第三十八話 二日目 射手座と乙女座と、歪みだした聖女 中編
「が――がぁぁあッツゥ!」
「ぐ――つゥ……」
身体が燃え上がる様な感覚によって口から漏れ出た声が、聖堂エリアに響いた。
声を上げたのは、烏座の白銀聖鎧を装着し、筋肉が盛り上がっているためにその形がハッキリと分かるほど鍛えられた肉体を持つ褐色の肌をした男――烏座のワシュウ・ローベル。
そして対魔力などの特性を持つ破邪の銀と、生命宝珠と呼ばれる変わった性質を持っている特殊金属の狼灰輝胎石の二つを、アヴァロンが編み出した特殊な機械と加工法によって混ぜて造ったフェンリル線維製の灰銀色をしたカスタムローブを着る魔術師――グレンデル・ローレライの二名である。
セツナが放った小手調べの魔力刀に斬られたのは、両方男性であった。
「ぐ――そ、烏座の白銀聖鎧でも防げないなんて、ヤツは化け物か!?」
ワシュウは切断された右腕を抑えながら、苦痛に歪んだ表情のままセツナを睨みつけた。
魔力刀の軌道や隊員の立ち位置の関係上、どうしてもギリギリで一本の魔力刀を避けきれなかった恋人――琴座のラシャラ・アースを助けるためにその身代わりになったワシュウであるが、しかし庇う余裕があっただけに、何も無防備なままで魔力刀に身を晒したわけではない。
自身の腕に装着された烏座の白銀聖鎧の部分で、魔力刀を間違いなく受けたのだ。
今までで幾千幾万の攻撃をそれで防いできたワシュウが、ミスをすることはない。
それに烏座の白銀聖鎧には魔術に対する耐性も持っていた。だからワシュウは防げると確信していたのである。
だが結果はどうだ。
魔力刀は烏座の白銀聖鎧によって僅かに抵抗されつつもそれを断ち切り、ワシュウの腕を切り離したではないか。
宙を舞った自分の腕の軌道を見つめながら、ワシュウは歯ぎしりをするしかない自分を恥じ、それ以上に今体験した現実について行けていなかった。
何より烏座の白銀聖鎧がこうも容易く突破されるなど、<使徒八十八星座>に所属して十年が過ぎ、烏座の称号を得て六年が過ぎるが初めての経験である。
というか、下位の聖鎧である青銅聖鎧ならばまだしも、白銀聖鎧が壊されたなど聞いた事が無い。たった一度の攻防で、衝撃を受ける事があまりにも多すぎた。
そして驚きと悔しさに支配されるワシュウの頭上のライフポイントバーは全体の二割が消失、更に四肢欠損の状態異常によって、定められた一定時間の間はライフポイントが徐々に減少していく。
しかしそれはあまり大した事ではない。ワシュウの戦闘能力が低下したのは間違いないが、しかし挽回できる程度だ。
本当の現実空間ならば腕を切られた激痛みが続き、ワシュウを苛むはずだったがここがカナメが造った亜空間と言う事が幸いし、その上斬られた事で発生していた熱痛は既にない。
違和感はあるが、特に支障はない様に思われる。
だから、片腕になろうとも、ワシュウはまだ、戦える。
「――素晴らしい魔力とコントロール力だ」
しかしながら、恋人を守るために避けきれなかったワシュウに対し、魔術師であり妖精種の中でも希少で特殊な習性を持つ魔兜石族であったグレンデルは、セツナの魔力コントロールに見惚れてしまったが故に避けれなかった。
いや、グレンデルは避けない事を選択したのである。
本来ならば見えず、物質に直接干渉出来ないはずの魔力を攻撃手段として使用しただけでも充分過ぎるほど驚嘆に値すると言うのに、あの膨大な魔力を一瞬で一切無駄なくその全てを掌握してみせたあの手腕には脱帽である。
魔術に人生の全てを捧げたグレンデルからすれば、セツナの魔力刀を避けるという選択肢が選べるはずもなかったのだ。
魔力刀がそれ単体で、一種の匠の作品であったが故に。
魔力のコントロールは、魔術師にとって基礎技術にして奥義である。
魔力を完璧にコントロール出来る者ほど、行使する魔術の精度や発動速度、発動する際に消費する魔力量や単純な破壊力が大幅に異なる。
――つまりは魔術の質が大幅に変化するのだ。
そしてグレンデルは自分自身よりも魔力を精密にコントロールできる者は、魔界の居城に住まう魔族最強の存在として世界に存在する魔王や、機玩具人形の一人であり自分の師でもあるテイワズセカンド、現在所属している魔術師集団<魔が討つ夜明け>の長たる至高妖精のレオナール・クーガ・ライオネットに、<不接触の禁箱>で魔術師タイプの強化外骨格を操るカノン・カーデルベルク女史くらいしか居ないと考え、事実そうだった。
幼少の頃から両親より魔術に対する英才教育を受け、さらにアヴァロンの高位教育機関“フラスコ”にて様々な分野の膨大な知識を貪る様にして育ち、今や<魔が討つ夜明け>の副長という立場まで上り詰めたグレンデルは、アヴァロンでも屈指の魔術師なのである。
アヴァロンでも屈指と言う事は、世界屈指と言う事に他ならない。
近距離戦が不得意という魔術師特有の弱点は当然のようにウールブヘジンなどによって徹底的に鍛えられた事で存在せず、距離が離れればミサイルのような破壊をもたらす、まさに死角の無い難敵としてレイファンやアウラ同様、セツナと相対するはずだった。
唯一の欠点は他者との対話能力の低さだけだが、今はそのような事は関係ないだろう。
それなのに、グレンデルのプライドはセツナが見せた究極とも言える魔力コントロールによって木っ端微塵に砕かれていたのだ。あれ程の魔力を一瞬で完璧に掌握する光景を見せつけられれば、最早負けを認めざる負えない。
少なくともグレンデルからすればそうだった。
だから、グレンデルは回避できた魔力刀を避ける事を選択できず、無防備なままで受けたのである。
「――このような芸術で殺されるのならば、我が生涯に悔いは無し。魔術の未来は……託したぞ。……パタリ」
つまるところ一目セツナが放った魔力コントロールを見た瞬間に無意識の内に負けた、と思った瞬間から、グレンデルの敗北は決まっていたと言う訳であり。
魔力刀によって身体を切られたグレンデルは、弱々しく遺言めいた事を紡ぎだす。
そして最後まで言い切った後で、セツナに懇願するように力無く伸びていたグレンデルの腕が、ゆっくりと床に落ちる。
右袈裟懸けにバッサリと斬られたグレンデルのライフポイントがあるはずもなく、グレンデルの偽身体は灰色に変色した。彼が死んだ証拠である。
しかしまだ完全に身体が消えた訳ではないので、制限時間内に全ての疑似魔獣から低確率でドロップするレアアイテム<不死鳥の尾羽>を使用すればグレンデルを蘇生する事は可能だ。
無論<不死鳥の尾羽>が手元に無いのなら諦めなければならないが、しかしつい数階前の山頂フィールドにて一つ、先ほどの洞窟フィールドでも二つほどドロップしていたのは全員の記憶の中にあった。
疑似魔獣を殺し終えたら獲得アイテムの入手情報が更新されたので、オプションリングから閲覧できるパーティー獲得アイテム欄を覗いて見ると、そこに入っていたのである。
今だ謎が多いセツナを相手にするには世界屈指の魔術師であり貴重な戦力でもあるグレンデルを助ける為に使うべきだろうし、今はセツナが攻撃して来そうな雰囲気はなかった。
ただ、じっと、レイファン達を観察している。
使うチャンスは十二分にある。
のだが――
「いや、馬鹿だろ」
「ほんと、馬鹿ね」
「いや、アホですね」
「うむ、バカ過ぎる」
「理解不能。灰燼招来」
「せめて攻撃して死ねよ」
「このHENNTAIさんメ。そのままDEATHってろヨー」
「相変わらず変態ですね。死んで清々しますよ、ほんと」
「馬鹿な事した罰で、終わったら皆に奢り、ですからね」
仲間から冷たい言葉を浴びせられたグレンデルは、しかし清々しい微笑みを浮かべたまま、貴重な<不死鳥の尾羽>を使われることは最後まで無かった。
制限時間は過ぎてしまい、まるで幻のようにゆっくりとグレンデルが消えていく。
三秒後にはまるで幻想だったかのように、グレンデルが聖堂エリアから消失した。
その様子に、セツナは困ったような苦笑いを浮かべて、それから<確約されし栄光の剣>を持っていない左腕をそっと前に突き出した。
自然な動作で、何の危険性も孕んでいないかのように見える動きだった。
だがしかし、手の延長線上ではセツナが開放し、掌握された魔力が急速に確固とした意思の下で蠢いている。
「なかなか気のおけない間柄のようですが、とりあえず、先ほどの脱落者の後始末をしましょうか」
微笑みを――否、普段のセツナからはまったく想像できないほどの冷たい笑みを張り付かせたままで、まるで虚空を握る様にセツナの左手が動く。
食べ物をゆっくりと味わいながら嚥下するような、もしくは異性を誘う様なその動きは、どこか妖艶で艶やかだった。
とは言えもちろん戦闘モードに移行した現在のセツナが無駄な動作をするわけはなく、これも全ては目的があってのことだった。
軽く何かを握るような形で指は固定されて、グイッ、と突き出していた左手が引かれた。
――変化が、起きた。
「ぐぁ――ッツ! 何だ、こいつは!!」
「きゃッ! ひ、引き寄せられる!」
引かれる左手の動きに合わせ、セツナから十メートル以上も離れた場所で、斬られた腕から感じる幻痛を緩和させながら何とか立ち上がりつつ、それを助けるように脇を支えてくれていた恋人のラシャラごと、ワシュウの身体は彼の意志に関係なくセツナに向かって引き寄せられた。
と言うよりもまるで巨大な何かに掴まったかのように、ワシュウとラシャラの身体は奇妙な姿勢で寄り添ったままセツナに引き寄せられている。
二人の脚は地を離れ、数センチほど宙を浮いていた。
突然の異常事態に流石のレイファン達も反応が遅れ、ワシュウ達を助けることができない。
しかしレイファンが持つレアスキル<測定者>はワシュウとラシャラを拘束し、引き寄せているモノがなんであるのかをギリギリの所で見破った。
ワシュウとラシャラを引っ張った原因不明のエネルギーの正体は、セツナが固めた魔力製の手による行いだった。セツナから一定距離離れた場所から突如発生しているように見える魔力製の腕が、ワシュウとラシャラをガッチリと掴んでいる。
原理としては先ほどの魔力刀と同じで、不可視で巨大な魔力の手が、物理的に干渉しているのだ。
そして役目を終えた魔力の手は無散し、しかしその時には二人は拘束されていた為に体勢を整えることができず、まったくの無防備なままでセツナの前の床にワシュウとラシャラは身を転がしていた。
その姿を確認し、それからセツナはまるで処刑人が首切り刀を持ち上げるように、ゆっくりと<確約されし栄光の剣>を上段に構える。魔力刀に変換した事で僅かながら消費された魔力は既に充填済みで、冷たくも美しい黄金の輝きがそこにはあった。
それをラシャラを抱き締める形でセツナを見上げたワシュウは、不覚ながらも見惚れてしまう。
どちらか一方に、ではない。
氷のように冷たくも聖女の如き微笑を浮かべるセツナと、神々しいまでの輝きを放つ聖剣の両方に、ワシュウは一瞬だけだったが確かに見惚れたのである。
「残念ですが、貴方達は失格です」
冷たく、底冷えしそうな声だった。普段のセツナを知る者ならば聞き間違いかと思う様なソレは、しかし初対面のワシュウにはそれが分かるはずもなかった。
そして振り下ろされた<確約されし栄光の剣>から放出される魔力は剣ではなく、巨大な破城槌を形作り、先ほどと同じ魔力刀だろうと判断して回避行動を取ったワシュウの想像を完全に裏切って、その身に過大な負荷を追わせる。
細い剣と違い、槌は攻撃する範囲が大きいのだ。
「――ッツ!!」
まるで巨岩が遥か上空から落ちて来たような、凄まじい衝撃がワシュウと腕の中のラシャラを強襲した。圧し掛かる重圧でワシュウの足場は大きく陥没したが、それでもまだワシュウは潰されてはいなかった。
鍛え上げた自らの肉体と先ほど仲間によって施された強化魔術、そして烏座の白銀聖鎧の恩恵がこの状況を造った。
しかしそれも何とかギリギリで保っているのだと、一目見れば分かる事だった。
普段のワシュウからは想像し難い、苦痛に歪んだ表情。
ギリギリと砕けんばかりに歯を食いしばり、ワシュウは多大な重圧によって徐々に押し潰されそうになりながらも、レアスキル<気師>を発動させた。
淡い気の光がワシュウの全身に宿る。
黄金十二宮の一人――水瓶座のアリエスが持つレアスキル<気討使>よりも能力が低いレアスキル<気師>だが、それでもレアスキルの一つである。今はそれで十分だった。
ワシュウは魔術と気という二つの外部的補助を得て、徐々にだが魔力破城鎚を押し戻しにかかる。
それにワシュウに抱きしめられたラシャラも同じく強化した肉体で手を貸して、二人の力を合わせてこのまま行けば防げる、と確信ができる所になって――
「着火」
――ワシュウとラシャラを襲う魔力鎚の反対側が、突如として炸裂した。
指向性を持った魔力の放流が、まるでジェットエンジンから噴き出す炎のような勢いで吹き上がる。その勢いで、聖堂エリアの天井の一部が吹き飛んだ。
そして炸裂した次の瞬間には、ワシュウとラシャラの身体はセツナの一撃がもたらす負荷に耐える事が出来ず、その身を呆気無くも押し潰された。
二人の必死の抵抗など、無駄の極みとでも言う様な無慈悲な破壊が生じる。
グブチュゴキキ、と肉が潰れ骨が砕ける、生理的悪寒を催す様な音が響く。
魔力刀によって至る所に深い斬痕が刻まれた聖堂エリアにまた一つ、深い円形の陥没ができあがった。しかし魔力破城鎚が造った孔底には既に二人の遺骸となる偽身体はなかった。
二人は先ほどの一撃によって、蘇生不可能状態に追い込まれたからだ。
まだ原形を留めて生き返らせられる状態ならば偽身体は残るように設定されているが、稀にこうやって修復不可能なまでに破壊されれば、例えレアアイテム<不死鳥の尾羽>を使用したとしても復活する事が出来ないのである。
今のワシュウとラシャラが、まさにその状態だった。
それを冷たく見届けたセツナは、再び正眼の構えを取る。
微かに浮かぶ美しい笑みに、レイファン達の間に寒気が走った。
デルタ・ツーは残り、十七名。
「こうなりたくなければ、全力で私に挑んで下さいね」
それは死刑宣告にも似た、絶対的な命令だった。
そして今度こそ、セツナは動いた。
踏みしめられた床は砕け、華奢な身体がその反動によって前方に射出される。例え左手にある白銀の腕輪――<白銀の抑制環>がセツナの身体能力を二分の一に落としていたとしても、元々のスペックが既に桁違いである。
その為二分の一だろうとも、充分過ぎるほどにセツナは速かった。
「かつて砕けた王の威光――形態変型、<確約されし栄光の双剣>」
そして高速で動くセツナの手元でも、閃光と共に変化が起きた。
一本だけだったはずの<確約されし栄光の剣>が、まるで最初からそうであったかのように二本に増えたのである。
初めは幻のように儚く白黒で、次第に色を帯び現実味を増しながら物質化した二本の聖剣を、セツナは両手で握り締める。単純に二本に増えた事で消費する魔力量が二倍に増えたが、しかしそれはセツナからすればささやかな事である。
油田の如き魔力量を誇り、しかしその実魔力回復力の方こそが桁違いに優秀なセツナは消費した傍から魔力を充填させていく。よって負担が二倍になった程度ではまったく問題が無いし、四倍、六倍と増えていった所でも問題は存在しなかった。
攻撃手段を増やしたセツナは、デルタ・ツーの面々が比較的固まっている右側に襲いかかる。
「――ッし!!」
まるでそれだけで斬れそうなほど鋭い吐息と共に、セツナは<確約されし栄光の双剣>で周囲を薙ぐ。
ただ単純に振っただけだがその速さによって暴風が吹き荒れ、聖堂エリアという狭い場所では暴風は単純な簡易攻撃となってデルタ・ツーの面々に襲いかかる。暴風によって体勢が僅かだが崩れ、その隙をセツナが狙う。
そしてその中に魔力刀を散発的にではあるが放つ事も忘れない。先ほどよりも小さく、一メートル程の長さしかない魔力刀だが、それでも十分脅威だ。
無数の斬撃の風が吹き荒れ、ただでさえ破壊されていた聖堂エリアの破壊は加速度的に増えていく。
「【紅雷の槍】」
セツナが繰り出す怒涛の攻撃の合間を縫うように、魔術師の残り三人の内の一人――エンディオル・シュバーハーゲンが魔術を放った。
それは右手に持つ魔杖レッドクィンではなく、左手に持った自前の黄鉄輝石製の魔杖<クルーベルグ>から放たれた。クルーベルグは雷系統魔術である【紅雷の槍】の効果を増幅する特性を持っているので、雷槍の大きさは本来の二倍以上の六メートル級にまで膨れ上がった。
【紅雷の槍】がセツナを真正面から狙う。目標は頭部、普通なら当たれば即死な一撃。
だが、雷槍はセツナの手前で霧散した。
まるで煙でも払うように、雷槍がセツナに当たる事無く霧散したのである。
「なんだとッ!!」
エンディオルが驚愕する。普通ならあり得ない事が今目の前で突然起きたのだから、当然だ。
しかしセツナは待たない。その隙を見逃すはずがない。
驚きによって生じた隙を突いて、セツナは距離を詰めて右の<確約されし栄光の双剣>で斬りかかった。
それは凄まじい一撃だった。単純な破壊力だけではなく、魔力刀を飛ばさずに刀身に纏わりつかせる事で切れ味を増している。
だからただ単純に防ごうとすればワシュウの二の舞になる、そう感じたエンディオルは敢えて防御の為に魔術を発動させず、開放した魔力を掌握してそれを手にする二つの杖に纏わりつかせる。
魔術に変換されていない純粋なエンディオルの魔力を帯びた杖を交差させ、向かってくる<確約されし栄光の双剣>を防御。
「――ッツツツ!!」
ガツン、と凄まじい衝撃がエンディオルの全身を襲い、その衝撃に絶える事が出来ずにエンディオルは後方に吹き飛ばされた。ゴロゴロと壊れた床を転がされたのでライフポイントバーが幾分か減少したが、しかしエンディオルは死んではいなかった。
防御に使った二つの魔杖――レッドクィンとクルーベルグは無残にも真っ二つになって使いも物にならなくなっていたが、その程度で済んだのなら運がよい方だろう。
「やはり、純粋な魔力同士ならば相殺が――否、減退させる事が可能なようだな」
エンディオルは自分の推理が正解だった事を、今の状況から確信した。
魔力刀は魔術に対して耐性を持つ白銀聖鎧を容易く突破した。
それはなぜなのか。その疑問がエンディオルの中に残り、先ほど思い付いた考えの裏付けが今さっき取れたのだ。
話としては実に簡単で、魔力刀は魔術じゃない。純粋な人の魔力が加工されることなく、そのまま攻撃方法として成立したモノである。
魔術に耐性があっても魔術じゃないならその耐性は意味が無い。だから、白銀聖鎧は物理的な抵抗しかできず、それに負けたから突破された。今に思えば、あの負けは仕方が無い事だったのだ。
だからエンディオルは自身の魔力を加工して魔術に変換せず、純粋な魔力のまま二つの杖に纏わりつかせたのは防ぐ術として、正解だったのである。
――純粋な人の魔力は混ざる事無く反発し合う。
エンディオルはその特性を生かして、セツナの攻撃を防いでみせた。
とは言え、完全には相殺できなかったのは魔力量の関係上仕方がないだろうし、宝具である<確約されし栄光の双剣>はそれ単体で十分に強力を持つ。
魔力刀による切れ味アップが減少した所で、レッドクィンとクルーベルグの上質な補助魔具二つが無ければ防げなかったのは確かだ。
「確かに一度で見破られるとは驚愕ですが、しかし、これが今の貴方に防げるでしょうか?」
転がったエンディオルを追って、セツナは再び距離を詰めた。
今度は左の<確約されし栄光の双剣>で斬りかかる。
魔術を発動させようにも補助魔具が無い今の状況では時間があまりにも少なく、また逃げようにもセツナから逃げられるだけの身体能力がエンディオルには無かった。
絶望的なこの状況。
エンディオルは抵抗できずに、斬り殺されてしまうだろう。
だが、エンディオルは静かに笑っていた。
その理由――
「エディーの代わりに俺が防げばいい事だっての」
横から飛びこんで来た男――レイファンによってセツナは腹部に気で強化された飛び蹴りを撃ち込まれた。速度と体重の乗ったその一撃は、セツナの華奢な体躯を屈服させるのに十分すぎる程の破壊力を持つ。はずだが、しかしその一撃もセツナの盾によって完全に無効化され、ノーダメージ。
盾は弱点を突かれない限り無敵である。もしこれが敵を燃やす“焼気”だったならば話は違っていただろうが、しかし可能性の話をする時ではない。
「大したチームワークですが、残念、手遅れですよ」
エンディオルの余裕があった笑みが氷りつく。
仲間が助けてくれるという絶対的な自信によって生まれた笑みは、しかし目の前の現実には何の意味も無い。
「この程度では、私は止められませんので」
強烈と言うのも憚られる威力が乗ったレイファンの蹴りを完全に無視して、セツナは<確約されし栄光の双剣>を振り抜いた。その刀身はエンディオルを左袈裟懸けに両断し、その身を二分する。
エンディオルの肉片が転がり、灰色になる。死んだ証拠だ。
「マジか――ってんだっつーの!!」
ゾクリと走った寒気に反応して飛び退いたレイファンは、先ほどまで居た場所に見えない魔力製の腕が伸びている事に気が付いた。もしあと一瞬でもあの場で呆けていれば、掴まっていただろう。
なんて野郎だ。いや、なんて女だ、か。と内心で思い、ゾクゾクとする。暴走しようと急かす本能が、レイファンを狂わせる。
「言っておくけど、暴走するなら攻略法くらいは見つけなさいよ、ねッ!!」
セツナの上空から、竜翼を動かして飛行するアウラが強襲した。
アウラの両手には煌々と燃える竜火があり、セツナを燃え散らさんと爆炎を吹きだした。
まるで火竜の息吹きのような勢いで噴き出す竜火は聖堂エリアの床をドロドロに溶かし、熱波が周囲に吹き上がる。摂氏三千度を超える竜火は、何もかも燃やし尽くす。
タイミング的にもセツナの不意を突いたアウラの竜火砲撃は、逃げ道が無いはずだった。
だが――
「容赦が無いみたいですが、まだまだ、その程度では……」
斬、と遠巻きにタイミングを窺っていた魔術師グリフィスは、攻撃を認知する間もなく背後から斬り殺された。
魔力刀を帯びた<確約されし栄光の双剣> の一撃はグリフィスのライフポイントを根こそぎ奪い取り、致死に至らせる。
灰色に変わったグリフィスの死骸が転がった。
「あれを、避けたのですか……」
完全に殺せたタイミングだったはずなのに、とアウラは内心で思うが、しかし現実は生きているのだから思考を切り替える。
竜火を四肢に纏わりつかせ、更にレアスキル<気討使>を発動。竜火と気と魔術の三重強化を得たアウラは、自身の限界を容易く突破する。
「あーこりゃ、凄くいい相手じゃねーかよ」
竜火を纏うアウラに合わせ、レイファンはレアスキル<竜殺>と<気討使>、更にレアスキル<狂戦士>を発動させた。竜殺と気と魔術と狂戦士の四重強化を得たレイファンは、しかし正気を失って獲物だけを執拗に狙い動く。
「バッ! それは弱点とか探ってからだって……」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
アウラが声を張り上げ、レイファンの行動に待ったをかけるが、時すでに遅し。
正気を無くし、闘争本能を剥き出しにしたレイファンが、セツナに襲いかかった。