第三十九話 二日目 射手座と乙女座と、歪みだした聖女 後編
暴走ってのは、何時いかなる時でも厄介なモノであると、俺は思う。
初号機然り、核融合炉然り。
どんなモノでも、暴走したら大抵は手に負えないと相場が決まっているからだ。
そしてそんな暴走状態を持ち主の意思によって付加するレアスキル<狂戦士>もまた、相手にすれば面倒なスキルである。
何せ肉体のリミッターを外すのだから、本来無意識の内に抑えられている性能をほぼ百パーセント発揮する訳だし。それがレイファンクラスのモノになると普通のヤツでは絶対に止められん。味方を巻き込まない為に、敵だけ狙うために意識をギリギリ残すという荒技で器用な事をしている状態だとはいえ、それでも充分過ぎる力がある。
貧弱な俺なら一撃喰らえば間違いなく身体が四散するだろう。こう、風船が割れる感じで。
効果音は間違いなく短く甲高い、パァン!! そして飛び散る臓腑と血肉。
想像して、寒気が走る。ブルブル。
とはいえ、暴走をしたモノの成れの果てなど既に決まってしまっているという事もまた、覆せない事実だろう。
「レイファンの奴、出し惜しみなしだねー」
そうぼやくカナメはスクリーンに映し出されている映像を見ながら、いそいそといつも着ている黒い服を脱いだ。
シャツもズボンも脱ぎすてて下着一枚になり、日に焼けていないので白くほっそりとした、なよなよっと頼りげの無い肉体が晒される。パッと見だと無駄な肉は見当たらず、何とか腹筋の形が分かる程度には影が在った。
そしてそこからたった一枚となった衣服を脱ぐ、と誰得展開にはならず、迷彩色の要所要所を曲線を描く金属で補強して装着者の全身を包み込み、背中に少々大きめの黒いバックパックが付いた、全体的にふっくらとした印象を受ける特殊戦闘服に着替えだした。
先に言っておく必要があるかは分からないが、カナメが着ようとしている迷彩色の特殊戦闘服は、特殊と付いているだけにただの戦闘服ではない。
何を隠そう迷彩色の特殊戦闘服は、殲滅部隊<不接触の禁箱>が使用している強化外骨格を小さくしたモノだからだ。だったら服じゃないじゃん、とか言われそうだが、着るんだから服と表現したまでである。
難しい事はテキトーにぼかすのがモットーだ。
閑話休題。
<不接触の禁箱>の強化外骨格よりもかなり小さく、カナメに合わせて造られたそれはアヴァロンで大量生産されているものではない。強化外骨格が生まれた経路からも察せられる通り、カナメの作品だった。カナメの為に造られた、スペシャルでグレートなワンオフ品である。
パンドラの強化外骨格同様、装着者を包み保護するように機玩具人形に使用されている生体金属製の人造筋肉が配置され、背部のバックパック内にある圧縮加工された上に特殊なカッティングで切り出された暗黒物質から膨大なエネルギー供給を受けて、部品の交換なしでも一年以上の稼働時間を維持される。
それに装着者の動きは今回、マスター・スレイブシステムの高度な演算機能によって忠実にトレースされて、一部の狂いも無く再現される。しかも今回は等身大なので、身体を動かした分だけ動くようになっていた。
つまり装着者の実力がそのまま再現されるのである。
だから特別な訓練を必要とはせず、無理の無い筋力サポートによって貧弱なカナメの一般人程度の肉体性能は、まさに超人の域にまで達していた。
特殊戦闘服の正式名称は、強襲型強化外骨格【突撃馬鹿十三代目】と言う。冗談みたいな名称なのだが、その性能は本物である。
これに本来なら微かな隙間も無く頭部を覆い保護するハードメットがセットになっているのだが、着替え終えたカナメはあえてそれを被る事は無く、サングラスにも似たバイザーで目元を保護する。
その為カナメの黒髪は剥きだしで、悪戯っ子のような不敵な笑みもよく見えた。
この方がカッコいいだろう? とか言いたげな笑みである。
「ま、余興としては面白かったんだけども」
カナメは着替え終え、鏡で自分の姿を簡単に見る。
それから執務机の上に置かれている作品の中から手に取るのは、P90と呼ばれるパッと見では一般的な銃とはかけ離れた独特な造形をしているサブマシンガンを元に、【突撃馬鹿十三代目】と同時に造った武器だった。
これはカナメが先ほど造った作品なので当然ただのP90ではなく、銃声を完全に消す機能を持った消音器やら、近接格闘時に大いに役立つヒートブレードなどを搭載しているなどの魔改造を施し、しかも普段撃ち出すのは実弾ではなく――実弾は装填すれば問題なく撃てる。各種属性弾も当然可能――、窒素を固めて打つシロモノである。
窒素は地球と同じでこの星に充満する空気の大半を占めているので、それを弾丸にするP90が弾切れを起こす事はほぼ皆無。
まさに空気銃。
実弾ではなく空気銃って所が男の子のロマンです、非殺傷性高いって所もポイントじゃね? でも取りあえずライフポイントはガリガリ削れるけどね。そうカナメはにこやかに語った、というのは余談である。
「結果が想像できるってのは、つまらないんでな」
カナメがポイズンリリーとのゲームに惨敗――いや、まあ、非道な戦術に嵌められたから分かり切った結果なのですが――し、二度目の腕蒸発プラス毒の状態異常を経て現在にいたる訳だが、普通の人間はもっと元気がないはずである。
腕を一本消し飛ばされているのだから、元気な方が変なのだ。
なのにこんなにも立ち直りが早いのは、神酒によって獲得した馬鹿げたまでの復元能力と月日による慣れなんだろうなー。
などとあまり考えても意味の無い思考を放棄して、カナメは装備の最終チェックに取りかかる。
一応の主兵装はP90に似た魔改造済みのサブマシンガン。固有名称は取りあえず、<一射千殺>とでもして置こう。名は体を表すと言うので、字通りの願いを込める。
<一射千殺>は試射をしなくても、ジャムったり故障する事は決してあり得ない様に造っているので問題はないだろうが、でも心配性なので取りあえず点検だけはしておいた。
結果は当然、問題なしでした。
サブで刀身自体が震える事で鉄板をバターみたいに斬る刃渡り二十五センチの超振動ナイフが腰に一本と、熱で標的を溶かして斬るヒートブレードが左太ももに一本。二本を造る時についでに造った、試し切り用の一センチの厚みがある鉄板で実験した結果、スッパリと斬る事に成功。
切れ味も性能も、問題はなし。何回か抜く動作をして、意識を次に向けた。
バックパックから生えている人造筋肉製の一対の補助腕具にも当然ながら武装があって、右側は持ち運びを優先して少々小さいが立派な十二連装ロケットランチャーを持ち、左側はセツナに会いに行く為の旅の最初に、ラーさんだった魔獣とその他を殺した軽機関散弾銃という鬼畜使用。
しかも弾の入れ替えもバックパックが全て自動でしてくれるというのだから、問題はないし死角もない。何度か動かしてその調子を確認し、動作に遅れが無いかも調べておく。戦場では一瞬が命取りになるので、入念に行った。
その他にもすぐ手が伸ばせる箇所に手榴弾やら閃光弾、バックパックの底には身代わりや誘導に使えるデコイを散布する、疑似体複製機なども装備している。うむ、重武装と言うのも憚られるほどの装備である。アヴァロンは流石に無理だが、他国なら軽く一個大隊を相手にできる装備だ。
しかしそれほどの重装備でも装備の重量は殆ど無いように造っているし、強化外骨格【突撃馬鹿十三代目】の補助でむしろ何時もよりもスムーズに動く事が出来ているくらい。
全武装を装備して数回飛んだり、執務室内を軽く歩いたりしてみたが、動きを阻害される感覚は全くなかった。
うむ、異常無し。
「オーライ、準備完了っと」
一通りの確認を済ませて、カナメはうむ、と頷く。
「ああ、流石ですよセツナ様。非常に非情で苛烈に果断なその攻め! 私が見込んだだけの事はありますね」
ちなみに完全武装したカナメの横で悦に浸る美女――ポイズンリリーは、主の声など聞こえないとばかりに自分の世界を形成していた。何人も犯す事の出来ない絶対空間が出来上がっている。
侵略されない世界に浸るために、ポイズンリリーの頬は赤く染まって瞳は潤み、湿っぽく艶めかに紡がれる言葉の一つ一つがまるで毒のように周囲を汚染して、カナメ以外の男――だけでなく女もだろう――が見ていれば、プチっと何か大切なモノが切れていたかもしれない。
そして、愚かにも襲いかかってしまう事だろう。本能のままに、ポイズンリリーに迫ったに違いない。
もっとも、その果てにはポイズンリリーによる惨殺という結果だけしか待ってはいないだろうが。
「……んじゃま、俺は遊んでくるから、リリーはそのままセツナでも見ててちょうだいな」
苦笑いを浮かべ、しかし何故かちょっとだけ寂しい思いを抱きつつ、カナメは暇つぶしのハンティングに勤しむべく執務室の隅にある転移ポータルの上に移動する。
この転移ポータルは特別製で、何階にでも任意で行き来する事ができるのだ。
造物主権限の、特別ポータルである。これでセツナも聖堂エリアに跳んでいった。
それに乗り、カナメは三十階、と階層を音声で指定。ダンジョンの三十階に当たる数十のステージとフィールドが全てスクリーンで表示され、若干の逡巡の後で、そこから選んだ場所の絵をクリックした。
選んだのは三十階遺跡フィールド。太古の樹木が遺跡を浸食するように生い茂った、迷彩色の強化外骨格の効果がもっとも発揮し易い様な場所である。
捕食者ばりに活躍する事請け合いだ。
「さて、いっちょ尻でも叩きに行きましょうかね」
カナメが狙うのは、アヴァロンの国民である攻略者たちだ。
二日目なのにこんな所でノロノロしてんじゃねー、という事で一発活を入れるために赴く、と言う事を建て前に、本音の所はカナメがポイズンリリーから受けたストレスを発散する事を目的とした狩りである。
王以前に人として底辺な気がしないでもないが、別にいいかと思考を放棄。楽しめればいいんですとは、カナメ談。
長い月日を生きるには、深く考え過ぎると疲れるんですよっと。
転移ポータルから昇る転移光と共に、カナメの肉体は執務室から消え失せた。
● ~ ●
“左カラ来ル攻撃ハ避ケテ避ケテ”
“右後ロカラ氷ノ魔術ガ来ルヨ”
“魔術師ガ火ノ魔術ヲ使オウトシテルヨ”
“十秒後二大規模デ強力ナ火ノ魔術ガ来ルヨ”
“狂戦士ガ落チテ来ルヨ”
灼熱を纏う拳が、まるで矢のように一直線に飛んでくる。それも私の死角から。方向は左。
でもそれは予め神の声を聞いて知っていたので、私はその位置を正確に把握していた。だから私が悟っていないと思わせる為にギリギリまで引きつけてそれを回避し、相手を見ずに、そこにいるだろうと適当に辺りを付けて左手の<確約されし栄光の双剣>で薙ぎ払う。
魔力刀を纏わせたその一撃は、微かな抵抗の後に相手を切り裂いた。手応えからして、よくて四肢欠損の状態異常を負わせた程度だと推察する。
視界の隅でちらりと見えたのは宙を舞う何か。予想通り斬ったのは四肢で、太いが脚ほどの大きさはなかったから、宙を舞ったのは腕なのだろう。この空間だと痛みは感じ無いはずだけど、あまりにもリアル過ぎる為に脳が斬られたと判断してしまったのか、それともパニックに陥ってしまったからか、感じる筈の無い痛み――つまりは幻痛に耐える声がすぐ近くに聞こえる。
しかし無駄な事を考える暇はなく、私は次の行動を余儀なくされた。
再び死角から飛来する氷の魔術は盾が無効化してくれるので無視、結果衝突した氷の魔術は盾に防がれて虚しく弾ける。衝撃さえ感じる事は無かった。
次いで声に従い上を向く。そこには雨が在った。
雨の正体は火系統魔術<降下する紅蓮の礫>だ。魔力で構築された、炎の雨である。
視界を埋め尽くすほどの広範囲に降り注ぐ炎の雨は破城槌状にした魔力を<確約されし栄光の双剣>に纏わせて薙ぎ払う。
ハンマーと衝突すると、まるで花火のように炎の雨が連続で弾ける。弾ける閃光は何だか綺麗だったものの、やがてはその全てを叩き落とした。安堵に一瞬息を吐き出す。
とはいえ、大気中に残留する炎の雨の名残りに見惚れている暇は私にはなく、その直後に後方に大きく跳躍。
跳んだ瞬間、先ほどまで居た場所には全身に焼気を纏うレイファンの姿が在った。声の通り上から落ちて来たため、床は落下の衝撃によってひび割れ、五センチほど小さく陥没している。
焼気を纏っているので、レイファンから発せられる熱気が私の身を熱くする。
しかしこれも先に聞いていた事なので、別段特に慌てる事ではない。狂気に染まった双眸が私を射抜くが、それは魔力刀を飛ばす事で逸らさせる。飛ばしたのは五つの魔力刀。進行方向にある全てを出鱈目に魔力刀は切り裂いていく。
床には斬痕が生じ、空気は斬り裂かれ、彼我の距離を瞬きの間に消失させる。
そこに私は手を加えた。魔力刀の反対側を炸裂させ、さらに加速させる。魔力刀の速度が飛躍的に上昇した。まるで疾風のように魔力刀が駆け抜ける。
しかしレイファンの動きはその上を行った。魔術とレアスキル三つ分の強化がなされたレイファンの動きは既にヒトのそれではなく、能力を制限した今の私では、一瞬見失ってしまうほどの速さで動いた。
結果五つの魔力刀はレイファンに避けられはしたものの、しかしあくまでも時間稼ぎが目的だったので問題なしと判断。距離が離れたのだから寧ろ上出来だった。
問題は――
「【万象溶かす竜の紅炎】」
――これだ。
空を竜翼で飛ぶアウラの後方に形成された、炎の海。
アウラが行使する権限魔術<竜火>は竜の炎と同等の火を操る魔術で、私はまだ竜とは会った事が無いのだけれど、ギガンダルの城にあった書庫でフェルメリアに文字を教わりながら見た書物には、『竜の火を見た者で生き残れる者は殆どいない。竜の火は鉄を溶かし、大地を溶かし、空気を消失させる灼熱の炎なり。力無き者は逃げよ、また力有る者でも竜が火を吐こうとするのならば素早く逃げよ』とあった。
それに個人的な解釈とイメージを追加して導き出されるその破壊力は、驚異の一言に尽きる。私の盾は火に対して無力なので、喰らえば間違いなく私の身は消し炭になってしまうに違いない。
ゾクリ、と寒気が走る。死の気配に喉が渇き、鼓動が速まる。
でも、だけど、しかし、だからこそ、私は笑みを浮かべた。身体の底から疼く何かが私を何処かに導いていく。
神の声を、聞く。
「死にたくなければ、動かないで下さいましッ!!」
アウラが仲間に対して警告を飛ばした。
それに私は含まれてはいないので、動かなければ死んでしまう。逃げなければならないのだけれど、しかしそれにしても、アウラの魔術は凄まじい。
まさに圧倒的だった。
堕ちてくるのだ。上空にあった炎の海が落ちてくるのだ。
聖堂エリアの天井全てを覆っていた炎の海が、仲間に当たらないように所々に孔があるものの、それ以外は完全に隙間を無くして落下する。
咄嗟に一本の魔力刀を飛ばし天井の炎の海に孔を開けてはみたものの、しかしその孔はすぐに塞がれてしまった。元々が実体の無い魔力製の炎なのだから、それも仕方が無いと諦めるしかない。
魔力と魔力は相殺するが、魔力と魔術では相殺しない。磁石のように反発する関係ではないからだ。
だから魔力刀や魔力鎚では埒が明かない。瞬間的に消し飛ばしても、既に完成された炎の海はすぐに復元する事だろう。まるで水の如く、炎の海は元に戻るのだ。
ならば、と逃げ道がないか神の声を聞いても、無かった。受け身では間違いなく殺される。
なら、造るしかない。
炎の海を消し飛ばすほどの攻撃で、活路を造るしかないと判断する。
一瞬にも満たない時間で私が使える全ての攻撃手段を吟味し、炎の海を消し飛ばす攻撃手段が無いか検索した。
そして私にはそんな事を可能にする能力が、あった。
だから――
「確約されし――――」
両手に握り締めた<確約されし栄光の双剣>を再び一つに――<確約されし栄光の剣>に戻した。光りを放ちながら片方が消失し、残った方の存在感が上昇する。
元に戻したのは、<確約されし栄光の双剣>は攻撃手段が増えて集団戦に適しているものの、起動言語による能力開放ができないという欠点があったからだ。
だから<確約されし栄光の剣>に戻し、担ぐように構える。
そして担ぐように構えられた<確約されし栄光の剣>の刀身が、私の魔力を貪り喰って神々しい黄金の光りを放つ。
決められた起動言語に反応し、その真の能力を開放せんと準備する。
充填した魔力が刀身の周囲で渦を巻き、勝利の雄叫びを上げんと牙を剥き出しにした。
「――――栄光の剣!!」
<確約されし栄光の剣>から放たれる極光の大斬撃。
それは斜め上方のアウラを狙い澄まし、光速で疾走した。攻撃速度が光速である以上、標的である炎の海は勿論、射線上にいたアウラに回避する時間は皆無で、極光の大斬撃はアウラと聖堂エリアの天井ごと炎の海を跡形も無く消し飛ばした。
その衝撃でデルタ・ツーの残り数名は壁まで弾き飛ばされ、ライフポイントを幾らか減少させた。余波で音がしばらくの間消失する。
最大の攻撃が成功して、一瞬だろうとも緊張が解ける瞬間が訪れる。息を整え、最後の仕上げに取り組もうと精神を落ちつかせ戦闘意欲を再構築する。そんな時間が訪れる。
しかしそれは、普通なら、だった。
「かつて砕けた王の威光――形態変型、<確約されし栄光の双剣>」
普通じゃない私はここで気を抜くことはなく、流れるような動作で次の行動に移行した。
手中に一本だけある<確約されし栄光の剣>が再び光を放ち、二本に分裂する。
そして左手の<確約されし栄光の双剣>を真っ直ぐ突き出して真正面の敵に対して攻撃を、右手の<確約されし栄光の双剣>で背後から迫る攻撃に対しての防御を行った。
二つの動作を同時に行い、途端生じた衝撃に身が震える。
左手は肉を突き刺した感触を、右手は痛烈な攻撃を防いだ感触を確かに感じる。
「なッ! このタイミングでも防がれるですって!」
アウラが驚愕に声を上げる。
そう、アウラは<確約されし栄光の剣>が放った極光の大斬撃を回避していたのだ。正確に言えば極光の大斬撃が討ち滅ぼしたのは炎で造られた分身で、本物のアウラは炎の海に紛れてセツナの後方に移動していたのである。
そしてセツナが自分の持つ最大の攻撃を放った事で生まれた隙を狙い、気配を消して完璧な奇襲を仕掛けたのだが、しかし竜火を纏った切れ味抜群の手刀は防がれたのだから、アウラの驚きは仕方がないと言えば仕方が無い。
「――対処は、完璧だったのですが……どうやら、少々、貴方を甘く見すぎて、いたようです、ね……」
アウラの攻撃を完璧に防いでみせたセツナは、しかし、自分のミスを痛感していた。自らの感覚をもって。
「――ッツ。……かは」
鳩尾を中心にじわじわと広がる灼熱感と、太い指が内臓に触れる何とも言えない不快感が、セツナの全身に伝播する。金属製の胸当てに加え守護の概念に護られていた胸部の護りを突破して、体内に侵入した指に宿る焼気はセツナの肉を溶かし、焦がす嫌な臭いが鼻孔を刺激する。
今まで一ドットも減少していなかったセツナのライフポイントバーが急速に短くなり、感じるストレスで胃が急速に収縮する。それによって込み上げてくる嘔吐感を、セツナは女の意地をもって我慢した。
口いっぱいに広がる酸味が気持ち悪いが、胸の感触の方が数倍気持ち悪かった。
でももしココがカナメが造った亜空間で偽身体でなければ、この味に血の味も混じっていたに違い無い。
「くは、クハカか、クカカかかカカかカッ! ヤッタぞやったゾ、ややたたったゾやたヤタタたたったゾゾゾゾ!! クカカカカかかっかあッかかカカ」
心臓を左手の<確約されし栄光の双剣>で突き刺され貫かれたレイファンが、狂った笑い声を上げる。
レアスキル<狂戦士>によって暴走状態にあるレイファンは、アウラが造った炎の海が落ちてくるのも無視して突っ込み、極光の大斬撃を低く滑る様に移動する事で回避して真正面からセツナに迫ったのだ。そしてその結果、セツナを攻撃範囲内に捕捉した。
そして狂気のままに繰り出した攻撃は自らの心臓を貫かれて尚、必殺の一撃を止める事は無かったのである。
焼気を纏っていることでセツナの盾を無効化した指の関節が全てセツナの体内に侵入し、無造作に動く指が内臓を壊す。
セツナとしても、まさか心臓を貫いたレイファンが攻撃の手を止めないと言う事は予想外だった。だから、こうして致命傷を受けてしまったのである。強力な戦闘能力の割に実戦経験が少ないがための弊害とも言えるだろう。もっと戦いを経験していれば、レイファンのように特攻を仕掛けてくる敵と戦っていれば、こんな結果にはならなかったかもしれない。
そこまで考えて、ふと、セツナは思った。
あんなにも忌み嫌い、嫌悪していたはずなのに、無意識の内に自分の能力に驕っていた自分が居たのだなと。だから、セツナは自嘲した。自嘲せずには居られなかった。
――馬鹿だな、アタシ。
声に出さず呟いて、セツナの意識は暗転した。
しかしこれは死んだから、ではない。決して、違う。
【ユニークスキル<■■■■■■>が発動しました】
〇 Λ 〇
「かつて砕けた王の威光――形態変型、<確約されし栄光の双剣>」
手中に一本だけある<確約されし栄光の剣>が再び光を放ち、二本に増える。
そして左手の<確約されし栄光の双剣>で正面から迫る攻撃に対しての防御を、右手の<確約されし栄光の双剣>は逆手に持ち替えて背後の敵に魔力刀を纏わせた突きを行った。
二つを同時に行い、途端生じた衝撃に身が震える。
左手は痛烈な攻撃を防いだ感触を、右手は肉を突き刺した感触を確かに感じる。
「――ッツ。……ガハッ!!」
胸に広がる灼熱感で、アウラは息を吐き出さずには居られなかった。
背後から奇襲を仕掛けてセツナを襲ったはずの、竜火を纏う手刀は届く直前で止まっていた。いや、セツナが背後に突き出した右手の<確約されし栄光の双剣>がアウラの心臓を穿った為に、止まるしか無かったのだ。
魔力刀の分だけ巨大化している<確約されし栄光の双剣>はアウラの胸部を大きく穿ち、致死に至らしめていた。胴体を保護していた乙女座の黄金聖鎧は、宝具同士が衝突した際に起こる概念の優劣によって、細かく砕け散っている。
アウラが受けた一撃は明らかに致命傷だった。その為アウラのライフポイントは消失し、身体は灰色に変色して砂の城のようにゆっくりと崩れ落ちる。
とは言え、身体がまだ原形を留めて残っているので制限時間以内にレアアイテム<不死鳥の尾羽>を使用すればまだ助かるだろうが、しかし、デルタ・ツーの面々は誰も近づく事が出来なかった。
何故なら、暴走状態にあるレイファンの拳と真正面から拮抗し合うセツナが居たからだ。
魔術に加えレアスキル三つ分の補助を得たレイファンと互角に渡り合う敵など、デルタ・ツーの隊員達にとって、悪夢のような存在である。
いや、悪夢そのものだった。
レイファンは知っての通り、アヴァロンが誇る近接戦最強の部隊<使徒八十八星座>の象徴ともいえる、黄金十二宮の一人だ。しかもその中でさえ最強と名高い男である。それが、一見すれば可憐で美しき少女に全力で挑んでいても、未だ倒せずにいるのだ。
あり得ない。それが率直な意見だった。
なのに、すでにレイファンと同じ黄金十二宮である乙女座のアウラまで倒れた。一撃で殺された。
その事実が重くのしかかり、無意識の内に鎖と成って動きを封じていたのだ。
「――ふぅ。今まで手を抜いていて申し訳ありません。私はどうやら、愚かだったみたいです。でも、だから最後に、私の本気で行かせて貰います」
そしてセツナのこの発言である。動けるはずなど、なかった。
ただ、眼だけがセツナとレイファンの動きを追った。
「くか、クガかかクかカ! ギヒッ! イイい良いねェえエエお、オモももしシシれれェエェぇええエ!!」
笑い、狂乱するレイファンはさらなる力を拳に注ぎ込む。焼気が拳に集中する比率が変化し、突破力を倍増させた。
暴走しているとはいえ、血が滲み枯れ果てるまで繰り返されてきたその動作は滑らかに次のステップに移行し、セツナに重くのしかかる。圧殺しようと燃え盛る。
今まで<白銀の抑制環>によって能力を制限していたセツナならば、到底耐えきれない圧力が<確約されし栄光の双剣>に集中する。
だが――
「……これで、お終いです」
「ガひッ?」
――全て遅かった。
<白銀の抑制環>はセツナに意思によってその機能を停止し、セツナは忌み嫌っていた化物のような自分の能力を全開にしてレイファンを駆逐した。
音を置き去りにし、人という種族に決められた能力の限界を突破しているレイファンでさえも全く知覚できないほどの速さで、<確約されし栄光の剣>の黄金の刀身はレイファンの身体を真っ二つにした。
正中線を綺麗に捉え、真っ直ぐ床にまで達する寸前で<確約されし栄光の剣>はピタリと止まるが、余波で床が砕け散る。
ビキン、と音が鳴る。
それを最後に、聖堂エリアに深い静寂が訪れた。
デルタ・ツーの面々は恐怖をによって、セツナは初めて感じた感覚によって、音を出せない。
(……今の現象は、一体、何? それに視界が暗くなる寸前脳内で響いたのは、神の声じゃない。あの声は、一体何?)
セツナは酷く困惑していた。
確かに自分はレイファンによって致命傷に等しい一撃を受けた筈なのに、しかしこうやって無傷で立っている。この結果だけを見れば、無傷の完全勝利でしかない。
でも、確かにセツナの感覚は胸部の不快感を覚えている。
何故? 疑問が浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。
それから暫く思考の海に身を浸し、今は考えるときじゃないか、と切り上げた。カナメに聞けば、何か分かるだろうし。
それにまだ、デルタ・ツーの生き残りが居るのだし、と思い、セツナは自分を怯えた瞳で見てくる彼らを見た。見て、<白銀の抑制環>で再び能力を抑制することなく、全力で殺しにかかる。
驕っていた自分に対する誡めと、もう目を逸らすのを諦めなければならないと自分に教え込むために。
「ひぃ!! た……助けてぇ……」
「それは、無理です」
とりあえず、命乞いをした奴を真っ先に狩ってみるセツナさんであった。