には、五メートルの岩に間違いそうなゴツゴツとした殻を持ち、微かに空いた二つの孔から金色の瞳が覗く、魔獣じゃないだろとツッコミを入れそうな外見をしている、<探り出す神の卵ハンプティ・ダンプティ>が在る。

 そして<一本角の狂獣マーチヘア>と<探り出す神の卵ハンプティ・ダンプティ>よりも後ろに佇む、十八メートル級の眼も歯も爪も翼も何もかも黒一色で染め上げられた竜が、<暴虐の獣ジャバウォック>だ。

 魔獣ランクで言えば三体ともイ級の一番。竜種ともタイマン張れる化物達です。むしろバリバリと喰い殺すレベルです。

 普通に一国落とせる戦力ですありがとうございました。


「皆、あっち全てを薙ぎ払え!!」


 主の命により、三体の魔獣による絨毯爆撃が決行される。

 <一本角の狂獣マーチヘア>は大河の氾濫とでも呼ぶべき百数十トン単位の濁流を生じさせて地上の一切を押し流し、<探り出す神の卵ハンプティ・ダンプティ>は上空から数十もの隕石を降り注がせ、<暴虐の獣ジャバウォック>は次元を切断する鉤爪を振り落とした。

 後方から迫る崩壊の渦に冷や汗を流しながら、カナメはギリギリの所で転移ポータルに転がりこむ。

 絶対安全領域として造った転移ポータルは崩壊の渦を塞き止め、カナメはそこで額に滲んだ冷や汗を拭った。

 ちょっとここまで本気になられるとは、流石に予想外である。まあ、直撃しても死なないけども。


「こっわー。でも、楽しかったからいいけどなぁー」


 んじゃらば、と言い残して、カナメは消失する。

 後に残ったのは、ステージの半分が無残に破壊された森林ステージと憤るセリアン。それとあまりにも常識外の光景を目にして口を開いたままでフリーズしたフェルメリア一行であった。流石のルシアンと言えど、今回ばかりはフェルメリア達と同じ反応だったのは、それは仕方が無い事である。

 

「あーくそ。ほんま逃げ足ばっか速いんやから」


 ブツブツと愚痴を零しつつ、セリアンは三体の魔獣を再び体内に吸収した。消失していた腕が、元に戻る。












 ◆ Λ ◆










 紅茶を飲みだしてから、既に二十分が経過していた。

 それに気が付いたデルタ・シックスの隊長である魔術師のマルセル・アハムは、断腸の思いで切り出した。


「……申し訳ありませんが、ポイズンリリー様。そろそろ我々も先に進まねばなりませぬ」


「えーまだ居ましょうよー」


「隊長、空気読んで下さい」


「メンドーっすから、もう少しココで居ましょうよぉー」


 隊員から浴びせられる視線と言葉の一つ一つがマルセルの胸に突き刺さる。

 だが、だがだ。マルセルだって、憧れだったポイズンリリーともっと一緒に紅茶を飲んで喋っていたいのだ。

 しかしそれは隊長だから、リーダーという立場があるからこそ、諦めねばならない。諦めなければ、ならないのだ。


「俺だって、俺だってなぁ……」


 悔しさのあまり血涙が出る。

 それに驚いたのは隊員だった。引いた、と言っても差支えない。


「ちょ、血涙って……」


「あ~……すいません隊長」


「そうですよね、好きで言ってるんじゃないですよね」


 血涙を流すマルセルに、今度は同情の視線が集中する。

 何ともいい難い、微妙な空気が流れた。

 そしてそれを断ち切ったのは、ポイズンリリーであった。


「そうですね、思ったよりも引きとめてしまったようです。では、頑張って下さいね」


 ポイズンリリーが頬笑みを見せると、エリアの隅に転移ポータルが生じた。

 マルセル達デルタ・シックスは名残り惜しみながらも、ぞろぞろと移動し、そして転移。

 サロンエリアにはポイズンリリーだけが取り残される。

 

「ああ、そうそう。次の階層はイ級の竜種ばかりが出てくる竜窟フィールドだって事と、痺れ薬が紅茶に混じっていた事を伝えるのを忘れてましたね。まあ、もう遅いのですが……ふふ」


 含みのある笑い声が、サロンエリアにて囁かれた。

 だが、それを聞く者はおらず、また、デルタ・シックスが迎える結末など容易に察せられるモノであったとか。

 

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