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第三十四話  一日目 環境の変化は人を変える。それが良いのか悪いのかは不明である。

 祭り初日の午後二時、カナメは城にある自分専用の執務室にて、どっしりとした執務机の上にちょこんと座っている、各国の深部にまでひっそりと潜入させてありとあらゆる情報を収集させている機玩具人形三女にして軍隊形成諜報型であるシャドウキャットより、様々な情報が記載された報告書を受けとっていた。


「にゃにゃにゃ、カナメ様、これで一応溜まってた報告書は終わりですにゃー」


 シャドウキャットはその名の通り影の様な薄黒い毛色をした黒猫で、体長は五十センチ程の二足歩行をする、人ならざる者――つまりは魔族に分類されている獣人タイプの機玩具人形だった。可愛らしいくりくりっとした青い瞳に、若干垂れた耳、腹部にある白い肉球マークがチャームポイントである。

 まるで人形――いや、機玩具人形だから人形であっているが――のような愛らしさを持ったシャドウキャット。であるが、しかし、その一見すると気の抜けそうなほど愛くるしい姿には決して騙されてはいけない。騙されたが最後、骨の髄までしゃぶり尽くされる可能性が非常に高い。

 狡猾なカナメがただ単純に可愛らしさを求める訳も無く、その愛くるしささえも計算の内で設計されていると考えた方が良いだろう。


「ああ、分かった。しかし、相も変わらず魔術国家<レプレンティアナ>は無駄に頑張っちゃってまぁ……何をどうすればいいかも分かって無いのにねぇー……」


 シャドウキャットの報告書にあった魔術国家<レプレンティアナ>の欄に記載されている、『レプレンティアナで行われている人体実験の有用性』やら『継承魔術の新開発の有無』やら『政策方針』などについてカナメがささっと目を通した結果、そんな感想が零れ出ていた。そんな感想しか零れ出なかったとも言うが。

 一応、魔術国家と掲げるレプレンティアナなのだから、その魔学技術は他国よりも進んだモノではある。しかしだからこそ、アヴァロンよりも魔学技術が明らかに劣っているのが気に喰わないのは分からなくも無い。自国の魔学技術に誇りを持つプライドの高い国であるし。


 しかしそんな今更無駄な事を……とカナメはどんなに思考を巡らしても、最終的にはそう考えずには居られなかった。


 レプレンティアナは建国から六百年とアヴァロンよりも二百年程長い歴史が存在する。

 その長い歴史は重んじるべきだとは思うが、とはいえ、アヴァロンはカナメが造った作品に似た能力を持つ武器防具道具魔道具を、高性能でかつ高い安全性を確保しつつもそれらを効率的に生産する技術の進歩――というか進化を要求され、それに答え続けてきた結果が今のアヴァロンである。

 つまりはテストのように、予め答えを提示されていた場合とされなかった場合で全体的に比べれば、当然答えを提示された方がいいに決まっているように、ハッキリとした指標が存在するアヴァロンと指標が存在しないレプレンティアナでは多少の歴史の差があろうとも、両国間に世界一高い山脈<アルブルモント>の如く存在している魔学技術の差は、如何ともし難い必然な結果なのであった。


「にゃにゃにゃ。それは仕方にゃいのにゃ。人にゃんて所詮プライドの塊なのにゃ。王族貴族、後は魔術師なんてのは特ににゃ。あと騎士とかもにゃ」


「まあ、な。だけど、プライド優先ってのも考えモノだな、この報告書を見ていると。明らかに無駄ばっかりだ。無駄死にした奴隷がいっそ哀れだね」


「こいつ等が躍起ににゃる原因の親玉が言う言葉じゃにゃいと思うんだがにゃー。それと報告書に描かれてる人体実験で殺された人数の、軽く数十倍以上の命を狩ってるご主人が言える言葉でも無いと思うにゃ」


「確かに違いないが、俺が狩るのは敵だけなんだけど……。それはそうと、この報告は本当か? 冗談ではなく?」


 苦笑いを見せていたカナメは一転して真剣な、冷徹と言ってもいいほど冷やかな目付きになり、執務机に座っているシャドウキャットに静かに問いかける。

 カナメが目を通していたのは二つの項目であり、そのどちらもがある一点で共通していた。


「何がですにゃ? ……ああ、これは間違いにゃいのにゃー。天剣国家<アルティア>は触媒<毒妃竜リリアドリッドの鱗>をにゃんとか入手して、異世界の勇者召喚を試みているにゃよ。

 それから刃風国家<ヤマト>でもおにゃじく毒妃竜リリアドリッドの素材を獲得、でもそれを勇者召喚ではにゃく、もっと恒久的な異世界との繋がりを求め――つまりは異世界とコチラとを直接結ぶ、ゲートの製作に着手してるにゃ」


 カナメがシャドウキャットに問いかけた案件はどうやら冗談ではなく本当らしい。それにやれやれ、とカナメは肩を竦めてため息を吐きだした。

 天剣国家<アルティア>の勇者召喚は、まあ、いいだろう。魔王である友人の心臓を取らないかぎりは、召喚される勇者については放置する事にカナメは決めた。わざわざ手を出す必要性も感じられないのだし。

 しかしながら、刃風国家<ヤマト>の異世界を直接結ぶゲートの製作、というのは実に気掛かりだ。カナメ自身そういった事を考えなかった訳ではないが、しかし、それでもやらなかったのには、カナメ本人を異世界に転移させない<堕天の楔>がある以外にも、それなりに理由が存在していた。

 それは、ゲートを造るとどういう形だろうとも必ず新たな騒乱のきっかけにしかならないからだ。

 カナメが経験した事から考えてみればよく分かるのだが、繋がった異世界がコチラの技術力の上を行く可能性は容易く思い立つ。アチラでは銃を持てば一般市民でも容易く殺せるようになっているのだし。

 それにもしコチラ――無論アヴァロンは除外する。アヴァロンはコチラの世界のオーバーテクノロジーばかりを有する例外だ――が全体的に進んだ技術を持っていたとしても、同様に新しい戦争などが始まりを告げるに違いない。というかそう成らない方が可笑しいと言える。

 だからこの報告書を読んで、カナメにはもしゲートの製作が成功してしまった場合、要らぬ跳ね返りを喰らってしまいそうな、それこそ迂闊に踏み込めば身体を爆散させる地雷が埋められた地雷原のように思えた。思えて仕方が無かった。

 まあ、それでも絶対に死なないのだが、どんなに考えても面倒事にしか映らないから忌避したいという思いは同じである。

 しかしそれでもわざわざ邪魔をする必要も無いとカナメは考える。必ずしも成功するとは限らないからだ。確率としては、三割もあれば良い方ではないだろうか。

 だから、ゲートに着いてはこれ以上あまり考えないように意識を素早く切り替えれたのは、やはり長生きの成果なのだろう、と思わなくもない。面倒くさがりとも言うかもしれないが。


「全く面倒な事になりそうな……まあ、それはいいか。んで、ソレは置いといて、アイデクセス側に着いた外部組の重鎮連中のバックに居る組織または国って、これで間違いないのか?」


「にゃにゃにゃ。ご主人はアチシについて知らない事がにゃいくらい知ってるはずにゃのにゃー。つまりは間違いないのにゃ。というか、ご主人はわざわざ他人で確認しなくてもすぐに知る事ができる癖に、わざわざすぐに分かる事でも他人に調べさせるって無駄手間を好むにょは、下の者にとっては苦労だけしかないのにゃ。休みが欲しいのにゃ。頑張ってるんだからご褒美が欲しいのにゃ。諜報部総統として、諜報部全員に特別報酬を要求するにゃんよー」


 そう言いながらポンポン、と腹部にある肉球マークを叩いて音を鳴らしながら、シャドウキャットは苦労してるのにゃよー、というような苦笑いを浮かべる。可愛らしいその仕草だが、しかしその青い瞳だけは真剣なモノであった。

 頑張ってるんだからご褒美マタタビが欲しいのにゃーくれにゃーくれにゃきゃグレテやるにゃー、とでも言いたそうな、しかしつぶらな瞳である。

 その姿が可愛くて、カナメは思わずシャドウキャットの頭を撫でていた。シャドウキャットもそれを甘んじて受ける。

 くすぐったそうな、しかしまんざらでもなさそうなシャドウキャットの笑みによって更に癒されつつ、カナメは再度手にした報告書に目を落とす。

 ちなみに報告書を読んでいる間、カナメは空いた指先でシャドウキャットの喉元をくすぐり続けていた。その為『あふ……ご主人、ちょま……そこはぁ……にゃふぅぅ~』とか気持ちよさそうな声が漏れているものの、思案に耽るカナメには届く事はなかった。

 シャドウキャットは、悦楽の内に沈んでいく。

 これも何時ものやり取りなのであるが。


(ふむ……鉄工国家<ダムリアン>に竜空国家<ドラングリム>、それに樹教国家<ウルドリア>等々、それなりに大物だねぇー。まあ、知っていた訳であるが……って、この国旗の配列は……ああ、そういやそうだったっけ。なるほどなるほど)


 報告書に描かれた国名を読んでいくと、カナメの脳裏にはとある一件の風景が駆け抜けていった。

 セツナに会うために出かけた小旅行の時に、進行方向所か全方位を万に近いだろう人数で街道を進んでいた自分たちを包囲し、しかし迂闊にもカナメの逆鱗に触れてしまった結果、宇宙を漂う殺人衛星<天上より垂れし剣ダモクレス>より射出された暗黒物質ダークマターの円柱によって原子分解された精鋭連合軍が掲げていた国旗群である。

 剣を銜えた犬を描いたのは鉄工国家<ダムリアン>のモノで、飛竜と矢が描かれていたのは竜空国家<ドラングリム>のモノ、そして大樹を背景に交差した斧が描かれたのは樹教国家<ウルドリア>のモノだったはずだ。それを確かめるように各国の国名と描かれた国旗を見て、それは確信に変わる。

 当然ながら他多数の小国が報告書に掲載されているが、とりあえずそれなりの戦力と国力を持ったのが先ほどの三つの国家達である。


 だからつまり、あの面倒臭い事になったのは――


「情報をリークした豚のせいか……ま、別にいいんだけどさ」


 数瞬だけ微かに苛立ちを感じたモノの、しかしカナメは既に興味を無くしていた。

 どうせ傭兵業斡旋施設ギルドホームの端末から得られる俺の登録情報を引き合いに出して、理由は制約丸のせいで説明できないから取りあえず軍を出してコイツを消してくれ、とかバックに着いていた国に言ったに違いない。読むのが面倒だったからそこら辺はすっ飛ばしていたカナメだが、しかしその想像は的を得ていたように思えた。

 そしてその考えは、的中していたのである。


「ま、直接手を出してこない限りは大丈夫だろ」


「そうですにゃ。でも、既に数名間者が紛れ込んでいるみたいにゃよ? 機竜便を使って豚ちゃんが手引きしていたのにゃ」


「んなもん間者が入る前からエスピリットゥの報告で聞いているさ。それは迅速に消すようハシーシュに命令しているから全く問題ない。この程度は騒ぐまでも無い小事だ。ま、間者の生首はしっかりと凍結して、包装して送り返すけどね」


 ほらやっぱりご主人は鬼畜にゃー、という言葉を残しながらも、それはそうととシャドウキャットは前置きをしてから、視線を執務室のとある一角に向ける。それにつられるようにして、カナメもそちらの方向に視線を送った。

 そちらには特殊な投影機によって巨大なスクリーンが空中に展開されており、スクリーンには様々な場所に散りばめられているカメラから送られる映像によってリアルタイムでダンジョン内の様子が見る事が出来るようになっている。そしてそんなスクリーンの前には、魔術礼装の一種である椅子を二つ並べて二人の美人が陣取っていた。

 一人は黒く艶やかな髪と刀剣に通じる美しさに加え神々しさを持つ聖女と呼ばれる美少女。もう一人は白銀の髪に妖艶で蠱惑的な美貌を持つ美女である。

 両者が並ぶ姿は神話を描いた絵画の様であると同時に、迂闊には近寄れない独特な雰囲気が充満していた。

 そしてそんな二人の美女がスクリーンを食い入るように見ているわけであるが、しかしスクリーンにはあまりにも二人に不釣り合いな光景が展開されている。それはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図、と言うべきなのではないだろうか。


『嫌だァーーー!』


『なんで、こんな化物がッ!!』


『カナメ様今回本気すぎるでしょうッ』


 派手な爆音と共に、様々な悲鳴がスピーカーから零れ出て来た。それらは全て地獄絵図を彩る攻略者の叫び声に他ならない、

 そしてスクリーンに映る攻略者の他には、身の丈三メートルは軽くあるだろう異形の巨人の姿が在った。

 顔を含む全身を黒いラバースーツの様なもので覆い、背中からは三対六の金属の様に鋭角的なフォルムをした漆黒の翼を生やしている。腕や足からは何本も発光するオレンジ色の液体が入っているかのようなシリンダーの様なものが飛びだし、全身には何か幾何学模様的な軌道を描く、赤い光が幾重にも走っていた。そしてその右手には血の様な輝きを見せる魔剣が握られ、左手には半身が隠れるほど巨大な装飾過多の盾が構えられている。さらにその背後では炎によって形作られる醜い小天使が二十体ばかり、主の指示を請うかのようにユラユラと浮遊していた。


 スクリーンに映る巨人はまさに、武装した天使である。


 いや、天使というよりも、その身は黒一色に統一されているのだから堕天使、とでも言った方が良いのかもしれない。

 そしてそんな堕天使が、涙を浮かべながら逃げまどう人間や魔族を手にする血のように赤い光を纏う魔剣を駆使し、獲物が逃げる場所をそれと気付かせる事無く巧みに誘導して、最後には袋小路に追い込んで魔剣か炎の小天使による爆撃かに別れるモノの、総じて無慈悲に獲物を次々と殲滅している様子が鮮明に映されていた。


 とてもシュールな画面構成である。


 ちなみにスクリーンの主役となっている堕天使は仮初ながらも生きている疑似魔獣ではなく、自ら特定区域を放浪し、出会った敵を仕留めるように設定された人形ヒトガタ――つまりはアクティブトラップの一種であり、その固有名称は<堕天せし神の火ウリエル>という。

 あれはアヴァロンの地下深くに引きこもって――その特性上、なかなか人目のある所にまで動いてはこれないのだが――いる、機玩具人形六女にして精神接続型として造られた非戦闘用のエスピリットゥが、今回のイベントに参加できるようにするためにわざわざカナメが用意した特別な人形の内の一体であり、中でもウリエルの総合的な能力は特別製の全十二体の人形の中で一、二を争うほど非常に高かった。


 そして能力の高さの結果がスクリーンに映される惨殺である。


 ただ、ウリエルのように人形タイプのアクティブトラップは自動で動くようになっているわけだが、コントローラーがあれば誰でもゲーム感覚で扱える、という面もあるわけであり、製作者であるカナメの部屋にも二つほどコントローラーが設置されていた。


 当然暇つぶしをするためである。


 だからスクリーンの映像に集中している黒髪の聖女の手には、当然の流れとでも言うかのように、何やら変わった形をした人形を操作する為のコントローラーの姿があった。その上それが見間違いではない事を確定付けるように、黒髪の聖女は持ち前の反射速度と思考速度を駆使して、一心不乱に多数のボタンを巧みに連打している。その度にスクリーン内の人形は複雑な動きで、獲物を解体していった。

 まるで挌ゲーを見ているかのような堕天使の魅せる技の連発にはなかなか見応えがある。

 隣に腰掛けている銀髪の美女の方はそんな黒髪の聖女の様子を微笑ましそうに眺めながら、所々アドバイスをいれていたりした。ちなみにそのアドバイスは『ああ、セツナ様。そこは下段から攻めて、中段上段と繋げて行くのです』だとか『そう、良い攻めです。ですが、もう少しフェイントを入れるべきかと』や、『いいですかセツナ様。獲物を狩るのには躊躇してはいけません。時には獲物の臓腑を引き摺り出して、残りを恐慌状態に落とすのも一手です。そうなれば、あとは首や胴体を薙ぐのは簡単ですしね』などと、結構物騒なものであるのはいた仕方ないのではないだろうか。

 それにセツナもセツナで、ポイズンリリーのアドバイスを聞きいれながら、それらを実行していく事によって着々と獲物の解体が上達しているのだから、笑い話にも出来ない。


 何だかシュールだ。


「……まだ直接話した事にゃいけど、あの子全然容赦にゃいにゃー。ほんと、リリー姉とどっこいにゃ。怒らせたら、三味線にされそうにゃぁ……ガクブルガクブルギニャー止めてリリー姉! アチシが悪かったにゃー」


「ああ……まあ、これも一種の息抜きだからな。俺としては惚れた女の生き生きとした姿ってのは、魅力的に映るけどな」


 トラウマを発動させたシャドウキャットを尻目に、ニヤニヤしながらセツナを眺めるカナメはそんな事を洩らした。


「アチシがトラウマってるのに心配もしてくれにゃいにゃんて……はぁ。……まあ、いいにゃ。って事で、アチシは鬼畜なご主人の為にキリキリ働いてくるにゃ~。トンズラとも言うにゃ~」


 おうご苦労さん、とカナメはシャドウキャットに労いの言葉を掛ける。

 ニヤケ面のカナメに見送られながら、シャドウキャットはズブズブと影に沈んでいく。空間湾曲跳躍型として造られているリリヤとアリヤ程ではないが、シャドウキャットは近距離ならば影を触媒に跳躍する事が出来るのであった。

 そして影から影に跳躍せず、そのまま影に潜んでおく事もできるので、諜報の任務を受けているシャドウキャットにとってこれらの能力は仕事に大いに役立つのである。気付かれる事無く隠れていられる能力は、シャドウキャットにとって欠かせない能力の一つだった。

 

「さて……と、今日の予定は何だったっけかな?」


 秘書も兼ねているポイズンリリーがセツナと一緒に人形を使ってハンティングしているため、即座に知りたい事が返ってこない事に若干の寂しさを感じつつ、カナメは執務机に置いていた予定表を手にとって、さっと流し読む。それから取りあえず、今日の夜辺りにギルベルトが話に来るだろうな……と思ったので、一応予定表に仮として書き加えておいた。


 それから――


「セツナにまだ説明してなかったな……色んな条件」


 話そう話そうと思っていた、セツナに提案する条件をまだ言っていない事にココでようやく気が付いた。すでに取り込んで今更……と思われるかもしれないが、手順は大事なのだ。

 話さないとな、と思い執務机に無造作に並べられた報告書達から目を話し、スクリーンに集中しているセツナの姿を見て、しかしカナメはまた今度でいいか、と思い直す。

 楽しそうな表情を浮かべているセツナの邪魔をする気には、到底なれなかったのである。

 それから意識を切り替えて、終わらせなければならない仕事を消化する為に、カナメは素早く筆を走らせた。

 無論書類消化の為の装備は万全であった。







 ◆ Δ ◆





『お前が、黒い天使ッ! よくも俺の嫁さんを殺してくれたなぁッ!! 覚悟しやがれッ!』


『くそくそくそくそ、くそったれがぁぁぁぁぁぁぁっ!! 舐めてんじゃねェゾォこりゃあああああ!』


『やってやる、やぁってやるぜぇぇぇぇッ!! 俺の右手が実際に燃えるぅぜぇ!』


『俺達アルファ・テンを舐めんなよォォォォォォォォォォ!! この堕天使如きがぁ!』


 スピーカーから流れてくる獲物の聞き苦しく暑苦しい雄叫びを聞き流しながら、ボタンを意識的に連打する。普段よりも若干速いかもしれない速度で、である。その度に堕天使が手にする魔剣か、堕天使に従う小天使が苛烈に攻め立て、瞬く間に獲物のライフポイントをゼロにした。

 人形ヒトガタを操る感覚としては、主流であるバーチャルリアリティーをしているのではなく、昔のレトロゲームをしているような感覚が、たぶん一番近いと思う。

 自分の感覚自体がキャラクターとなって世界を見るのではなく、キャラクターの少し後ろからスクリーンを介して全体を見る事ができる俯瞰視点。

 なるほど、今まであまりこの手のゲーム――というよりもゲーム自体あまりした事無いという方が正しい――はした事が無いのだけれど、こういう風に見れると、それだけで相手の出方がよく見えるのだと気付く事が出来る。

 そしてそれだけでなく、簡単な操作で思い通りの動きをしてくれる黒い天使も、なかなかに使いやすかった。自分が思い描いた動きを、忠実に再現してくれるのだからストレスもたまらないなぁ。

 などと思いながら、セツナはフィールドを仲良くパーティーメンバーと共に歩いている雑多な攻略者達を見つけると、自分が操っている人形やそれに従っている炎の小天使を駆使して全滅させる、という事を繰り返し繰り返し行っていた。

 全滅させた中には何組かの攻略組が混ざり込んでいたのだが、セツナはそれに気付かない。多少手応えがあったな、と思う程度であった。

 一定時間同じフィールド又はステージで狩りをしていると、そこの風景に飽きたのか次なる獲物を求めて転移ポータルに乗り、また様々なステージ又はフィールドを渡り歩いて、そこで遭遇した攻略者をこれまでと同様に素早く葬って、その犠牲者を増やしてく。

 結果として通信機能などがあるオプションリングのダンジョン攻略情報掲示板に黒い天使注意報が発令されたのだが、ソレは置いておいて――。


 犠牲者を一人またひとりと増産する度に、セツナは快感にも似た熱が胸中に渦巻いているのを感じていた。

 この熱は身体を微塵切りにしたとしても誰も実際には死なないとはいえ、仮初でも自分がこの手で人を殺した事に対する罪悪感から来るモノじゃなくて、恐らくはきっと、怒りや憎しみの感情からきているのではないだろうか、とセツナは考える。


 何故ならセツナは、決して内に秘めた怒りを忘れた訳ではなかったから。


 そう、これは恨みであり怒りである。

 セツナがこの世界に呼ばれた事に直接の関係は無くても、セツナはこの世界の全てが完全に許せた訳では無かったのだ。許そうと思っても、簡単に許せるわけが無い。こんな事をされて易々と許せるほど、まだ十代のセツナがそこまで人間が出来ているはずもなかった訳で。

 ただ、最近は近くにカナメがいたから火は小さく燻っていただけでだが、完全に消える訳も無く有り続けた。でも、こうやって誰かこの世界のモノを倒せる――殺せる機会ができたと言う事は、セツナの中で燻っていた火が再び燃え上がるのは必然だった。

 その上どんなに行き過ぎた行動をしてしまっても、それは全てイベントとして片付けられる状況である。

 よってセツナが我慢する必要性など、全く有りもしなかったのだ。

 だから、セツナはゲームでもやっているような気軽な気持ちで、泣き叫ぶ人も魔族もごちゃ混ぜにして次々と葬って行く。無慈悲に、徹底的に、まるで恐怖をすり込むように執拗に葬って行く。

 自分が味わった思いを、少しでも他者に刻みつけるように、その行動は徹底されて行われた。

 しかしそれも仕方が無い。例え聖女と呼ばれていても、セツナは、ただちょっとだけ特別な女の子に過ぎないのだから。


「そう、なかなか手慣れてきましたねセツナ様。貴女は、やはり見込んだ通り筋が良いです。ああ、そこは掴んだ敵を握り潰すのではなく、盾にした方が敵の隙や戸惑いが多くなるので効果的ですよ」


 そしてそれを見抜いたポイズンリリーは、セツナの火が消える事が無いようにドバドバとガソリンを注ぎ込み、燻り小さかった火をこのような大火になるまで手助けしていた。

 出会った当初はカナメがセツナに気が在るは本心から完全に許容できる案件ではないが、しかし、主が惚れたという彼女セツナには全力で使える義務がポイズンリリーにはあった。

 その為必然的に幾度か会話し、その結果話している内に最初に抱いていた思いは霧散してしまい、今ではセツナ否定派からセツナ擁護派に変わっていた。

 ポイズンリリーからすれば、セツナは一人で泣いているか弱い少女にしか映らなかったからだ。そんな少女に嫉妬を抱くほど、ポイズンリリーは小さくない。これでもポイズンリリーはカナメ同様、五百年を生きた経験がある。

 だから、泣いている少女に嫉妬するなんて馬鹿らしくなったのだ。

 そしてそれだけでなく、ポイズンリリーの根幹には、カナメがポイズンリリーを造る際に心の奥底で求めた――求めてしまった慈愛という思いが埋蔵されている。

 だからこそ、ポイズンリリーはセツナという一人の少女により埋蔵されている慈愛が掘り起こされ、結果保護精神を大いに刺激されてしまったというもの、要因の一つではあるだろう。


「なるほど、こうすれば効率よく倒せるのか……勉強になる。ありがとう、リリー」


 そしてポイズンリリーの指導の下、セツナは人を効率よく無力化する為の術を体得していった。

 自分の身体ではなく人形を使ったモノではあったが、しかし横で戦闘のプロが丹念に生物の殺し方を指導しながらのハンティングを三時間ばかりも続けていれば、元来戦闘特化のユニークスキルに目覚めたセツナにとって、その全てを頭に叩き込むのには十分すぎるモノだった。

 そして不足していた知識を得た事でセツナは、経験と知識を得た分だけ戦いのスキルが上達していっている。

 もし今カナメと再戦をすれば、もしかしたら不足していた経験を多少なりとも補った事により、接近戦ではカナメさえ打倒するかもしれないだろう。いや、その確率は恐らく高い。

 そう思わせる程セツナの成長速度は著しいものであったし、今のセツナが振う新生<確約されし栄光の剣エクスカリバー>は、カナメによって様々な強化がなされているのもその可能性を上げる要因の一つだ。

 まあ、安全装置を組み込まれてしまっているので、無理じゃねと言えばそこまでであるが、だがしかし。その安全装置がなければカナメに勝つかも知れないと思えるほど、セツナは今回の息抜きという名の大量殺戮を経て成長していたのであった。


 







 ■ Δ ■

 





「今日は実に有意義な一日だった。それでカナメ、私は明日は直接戦えるのだろうか?」


 セツナはあれからずっとハンティングを続け、結果として長時間同じ姿勢だった為に凝ってしまった身体をほぐす為に伸びをしながら、満足げな笑顔でカナメとポイズンリリーと共に夜食を食べていた。

 城の最上階――とはいかないまでも、それなりに高い位置にある部屋で食べているため、窓の外にはアヴァロンの夜景が広がっている。

 セツナも最初はその夜景に見惚れてはいたが、次第に慣れたのかもうあまり夜景を見る事無く、そんな話題を振った。


「今日は大体想像通り九十四階まで進んでるから……まあ、来るだろうね。そんなに楽しみなのか?」


「ああ、凄く楽しみだ。リリーに教えてもらった技術を実際にしてみたいと思っている」


 実にいい笑顔だなぁ、とは思うモノの、言っている事は実際物騒である。

 普通なら多少忌避されそうな言動であるが、しかしその相手がカナメとポイズンリリーの二人だけだ。どちらも普通じゃないという点で、今のセツナと同じだった。


「セツナがどう魅せてくれるか、楽しみにしているよ。ああ、そう言えば新生<確約されし栄光の剣エクスカリバー>の新しい能力なんだけど……」


 それから一見すれば普通の様で、しかしどこか普通とは外れた会話をしながらカナメとセツナとポイズンリリーのダンジョンイベント一日目は過ぎて行ったのであった。



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